緑の夢 4





朝、いつものように目が覚める。そこは作り付けの固いベッドの上。安っぽいベニア板と剥き出しの釘とが、一番最初に目に飛び込んでくる。そしてゆっくりと起き上がる。マクラカバーには薄い跡が残っていた。










ああ、まただ…
幾度となくこれを見たのだろうか…
この跡はあの夢のせい。
深く沈んだ眠りに見ゆる、アレクサンドリアの夢のせい。


だけど…
今日見た夢は、いつもと違っていたような気がする。
何故かあたたかでやさしくて、甘い香りがして…


ああ、そうか。
バラだ。夕べやって来たあのオレンジ色のバラなのだ。
いつもと違っているものは…


窓際に置いてある朝日を浴びたバラを見ながら、ベアトリクスは思った。




小屋の外に引いてる涌き水で顔を洗う。冷たい水は、目から頬へと伝わる乾いた涙の跡を消し去った。















――1801年11月


ヴブ砂漠へとやって来て、1年あまりが過ぎた。

あっという間の1年。だが、この間には様々な出来事があった。
ベアトリクスが一番喜んだことは、フライヤに子供ができたことだ。結婚式の後、暫くしてフライヤは身篭った。
愛した人の子を産み、そして育てる…。女としての最高の幸せだろう。そんな彼女の幸せを喜びつつも、自分の心の片隅には寂しく痛みの伴う小さい何かがあった。それはたぶん、嫉妬ではない。

「今の私には見ることさえ赦されない、夢なのだから…」

一段高い所から自分を見下ろしている、もう一人の自分がそう言った。その紫銀の瞳は冷たくでもあり、そして優しくでもあった。





数日続いた砂嵐がようやく去ろうとしていた。


その日は、小屋で資料を整理していたベアトリクスだった。
クレイラ復興作業は、土の浄化ばかりではない。資材の請求などの事務仕事も山程ある。そのような仕事は大抵夜にやっているが、細かなものなどはやはり追いつかない時もままあった。外へと出られない荒れた日は、そんな雑事をこなしながら天候が回復するのをひたすら待ち続けた。
資材の供給元はリンドブルムからが主であり、その殆どが無償に近い物である。それは大公シドによって、クレイラ再建の資金援助の代わりに行われたものであった。


ふいにドアをノックする音が響く。
「はい」
 ベアトリクスは何気に返事をして顔を上げた。ギィィィときしみながらドアが開き、やって来たのはフライヤだった。
「フライヤ!元気でしたか!」
「おかげさまでな。」
 そんなフライヤの傍らには小さな小ネズミが二匹、フライヤの両足にがっしりとしがみついていた。フライヤとフラットレイの子供だった。黄銅色の髪をした男の子と亜麻色の髪をした女の子。産まれて4ヶ月ほどだが、ブルメシア人の子供は既に歩けて言葉も話すこともできる。人間の子供だと3〜4歳くらいに当たるだろう。それはネズミ族という種族の特性か、はたまた迫害された悪しき歴史のせいか…

ベアトリクスはしゃがみ込み、子供の視線に合わせながら話しかけた。
「かわいいわね。二人ともあなた達にそっくりで。名前は何ていうの?」
「兄の方がルアーズで、妹の方がルイーゼ。ブルメシアの季節を司る風にちなんだ名前じゃ。ほらお前達、ちゃんと挨拶をせぬか。」
 母親に急かされて、子ネズミ達は目の前にいる女の人の顔をまじまじと見つめた。ベアトリクスの右の瞳を不思議そうな顔で見つめるも、口に出した言葉は子供にとってはごくごく普通の挨拶だった。

『こんにちは!おばちゃんっ!!』
「お、おばちゃ…」

その言葉に。ベアトリクスは苦笑を禁じえなかった。頭の奥底で、子供達の無邪気でかわいいくて、残酷なその一言が声が反芻してくる。「おばちゃん!おばちゃん!」と…。
よくよく考えれば、自分はもう29歳。しかも母親であるフライヤの方が年が若いのだ。そう呼ばれて当然の年齢だろう。ベアトリクスは「うん。」と小さく頷きそう自己完結した。が、そんなベアトリクスを気遣ってか、根回しを忘れた自分のうかつさを呪ってか。フライヤは慌てて子供達に注意を促した。

「こ、こら!“おねえちゃん”と呼ばねばダメじゃろう!!」
『????』
「…………。」

いくら小声でも、ベアトリクスは目の前にいるわけで…。しゃがんでいる彼女は、上目使いにぼそっと呟いた。
「いいのですよ。フライヤ…」


 ああ、ベアトリクスが、遠い目をしている…


フライヤの、リネンを紡いだような髪がかかるその額に、一筋の冷たい汗が流れ落ちた。
「す、すまぬ…。もうよい、お前達。暫く表で遊んでこい…。母様はこの“おねえちゃん”と話がある……」
『は〜い。』
 微妙に「おねえちゃん」という単語を強調してみたものの、ルアーズとルイーゼはそんな母親の話を最後まで聞くこともなくおもいっきり扉を開け、外へと駆け出してしまった。
「あまり遠くへ行くのではないぞ!」
 扉を閉めながら、やれやれといった調子でフライヤは溜息をついた。「元気でいいじゃない。」と、ベアトリクスはテーブルの上を片付けながらフライヤの顔を見ると、お茶の用意をするために奥の部屋へと足を運んだ。
「元気過ぎて困ったものじゃ。我が家は毎日が戦場じゃよ。」
「あらあら… それは楽しそうね。とっても…」
 程なく戻ってきたベアトリクスの両手には、カチャカチャと鳴る銀色のトレイがあった。カップとポットの他に、切り分けられたまんまるカステラが人数分そろっている。
「楽しいとは… 嫌みのつもりか?ベアトリクスよ?」
「違うわ。単なる僻みよ。」
 グチるフライヤをなだめつつ、客人のために熱い紅茶を入れた。爽やかな香りが狭い小屋一杯に広がり、久々の女同士の他愛のない会話が弾みだす。時折、フライヤは窓越し子供達の様子を伺っていた。何だ彼だ言ってもやはり心配なのだ。
「あの子達、とってもいい目をしているわ。大きくなったらきっと立派な竜騎士になると思うわよ。」
 ルアーズの紺の瞳とルイーゼの緑の瞳は、見る者を吸い込むような印象を与えた。戦士に必要な、他者を飲み込む器の大きさ。それは訓練では得ることのできない、個人としての資質であった。
「そうか。おぬしからそう言ってもらえると嬉しいぞ。たとえお世辞でもな。」
「お世辞なんかじゃないわ。でもこれからは、私達のような剣士は必要としない時代が来るかもしれないわね。」
「たしかにそうじゃな。今のこの平和な時が、いつまでも続くと良いのじゃが…」
「そうね、続くといいわね。」
 ベアトリクスは静かに目を閉じた。僅か一年半前のことが何十年も昔のことのように思われてくる。あの悪夢のような出来事は、子供達には決して味遭わせてはいけないのだ。

「さて、邪魔したの。そろそろ帰るとするか。」
 フライヤは立ち上がり、外で跳ねまわっている子供を呼んだ。子ネズミ達は先を争って母親の体に抱きついた。
「ところでベアトリクスよ。短い間だけでも作業の手伝いをしようかと思うのじゃ。その時はまた宜しく頼むぞ。」
「フライヤ、無理しなくてもいいですよ。子供達の世話であなたは大変だし、作業の方は順調ですから。」
「そうか。まぁ、邪魔にならない程度にやらせて欲しい。この子らにも集まった小さな力を… 変わり行くクレイラを直に見せたいのじゃ。」
「そういうことなら分かったわ。こちらこそお願いね。ルアーズ、ルイーゼ、また遊びにいらっしゃい。」
 そう言いながら、ベアトリクスは子供達の頭を優しく撫でた。
『うん。またくるね。おばちゃん。』
 子ネズミ達は嬉しそうに目を細めて笑った。

それからフライヤは、小さな子供達を引き連れて作業場へと現れるようになった。初めは仕事の邪魔にならないように子供達についていたのだが、幸いにそのようなことは二人ともしなかった。二人はベアトリクスになつき、よく作業を飽きずに眺めていた。土が浄化していく有り様は、幼い子供の心にも何かを残していくように、ベアトリクスは思えた。










「ベアトリクスさん。ちょっといいですか?」
 砂の神官であったサトレアに呼ばれて、ベアトリクスは現場から少し離れた所へと向った。砂漠の道無き道には砂混じりの風が穏やかに吹き、そして流れていった。

「これを見て頂きたいのです。」
 サトレアが指差す砂地を見る。そこは何かが這いずった跡があった。砂は粘度のある液体に絡められたかのように固り、その周りには無数の足跡が続いている。ベアトリクスは屈んで砂を調べた。僅かに残っていた臭気が鼻にツーンと付く。
「この匂いは…。間違いないわ。霧の魔獣のものね…」
 ベアトリクスは記憶の中からその答えを出してきた。アレクサンドリアを襲ったあの魔獣。霧が晴れた今でも僅かに生き残っていたのだ。
「やはりモンスターでしたか。」
 サトレアはベアトリクスを見ながら聞き返した。
「ええ。この跡を見る限りね。幸いにも現場の方とは反対方向へと行ったみたいだけど、もし現れたりしたら…。魔獣の吐き出す霧はとても毒性が強いの…。
ここは一旦、戻った方がいいわね。私はそれから跡を追ってみるわ。サトレア、あなたは騒ぎを大きくしない程度に何人かと見張ってくれますか?」
「分かりました。すぐに準備を致しましょう。」
 二人は現場へと引き返した。ベアトリクスは砂を運んでいたフライヤに、事のあらましを説明をする。
「あの魔獣か!」
 フライヤは僅かに緊張を帯びた声を出した。まだ霧があった頃、人の体温を感知しながら近寄り、猛毒の霧を吐き出すアンデッドモンスターは、かなりの強敵であり苦戦もしたからだ。
「で、ベアトリクス。おぬしはどうする?」
「私は追いかけるつもりです。」
「独りでは危険じゃないのか?何なら私も行くぞ。」
「大丈夫よ。魔獣は今のところ一匹のようだし。それに騒ぎを大きくしたくないの。皆の不安をあおるのは得策ではないわ。」
「そう…だな。分かった。あまり無茶をするでないぞ。私はここの警備に回ろう。」
「ありがと。助かるわ。」
 素早く動き出すフライヤに現場をまかせ、自分はセイブザクイーンを腰に携えると、砂漠に向かって歩き出す。


そんなベアトリクスの後を付いて行く、小さな影が二つあった。





砂粒はまるで長旅を癒すかのように静かに砂の上を動き回っている。
ベアトリクスは抉れた砂地の跡を歩いていたが、はたと、その歩みを止めた。跡が途切れてしまったのだ。注意深く、周囲を見渡たしてみる――
しかし、辺りには大きくうねる稜線となだらかな砂地が広がっているだけで、魔獣の痕跡などは見当たらなかった。

「一体どういうことかしら?誰かが既に倒したとか…。」
 跡を全く残さず、不死魔獣を倒す――ということは、魔法による攻撃しかなかった。それも高位の蘇生魔法だけだ。たまたまこの砂漠のど真ん中を通りかかった人物が、たまたま霧の魔獣と遭遇し、そして、たまたま使えた白魔法で葬ったと…。あまりに都合の良すぎる話だがそれ以外考えつかなかった。
 考えても時間の無駄…か。ベアトリクスは一つ息をついて、来た道を戻ろうと踵を返した。
砂漠の風はいつの間にか止んでいた。
 自らの足跡が残る砂地の向こうに蠢く影があった。一瞬、警戒をしたがすぐにそれを解く。見覚えのある小さな影はルアーズとルイーゼだった。母親が警備に回った隙にベアトリクスの後をついて来たのだ。それぞれ手に小さなシャベルを持ち、固まった砂を掘り返して楽しそうに遊んでいた。
「ルアーズ、ルイーゼ。ついてきちゃダメじゃないの。砂漠は危ないのだから…」
 できるだけ優しい口調で叱責する。二匹の子ネズミはベアトリクスの姿を見ると「チュ〜」と甘えた鳴き声を出した。
「みつかっちゃったね、いーちゃん。」
「みつかっちゃったね、あーちゃん。」
二匹は砂遊びを止めて、ベアトリクスの元へと行こうとした。

ボゥッ!!鈍い音と共に三人の間の砂地が急に盛り上がってきた。
 ベアトリクスはハッとなり走りだした。考えるより早く体が動きだす。突然せり上がってきた砂に驚く子ネズミ達を左の腕で抱え込み、その場から全力疾走で離れた。振り返り様子を伺う。砂を噴出し中から現れたのは霧の魔獣だった。
 砂の中に潜っていたとはっ!ベアトリクスは思わず不敵な笑みを溢した。敵が思いもかけない行動にでたことにだ。胸の奥底から熱く湧き上がり、全身に伝わるこの感触!忘れるはずもないっ!封印していた剣士としての自分が蘇ってくる!!
 しかし、腕の中にいる子ネズミ達は驚きと緊張とで固まっていた。シッポが硬直しピンッと立ている。砂の中から得体の知れない、見たことのないバケモノがいきなり出てきたのだ。驚くのも当然だろう。
 霧の魔獣は特有の匂いを発しながら咆哮をあげた。ぬめっとした口に鈍い光が集約し、螺旋状に霧を吐き出す。ベアトリクスは飛びずさってそれを避けた。
「厄介な奴だったようね。」
 心の中で軽く舌打ちした。霧の魔獣はその特性において三種類に分けられるのだが、今の攻撃で目の前にいるのが上位類と判明したのだ。このタイプは霧を吐き出した後の間の時間が非常に短い。小細工を仕掛ける隙がなく、速攻で倒さねばならなかった。子ネズミ達を抱えている状態では聖剣技を使うことができない。魔法を使えばたしかに一撃で葬り去ることができる。だが、万が一外したら…。呪文の詠唱分、カウンターを食らうはめにも成りかねない。自分一人ならともかく、その時は子供達を守りきれるかどうか…

と、ルアーズの手に持っていた物が目に入った。

これだっ!!

「ルアーズ!これを貸してね!」
 ベアトリクスは小さなシャベルを掴むと、それに向けて蘇生の魔法をかけた。シャベルは波打つように青白く光る。霧の魔獣は再度、霧を吐こうと口を開いた。
 刹那、ベアトリクスの右手首が翻った。シュッ!風を切って白く輝く塊が、魔獣に向かって一直線に吸い寄せられていく。その光の矢が口の中へと入ったと同時に……
霧の魔獣は、塵のように消え失せてしまった。

後には抉れた砂地と小さなシャベルしか残っていない――再び砂漠に風が吹き始めた。ルアーズとルイーゼは目を見張ったまま暫くは動かずに霧の魔獣がいた場所を見ていた。たった今、魔獣が目の前に現れたかと思ったら、次の瞬間には跡形も無く消えてしまったのだ。何が起きたかも分からなかった。ベアトリクスは二人を下ろすとシャベルを拾い上げた。

「ありがとう、ルアーズ。助かったわ。」
 小さなシャベルを小さな手に手渡した。二人はまだ黙ったまま、ベアトリクスを見ている。父親から、母親からこの人が大陸一の剣士だということは聞かされてはいたが、まだその意味を真に理解することはなかった。そもそも剣士というモノが理解できていないからであった。しかし、今、この人が何かとてつもなく凄いことをしたということだけは分かったのだ。二人の瞳に尊敬の色が浮び、ようやく興奮気味に言葉を発した。
『す、すごい!おねーちゃんっ!』
 子ネズミ達は代わる代わる飛び跳ねた。それを見ながらベアトリクスは思わず苦い笑いが漏れる。この子達は今、何と言った?
 そんな複雑な内心はともかく、気を取り直して二人に声をかけた。
「さあ、帰るわよ。もう勝手に付いてきてはダメだからね。」
「うん。おねーちゃん。いこっか、いーちゃん。」
「うん。いこ。あーちゃん。」
 二匹の子ネズミは何事もなかったかのように小さなシャベルを持ち、元来た道を、ご機嫌で帰っていく。
その先では、ルナ状態で自分達を探していた母親が、待ち構えていることも知らずに……





翌年の4月には朱色のバラが届けられた。その見事なバラは「アレキサンドラ」という名前だった。次の年には「ファイルヘンブラウ」というバラが届いた。それはまるでベアトリクスの瞳を溶かしたような、美しい紫色のバラだった。










――1804年4月

クレイラに来て3年半、砂の浄化が終わろうとしていた。
当初の計画よりも驚く程早く、作業は推移していた。それはアレクサンドリア、リンドブルムという国の密かな支援があり、またブルメシアでも空気が変わっていたのだ。ひょっとして、本当にクレイラが元に戻るのではないのかと…


「これを植える時がきたかもね。」
 その日の夕食後のひととき、ベアトリクスは樹の神官ウィランから預かっていた、クレイラの樹の実をテーブルの上に広げてみた。全部で16個ある。殆ど実を付けない樹から取れた貴重な物だった。実は不揃いだが大体色は褐色で丸い形をしている。しかしその中に一つだけ、毛色の違う物があった。
「これも… クライラの実?」
 ベアトリクスはその実をつまみ上げ、ランプの光に近付けた。色は他の物より黒っぽく、形は四角っぽく、殻はやけに固い。何て言うか…。ちょっとブサイクね、これ…。
 思わずくすくすと笑い出した。その実は自分のよく知っている人物にそっくりだからだ。窓の方に視線を動かすと、そこにはバラの鉢植えが三つ置かれてあった。毎年土の入れ替えをして大切に育てている。
「今年もバラかしら?」
 微笑みながらバラを見回して小さく呟いた。だが、その呟きを耳にした自分自身に驚く。


自ら選んだ路なのに… 彼の幸せを願ってのためなのに…


アレクサンドリアについての話はよく聞くのだが、スタイナーについてはベアトリクスが自分から聞くとはなかった。ただ、相変わらずあの調子でやっていること、そして今でも独り身であることは知っている。
 立ち上がり、窓へと歩いて行く。カーテンを開けるとそこは真っ暗な闇が広がっていた。辺りには何一つなく、静寂さだけが存在する夜。


私は…… 待っている?


窓ガラスに写った自分の唇が、そう動いた。





翌日、樹の神官ウィランと水の巫女シャノンとで試しにクレイラの実を植えてみることにした。大き目のプランターに浄化が終わったクレイラの砂を入れ、実を一つ植える。そしてプランターへと癒しの魔法をかけた。
クレイラの実は魔法に反応してか、すぐさま発芽しだした。

「もう芽が出たわ!」
 三人は歓喜と驚きとが混じった声を上げた。クレイラの樹の芽はみるみるうちに伸び、背丈が10cm程までに成長したのだ。
「凄いわっ!!これだと明日にもこれを植えられるんじゃないの?」
「そうですね、ベアトリクスさん。土の浄化も殆ど終わっていて、残るは淵の周辺ですからね。中心の部分に植えれば問題もないでしょう。」
「ウィラン。あなたにその準備を任せてもいいかしら?」
「はい。」
「水にも浄化は必要かしら?シャノン?」
 水を司る巫女に聞いてみる。
「祝福を受けた水は、樹の成長を早めると言われます。恐らく苗木の根付きを促すのではないでしょうか?」
「これは私が準備しておくわ。」
「分かりました。」
「明日が楽しみね。皆何て言うかしら?こんなにも早く、クレイラの樹を植えることができるなんて……思ってもいなかったと思うわ。」
「明日は全員でこの苗を植えることに致しましょう。今までずっとがんばってきた仲間なんですから。」
 ウィランのそんな力強い言葉に、二人は同じに頷いた。

だが、この芽吹いた新しい命を、大地に還すことはできなかった。


次の日の朝、ベアトリクスは目覚めて一番に外の苗木の様子を見に行った。そして愕然と目を見張り、その場に立ち尽くした。







クレイラの、その小さな苗木は…

たったの一晩で、見るも無残に枯れ果ててしまっていたのだった。