| 日本経済の現状:私見としての概観 | ||
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戦争と平和の経済
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![]() Think a bit 現在(二千年時点)の日本の経済的な低迷の原因は、平成不況と言われるものの前段階にあったバブル経済であることは疑いのないことだと思います。しかし「バブル経済」という言葉も、そのピークは九十年の株価の最高値・九十二年まで続いた地価の高値であり、かれこれ十年も前のことになってしまうと、現役の高校生などにとっては「バブル経済って何?」と言うような歴史的な出来事になってしまっています。その影響のために高卒の人たちの有効求人倍率がきわめて低水準になってしまっているとは言っても、高校生たちにとってはすでに大昔のことのように感じられているのも事実です。それもそのはずです。四十歳の人にとっては十年前の出来事はほんの自分の人生のうちの四分の一前のことでしかなくても、十六〜十七歳の人には自分の人生の半分以上も前のことだからです。 バブル経済はその前段階にあった円高不況克服のための超低金利政策から生まれ出てきた側面があります。なぜ円高になったかは、七十年代の二度にわたる石油危機による日本経済の落ち込みを輸出でしのごうとした日本経済の持つ性格から生み出されたと言えます。日本の貿易黒字の拡大に対して市場は円の水準を高めにしていったというわけです。それは市場の自然な反応と考えても良いほど日本の輸出は集中豪雨的なものでした。日本の戦後経済がなぜ輸出体質になっていたのかは、'40年から'98年まで続いていた日銀法に象徴されるように、戦時中の国家(国民)総動員令下の総生産力理論が継続しており、第二次大戦の敗戦で極度に落ち込んだ戦後の日本経済の生産力を戦時経済の体制で再度立ち上げなければならなかったからです。そのことは野口悠紀夫さんの『千九百四十年体制:「さらば戦時経済」』で指摘されていますが、私もその論旨には同感です。戦時経済体制の中では消費者を意識する部分が存在しないことは確かです。軍需物資や兵器の生産だけに意識を集中するからです。日銀法は戦時中に革新官僚と呼ばれる人たちが作成したとされていますが、革新官僚の代表的な人物としては戦犯とされ後に首相になって六十年に安保条約をアメリカとの間で改訂した岸信介氏などがいます。六十年時点ではこの安保改訂に反対する大規模なデモも起きました。そして輸出主導の結果として生まれた円高不況克服のための超低金利政策と輸出から得られる外貨が日本経済に再投資されようとしたとき、それは株と土地に向かいました。円高不況に対する中曽根首相の民活路線の一環として土地の容積率が緩和され土地の利用価値が高められたために資金が株だけでなく土地にも集中的に投下されていったといえます。銀行の融資姿勢はまさに土地本位制というものでもありました。そのようにして輸出などから得られた行き場のないカネが土地と株に向かったので、土地と株の資産インフレが起きました。一般物価は安定していたので日銀はインフレ対策の金融政策を打つ必要はないと判断していたのですが、マネーサプライの水準はマネタリストの人たちが指摘する理想的な水準の8%を大きく超え12%もになっていたのです。そして日本のバブル経済の崩壊は世界を覆っていた冷戦構造の崩壊、すなわちソ連邦の崩壊と同時に起こってきました。'90.1.のゴルバチョフ失脚という誤報を引き金に日本の平均株価は大きく下落し始め、'92年まで続いた地価の上昇もその後は下落に向かって銀行にとっての多くの不良債権を生み出す事態に立ち至ったというわけです。そして日銀法も改正されることとなりました。 私はその時々に存在している経済的な状態はその前段階に存在していた経済的な条件への対応の結果である側面を多分に含んでいるものだと考えています。長く戦後の世界を支配してきた右肩上がりの日本経済のありようも、たぶんに戦時中の発想を引き継いで運用されてきていたと思うのです。日本の敗戦直後の食料をまず筆頭にした生産設備の崩壊による極度のモノ不足から始まって、戦後の日本社会もまず生産第一主義で立ち上げざるを得なかったことは事実です。そのことについては消費者も十分納得できることでした。違法を承知で米の買い出しにもいかなければならなかったはずですし、闇市で物資を購入せざるを得なかった人々もたくさん居たはずです。なぜ違法であるのか、なぜ闇なのかは、それらの人々が悪人であったからではなく日本にモノが無かったからだと言うだけのことなのでした。現在だったら当然のごとく正当な取引として認められたであろう事も、当時はモノ不足のためにそれを管理しようと政府が統制して物資は配給でしかなかったがために、その統制に従うだけでは生活が現実にやっていけない人々があまりにたくさん日本にいたと言うだけのことなのでした。実際に配給物資だけで生活し闇米を拒否して栄養失調でなくなった裁判官も存在しました。戦後の日本経済が戦時中の体制のままで生産活動を立ち上げていったことは、帝国主義時代の日本が拡張主義で領土を広げていった方法と同じようにも見えます。確かに欧米諸国もその時点で帝国主義として自国領土を広げようとしていたわけですが、後から近代化を達成して帝国主義の仲間入りした日本が欧米諸国が領土としていた植民地支配の領域に割り込んでいったのが日本のアジア侵攻だったといえます。そして戦後は自国内のモノ不足を埋めるためにまず生産第一主義をとって戦時中の総生産力理論で国内経済を立ち直らせていったのですが、国内経済がある程度の物的水準に達してからは海外への輸出という日本経済の拡張主義が生まれてきました。日本が貿易をしないとやってゆけない経済体制になったのは千九百十四年七月二十八日に勃発した第一次世界大戦からのことであるとは、駐日大使だったライシャワーさんの『ライシャワーの日本史』で指摘されていることでもあります。ライシャワーさんはアメリカの立場に立った日本生まれの知日派の人だとは思いますが、彼のお父さんは日本の現在の東京聾学校を設立した人でもあり、日米の関係には大きな寄与と関与をした家系の人だと思います。そして第一次世界大戦以前のヨーロッパは世界のGNPの六割を生産する地域だったそうです。アメリカで暗黒の木曜日という株価の大暴落が起きた千九百二十九年十月二十四日時点では、アメリカは世界のGNPの四割を生産したといわれます。しかし戦後世界の終盤に於いてはアメリカは世界のGNPの二割、日本が一割の生産をしているわけです。第一次世界大戦というヨーロッパで起きた戦争の時点では、日本もアメリカも軍需物資をヨーロッパ諸国へ輸出することで経済的に大きな利益を得ることができました。日本では第一次大戦の勃発の時点では東京・大阪株式市場が千九百十四年八月三日に暴落したとはいえ、千九百十五年十二月四日には大戦景気で東京株式市場が暴騰し、千九百十八年三月二十三日には戦時利得税(成金法)も施行されています。この年の八月二日には日本がシベリア出兵を決め、その月の三日には富山で米騒動などが起きていたわけです。一方アメリカでは第一次大戦からの利益の資金が投資に向かってアメリカの好景気と株高、そしてその後の株価急落による世界恐慌につながったのかもしれません。日本では千九百二十年三月十五日には株価が暴落し戦後恐慌が起きています。日本のその当時の主力輸出品は生糸などの繊維製品でしたが、戦争が終結してしまえば輸出も途絶え利益もなくなるというわけです。そしてその戦争を行ったがためにヨーロッパが経済的な地位を落としてしまったともいえなくもありません。すなわち戦争で経済が疲弊してしまったのです。この第一次世界大戦の戦後処理のために千九百十九年六月二十八日にはベルサイユ条約が締結されるのですが、その会議における四巨頭会談の模様はジョン・メイナード・ケインズの処女論文『平和の経済的帰結』のなかにリアルに描かれています。アメリカ大統領のウィルソンが国際連合(UN)の前進である国際連盟の設立を提唱すると、フランスのクレマンソーが如何に軽蔑的な対応の仕方をしたかなどが見事に描かれています。その当時の経済規模の力関係からすればヨーロッパ諸国の人間にとってはアメリカ大統領などは「田舎者」でしかなかったのです。日本の第二次大戦時点での鉄鋼生産は「アメリカの十分の一」だったとは田原総一郎氏の『日本の戦争』に記載されていることですが、この経済規模の違いからすれば日本はアジアで唯一の近代化された国でありアジアで唯一の近代化された帝国主義国であったとしても「田舎者の世界知らず」でしかなかったはずです。またこの会議によって敗戦国のドイツに対する賠償金があまりにも巨額だったために、そのことによる経済的な苦境を救ってくれる強い指導者をドイツ国民が望んだので、ヒトラーの台頭を許す土壌が生まれたともいえます。アウトバーンの建設というドイツ国内の失業者の救済策を行い失業を減らすことに成功したので、ヒトラーはドイツ国民からは崇拝される対象になりヒトラーへの狂信となってファシズムへの道を切り開いたのでしたが、それはケインズの「不況の経済学」といわれる公共事業によって完全雇用の社会を造るという経済政策だったともいえます。ケインズ自身の言葉を借りれば「たとえそれが王のためのものであったとしても、ピラミッド建設当時のエジプトは完全雇用だった」と言うことだからです。ヒトラーが政権を握ったのは千九百三十三年のことです。ヒトラーは賠償を拒んだために、ドイツが賠償金を払い終えたのは九十二年も経ったドイツ統一二十周年の二千十年のこととされます。 日本経済が終戦直後の時点で生産主導の方針をとっていたことは多くの消費者にとっても納得されることだったでしょう。極度のモノ不足が存在しているところではまず生産を回復させて国民の基本的な必需品を満たすことは緊急の国民的な課題だったからです。ですがこの趨勢は日本が世界第二位の経済大国になった'70年以降もずっと続いてきました。日本の消費が問題になってきたのはつい最近、すなわちバブル経済が崩壊して過少消費の時代が始まって以降のことでしかありません。それまで長きにわたって日本経済は「作りさえすれば必ず売れる」という前提で経済が運営されてきていた側面が強いと思います。極度にモノが不足している社会状況の中ではそのような運営も可能でした。しかし日本経済は戦後の何度かに渡る景気変動を経験しながらも着実に国民の物的富の水準は向上してきていました。物価も上昇してはきていましたが賃金も着実に上昇していました。戦後の日本経済がほぼ右肩上がりで推移してきていたことは、国家公務員の給与が'99年度に戦後初めて減額されると言うことにも象徴的に現れていると思います。それまでは給与は増えることはあっても減ることは決してなかったのです。また、大きな景気変動であった二度の石油危機の時点においても日本の個人消費は前年度の売上高にマイナスとなったことはありませんでしたが、バブル経済崩壊以後には年度単位でも個人消費が前年を下回る状況が戦後初めての出来事として現れるようになりました。ケインズ経済学では「総需要の水準が総生産の水準を決定する」とされますが、日本の戦時中の状況も、また戦後の日本経済の立ち直りも「総生産の水準が総需要の水準を決定する」という発想で運営されてきていたといえます。しかしそれが逆転したのがバブル経済崩壊以後の日本の経済状態であるといえます。 バブル経済までの日本経済とバブル経済崩壊後、あるいはポスト冷戦の時代の日本経済とでは決定的に異なることがほぼ明らかになりつつあると感じています。それは生産主導の経済運営から消費重視の経済運営に軸足を変えなければならないことです。すなわち「総生産の水準が総需要を決定する」のではなく「総需要の水準が総生産の水準を決定する」ということを認めるべき経済水準にやっと日本も到達したということです。それは日本経済が発展途上国型の経済から先進国型の経済へ変化したことを意味します。それはとりもなおさず、戦後の日本経済が成功であったことの結果でもあるわけです。戦後の日本経済が成功したがゆえに、これまで成功を勝ち得てきた経済運営の仕方ではもはや日本経済は機能して行かなくなったといえると思います。また。輸出主導の経済運営から内需重視の経済運営に変更してゆかなければならないことです。バブル経済さなかの日本の消費水準を前提にして行われた設備投資は、バブル経済崩壊後の日本経済にとっては過剰設備であり生産過剰の原因になるものになりました。国内の需要を遙かに越えた生産能力は過剰生産を生み出し、そこで生産された過剰な商品は輸出に向かい、結果的に貿易黒字を生み出し極度の円高をも招いてしまいます。このような日本の生産能力と需要との間のギャップは、戦後すぐの時点では生産能力の崩壊によって生産面が極度に落ちていたのですがバブル経済崩壊後の段階では需要の落ち込みによって需要の方が生産能力の水準まで及んでいないのです。経済の場面では生産も消費もどちらもそれ自体だけでは自己完結できないものです。生産者にとっては消費者がいてくれなければ話が始まりませんし消費者にとっては生産者がいなければモノもサービスも手に入れることができません。生産者だけで自己完結したり消費者だけで自己完結できるというわけではないのです。また生産者は自分の会社の従業員だけに自社製品やサービスを提供しているわけではありません。自社だけでは自己完結できないのです。 戦後の日本を代表する企業である本田技研の創業者の本田宗一郎さんは著書の中で「人口がいくら多くてもその人たちがカネを持っていなければいくらモノを作っても売れない」と述べています。これは経済用語で言い直すと「潜在需要は有効需要ではない」と言うことだと思います。すなわち、多くの消費者は商品やサービスを手に入れたいと思っているが(潜在需要はあるが)、なんといってもそれを購入するためのカネが無いので買うことができない(有効需要にならない)と言うことなのです。これは戦後しばらくの間の日本経済においては非常に重要な問題であったろうと思います。国民はぎりぎりの物的水準にあるのでモノはすぐにでも手に入れたいがカネの工面にも事欠くと言う状態です。日本全体が経済的に貧しかった時代の問題でもありました。戦後の疲弊した日本経済を成長軌道に乗せたのは池田勇人内閣の日本経済のパイを増やそうという所得倍増政策でした。「貧乏人は麦を食え」と彼は述べ、日本の財政基盤を強化した上で国民の所得を増やす方向へと日本経済を導きました。その日本経済は'64年の東京オリンピック開催とそれに伴う東海道新幹線の開業など高度経済成長の時代を迎えて、六十年代は日本国内に本格的に車社会が到来し始めてきました。本田宗一郎さんの先の言葉はこの高度成長の時代よりもちょっと前の日本の状況であったと言っていいと思います。本田技研が四輪車の生産を始めるよりも前の、まだ戦後の乗り物として重宝がられた「バタバタ」と言われる、原動機付き自転車を開発していた頃の時代が先の本田さんの言葉にふさわしい時代のように感じます。 第一次世界大戦以来の世界で起きてくる戦争は国を挙げての総力戦体制をとるようになりました。すなわち二十世紀の戦争は総力戦体制をとるという特徴になったのです。国家の生産力の全てを傾けて戦争遂行を行うという形になったのですが、日本の第二次世界大戦も国力の全てを戦争遂行のために傾けるというものでした。そしてその方式すなわち国力の全てあるいは国民の目的の全てを経済成長に向けさせたのが戦後の立ち上がりすなわち戦後復興期から高度成長期の日本でした。高度成長期の日本のGNPの伸び率は'60年代は平均伸び率が10%でありもっとも高い伸び率を示した年は15%以上もの高い伸び率を記録していたときもありました。当時の世界の国々の中でこれほどの高い経済成長を記録していたのは日本以外にはプエルトリコとイスラエルだけでした。このどちらの国も第二次世界大戦の主要国ではありませんし、イスラエルは第二次世界大戦時点にはまだ国家としての体裁も整っていないはずです(イスラエルが独立宣言したのは千九百四十八年です)。第二次世界大戦を戦った連合国側にも同盟国側にも日本ほどの高い成長率を戦後の時点で記録していた国はなかったのです。戦時体制で戦後復興を行った日本経済は経済的には大成功を収めたと言って良いと思います。ただ日本の経済運営の方法が総力戦の総生産力体制であったために、その経済運営の方法は中央集権的で生産の方に軸足がおかれていて消費の側面を軽く見る傾向の経済運営だったことは否めないと思います。これまでの日本政府は経済界の意向に耳を傾けはしましたが消費者の意向にはそれほど意を砕いてきていたとは言えないと思うのです。そのような経済運営の方法が行き詰まりを見せ始めたのがバブル経済崩壊後に始まった極度の消費低迷という状況でした。これまで「がんばれ、がんばれ」でやってきたのは主に生産者側にかけるかけ声でしたが、また総生産力理論がそうであったように、日本のこれまでの経済の中では生産側に立つ人々はナショナリステイックな感性を持ちやすかったわけですが、生産側がいくらがんばっても消費がそれに付いてこない状況が生まれ出てしまいました。消費がないところで生産をがんばって行えばそれは在庫になってしまいます。その在庫のはけ口が国内に見あたらなければ海外に売り込まなければならないわけです。一ドル=八十四円にまでなったバブル経済崩壊後の円高はまさにそのような日本の経済の有り様から生まれ出たと言ってもいいと思います。消費軽視ではこれからの日本経済を運営してゆくことが難しいという条件が国内的にも国際的にも生まれつつあると思います。 日本経済が高度成長を達成して世界第二位の経済大国へとなった'70年には大阪万博が開催されましたが、そのときに、後のコンピューター社会あるいは情報通信社会にとっても関連してくる一つの重要な意志決定を行った企業がありました。その企業は大阪万博への参加を見送り、参加した場合に必要となったであろう資金を液晶の研究開発へ投資したそうです。その企業の名はシャープです。シャープが後に液晶の分野で世界最大の生産シェアを誇る企業になったことはみなさんご存じのことであろうと思いますが、私は上記の話をシャープで液晶開発の研究者であった一人の人を同窓生仲間に持つ医者の方から伺いました。'64年の東京オリンピックは日本が名実ともに国際社会に復帰したことを世界に示す出来事でしたし、'70年の大阪万博は日本が世界の中での経済大国になったことを世界に披瀝する出来事でもありました。そして'60年代の本格的な車社会への移行によって日本の基幹産業は自動車産業になりました。しかし'95年頃には情報産業の設備投資額が自動車産業を上回ったり、情報関連企業の株の時価総額が自動車産業のそれを上回るようになって、日本の基幹産業は大きな入れ替えの時期を迎えようとしています。二千年代の序盤における日本経済の主要な柱は情報通信産業、サービス業の中の高齢者介護の分野、そして環境関連産業が考えられると思います。その三つが日本の主要産業になってくるだろうと思うのです。新規産業分野と既存産業分野との間でのヘゲモニー争い(この件に関しては二千五年になってIT産業のライブドアによるニッポン放送の株買い占めとそれに伴うニッポン放送を巡るフジテレビとライブドアの主導権争いとなって表面化しました)、すなわち公共的な予算配分をめぐっての駆け引きなどが活発になるとも考えられますし、既存産業と新規産業への日本経済の構造転換に伴って生み出される失業の問題なども一時的には考えられます。 日本が高度経済成長の時代を迎えようとしている頃の'50年代には、日本に初めて白黒テレビが一般大衆の目の前に現れてきました。多くの日本人がテレビというものを眼にしたのは、公共的な広場などに設置された街頭テレビによってでした。当時は十四インチの白黒テレビとは言っても、平均的なサラリーマンの収入の四ヶ月分から五ヶ月分を貯めなければ購入することができないほど高価な商品でした。九十年代のサラリーマンの平均月収をそれだけの月数分だけ貯めたら、高品位テレビは話が別だとしても標準的なカラーテレビなら二十台〜三十台が購入できます。'50年代の日本の消費者にとっては十四インチの白黒テレビもあこがれの商品であり、何ヶ月も苦労しながら貯蓄をしたオカネをはたいてでも手に入れたいものだったのです。しかし九十年代の状況と当時を比べてみればわかるように、工業製品の生産性の向上によって月収の上昇に比べて工業製品の価格の上昇はそれほど高くならなかったために、多くの日本人の生活は物的な面では充足され貯蓄もできる条件が徐々にながら生まれ出ていました。八十年代終盤に生まれ出た日本のバブル経済は、このように工業製品の生産性を上げることによって生まれ出た個人や企業の大きな貯蓄の資金が間違った運用のされ方をしてしまったといえなくもありません。戦後型日本経済すなわち新重商主義の日本経済の最終段階を飾ったのがバブル経済であったと私は思います。それまで戦後の日本人はよく働いたと思います。日本人が勤勉であったと言うことの利点は遺憾なく発揮されました。しかし日本人が世界の中で裕福な国になったという経験は初めてのことでもあり、その豊かさの生かしかたがわからなかった、手に入れたカネで何をどうしていいかが見えなかったのがバブル経済だったように思います。バブル経済が終わってから村上龍氏が『あの金で何が買えたか』という本を書かれていますが、確かにもっと生きたカネの使い方あるいはカネの生かし方があったのではないかとは私も強く感じます。経済評論家の一人は「カネの使い方にも知性は必要だ」と述べていましたが、確かに、戦後の日本人はどうやったらオカネを作れるかすなわちどうすれば設けられるかには工夫を凝らしてきましたが、つくったオカネをどうしたらよいか、どう使ったらよいかまでには頭が回らなかったのだと思います。バブル経済崩壊以後の平成不況からの十年間の日本経済を「失われた十年」と表現している論調も見られますが、本当に不毛で人の理性的な判断が失われていたのはバブル経済そのものだったのではないでしょうか。次の時代につながる技術に投資するわけでもなく、次ぎの社会の備えにする準備もなく、ただただ土地の値上がりを喜び「皇居の土地でカナダが買える」と言った話に狂奔していたのです。また、「日本の土地でアメリカが買える」とも言われていました。皇居の土地でカナダが買えるというなら皇居の土地でカナダ一国のGDPに匹敵する経済的な価値が生産できなければならないはずですが、そのようなことは意にもかえされませんでした。そして日本の土地でアメリカが買えるなら日本の二倍のGDPであるアメリカの水準に日本のGDPもならなければならないものでした。土地の価格が二倍になっていながらその土地の上で生産される財やサービスの生産額が同じだったとしたら、土地の価格を分母として生産額を割った数字は二分の一に落ちてしまいます。土地の利回りが大幅に低下するということです。しかしバブル経済の時の土地の値上がりは日本の生産コストを上昇させたと言うだけのことだったのではないのでしょうか。まさに不毛の失われた年月だったといえます。 日本の社会は敗戦によって戦前から戦後にかけて移り変わる時点で憲法・民法・教育基本法などが改正されてきましたが、先に記したように経済社会を運用する上で非常に重要な日銀法などは変更されることなく継続されてきました。戦前・戦時中の教育勅語から戦後の教育基本法への転換の時点では、それまで個を無視した画一的で形式的な教育を見直し、社会に大きな貢献をする考えを生み出す人間を養成するためにも、まず個の確立が重要であるとされました。しかし教育の場面でいかに個を大事にしたあるいは個としての自覚を持った人間を形ずくろうとしても、それらの人たちが社会人として出てゆく日本の経済社会は戦時中から続く組織行動を大前提として全体の中で行動することを重視した戦時経済体制のままだったのです。なぜなら'98年まで継続して存在していた日銀法は日本が全体主義であった時代に作られた法律だったからです。教育分野を預かる学校教育の現場と経済社会を担う現実の社会とでは、それぞれを支配している理念が全く異なっていたのです。学校教育を終了して実社会へと入ってゆくときには、百八十度異なる価値観に自分自身を適応させてゆかないと日本の社会では生きてゆくことができない構造が存在していたともいえます。これは教育と実際の社会との非常に大きな乖離であり、教育と社会との不幸な関係でもあり、教育を受けた個人にとってはある意味では苦痛を感じさせられる関係でもあったろうと思います。そしてこの二つの異なる理念の間の溝を埋めきれずに学生時代を終了した人間はモラトリアム人間にならざるを得ないことにもなると思います。人間はそれほどたやすく自分の信じていたものを変更できないものですし、また簡単に変更できるというのであればよほど大きな出来事の力によって変更を強いられたかあるいは信じていたと言ってもそれほど強く信じていたわけでもないと言うだけのことだったという事なのでしょう。 バブル経済とその崩壊によって、銀行をはじめとする日本の金融機関は大きな痛手を被りました。戦後の日本の産業を育成するために創設された半ば国策銀行とも言える長期信用銀行や興業銀行までもが破綻や苦況に陥るという状況が生まれ出たわけです。戦時経済体制をそのまま引き継ぎながら「護送船団方式」で運営されてきた日本の銀行業界もバブル経済の崩壊によって金融ビックバンの時代を迎え銀行・保険・証券の垣根を越えた、あるいは民族系・外資系の垣根を越えた再編成が起こり始めました。それは戦後の日本経済の基盤を大きく整理・精算するものであり、戦後と言われる時代の中で戦前あるいは戦時中から引き継がれてきた経済体制の終焉を意味してます。個の確立という側面から言えば、教育基本法の理念の趣旨が日本の経済社会の中においても重視されるべきである時代が到来してきていると思います。個の確立は何も学校教育の中でだけ重視されるべきものではなく、社会人となってもまた組織人になっても、しっかりとした個人としての考えを持った人間が評価されてしかるべき社会になるべきだと思います。現実の経済社会へ参加し組織人となった瞬間から自分の属している組織の行動に対しては思考停止になってしまうような全体主義時代の時代に理想的な人物とされたような人ではでは無い人間に社会人自身がなるべきだとも思うのです。また、これはテレビの討論会に出ていた若いサラリーマンの人が述べていたことですが、「アイデアを出しているのは一人か二人なのに、それをつぶしにかかる人間は百人もいる」というような組織の有り様や社会の有り様は変えるべきだとも思います。そして自分が過ごした学生時代から社会人へと巣立つ課程で一種の思想的な転向にも似た変身を各個人が味あわされなければならないような社会の構成は望ましいものではないと私は思います。これまでの日本ではその変身を一種の成人儀式のように思っていたのかも知れませんが、その人間が一人前の肉体と精神の持ち主になった事を認める成人儀式と思想的な転向を強いる成人儀式とでは大違いであることは明らかだと思うのです。成人し一人前の社会人として認められるためには「踏み絵」を踏まなければならないような成人式は世界のどこの国にもなかったのではないでしょうか。しかし日本ではそのような社会構造が五十年以上続いていたのです。社会人としての自覚を持つことと思想的な転向とは全く別次元のことであるはずのことが日本ではそれが同じ意味合いのものであるとして当たり前であるかのように受け取る考えがまかり通っていたというわけです。 バブル経済とその崩壊は、戦時経済体制で編成されてきた日本の戦後経済体制の大蔵省主導の全体主義的経済運営が破綻したことを意味していると思います。日本人の生活の基本となる物資を生産し、国民の生活水準を引き上げるという意味では大成功してきた戦後の日本経済でしたが、それは個の意識を組織の中に埋没させて初めて成立するような経済社会であった側面が強いと思います。組織人になっても個としての意識は保っていても良いはずですし、組織を離れている時間帯はただの一市民の意識でいる時間であっても良いはずです。しかし日本は市民社会の形成が自律的ではありませんでした。近代市民社会の形成を経ることなく日本は近代国家の道をたどってきたともいえると思います。日本の近代化は近代的な統一国家の体裁を整えることの方が重要なことであり、市民社会が形成されてそれらの市民が支持した統一国家が成立してきたという歴史過程をあまり色濃く持った近代化の過程ではなかったと思います。すなわち市民社会の色合いが薄い近代国家成立の歴史過程をたどってきたと思うのです。物的にはある程度の水準にまで達している現在の日本で、全体主義的な経済運営が破綻したとするなら、これからの日本はまた日本人はどのような道をたどってゆけばよいのでしょうか。この時点で多くの日本人に迷いが生じていたり考え込んだりしている人が多いとしたら、その原因は経済の先行き不透明と言うことばかりでなく、上のような価値観の変更までもが必要とされる時代の転換点に日本がさしかかったからなのではないでしょうか。 日本の社会は教育年齢にある時代と社会人として働いている時代とでは異なる理念あるいは異なる価値観の下に自分自身の身を置かなければならないと言う二重の基準すなわちダブル・スタンダードの中で生きてこなければならない条件であったと思います。一人の人間が養育期間から学生時代を経て社会人となって日本の社会を経済的に担ってゆく人間として生きてゆく課程で、多くの人々はこのような価値観の変更を余儀なくされざるを得ない条件が存在したわけです。戦後の日本経済にもいくつもの経済変動は存在しましたが、戦時中から戦後の世界にまで引き継がれてきたこのような二重の基準は何らの変更を被ってはきていませんでした。それらに対する変更が加えられ始めたのは改正日銀法の施行などバブル経済の崩壊以後のことなのです。二十一世紀懇談会と言う諮問機関もこれまでの日本人あるいは日本社会の長所と欠点を整理した上で個の確立の重要性を指摘していますが、それは教育の場面だけにおいて個の確立が重要であると言うことではなく社会人にとっても個の確立は日本人にとって重要なテーマであると言うことなのではないでしょうか。自分の考えを相手に伝えること、どうしたら自分の考えがうまく相手に伝えられるのかを工夫することなどは重要なことですが、それ以前に伝えるべき自分の考えを作ること、相手の言い分を聞いていてどうも自分の感覚とずれていると感じたら、そのずれはどこからくるのかを自分の頭で整理してみることなどでも自分という個は洗い出されてくると思うのです。人間の運命も、同じ時代を生きてきた人たちであったとしてもそれぞれ個々に異なると思います。個を確立する上で立脚すべきところはそこにあると思います。当然他の人と共通する考えや境遇である部分も存在するとは思いますが、個性や年齢・生活習慣や考え方あるいは趣味までもが全く同じ人間ばかりではありませんし価値観も個人個人で異なっていて良いはずです。当然の事ながらそれらの人たちは自分が暮らす社会や組織に対してもその人なりの考えを持っても良いはずです。そして社会の方はそのように個としての意見を持った人間を閉め出さないようにすることだと思います。自分の意見を認めさせるために実力行使する事には問題があるかとは思いますが、意見を述べている人間に対して実力行使で意見を述べることを封じ込んでしまうことも問題であると思うのです。また意見を述べさせてのその後では意見を述べた人間に報復がなされると言うのも望ましいとは言えません。組織や団体の意向とは違う個の考えも尊重されるべきものですし対等に扱われても良いものだと思うのです。 戦時中の日本の教育を受けた年代は軍国主義の教育を受けさせられて成人になり軍人になることを夢とせざるを得ませんでしたが、日本が敗戦を迎える事によって軍国主義から民主主義へと日本の社会は価値の転換を図っていきました。それまで教育現場で軍国主義教育を行っていた教師たちが戦後は「民主主義だ」「自由だ」と言い始める姿に何かしらの不信感を抱いた世代が日本に存在していたことはこれまで国内でも話に上ってきていたことです。しかし戦時中の価値観が戦後の時代には大きく変更されて、戦後の価値観で教育を受けた世代は、上に述べたように社会人になって行く課程で戦時中からそのまま継続している価値観へと自分の価値観を変更させることを余儀なくされていたというわけです。軍国主義教育を受けた世代が戦後の民主主義にとまどいを感じたように、戦後教育を受けた世代も社会人になって行く課程でとまどいを感じてもおかしくない条件が存在していたと言えます。それらが自分たちにとって何であったかは戦後世代もあまり多くの人たちは口にしてきてはいなかったにしろ、明らかに日本の社会には異なる価値観で動いている二つの社会的部分が存在してきていたと私は思うのです。それが学校と実社会という二つの社会でした。そして'99年の時点ではそれら二つながらが大きく揺らぎの場面を迎えているとも思えます。学校教育にも大きな変更が必要とされるような場面を迎えつつありますし、実社会の方もその方針と価値観を変更しなければならない場面にあると思います。それは戦後と言われる五十年あまりの年月の中で営まれてきた日本の経済活動やその結果でもある日本人の生活の変化の過程から生まれ出ていると思います。自分の自由を極端に制限されてまで働かなくてもそれなりの豊かさが現在の日本では手に入れることが可能にもなってきていたことは確かだろうと思います。前世代ががむしゃらになって築いてくれた富を継承しながらその次の世代が生まれてくるとするなら、戦後少なくとも三世代の人々が入れ替わって行く年月の中では人々の意識のありようも変化してくると思います。そして二千年時点近辺ではすべての国民に奉仕活動を義務付けるかどうかの議論も聞こえてきています。国家(国民)総動員で戦争を遂行しその挙げ句の果てに敗戦を迎え、国家(国民)総動員で経済大国への道を突き進みその挙げ句の果てにバブル経済で破綻し、今度は三度、国家(国民)総動員で奉仕活動を行うというわけです。果たしてそれはどんな結果になるのでしょうか。日本には「三度目の正直」ということわざ以外に「二度あることは三度ある」ということわざもあります。そして国民すべてに奉仕活動が義務付けられた時点で、その義務を履行することを拒んだ人間は「非国民扱い」をされるのでしょうか。そして政府の諮問機関の委員になって意見を述べたり政策を作ったりする人々は何故にこれほど国民を総動員することが好きなのでしょうか。国民すべてに奉仕義務が生まれたときには「私はこのような奉仕活動を行うつもりでいる」と、十八歳以上の国民にも奉仕活動を義務付けようという答申をとりまとめた町村文部科学大臣自身が国民の前で自分自身の考えを明らかにすることも必要なのではないのでしょうか。 '99年の時点で日本政府は戦後の整理を掲げて多くの改革をおこない始めました。日の丸・君が代の法制化もその一つですが、戦後を整理して見直す前に戦後になっても引きずってきていた戦時中なるものの残滓を払拭させて行くことの方が先決問題だろうと私は思います。すなわち戦後になってまで生き延びてきていた戦時中的な価値観を見直すことの方が先決問題だと思うのです。戦時中の総力戦体制で生産された兵器は戦場で使われて、戦争が続く限りあるいは戦闘が激化すればするほど兵器は必要とされ過剰生産にはなりませんが、通常の経済においては消費の水準を無視しては経済は運営できないもののはずです。これまで記してきたように戦後すぐの極度のモノ不足の時代であるならいざ知らず、世界第二位の経済大国になって国民の物的水準も戦後すぐの時点からすれば遙かに豊になっている状態の中では消費水準を無視して生産一本槍で押し通せるというものでもないと思います。二十世紀も終わろうとしている時点の日本人は、たとえ経済的な苦況にあるとは言っても消費者に全くオカネが無いというわけではありません。個人の貯蓄額の総額は七百二十五兆円とされています。また個人の金融資産の総額は一千三百兆円とも言われる数字もあります。そして日本経済にしめる個人消費の割合は六十%で、企業の設備投資は二十五%、政府などの公的部門の公共部門の投資額は十五%です。この各部門の占める割合から考えても個人消費が盛り返してそれが設備投資へと波及して行かない限り日本経済は円滑には動いて行かないまでの姿に変わっていることを認めるべきだと思います。それはすなわち消費を重視する事へと方針転換を図ることであり、戦後長らく続いてきていた日銀法に象徴される生産部門を重視する考え方を変えて行くべきだと思うのです。先の本田さんの「消費者がカネを持っていなければモノを作っても売れない」と言う状況とは違って、「消費者はカネを持っているのに使わない」のです。消費者そのものの条件と行動が違ってきている中では日銀法は改正されて改正日銀法になりましたが、これまでの日銀法の考え方で実社会を生きてきていた社会人の方が考えを新たにすべき部分が大きいとも思います。「日本の土地でアメリカが買える」とバブル経済のさなかには本気で思っていた日本経済であり日本人でもありましたが日本経済が平成不況に突入しバブル経済から真っ逆様に転落して行く課程では、それまで追いつけ追い越せと目標にしていたアメリカ経済も取るに足りないと言えるように見えていたところからアメリカはベンチャー企業が元気だからうらやましい限りだという姿に日本人からの見え方も変わってきていると思います。情報通信産業などはまさにそのような産業であり、日本もその後を追ってベンチャー企業の育成や中小企業の重視にも目を向けようとし始めていますが、ベンチャー企業を興す起業家は個かあるいは非常に小人数の集団から始めなければならないはずです。すなわちベンチャー企業などの起業家を必要とする社会においては経済社会あるいは日本の産業界にとっても個の確立は重要な問題になり得るわけです。それらの志や意志をを持った人たちが多数生まれ出てきてくれなければ日本経済にも困った状況が生まれるからですし日本経済に活力も生まれてこなくなるからです。しかし’99年時点での動きは、日の丸・君が代の法制化によって学校教育の現場へ各地域の教育委員会を通じて半強制的に日の丸の掲揚と君が代の斉唱が導入されると言う姿になりつつあります。国を思い天皇の幸せと長寿を願う教育を教育の中では施され社会へ出たら個の確立が求められると言う新たに生み出される教育と実社会の乖離がまた目の前に立ち現れてきています。すなわち学生時代に抱かされる価値観と実社会で必要とされる価値観がちぐはぐになる二重構造の社会が新たに形成されようとしていると言えます。教育と実社会との関係は日本では常に不幸な関係としてしか成り立ち得ないものなのでしょうか。実社会の方もその時々の社会的な問題を抱えてこれまで推移してきていました。教育も問題を抱えました。しかしそのことへの対処方法は果たしてこれでよいのだろうかと言うことです。そして教員の研修として実社会経験を積ませその研修で失格した教員は教職に就けないものとするというような方針も出されていますが、もしそうなら、教育現場と実社会という非常に異なる価値観の世界の中でどちらの価値観においてもうまくやっていける教員だけしか教師にはなれないわけであり、世渡り上手な人間だけしか教員として認められないと言うことにもなりかねません。自分の理念や信念よりもその場その場をうまく渡り歩ける要領のいい世渡り上手な人間の方が高い評価を得られると言うわけです。また社会人が学校教育の現場へも導入されようともしています。個の確立ができた人間たちは全てが全て日の丸・君が代を全面的に是認する人たちばかりなのでしょうか。もしそうならどこに確立した個があるのでしょう。まさか日の丸の旗を振って君が代を歌いさえすれば自然に個が確立するという訳のものでもないでしょう。社会人と教員たちの間で相互交流が図られることを私は悪いことだとは思いません。世間知らずと言われる教員が実社会を知ることはよいことですし、勉強のできる子できない子などさまざまなレベルの子供にどのようにしておもしろい授業をして内容を理解してもらえるかの苦労を学歴で輪切りにされてきた実社会の人が味わってみるのもいい事です。しかしこのような日本の中にある教育分野と実社会の二つの社会の価値観があまりに異なるのは望ましいことではないと思います。二つの社会の中で一人の人間の意識が引き裂かれることも考えられるからです。 これまで戦後世界で成功を収めてきていた日本経済は二十世紀初頭のスペインの哲学者オルテガ・イ・ガセットの言うように大衆化社会の道を歩んできたと思います。モノを生産する方式は戦時体制で社会が編成されていたとは言っても、生産する製品は軍需物資すなわち兵器や砲弾ではなく乗用車や家電製品になりました。その背景にはアメリカの自動車メーカーのヘンリー・フォードが考え出したベルトコンベアーによる流れ作業を取り入れたフォーデイズムと言う生産様式によって労働者一人あたりの生産性が飛躍的に伸び、それまで特定の富裕階級の人にしか買えなかった高額工業製品を大衆規模でも購入する条件ができていたことです。この流れは戦後の日本にとって非常に顕著であったと言えるでしょう。九十年代の日本では免許証の所有人口は八千万人と言われます。アダム・スミスは『国富論』あるいは『諸国民の富について』と題した書物の中で、国民一人一人の富の水準を引き上げるには分業が重要だと指摘しましたが、大量生産方式が導入されその生産方式が成功してテレビがほぼ100%の家庭に普及していることなどもその一つです。大量生産・大量消費・大量廃棄の大衆化社会が日本に訪れ、日本人の生活様式もずいぶん変化してきました。カール・マルクスは分業にもふれていますが、分業という生産様式に加えて資本主義的生産の社会の生産関係を問題にしました。生産様式が分業によってそれまで十時間かかって生産していたものが八時間で生産できるようになっても、資本家や経営者が以前と同じ賃金で十時間労働者を働かせたとすれば、生産性の上昇分の利益は労働者には還元されず資本家や経営者だけが豊になると言うわけです。あるいは八時間に労働時間を短縮してその時間分の労賃しか支払わないことにすれば、生産性の向上によって労働者には余暇時間が増えはしますが労賃は減ってしまうことにもなります。これが生産関係というわけですが日本の場合はある程度労働分配率が上昇していたのでマルクスが指摘するような労働者階級の窮乏化は少なくとも戦後経済ではそれほどひどくならず、量産化された製品を多くの人々が購入する事が可能でした。しかしこのような大量生産の時代が到来してくるにつれて問題も生まれ出てきました。それは高度経済成長の時代から問題になりだした公害問題でした。日本の公害問題の走りは田中正造が命を懸けて訴えた足尾銅山鉱毒事件に始まりますが、高度経済成長のひずみとして六十年代には水俣湾の有機水銀による痛い痛い病や駿河湾の製紙工場によるヘドロの問題、そして主要都市における大気汚染の問題などが深刻の度合いを深める結果になりました。六十年代中盤から七十年代にかけてまではアジアでは冷戦時代最大の戦争であるベトナム戦争が行われており、そこで使用された枯れ葉剤と同じ物質であるダイオキシンによる汚染は九十年代の日本にとっても大きな問題になってきました。これまで特定の地域において大問題とされた公害問題は、地球環境の問題にまでその範囲が広がって行きました。その第一は六十年代末にハワイで観測された地球の大気中の二酸化炭素濃度の上昇、すなわちそれに伴う地球の温暖化の問題や石油・石炭などの化石エネルギーの消費に伴う酸性雨の問題、化学物質による土壌の汚染、フロンガスの大気中放出によってもたらされるオゾン層の破壊など、地球規模の問題になってきました。これらは全て工業製品の生産とその消費の課程で生まれ出た結果のものでした。産業廃棄物の問題やゴミ問題あるいはゴミ焼却場から出るダイオキシンの問題などの背景にあるのは日々暮らしている大衆と言われる我々の経済活動の結果でもあるわけです。人間の経済活動が地球の大きさに比べて大きくなりすぎた結果なのかも知れません。 日本の免許証の所有人口が八千万人にも上ると言うことは生産年齢にあるほとんどの人々が車を所有していることを意味していると言えます。そのような日本の状況の中ではいくら不況の時の公共事業だからと言って道路建設に予算を配分してみても、道路ができたからあるいは道路が補修されて走りやすくなったからと言う理由で新規に車を購入しようとする人は少ないわけです。日本の車の保有は伸びきっていて道路建設や道路の補修によって日本の車の売上高が飛躍的に伸びることなど考えられないのです。すなわちそのような分野への公共投資の経済全体への波及効果は小さいと言えます。それよりもむしろ情報関連のインフラ整備に公的予算を配分した方が、そのことによって新規にインターネットなどを始めようとする人たちの増加する可能性は高いことでしょう。なぜなら平成不況と言われる低迷した経済状況の中で売上高が非常に高い水準にある数少ない分野がパソコン関連だからです。すなわち経済にとっての波及効果は道路建設よりも大きいものになるだろうと言うことです。また高齢者介護のためのインフラを整備することは必要不可欠のものでしょう。社会全体が高齢化していけば高齢者は病気にもかかりやすくなるので社会全体の健康志向は高まって環境に対する意識は敏感にもなってくるでしょう。それ以外に重要になってくる産業はバイオの分野ともいえますが、これは日本にとっては高齢化という条件にとって関連する重要な者といえます。ただ、私は何も人間には移動・輸送手段は必要では無いという意味でいっているのではありません。移動・輸送手段としての自動車が無くなることは非常に困ったことですが、しかしこれまでの方向性は変えて行くべきだと思うのです。その誘導は政治の意志決定で行うべきであり公共投資の予算配分の内訳の変更として表現されるべきだと思います。既得権益のしがらみに縛られて公共投資の予算配分が従来通りのままで推移して行くことは日本経済全体にとっても不幸なことだと思います。 戦後の戦時体制で編成された全体主義的な経済運営の方法がバブル経済の崩壊によってほころびが見えたという時点で行われようとしている日本の制度改革には、経済運営面での全体主義的運営方法が破綻したという自覚が乏しく、むしろ戦後民主主義の問題点をクローズアップさせることによって戦時中ないしは戦前の全体主義時代の価値観に先祖返りしようとする趨勢が伺えなくもありません。しかしそれは誤りだろうと私は思います。自由には責任が伴うとか権利には義務が付随するとかハイリターンを望むのであればハイリスクを覚悟しなければならないとかと言う基本的な事項は全ての人に理解してもらう必要があると思いますが、それは何も国家の統制で行うべきものでもないと思うのです。人々に豊富に情報を与えて情報公開をした上で、最終的な判断と責任を人々に求めればよいのであって国や地方行政が人々を規制で縛る必要はないはずです。規制でがんじがらめにしておくのであれば自由も権利もないのですから責任も義務も民間人にはなくもっぱら規制を行っている公的な立場にある人々が責任を負えばよいことです。そうしないのなら人々が誤った判断に陥らないためにも情報は最大限公開して人々の判断にゆだねるべきだと思うのです。それは何も国家や地方の行政面ばかりではなく企業と消費者の間あるいは金融機関とその顧客の間においても重要なことだと思います。判断材料とされるべき情報も与えられずその結果誤った判断をしてもその責任が判断した者の側にあると言われてはたまったものではありません。自己責任の原則は自分で責任をとれるだけの十分な判断材料が与えられているという条件の下で成り立つことだと思うのです。「民は寄らしむべし知らしむべからず」と言う江戸時代の為政者の方法の中では自己責任云々は問題にされようもないはずです。これからの日本社会にはインターネットという手段も用意されているわけですから積極的に情報を公開できる条件はあります。それらを情報を公開する側も情報を摂取する側ももっと積極的に利用して行けばよいだけです。そして戦時中から戦後へと移り変わる段階に於いては、アメリカの占領政策の下で財閥解体・農地解放・シャープ税制の導入という経済構造の抜本的な大改革が行われましたが、果たして二十一世紀型日本経済への転換と思えるこの時点での日本の経済改革はアメリカの占領政策によって行われたほどに抜本的で効果的なものになり得るかどうかです。それは日本人自身の手によって行わなければならないことですが、どれだけのことを日本は実行できるかが問われると思います。日本国内にはアメリカの占領政策や戦後憲法のことをとやかく言う人たちが政治家の中にも国民の中にも多数存在していますが、では日本人は自分自身の手でどれだけ自分たちの社会を改革できるかです。この時点での日本の改革は戦時体制や戦前の経済構造へ復帰することではありません。それは抜本的な改革ではなく過去の時代への単なる復元にすぎないからです。そしてそれだけの改革を自分自身の手では行えなかったというのであれば、当時のアメリカの占領政策を云々する資格は日本人にはないことにもなることでしょう。 世界を冷戦構造が覆っていた時代には、その立て役者であったアメリカそしてソ連は自国の陣営を形成する上で自己犠牲を払ってきていました。ソ連にとってはそれは自国で生産される石油を安く社会主義国へ提供すると言うことであり、アメリカにとっては自国の市場を自由主義圏の国からの製品輸出の場として提供し、自由主義圏の国々に利益を与えるという方法でした。当然のことながら米ソ両国は冷戦構造の下で兵器の開発競争にも多額の費用を負担せざるを得ませんでしたが、このような冷戦構造の世界の中にあってもっとも経済的に成功していたのが戦時経済の運営の仕方で戦後復興から高度成長経済を経験したとはいっても、それはほかならぬ日本でした。冷戦構造とは、社会主義ないしは共産主義と自由主義ないしは資本主義とどちらの経済体制が優位であるのかをお互いに競い合う側面が根底に存在していました。それこそが「イデオロギーの対決」といわれるものでした。資本主義に付き物とされた好況と不況の繰り返しの景気循環によって不況の時に失業者が増大したときにはアメリカ社会には失業した労働者達のデモなど、共産主義を彼らが望んでしまうのではないかという警戒感が生まれたりしました。共産主義の社会には失業は存在しないとされていたからです。そして自己の経済体制の方が優位であることの証を得るために宇宙開発競争も核兵器を含めた軍拡競争も存在した、すなわち科学技術の水準はどちらが勝っているのかの競争が存在していたわけです。なぜなら現代の富は科学技術の成果のたまものである部分が大きいからです。ただそのような冷戦構造の社会にあっても、米ソ両国の国民の実質的な生活の豊かさはどちらが上であるのかという競争はあまり問題にはなっていなかったといえます。それはソ連邦が情報統制を敷いていて外部の資本主義諸国の人々の普通の暮らしというものがどの程度の水準にあるものかの情報をソ連邦内に流さなかったからです。エルツイン大統領が初めてアメリカを訪問した際に 、スーパーマーケットに大量の商品が並んでいる光景を見て、それが自国とどれほど異なる光景であるのかを考えたときに涙を流したのは有名な事実だろうと思います。冷戦構造時代にもっとも経済的に成功した日本のスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどにも大量の商品が並んでいるのも事実です。しかしその冷戦構造が終結して世界の緊張が緩和した段階で「平和の配当」をもっとも大きく享受できたのは、崩壊した旧ソ連の諸国でもなく、バブル経済が崩壊した日本でもなく、ベトナム戦争以来苦境にありながら冷戦を戦い抜いて勝ち残ったアメリカでした。冷戦時代の軍事費という重荷がとれたアメリカは、クリントン政権末期の二千年末の段階では過去最大の財政黒字を生み出せるまでになったのです。冷戦が終結した以後に生まれたクリントン政権の第一目標は「経済重視」というものでした。それはアメリカ民主党・進歩的政策研究所が出した『変革への提言』の中に「これからは経済だ」という方針がはっきりと打ち出されていることでわかると思います。冷戦時代は軍事をもっとも優先させて行かざるを得ない状況が存在していましたが、冷戦の終結でアメリカも経済に重点を置いた政策運営に意識を集中できる条件が手に入ったのです。しかし冷戦時代にもっとも経済的にうまくやってきたはずの日本は、先進諸国の中でも最大級の財政赤字を抱える羽目になっています。冷戦時代にはそれほど費用の負担をせずに済ませくることができていた日本にとっては、「平和の配当」もそれだけ少なかったわけですし、冷戦時代にうまくやりすぎてしまっていたために有頂天になって、その反動としてのバブル経済の崩壊は日本経済にとって大きな衝撃を与えてしまったわけです。日本でも細川政権は英語では"Change"で表現される「変革」を掲げましたが、それまでの日本は経済オンリーでやってきていたので、日本の変革はその経済の構造改革という意味しか持たないはずのものでした。日本のこの経済の落ち込みによる苦境を打破する道が、では日本の民族主義の高揚と軍事大国化にあるのかというと、冷戦時代のソ連やアメリカを見れば明らかなように、それは日本の経済的な苦境をさらに悪化させる道であろうことは明らかです。冷戦時代に軍事優先でやってきたアメリカが冷戦の終焉に伴う変革で経済重視に転換したというのであれば、それまで経済オンリーでやってきた日本にとっては冷戦の終焉に伴う「変革」は冷戦時代のアメリカに匹敵するような軍事大国化の道に向かいうる可能性もあるわけですが、それはアメリカがたどろうとする冷戦以後の目標とすれ違うわけです。十九世紀の終盤から二十世紀前半の帝国主義が世界を覆っていた時代、すなわち軍事力によって他の国を植民地化し、そこで得られる経済的な価値すなわち安い労働力や天然資源を獲得することで帝国主義諸国が経済的な利益にありつける時代には軍事力は国家の利益を確保する上で不可欠のものと考えられました。千九百十四年に第一次大戦が始まっている中で千九百十七年にロシア革命を成功させたレーニンの『帝国主義論』では、帝国主義は「植民地への商品輸出を含む」とされますが、植民地の方が帝国主義の宗主国以上の経済水準にあるわけではないので、本国の方が植民地からの経済物資や労働力の供給の恩恵を遙かに多く受けられるはずです。なぜなら貧しい人間に商品を売りつけるよりも金持ちに話を持ちかけた方が商品が売れる可能性は遙かに高いのが道理だと思います。植民地を軍事力で威圧することで天然資源や労働力を極力安く手に入れるというのが帝国主義の利点であったわけです。経済的な利益があるからこそ軍事力が必要であり軍事力に意味があったわけです。もしそうではなく、帝国主義といわれる時代には植民地の方が経済的に大きな利益を得ることができていたというのであれば、それまで植民地化されていた国々は植民地時代が永続することを願い植民地にしていた国々を悪く言ったりはしなかったことでしょう。レーニンの『帝国主義論』がマルクスの『資本論』の閉鎖体系の経済モデルに貿易を関連させて開放体系の経済モデルを提示して見せたという意味では、ケインズの『一般理論』をハロッドが貿易を含めての開放体系のモデルに進化させたことと対応すると思うのですが、私からすればレーニンの『帝国主義論』の論旨には疑問が残るところです。しかし冷戦構造の時代は私が述べたような帝国主義の時代とはちょっと違った様相の時代であったことは、この時代にもっとも経済的な利益を上げた日本が軍事大国ではなかったことが証明しています。日本は核兵器も持たずアメリカの核の傘の下にいたにも関わらずアメリカ市場から大きな経済的利益を上げヨーロッパからもアジアからも経済的な利益を得ていたのです。もし日本が第二次大戦において敗北した国であるときにおいて帝国主義的な手法をアメリカがとったというのであれば、朝鮮戦争に於いて敗戦国の日本から軍需物資を調達するだけでなく、日本人を朝鮮に強制的に派兵させて朝鮮戦争でアメリカ軍の兵士として戦闘に参加させることさえできたはずです。日本が三十五年間も植民地にした韓国や朝鮮の人たちを強制的に日本の軍人に仕立てたように、あるいは日本が戦時中に捕虜としたアメリカ兵などを自国の軍事工場で酷使したようにです。ですがアメリカはそのような政策は採りませんでした。むしろ日本にとっては経済的な利益になる軍需物資の調達だけにとどめたのです。すなわちアメリカによる日本の占領政策は日本を民主化された社会にするためのものであり、アメリカの帝国主義的支配の下に日本を従属させようとする色彩のものではなかったということです。まさか第二次大戦は日本人が自由と民主主義を勝ち取るための戦いだったなどと思う日本人はいくら何でもいないことでしょう。また日本は自分たちの自由と民主主義を守るために戦ったということでもないでしょう。結果的に日本は戦後自由と民主主義の国になりはしましたが、それはかつての戦争で天皇制ファシズムが大きな経済力の自由主義の国であり民主主義国家アメリカによって完膚無きまでに叩きのめされたからだったということにほかなりません。日本の場合の自由と民主主義は自らが血を流しても(犠牲を払っても)手に入れたいものだったわけではなかったのです。それと表裏の関係にあるものとして日本人にとっては自由と民主主義は自らの血を流しても守り通したい価値であるのかどうかというのも疑問です。日本の民主化は敗戦によって与えられたものであり、日本の植民地であった韓国がその後軍政から民主主義の国へと自らの力で自分の国を変えていったのとは異なります。民主主義を成立させるためには全ての個々人に思想信条の自由が保障さていなければなりませんが、自由民主党という現在の政党には二世議員や三世の議員が存在していてもそれらの議員の人たちの先祖が戦時中には自由主義者としてあるいは民主主義者として軍部から弾圧されていた人たちばかりだったとは限りません。当然現在の自民党の議員になっている人たちの先祖は軍国主義の時代に自由主義者あるいは民主主義者として軍部から弾圧された経験のある家系の人ばかりだとはいえないことでしょう。確かに戦後の日本が経済的に急成長する課程で日本の国防費は一%条項という枠がありながらも経済規模が拡大したので実質的には日本は世界第二位の軍事大国にはなっていますが、それを対外的に行使することはありませんでした。それとも「アメリカ帝国主義は我々を儲けさせたりしやがって」といって日本はアメリカを非難しようとでも言うのでしょうか?石原慎太郎氏は「アメリカは狡猾だ、信奉してはいけない」と『アメリカ信仰を捨てよ』でのべてもいますが、もしそうなら日本は迂闊にもアメリカ市場であまりにも大きな経済的利益を上げすぎてしまったという慚愧の念にも思えてきます。「お客様は神様」だとすれば、対米貿易黒字を生み出している日本人がアメリカ信仰になるのは明らかです。アメリカ信仰を捨てさせたいのならば石原氏が日本企業にアメリカという市場を日本企業が当てにしないように勧めればよいことです。ことに自国経済が苦境の時にアメリカ市場を当てにしないように勧告すべきです。アメリカ市場に売り込まなくても日本経済は立派に独り立ちしてゆけるし、アメリカからの技術や資本や制度を導入しなくても日本が日本人の知恵だけでやってゆけるというのであれば、信仰心も徐々に薄れて行くことでしょう。日本は自国の防衛をアメリカに依存しているという点だけが強調されがちですし、またそのためにバブル経済が崩壊すると国家主義的な主張が声高に叫ばれる雰囲気がでてきているともいえますが、日本経済はアメリカという市場にも大きく依存しているが故にアメリカ側から問題視される部分が大きいといえます。冷戦時代の自由主義圏は共産主義圏抜きでも自由主義圏同士だけで経済的な発展が可能だとということがはっきり自覚できるまでになっていました。しかしその自由主義圏も共産主義圏との対抗上からも福祉や独占禁止法あるいは累進課税制度という資本主義社会が持っている問題点を改善するアイデアを生み出さなければなりませんでした。これら福祉や独占禁止法あるいは累進課税制度という概念は冷戦構造の時代がまさにどちらの経済体制がより優位なものなのかを競う側面があったものだったことの産物です。すなわちどちらの社会の方が多くの人々にとってましなものだといえるのかが冷戦構造での二分割された世界の経済体制の根底に存在していた考え方でした。それら先進資本主義の国で生まれた考え方を後発資本主義国の日本もこれまで受け入れてきたということです。日本がアメリカ社会を嫌悪したいのならば、日本人の多くがアメリカ社会よりも自分たちの社会の方が遙かにましだと思える社会を作ってみせればよいだけです。それにはアメリカ社会をよく知らなければならないでしょう。自・他を見比べる目はしっかりと持たなければならないからです。でなければ独りよがりになってしまうからです。そして日本の社会が持っている問題点も十分に認識できることが不可欠でしょう。自分の社会の問題点を指摘されて、ただいたずらにその言葉にいきり立っているだけでは自分の社会をましなものにして行くことができないからです。アメリカから押しつけられた戦後憲法の時代の方が戦前や戦中の日本の社会よりもましなものであり、戦後という時代が終わって自分の頭で作った制度にしようとすると君が代の問題などのように教職員が大量に解雇されるなども含めて戦後と言われた時代よりも多くの日本人が制度的な犠牲者になるようなことでは困るわけです。自分の頭で作り上げた制度の方が人からもらった制度で運用した時代よりも人々はいっそう個々の幸せを得られるようにならなければしょうがないのです。しかし二十一世紀を迎える時点では日本人にアメリカ信仰を捨てさせることより、世界のどこにも日本を信用てくれる人が居なくなってしまうことの方をむしろ危惧すべきものなのかもしれません。日本人がアメリカ信仰を捨てた頃には日本が世界から捨てられていたということにもなりかねません。アメリカを信仰していたがゆえに軍事的な威圧を行わずに日本は経済大国になり得たわけですし、それは日本にとって幸せなことであった部分も大きいことは認めるべきだと思います。核兵器の開発競争による「恐怖の均衡」と呼ばれてはいても、冷戦時代はそれなりに世界秩序は安定していたので日本は経済的な利益を求めることのみに意識を集中できていたわけです。では、冷戦以後のポスト冷戦の時代には再びかつての帝国主義的な時代に戻るのかと言えば、帝国主義自体がその維持に費用がかかりすぎて経済的に採算があまりとれないことがわかったために、それまでの帝国主義諸国が帝国主義を捨て去っていったという歴史的な背景があります。植民地の民衆の不満などを封じ込めておくためだけでも帝国主義国は兵隊を植民地に派遣しておかねばならず、経済的支出は払わざるを得ないからです。バブル崩壊以後の日本国内での民族主義的な動きや国家主義的な動きがもしかつての日本の帝国主義時代への回帰を目指そうとするものであるなら、それは世界の帝国主義諸国がすでに実験済みの世界を再び日本がたどろうとするにすぎないものだと思います。大日本帝国は第二次大戦の敗北によって帝国主義を捨てさせられましたが、世界の帝国主義だった欧米諸国は自主的に帝国主義を捨て去っていったのです。日本は強制的に帝国主義を捨てさせられたので、なぜ世界が帝国主義の時代ではなくなったのかをあまり理解していないのかもしれません。またそのために帝国主義の道にまだ未練がありその道を選ぶことが過去のものになっている世界の趨勢に納得がゆかないのかもしれません。すなわち日本の帝国主義の終焉は自発的なものではなかったからです。また冷戦の時代においてはチトー大統領統治下のユーゴスラビアは社会主義圏の優等生といわれるほど経済的に成功していた国でした。日本はその時代において自由主義圏の優等生といわれてもおかしくないほどの経済的な成功を収めた国です。しかし冷戦時代が終わって以後のユーゴスラビアは各民族間の対立によって民族独立とそれを封じようとする民族との内戦状態に陥りました。片や自由主義圏の優等生だった日本は冷戦構造の崩壊と軌を一にして始まったバブル経済の崩壊によって、苦境の中での民族意識の台頭という状況が見え隠れします。しかしそれは世界の秩序と構造の変化が背景にあるので、その構造変化に適応不全になっている自分自身への苛立ちの反応の仕方のようにも思えます。マレーシアのマハテイール首相が「ルック・イースト」すなわち「東方を見習え」と唱えたのは千九百八十二年のことでした。東方とは「日本・韓国・台湾・香港」などを指したものだとマハテイール氏自身が述べていますが、その中でも日本が最重要であったことは確かです。日本経済は八十年代中盤すなわち八十五年の円高不況の時点においてはGNPが日米で逆転し 、日本経済そのものに注目が集まり日本経済がグローバル・スタンダード(世界標準:英語ではグローバル・スタンダードとは言わずグローバリゼーションと表現するようです)のように思われてもいたのですが、その後のバブル経済への突入とその崩壊によって、日本経済への世界の関心は二千年時点では薄れつつあるのが事実だと思います。八十五年にはプラザ合意が取り交わされ日本の円高が容認されるほど日本経済は強いという認識が世界の国々の一致した意見だったのです。日本は世界最大の債権国になり、日本の大手銀行の七行が世界のトップ・テンに入っていたのです。この時点の日本の円高が契機となって、日本企業はアジア諸国へと生産拠点を移しはじめました。それが二十一世紀初頭の日本の高失業率の原因にもなったといえます。アメリカ企業は七十年代に多国籍企業化が本格化しましたが、日本企業はこの円高の時点から多国籍企業化し始め日本の産業の空洞化が起こりはじめたのです。バブル経済崩壊後にも日本企業は輸出によって経済を立て直そうとしましたがクリントン政権のベンツェン財務長官の「円高が望ましい」という発言をきっかけに円は史上最高値に急上昇して行きました。日本の産業が空洞化したのは日本が輸出体質の経済になり大きな貿易黒字をあげた結果でした。八十年代と九十年代の円高を見たとき日本円での勤労者の給与が上昇していてしかも円高が進行すればそれだけ日本の対外的な生産コストは急上昇してしまうことになったからです。八十年代には日本経済の好調に対してその成功の理由をアメリカは必死に解明し学び取ろうとしていた時期でもありました。アメリカでは千九百八十六年末の時点でマサチューセッツ工科大学がアメリカ産業のインダストリアル・パーフォーマンスの低下の調査委員会を設置しました。それは『Made in America』として日本でも出版されていますが、その時点でのアメリカはアメリカで発案された製品でありながらシェアが低下した産業など八分野を対象に二年間にわたる調査をしたのです。それらの産業には、自動車・化学・民間航空機・コンピューター・半導体・複写機・民生用電子機器・工作機械・繊維などでした。それらはどれも千九百七十年時点と八十六年時点で比較するとアメリカにおける輸入品のマーケットシェアは八十六年の方が伸びており、輸出品のシェアは低下してしまっているのでした。そのような調査の結果アメリカは日本やヨーロッパから多くの改善点を取り入れなければならないと考えていたのです。しかしその本の日本語版への序文の中では、日本のような優秀な生産方式を取り入れても外国企業への参入障壁が日本国内すなわち日本市場には存在していることも指摘されています。そしてかれこれその十五年後には再び日米の立場は逆転してしまっているわけです。第二次大戦によってアメリカに敗北した後の戦後の日本にはアメリカの女性研究者であるルース・ベネデイクトの『菊と刀』という日本文化研究の論文が紹介されてきました。戦争を遂行しているさなかにもこのような地味な研究がちゃんと行われていたというアメリカの底の厚さを思い知らされた日本人も多かったかもしれませんが、自国経済が逆境に在る中でも、また逆境にあるからこそ自・他の比較研究をしようとして上のような比較産業論などの地道な研究の成果を出すアメリカというものは、自国の経済が苦境に陥ると、それで問題が解決するとも思えないにも関わらずすぐにナショナリズムに訴えがちな日本よりも懐が深い国のように思えてきます。確かにアメリカは大きな貿易赤字は抱えていますが、情報通信などのIT産業が活況を呈しインフレ無き経済成長を二千年度の末近くまで達成してきたといえます。アメリカのナスダック市場のバブルがはじけたのは二千年も末になってのことですし、ナスダックが暴落したとはいえニューヨーク株価はしっかりとしています。それに引き替え日本の東京証券取引所の日経平均はナスダックの株価の下落割合と同じ程度の下落率を記録してしまっています。数字を示せば二千年十二月二十二日の読売新聞の朝刊のグラフでは、二千年三月十日を基準にするとナスダックの下落率が五十三・八%、日経平均が三十二%の下落率、東証の全銘柄を示すTOPIXが二十三・二%の下落率であるのに引き替え、ニューヨーク・ダウはプラス三・九%の水準になっています。これはバブル経済崩壊以後の日経平均株価がニューヨーク・ダウに反応せずにニューヨーク・ダウが上昇しても日経平均は下落すると言った状態が長く続いたのでしたが、日本経済が大規模な財政出動とゼロ金利によってどうにか持ち直しかかっていた時点でやっとニューヨーク・ダウに連動して動き始めたと思われ始めてまだそれほどの年月が経っていない時点での動きといえます。ナスダック・ジャパンもできたばかりとはいえ下落幅は大きな状態です。日本経済の状況は学ぶことそして考えることを忘れ目先にあるものばかりを追い求めてしまった日本経済の敗北といえる状態なのかもしれません。そして九十年代の「失われた十年」といわれる終盤には国家主義的な動きや民族主義的な動きが台頭しそうにも見えるのですが、かつての帝国主義の時代においてさえ軍事力は経済的な富を手に入れるための手段だったのであり、強大な軍事力を保有することそのものが最終的な目的であったわけではないことは忘れるべきではないと思います。二十一世紀を目前にして不況の中に日本があるといっても、軍事力を行使せずに世界第二位の経済力を達成した日本にとって、経済的な苦境に対する反応としての日本国内の民族主義や国家主義的な動きの中に、強大な軍事力を保有すること自体が最終的な目的であるという考えがもし存在するなら、その考えは倒錯であり帝国主義の時代においてすら間違った考えとされたことだろうと思うのです。強大な軍事力、あるいは核兵器による相手国への威圧という手段を執ることなく経済的に成功することが可能であることを戦後の日本は世界に証明して見せたと思うからです。日本のバブル経済とその崩壊そしてそのことによる十年以上にわたる日本経済の苦境は自らの経済運営の失敗と経済学的な常識を無視した経済行動から生み出されたものであり、日本が軍事力を増強していなかったことが原因で引き起こされた訳のものではないはずです。すなわち二千年時点においての日本の苦境の原因は、それまでの戦後といわれる時代を覆っていた国民総動員令下の総生産力理論に基づいて運営されていた戦時中から続く日本の経済運営が行き詰まり破綻したということだと思います。そして櫻井よしこさんは「国際的な発言権は軍事力によって裏付けられるものであって経済力によってではない」としています。確かにこれまでの世界においてはそのような局面が多大にあったと言うことは私も認めます。二千年時点で北朝鮮は対外的な外交交渉を自国に有利にするために自国民の飢えであがなったミサイルなどの軍事力を外交上の切り札に使っても居ます。ですが我々が冷戦時代に眼にさせられたのは、発言力を軍事力で裏付けようとして核の開発競争にしのぎを削り、その結果自国の軍事力を背景にお互いに脅しをかけながらの交渉がもし失敗に終わり本格的な核兵器を使った全面戦争にでもなれば、地球上の人類すべてが滅び去るかあるいは滅亡の危機を迎えるという事態でした。譬えてみれば狭い部屋の中に敵対している二人の人間が相互にたくさんの手榴弾を持ち合わせた状態で閉じこめられているという状況です。どちらかが相手を倒すために手榴弾を使ってうまく相手を倒せたとしても、部屋がそもそも狭いので爆発した自分の手榴弾の爆風で自分も手ひどい負傷をしてしまうことを覚悟しなければならないのです。そして双方がよれよれになりながら必死に自分の手持ちの手榴弾をすべて使い尽くすまで戦ったときには、双方とも死ぬことを覚悟しなければならないと言うことです。米ソ両大国は世界最古の法典といわれるハムラビ法典の中の有名な言葉である「目には目を刃には刃を」といわんばかりにお互いに兵器の開発競争と核の増強を行っていたわけです。そのような趨勢が続いて核の脅威が相手だけに対してあるのではなく自国にとっても下手をすれば自国の核の行使が驚異にもなるほどの規模に核保有量が増大しまったのです。なぜならその時点では世界の核の保有量は全人類を何度も絶滅させるだけの分量になっていたからです。これが「恐怖の均衡」というものの姿だったことは明らかなはずです。核戦争は核ミサイルの発射ボタンを押すだけで可能です。女性でも子供でも人差し指一本を動かすだけで核戦争を引き起こせるともいえます。プロレスラーのような強靱な体力などまったく必要としない作業でも重大な結果を生み出すのです。それが現代の怖さだと思います。そのためあわや全面核戦争に突入かと思われたキューバ危機の後では偶発的な核戦争を回避するためにホワイトハウスとクレムリンとの間にホット・ライン(直通電話)を引くことがアメリカのケネデイ大統領とソ連のフルシチョフ首相の間で合意されました。先の譬えのように、人類の保有する核の量の増加によって地球という部屋の大きさの許容量が相対的に小さなものになってしまったといえます。地球という部屋ではその核の量を爆発させるにも部屋が狭すぎてしまうわけです。冷戦時代のこのような構造の中で経済的な成功だけに浮かれていた日本人を「平和ボケ」と呼ぶのであれば、その経済の最終局面であったバブル経済の崩壊による苦境の中で軍事力に自国の発言権の根拠を求めようとすることも冷戦時代に米ソ両大国が行った軍拡がどこへ行き着いたのかという事実を認識していない日本の平和ボケの「裏側にあった平和ボケ」のように私には思えます。経済的成功だけに浮かれることも、また冷戦が終わって経済的な苦境の中で日本が軍事力に自己の存在証明としての活路を求めようとすることも、冷戦という時代の中で日本が軍事的緊張でその恐怖におののく経験を持たなかったということの証明であり、その双方に「平和ボケ」といえる共通点があると思うのです。冷戦の時代に一路経済大国としての道を歩んできた日本は対外援助というカネの力で対外的な発言権を担保してきましたが、そのお得意だった経済が思わしくなくなったからでは軍事力で発言権が担保できるのではないかと思うのは単純すぎるように私には思えます。現代科学が与えた軍事というものの本等の怖さを認識していたならば、どちらの平和ボケにも進むことができないはずだからです。そしてそのように極限にまで軍事力を突き詰めていった米ソ両大国は結果的に双方とも身動きできないので均衡状態が保たれていたわけです。しかし六十七年の中東戦争以来の難題である中東和平(英文)を進めようとしているアメリカにとってスーパーパワーと呼ばれる世界最大の軍事力の後ろ盾で中東和平は可能になるのでしょうか?世界の警察といわれるアメリカとて、世界各国の紛争の和解手段のために自らの軍事力は行使できないはずです。アメリカが自らの軍事力を行使するのはアメリカに敵対する勢力によって脅威にさらされた場合に軍事力に訴えるのがもっともはっきりとした名目と支持が得られるはずだからです。日本がもし国際的な発言力を強めるために自国の軍事力を利用しようと言うのであれば、いったい日本はどこの国に対して何が言いたいのかと言うことが重要であろうと思います。アジアで紛争が起きてその和平のための和解手段を講ずる外交的な交渉の場面では当然日本は自国の軍事力を後ろ盾にした形では和平の仲介役としてその場に登場することができないことは確かでしょう。すなわち和平交渉の仲介役として日本が登場する場合には自国の軍事力を前面に押し立てたりはしないはずです。日本が紛争当事国にならない限りその発言権を軍事力で担保する必要はそれほど生まれないのです。イラクのクエート侵攻という事態に伴う湾岸戦争においては世界が共同してアメリカを主軸とする軍事行動にでることを支持しましたが、ユーゴスラビアの内戦に対しては必ずしもアメリカの軍事行動が全面的な国際世論の支持を受けたとは言い難いところがあります。軍事力によって担保された発言権というものも、世界各国の世論の動向を無視してはまた国内の世論の納得なしでは成り立たない状況が生まれつつあると思います。それが軍国主義ではない民主主義の時代の軍事を巡る状況であろうと思うのです。ベトナム戦争においてその幕引きをアメリカ国民が求め始めたのは、ベトナムにおける戦争の戦場の凄惨な模様がテレビでアメリカの国民の各家庭へと流されたことによります。それによってアメリカ国内には厭戦気分が広がったのです。また米ソ冷戦の終結には、ソビエト国内に自由主義圏の有様がテレビで流れるようになり、共産主義が世界の中でもっとも豊かであるという幻想がうち砕かれ、「我々よりも自由主義圏の人間の方が豊かな暮らしをしている」ということで共産主義に対する疑問が生まれてしまったのは事実だと思います。情報が国家の意思決定に大きな影響を与えたと言うことです。また、冷戦時代にチェコのプラハの春において、ソビエトは軍事的にその動きを封じましたが、ソビエトの軍事力である戦車の大砲の方向が自国以外の人間に向けられているときにはソビエト国民は何も言いませんでしたが、戦車の大砲の方向が自分の方、すなわち治安出動のために戦車が出動したときにモスクワ市民は立ち上がったというのが事実です。それがソビエトの民主化の始まりでした。軍事力も対内的に一つ使い方を間違えると、その政権の命取りとなるということでもあります。全体主義的な政策を採っていた共産主義国のソビエトにおいてさえそうだったのですから、治安維持のために自国の軍隊を出動させるという手段は共産主義国だったソビエト以上に民主主義国の場合には慎重になるべき根拠がここにあると思います。そして中国の民主化を求めた学生達のデモを中国人民軍の戦車で鎮圧した天安門事件の様子は当時の社会主義圏の東ドイツにもテレビの映像として流れ、共産主義に対する嫌気がさした東ドイツの民衆の動きを封じきれなくなってベルリンの壁は崩壊して行きました。現在は軍事力が何をしているかを伝えるメデイアというものが用意されている社会です。そしてこれからはインターネットを含めたさらなる情報化が世界の趨勢になって行くことは確実です。そのような世界の趨勢の中で、軍事がどのように人々からみられ、どのように人々に受け止められるかの時代だろうと思います。軍事力には軍事力でしか対抗する方法がないようにも見える部分はありますが、軍事力が自分たちになにをしたのか、また軍事力を行使する人たちは軍事力でなにをしようとしたのかを人々は感じ取り考える部分もあると思います。そして軍事力で自国の発言権を高めようと考えるより、金があったにも関わらず日本は諸外国からそれほどの尊敬も勝ち得なかったことの方を問題にした方がいいと思います。金があることは人々の羨望の的になることはできます。ですが、金があれば人の尊敬を得られるのかというと、羨望と尊敬とは別物だと思います。金持ちなるが故に尊敬されるには、その金持ちの考え方が立派でしかも行動が伴なっていなければならない部分があります。成金的な行動は金があるが故に逆に人々からさげすまれてしまう結果にも終わりかねないのです。 日本は二十世紀においてもっとも成功した国であるという国際的な評価を下している機関もあります。確かに二十世紀中盤から後半にかけて、ことに戦後といわれる千九百四十五年以後においては、日本は経済力によって自国の存在感を世界に示してみせることができた時期でもありました。しかし千九百九十年以降はその存在感にもかげりが見え、自国の世界に対する存在感が薄れ始めていると言うことの自覚から、日本は再び軍事力で自国の存在感を高めたがっているのかもしれません。経済力が万能であるわけでもありませんが、かといって軍事力が万能であるというものでもないと私は思うのですが、日本人が世界の中でどのようなポジションをとったらよいのかに迷いが生じていることは確かなようです。それは世界を覆っていた冷戦構造の崩壊という歴史的な流れによって、世界の国々が自国のポジションを変化させ始めてしまったからだという部分も多分にあると思います。世界の国々が自国のポジションを変えて行く中で日本もこれまでのポジションから他のポジションへと位置を変えて行かなければならないと考え始めたと言うことでしょう。ただ世界の中における日本のポジションの変更の仕方が軍事力の増強だということには私は同意しかねるのです。それ以外にもポジションの取り方の選択肢は存在すると思うからです。それは高齢化社会の到来による老齢人口の増加した社会をどのように運営していけばよいのかの優れた社会制度を世界に示してみせることでも可能です。なぜなら日本が世界でもっとも高齢化が進んだ社会になることが確実なので、そこでの経験はその後に高齢化社会を迎えることになる他の国々にとって非常に参考になるからです。そのような日本の少子高齢化の社会は、日本においては二十一世紀の中盤まで確実に続いている状態であろうと予測できます。そのような条件におかれた社会は学齢期にある人々や子供そして生産年齢にある人々と老人達がどのようにすればうまくお互いの利害を調整し合いながら共に生きてゆける社会を作ることができるのかという面で多くの工夫をして行くことでそれは形成できると思うのです。日本の多くの女性が社会参加して現在企業などの職場で働けるようになっているということは、インドの女性からすればうらやましいはずのものです。インドの女性達からすれば「なぜ日本の女性は職場で働くことができるのか。」という質問が日本の女性に問いかけられるのも当然でしょう。電気釜や電気洗濯機あるいは水道や電気冷蔵庫・電話などは、女性の家事の手間を軽減し日本の女性に時間というものを与えてくれたはずです。如何に有能な女性でも家事に時間をとられていては自分の能力の発揮のしようも無かったことは確かだろうと思います。また筋肉労働ではない職業分野が多くなったと言うことも女性にとっての職場進出の追い風になったといえます。それは男性が家事を行う役回りを任されたとしても同じことがいえます。冷凍食品をレンジでチンするくらいのことならどんな男性にもできると言うことです。それらは発展途上国といわれる国々の人々にとっては非常に参考になるはずのものです。それと同じように日本の高齢化社会の社会システムの形成は、のちに高齢化を迎えるであろう国々にとって非常に参考になることでしょう。そして現在左前になりかかっている日本の経済をどのように立て直して行くのかの方策は、現在は好調に見える経済状態の国々が左前になったときに参考になるかもしれません。これらは世界の中でこれから日本が採りうるポジションの内のいくつかの例といえます。日本は自国経済が好調でアメリカ経済が苦境であったときにアメリカをあざ笑っていたのかもしれません。しかし日本自身が経済的に苦況になってみれば、参考にすべきであると考えられるのは経済的な苦境から復活したアメリカ経済や、あるいはイギリスに始まる金融ビックバンであったと言うことを思い起こすべきだと思います。先にその経験をした国々から学んだり参考にさせてもらわなければならないからです。それと同じように世界でもっとも高齢化が進んだ国になる日本の経験は世界の参考になるときがあると私は考えるのです。「日本は年寄りの国になっちゃって」と、若い国々の人々は笑うかもしれません。それはあたかもベトナム戦争以後、経済的な苦境にあったアメリカを日本人が笑ってみていたこととよく似たことです。しかし年寄りの国になった日本を笑っている国々も、日本と同じような経験はしないという保証はないのです。そのときに日本の経験は生きてくると思うのです。戦後の日本経済がなぜ成功したのか、そしてなぜ失敗したのかは多くのアジア諸国にも参考にできるものがたくさんあったはずです。それと同じようにこれから二十一世紀を生きて行く日本の経験も、どこかの国にとっては後々参考になるものも生み出せると思うのです。日本の少子高齢化は千九百七十九年から一人っ子政策を採っている中国には少なくともなんらかの参考に将来なる可能性があるはずです。二千十一年十二月十九日の朝日新聞朝刊の記事では中国の六十五歳以上の人口は千九百八十年には五千万人ほどですが二千年には八千万人ほどになり二千十年では一億一千万人で二千五十年には三億三千万人ほどになると予想されています。そして高齢化率も千九百八十年の五%程から二千十年では八%になり、そして二千五十年には二十七%程へと上昇しそうです。中国の一人っ子政策は人口の増加に伴う貧困層の拡大に悩む多くの発展途上国にとって参考にもなるものですが、二十一世紀には確実に世界の大国になって行くであろう中国にとって参考になるのあれば、その分野で日本が先駆的な制度を作ってみせることは世界にとって大いなる意味を持ってくることでしょう。中国の一人っ子政策は世界の総人口が無制限に増え続けることが不可能であることを前提に、人口爆発による地球上の人類の悲劇を回避する政策として非常に重要なものだと私は思います。しかも中国は二千年時点で発展途上国と先進国という違いはありながらも日本と同じく財政赤字を抱えている国でもあります。そして日本の老人介護保険制度はスタートしたばかりです。制度を作っている人たちが想定していなかったようなことも介護の現場ではたくさん起きてくるはずです。そのような現場での出来事を制度を作成したり運用したりする部署にフィードバックし、さらに制度を改善して現場に戻し、又それを現場で試して制度の運用部門に戻し.....といった作業を何度も繰り返して改善しながらより良い制度を築く以外にないと思います。老人に対する場面だけでなく、子供を産みやすい社会にするにはどうするか、少子高齢化の中で財政を立て直すには経済構造をどう変えたらよいか、などなど多くの工夫を要する問題が横たわっています。経済面での生産性をそれほど低下させずにある程度の経済的活力を維持しながらどのようにして少子高齢化の社会を運用するかと言うことなのです。そのような数々の工夫が諸外国にとっての参考になるときが必ずあると思います。それは日本自身が他の国の参考にならんがためにするというのではなく自国のために必然的にやらざるを得ない、また日本としては避けて通ることができないことでありながら、それが他の国の参考になり得る部分があると言うことなのです。少子高齢化の社会を迎える上での制度やその運営のノウハウは非常に価値が出るものだと思います。そのことで日本は諸外国に自分の存在感を示すこともできるはずです。そして日本の急速な少子高齢化は世界の中でもっとも顕著に進んだものであると予想されるので、日本の取り組みは諸外国の物まねをしようにも物まねのしようがないわけです。すなわち日本が独自に自分自身で考え出したことが世界にとって最初のものになり得るのです。そのことに日本が成功して見せても、あるいはそれが失敗に終わっても、そのどちらもが世界にとっては参考例になることでしょう。成功すれば見習うべき例となり失敗すれば反面教師となってそのような失敗をせずに済ませるにはどうしたらよいかと他の国々は考えることだろうからです。成功させるか失敗に終わらせるかは日本人次第です。それはバブルを生み出すほどの資金力を持つようになったことが日本の歴史上初めての経験だったように、日本がこれから迎えようとする少子高齢化は日本のこれまでの歴史をいくら調べてみても過去に経験したことのない出来事でしょう。少なくとの日本の近代化が始まった明治期以降にはなかったことです。バブル経済は日本にとっては初めての出来事でしたが世界には日本が経験する以前にも起きていたことでした。また産業革命以来の工業化も日本は世界の趨勢の後を追い近代化を行いました。帝国主義という時代も日本は後からその世界に参入しました。すなわちこれまでの近代と呼ばれる時代の日本の歴史は世界のどこかの国が経験してきたことの後を追っていたわけです。しかしこれから始まろうとする日本の少子高齢化の社会というものは世界の中でも誰もまだ経験したことのない社会を日本が経験するのですから、その経験の中で日本が工夫したことは世界に先鞭をつけることになるというわけです。他の国の後追いだけではいくらその趨勢の中で成功を収めてみても、しょせんは二番煎じでしかありません。情報通新社会というものも、日本は結局諸外国の後追いのような状況を呈しています。情報通信分野の競争も日本は手を抜くわけにはいかないにしても、しかし日本の少子高齢化社会は否応なく世界の先頭を行くものだということです。少子高齢化社会の中では情報通信も活用できる幅が増えることでしょう。携帯電話とパソコンとの間でメールがやりとりできるように画像送信機能が加わりテレビ電話となった携帯電話からその画像がパソコンにも送れるようになれば一人暮らしのお年寄りの健康状態などをお年寄りが望めば毎日ケアーセンターからチェックできるようにもなると思います。ただ高齢者の場合には心臓のペースメーカーを使用している人の割合が高いので電磁波の問題を解決しなければなりません。しかしそれは高齢者ではない人にとっても望ましい事なのではないのでしょうか。そのような社会の運用に成功してみせることは、それこそ世界に日本の存在感をアピールする上でも効果的なものの一つであるでしょう。それは決してたやすく実現できる道だとは思えません。むしろ至難の業といえるものだと思いますが、テレビ画面で見ているだけですぐにわかる軍事行動で砲弾やミサイルを発射してみせるような派手さはなくとも、それは非常に重要なことだと私には思えてきます。そしてこのような意味での日本の独自性の発揮は、ややもすると日本が独自性を発揮しようとする時には孤立主義に陥る危険を持った考え方になるのとは違い、世界の中で日本が孤立してしまうことがなく日本発の世界の先頭に日本が立てる試みだと思います。日本経済の戦後の成功とその最終局面でのつまずきにたいして、戦後といわれる時代の以前にあった時代への郷愁や追慕でも、あるいは戦後という時代の趨勢がいつまでも永続していくだろうという幻想でも、日本の二十一世紀への未来は開けては来ないと思います。それは遠くは明治の近代化以降、帝国主義という拡張主義ないしは膨張主義と、敗戦以後の経済に重点を置いた拡大路線との双方に共通している、日本が拡大して行くという趨勢そのものが反転の時期を迎えてしまうと思われるからです。戦後の日本経済における終身雇用と年功序列制度という日本独自の雇用・賃金制度も地方の農村部の豊富な労働力が都市部へと流入していたという条件があったが故のものであった部分が少なくありません。ことに年功序列の賃金制度は若くて安い労働力が豊富に存在している社会だったからこそ可能であった側面が大といえます。そして都市部の方が経済的な発展の仕方が急速であったことは事実です。日本の場合でいうなら東京あるいは東京を中心とする首都圏と呼ばれる地域には多くの人口流入がこれまで起き、首都圏の膨張が存在していたといえます。そのような分野は空間経済学という比較的に新しい経済学の領域を形成しているといえます。どんなものを空間経済学が対象にしているかはクリックしていただければおわかりになると思います。東京が膨張した理由としては、歴史をさかのぼれば江戸幕府が参勤交代によって地方の大名を定期的に江戸詰めにしてそれを義務化するという制度を取り入れたことも一因としてあると思います。各藩に財政的な支出をさせることで、地方の藩が大きな経済力を持ち、その経済力によって江戸幕府に謀反を起こすことの無いようにという意図の下での政策が、当時すなわち近世としては世界最大の人口を擁する百万都市を形成し、各藩の大名たちが藩の財を支出する事によって当時の日本の首都というばかりではなく一大消費地を形成していたというわけです。そこに全国からの物資を集積して輸送する商業都市である関西の大阪が生まれてもいました。大阪の米相場は世界で最初の先物取引市場であったことはよく知られていますが、明治維新によって政府の方針でこの市場は閉鎖されてしまいました。明治維新以後の日本にとっても東京は首都であり続けたわけですが、二十一世紀を控えての地方分権の改革に当たっても地方に権限や財源を渡したがらない中央官庁の姿勢は江戸そして明治以来の中央集権的体制の名残りともいえるようです。しかし二十一世紀序盤の日本にとってのまず最初の課題は、人口の減少による経済の縮小を如何に小さくとどめるのかとか、財政再建のために政府部門に資金を移転させることによって生まれる民間経済の縮小をどのようにして回避するのかといった、拡張主義や拡大路線とはまったく正反対の問題に直面するからです。都市部への人口の流入を加速させようにも、地方の人口も減少してしまい、日本の主要都市間の若年労働者の奪い合いという状況が生まれるのかもしれません。これまでは少なくとも日本の近代戸籍制度ができて以後の時代に於いては、帝国主義の時代にも戦後の経済成長の時代にも戦争による戦死者の増加で一時的に人口が減少した時期もあったかもしれませんが、日本の総人口はおおむね増え続け拡張主義や拡大路線を選択する条件が日本国内に存在していたといえます。戦時中などは兵隊を確保する上でも「産めよ増やせよ」の時代でもありました。しかし二十一世紀の序盤からは日本の総人口が減少に転じてしまうのです。イギリスに始まる産業革命は、それまでインドから綿織物を輸入して貿易赤字に苦しんでいたイギリスがコロンブスのアメリカ大陸発見の後アメリカからの安い綿糸の輸入と織機の発明によってインドのムガール帝国からの自立を果たし、方や日本は東南アジアや中国からの輸入品による貿易赤字を鎖国によってそれまでの輸入品を国内で自家生産する方法でアジアからの自立を果たしたとは、川勝平太氏が指摘しているところです。このイギリスと日本との脱亜(アジアからの離脱)の課程での違いは、イギリスが資本集約的に脱亜を達成したのに対して、日本は江戸時代の「勤勉革命」といわれる労働集約的な方法で脱亜を達成したことでした。資本集約的な生産における分業にしても勤勉革命にしても、どちらも一人あたりの生産性を如何に高めるかと言うことが問題であり、人々が経済的に豊かになるためには重要であると言うことです。しかし二十一世紀に於いて顕著になるであろう日本の少子高齢化社会に於いては、労働力が減少して行くので労働集約的な産業構造では日本経済はやってゆけないことが明らかです。日本経済はさらに資本集約的な産業構造へと転換せざるを得ないことでしょう。そのことによって一人あたりの生産性をさらに上げる必要が生まれるわけです。あるいは情報通信産業分野に顕著に見られるような、知識集約あるいは頭脳集約型のそれほど巨額な資本は必要としないが優れたアイデアと高度な知識を必要とする分野に特化してゆくのではないかと思われます。それを可能にするためには教育が重要になってくると思われます。労働集約的な産業は日本国内では淘汰されてしまい、そのような産業は人口の多い国や地域へと移転されざるを得ないのではないでしょうか。冷戦時代に日本はアメリカのキャッチアップで経済的な成功を収めましたが二十一世紀初頭には中国をはじめとするアジア諸国が日本をキャッチアップするような構造になりました。一例を挙げれば、バブル崩壊後の状況で唯一好調な売り上げを記録している商品はデジタルカメラですが、日本のデジタルカメラの世界シェアが九十パーセントとは言われてもその製造は九十パーセントが中国で行われていると言うことに顕著に現れています。そして一人あたり生産性を向上させたことによって得られた富の配分をどうするかも考えなければならなくなることだろうと思います。八十八年のブラックマンデー以後ニューヨーク・ダウは十年以上もの間ほぼ一貫して上昇してきていました。もっと長く言えば八十年からアメリカのダウ平均株価は上昇基調にあったのですが、このように好調だったアメリカ経済でありながら賃金の上昇はそれほど起こらず、従ってインフレも起きてきたはいませんでした。これがニュー・エコノミーと呼ばれる新たな状況を示しているものですが、その背景には経済が好調でもITなどの導入によって事務部門の人員が減少し専門職が増えたりなどといった経済内部での人員の増減はあるものの省力化が働いていたので人件費の高騰によるインフレが起きないまま経済は活況を呈していたといえます。アメリカが得た平和の配当がIT分野に投資された部分も少なからずあるかと思えます。日本に於いても同様の省力化は必要不可欠なものになって行くことでしょう。すなわちホワイトカラーと呼ばれる部分が肥大化してきていたので、その部分の省力化を行わざるを得ないであろうということです。日本の場合には資本集約化がこれまで進んでいたのは自動車産業などで行われていた溶接ロボットや塗装ロボットなどいわゆる産業用ロボットの生産ラインへの投入でした。また無人化工場なども実際に他の産業分野では存在していたのも事実のようです。すなわち製造業の工場内部の省力化は日本では非常に早くから行われてきていましたが、事務部門などのオフィス内部での省力化は遅れていたといえると思います。そのためITなどの導入によるホワイトカラー的な職種の省力化をはかるべき時に来たといえます。そしてこれからは医療や高齢者の介護分野などには二足歩行のロボットを投入するような時代がくるのかもしれません。老老介護ではどうしても無理だと思われるからです。若い世代の筋肉労働に匹敵する力仕事をしてくれる介護用ロボットも必要になるのではないのかと思うのです。そのロボットを制作するのは当然技術者にお願いする以外にありませんが、そんな時代もくるかもしれないとは思います。老人介護のヘルパーだとて歳もとるしまた老人の体を抱え上げたりすることで腰を痛めたりもすると考えられるからです。二千年時点ではまだイベントのデモンストレーション用でしかない二足歩行のロボットのようですが、そんなロボットが駅の階段のところで車椅子の人を二人一組になって車椅子ごと抱えながら階段を上って行く駅員さんに取って代わる日がいつかあるような気もしてきます。それが労働集約的な社会から資本集約的な社会への我々の身近なところで起きてくる変化のように思えるのです。そのような資本集約的な社会にしながら、若年人口の減少に対応して行くことも可能になるでしょうし、企業経営の分野にもコンピューターによる省力化がさらに図られるようになってくるとも思えます。もしそのような資本集約化を日本が選択せずしかも二千年時点の労働人口での経済運営の仕方を踏襲したいとするなら、日本は海外からの多くの移民を受け入れるという決断をせざるを得なくなるでしょう。あるいはその両方、すなわち資本集約化も行いながら移民も受け入れて行かないと急速な人口の減少と高齢化という社会の動きに対応しきれないかもしれません。確かに二足歩行ロボットも戦争などの軍事用にも利用できるものでしょう。スパイロボットやロボットが当たり前に街の中を歩き回っているような時代になって、人混みの中に自爆テロロボットなどが登場するかもしれません。時限装置の爆弾を体内に隠し持ったロボットが人混みの中で爆発することで無差別テロも引き起こし多くの死傷者を生み出すことも可能でしょう。しかしどのようにロボットを活用したり利用したりするのかはロボットの責任ではなく人間の側の問題です。開発された技術はあくまで利用する人間にも責任があると思うのです。空間経済学のような考え方からすれば、都市は都市を形成するインフラなどに巨額の資本が投下されているといえます。そのインフラが作り出している便利さやそこで支払われる賃金の水準が比較的に高いということが人々を引きつけ人口がさらに増加するという循環が生まれ出ていました。確かに都市はそのインフラに注目すると資本集約的に見えます。しかし大量の人間がその都市に流入している状態で営まれる経済自体は労働集約型の社会となってしまう部分もあるのではないでしょうか。外観としては一見近代的に見える都市の内部で行われている経済活動が実は古くから日本にあった前近代の労働集約的なものだとしたら、これをどう考えたらよいのでしょうか。労働集約的な形態がかつての日本で営まれていたのは農業部門だったのですが、現代では都市が労働集約的な作業形態になっているとも言えます。石原東京都知事は東京の治安対策のために都庁職員を千人規模単位で警視庁に出向させるとの方針を打ち出しましたが、その余剰人員は都庁にパソコンを導入して業務を効率化することで生み出せると言うことです。すなわちこれまでの都庁の業務形態が資本集約的なものではなくいかに労働集約的であったかが逆に証明されたわけです。若年労働力が都市部へと流出していってしまう地方や農村部の方が労働力の減少を補うために一人あたりの労働生産性を高めて行かないとそれまでの生産量を維持してゆけないことになります。それには一人一人が勤勉にならざるを得ないのですがそれにも限界があるでしょう。極端に人口が減少して行く状況に置かれた場合には資本集約化しなければ自分たちの生業を営んでゆけないという条件にたたされるというわけです。そして少子化が進むこれからは都市に流入する人口も減少せざるを得ないのでオフィスワークをしているサラリーマンやOLの人たちが勤勉革命を起こさないと日本経済はやってゆけなくなるでしょう。日本の国内でも都市に比べて遅れていると考えられがちな地方や農村部の方が資本集約化された社会にならざるを得ない条件があるわけです。しかし経済的な成長は都市の方が地方よりも急速で、資本集約化するだけの資金力も都市に集中してしまい、本来資本集約化せざるを得ない条件におかれている地方には資金がないとするなら、社会のありようとしてはかなり矛盾に満ちたものにならざるを得ません。そして核となる都市部はオフィスビル化し、そこに居住する人口が減少しその地域へと通勤する人で昼間の社会すなわち仕事が行われる形態になっています。東京都の千代田区の場合には、二千年時点では昼間の人口は百万人なのに千代田区内に居住している人口は四万人だそうです。こういう条件の自治体では法人税収入は大きくても住民税は非常に小さな割合のものでしかないものになっていることでしょう。またそのような自治体においては、地方自治体の区長や区議会議員は日頃その地域で活動している人たちのうちのたった四%の人たちの意向によって決定されているともいえます。このような事実は、民主的な選挙制度といっても果たしてその地域で活動している人たちの意向が反映されたものとなるのでしょうか。また、昼間働いている人たちの数が圧倒的だとすれば、住民達の意向は踏みつぶされたりはしないのでしょうか。昼夜人口のこのような大きな違いは通勤圏を形成し、東京都心へのベッドタウンという形でドーナツ化して行き、首都圏を形成してるともいえます。通勤圏は広くとっても都心まで二時間以内の範囲といえると思いますがバブルの時代には首都圏の地価も値上がりしたためサラリーマンの居住地である住宅地も値上がりし、通勤圏は時間的にそれまでよりもさらに遠方へと範囲が拡大していた部分もあります。 こんな風に書き連ねてきているうちに二十一世紀を迎えました。これ以降の書き込みは二十一世紀になってからのものです。二十一世紀の日本経済の始まりは円安・株安でスタートしました。戦後すぐの時点での経済基盤が非常に脆弱だった頃の日本経済は「アメリカがくしゃみをすると日本は風邪を引く」といわれました。しかしこれまで書いてきたようにその後の日本経済は急成長し、アメリカが少々くしゃみをしても日本経済は風邪を引くまでにはならないだけの経済的な体力が付いていたのですが、バブル経済の破綻は日本の経済的な体力を著しく消耗させてしまい、二十世紀最後の年の十二月に起きたアメリカ・ナスダックの急落によるハイテク関連株のバブル崩壊は日本に大きな影響をもたらし、再びアメリカがくしゃみをすることで日本は風邪を引きそうなところにまでなってしまっています。アメリカ経済が減速傾向になった、あるいはアメリカ経済の景気後退(リセッション)が明らかになり始めているからです。日本経済にとっての二十一世紀の課題はこれまで書き記してきたように、どのようにして財政の赤字を減らして行くのかという大きな問題が目の前に立ちはだかっています。土光敏夫氏が臨時行政調査会(臨調)の会長に就任した八十一年には日本の財政赤字は百兆円だったといわれます。しかしその時点での改革は不完全にしか遂行されず、その後日本経済はバブル経済とその崩壊を経験し、二千一年時点では七百兆円の財政赤字を抱えるまでになってしまいました。これほど巨額な赤字は一〜二年のような短い時間で解決できるというようなものではなく、十年〜二十年あるいはもっと長い時間をかけないとどうにもならないものでもあるでしょう。それは中長期の課題として日本経済に常にのしかかりながら存在するものであり、その間にも短期の経済変動を日本は経験して行かざるを得ないであろうと思います。財政の部門の赤字が増大している中では、景気が低迷しても財政が出動して景気対策を行う条件がそれだけ失われているので、金融面からの経済対策あるいは景気対策しか施すことができなくなります。ゼロ金利政策といわれる日銀の超金融緩和の中でも日本経済の足取りはあまり思わしくはないのもでした。財政の部門からのてこ入れもできないとするなら、後は経済的な分野の規制を緩和して行く以外に打つ手はあまりないはずです。すなわちマクロ経済的な施策の範囲は非常に限られたものになるというわけです。そして経済面での規制は最大限緩和すべきですが、市場の透明性や 公平・公正さを損ねる行為への罰則や規制は強めるべきだと思います。アメリカの八十八年のブラック・マンデー以降の十年以上にわたる好景気の持続の中で生み出されていたニュー・エコノミーといわれる経済が終焉しつつある中で誕生したジョージ・W・ブッシュ政権は減税策を打ち出しています。金融政策のみで舵を取って好景気を持続させてきたアメリカ経済にとっても、また情報通信が導入されて生み出されたニュー・エコノミーといわれれるアメリカ経済にとっても、やはり景気の減速や後退局面においては財政面からのマクロ経済政策が出動せざるを得ないというわけです。アメリカがこの時点で行おうとしている所得税減税は所得税率の簡素化による実質的な高額所得階層への減税になりそうな気配ですが、私から言えば民主党が述べている中・低所得者への所得税減税の方がアメリカ経済を立ち直らせるには効果が大きいと思います。それは日本の所得階層別消費性向の構造がアメリカ経済にも存在するだろうと思うからです。アメリカ経済はこの時点で大量の在庫を抱える状況になっているようなので、消費を活性化させるにはその方がいいからです。それにしてもアメリカの景気後退への景気対策が所得減税であることは公共投資による公共事業がメインである日本とは対照的です。十年以上もの間好景気が持続していれば多くのアメリカ人はもう不況はやってこないものだと思っていたかもしれませんが、現実の経済は情報通信が主流になってもやはり好況と不況を繰り返すということは事実のようです。このアメリカの景気減速の余波を受けて二千一年二月二十二日の東京証券取引所の平均株価はバブル後最安値である一万二千八百七十九円九十七銭に近づく一万三千七十三円三十六銭まで値下がりし、一時的にはバブル後最安値を更新したりしています。バブルが全盛だった八十九年十二月二十九日時点では東京市場の株価は三万八千九百十五円八十七銭の最高値だったことからすればほぼ三分の一にまで日本の株価は下落しているわけです。そしてこの株価の動きは三月中旬に一万二千円を割り込む局面にまでなり、日銀は初めて金融の総量緩和策を打ち出し実質的なゼロ金利に金融政策を戻しました。このような株価の下落は銀行などの不良債権の処理にとっては大きな足かせになるものであることは確かです。むしろ不良債権をさらに増やすことにもなるでしょう。そして政府は月例報告で戦後初めて日本経済がデフレであるということを認めました。デフレの定義として「二年以上物価の下落が続いた場合」ということのようですが、その定義からすれば、二年以内の場合にはその期間が「デフレ傾向にある」という言い方にこれからはなるのでしょう。日本のデフレの要因は、日本の過度の輸出により生み出された極度の円高で日本企業が生産基地をアジアに移し、アジアからの安い製品の輸入によって物価が下がったことと、不況に伴う不安から多くの消費者が買い控えたことによるものであるといえます。そこそこの物的な価値はすべて手に入れてしまっていた日本の消費者にとっては、なにも将来的な展望が見えてこない経済状態の中で、あえてこれ以上の消費をする気持ちにはならないと言うところかもしれません。いくら預金金利が低くても消費に回すよりも貯蓄にオカネを回しているという状態です。消費を削って貯蓄に回せばその貯蓄はどこかへ投資されなければなりませんが、消費が盛り上がらないと企業収益は伸びないので、国内にはいい投資対象がないことにもなりかねません。より利益の上がる国や地域にその貯蓄された資金は流れだして行くと考えられます。日本人が貯めたお金でも日本国内の企業には投資されにくいということになるわけです。そして二千一年時点での森政権以後の首相を実質的に決める自民党の総裁選には麻生氏、小泉氏、橋本氏、亀井氏の四人が名乗りを上げ、この時点での景気対策として麻生氏は国際空港を新たに作るという公共事業を掲げたりしていますが、国際空港を増やしても日本人が海外へ行きやすくはなっても海外から日本に人がやってきてくれるかどうかはわからない状態です。日本の海外渡航者数は年間千二百万人を越えていますが(千九百六十四年の海外渡航の自由化以後の動きは、日本が世界第二位の経済大国になった千九百七十年頃には百万人ほど、八十年で四百万人ほど、九十年で一千万人を超え、二千年代にはいると同時テロやSARSなどの時期を除き千七百万人に上っています:二千七年二月十二日朝日新聞広告ページのグラフより)海外から日本にやってくる人の数はその半分以下という状態です。空港を作ることによって公共事業で雇用は生まれはしてもそれは一時的なものであり、日本人は海外へ行って買い物をするので国内の消費に結びつくのは旅行会社くらいなものになってしまいます。空港を作るならそれと平行して海外から大勢の旅行者が日本に来てくれる方策も考えるべきです。物価の高い日本にわざわざ買い物にくる海外旅行者もいないはずですので、免税店ばかりでなく日本国内の物価水準をも「比較的にそれほど高くはない」と海外の人から評価される状態にすべきだろうと思います。それは日本人の消費者にとっても利益になることです。というのも日本のホテル代や鉄道運賃あるいは国内航空運賃そしてタクシー料金などは他の先進国に比べても割高であり、日本人ですら国内旅行をするよりも海外旅行をした方が費用が安くてすむという状態だからです。結婚式を挙げるにも日本の国内の結婚式場よりもハワイで結婚式をした方が割安だというのであれば、なにも好きこのんで海外の人たちが日本に来るわけもないはずです。 日本のバブル経済崩壊以後の経済は国際競争力を大きく落ち込ませてしまいました。九十二年までは日本経済の国際競争力は世界のトップにランクされていましたが、その後は坂道を転がるようにして二千一年四月二十六日の読売新聞朝刊では、その国際競争力は四十九カ国中の二十六位であるというスイス・ローザンヌのビジネススクール、国際経営開発研究所の報告内容が掲載されています。それによると経済成長率が四十九カ国中四十八位、起業家精神のないこと、政府の非効率なこと、大学教育の遅れなどが順位を落とす原因だとされています。経常黒字や外貨準備高ではトップではあっても、その内容と先行きは楽観できない内容のものになっています。トップはアメリカですが、日本は第二位のシンガポール、第六位の香港などのアジア諸国や北欧の国々よりも遙かに下位に位置しているとの評価結果です。額面の大きさだけが猛威を振るったバブル経済のさなかには日本列島全体が海外諸国にとってはあるいは海外企業にとっては要塞のようになっていたと思います。地価の高さや物価の高さのために海外企業が日本に進出しようにもコストが高すぎて採算が合う見通しが立たなかったからです。海外から見たときにはバブル経済時点での日本は近寄りがたい存在だったわけです。海外ブランドのバッグや小物の専門店が銀座に進出し始めたのはバブル経済の崩壊以後のことだったことがそれを証明しているともいえるでしょう。日本人にとって高級品と思われる海外ブランドの専門店にとってすら日本に進出することはバブル経済時点ではためらわれるものだったというわけです。このような日本経済の競争力の低下はインターネットに代表される情報通信技術が世界に広範に広まって行くさなかに起きてきていたといえます。高速インターネットの普及率では日本は韓国に大きく水をあけられているともいわれます。冷戦時代に形成されてきていた世界の経済地図が冷戦の崩壊以後の時代には大きく様変わりして行く姿です。日本は車社会にはうまく適合してきましたが次世代の情報通信技術が主流になって行くであろう世界の潮流の中では日本は下手をすれば落ちこぼれになるような状況にあると思います。このような状況の中で戦後といわれる時代の日本のあり方を変えて行かなければならないという認識は多くの日本人に生まれてきているように思われますが、では、なにをどう変え、なには変えない方がよいのかということになるのだと思います。二千一年の四月三十日にはG7の声明が発表されていますが、世界はアメリカ経済の減速に加えて日本経済の立ち直りの遅れが世界経済に大きく影響することへの懸念を表明しています。しかし日本経済は世界各国から寄せられる日本への要望になかなか応えられない状況といえます。アメリカのITバブルの崩壊によるアメリカNASDAQ市場の急落につられてアメリカほどにはまだIT化が進んではいない日本の情報通信産業にも衝撃が走り、富士通は二千二百億円の経常赤字となったりしています。 アメリカでは十数年間に渡りシュンペーターのいうイノベーション(技術革新)の群がIT産業を中心に起こり、アメリカで始まった401K(確定拠出型年金)が投資信託に流れて、その資金がITを中心とする株式への投資の群を生み出し、アメリカのITバブルを発生させたといえます。そしてこのアメリカのバブルの崩壊によって日経平均株価は二千一年七月二十三日には一万一千六百九円とバブル後最安値をさらに更新し、小泉旋風といわれる圧倒的な支持率の下で行われた参議院選挙が自民党大勝で終わった次の月曜日の七月三十日には日経平均が一万一千五百七十九円へとさらに下落し,この趨勢は八月二十九日には一万一千円の水準を千九百八十四年以来十七年ぶりに割り込み一万九百七十九円七十六銭を記録し、九月十日には終値で一万百九十五円六十九銭と一万円割れ目前といった状況です。日本のIT化の流れは変わらないにしても、その流れも一時的にはとん挫するかもしれません。 二千一年七月の完全失業率は現形式の統計を取り始めた千九百五十三年以来過去最高の5.0%、失業者数三百三十万人になったと八月二十八日の夕刊に載りました。日本の完全失業率と自殺率との間には密接な相関関係があることは千九百九十九年六月二十九日の朝日新聞夕刊に掲載されたグラフが吉川洋氏の『転換期の日本経済』に転載されています。このグラフは千九百九十八年の完全失業率4.0%のところで終わっていますが、二千一年の七月はそれよりも1%も増えてしまっています。それからすれば日本の自殺率も当然上昇しているだろうと予想することは容易なことでしょう。日本の自殺者の数は交通事故での死亡者数の三倍の三万人以上になっています。しかし自殺率が経済状態と密接に絡んでいるというのは経済的に豊かとされる国に於いてのことなのかもしれないと思える部分があります。それは『imidas』の二千一年版別冊付録の"世界史アトラス"に載っている十万人あたりの自殺の割合では、インドの自殺者の人数が先進国の中で最低のイギリスと同じ十一人くらいで、中国は十三人ほど、日本はアメリカや失業率では日本以上の失業率であるドイツよりも高く二十四人くらいになっています。そして日本人の目からはしゃれたレストランがあって恋人同士が愛をささやきあう幸せな国のように思えるフランスですが、自殺者数ではここに載っている先進国の中で最高の三十人です。フランスは確かに失業率も日本より高い国です。自殺人数が最高なのはロシア連邦とリトアニアで十万人あたり七十三人ほどになっています。ソ連邦崩壊によってロシア連邦は生まれ共産主義を放棄して市場経済に変わっても経済的に苦境が長引いているロシア連邦の自殺率が高いのは経済が苦境だと言うばかりでなく価値観自体が大きく変化したことによるものかとも思いますが、日本よりも遙かに貧困層が多いインドの自殺率はなぜにこれほど低いのかと言うことが疑問として残ります。経済オンリーで人を評価する手段がその人の収入の多さだけといったような価値観が一元的に支配している社会に於いては自分が失業でもすれば自分の価値はゼロあるいは食費はどうしてもかかるのでマイナスになってしまい自殺までをも考えなければならなくなりますが、貧困が当たり前のように存在しているインドに於いては経済的な側面でのセイフテイーネットがなくても意識の面に於いての貧困と言うことに対するセイフテイーネットが社会の中に存在しているのかもしれないと私には思われます。それは宗教心によるものなのかもしれません。日本に於いては宗教が半分ビジネスになってしまっていますが、生きる上で心の支えとなる信仰心がインドには存在しているのかもしれなと言うことです。日本の宗教は企業が行うシェア争いと同じように信者をいかに増やし資金をどのように増やすかを工夫するという状態です。宗教組織の末端の信者は企業で言えば営業マンと同じような役割を果たしているのが実状のように見えます。植民地だったインドとその宗主国だったイギリスそして最大の人口を抱える共産主義の国の中国とは対照的な最大の人口を抱える民主主義の発展途上国であるインドと先進国のイギリスという立場が異なる二つの国の自殺割合がこれほどまでに酷似しているという事実には驚きを感じます。豊かになったはずの日本にはない何かが貧しい人々を大量に抱えているインドには存在している、あるいは日本が豊かになって行く過程で失ったものがインドにはまだ残っているのかもしれません。飢えや栄養失調で死んで行く人が存在しても経済苦によっては滅多に人が自殺することはないという社会だからです。しかし経済的に豊かになることだけが唯一無二で至上の価値であるかのように思われてきた戦後の日本の社会の趨勢の中では、長期間の失業は人間であることまでをも否定されかねないような気分にさせられるものなのかもしれないからです。自己存在が否定され続けていると感じ取っている人間が自殺を考えたりそれを実行に移すことはあり得ると私は思います。そして時代の変化する速度もかつてとは比べものになりません。十八世紀から十九世紀までは世界の人類の知識の総量が倍になるのに百年かかっていたそうですが、今では人類の知識の総量が倍になるのに五年くらいしかかからないとはNHKの放送大学での講義の中での話しでした。現代社会を変えて行く上で大きな力を持っているのは科学ですが、二十世紀後半には同時的に存在している世界の科学者の人数はそれまでの人類の中で科学者といわれた人たちの総人数と同じかそれを超えていたのです。 そして二千一年九月十一日の日本時間の夜十時頃(アメリカのニューヨーク時間で八時四十五分)にアメリカのニューヨークにある世界貿易センターのツインビルがテロリストのハイジャックした旅客機の自爆テロで二つとも炎上し倒壊しました。その直後にはワシントンのペンタゴンにも自爆テロがかけられペンタゴンの一部も炎上しました。民間航空機を使ったとはいえ旧日本軍の特攻攻撃のような玉砕型の大規模なテロであるといえます。圧倒的な軍事力を保持するアメリカに対して同等の軍事力を保有する事で対抗することは資金的にも不可能だと自覚し、しかもアメリカに不満がある人間はどのような行動をとるのかを考えさせられる出来事です。民間の大型旅客機をハイジャックして自爆するという方法はテロリストにとっては「最小限の費用で最大限の効果」がある方法を採ったといえます。このテロの実行に当たってどれだけの費用がかかったのかは定かではありませんが、ニューヨーク市の発表ではこのテロによる経済的な損失は十三兆円であるとされています。そして世界全体では四十兆円の経済的な損失という予測が国連から十月十一日には出されました。人命の損失は言うに及びません。アメリカへの入国費用と宿泊費そしてパイロットの養成費だけを自前の費用でまかない後は全て他人の借り物で引き起こしたテロでした。経済的な利益を求めたいが元手となる資金がない場合、頭のいい人間が他人のふんどしで相撲を取って儲ける手口と同じです。金と実権を握った奴が常に勝つ社会だったら金も実権もない人間はどうやったらその社会に対抗できるのかと本気で考えそんな道を選ぶ人間も生まれ出ることはあるでしょう。「金と実権がない人間には全てをあきらめてもらう以外にない」と言われても人はそう簡単には納得しないはずです。この同時多発テロの首謀者とされるアラブの富豪のビン・ラデインの資産は三百三十億円と伝えられますが、日本の地下鉄サリン・テロを引き起こしたオウム真理教の資産は刺殺された村井の発言では当時で一千億円という事だったからです。資金力だけからすればオウム真理教の方が遙かに大規模なテロ集団だといえます。この大きな出来事が起きる前には、国連で世界人権会議が開かれていたのですが、奴隷貿易やパレスチナ人の人権などが問題になれることを嫌ったアメリカの代表団は議事をボイコットし退席してしまっていました。この大規模な自爆テロの首謀者はイスラム原理主義者だとされますが、それが中東問題と全く無関係の事件だとはいえない側面があることは確かでしょう。この会議のだいぶ前には日本赤軍の重信房子が日本国内で逮捕され、重信房子の口から赤軍の解散が宣言されていました。赤軍はベトナム戦争時に日本で起きた全共闘運動末期に全国全共闘が結成された時点で旗揚げされました。その後京浜安保共闘と合体した赤軍は連合赤軍となり浅間山荘事件などを起こしましたが、国際的にもハイジャックや自爆テロ活動を行いました。日本赤軍は中東でも岡本公三を含むメンバーが銃乱射事件などを行いアメリカからテロ組織に指定されていましたが、本質的には冷戦時代の所産であったといえます。しかしイスラム原理主義は冷戦以後にその色彩を鮮明にしてきていた存在であると言っていいように思えます。ただ彼らの主張の中には湾岸戦争という近い歴史だけでなく十字軍の遠征までもを含めているので解決は容易ではないともいえます。第一回十字軍は千九十六年ですし第七回十字軍は千二百七十年の出来事だからです。ローマ法王も過去の十字軍の遠征に対しての謝罪はしていますがテロ組織にとってはいい口実であるともいえます。日本人の感覚で言えば千二百七十四年と千二百八十一年の二度に渡る蒙古襲来を理由に持ち出して中国を敵視するようなものです。日本のオウム真理教も宗教集団の姿を借りた冷戦後生まれのテロ組織としてアメリカで指定されています。ニューヨーク及びワシントンでのこの自爆テロによって日本の平均株価は十七年ぶりに一万円の水準を大きく割り込み九月十七日には九千五百四円八銭になりバブル後最安値をさらに更新しました。中東の問題、あるいはイスラム(あるいはパレスチナ)とイスラエルの問題は日本赤軍を消滅させるだけでは問題解決が全てはかれたと言うことができなかったのです。日本の公安当局は赤軍の動向をマークはしたのでしょうが赤軍がシグナルを発して照らし出していた問題の方には目を向けていなかったといえるのではないのでしょうか。それはなぜイスラエルのテルアビブ空港事件を起こした岡本公三が中東の地で英雄とされ、多くの赤軍関係者達が日本の警察の手で逮捕されているにもかかわらず未だに身柄を日本政府の手に引き渡されずにいるのかということです。そこにはパレスチナとイスラエル、そしてイスラエルを背後から支援するアメリカという中東問題が存在していたからです。アメリカではクリントン政権からブッシュ政権に変わった時点で、アメリカは自国の利益に関わる問題だけを優先するという態度に変わりました。自国の利益に関わらない問題には手を出さないと言う姿勢です。そのために中東和平への関わり方も以前より消極的なものになってきていた矢先に航空機による自爆テロが起こったのです。内向き姿勢に転じかけていたアメリカはこの大規模な自爆テロによっていやでも世界の表舞台へと再び引きずり出された格好です。世界で唯一のスーパーパワーであるアメリカならではの難しい立場であるといえます。世界に積極的に関わっても危険を伴い関わらなくても自国に危険が及んでくるからです。この出来事がイスラム原理主義者のテロリストが引き起こしものだとしたら、キリスト教の言葉の「撃つべきは敵の神」という言葉をイスラム原理主義者が忠実に実践して見せたという皮肉なことになります。日本の場合に於いてもこのような問題に政府がどのようなスタンスを取るかは微妙な問題です。下手をすれば日本も標的になりうるからです。アメリカと共同で研究しようとしている戦略ミサイル防衛網構想ではこのような自爆テロを回避できないからです。東京都心の高層ビル群がテロの標的にでもなれば、アメリカほどではないにしても日本のみならずアジアをはじめとする世界に大きな影響を引き起こします。このような出来事は単なる国内的な治安対策という枠を越えた大きな問題だともいえるでしょう。すなわち日本の外交姿勢の問題なども絡んでくるからです。日本にとっての石油の重要な輸出基地である中東の問題だけでなく、卑近な問題としては日本の歴史教科諸問題や靖国神社公式参拝など、いたずらにまた不用意に海外の人々の感情を逆撫でするような行動も危険な行為といえます。なぜならイスラエルのシャロン首相がパレスチナの領域に足を踏み入れて挑発するような行動をとったときパレスチナ人の自爆テロなども起きていたからです。相手側が自制心を働かせていてくれている間はいいにしても、それにも限度というものもあることでしょう。日本も十分なる相手側への配慮をした行動をとらねばならないことでしょう。そうでなくとも北朝鮮はアメリカからテロ国家に指定されまた日本との間では過去の出来事をも抱えているからです。日本の過去の戦争によって犠牲になられた方々の弔い方や慰霊の仕方が原因で将来の日本人までもが危険にさらされたり悲劇を味あわされたりする必要はないはずだと思います。戦没者の遺族の方たちとてそんな不幸な結果は望まないだろうと思います。日本への石油を輸出している中東の危機が起きたときには日本に石油を運ぶ海路すなわちシーレーンの防衛に当たっていたのはアメリカ艦隊でした。すなわちペルシャ湾の航行の安全を保っていたのはアメリカ軍だったのです。石油がくるかこないかは日本にとって死活問題です。そして日本の製品の輸出先としてアメリカ市場が存在するかしないかも日本にとっては死活問題です。またアメリカから日本へ食料の輸出が止まることもやはり日本にとっては死活問題です。日本とすればアメリカに逆らうこともできず、かといってアラブ世界の反発を呼ぶような行動もとれないのです。どちらも日本にとっては大きなリスクになるからです。これほどの大規模な出来事が起こってしまうとその当座はアメリカも怒り心頭なので到底無理ですが、日本政府は将来的にアメリカに中東問題すなわちパレスチナ人の人権などにも意を砕くようなスタンスを取るように要望してもよいのではと思います。アメリカ国内の世論がそのように自国政府に要求してくれることが最も望ましいのですが、そうでない場合には友好国としてもそのように述べるべきだと思います。日本の要望を述べることでアメリカの外交スタンスの変更を求めることはアメリカを敵視するものでもないはずです。「アメリカがそのようにスタンスを変えてくれるなら我々日本人は積極的な行動もとれる」と言えばいいのです。大規模なテロ行為に訴えでもしない限りそこに存在している問題にまともに目を向けてもらえないのならテロは何度でも起きてしまうことでしょう。「暴力はいけない。暴力はいけない」と言いながら問題が存在していることを無視し続けるのであれば、人は暴力に訴えることもあるのは十分に理解できるものだからです。そしてこのような大きな悲劇が起きたときのアメリカは多民族・多人種・多宗教の国家でありながらそれらの人々をまとめ上げる象徴として星条旗が機能しますが、日本の日の丸は日本人が日本国内の他民族や海外出身者を排除するための象徴のように使われ機能している場合が多いように感じます。確かにこのような大きな出来事が起こるとアメリカ国内でもアラブ系やいスラムの人間に対しての嫌がらせや事件は起きているようです。しかしそれはあくまで庶民レベルのことで国の指導者や地方行政の長は決して差別的な発言や偏見を助長するような発言はしていません。むしろそのようなことにならないような物言いをしています。しかし日本の場合には差別や偏見の言葉をあからさまに本にして発表したり口にする人たちが国の中枢や地方行政の長の人たちに存在しているのが事実です。それらは危険きわまりないことだといえるでしょう。そして日本の産業界がこの期に及んでもアメリカの景気回復頼みで日本経済をどうにかしようと考えるのは幻想に近いと思います。アメリカで導入された401k(確定拠出型年金)の資金が株式に回っていたのでアメリカの株価の大幅下落は勤労者の年金を減らす効果があり消費はそれだけでも低迷すると考えられるからです。日本でも株価と個人消費との間には相関関係があることはピーター・タスカ氏によって指摘されていますが、アメリカの場合は以上の条件があるので日本よりもその相関関係がもっと直接的であると思えるのです。そのため少なくとも経済にしめる個人消費の割合が日本よりも大きいアメリカ経済が短期的に回復するなどとは思えません。アメリカ市場への投資を嫌った資金が日本の市場に流れ日本の株式の低迷を脱却させることくらいしか期待できないからです。このアメリカの同時多発テロに於いてテロを行った側にもそれなりの口実はあったと思います。先進国としてはそれらの口実を与えない準備が必要でしょう。すなわちテロ組織が生まれ出てくる背景にある問題をなるたけなくすような努力もすべきだと思うのです。そしてテロ組織とその支援国撲滅という誰も真正面からは反対できないほどの大義名分をアメリカが手に入れるために払った代償はあまりにも大きかったのが事実といえるのではないでしょうか。それはアメリカばかりでなく世界が払った代償でもあると思います。そして日本にとって自衛隊の海外派遣という大義名分が得られはしてもアメリカと同じく数十人の人命を失い経済的な苦境をさらに深めるという代償で支払わされるのです。そして反テロという大義名分があるにしても、国旗・国歌の法制化、森首相の「天皇を中心とする神の国」発言、歴史教科諸問題、小泉首相・石原東京都知事などの靖国神社公式参拝、そして自衛隊の海外派遣と有事関連法案や人権擁護法案(メデイア規制法案)などの一連の日本の行動の流れがアジア諸国の目から見てどのように映るのかも日本としては気にしておくべき事でしょう。日本人の目から見てもこの時点での日本政府の一連の動きは「国家主義的な再編」と受け取ることができるものだからです。有事法制は「平時の時から有事に備える」と表向きには言われていますが、有事になることを最大限避けようとしているのか有事になることを心待ちにしているのかで、日本の外交的な選択の仕方も大きく異なってくることでしょう。すなわち自分が耐震建築の建物に住んでいるからと言っても「できることなら大きな地震は起きてほしくない」と望むこともできますし、「せっかく耐震建築の建物にすんでいるのだから早く大きな地震が起きてほしい」と望むこともできるのです。日本を有事に導くかどうかは日本の心ずもりひとつにかかわる問題である部分も大きいからです。しかし有事関連法案が提出される時点では、最も重要な日本の意志を対外的に示す役割を担っている外務省が省内の不祥事や鈴木宗男問題などでまともに機能していない状態です。そして有事法制や人権擁護法案の議論以前に起きたニューヨークなどの同時テロに対しても、それまでの前段階に何もなく突如としてテロがアメリカで起きたので同盟国として自衛隊を派遣するというのであればそれはある程度素直に受け止められたことでしょう。しかしそこに至るまでの現実はいくつかの布石のようなものが存在していたので、日本の保守反動化と疑われても仕方のない流れだといえます。少なくともその流れはより多くの人々にさらに幅広い権利を付与すると言った日本の民主化をさらに推し進める方向のものというより権力による統制色を強めるものだと私には思えます。またこれまでの世界秩序が国家単位で作られていたにもかかわらず実際には企業は多国籍化し、またインターネットなどの通信技術の発展によって意志疎通における国家の壁が取り払われ国家を超えた情報のやりとりが市民レベルで日常化して行く状況の中で国家という単位での組織の防御本能による反応としての保守化かとも思われます。ニューヨークなどの同時多発テロの時にペンタゴンを訪問する予定でワシントンに滞在していた石原氏は帰国後朝日新聞のインタビューで「東京にもこのようなことが起こると思わなかったか?」という質問に対して、「誰がねらうというのか」と答えていました。テロ組織の壊滅を唱えるアメリカを支持するだけでも日本がテロの標的になる可能性はそれだけ高くなると思われる中で「緊急事態の時と平常時では対応の方法が異なるのだ」と言うことを著書の中で強調してみせている石原氏としてはずいぶんのんびりした言い方だという印象を私は受けました。石原氏は誰にも不満を持たれず恨まれてもいない、また日本は誰からも不満を持たれず恨まれてもいないと思ってでもいるのでしょうか。すなわち日本はこれまで人に恨まれるようなことをした覚えはないとでも言うのでしょうか。しかし第二次大戦の日本の戦没者数は三百二十万人でもアジアでの犠牲者は四千万人にも上るとされているのです。2001年版『イミダス』の付録”世界史アトラス”の第二次大戦の表では、中国国民党の動員された戦闘員の数は三百八十万人、中国共産党が百二十万人、そして犠牲者は中国国民党の戦闘員が百三十二万四千人、民間人は一千万人、中国共産党は戦闘員・民間人双方の犠牲者数は不明となっています。この表では動員された日本の戦闘員の数は七百四十万人、戦闘員の犠牲者は百五十万六千人、民間人の犠牲者数は三十万人となっています。これらの数字からも中国・韓国をはじめとするアジア諸国から日本に対する潜在的な不満が消えていると思うことも、また日本人が過去を忘れてしまうにも時間が短すぎると私は思います。アメリカからテロ国家に指定されている北朝鮮が長距離ミサイルのテポドンで炭疽菌をアメリカに撃ち込む可能性もあるという警戒感からアメリカはミサイル防衛網構想を打ち出してもいたのです。そして今回のこのテロ対策は対処療法的なものではあっても根本的な問題解決ではないと思います。中東問題が解決されなければならないことが大前提だからです。第二次大戦は近代兵器を駆使して行われた戦争であったにもかかわらず、日本国内では太平洋戦争よりも六百年以上も前の蒙古襲来時の出来事である「神風が吹く」というような非常に古い観念で戦争が遂行されていたことなどを問題意識として、吉本隆明氏はマルクスの「意識は物象の反映である」と言う唯物論だけではなく観念には観念の独自の構造があるということを問題にして、法・国家・宗教の起源の解明を目的とする『共同幻想論』を著しました。天皇という存在も日本にとっては非常に古くからあるものであったともいえます。このテロはイスラム教の教典であるコーランの教えに忠実に従おうというイスラム教原理主義という古い観念が現代科学の産物である旅客機のハイジャックとそれを利用した自爆テロに結実してしまったわけです。古い観念が最新鋭の技術と結合することもできると言うわけです。そしてこのニューヨークとワシントンとでの大規模なテロによって、冷戦構造崩壊以後ともすれば各国が自国のみの利益や自意識を表面化させかかっていた世界の状況に、反テロリズムという共通の認識を与えて世界各国の足並みをあわせさせるという効果を生み出しました。冷戦構造の崩壊によってヨーロッパではネオ・ナチが台頭し、日本では経済的な苦境の反動で保守化とナショナリステイックな感情が生まれだし 、インドとパキスタンは核実験を行い、アメリカは自国利益の追求という内向きな外交姿勢に転じかかっていたからです。世界の各地で冷戦以前に回帰したり自国のみの行動をとろうという動きが生まれだしていた矢先で、反テロの大合唱となって世界各国の外交が動き始めたというわけです。すなわち「テロは世界共通の敵」とすることでかろうじて世界は共通行動を取り始めたのです。冷戦時代は米ソが相敵対し同盟国や衛星国を自己陣営に組み入れて内部の結束を図っていましたが、冷戦構造の崩壊はその内部の結束が崩れ個々の国々が自国の主張を各々しはじめるという状況が生まれ出ていたからです。当面はこの「反テロ」という共通理念で世界は共同歩調をとるでしょうが、それが一段落したとき世界の国々が本当に世界に存在している問題に協力して取り組もうとするのかそれとも自国の都合を各国が優先させ自国本位のエゴむき出しの状態になるのかは不透明です。テロ撲滅を宣言した戦争に対しアメリカは世界の一応の支持は取り付けられても、アメリカの外交姿勢は世界人権会議・京都議定書の批准・生物化学兵器条約など、主立った重要な世界会議でいずれも独自の方針を掲げ反対に回り、世界との共同歩調をとろうとしていないように見えます。これは下手をするとアメリカが世界から孤立して行く道であり、アメリカにただただ従って行く国も世界から孤立しかねない事態になっているように私には思えます。世界の各国が自国主義を採ったとき収拾のつかない状態が生まれ出ることがテロ後の要素としてあります。 またこのテロの余波はアメリカのITバブル崩壊による世界経済の低迷状態をさらに悪化させ、日本の銀行の所有する不良債権処理の遅れという状況にあった日本経済の苦境にさらに追い打ちをかける結果となりました。日本の銀行の貸出残高は四十六ヶ月連続で減少傾向を記録しているのです。不況の中の雇用不安によって、企業は設備投資を手控え個人は住宅建設を控え、史上最低の低金利政策を政府がうっていても、また日銀がいくら厚めの資金供給(史上初めての総量緩和)をしても民間の設備投資も個人の住宅投資にも銀行から金を借りてまで行おうという意欲はないといえます。すなわち日本国内には資金需要が失せていると言った状態です。その結果、二千一年十一月九日には二千一年度の経済見通しを政府は修正せざるを得ませんでした。国内総生産(GDP)の実質成長率をそれまでのプラス1.7%からマイナス0.9%に下方修正したのです。このGDPの落ち込み幅は戦後最悪の数字です。日本的雇用制度、すなわち終身雇用と年功序列賃金制度が崩れてしまえば、「何歳でいくらの初任給で就職して何年後にはこのくらいの賃金とボーナスがでる」といった一般サラリーマンの将来的な給与見込みが立たなくなり、銀行からローンを借りて住宅を購入しようにも返済計画自体が非常に不安定なものになってしまいます。銀行は「ある時払いの催促なし」では資金を貸してはくれません。すなわち一般の勤労者が住宅を購入する上での返済計画の前提条件が大幅に変わってしまったのです。GDPの伸びを考慮に入れて地価をデフレートすれば日本の地価はバブル経済発生以前の時点よりも実質的には安くなっているにもかかわらず、この時点での住宅着工指数が伸びないのは以上の理由もあると思います。そしてデフレ状態で推移している日本経済は失業者にとっては救いでもあるでしょう。失業しているにもかかわらず物価が上昇でもしたら生活はなおいっそう厳しい状態に置かれるからです。しかし七十年代序盤のアメリカではスタグフレーションが起きていたのです。景気後退・失業・インフレの進行という三重苦(トリレンマ)に陥っていました。ベトナム戦争の敗北によってアメリカは精神的な落ち込みと経済的な落ち込み、それにオイルショックが重なって物価高騰、値上がりしたオイル対策として消費者は燃費のいい日本車に購入を切り替えてアメリカの自動車産業は苦境に陥るなどの動きがありました。日本でも故梶山自民党幹事長が唱えた調整インフレの話しがちらほら聞こえてきますが、私はその考えには反対です。人為的にインフレを生み出し物価の上昇によって企業が生産する財やサービスの単価を上げることで企業収益を改善しようという方策は、下手をすると日本経済をスタグフレーションに陥らせるからです。すなわち調整インフレによって短期的に企業の収益が名目上改善したとしても日本経済が長期的なスタグフレーションになる恐れがあるからです。それでなくても対外的に比較した日本は高物価であったので、この時点のデフレの進行によって日本の物価水準を調整することは、企業や政府にとっては望ましくなくても日本経済にとっては必要な段階であると私は思います。私自身は「最も理想的な経済状態はどんなものか?」と聞かれれば「わずかばかりインフレ気味で推移している状態の経済」と答えるでしょう。ノーベル経済学賞受賞者のアメリカのレスター・ソローはそのインフレ率を2%としていますが、日本の場合は1%未満であってもよいと私は思っています。しかしこれまでの日本経済の物価水準を考えたとき日本は高物価の国だったのでこの時点でのデフレを私は容認するというわけです。調整インフレよりも二千一年十二月二十日時点で進んでいる日本の円安、すなわち一ドル=百二十八円台という円安水準によって輸入物価はそれだけ上昇するので、その分のインフレの方がまだ日本経済にとっては無理のないものだろうと思います。すなわち日本国内のデフレ圧力と円安による輸入物価のインフレ傾向との力関係に任せるべきで、政府による人為的なインフレ目標値は立てるべきではないと思うのです。しかし世界的な景気低迷によって日本の最も重要な輸入品である原油価格は幸いなことに安値で推移しているので、一ドル=百三十円前後の円安水準であるなら日本経済はそれほどのスタグフレーションには陥らないで済むと思います。ただ十二月二十八日には一ドル=百三十一円にまで円安が進んでも、大納会の日本の株式はそれによって輸出関連銘柄が急伸しているというわけではありません。アメリカの同時多発テロによってアメリカ経済が落ち込んでいるので、円安をてこに輸出によって日本の国内景気を上向かせるという、日本経済がそれまでたどってきたパターンの前提条件が変化してしまっているからです。また、八十年代と九十年代の二度に渡る円高によって製造業を中心に日本企業は多国籍企業化し、かつてのように円安だからといってそのメリットをまるまる手にできる構造では日本経済はなくなっています。すなわち日本経済には円安が輸出企業にとって不利なことではないにしても、これまでのように円安メリットを十二分には享受できない条件が生まれ出ているわけです。そして一ドル=百三十円台を大幅に超えて円安が進んでもアメリカ経済の消費が思わしくない場合には、日本経済は輸入物価の上昇によるインフレ効果しか享受できずスタグフレーションに陥るという、最悪のシナリオの一つの道を歩んでしまうことになるかもしれません。 このような日本の産業構造の変化が数字で現れたのは、二千一年度の日本の所得収支黒字額が貿易黒字額を上回ったことで示されます。そのことは二千二年二月十四日に日経新聞をはじめとする各紙で報道されています。輸入は過去最高額だったといっても、財務省の説明では「円安などの特殊要因がある」とされています。日本経済のこれまでの趨勢からいえば、国内経済が不振で円安ならば輸出は急伸し貿易黒字額は急増していたはずなのですが、この時点ではそうなっていません。むしろ円安によって輸入代金の方が膨らんでしまっているのです。円安が日本経済の貿易で大きな黒字を生み出す条件が消え去りつつあるといえます。一方ある程度の円高の時に海外へ資金投資して、その利益が外貨で支払われるときに円安になっていれば円ベースでは所得収支はその分額が大きくなります。それらの要因から所得収支黒字額が貿易黒字額を上回ったといえるでしょう。しかし所得収支が増えたからと言ってそれで日本の雇用が増加するわけではないことは明らかです。日本にお金が入ってくることは確かなことですが、投資先は海外なので日本国内の雇用には直接には結びつかないのです。日本の貿易黒字は、国内需要が強かった五十年代後半から六十年代の日本の高度成長期にはそれほど大きなものではありませんでした。日本の貿易黒字が増大したのは七十三年に起きた第一次オイルショック以後のことです。その時点で日本経済には条件的な変化が国内で起きていたといえるのです。すなわち日本の高度成長期は事実上その時点で終わっていたといえるのですが、生産重視の姿勢は変更されることなくバブル経済まで至ってきていたといえます。日本の所得収支が初めて貿易黒字を上回ったことを、二千二年二月二十五日の朝日新聞社社説は「[衰退国]と嘆く前に」と題して、「開発に必要なモノも資本も輸入に頼る[未成熟の債務国]から出発し、輸出産業を育てて貿易を黒字にする。債務をすべて返して債権国になるが、やがて後発国に追い上げられて貿易は赤字になり、海外資産からの収益で黒字を確保する[債権取り崩し国]に至る......明治以来、産業国家としての歩みを進めてきた日本は[債権取り崩し国]の一つ前の[成熟した債権国]まで来たことになる。」と表現しています。確かに第二次大戦による敗北以後にも日本は東海道新幹線や東名高速道路の建設など、国際社会から資本を借り入れて産業インフラを整備してきましたが、その借金の返済も終わっています。日本の近代化の始まり、すなわち明治期における産業インフラの整備の最初のものは、新橋-横浜間の鉄道敷設事業だったといってもいいかもしれません。 それ以前の江戸時代の公共事業としては東海道などの主要幹線道路の整備と利根川の河川改修だったとも言っていいでしょう。江戸から明治にかけてのこれらの趨勢は第二次大戦によって日本の産業拠点が大打撃を受けた後の戦後復興の時期にも顕著になりました。日本国内の多くの道路は、戦後すぐの頃には幹線道路をのぞいてほとんどが未舗装だったものです。車が走れば土埃が舞い上がり石ころがごろごろあるでこぼこ道がたくさんあったのです。当然雨が降ればぬかるみ道になってしまいました。ヨーロッパへ視察に行った私の高校の教師の一人は、土産話として「ヨーロッパでは靴磨きがいない。道路が舗装されているので埃が立たず靴を磨く必要がないからだ。」と話したことがあります。千九百六十年代中盤の頃のことです。しかしそんな日本も二十一世紀を迎える頃になると、高速道路はこれ以上必要でないと考える人が、もっと必要だと考える人の数を上回るような世論調査の結果が出るようにまでになりました。では日本はもう何もやることが無なってしまったのかというと、先の社説は「日本国内には、国民生活の質を高める分野がまだまだあることにも目を向けたい。医療・福祉・介護・教育・住宅・住み易い都市作りと言った分野だ。こうした分野は国内での活動なので、空洞化の心配もない。」と述べています。これらはいずれも生活関連のインフラであり高度成長期に力を入れていた産業関連インフラではないように思えます。医療・福祉・介護などは高齢化に伴ってこれから特に重要になってくる分野だと思われますし、教育はすべての領域に関連してくる基本的で基礎的なベースになるものだと思います。高度の技術を必要とする工業製品を作るにも、医療にも、介護にも、またそれらの制度を作ったり経営・運営を行うにも、その基礎には教育が必要になってくるからです。日本の高等教育は、望めば国民のすべてがどこかの大学に入学できるというような時代を迎えましたが、日本でトップといわれる東京大学も、国際比較で言うと世界の大学の中で六十八番目にしかランクされていないという状態です。大学教育そのもののレベルアップをしなければならないという状況も日本は抱えています。これは高校までの教育だけでなく大学の学生や教授に一踏ん張りしてもらわなければならない問題です。また、スイスのビジネススクールIMDの『世界競争力年鑑』の二千一年版で日本の大学教育は競争力のある経済に必要な人材を輩出しているかという項目では、対象とされる四十九カ国中で最下位だそうです。そしてこれはこれまでの教育と社会風潮の影響とも思われますが、管理職が起業家精神を持っているかという項目と事業を起こすことが当たり前なこととして行われているかの項目もどちらも最下位といわれます。現在は海外留学する学生もこれまでになく日本の中で増えています。一例としては大学院の経営学修士であるMBAを海外の大学で取得したような高等教育を受けた海外留学経験のある日本人の帰国学生などの高学歴の人も大勢存在するようになっています。しかし学歴の高い人が能力はあるのに学歴が低いというだけでその人を差別的に扱うのとは反対に、組織や社会の中で高学歴の人間を祭り上げ浮いた存在にしてしまうことでただの飾り物程度にしてしまい、高度の学問を習得したことや留学したという長所を発揮できないようにさせてしまう逆差別という日本国内の雰囲気もあります。そのようなことは日本にとっても大きな損失といえることであろうとも思います。お互いがもっと謙虚になった方がお互いの利益にもなるはずです。そしてこの『年鑑』の二千二年版では、日本の総合競争力は前年の二十六位から三十位へと落ちています。二十四位の台湾、二十六位のマレーシア、二十七位の韓国ばかりでなく、五位のシンガポールには大きく追い越されています。日本のすぐあとの三十一位には中国が迫っています。日本がアジアの盟主でいられたのはすでに過去になりつつあるといえるのかも知れません。 アマルテイア・セン教授は『貧困の克服』の中で「十九世紀半ばの明治維新当時のことです。ヨーロッパが一世紀かけて経験したような近代的な工業化や経済発展は、日本ではまだ緒についたばかりでした。それにも関わらず、日本人の識字能力の水準はヨーロッパを凌駕していました。明治時代(1868〜1911)における日本の発展初期においては、このような人間の潜在能力の発展が主眼とされました。たとえば、千九百六年から千九百十一年にかけては、日本全国の市町村予算の四十三%が教育費に充てられていたわけです。...千九百十三年頃の日本は、経済的にはまだ発展途上国にありましたが、書籍出版に関してはもうすでに世界一になっていました。出版点数ではイギリスを抜いており、アメリカの二倍以上にも達していたのです。....重要な事実は、それが百年以上も昔にさかのぼると言うことです。それらは日本が豊かになってから導入されたものではありません。これに倣って、発展のために何よりも最初になされるべきは、金持ちや地位の高い人々のためではなく、むしろ貧しい人々のためになるような、人間的発展と学校教育の普及の実現です。これは近代史全般を貫く日本経済の発展戦略を理解すればわかることです。」と述べています。NHK放送大学の二千二年十一月一日の番組では、明治五年(1872)の日本の学制改革において明治政府は全国に五万校の小学校を建てるとの目標を立てたそうです。それはとうてい実現できなかったとのことですが、日本がまず教育に大きな力を割いたことは確かなようです。私のこのようなホームページも、インターネットという条件がなければ読んでもらうことが不可能であるのと同様に識字率が低くてはあまり意味をなしません。近代化以前の日本の教育機関は藩校と寺子屋でした。平成十二年度版の『経済白書』では「寺子屋は、明治維新までに一万を超え、読書と習字、あるいは算術が教えられていた。藩士の子弟の養成を目的として設立された藩校も二百以上設立され、庶民に門戸が開かれている場合も少なくなかった。明治当初の就学率は男子四十三%、女子十%と推計するデータもある。」とあります。さしたる天然資源を持たない日本にとって、人間の能力を無駄にすること、人間が生み出してきた知識(それが日本人が生み出した知識であれ海外の人間が作り上げた知識であれ)をないがしろにし考えることを忘れてしまうことは、一応の豊かさを実現した以後のこれからの日本にとっても命取りになるだろう事は確かでしょう。十九世紀までは人類の知識は百年かかって二倍になっていたが二十世紀には十年で二倍になっているとも言われる状況ですから、世界全体の知識が増加してゆくなかでちょっとでも気をゆるめるようなことがあればたちまち転落の道が待っているともいえるとおもいます。二千二年四月二十五日には日経新聞の夕刊に「日本の大学の発明がベンチャー企業の設立につながる率は米国の十分の一」という産業構造審議会の調査結果の記事が載っています。具体的な数字としては、千九百九十八年十月から二千一年四月までの二年七ヶ月の間の各大学の技術移転機関(TLO)が取り扱った発明千五百二十八件の中でベンチャーの起業に結びついたのは五件、アメリカの場合には九十八年七月から二千年六月までの二年間のうちにTLOが扱った発明が二万八百六十四件で、そのうち六百四十三件が起業に結びついたとあります。アメリカの場合は発明件数に対する起業率が3.1%であるのに対し日本のそれは0.3%にすぎません。日本人のこの時点での起業意識の低さ並びに研究教育の場と企業社会の現場あるいは実社会といわれるものとの乖離の結果ともいえなくもありません。そしてアマルテイア・セン教授は先の本の中で、インドの女性教育が行われた地域では一人っ子政策という強制的な方法を採った中国よりも出生率の低下が顕著だったことを紹介しています。男子の大学進学率より女子の大学進学率の方が上回るといったデータが出ている日本の出生率が極端に下がっていることの背景にも教育が影響しているのかもしれません。日本の出生率は生物界で言うと絶滅種の出生率並と言われるまでになってしまっています。これはもう一度教育の中で考え直し問い直しても良い問題だともいえます。なぜなら人間は滅びるために教育を受けているわけではないはずのものだからです。また教授は危機の時にこそ民主主義はその重要性を発揮するものだとも指摘しています。食糧危機が起きても民主体制の国においては大量の飢饉による餓死者が出たことがこれまでにないことを挙げてそれを実証しているのです。それらが起きたのは「古代の王国や現代の権威主義的社会、また原始的な部族コミュニテイや近代的なテクノクラート(高度の専門知識がある官僚)による独裁体制、北からの帝国主義的支配を受ける植民地経済や専制的な国家主義的指導者あるいは一党独裁体制下におかれた南の新興独立国家などにおいてです。」と述べています。この本の中で教授が指摘している「アジア的価値」というものに対する「権威主義的解釈」という色彩は日本においても伺うことができるもののように私には思えますが、二十一世紀始まりの時点での日本は大きな経済的危機といえる状況であり、失業や不況に伴う自殺者の増加など社会的な不安定要因が多数存在しています。「民主主義の保護的役割」とこの本の中で呼ばれている民主主義の機能、すなわちそれらのことに対して世論がどれだけの力を持てるのかという日本の民主主義が試される局面に立っているといえるでしょう。このことを教授は「国が未曾有の危機に直面しておらず、すべてがとても円滑に運んでいるときには、民主主義による保証の重要性はさほど意識されないかも知れません。しかし、一見健全そうに見える国家においても経済等の環境変化が生じたり、政府の政策の誤りが修正されないことによって、その安定状態がいつ崩壊するかわからない危険が潜んでいるのです。」と述べています。 そしてテロ後の世界情勢はアメリカの対テロ戦争の方はある程度順調にアフガニスタンでは行われてきていましたが、イスラエルとパレスチナの対立は深刻化し、イスラエルのシャロン首相は自治区に軍事力を投入することでパレスチナのアラファト議長を監禁するような事態になりました。アメリカのブッシュ大統領はイスラエルに軍事力の即時撤退を求め、二千二年四月八日にはパウエル国務長官を中東へ派遣しています。このような中東情勢の不安定化に伴い、石油価格は二千二年三月以降二千一年九月十一日にニューヨーク・テロ後に付けた最高値の水準になっています。石油価格が安値で安定的に推移すれば日本はスタグフレーションに陥る危険性は少ないのですが、中東情勢がさらに悪化し泥沼状態になったときには、七十年代に二度起こった石油危機の状態を再び経験しなければならなくなるかもしれません。確かに冷戦末期には石油生産が減少したソ連ですがここに来てロシアは世界第二位の石油輸出国になり、石油危機当時とは世界の石油事情が変化しています。七十年代はまだ冷戦構造にさなかにあったのでソ連の石油は社会主義圏へと安値で供給されていて、資本主義市場にはあまり入ってきていなかったのです。また日本はかつての石油危機を教訓に、石油の備蓄を福田首相が決め、現在は三ヶ月分位の石油備蓄が日本にはあるので、七十年代と全く同じ形で危機が起きてくるともいえませんが、中東情勢の泥沼化と長期化ともなれば備蓄した石油も取り崩されて、国内の石油価格は上昇せざるを得なくなってきます。そしてこの時点での日本の状況は外務省の不祥事や鈴木宗男問題そして政治家秘書の不正などで外交がほとんど機能せず、中東情勢に対してどのように日本として対応するのかなど考えてもいられないような状態の中にあるといえます。サウジアラビアのアブドラ皇太子の中東和平提案やドイツのフィッシャー外務大臣の和平提案などが出される中で、日本は日本独自の和平提案や調停案を提出するどころか中東情勢に対する対応はすべてアメリカ任せなのです。中山太郎元外務大臣は中東情勢がこれほど悪化していないシャロン首相就任後の時期にイスラエルを訪問して選挙制度についての話を聞いたりしていましたが、イスラエルの軍事侵攻に対しては取り立てた発言をしているようでもありません。すなわち日本は世界の紛争に対してカネも自衛隊も出すようにはなりましたが、自分の頭を使わなければならない「案」を出すという作業をしていないのです。このような中東情勢の影響によるインフレは、日本国内の消費はデフレが問題視されるように消費が旺盛だというわけではない中でのインフレすなわちスタグフレーションなので、金融機関に対して日銀が公定歩合を引き上げるというような単純なインフレ対策としての金融操作では対処できない難しさがあります。少なくとも不況によるデフレ圧力と石油価格の上昇というインフレ圧力が拮抗することはあり得るでしょう。 このようなスタグフレーションの懸念は、二千二年の五月から七月までの三ヶ月間の間に円高が進み一応そのおそれはなくなりました。円安をてこにした日本の輸出が増加すればそれだけで円高になる条件は生まれるのですが、そのような日本側の条件だけでなくアメリカのエンロンやワールドコムの不正経理などの問題が噴出して破綻しドル安・株安が進んだのです。一ドル=百三十円ほどだった円相場は一ドル=百十五円ほどにまで円高が進み、五月末の時点では一万一千九百円ほどだった日経平均株価は七月中旬には一万五百円を割り込み七月二十四日には一万円を割り込むところまでになりました。日本にとっての問題は不況とデフレということに戻ったのです。不況・失業・デフレというのはスタグフレーションよりもまだ経済的な事態としては単純なものです。このドル安の影響でユーロは一ユーロ=一ドルという水準を初めて達成しました。ヨーロッパの統合以来初めて通貨がアメリカドルと同等の価値にまでなったのです。アメリカのITバブル崩壊時にはナスダックの下落が激しかったにもかかわらずニューヨーク株価は比較的に安定していました。その時点で日本株はジャスダック並びに日経平均株価共に下げる展開でした。しかし二千二年六月以降の動きはニューヨーク株式の下落であり一万一千五百ドルという最高値時点のものから二千二年七月二十日には八千ドル近辺にまで下落し、アメリカ経済の本体あるいはナスダックに象徴されるニューエコノミーから旧エコノミーにまでバブル崩壊が始まったといえる状況が生まれました。八十五年からほぼ一本調子で上昇を維持してきたニューヨーク株もバブルがはじけたといえます。アメリカの株価が高く日本株が低迷している状態なら割高になったアメリカの株式市場から日本株へと資金が移転することも期待できるのですが、アメリカの株価自体が低迷してしまえば日本の株価はそれに連れ安するだけで日本株価の上昇は期待薄になる可能性が高くなったと思います。残るのはアメリカ企業に対する不信感と日本企業に対する信頼感の度合いを市場がどう評価するかだけだからです。しかしアメリカの株安に誘発されてアジア圏ならびにヨーロッパの株価も下落する世界同時株安に陥る可能性の方が大きいように私には思えます。日本の日経平均株価は二千一年の九月に一万円割れを起こし、二千二年二月と七月にも一万円割れになりました。ちょうど五ヶ月ごとのサイクルすなわち株価の循環が観察されるわけですが、では二千二年十二月の株価はどうなるのかという連想が浮かんできます。その時点でこの循環が崩れているのか、それともこの循環がやはり生き延びているのかどうかが気になるところです。この時点では二千一年度の日本の自殺者数が新聞紙面に紹介されています。七月二十五日の読売新聞朝刊では、七十八年から九十七年まで二万人〜二万五千人で推移していたのが九十八年以降は四年連続で三万一千人以上を記録しているとあります。経済苦による自殺者数は二千一年度は六千八百四十五人で過去最多だとなっています。ホームレスの数は二万五千人とされています。二千二年度の日本経済は円安をてこにした輸出の増勢によって底打ち宣言がでたので、これからはV字回復だという予想も聞かれるようになっていましたがニューヨーク株の急落でそのシナリオもどうなるか分からない状況を迎えているので、二千二年度の経済苦による自殺者が急減すると予想することも難しいように思えます。事実二千二年七月三十日に出された六月の完全失業率は前の月と同じく五・四パーセントで過去最悪から二番目の水準で推移し、失業はしていなくても正社員を減らしてパート労働に切り替えようとする企業の姿勢がデータから伺えます。しかも失業保険期間も切れて無収入の状態になっている人が百九十万人だという数字が同じくその日の読売新聞夕刊にあります。長期失業によって一家離散や犯罪に走らざるを得ない人そしてホームレス化そして自己破産あるいは自殺と言うことも十分に考えることのできるデータです。交通違反などを除く刑法犯の犯罪件数は三百五十八万四千六百六十人、暴力的刑法犯は九十七年には年間で十万件ほどのもだったのが二千一年には二十六万三千三百二十八件に急上昇していると二千二年十一月十九日の毎日新聞夕刊には記載されています。六年連続の記録更新とのことです。自己破産の申し立ても平成十三年は平成元年の十七倍になっているとのことです。しかし上の日本の自殺者数に張ったリンクページからは、日本の戦況が悪化した時期と敗戦後のどさくさの時期である千九百四十五年前後には自殺者数が低下しています。日本人の多くが生きることに必死で「殺されたくはない」と思って生きていた時期には自殺にまで頭が回らなかったのかも知れません。むしろ豊かさを勝ち得てからの日本の方が自殺者は増え、豊かさをこれ見よがしに謳歌したあとの不況によって自殺者は急増する結果となっています。二千二年八月三日のテレビニュースでは、同年一〜三月の時点における日本の単身世帯以外の世帯の平均貯蓄額は一千七百十六万円で、負債の平均額は五百五十一万円だそうです。七割の世帯はこの平均貯蓄額以下だとされますが、それにしても平均でみれば純貯蓄額は一千百万円以上です。かつての時代とは比べものにならないほど豊かになりながら自殺の道を選ぶ人は遙かに多くなっているというのも皮肉な事といわざるを得ません。そしてこれほどの貯蓄が有るとは言ってもこの時点での消費者はデフレに期待しているのが実状のようです。八月七日に発表された消費者態度指数は二ヶ月ぶりに改善とされていますが、物価がさらに下落してくれることを望んでのデフレ期待による指数の改善だからです。商品の値段が少々安くなっても、それでも買いたいという意欲はこの時点の消費者には見られないと言うことでしょう。すなわち出費の額をこれまで以上に増やしてもいいなどとは思っていないわけです。結局は企業収益は国内販売に於いては大きくは改善しないと言うことでもあります。そして日本の消費者がデフレを望みながら消費行動をとるなら消費の対象になるのはアジアで生産された物品が多くなり国内の雇用には結びつきません。消費が幾分持ち直したとしても失業が大きく改善されるわけでもないことになるのです。 二千二年九月三日には日経平均が九千二百十七円四銭と千九百八十三年以来十九年ぶりのバブル後最安値を記録しました。東京証券取引所全銘柄を示す東証指数すなわちTOPIXは904.24とこれまた十八年ぶりの低水準になりました。銀行・生命保険の含み損や個人消費に影響がでてきそうな株価の推移といえます。そして次の日にも日経平均・東証指数ともにバブル後最安値をさらに更新し、ヨーロッパ市場もニューヨーク市場も大きく下げるという世界同時株安の状況となり始めました。日本・アメリカ・EUなどの株安によって失われた世界全体の総資産額は千二百兆円といわれます。日本経済のデフレはバブル経済の崩壊という資産デフレから引き起こされ一般物価の下落という道筋であったことを考えれば、世界のこの資産デフレが世界全体のデフレ経済突入への引き金になりかねないとも考えられます。バブル崩壊の資産デフレから一般物価のデフレ経済という推移は、日銀の言葉を借りれば日本企業の倒産が「バブル型倒産から不況型倒産に変わってきた」と言うことでもあります。バブル経済崩壊後の地価と株価の下落は二千年時点では土地が七百三十兆円、株式が四百五十兆円の損失で、両方をあわせるとかれこれ千百八十兆円の資本が失われたと二千二年版『経済財政白書』のグラフで示されています。日本株を海外の投資家がどのように見ているのかというと、世界の投資家は日本株を景気敏感株(景気敏感株と評価するのは、日本が輸出体質の経済だと評価されていることが背景にあることは確かです。少なくとも日本が内需主導の経済だとは評価されていないと言うことです。)としているとのことなので、円相場の水準にもよりますが世界の経済状態が低迷しそうなこの時点に於いては海外の投資家が積極的に日本株を買おうとはせず日本の株価の低迷はしばらく急回復はしそうにないということです。なぜなら輸出先の海外市場が景気低迷になれば日本が輸出型経済であるなら収益は大きく低下し有望な投資先としては考えにくいからです。同じ輸出主導型経済であっても日本よりも成長率の高いアジア市場に投資家の目は向くのが当然ともいえます。世界全体が大きく金融資産を失ったという以外に二年二年八月にはドイツ・オーストリア・チェコなどを中心に百年ぶりといわれる水害によって五十億ユーロ、日本円にして五兆円に上る気象異変による被害が起きています。中国、インド、バングラデイッシュなども気象異変による洪水や熱波、そして韓国や北朝鮮も台風十三号によって水害などの大きな被害を受けています。資産が減る中で出費が増えると言ったような世界の状況といえます。そしてアメリカの個人消費は五十年ぶりの低下だそうです。アメリカは二千一年九月十一日のニューヨーク・テロに伴ったテロとの戦いのためもあって、ベトナム戦争以来長らく継続しクリントン政権になってやっと黒字化した財政がテロ後一年あまりの二千二年八月段階では再び赤字に転じ、財政赤字・貿易赤字の双子の赤字を再度抱える状態を迎えています。個人の自己破産もアメリカは過去最高の水準を記録しています。一方、九月二日の読売新聞夕刊には、十七ヶ月ぶりに残業時間が増えたが定期給与分は十九ヶ月連続で減少しているという記事が載っています。所定外労働時間は0.5%増、総労働時間も0.8%増えているにもかかわらず、所定内給与は1.1%減、所定外給与は0.8%減となっています。これ以前にテレビニュースでは三十代前半のサラリーマンの労働時間が週六十時間、そして三十代後半や四十代前半が続く形で労働時間が増えているという報道がされていました。これは「団塊の世代はずし」として団塊の世代が重点的にリストラの対象にされたためにそして新規採用は抑制しているためにそれ以下の年齢層の負担が増えたことによって起きてきてもいます。もっとも労働時間が増えてしまっている三十代前半の世代はいわゆるバブラーと呼ばれるバブル経済全盛期に大学を卒業して就職した世代といえます。バブル経済の時代も今や昔となってしまった時点ではその崩壊の余波をもっとも大きく受けているといえるのかも知れません。日本の実質国民所得は九十八年頃から下落し、民間の賃金水準をベースにして行われる人事院勧告によって実施される国家公務員などの給与も下落しています。しかし千八百八十五年から千九百四十五年までの六十一年間の日本人一人あたりの年間所得の伸びは十五万円から四十九万円への三十四万円ほどの変化でしたが、千九百四十五年から千九百九十七年までの五十三年間の間の国民一人あたりの年間所得の変化は十五万円から三百三十万円への三百十五万円に上る変化です。すなわちかれこれ五十年単位で考えたとき、戦後の五十年間の国民一人あたりの年間所得の増加は戦前の九倍以上という事になります。もっと正確に計算すると一年間における所得の伸びが戦前は単純平均で0.55737...万円でしたが戦後は5.94339...万円となり、戦後は一年間あたりの所得の伸びが戦前の十倍以上の大きさで伸びたと言うことです。これほどの違いが起きてしまえば、戦前派、戦中派、戦後派の違いを超えて戦後という時代を少しでも生きた人はその全員が自分がものすごい能力の持ち主になったように錯覚して訳が分からなくなってしまうのも当然といえるのではないのでしょうか。しかし日本人の能力が戦前に比べて十倍以上に向上したと言うよりも、日本の経済システムが大幅に変更されたと言うことと戦後といわれる時代が冷戦構造で日本が資本主義陣営にいたという時代環境をその中からさっ引いて考えなければならないかも知れません。すなわち日本の敗戦に伴って日本を占領したのがアメリカだったということはソ連に占領されるよりは日本の経済的な発展の上では遙かに幸いだったことは認めるべききでしょう。確かに日本人は戦後もよく働いたといえるのでしょうがそれらの条件があって初めて働いた成果が自分で手にできていたと言うことなのです。しかしバブル経済の崩壊とその後の十年以上の日本の経済状態を見ると、戦後といわれる時代に経験していたそのような趨勢が反転に転じたあるいは大きくブレーキがかかったといえると思います。先のといわれる人たちはほぼこの戦後という始まりの頃に生まれ育ちその後働きと、戦後という時代を実感として全て知っている世代だともいえます。また戦後の日本の民主主義教育を受けた最初の世代でもあります。戦後に起きたこのような戦前との大きな違いが、戦後生まれの人間達の意識に影響を及ぼしていなかったはずもありません。しかしその趨勢も終わりになったといえるわけです。そのような経済的な趨勢が終わっても人々の頭の中には過去の趨勢の記憶が残り、変化に不適応になる人が存在してもおかしくないともいえます。没落貴族を描いた『ドン・キホーテ』はまさしく時代が変わったにもかかわらず過去の夢を忘れえなかった人物としてセルバンテスが描いた傑作ですが、二十一世紀初頭にはバブル時代の夢さめやらぬ人その残映を追う人が徐々に時代に取り残されて行く様相ともいえます。 二千二年九月二十六日には、民間給与が調査開始以来初めて四年連続で減少し、1.5%と過去最高で平均で年間七万円の減少となったという記事が新聞に載りました。また二十七日には日本のジニ係数が0.47近辺になっているグラフが新聞に載りました。ジニ係数は不平等係数ともいわれるものでその数値が0.5になったら速やかに是正策を施すべきものとされるものですが、その数値は少なくとも戦後といわれる時代の中ではもっとも大きな値をとる状態になっています。労働基準局の一万人の調査では二十五歳から六十五歳まで働いた人で裕福になっている:1%、引退に十分なお金を持っている:4%、社会福祉のお世話になってる:65%、亡くなっている:29%だそうです。裕福になっている人が1%とされていますが、この数字は企業の社長クラスの年収三千万円以上(大企業・中小企業全ての社長の平均給与です。大企業の社長の場合には平均よりも遙かに高額な給与を得ています 。)の階層が日本人全体の中で1%とされているのとちょうど符合します。引退に十分なお金を持つには少なくとも年収が二千万円以上でないと4%の中には入れないだろうと思われます。戦後の日本社会は比較的に経済格差が小さかったというのも神話になりつつあるといえるようです。そして十月一日の夕刊では日銀短観のグラフが載りましたが、バブル経済崩壊後のそのグラフの動きは景況感が改善したことを示すゼロの水準以上すなわちそれほどプラスになることなく、景気がいいという経験をしないまま景気が悪いというゼロ以下すなわちマイナスの状態が十一年続いている様子が描かれています。戦後といわれる時代における通常の景気循環は九年から十一年の中で好景気と景気低迷という一つのサイクルが完結していたのですが、バブル崩壊以後のこの時点での経済の動きは景気低迷の水準のままで十一年が過ぎゆくという状態です。学生の就職率もこの十年で七十六パーセントから五十六パーセントへと二十パーセントも落ち込んでしまっています。バブル経済以後の日本経済の状況は戦後といわれる時代の通常の景気循環ではないことは明らかです。また日経平均も十月はじめの時点では一万円台を回復できず一万円を大幅に割り込んで不安定なニューヨーク市場の影響を大きく受けながら推移している状況で、十月三日には十九年ぶりに九千円を割り込んで引けました。また十月七日には八千六百八十八円ちょうどにまで下げています。その翌日には小幅に上げたものの九日には八千五百三十九円三十四銭にまで下がりました。そして十日には八千四百三十九円六十二銭で引けました。冷戦構造崩壊後のすなわちバブル経済崩壊後の日本経済は、戦後といわれる時代には経験したことのない状況にあるといえます。すなわちバブル経済までのかれこれ五十年ほどの戦後といわれる時代における対処方法では対処しきれないというわけです。少なくとも戦後といわれる時代において主流派とされてきた人の経済政策の立て方ではこの時点での日本経済はたちゆかなくなったということだと思います。また戦後といわれる時代の多くの時期は自民党政権でしたが、「自民党が政権の座にあれば経済はうまくゆく」という時代は過去のものになりつつあるということです。自民党が政権の中枢にあっても経済は思わしくない状態が続いているからです。この時点での日本経済の状態は戦後といわれる時期よりもむしろ戦後をスタートさせる時点でのアメリカの占領政策を思い起こすことが必要なくらいの状態といえます。バブル経済という経済戦争 を仕掛けた日本経済が破綻した第二の敗戦の戦後処理といったところです。その戦後処理はバブル崩壊以後十年経っても完了しておらず、それを本格化しようというのが小泉首相の経済構造改革ということになるのですが、アメリカの占領政策時に行われた財閥解体・農地解放・シャープ税制の導入のような抜本的で広範囲なしかも効果的な構造改革がどれだけ日本人自身の手によって行えるのかが、少なくとも二十一世紀前半の日本経済の条件を形成するのではないかと私は思います。かつての占領政策は日本がまだ成熟した先進国とはなっていなかった時代のものなので参考にはならないという意見もあるかとは思いますが、少なくとも戦後日本経済がスタートしてしまった後の冷戦時代さなかの経済的な局面よりも多くの手がかりがそこにはあると思います。戦後日本経済はアメリカの占領政策によって地ならしされてからスタートし成功を収めてことは確かだろうと思うのです。だからこそ戦後経済が行き詰まったこの時点で日本にとって参考にすべきものが多々あるのはアメリカの占領政策時点での経済政策であると私には思えるのです。すなわち冷戦時代に日本経済が上昇基調にあった五十年ほどの間の日本経済の景気循環に対する経験はあまりこの時点では参考事例にはなり得ないのです。ましてや戦前や戦時中の日本経済と当時の経済運営や経済政策がこの時点の日本経済の参考になるはずもありません。むしろ「優雅な没落」といわれたイギリス経済を立て直したサッチャー首相のサッチャリズムを参考にすることもできるかとは思います。いずれにせよ戦後といわれる日本経済がある程度の規則的な景気循環の中にあった時代の中での出来事の趨勢の上にはこの時点の日本経済は存在していないことが確かなので、対処方法を大きく変更せざるを得ないことは明らかです。イギリスでは社会的起業家と呼ばれる人たちも生まれ出ているようです。アメリカではKIVAのような発展途上国への小口融資ビジネスを行う社会的起業家も生まれています。それにNPOなどが協力関係を持つ動きもあるそうです。地域経済の沈滞したところでその地域の経済を活性化させるために事業を始める、無報酬のボランテイアでも行政の行う失業対策でもなく利益のみを追求する実業家でもない行政と企業の中間領域の存在の人たちです。テレビに登場したそのイギリスの社会的起業家の一人が口にしていた「下りのエスカレーターを駆け上るだけの気構え」というのは、この時点の日本経済にとっても必要になってくるものだろうと思います。 二千二年十月二十九日には九月の日本の失業率が新聞紙上の夕刊で報じられていますが、男性の完全失業率は過去最悪を再び記録し5.8%、女性は幾分改善したとは言っても4.9%、全体では5.4%と五ヶ月連続の横這い、就業者総数は六千三百五十三万人で前年同月よりも四十三万人減だそうです。この時点で国内外で話題を集めている竹中大臣による不良債権処理の加速化のための金融機関の査定強化に伴って生み出されるであろうと予想される失業者数は百七十五万人と予想されています。この時点での失業者数が三百六十五万人ですから、この予想の数字をそのままそっくり足してみると五百四十万人の失業者がこれから出てくる可能性もあります。何ら対策を講じないままに放置しこのような予想通りの失業者が出れば失業率は優に7%を超え8%に近づく勘定になります。不良債権は二千二年度までにすでに八十兆五千億円が処理されてきたと言われますが、その後の経済の低迷による不況と株安の影響で不良債権はさらに増える傾向にあります。バブル崩壊後間もない不良債権の処理に手を着け始める前の頃の不良債権額は六十四兆円ほどでしたから、その処理を先送りしてしまったことでさらに大きな不良債権処理を行わなければならなくなったことが明らかです。二千二年の十一月八日には二千年と二千一年度における銀行の不良債権の自己査定と金融庁の査定の格差が発表されましたが、銀行による自己査定では三十四兆六千百十一億円ですが金融庁の査定では四十七兆百九十七億円の不良債権があると報じられました。それにしてもこの時点でも四十兆円ほどの不良債権はいまだに存在していることは確かなようです。これまでに処理した不良債権といまだに残っている不良債権の額の合計は百二十兆円以上になり、バブル崩壊以後間もない頃の不良債権額のかれこれ二倍にもなっています。これこそが「失われた十年」と呼ばれるものを象徴しているともいえます。なぜならバブル最盛期と比べると地価は四割〜五割、東証平均株価は七割強に達する下落で資産デフレの部分だけでも非常に大きいからです。そして世界銀行が発表した二千二年度の中国・韓国・台湾・香港・マレーシア・シンガポールなど日本を除く東アジア諸国における二千二年度のGDP成長率の予想では、東アジア諸国のGDP伸び率が平均で5%であるのに対し、日本のGDPは-1%と確実に日本だけが落ち込みが激しい状況です。中国の可処分所得は年間で13%の伸びだといわれています。国内の需要も旺盛な中で海外からの生産拠点の参入が起こり国内需要とも相まって中国は年間7%〜8%の成長を維持しています。この成長力の違いをみれば、海外の投資家の目は東アジアに向ってしまい日本に積極的に投資したいとはそれほど思わないことでしょう。現に十月十日比で十一月二十日近辺の各国の株価をみた場合、アメリカのナスダックは+37%、韓国が+19%、香港ハンセン指数が+14%、台湾加権が+22%の戻りだったのに比べ日本の東京証券市場は+4%でしかないと報道されていることでもわかります。そして日本の国内企業も設備投資などには消極的になっています。二千二年十一月十一日の毎日新聞朝刊では、日銀の発表として銀行の貸出残高が四百十六兆六千八十五億円と九十一年七月の調査開始以来最低になっているとの記事があります。二千二年十一月の銀行の貸出残高は五十九ヶ月連続で前年割れ、都市銀行の場合にいたっては七十五ヶ月連続の前年割れの状態です。この時点の企業は借金の返済の方を重点にして新たに資金を借り入れることで設備投資をしようという姿勢ではありません。個別家計も民間企業も全体としてはこの時点では銀行からの借入金はなくなっていて借り入れているのは政府部門などの行政だけです。公的部門にしか資金需要がない状態、すなわち不況対策として公的部門が資金を借り入れなければならいからです。市場全体からすれば資金需要はきわめて弱いといえるでしょう。 二千二年十二月の段階では日本の失業率は5.5%で過去最悪とならぶ数字がでています。男性の失業率は過去最悪を更新しました。自分がリストラなどで失業する不安を感じている人は四人に一人だそうです。社員の指揮にも影響が出そうな数字といえます。労働時間が増える一方で賃金がカットされているのですから時間あたりの給与は大幅に減っていると言ってもいいでしょう。その原因が「能力給が導入されたからだ」というのであれば、これまでの多くのサラリーマン達の能力が急に大きく下がってしまったと言うことにでもなるのでしょうか。そしてアメリカの失業率は6%を記録し自己破産件数も歴史上最悪、日本の自己破産も過去最多を記録しています。日本の自己破産件数が過去最多になったために、それまでは不況の影響で顧客が増えていたはずの消費者金融の武富士の株価は大きく下落したりしています。海外の経済の専門家筋からは日本が構造改革を行わなければ日本はいずれ先進国の地位を降りなければならなくなるとの指摘がなされるところにまできています。構造改革とともに銀行に有能な経営者を抜擢すべきだとの意見も合わせて述べられています。一例を挙げれば日本の財政状態は日本がもしヨーロッパに位置する国であるならEUへの加盟条件をクリアーできていない状態にあるのです。EU加盟の条件は財政赤字の額はGDPの3%以下とされているからです。日本のこれまでの経済運営は「経済学は経済学、経済は経済」と経済学の知識を経済運営の中に生かそうとしてこなかったことが問題になる部分もあるかと思います。それは特許の取得件数が非常に多いにも関わらずその特許を利用した製品をほとんど生み出せなかった企業が存在しているといった日本の企業運営のあり方にも似ています。そのようなことがなぜ起きてしまうのかといえば、組織が官僚化してしまった弊害だともいえるのかもしれません。また優れたアイデアを見抜くことができる人物が組織の中に少ないからだといえるのかもしれません。二千二年度にノーベル化学賞を受賞した島津製作所の田中耕一さんの場合も、海外での知名度の方が日本国内での知名度より高かった訳です。日本国内ではほとんど無名でしかありませんでした。そのためノーベル賞の受賞が発表されてもマスコミですら田中さんの顔写真をすぐには用意できていませんでした。日本人のことを知らないのは日本人の方だったとすれば、日本人自身そのことをどう考えるべきなのでしょうか。また二千二年末に出された企業に対する研究開発投資減税にしても、研究成果がうまく生かされなければ意味がないことになります。日本の研究開発費用は減税で加速させなくても諸外国に比べて決して少ないなどとはいえない水準にあるのが事実です。二千二年版の『経済財政白書』では、日本の研究開発投資の対GDP比は 八十九年にドイツを抜いて以来アメリカ2.7%・ドイツ2.4%・フランス2.1%・イギリス1.8%に比べて3.18%と二千年時点ではダントツの一位です。しかし世界に大きな影響を与える製品の開発には結びついていないと指摘され企業の応用研究が主流とされているのです。しかも開発投資比率が生産性の上昇にも結びついてはいません。結局は研究成果をどれだけ生かせる組織にするのかの組織のあり方自体が問題になるのだろうと思います。大学であれ企業であれ、その研究成果を生かすことができなければ研究しても減税してもあまり意味はないのです。すなわち研究成果や知識は全部無駄と言うことになるからです。また研究開発投資は世界と比べてそれほど低くないのですが教育 投資額はGDP比で日本はそれほど世界の中で殊に先進国の中で上位ではありません。そして二千二年時点では企業はリストラなどの人件費削減によって企業収益は改善傾向にありますが、銀行などでは能力があり資格もある有能な人材が必要となって来ている中で、リストラという方針の下でやめて行く行員はむしろ他企業からオファーが来るような有能な人たちの方で、銀行組織に依存しなければ自分一人の能力では生きてゆけない人だけが銀行に最後まで残っているとも言われています。そのような状況の中で二千二年の忘年会シーズンを迎えるところでは、銀行員ではすでに飲み屋でツケが利かなくなっているとのことです。 二千二年十二月十三日には十二月の日銀短観が出されましたが、景況感は改善しているものの先行指数は悪化し雇用者の減少幅は統計開始以来の最大を記録し雇用・所得環境は悪化しているといえます。また十六日には日本の個人資産が三年ぶりに減少したと報じられました。株安などの影響で個人資産が目減りした結果といえます。これでは消費がいますぐ回復するとは思えない状況です。十三日の次の十四日には日本経団連が日本の法人税を将来的には廃止すべきだとの考えを発表しました。発展途上国の場合には法人税を低く押さえて外国資本を自国へ呼び込むという政策を採ることはよくあります。自国資本だけでは自国経済を発展させてゆけないからですが、しかし世界第二位の経済規模で三十年以上やってきた国がそのような方策を採るというのは事実上の日本経済の敗北、すなわち日本経済が発展途上国と同じ方策をとらなければ日本企業だけの自力ではもはや日本経済を動かし発展させてゆけないことを認めたことになると私は思います。確かに日本の法人税はアメリカ・イギリス・フランスに比べた場合若干高い水準にありますが、法人税を引き下げるのではなく撤廃することは日本という国が発展途上国以下の条件に身を落とすことであり、そのような提言を経済界が出すこと自体日本の経済界が自らの敗北を暗に認めたことであろうと思います。またこのような提言が出された翌々日の十六日には、同じく日本経団連が政治献金を再開すると報じられました。法人税の撤廃を口にしながら政治献金を再開するというのも私には何とも釈然としない話のような感じがしてきます。そして二千二年十二月二十日には二千三年度予算の概要が発表されましたが、それによると歳出は八十一兆八千億円と抑制されているにも拘わらず歳入が大きく低下したために国債の発行額は三十六兆四千億円と過去最悪の国債発行額という結果になっています。不況による税収の落ち込みを歳出の抑制でかわしきれなかったと言うことですが、一般会計にしめる税収の割合はイギリスが99.8%、アメリカが91.2%、イタリアが86.1%、ドイツが81.3%であるのに対し日本は51.1%と財政状態の悪さがひときわ顕著です。このような財政状態が継続し日本のデフレや不況がさらに続くようなことになれば、今後の日本政府が取れる経済対策の道はますます狭まってしまうことになります。国内経済がどんなに悪い状況だとしても財政面から手打つことが不可能になるからです。その限界がどこであるのかを正確に言い当てることは難しいにしても、国債の価格が暴落する時点はこのような趨勢が今後も続くのであればいずれはやってくる危険性が多分にあります。また財政が破綻状態になれば国債の利払い停止と言うことにもなると思います。もしそのような事態にでもなれば日本経済の国際的な信用は全くなくなることになります。二千二年十二月二十六日の朝日新聞夕刊には内閣府の発表として日本の国富が四年連続で減少したとの記事が掲載されています。前年比1.9%の下落で二千九百六兆円だそうです。地価の下落が大きく勤労者の報酬も前年より1.1%減、9.5%の落ち込みだそうです。バブル経済で膨らみきった日本経済が一気に縮小していることを示す数字といえます。先に述べた二千二年版の『経済財政白書』のデータは二千年時点までの数字なので、それ以後の二年間も日本の資産デフレは続いているということであり、一般物価のデフレもしばらくの間は解消しそうな状況とはいえません。政府は二十五日に日本経済がデフレ脱却する時期を二千六年から二千七年へと一年先に修正しました。この時点での日本経済の縮小傾向が生やさしいものではないことの証拠ともいえるでしょう。その点からすれば日本市場は欧米先進国にとってはあまり市場としては魅力がなく、農産物や安い組み立て費用で作られた工業品を供給する発展途上国にとってしか魅力のない市場と見られるかもしれません。 二千三年を迎えた一月六日には二千二年度の日本国内の軽自動車を除く新車販売台数が発表されました。販売台数は三百九十六万六千九十五台で二年連続の減少、前年比で2.3%減ということです。普通乗用車は9.1%減、小型乗用車は8.1%増となっています。この時点で売れているのは軽自動車と小型自動車であり、不況のさなかの状況では運送用のトラックなども販売台数が減るのが当然といえます。物流は不況で減ってしまうからです。トヨタが過去最高益を記録したとしても、それは日本国内よりも世界販売額の増加によって達成されている側面が強く、国内での自動車の売り上げが好調だとはいえない部分があります。また自動車各社が世界販売が好調で高収益を記録しているとしても、オイルショック時点での経験から輸出による世界販売から自動車各社は現地に生産拠点を移しての販売方法へと切り替えているので、たとえ為替変動の影響すなわち為替リスクを受けにくい収益構造を作り得てもまた収益がよくてもそれが日本国内の雇用にも賃金にも直接的には結びついては来ない構造になって来るという事になるといえます。そして二千三年の春闘でトヨタ労組はベースアップを見送り定期昇給分のみを確保する方針にしたと報じられました。いかにトヨタの収益が過去最高だとしても、それは世界市場における売上高が伸びてのことであり、国内の自動車需要が好調でないなら日本国内のトヨタの従業員の給与にもまた日本国内の雇用にも直接にはプラスになってはこないわけです。現にトヨタの二千三年度の売り上げ見通しは世界販売が5%増、国内販売は3%減となっているからです。そして輸入車は三年ぶりにわずかに増加とされますがフォルクスワーゲンやBMWなどの小型車や逆輸入車などが多くを占めていると言われます。企業は利益を求めて行動するものであり愛国心に基づいて行動してはいないことが鮮明になっているといえると思います。教育基本法の改正も取りざたされ、その中には「愛国心」という言葉を盛るような記事も散見されますが、日本の大企業は多国籍企業化し中小企業も中国市場に進出し、また海外の多国籍企業すなわち外資系企業に就職する学生も増えて行く中で、ここでも教育理念と現実の経済社会とのちぐはぐさが私には感じられてきます。そして日本の個人消費はサラリーマン世帯の消費支出が減少しサラリーマン以外の世帯の消費が増加しましたが、サラリーマン世帯の月額の消費支出が三十万円台であるのに対しそれ以外の家庭は二十六万円台でしかありません。日本の八割以上の家庭がサラリーマンであることを考えれば、それ以外の家庭に期待しても日本全体の個人消費の状態が改善する事があると考えること自体がどだい無理なことだといえるでしょう。日本の消費者とて愛国心で月々の収入の中から消費をしているわけではないのが事実です。あくまで消費者は自分の懐具合とモノやサービスの値段そしてモノの品質あるいはサービスの内容を勘案して行動しているのであり、日本の国のことを考えて日々の買い物をしている人はいないからです。 その日本の消費の状態は二千二年度まで六年連続でスーパー・百貨店の売り上げが前年割れであるというデータが二千三年一月二十五日に報じられました。コンビニや外食産業も不調であるとのことであり、日本の消費は依然低迷状態を脱してはいません。そして日本国内の自動車生産は二年ぶりに一千万台を回復しましたが、北米・アジアへの輸出が好調だったためのことであり、日本の国内販売は低迷状態にあります。二千cc乗用車は北米などが中心で輸出が伸びても国内販売は小型車や軽自動車しか伸びていないのです。そして二千三年一月三十一日には夕刊紙面に二千二年度の年間失業率が5.4%と過去最悪であるとの記事がでています。これは千九百五十三年以降で最悪ということです。また消費者物価は四年連続で前年割れ、消費支出は五年連続で前年を下回る水準だとも書かれています。アメリカの対イラク戦争の準備が着々と進み国連安保理の議論が行われる中での二千三年一月末時点においては、三十一日の東京証券取引所の平均株価は一時バブル後最安値の八千二百円台にまで下落しています。このような株価の低迷のために日本の四大銀行の含み損は三兆円にまで拡大しています。二月三日には二千二年度の毎月勤労統計調査で給与総額が二年連続で減少し、2.3%減と過去最高の減少だったと報道されました。月平均が三十四万三千六百八十八円とされています。ボーナスにいたっては五年連続の減少だそうです。これでは消費が活況を呈するとは思いようがありません。このように収入が減少している時点ではそれに併せて支出も切りつめなければならなくなりますが、それがうまくできなければ自己破産への道を歩まざるを得ません。二千三年二月四日の新聞には二千二年度の年間の自己破産申し立てが二十一万四千六百三十四件と過去最高になったと報じられています。九十三年からの十年間で自己破産した個人は百万人に達したそうです。自己破産する人がこれだけの数に上るのであれば、その母胎となる多重債務者の数もかなりに上るだろうと想像することは容易なことです。日本経済の縮小傾向すなわちデフレ傾向は、日本の内部要因そして外部要因の双方が相まっていっこうにとどまるところを知らないという状態といえます。またそのことによって多くの人々の運命も様々な変化を受けているといえます。日本のデフレは日本国内の消費の冷え込み、マネーサプライの低下に絡む金融の問題、中国をはじめとするアジア諸国からの安い商品の輸入という日本の経済構造に世界の金融の変動やイラク攻撃そして北朝鮮情勢などの世界政治の要因が加わっていることなどが主要因と考えられます。中国は日本にとっての輸入相手国として二千二年度にはアメリカをしのぎ第一位の国になっています。アメリカにとっても中国は輸入相手国として日本をしのぎ始めています。日本企業の設備投資も日本国内から中国をはじめとするアジア諸国へと移れば、日本企業の製品を日本人が購入したとしてもそれらのかなりの部分はアジア製と言うことになります。日本のデフレは世界経済に先駆けて始まったといえる世界経済の状況ですが、もし日本がこの時点でのデフレを解決する方策を生み出せるならそれは世界にとっても参考になることでしょう。 このような事態の中で三月七日の東京証券取引所の株価指数は千九百八十四年以来十九年ぶりに800ポイントを割り込み東証平均株価も八千百四十四円十二銭とバブル崩壊後の最安値になりました。これによって日本の主要銀行の含み損は五兆八千四百億円になるとも報道されました。これまでに主要各銀行は自己資本の増強のために株式発行を行っていますが、どの銀行の株価もその影響で値崩れを起こしています。銀行株の需給がそれによって変わったからですが、銀行の頭取が責任をとることによって公的資金を投入するという道をとりたくない銀行にとって不良債権の処理をも迫られる銀行の行動はらの首を絞めながら行わなければならにという苦しい状態といえます。そのような株価の動きは十一日には七千八百六十二円四十三銭と七千九百円を割り込みバブル後最安値を連日でさらに更新しました。十二日には六日ぶりに幾分値を戻したものの十三日には再び反落し最安値にあと六円の水準とその先行きは非常に不安定な状況といえます。二千二年十〜十二月期の日本のGDPは0.5%プラスになっていましたが、サラリーマン世帯の十二月の可処分所得は前月期比9.6%減、実際の消費支出も前月から6.1%も減っています。消費がこのような状態では少なくとも消費の面からデフレ克服が可能だと考えるだけの条件は全くないといえます。また国内には二千三年三月期の決算を控えて株価の下落によって損失の出た企業が赤字決算に陥るのを回避するために株価を時価ではなく購入時の価格で処理する方法を提案している人もいます。しかしこれは粉飾決算のような不正経理に近いもので実際の経済状態を帳簿上で操作する事によるごまかしで赤字を取り繕って回避する事以外の何者でもないと思います。三月十七日には二千二年十月〜十二月期の日本の個人の金融保有資産額が発表されましたが、それによると個人の金融資産の総額は千三百九十六兆百六十一億円と1.3%の過去最大の減少で二年連続の減少とのことでした。株価の下落による金融資産の目減り分が18.8%と大きく、それが響いた結果のようです。しかし株価はその後二千三年に入っても下がり続けているので、消費もそれによって低迷せざるを得ない状況がここにもあるわけです。収入である給与も減り預貯金も目減りしている中では消費者もおいそれとは金を使う気にもなれないことでしょう。日本時間二千三年三月二十日にはアメリカは対イラク戦争を開始したのですが、戦争を宣言したブッシュ政権の立てた軍事予算は過去最大の日本円で四十四兆円、これをアメリカ人一人あたりの負担額に直すと十五万三千円となるそうです。日本の軍事予算の一人あたり負担額は三万円台とかれこれアメリカの五分の一です。アメリカの総人口は日本の二倍ですから、単純に考えてもアメリカの軍事費の総額は日本の十倍になることになります。これが軍事面で圧倒的な力を誇るアメリカというものの背景にある数字ですが、アメリカの株式バブルの崩壊と軍事予算の増加によってアメリカは財政赤字となりつつあります。軍事的にはイラクを圧倒できたとしても、アメリカはイラクを平定し民主化を実施するために駐留することまでもを考えているのでそのことによってアメリカ経済が疲弊しかねないかというとその危険性は皆無とはいえません。なぜなら第一次イラク戦争すなわち湾岸戦争のときのような軍事拠点のピンポイント攻撃だけではなく、イラク全体の平定という面へ拡大した作戦をアメリカは目的としているからです。ベトナム終結後長らくアメリカ経済が苦境に陥った二の舞も予想不可能ではありません。なぜなら第二次イラク戦争は世界の大多数の支持を取り付けた大義名分のある戦争とは言い難い側面もあるからです。軍事力にせよ経済力にせよ、自分が圧倒的であると思ってうぬぼれたときに次なる苦境の種がまかれていることはしばしばあり得ることです。たとえアメリカがこの戦争に圧倒的な勝利をしたとしても、アメリカの評判はあまりあがらないのではないのでしょうか。確かにイラクの評判がいいわけではないのですが、かといって対イラク戦争も評判のいい戦争ともいえないと思います。そしてその余波は当然の事ながら政治的にも経済的にも日本にも及んでくることでしょう。北朝鮮問題を抱えた日本は日米同盟の利点を享受する一方で、世界の世論の支持を完全には得ていないアメリカの作戦行動を小泉首相は支持せざるを得ないという日米同盟すなわち日米安保条約の日本にとって都合の良い面と都合の悪い面の双方とも引き受けざるを得ないからです。確かにフセインはイラクの独裁者であり金正日は北朝鮮の独裁者といえますが、下手をするとアメリカのブッシュ大統領は世界の独裁者にもなりかねない要素があります。大量破壊兵器をイラクが保有しているという理由でこの戦争は開始されました。したがって戦争の中でイラクが生物兵器や化学兵器あるいは長距離ミサイルなどを使用すればアメリカの大義名分にも一応の根拠が与えられたことになりますが、イラクがそれらを全く使用せずまた事実上保有していなかったことが事後的に明らかになったとしたら、アメリカの猜疑心のために戦争が行われたことになってしまうからです。大量破壊兵器をイラクが保有しそれを戦争のさなかに使用すればイラクはそれだけ抗戦の期間を長引かせることが出来ると言ってもアメリカの大義名分は正しかったことになり国際世論はイラク非難の方向へ動くと思いますが、その場合には米・英軍のみならずイラク国民にも多くの犠牲者が生まれるでしょうし、もしイラクが大量破壊兵器を使用せず保持もしていなかったらアメリカの大義名分は崩れ去ることになるので、どちらもアメリカにとってもイラクにとっても全てが自分の都合だけに良く動くことにはならずジレンマを抱えざるを得ないと思います。大量破壊兵器の保有や使用の問題は、イラクにとってもアメリカ・イギリスにとっても両刃の刃の問題に見えてきます。そしてこの戦争の結果と国際世論の展開次第では、アメリカ支持を表明した日本政府への評価も下手をすると大きく下がることも考えられます。またこの対イラク戦争の状況次第そして世界の世論の動向次第でアメリカの北朝鮮への対応の仕方も変化し、それは日本にも大きな影響を与えることになってくることでしょう。対イラク戦争が国際社会の圧倒的支持を受けて行われているのであればいいのですが、そうでないところで開始されたこの戦争に国際社会の世論の多くがNoと言い始めてしまったら、アメリカも日本もその後に控える対北朝鮮に対する対応が揺らがざるを得なくなってくるからです。そしてこの戦争で陰に隠れてしまっていますが、一連の中東の問題の一番の発端となっているイスラエルとパレスチナの問題は全く解決の道が見えていないのです。日米安保で同盟関係になっている日本にとってはアメリカが世界から孤立した道を歩むことは日本にとっても危険を伴うことになりかねません。そのような懸念は日本がアメリカに十分伝えておくべき事です。 朝鮮半島には千九百四十八年に北朝鮮と韓国が成立し千九百五十年から五十三年にかけて朝鮮戦争が勃発しました。第二次大戦の敗戦によって打ちのめされ苦境にあった日本経済は、この戦争によってアメリカからの軍需物資の調達すなわち朝鮮特需によって経済が上向く機会を与えられました。その結果日本は千九百五十六年には経済白書が「もはや戦後ではない」と宣言しました。日本経済が戦前の生産レベルに回復したからです。朝鮮特需が日本経済にとっての呼び水になったことは明らかです。なぜなら当時の日本政府には自力で経済浮揚のための財政支出をするだけの財政的な余力はなかったからです。TBSの”私は貝になりたい”という戦争裁判をテーマにしたフランキー堺さん主演のテレビドラマが放映されたのは経済白書のこの宣言から二年後のことでした。その後朝鮮半島は三十八度線で南北の境界が設定され、日本は六十年代の車社会に代表される高度経済成長路線へと突き進んでゆきました。しかし日本は第一次大戦時にはヨーロッパへの輸出で経済的な利益を得また朝鮮動乱でも経済的な利益を得ましたが、日本もその一員になって戦った第二次大戦では経済が破綻状態になりました。イラクに対するアメリカの第二次の戦争ではアメリカは大きな財政負担と戦費の調達を強いられています。そして北朝鮮のこの時点での状況に対しては日本はかつてのような第三者でもなく傍観者の立場でもなく拉致問題を抱えて関係国の一つになっています。冷戦後のまたイラク後の世界状況の中では朝鮮半島情勢に乗じて金儲ばかりを期待していられるような立場では日本は既になくなっているわけです。すなわち日本が置かれている立場は「もはや冷戦時代ではない」と言うことです。イラクの復興支援にも北朝鮮情勢にも日本は関与し応分の負担や人的協力をせざるを得なでしょう。イラク後の北朝鮮情勢次第では日本もその当事者の一人として振る舞わざるを得ず、戦争にでもなれば人的そして物的な損害ばかりではなく大きな財政面での負担が増えることを意味します。この時点での日本の財政状態や経済情勢を考えればそれは最悪のシナリオだといえます。アメリカのブッシュ政権は四十四兆円という過去最大の軍事予算だけでなく補正予算で戦費を調達せざるを得ません。そのためブッシュ政権は当初の国内経済対策の財政支出を半減せざるを得なくなりもしました。戦費がかさむために経済対策の減税額を半減させざるを得なかったのです。アメリカの意図がイラクの石油の利権とアラブ世界への影響力の拡大という意見もあり私も多分にそれはあり得ることだと思っていますが、アメリカの財政負担は石油産業や軍需産業が幾分収益を上げただけではとうてい回復できない規模といえるでしょう。湾岸戦争を引き起こしたイラクのクエート侵攻も結局は石油利権の問題が背景に存在していたと思います。イラクの石油とクエートの石油を合算すればサウジアラビアをしのいでイラクは世界最大の産油国になり石油を武器にして世界への発言権と影響力を拡大できたからです。湾岸戦争もお金のかかるものでしたが敗北したイラクも大きな損害を被ったはずです。そしてアメリカの軍事予算は日本で言えば公共事業予算のようなものになってしまっています。日本が公共工事で幾分ゼネコンが利益を得ても日本経済はそのために大きな財政赤字を抱え日本経済の浮揚が可能にならないまでになってしまいました。イラク戦争の戦費と駐留費およびその後のイラクの復興支援の資金などの見積もりは最大の場合の計算では二百三十兆円という試算もあります。これはアメリカにとっては無視できないものですし国際社会にとっても決して小さなものではないといえるでしょう。アメリカの戦費やその後の復興支援資金は総額で三千億ドルというのですから、アメリカ一国でそれを全てまかなうことも出来ないことでしょう。またアメリカはイラクの民主化のモデルとして戦後の日本を念頭に置いていると伝えられていました。四月九日にはイラクのバクダッドがほぼ陥落してフセイン政権は統治能力を失い、民衆による略奪やフセインの胸像あるいは写真を民衆が倒したりたたいたりという映像がテレビで配信されました。しかし日本の終戦の時点においては日本の統治機構は崩壊しきったわけではありませんでした。日本にとっては大敗北の戦争で天皇の終戦宣言である玉音放送によって戦闘行為は停止しましたが、日本の国民は「天皇陛下万歳などと言わされるのはもうまっぴらだ」と言って街中で天皇のご真影を焼いたり略奪行為に走ったりの行動は取りませんでしたし取れませんでした。それは日本が完膚無きまでに軍事的にはたたきのめされたと言ってもイラクのように警察機能が麻痺してはいなかったからです。そのため警察は闇米の摘発も行えましたし 日本兵の残党が占領軍のアメリカ兵にゲリラ的な攻撃を加えることもありませんでした。アメリカは日本の国民に影響力が大きい天皇を排除することなく日本人に対する天皇の影響力を利用することによって日本の占領政策と民主化を遂行しました。もし天皇を排除しようとしたら当時の日本は大混乱になり国民から反米感情が吹き出してアメリカの占領政策も円滑には進まない事態になったことでしょう。そのため戦時体制の中では三権の長であり大日本帝国憲法においては天皇主権と規定される地位に位置していた天皇の戦争責任は問われることがありませんでした。すなわち天皇は東京裁判で裁かれるべき対象とはならなかったのです。また日本側も大統領を国家元首とする共和制と言う政治形態だけは避けるように必死に努力したといえます。というのも天皇の存在を日本のシステムの中に残しておこうとしたからです。それが戦後の象徴天皇という位置を形成させたともいえます。ある意味では中根千恵さんの『縦社会の人間関係』と言う天皇を頂点とする日本の構造が余りに強固だったためにアメリカも天皇を日本に残さざるを得なかったともいえるのかも知れません。イラク戦争の結果を見てしまった北朝鮮はアメリカとの交渉において自己のすなわち金正日体制の保証を最優先にしていますが、敗戦直後の日本でアメリカ占領軍に対して天皇が最も腐心したのは国体の護持と言うことでした。従ってアメリカが日本の占領政策をモデルとしてイラクの民主化を考えると言っても、そこには大きな違いが存在しているといえます。イラクのフセインはアメリカの力によって排除されますが日本の天皇はアメリカの手によって象徴として残されたからです。アメリカのブッシュ大統領はイラクのフセイン大統領をイラクの象徴として残そうなどとは決して考えないことでしょう。従ってかつてのアメリカによる日本の占領政策とこの時点でのアメリカのイラクに対する占領政策は似て非なるものとならざるを得ないことでしょう。イラクの戦後政治はフセイン政権にとっては反体制だった人たちを主軸に政権が形成されそうですが、日本の戦後処理は戦時中において日本社会で反体制だった自由主義者や共産主義者あるいは仏教者やキリスト教徒たちが戦後日本の政治の中枢をすぐに担ったわけでもありませんでした。また戦争遂行の上で国家神道が大きな力を発揮したことの反省を含めて戦後日本は政教分離ともなりました。ただ戦時中に現人神とされた天皇の日本人に対して持つ宗教性をすぐに排除仕切れなかったことは事実でしょう。そのため戦後の日本の初代内閣は短期だったとはいえ「一億総懺悔」と新聞紙上で紹介された言葉を残した天皇との血縁関係にある宮家の出身者の東久邇宮内閣だったわけです。日本国民の意識的な反発を極力小さいものにしながら日本の占領統治を円滑かつ迅速に行おうとしたアメリカは、その点で良く日本を研究していたともいえるでしょう。それはブッシュ政権が軍事力でフセイン政権を倒しても、その次の日からイスラム教徒のイラク国民にキリスト教徒になれと言っても無理であることと似た状況だったからでしょう。イラク戦争が起きていた二千三年時点での日本では安全保障の面からの憲法改正の話もちらほら聞こえます。すなわち憲法九条の問題なのですが、しかしそれ以外にも首相を公選制にするだけでも憲法の改正が必要になってくるわけです。では首相を公選制にするだけで満足し、より民意が反映される大統領制にはしないのか、また国家元首はどうするのか、そして天皇の憲法上の位置付けは新憲法ではどうするのか、あるいは天皇を憲法上の規定がない存在にするのかなど、重要な問題が存在します。現在の憲法の下では内閣は天皇の認証を受けて成立します。このような形態の中では内閣は内閣を認証した天皇に対して責任を負うのか内閣を作る首相や内閣に入閣した人を議員に選んだ国民に対して責任を負って政治を行うのかが明確ではありません。すなわち政府の閣僚や国会議員達は天皇の方に向いて政治を行うのか国民の方に顔を向けて政治を行うのかがはっきりしないのです。大統領制にすれば大統領はその人を選んだ国民に対して責任を負った政治をしなければならないことが明確になります。当然の事ながら、その場合には天皇が大統領選挙に立候補したければその権利と自由は認められるべきものです。このような言い分はこれまで自主憲法制定を唱えていた憲法改正の勢力とは違った方向からの改憲論であり、既存の改憲論者すなわちこれまで自主憲法制定を唱えていたどちらかというと軍国調の人々にとっては過激で非常に警戒すべき方向のものに映ると思いますが、一つの改憲論の形ではあろうと私は思います。二千三年時点では不況の影響もあって日本全体が右傾化するような雰囲気が国内にはありますが、それは大恐慌の時点で日本の軍部が台頭したという過去の日本の歴史にも似ています。 そして二千三円四月十一日には東京証券取引所の平均株価が七千八百十六円四十九銭とバブル後最安値を記録しました。イラク戦争が短期に集結すると言うことがほぼ確実になった時点では百七十円ほどの上げを記録したものの、イラク後のアメリカ経済の低迷を懸念しての株価の下げといえます。四月十日の読売新聞朝刊にはアメリカの千九百九十年から二千四年までの予想を含めた財政収支のグラフが載っていますが、それによると九十八年から二千一年の四年間だけは財政収支が黒字だったのですが、それ以外の年は二千三年と四年の予想を含めて財政は赤字の状態になっています。予想とされる二千二年と三年は最悪だった九十二年と同水準の三千億ドルの財政赤字とされています。経済界はイラクの復興需要を期待しているとの記事が同じ新聞に載ってはいますが、果たして復興需要でこの落ち込みを日本経済が取り戻すことが可能かどうかは分からないことです。そして週明けの十四日には東京証券取引所の平均株価は七千七百五十二円十銭と七千八百円をも割り込み五日連続の下げとなりました。イラク戦争の中ではイラクの民衆が中央銀行へ押し入ってフセインの肖像が描かれた紙幣を奪ったり紙幣を破って見せたりしています。フセイン政権を打倒する目的のアメリカもフセインの肖像が描かれたイラクのデイナール紙幣は葬り去りたいかも知れませんが、イラク経済が崩壊し政権がなくなれば紙幣の信用力は大きく低下し経済は大きな混乱に見舞われます。敗戦時の日本でも治安はイラクほどひどくはならなかったとはいえ紙幣の信用力は極度に低下し、食料を手に入れるために都市部の人たちは自分の家の呉服や反物を持って農家に出向き米などと交換してもらっていたはずです。紙幣はその信用を担保しているものが崩壊してしまえばただの紙くずになってしまいます。それは企業が倒産してしまえばその会社の株券もただの紙くずにすぎなくなるのと同じ事です。イラクにおいてもフセインの肖像が描かれているのを理由にそれに変わる紙幣を発行することなくイラク紙幣を即使用停止にすれば経済は大混乱になることでしょう。イラクではドルとデイナールの交換比率が開戦前よりもむしろ上がって言われますが、それはイラクの石油資源の存在が大きくものを言っているからであるとしても国内物価で考えた場合インフレになればイラク国民にとっての貨幣の価値は下がってしまっているといえます。そして日本の方はデフレで貨幣の価値は上がっているとは言っても東京証券取引所の平均株価は四月二十八日には七千六百七円八十八銭と七千六百円割れ寸前のバブル後最安値の更新が続いています。株券の価値は下落の一途と言うことです。二千二年度は年間を通じての全国の物価下落が五年連続で戦後最長を記録し、二千三年三月の完全失業率も5.4%と改善の様子は全く見られていません。十五才から二十四才の若年層の失業率は最悪の13.2%にまでなっていると四月二十五日の読売新聞夕刊に紹介されています。この日は平均株価が七千七百円割れをおこした日です。物価下落の主な要因はパソコンの価格下落が最も大きいと言うことですが、それをきっかけにして日本の情報化の進展が加速すれば災い転じて福となるともいえます。と言うのもアメリカのインターネットの世帯への普及率は五割なのに対して日本のそれは三割程度のものでしかないからです。また日本社会は車社会の中で終わってしまって高度情報化社会への適応がアメリカのみならずアジアの国々からも後れを取りそうな状況だからです。少なくとも日本の社会は外観ではなく内部構造や形態が変わっていくことを期待しなければどうにもならない社会状況といえます。 とはいえ日本経済は依然として苦境を脱する気配が感じられないといえる状況で推移しています。二千三年四月の完全失業率は5.4%と横ばいの状況であり、完全失業者数は三百八十五万人と過去最悪です。十五才から二十四才の若年労働者の失業率は年間通期で12.0%と非常に高水準になっています。これは五月三十日の読売新聞夕刊に記載されているのですが、その紙面には国民生活白書のことも触れられています。それによると千九百九十年に百八十三万人だったフリーターが二千一年には四百十七万人となり、十五才から三十四才の世代の学生・主婦を除く人たちの五人に一人がフリーターの生活だとされています。技能の水準が低い人たちがフリーターになり、フリーターであるが故に技能的に習熟できないという条件があるようです。これまでのサラリーマン社会の文化風土と若者の文化風土、それはこれまでのサラリーマンの意識と若者の意識と言い換えてもよいのでしょうが、その二つの間にギャップが生まれてしまっていることも原因の一つといえるでしょう。政府はその結果日本の将来的な産業の競争力低下を心配せざるを得ないところに置かれましたが、産業界としても一時的に安くて便利な労働力を得られたとしても長期的な利益を考えたときには懸念すべき材料のように思われます。五月三十一日には東京証券市場の平均株価が二ヶ月ぶりに八千四百円を回復してはいるものの、二千二年五月頃の一万一千円台から比べればかれこれ三千円の下落水準であり、大手銀行四行の二千三年三月期決算は軒並みの赤字また大手生保も大幅な株式減損処理額を計上せざるを得なくなっています。六月六日の新聞紙面には日本の出生率が発表されましたが、それによると日本の一人の女性が産む子供の数は1.32と過去最低であり、日経新聞に載っているグラフを時計回りに九十度回転すれば日本の人口構成のグラフとしてもみることができるのですが、その形は頭でっかち尻つぼみの形になっています。この出生率は千九百七十五年、国際情勢でみれば第二次オイルショックとベトナム戦争終結の年に人口を維持する上での最低必要となる2.0まで落ち込み、その後も減少し続けて二千二年までの数字となってきています。出生率が最も低いのは東京都だそうですが、東京は外部からの人口流入によってしか自己の地域の人口を維持できないもっとも典型的な構造の街であり、日本全体がもはやそれまでの人口を維持はできずいずれ減少に転じることがさけられない状況になっています。これまでの日本は農村部の豊富な労働力を都市部が吸収して成り立っていました。そのため中曽根内閣の時に政府の仕事をした土光敏夫さんは「都市が人材を搾取した」と述べてもいました。日本の大都市といわれるものことに東京などはそのようにして成り立ってきていたといって良いでしょう。しかし二千年を過ぎた時点での日本の状況はそれもだんだんままならない事態を迎えつつすあるといえるでしょう。人口構成が一昔前とは全く逆転したからです。リンクした人口構成のグラフからもわかるように、千九百五十年当時の日本は多くの発展途上国がそうであるように人口構成がきれいなピラミッド型をしていました。人口構成がそのような形であれば年功序列の賃金体系を多くの企業が採用することも可能です。しかしその形態は徐々に崩れていったのです。千九百四十七年当時、すなわち団塊の世代といわれる人たちが生まれた頃には各年が二百五十万人以上の人口数で出生率は4.5以上なのですが、二千二年に至っては百十五万人にまで落ち込んでしまっています。団塊の世代達が結婚し子供を作ったために生まれ出た七十年代の第二次ベビーブームの時点では二百九万人ほどでした。これでは年功序列の賃金体系を維持しようにも不可能といえる条件です。なぜなら年功序列の賃金体系を支えるためには安い若年層の労働力が豊富に存在するという条件が必要で、そのような条件の中でしか年功序列賃金体系は成立し得ないからです。しかし日本のこの時点での条件は若年層の人間の数は少なく支えられる方の人間の数が多すぎるからです。日本の雇用制度の特徴はこれまで終身雇用と年功序列賃金体系でしたが、企業は終身雇用は最後まで残しておきたいと思っても年功序列の賃金体系はすぐにでも捨て去らなければならない条件におかれたと言うことです。それどころか少子高齢化に備えるために二千三年六月十七には政府税調が消費税の税率を将来的には十パーセント以上にするとの方針を答申しました。税収が年度予算の半分という状態の日本経済の状況を考えれば将来の社会保障などを考慮した場合仕方のない選択であるといわざるを得ません。ただ日本の出生数は二十年以上連続で前年を下回る減少傾向が続いているので、これから少子化対策を行ってたとえ出生率が将来的に改善したとしても、この間の減少分を穴埋めするために日本は日本人がすでにやりたがらなくなってしまった仕事の分野すなわち単純労働市場を対外的に開放するかしないかも重要になってくるだろうと思います。すなわち日本はいつまで純血主義を守ろうとするのかと言うことにもなると思います。二千三年六月十七日の読売新聞朝刊には二千一年度の一世帯あたりの平均所得のグラフと記事が載りましたが、それによると年収八百万円から九百万円の世帯が十一%、九百万円から一千万円の世帯が九%、千五百万円から二千万円の世帯が三%ほどであるにも関わらず一千万円から一千五百万円の世帯が十一パーセントほどとかなり、百万円きざみから五百万円きざみへの移行があるといってもその階層の割合が多いのが驚きでも平均所得は六百二万円と2.4%の減少、全世帯の中央値は四百八十五万円と八十九年以来十二年ぶりに五百万円を下回ったとあります。全世帯の年間平均所得の減少は五年連続で十年前の水準に戻ったとのことです。高齢者世帯の平均所得は三百四万円でしかありません。また高齢者世帯の最頻値は百万円から二百万円で、その世帯が二十七%ほどを占めています。グラフから私が計算したところでは、年収五百万円以下の世帯が全体の五割を超えます。また日銀の調査では日本人の個人金融資産の総額は二千三年三月末時点で千三百七十八兆円と千四百兆円を割り込んだそうです。その原因は所得の減少と株価の下落が主要因だとされます。しかも千四百兆円割れは四年ぶりで落ち込みも1.9%と過去最大だそうです。ピークは二千年三月末の千四百二十八兆円ですからピーク時からは五十兆円の減少となります。このような所得の減少が日本のデフレ経済につながっていることも確かなことでしょう。ただ二千三年六月中盤の時点では東京証券取引所の平均株価は十七日に約半年ぶりに九千円台に乗ったとはいえ、それはあくまでニューヨーク市場につられた外国人買いによるところが大きく、日本国内のデフレ経済が改善されたというわけではありません。デフレで物価は安くなっているのだから消費税率を引き上げても消費者にはそれほど負担にならないので消費税を引き上げるチャンスだという考えもあり得るのかも知れませんが、消費不況によるデフレ状態であるのでこの時点で消費税率を引き上げることは現実的ではないといえます。戦後の日本人は経済学は得意でなくても経済は得意だったはずでした。日本人は経済学が不得手だが経済は得意だったというのはノーベル経済学賞受賞者を一人としてさえ生み出せていないにもかかわらず日本は世界第二位の経済大国の座に三十年以上も居たからです。ですがバブル経済が崩壊した後では経済学が得意になったと言うことでもないままに経済の方も不得意になってしまったようです。それは日本を取り巻く国際情勢が激変したことと日本の国内の経済構造が大きく変化したことが原因だと思われます。従って戦後といわれる時代に成功してきたシナリオと対処法ではうまくいかなくなったと言えると思います。二千三年時点の小泉内閣では経済学者の竹中平蔵大臣が経済の舵取りをしてもいますが、経済学者が大臣を務めても日本経済がなかなか思わしくないことに対して「経済学などは必要なのか 」「経済 学者は役に立つのか」という意見もあります。しかし私から言わせれば余りにも無謀な運転をして大事故を起こし瀕死の重傷を負った運転手の処置に外科医が手を焼いていると言うことに対して「医学の知識は必要なのか」とか「外科医は役に立つのかしら」と言っていることに等しいようにも思えるのです。また、では医学の知識が乏しい人で処置ができるのかという疑問も浮かびます。それは経済学者の竹中平蔵氏が大臣だからどうだからということで私は言っているわけではなく、どの政党が政権与党であっても、また誰がその地位にあっても経済学のある程度の知識と経済への認識をある程度持っていてもらわなければならないことも確かでだろうと思います。山勘で対処されては困ることでもあるでしょう。経済が不況でみんなの気分が落ち込んでいるからと言っても心理学の学者や癒し系のカウンセラーを経済閣僚にしたところでどうにもならないことでもあるでしょう。バブル経済のような経済学的に見れば余りにも非常識で無謀な行動を取ったこと自体が問題だからです。バブル経済は多くの日本人が違法行為をしたが為に起こったことではありませんでした。すなわち法律違反ではなかったのですが明らかに間違いだったことは確かなことでしょう。合法的な行動であってもその行動が間違った行動であるということはあり得ると言うことのようです。また不況と北朝鮮問題などの影響で国内の政治状況は右傾化してもいますが、日本のナショナリズム的な感情と経済的な利益を求めようとする野心が幸福な関係を保っていられた時代は終わったと言えるでしょう。ナショナリズムと経済が幸福な関係にあるのなら、また愛国心で経済問題が解決できるというのなら国内企業が対外進出して国内産業が空洞化することなどは起きないはずだからです。日本のナショナリズムがイコール反共産主義という単純な図式で済んでいた時代も終わったと言えます。当然反米イコール愛国にもなり得ません。アメリカのこの時点でのブッシュ政権はネオ・コン(neo・conservatism)といわれる新保守主義者の人たちの意向が強く反映されてもいますが、日本の政治状況も幾分か保守主義の流れがちらついていないでもありません。ただ、日本の場合はアメリカやヨーロッパ諸国と違って多くの出稼ぎ労働者や移民を受け入れている訳ではありません。すなわち国内労働力市場を対外的に開放し提供するというのではなく日本企業が安い労働力の国や地域に対外的に移転していっているのです。またそうしないと海外の安い労働力が作り出す商品に日本企業が対抗できないという経済的な理由があります。もしそれ以外の方法をとる場合には日本国内に安い海外の労働力を大量に受け入れる以外にないでしょう。どちらにしろ企業が自己の経済的な採算を合わせて競争をしようとするなら愛国心だけでは経済運営ができなくなる条件が生まれてきていると言うわけです。日本の経済構造の欠陥を修正すると言うことは国威発揚になり得ようもありません。日本の勤労者にとっては高い給料を得ていることが自慢の種だけでは終わらなくなった時代だとも言えます。高い給与が逆に賃金カットやリストラの対象にもつながる根拠になることがあるからです。また高い賃金の支払いに耐えかねた企業は安い労働力の国に移転せざるを得なくなります。そのようなことは個々の勤労者にとっては重大な出来事ではあっても経済的な考え方からすれば至極当たり前な動きだと言えます。そしてそのような状況に対する危機感が日本の社会のナショナリズム的な雰囲気を誘発しているとも言えますが、国家主義的な感情だけではこの経済的な動きを変えられるはずのものでもありません。日本の株価もニューヨークダウの動きの影響を大きく受け、日本株が上昇するのも外国人投資家の買いに大きく依存している現実は日本人自身が認めておかなければならないことだろうと思いもします。東京都知事の石原慎太郎氏は靖国神社を参拝する理由としてテレビのインタビューに「日本が属国にならないためだよ」と答えていましたが、この時点での日本経済は外国資本によって動かしてもらわない限り、またアメリカや中国をはじめとするアジア市場の需要すなわち外需に依存しない限り日本だけの力で自律的に経済状態が反転できない状況です。 二千三年十月一日には九月の日銀短観がでました。新聞で報道されたそのグラフによれば、日本経済はバブル崩壊後の三番底を経て回復基調にあることが示されています。しかしバブル崩壊後の景気の推移は景気が回復過程に入っても好景気という状態までには届かないまま再び景気悪化へとたどってきたことが示されています。たとえてみれば水面下に沈んで息継ぎをしてまた水面下に沈むような動きが十年以上続いているわけです。そしてここでの景気回復の一端が外需によるものなので十月に入ってから円高が進んでいます。それまではユーロ高でしたが円も上昇し始めたのです。従って円高ドル安というよりもドル安な訳です。アメリカ及びアジア圏の経済状態が比較的良好であることが日本の輸出増加につながったと言えるわけですが、日本経済が内需の盛り上がりによって自律反転できる日はまだちょっと期待できない状態と言えるでしょう。それが端的に表されているのは、二千三年十一月の東京都の消費者物価指数が四年三ヶ月連続で下落していることです。そして二千三年十二月十八日時点の新聞各紙には年金改革案が発表されています。日本の社会保障をどのようにするかの大きな問題ですが、個人の負担はこれまでよりも増えるものとなります。教育現場では個の確立と言われながら、経済的な場面では個人の税負担が増加せざるを得ない形の税制と言えますが、個人の税負担が増すことによって個人の意見はそれだけ尊重されるようになるのか、それとも組織に対して個人は経済的にもさらに小さな存在にされるのかも問題であろうと思います。教育現場での個の確立という理念と、実体経済社会での個人の経済的な力のそぎ落としと言う二重の価値観が生まれ出ないとも限りません。それは年金改革だけでなくこれから本格化するであろう税制改革の行方とも絡んでくる問題です。二千三年十二月にはイラクの戦後統治に対する人道支援として自衛隊を派兵するにあたって小泉首相は憲法前文を引用し、憲法前文と第九条との間には隙間があると指摘していますが、日本の社会にはこれまで述べてきたような教育分野における理念と実体経済社会の運営に当たる制度的理念との間に常に大きな隙間が存在し続けていたしこれからも存在し続けかねないようにも私には思えてきます。日本国内では、憲法のこのような問題点を是正するためにも憲法の改正が必要だという考え方が出てきていますが、日本の教育制度面での理念と実社会を取り仕切っている制度上の理念との間の不整合には余り日本人自身気付いていないように感じられます。教育現場でどんな理念で教育しても、教育を受けた後で教育を受けていた期間以上の年限を過ごさなければならない実社会が違う理念で運用されているのであれば、教育期間の理念をかなぐり捨ててでも生きようとしなければその後の人生を生きてゆくことが出来ないことになります。また憲法を変えるにしても戦後日本の平和主義は十分以上に残すべき理念であると思います。それよりもむしろ教育場面では個の確立と言っておきながら社会に出れば組織で押せ押せというこれまでの日本社会の現状を目の当たりに見るとき、この趨勢はなかなか変えることが大変な問題であろうとも思われます。株式投資の分野では二千四年一月になって個人投資家の割合が十八%と上昇したと伝えられますが、政府は学校教育の場面での金融や経済の教育だけでなく、多くの個人資産が有効に活用されるためにも多額の金融資産を所有している成人への金融や経済に対する教育が必要とされるとフォーラムで述べています。経済の場面でも組織人としてばかりでなく個として動く部分を大きくしてゆかなければならない状態にも日本はあると言えます。また、多額の個人金融資産が上手く活用されないと国としても困った事態になるわけです。バブル経済までの戦後と言われる時代の日本人は経済学を知ろうが知るまいがそれなりに経済的にはやってもゆけましたが、バブル経済が崩壊してしまった後の時点では経済学の知識もある程度待ち合わせていなければならなくなったのかも知れません。かつての日本では個人投資家の割合が大きかった株式市場でしたが、その後は機関投資家が大きなウエートを占めるにいたりバブル経済にまで向かいました。しかしこの時点で再び個人が個々に動かざるを得ない状況に日本経済は至ったと言えます。 そのような中での日本経済の動きは二千三年度十二月期には日本の失業率が二年半ぶりに五%を切って四%台になり、失業率が下げ止まったと二千四年一月三十日に示されましたが、また二千三年の年間の失業率は5.3%と十三年ぶりに前年を下回りましたが、二千三年度の全国の消費者物価指数は四年連続で下落したと報じられています。二千三年版『経済財政白書』によれば日本のGDPデフレーターの日本の物価水準は九十二年以来ずっと下がり続けて来ています。現金給与総額すなわち賃金は二千年第二四半期を最後にそれ以後下がり続け、二千二年第三四半期を底にマイナス幅は縮小に転じたとは言え賃金がプラスになるには二千三年第二四半期にまでかかりました。また家計の実質可処分所得も九十七年第一四半期からデータとして出ている二千二年第一四半期にかけてほぼ一貫して低下し、二千年以降はマイナスにまで落ち込んできています。しかも二千四年度からは社会費用の負担がさらに増えると予想されるので、賃金の上昇がない限り可処分所得はさらに減ると思われるのでデフレからの脱却は経済の回復よりもその分先の事にならざるを得ないでしょう。そして経済指標として景気回復の数字がでたとしても、デフレが解消されてからでないと一般の人が景気が良くなったという実感は持ち得ないことでしょう。二千四年二月十八日には二千三年十〜十二月期の日本のGDPが7%増となったと報じられました。確かに景気は上向きですが、この数字は物価でデフレートされているために数字が大きくなっているところがあり、名目成長率では2.6%増です。個人消費もかなり高い伸びを示し始めてはいますが、それが企業収益になり勤労者の賃金が引き上げられ、それが再び消費に跳ね返ってデフレが解消されてゆくまでにはまだ時間がかかるかも知れません。二千四年三月十五日の朝日新聞夕刊には日銀が発表した二千三年度の家計部門の金融資産の記事が載っています。それによると所得が伸びない中で住宅ローンなどの負担が増え資産が前年に比べて九十年の調査開始以来初めて減少となっています。家計が赤字になって預金を取り崩さなければならなくなっているわけです。可処分所得が減っただけでなくその趨勢は家計の赤字化にまで進んでいるとするなら、住宅など以外の一般の消費は切りつめざるを得なくなるのは当然のことです。すなわち一般物価のデフレ化は止まることにはならないわけです。家計部門の金融資産の総額は千四百十兆円と幾分増えたとされますが、それは株価の回復によるものとされ金融負債の増加を考えればそれは相殺されてしまいます。このようになかなか低迷を脱しきれない日本経済ですが、二千四年三月中旬に開かれていた中国全人代では私有財産性が認められてと報じられました。共産党独裁の社会主義圏である中国が大きく資本主義科してきたともいえます。中国が改革開放路線を取り始めた頃にはニューヨークタイムスは「赤い資本主義」と題して特集をしましたが、中国が経済的な発展路線を取ろうとする限り企業家を無視できないことがわかってきたと言えるのでしょう。この時点での中国は国内に多くの問題を抱えながらも発展途上国の雄と呼んでも良い存在になっています。また経済的な場面で先進国の仲間入りをしてくる日もそう遠くないようにも感じます。しかも日本は少子化が進み二千七年問題と呼ばれる団塊の世代の退職時期も間近になっています。二千七年問題というのは、オフィスビルの供給が増えて空きオフィスが増えると予想された二千三年問題と同じく、日本の総動力人口の九%となる七百二十八万人に上る団塊の世代が一斉に退職をすることによってオフィスに空きが出来てしまう問題です。団塊の世代は千九百四十七年生まれが二百四十九万人、四十八年生まれが二百四十三万人、四十九年生まれが二百三十六万人に上ります。団塊ジュニアの年代の人数は二百万人ちょっとであり、八十七年生まれの人の数となると百四十万人台にまで下がります。二千三年問題ではオフィス賃料は六%も低下しました。また団塊の世代を初め高齢者の人口比率が高まって老後徐々に預貯金を取り崩し始めると日本の産業にとっては資本不足が生じることも考えられます。団塊の世代が六十歳で退職するとすると、その世代が受け取る退職金の総額は六十〜八十兆円ほどになるそうですが、この巨額な資金もいずれは徐々に取り崩されてゆくことでしょう。大量退職時代と言われる時期には短期間に五百万人ほどが一挙に退職期を迎えると予想されています。アメリカでも二千五年以降の十年間でベビーブーマー世代が退職するそうで年金改革をブッシュ政権が提案して日本の年金改革と同様に議論が起きています。アメリカでもそのような動きであるので、日本では少子高齢化が他の先進国よりも急速なので外国資本が投資したりオフィスを海外の人たちに利用してもらわない限り今後も日本のオフィスの空室率や資本不足を埋めることは出来ない状況です。これらの条件を考えれば日本と中国との経済力が逆転する日も想定可能というわけで。二千四年五月五日の読売新聞朝刊のデータでは、日本の十五歳以下の人口は千七百八十一万人で、総人口に占める割合は十三・九%、三十年連続の減少と有ります。その割合が最も高いのは沖縄県で、最も低いのが東京都だそうです。所得水準が高く密集率の高い東京が最も子供が生まれにくい構造になっています。ビジネスなどをするには最適な場所かも知れないにしても、家族生活をし子供を産み育てると言う意味では東京は劣悪な環境にあるのかも知れません。また日本全体が世界の国々と比べて子供を育てる環境が失われつつあると言えるのかも知れません。千九百五十年頃の子供の割合は四十%程もあった日本ですが、それはこの時点で主要国中最低の水準と言えます。これは生産にも消費にもまた貯蓄にも、そしてひいては投資という企業に十分な資本を提供できるかどうかと言う重要な部分にも陰に陽に影響し最終的には日本経済全体に影響してこざるを得ない問題となることでしょう。またかつては「貧乏人の子だくさん」と言われましたが、子供を何人か産み育てることの出来る人は夫婦とも役職に就いている家族というデータも見受けられます。経済的な裏付けがないと沢山の子供を産み育てられないという条件に日本は変わってしまったとも言えます。かつては貧乏人は情報も限られ娯楽もなく子供を作る快楽しか手にできなかったために子供を多数作ったかも知れませんが、現在の日本では低所得者といえども子供を作るとその後の教育費などにどのくらいかかるのかの情報だけはかつての貧乏人よりも遙かに十分な情報を与えられており自分たちの収入で何人の子供が養育できるのかはすぐに頭ではじき出せ、またある程度の安価な娯楽のメニューも数多くあるので貧乏人でも子供を作ることだけに自分の楽しみを求めなくてもよい条件があるといえるのでしょう。日本の高額所得者の割合に比べて中低所得者の割合は全体の七割ほどになります。全体の人口の七割が子供を持ちにくい状況になれば、後の二割や三割の高額所得者がいくら子供をたくさん作っても埋め合わせがつくわけはありません。高額所得者が多くの子孫を残し低所得者は少ない子孫しか残せないというのは、力の強いものが多くの子孫を残し弱いものは子孫すら残さずに死ぬこともあるという自然界の野生動物の世界にも似てきます。二千四年六月十一日には二千三年度の日本の出生率が発表されましたが、それによると日本の出生率の平均は1.29となり、東京都は1を割り込んで0.9987と報じられています。他の道府県という外部からの流入人口がなければ東京は自分の人口を維持できないわけですが、日本全体がこのような趨勢であるなら日本の外部すなわち海外からの人口流入がなければ日本の人口は徐々に下がらざるを得ません。なぜなら現在の人口を維持する上で最低限必要となる出生率2.0を上回るところは日本全国四十七都道府県において皆無だからです。団塊の世代といわれる人の最後の年である千九百四十九年の出生率は4.32であったことを考えれば、現在の日本とその時代の日本とを比べれば正に貧乏人の子だくさんと言えたのですが、それが高額所得の人の方が子だくさんになった現在の状況では、中・低所得者が全体の七割以上と多いのですから、それらの階層の人たちが経済的な理由によって子作りを断念してしまえば高額所得者が少々子供を沢山作っても日本の総人口の帳尻が合うわけもないのです。東京の場合は高額所得者の人口比が高いにもかかわらず出生率が全国最低というのは過密が問題なのかも知れません。 日本経済の動きとは別に中国経済は好調を持続しています。その為日本の景気の動きも中国経済の高成長の恩恵を受けて中国への輸出により息が付けると言ったところになりますが、中国の高官や北京市長は中国はアメリカや日本のようなライフスタイルの国を目指さないと述べているようです。その理由は「中国やインドなどの人口が多い国がアメリカや日本のようなライフスタイルを採ると地球の環境や資源が崩壊する」という理由からだそうです。中国とインドの人口を合わせると二十三億人ほど、六十三億人と言われる世界の総人口の三十六・五%にもなるからですが、あえて豊かさだけを求めようとしないという中国当局の高官の意識は、モノ・カネだけに明け暮れモノ・カネさえあれば事足れりと思いたがる或いはモノ・カネがあることだけを唯一の誇りとしたがってきた日本人と比べると意識が高く立派なものに思えますし、実行できれば更に立派と言えます。少なくとも「中国人は豊になんかなれないんだ」と述べていた石原都知事の言い分に対する中国からの答えとも受け取れます。豊かになる潜在力は十分にあっても、「本当に中国人が豊かになってもいいんですか?」と言う中国からの問いのようにも思えます。ただ人口の多さを加味して考えれば自動車の普及率は日本と比べても中国は低いとはいえ、二千四年七月現在では中国は既にドイツを抜いて世界第三位の自動車大国になっているそうで、しかも中国は重慶油田などの石油生産基地を抱える産油国でありながら世界第二位の石油輸入国になっていますが・・。また中国当局も問題を認めている都市部と農村部の格差は『Nomura21』2004/8-9では年間所得格差で都市部は農村部の3.2倍になっています。都市部は年間所得が二千三年時点では八千五百元、日本円で十一万五千円ほど、 しかし上海の平均所得は五千ドル、すなわち年収五十万円ほどにもなってもいます。農村部は二千五百元、日本円で三万四千円ほどで日本の一人当たり平均年収三百五十万円からすればまだまだ中国は年収が少ないと言えますが、中国が農村部と都市部の所得格差是正策をこうじて農村部の所得を上昇させれば、中国の消費はこれからも伸びる潜在力を秘めています。なぜなら中国のこの時点での国内産業従事者の構成は七割すなわち八億人ほどはまだ農民だからです。逆に言えば国民の三割が幾分豊かになったと言うだけでもこれほどのインパクトを世界に与えることが出来る巨大な人口の国であることを日本人は肝に銘じておくべきでしょう。そして農村部の所得の伸びが鈍化して格差が開いているとは言っても八十五年と比較すれば中国の農村部の年間所得は二千三年には五倍近くになり、所得の伸びが依然高い水準にある都市部のそれは実に十倍近くに上昇しています。また日本にも首都圏と地方との間にはかなりの経済的な格差が出来てしまっている、そして首都圏の中でも東京都と他県の間には格差が出来てしまっていることも事実ですが・・。しかも中国と日本との違いは、国内にこのような格差があり国民の間に不満もあることを中国の政策当局が自覚し理解しているのに対し日本の政策当局は余り問題にせず理解もしていない事です。また二千五十年にはインドの人口は十六億人を超え十四億人になると予想される中国を抜いて世界最大の人口の国になると言う米国機関の人口予測が二千四年八月十八日の読売新聞夕刊に載りました。それによると世界全体の人口は六十四億人から九十三億人に増加しますが日本の人口は逆に二十一%減少して一億六十万人と予測されています。このような中で日本経済の方は二千三年度に家計部門が二兆二千億円の資金不足に陥っていることが日銀のデータとして発表されたと二千四年六月十五日の読売新聞夕刊で報じられています。預貯金の取り崩しや株式の売却額の方が預貯金などの資産の増加を上回り、これは千九百六十四年に日銀が統計を取り始めて以来初めてのことだとされています。この記事では二千四年三月末の時点では株価の上昇によって四年ぶりに個人資産が千四百兆円台を回復したとありますが、現金・預金の伸びは低く家計部門が所有する株式の評価額は四十一兆六千億円だとされています。給与所得が伸びないかあるいは減少する中で家計は預貯金などを取り崩して生計を維持しているとするならば消費性向は多分上昇していると言うことにもなることでしょうが、それは国内消費が旺盛であると言えない中での消費性向の上昇と言えます。しかも原油価格は過去最高の水準にあるとすれば、日本経済は消費が大きく回復しているわけではないこの状態でインフレ傾向になればそれはスタグフレーションの危険を抱えているとも言えます。そしてこの時点では中国の利上げ観測で日本の東京市場の株価が大きく下落するなど、中国経済の動きが日本にも影響を与えるまでにその存在感をまして来たといえます。日本の消費が幾分回復傾向にあるという話があっても、二千四年六月の東京都区部の消費者物価指数は-0.1、全国の五月の消費者物価指数は-0.3と、原油高の中でも横ばいかマイナスが大きくなっています。また、二千四年六月二十六日の読売新聞朝刊では国の借金は七百兆円を突破し、所得格差を示すジニ係数は二千二年に過去最大値である0.4983になったとあります。ジニ係数が0.5になったら速やかに是正措置を講じなければならない水準と言われますが、日本の所得格差、すなわち貧富の大きさが拡大して是正が必要な水準に限りなく近くなっている状況と言えます。国の財政は借金だらけ、消費も伸びずにデフレ状態、また貧富の格差は拡大しているという余り望ましくない状況が日本経済の中に継続していると言える状態です。所得税制を簡素化することで超高額所得者が優遇されて中低所得者への課税額が多くなれば、消費性向の高い中低所得層の消費で持たせざるを得ない日本の消費はそれほど伸びない事は明らかです。また、企業の法人税を減税して設備投資減税を行えば投資された設備で生産した製品は国内需要が弱いところでは輸出に振り向けられざるを得ず、貿易黒字の原因になって円高を呼ぶわけですが、それに加え貿易黒字が生まれれば日本企業の収益が改善し日本株を海外投資家が買うようになるのでそれだけでも円買いドル売りで円高になるわけでもあります。それに対抗する為に円売りドル買いを行えば外貨準備高は過去最高にはなり得ても日本の財政赤字が増えると言うことになってきます。この時点での日本の財政赤字の拡大の大きな要因はドル買い介入によるところが大きいとされるからです。ドル高円安になってドル売り介入でもすれば財政負担も取り戻せるとはいえ、二千四年七月初めにアメリカのFRBが0.25%金利引き上げを行い日米の金利差が幾分拡大してもブッシュ政権になって再び双子の赤字に陥ったアメリカドルが急激に高くなるかは疑問のあるところです。二千四年六月三十日の読売新聞朝刊では二千三年度の法人税収入はIT投資減税などで一兆二千億円ほど低く予想されていたのが、予想を一兆二千億円ほどうわまわって十兆円台を回復とあります。しかし先の日銀の円売りドル買い介入に要した費用は二十八兆円以上の財政赤字の増加となったのです。この時点での日本の国家財政の累積赤字は国民一人当たり七百万円になっているとされます。その記事には所得税が四月時点で既に予想を上回る水準になっているともありますが、日本経済にとって重要なことは消費に結びつく上で最も重要な所得政策を考え直すことだと言えます。すなわちジニ係数を早急に是正することが重要になるわけです。日本の消費に最も貢献し消費を大きく引っ張る可能性が高いのは中低所得層だという見方をはっきりとさせ、その事を重視すべきです。中低所得者の懐が幾分かでも暖まる方策を採用せずに強いものがちで中低所得者を冷遇し貧乏人いじめの政策を採っても決して日本経済は上手く動いてゆかないし社会が不安定化してしまうだろうと思います。貧乏人いじめは日本経済にたたると言えるでしょう。高額所得者は消費性向が低く中低所得層の方が頭数も多く消費性向も高いからです。この時点での日本経済は外需主導から内需に転換しつつあると言われても、それは設備投資すなわち中間財の需要が増加したと言うだけで最終需要である個人消費がデフレを解消するほどに大きく息を吹き返したとまでは言い切れない状態だと思えます。 二千四年七月二十二日には二千四年度上半期の日本の貿易黒字が新聞紙上に発表されていますが、その額は六兆千八百四億円でアジア向け輸出の伸びが二十%近くとなり、中国の高成長などの恩恵によると言えそうです。日本経済が回復基調で内需による成長も期待できるとは言われても、中国・アメリカの経済状態の恩恵によって日本経済に呼び水の効果が出ていると言ったところでしょう。その事はいずれこの時点の日本経済のGDPに対する外需寄与度と内需寄与度の数字が出されることで確かめられることです。日本の企業物価指数すなわち中間財の価格が大きく伸びたと二千四年八月十三日に報じられましたが、中国向け輸出の増加による鉄鋼需要の伸びやそれに加えての原油高ですが国内消費者物価の上昇すなわちデフレの収束までには至っていません。七〜八月期の個人消費が、アテネのオリンピック効果や猛暑効果によってどの程度伸びるかと言ったところです。原油高の原因は中国経済が好調だというばかりではなくインドの石油需要が伸びロシアの石油会社ユコスの経営危機そしてナイジェリアの労働組合のスト、ハリケーンによるアメリカフロリダ州の油田の損傷などもその要因の一つですが、原油の国際価格の上昇は、そうでなくてもエネルギー危機で穀物生産などが大きく落ち込んでしまっている北朝鮮にとっては、国際価格で原油を購入することが難しくなるものと思えます。旧ソ連の安い石油が冷戦構造の崩壊によって手に入らなくなり国際価格で石油を輸入せざるを得なくなっているからです。それはキューバなどにとっても同じ事ですが、日本だけでなく多くの国々に影響することでもあるでしょう。北朝鮮の場合は中国からのエネルギー支援が命綱と言えるでしょう。しかし中国とても石油は輸入せざるを得ないほど経済が成長を強めています。この石油需要の伸びが中国の東シナ海での海底掘削行動などにも現れているわけで、中国経済が成長すればするほど、そして中国経済の規模が大きくなればなるほど中国は石油エネルギーを外部に求めるという行動をとらざるを得なくなります。二千四年十二月八日には中国のパソコンメーカーがアメリカのIBMのパソコン事業部門を買収したとのニュースが流れました。中国経済が大きく飛躍を始めていることを象徴的に示したニュースといえますが、かつての日本企業がアメリカの企業を買収していたときの姿のようにも見えてきます。しかし日本企業がアメリカの企業を買収したときは日本が高度成長期を過ぎて中成長の時代以後のバブル経済の時代でしたが、中国経済が幾分のバブル気味経済であるとは言っても、中国は日本で言えば五十年代から六十年代の高度成長期に対応する時期といえるので、まだまだ中国の潜在成長力は残っていて、これからも当分の間は中国経済は成長を持続できるように思えます。また二千五年三月三日には日本のバブル経済期に全盛を誇ったコクドの堤義明氏が株式虚偽記載とインサイダー取引の疑いで逮捕されました。これは日本経済の中からバブル経済の残映が消え去っていったことを象徴的に示す出来事のように私には思えます。一方中国は九十二年から九十五年にかけては10%以上の成長率を達成し 、その後も8%以上の成長率を達成し九十三年に続き九十四年度は9.5%と二年連続で9%台の高成長を記録しています。この成長率が十年続けば中国経済はすぐ二倍以上の規模になります。そしてその後をインドが追ってくるかもしれません。中国は世界最大の人口を抱える共産主義体制の国であり、インドは民主主義国としては世界最大の人口を抱える国です。この中国とインドという人口大国が二つながらアジアに位置しているわけですから、中国は言うに及ばずインドも経済的にテイクオフし始めてくるとなるとアジア経済圏は世界の中でも無視できないほどの巨大な地域となってゆく可能性があります。そのときには日本の陰はアジアに飲み込まれてアジアでも世界でもそれほど注目はされない国になっているのかもしれません。アメリカのCIAも十五年後の二千二十年には中国が軍事力でも経済規模でも世界第二位になり、中国とインドの二大国によるアジアの時代がくるだろうと予測していると二千五年一月十四日にNHKのニュースで報じられました。中国が日本の上をゆく国になるのはもはや時間の問題といえ、それよりも時間はかかるかもしれないにしてもインドもいずれは日本を超した国になる可能性は高いといえるでしょう。このことの詳細は翌々日の十六日朝日新聞朝刊にも載りましたが、それによると二千二十年には中国の経済規模が日本・EUをしのぎ米国の次に来てインドも欧州の水準に到達し、両国ともに先端技術の分野で世界の先頭に立っているとされています。両国のエネルギー消費も増えてエネルギー問題も生ずるだろうとされていますが、そのような状況の中で日本経済はアジア経済に統合を余儀なくされるだろうというものです。このような動きはかつての七十年代に日本で起きた二度のオイルショックのような急激な経済変動としては現れてこないかも知れませんが、徐々にそして確実に日本に影響してくるものであろうと思えます。二千二年度から二千四年度までの米国産WTIの原油スポット価格の推移が二千五年一月二十四日の朝日新聞朝刊に載っていますが、それによるとこの三年間で二十ドルから五十ドルへと原油価格は倍以上の上昇を記録しています。長期的に原油は高止まり傾向になることも考えられます。そして日本がこれまでの成功に甘んじ満足して何かに打ち込む熱意を失えばそこには停滞しか生まれませんが、それが金銭的な欲求であっても知識や技術の習得あるいは技能の向上であっても何かに対する渇望が強ければ、その国は将来的にも伸びてくるといえます。何かをしようとする熱心さの差がその後のそれらの人々の差にもなってくるわけです。 世界の中あるいはアジアの中での日本が将来どうなるのかはこれから中・長期的な問題ですが、日本の二千四年度の経済状況はバブル経済崩壊後の三番底からはい上がって、バブル崩壊後の二度の景気回復局面よりも日銀の業況判断指数ではよくなりました。中国経済が好調であることが日本経済に影響し中国特需の恩恵を与えてくれた結果ともいわれます。しかし二千四年十二月十五日の朝日新聞夕刊に載る業況判断のグラフでは七期ぶりに低下したとあります。円高による大企業製造業の収益悪化が原因とされますが、しかしもしこの時点までの日本の為替相場が円安で推移していたとしたら、原油や輸入石炭価格の高騰により、日本経済は違う痛手を受けていただろうと思われます。そして株式相場などでは「山高ければ谷深し」とも相場を表現しますが、バブル経済崩壊の谷の深さほどにはこの時点までの景気拡大の山は高くなったわけではありません。また円高では日本の輸出企業にとってマイナスだと思われますが、実際には円高局面では日本の株価は上昇しているのがこの時点に近い範囲での経験則になっています。その背景には日本の株式市場において最大の投資家が外国人投資家だということがあると思えます。円高になれば為替利益も生まれるからです。しかもユーロは日本の円高以上に高い水準になってもいます。日本経済が幾分回復基調をたどったことにより二千四年度の東京都の税収は三年ぶりに四兆円を超える見込みと二千四年十二月二十二日の朝日新聞朝刊にあります。その月の二十日には二千五年度の日本の国家予算原案が朝日新聞の夕刊などに載りましたが、それによれば二千五年度の日本の国の税収は四十四兆七十億円とされているので、東京都の人口が日本の総人口の一割であるということと、国の税収の約一割に当たる額が東京都の税収と言う正比例した関係になります。それ以外の道府県の人口と税収についても知りたくはなりますが、新聞紙上で紹介されている資料は東京都のみです。経済状況の改善によって幾分か国も地方自治体も税収が増えたとはいえ、これまでのように人口が増加することによる税の自然増収入はあまり期待できない状況が生まれ出つつあるといえる日本経済です。千九百七十年代終盤の大平正芳首相の頃は総人口の増加に伴う税の自然増収入を当てにもできましたがこの時点では到底望むべくもないと言うことです。むしろ総人口が減少しまた今後二十五年間で労働力人口が二十%減少に転ずると予測される時期には税の自然減をどう補うかが問題になってくるでしょう。団塊の世代と呼ばれる部分が一斉に退職時期を迎えれば日本の労働人口も大きく減るわけですが、そのことによる人材の確保のために企業は求人を増やし、二千四年十一月現在の高校生の就職内定率は四年ぶりに1倍を超えたと二千五年一月十三日の朝日新聞朝刊にあります。地域別では東海が85.5%と最高で、最低は北海道の42.7%となっています。かなりの開き、すなわち両者ではかれこれ2倍以上の開きとなり格差が大きいといえます。二千五年一月二十八日の朝日新聞夕刊に載った地域別完全失業率でも北海道5.7%、近畿5.6%、沖縄を含む九州5.5%が高く、東海3.5%、北陸3.7%などが低い方です。東京を含む南関東は4.6%となっています。日本全体の平均失業率は十二月時点で4.4%と六年ぶりの低い水準に戻ったとされますが年率では4.7%で、地域格差はまだ埋まるまでには行っていないといえます。また同じ紙面にはサラリーマン世帯の消費支出が二千四年度は七年ぶりに増加し一世帯当たりの月平均消費支出が三十三万八百三十六円だったという記事がありますが、日本の消費者物価は五年連続でまだ下がり続けており、デフレ脱却はできていない状態です。日本経済は復調傾向をたどったとはいえても元に戻り切れたかというとまだ一つ勢いがないといえるのかも知れません。 日本経済の復調の陰に存在していた中国経済の好調は、二千四年度に日本と中国との貿易額の総額が史上初めて日本とアメリカとの貿易総額を上回ったということで裏付けられるでしょう。対アメリカの輸出入は輸出が十三兆七千二百五億円、輸入が六兆七千五百九十億円ですが、対中国のそれは、輸出が十一兆八千二百七十八億円、輸入が十兆三千七百二十七億円です。対EUは輸出が九兆四千七百四十二億円、輸入が六兆二千七十八億円で、中国を含む対アジア全域では輸出が二十九兆六千四百二十四億円、輸入が二十二兆二千百二十一億円と二千五年一月二十六日朝日新聞夕刊にはあります。日本の貿易相手先はアジア地域がメインになったことが明らかですし、単一の国としても香港を含む中国が最大の貿易相手先になったというわけです。それ以前の時期においては日本の対米輸出は日本の輸出総額の五割を占めていましたが、この時点では対米輸出額は二十二%といわれます。二千五年二月五日にイギリスのロンドンで開かれたG7には、中国・インド・ブラジル・南アフリカの新興国が初めて招かれました。それらの国々が経済面で無視できない新たな大きい存在だということをはっきりと世界に認識させる出来事といえます。中国・インドの台頭は低賃金の豊富な労働力と言うのが最大の強みと言えますが、それらの国との対抗上、日本も製造コストなどの会社の減量経営を強いられるところもあり、日本の多くの企業は賃金をなるたけ削減しようという方策を採り始めました。それが正社員を削減しパート労働へシフトさせるという方策と言えます。そのようなことについての記事が二千五年二月一日の朝日新聞夕刊の記事になって載っていますが、それによると日本の景気回復によって二千四年の正社員の給与が四年ぶりに増加したものの企業がパート労働へ雇用をシフトさせたためにパート雇用の割合が増え、パートの賃金も微増したにもかかわらず全体の平均賃金は減少ということだそうです。パート労働が占める割合は二十五%にまでなっています。一般労働者とパート労働者との平均賃金の減少は0.7%減で三十三万二千四百八十五円となっています。支払われる賃金総額が減少すれば個人消費にも影響しひいては日本経済のデフレ脱却の時期もそれだけ遠のくともいえるでしょう。またアジア諸国が力を付ければ、日本は外交面でアメリカに付き従っていさえすれば何も心配ないといえる条件が崩れつつあるといえます。アメリカとの関係ばかりでなく中国やインドをはじめとする多くの人口を抱える大国とどうつきあうかも重要なテーマになるからです。自国の政治家などの言動によって日本人自身に危険が及ぶことにもなることは十分認識しておくべき事でしょう。日本の政治家の言動のとばっちりがどのような形でどこで誰にやってくるかは、たとえ自分が直接戦争に関与したことのない若い世代であったとしても日本人として自分が相手に認識されている以上、自分たちが選挙で選んだ日本の政治家の言動によって自分にどのようなできごとがおきてくるのかは予測の限りではないことを日本人は意識の中においておくべきでしょう。日本人とは言っても民間人は身の回りにいつも護衛を付けて歩ける人ばかりではないからです。戦時中の日本は国内で軍部が無理を承知で強がれば強がるほど前線の戦場の兵隊達は犠牲が大きくなり悲惨で惨憺たる状況におかれました。この時点では日本の政治家達が靖国参拝を行って国内で調子づけばづくほど海外で活動している日本人にとってはいらぬ心配事や精神的な負担が増えるばかりです。不注意な日本人の政治家達の言動によって対立が生まれたりすれば、アメリカとて対処しきれない事態になることも自覚しておかなければならないと思います。アメリカも手を焼く事態になることもあるのです。アメリカに守られているから日本は勝手気ままな行動ができるなどと日本が思ったらアメリカとて迷惑なことでもあるでしょう。アジアで孤立しアメリカの東京裁判が不当なものだったなどとの言い分が強まる日本が欧米から白い目で見られたり厄介者に思われたりしたとしたら、それは満州事変からはじまり日中戦争で孤立を深め後に太平洋戦争へと突入していって多くの戦没者を生み出す結果になった日本の過去の歴史のパターンに似てきます。 そしてそのような懸念が生まれ出る中で、日本のデフレ傾向はバブル経済崩壊以後どの程度に達していたかについての数字が二千五年三月十日に報道されました。それによれば九十年末から二千三年末までの土地の値下がり額は千二百十兆五千億円、株式は株価のピークだった八十九年末から二千三年末までには四百兆八千億円の損失となりました。国全体の資産はそれでも八千百四十四兆円ありますが、一京円にも達したバブル絶頂期からすればかなりの減少です。土地資産額は九十年末の二千四百五十二兆二千億円からほぼ半分になったそうです。土地関連の損失だけでも日本の二千三年度名目国内総生産(GDP)五百一兆三千億円の2.4倍に当たると言うことです。しかも資産が減少したと言うだけでなく、バブル崩壊以後には公的部門の財政赤字額が巨額になっています。資産は減少し借金が増えている状態です。二千五年三月十一日の朝日新聞夕刊には地方の借金が二千三年度で百九十八兆円とあり、そのグラフから読み取れることは地方の借金は九十年を境に急増し八十年度のかれこれ五倍近い額へと増加してきています。しかもこれに国の借金を加えて考えなければなりません。二千四年度末の国の借金は七百五十一兆一千六十五億円だと二千五年三月二十六日の朝日新聞にあります。国と地方の財政赤字の合計はこの時点で九百四十八兆一千億円ほどになってしまいます。国民一人当たりでは七百八十一万円ほどになる借金です。二千二年度の一人当たり県民所得でトップの東京都は一人当たり年収が四百万円ほどですから、それのかれこれ二年分が借金となります。県民所得で最低の沖縄で考えれば年収二百万円ほどですから四年分になってしまいます。日本の経済成長率が高くなり一人当たりの国民所得の水準がさらに高くなればこの借金を減らすこともそれだけ早くできるでしょうが、中国の成長率が八%台、韓国、インドの成長率が六%台の中で日本の成長率は0.8%と予想されている状態です。中国特需で一息付けそうな日本経済だとは言っても、中国では二千五年四月に入ってから大規模な反日デモが起きたりして、それまで政冷経熱と表現されていた経済的な場面では密接度が急速に深まるような関係で結ばれている日中関係でありながら、政治的な場面では関係の距離が広がり相互の政治的なきしみによって経済にもその悪影響が出かねない状況になっています。その背景には小泉首相の靖国神社参拝などに対する反発で日中首脳会談が開かれず、また日中両首脳の相互訪問も実現しない状態が続いたり、東シナ海の海底資源を巡る問題や、日本の歴史教科書の問題などなど、様々な懸案が日中間に生まれていながらベーカー駐日アメリカ大使が日本を去るに当たって「日本は中国との関係をどうするかを真剣に考えるべきだ」と指摘するほど、日本側が小泉政権になって以来、あるいはその前の森政権以来中国との外交関係にあまり配慮をしてこなかったことなどがあります。中国の反日デモではデモの呼びかけがインターネットで行われたとされていますが、中国のインターネット人口は一億人とされています。日本では世帯割合で行くと八割の家庭にパソコンが入っていると言われますが、中国の人口からすれば総人口の一割にも満たない数とはいえ、五割近いインターネット普及率の日本よりも中国の分母は大きいのでインターネット人口は中国が日本を上回っているというのが実情といえるでしょう。またこの反日デモの背景には九十年代から行われてきた中国の愛国教育があるとの指摘が日本国内でありますが、では日本でこの時点で行われている教育基本法改正に伴う「愛国」「国を大切にする」と文言を巡って分かれてはいるにしても愛国教育の方針を日本はどうするのかという事にも考えが及びます。中国の愛国教育が問題を引き起こしたというなら、日本の愛国教育に対する反面教師にもなり得る出来事だといえるでしょう。 しかし日本が愛国教育を行おうにしても教育を受ける若年層の人口は少子化で減る一方ですし、戦時中の愛国心教育を受けた人たちは老齢化でいずれ日本からは消えて行くわけですから愛国心を持つ人は増えるのでしょうか?若年層で幾分愛国心を持つ人の割合が増えても日本全体での絶対数は減るというのが現実かも知れません。いわゆる団塊の世代の大量退職時代と少子高齢化を迎える日本を経済面から公式に分析したのが二千五年版の『経済財政白書』です。これまで日本の少子高齢化による労働力不足に対しては、「産業の効率化によって生産性を高めることで生産水準を維持できる」との言い分も聞かれていましたが、この白書では日米の生産性上昇率と労働人口増加率の分析から、必ずしも労働力が減少したからと言って生産性が上昇するとは言えないとの結論が出ています。白書では「スウェーデンなどすでに労働力人口の減少が生じている国や労働力人口の伸びが低い諸国においては、相対的に高い労働生産性上昇が実現されている。この中で、我が国は近似線の下方に位置しており、諸外国の平均的な姿と比較して人口増減率に見合った生産性上昇が達成されていない。これらの事実は、・・・九十年代の経済の長期低迷のなかで、技術革新の停滞や生産要素の非効率な配分などの人口動態とは別の要因によって、労働生産性が低く抑えられていることを意味しており、我が国の人口が将来にわたって減少してゆく中で、労働生産性がその分高められるという経路が必ずしも無条件に働くわけではないという警鐘を鳴らしている。」となっています。団塊の世代が退職後、生産活動から離れて年金による一般消費者としてだけの存在になっている間は少子化の影響で生産労働力の生産性を上昇させないと消費を充当できないわけですが、総人口が減少に転じてゆけば消費もそれだけ減少してゆきます。もし生産性の効率化によって労働力が二十%減少する中でも生産規模は十%しか減らなかったとしても、人口が十%しか減らないならば全て消費されるでしょうが、それ以上の人口減少が起これば生産過剰にもなります。この白書の部分で労働力の質の変化(人的資本の蓄積)を定量化した「デイビジア労働指数」 なるものが紹介されています。その内訳となる諸要素は労働属性、年齢、学歴、勤続年数などですが、労働属性による質の上昇は88-89年が-0.05なのに対し00-03年が0.03、年齢が88-89年が0.15なのに対し00-03年が0.34、学歴が88-89年が0.18なのに対し00-03年が0.26、勤続年数が88-89年が0.27なのに対し00-03年が0.22となっています。年齢と学歴に起因して労働の質の向上が実現されていることを表す数字といえます。グラフでは八十年代から九十年代前半までのバブル経済の状態からその崩壊が始まる時期までの期間は就業者数の伸びが労働の質の向上分を上回っていたものが、九十七年から就業者数は減少するにもかかわらず労働の質向上分が上昇しデイビジア労働指数は一貫して上昇し続けてきています。ただ今後の懸念としては労働属性別賃金は団塊の世代が大量退職しても団塊ジュニアが壮年期に入り労働力構成が高齢化して指数は押し上げられるが、転職や長期雇用の減少は賃金をフラット化させ労働の質は伸びが鈍化する可能性がある。また、企業の教育訓練費は従業員の高齢化に伴う退職金の増加や社会保険料の引き上げによる法定福利費の増加によりその伸び悩みが生まれ、企業内訓練による労働の質向上は見込みがたい。そして大学進学率などに見られる高学歴化も教育の質が維持されなければ必ずしも労働の質にプラスに寄与しないなどです。そして「労働生産性の高まりを実現させるためには、@高等教育や社会人教育の質の向上、技術・研究人材の確保等により労働の質を維持していくことや、Aサービス分野を含むイノベーション活動の促進やその成果の効率的な活用等が不可欠な要素となろう。」と結論づけています。学校の教員免許はこれまで一度取得すれば生涯通用するものでしたが、教員免許も更新制にしようとかあるいは教員の再教育として教職大学院での研修制度なども用意されようとし始めています。また大学の教授達もこれまでは一度優れた論文を出せば生涯身分が保障されているようなものでしたが、これからは何年かに一度ある程度の水準の論文を提出しなければその地位が保証されないような制度に変わりつつあります。外資系企業などは個々の従業員の成果の評価が四半期毎に下されるのが当たり前ですので、教育制度の中にも常に自己研鑽しないとやって行けないという条件が生まれ出つつあります。団塊世代の大量退職時代を控えて、それまで団塊の世代が蓄積してきていた知識や技能あるいは技術を若い世代に如何に伝達して行けるかも課題になってきています。それは各企業の職場での企業内教育がうまく実現されてゆくかという問題でもあります。しかしそれには費用がかかります。定年退職した団塊の世代を嘱託制度などで再雇用して、幾分安い賃金で社内の若手従業員の教育に当てる必要もあるかも知れません。職場の現場の特定の分野で長年働いてきた人たちは仕事上で長年の経験から生まれる「勘」と呼ばれるまでの技術的なものを体得もしています。「勘」も厳密に計れば数値化できる部分もたくさんあるのでしょうが、全ての経験を数値化して後の世代に受け渡すのは至難の業でしょう。「勘」と呼ばれるほどの微妙な作業ができる人がいて初めて産業用ロボットなどの製作が可能になっている部分も存在します。産業用ロボットはいかにして優れた技能の持ち主の働きを機械に置き換えさせることができるかと言うことをテーマにして作製されるからです。前世代が試行錯誤の上で導き出してきた知識や技能・技術の結果を次の世代に受け渡すことは、次の世代がその分野で試行錯誤に費やす時間を短縮し早く同じレベルの知識水準や技量に到達させることができます。それが教育の与える効果でもあるでしょう。また学校教育の場合は二千七年度には大学全入時代が始まり受験年齢に達した人は全員大学生になることが可能になりますが、大学受験の志願者数は千九百九十六年度が百十万人だったのに対し二千七年度のそれは七十万人となり二千十四年度には六十五万人程度にまで低下します。そのため各大学の定員割れなどがおき、それを回避するために大学は授業料の引き下げに踏み切る可能性もあり、そうすることで教員の確保が十分でなくなって教育内容の質が低下してしまう懸念もあるとされます。「イノベーションの担い手となる科学技術人材の質・量の面での確保が重要な課題となるが、学部・学科の再編や定員のスリム化、カリキュラムの見直し等を通じ、各大学の創意工夫による質の高い教育プログラムの提供等が課題となる。」と白書は述べています。日本の生産性の向上を可能にするには教育を含めて日本の生産要素の再編成と再配分が必要になるかも知れません。生産要素は人・物・カネ あるいは経済学では一般的に土地・労働・資本と言われます)、そして人や物に付随している知識・技能あるいは技術(知識や技能は書籍の形やインターネットのページなどでも移転が可能ですが、その著者自身から教わることが最も豊富な分量が得られるので人の移動という側面も必要かと思われます。技能や技術も職人や技術者から直接手ほどきを受けた方が効果は高いでしょう)などですが、それらの地域間の再配置も重要になって来るかも知れません。東京に集中しすぎた機能を地方に分散させたり、東京の中に蓄積されている知識や技術を積極的に地方に移転させてゆくことでも日本の生産性を上げることに寄与する局面が生まれるかも知れないわけです。また様々な分野の高等教育を受けた人材が日本の各地に分散して存在することは日本の社会の厚みを増す事にもなってくるからです。もし東京という地域での生産様式の生産性が非常に高いものであると仮定すれば(そのように仮定するのは、東京の一般的な賃金が他の地域よりも平均的に高いからです。生産性が低いにもかかわらず賃金だけが高いというのであればそのような経済は長期的にはやって行けなくなる構造だからです)、東京都内で密集して生産性をそれ以上に上げようとした場合にはすでに生産性が高い水準にあるので五%しか伸ばせなかったものが、生産性のもともと低い地方に東京の効率的な生産様式を移植し導入するとその地域の産業の生産性が10%伸びるとしたら、東京の生産様式を地方に移転するためにも人材の移転が必要になり、そのようにすることによって日本全体の生産性は上昇することが期待できるからです。必ずしも東京にある産業を地方に移転することではなく、地方にある産業に対してそれを効率化して運営する方法を移植することでもよいのです。すなわちマネッジメントのソフトウエアを移転することもできるはずです。二千五年九月十九日の敬老の日の新聞には日本の六十五歳以上の高齢者の割合が五人に一人すなわち20%を超したとあります。また十年後の二千十五年にはその割合が四人に一人すなわち25%になるとされています。少なくともここ当分の間は高齢者の増加による需要を減少する現役就業者で埋めてゆかなければならないようです。二千五年版の経済財政白書では上に述べた人口の波による消費の動向も分析されています。それによれば「ここ数年は団塊の世代を含む50歳代と60歳代の(消費性向)の伸びが安定して高いことが分かる。消費性向の水準は総じて高年齢層において高い傾向があるが、ここ数年は団塊の世代を含む50歳代や60歳代の勤労者世帯、高齢者無職世帯において、後述するような保健医療関連支出に加えて、旅行など教養娯楽、交通・通信や食料と言った分野を中心に伸びが大きいという特徴がみられる。特に、サービスへの支出は全ての年齢層の消費性向の上昇に寄与している。高年齢層の消費性向の高まりの背景には、消費支出の増加よりも可処分所得の減少によるラチェット効果を反映した面があることに留意する必要があるが、高齢者無職世帯や若年世帯においては消費支出の伸び自体が消費性向の上昇に寄与している。」簡単に言えば、所得が少なくなる中で消費をそれに応じて切りつめられなければ消費性向は上昇すると言うことです。一般に高額所得者よりも低所得者の方が消費性向は高くなります。所得が減少すると言うことはそれまでの所得階層よりも所得の低い階層へと階層移行するわけですから、それだけでも消費性向が上昇することも頷けます。その所得階層の消費性向に比べて所得が低下したためにその所得階層に新たに参入した人達の消費性向が幾分高くなるとしたらその部分がラチェット効果というべきものになるでしょう。所得も上昇しそれに応じて消費も伸びているのであれば、消費性向に変化がなくても消費支出は増加するからです。ですが消費支出を切りつめてもそれ以上に所得の減少幅が大きい場合には消費性向は上昇してしまいます。この時点での日本経済は長引く不況から脱出して景気も踊り場を抜け出し株の取引量は二千五年九月中旬にはバブル期を上回る史上最大の取引量を記録するようになっていますが、まだ賃金が大きく上昇すると言うまでにはなかなかなっていません。マクロで年代的に見たときの日本の消費性向の変化の様子もグラフとして載せられていますが、それによると日本の消費性向は八十年から八十五年頃には七十八%ほどだったものが九十年には七十六%、九十五年から二千年にかけては七十二%ほどへと落ち込んでいます。バブル経済で収入が増えたためにある程度支出を増やしても消費性向が上がらなかったのと、その後のバブル崩壊による長引く不況で消費者が消費支出を切りつめたと言うことかも知れません。二千二年度頃からこの消費性向は上昇に転じ、二千四年頃には七十四%ほどまで回復しています。消費が大きく上昇するには画期的な発明による新技術を使った新商品が開発される必要があります。そのような商品はそれを使ってビジネスをし成功をつかむ可能性を若い年代層へ与えてもくれます。マイクロソフトのビル・ゲイツが富豪になれたのも、コンピューターの発明ことにパソコンの発明があったからですし、日本でIT長者と言われる若い世代が生まれ出たのもパソコンとホームページ作成ソフトなどの普及があった結果です。新規産業は新しい発明品の結果であり、新しい発明品を使い慣れるのは若い世代とも言えます。多くの年長者達は既存産業に従事してしまっているからです。しかし新規産業と言われるデイジタル全盛の世界と言っても、コンピュータ化されたとの別名を持つデイジタルという数字化されたという意味の世界でその根幹をなす二進法自体は十七世紀のライプニッツの業績があってのことであることは忘れてはならないことなのでしょう。それ以外にもアラン・チューリングやプログラム内蔵型という現在のコンピューターの原型を作ったフォン・ノイマンそして形式論理学でAnd・Or・Notの「思考法則の三原則」を述べた十九世紀のブール代数の創始者であるジョージ・ブールなど多くの過去の天才達があってこそのIT長者といえます。また未来型コンピュータと言われる量子コンピュータもノイマンの研究が基礎にあると言われます。このような条件の中では、教育は学齢期にある若年者への学校教育ばかりでなく企業内教育や社会人教育そして社会人大学院の教育あるいは中高年の再教育などが必要とされてくる場面も生まれてきます。教育を受ける必要のある世代は必ずしもこれまでように義務教育年齢の人たちだけにとどまってはいないのです。教育基本法改正の議論も出てはいますが、それは学齢期にある児童・生徒が対象であるのでしょう。熟練した技術を中高年世代は若年労働者に指導できても、新規分野の教育などは中高年が若年層から習得しなければならなくなります。教育基本法の改正を唱える人たちが想定している教育を受ける人々とはどのような人たちなのでしょうか。生涯学習を含め学ぶ年齢を問わないかなりの高齢者までが学ぶ機会を得ている時代を反映する教育基本法の改正であるべきですが、果たしてどうかです。少なくとも現在の日本は六歳から二十一歳の年代だけが教育を受けているわけではないからです。早稲田講義録の北川正恭教授の『日本再生は地域からー行政経営は、こう変わるー』では、「私が教えているのは大学院ですから、学生の平均年齢が三十五〜六歳です。・・・大学にとっては十八歳から二十二歳までのフルタイムの学生も大切なマーケットでありますが、昨今は社会人学生が増えました。三十歳になった時[こういった資格がないと取引先企業から認められないから]とか、四十歳になった時に[この資格だけは得ておかないとポジションにつけないので]と言う方が入学してこられます。・・・私は二十年ほど前、国会議員としてアメリカ・カリフォルニアのUCバークレーという大学に視察に行きました。そのときフルタイムの学生が三万九千人と言うことでした。そしてパートタイムやウイークエンドあるいはサマーバケーションだけに学ぶ学生が五万一千人と言うことでした。・・・アメリカは右肩上がりの経済ではなく坦々とした経済ですし、終身雇用ではありませんので、資格を取って勝負をしてゆくのが当たり前なのだなとおもいました。」と書かれています。日本もアメリカに似た方向へと向かう傾向を持ち始めており、戦後の時点で作られた教育基本法でも想定していなかったような多様な分野の教育が日本国内では生まれ出ています。しかも日本人はアメリカ人よりも平均して男女とも長生きです。そのような中で戦前の教育勅語の時代に教育を受けた古参の有力政治家などが唱える教育基本法の改正案とはどのようなものなのでしょうか?それらの方達が学生時代を過ごした時代とは様変わりしているのが日本の教育事情の現実だからです。 そして上でふれたラチェット効果と呼ばれるものを裏付けるのではと思われる二千四年度のサラリーマンの平均給与が七年連続で減少したという経済データが二千五年九月二十九日の新聞各紙などに発表されました。民間企業の従業員の平均給与は前年を五万一千円下回る四百三十八万八千円となり、給与総額は百九十五兆四千百十億円で前年より二兆八千五百二十九億円の減少とされます。企業業績は過去最高を記録する企業も出て来ているとは言っても、パートやアルバイト労働などの安い労働力に雇用をシフトすることによって企業は人件費を削減する方向であるためにこのような結果になったといえます。したがって景況感なき景気回復というのがサラリーマン達の実感かも知れません。就業者数は前年より十三万人減って四千四百五十三万人とされます。パートやアルバイトあるいは派遣労働が増えれば正社員の給与も抑制気味か削減の方向に動く可能性があります。なぜなら正社員も安い労働力と競争状態にはいるからですが、賃金が抑制傾向か低下傾向になればそれに応じて支出を切りつめなければならず、それが十分に行いきれない場合には消費性向が上昇するというラチェット効果が生まれることにもなります。少なくとも給与総額が減少しているところでは消費性向が上昇する下地が十分にあると言うことです。バブル経済の時点での日本の労働分配率はかなりの高水準にありました。そのため日本経済は設備投資と個人消費がともに旺盛でしたが、この時点では設備投資の伸びに比べて個人消費は堅調とは言われながらもその伸びは設備投資に比べて遙かに低い状態です。二千五年度の個人消費の伸び率は前半は好調だったものの後半は息切れをして年間では0%の伸びで、設備投資は0.5%になるだろうと予測されています。データをまだ私は目にしていないのですが、多分この時点での日本の労働分配率は企業収益が好調であってもバブル経済時点よりもかなり低く抑えられているのではないでしょうか。また労働市場の規制緩和で派遣労働が生まれ派遣会社が多数生まれものの、派遣会社という体裁のいい名前を使ってパソコンと携帯電話という新しい手段を介在させているとはいえ労働者からピンハネをするどや街の手配師を連想させる手法も採っていそうです。そして日本の経済競争力は世界経済フォーラムによるランキングでは二千五年には前年九位から十二位へと低下したとあります。一位はフィンランド、二位米国、三位スウェーデン、四位デンマーク、五位台湾、六位シンガポール、七位アイスランド、八位スイス、九位ノルウェー、十位オーストラリア、十一位オランダで日本のすぐ下の十三位英国、十四位カナダ、十五位ドイツとなっています。技術力はトップレベルではあっても財政赤字や公的債務の大きさなどで順位が低くなっているようです。財政赤字や公的債務を減らそうとなれば増税も予想されます。給与が減り増税となればサラリーマンをはじめとする勤労者の生活はかなり厳しいものともなり、その中で自己のレベルアップのための自己教育や自己啓発の自己投資費用などを工面しなければ日本の産業競争力も低下して行かざるを得なくなります。学齢期を過ぎて社会人になっている人にこそ能力アップのための自分への投資が必要性になってきます。二千五年十月時点では日本の東証株価の日経平均が一万三千円台後半まで持ち直して、株の保有割合が年齢が上がるにつれて五十代から七十代に至まで順次高い保有割合になっている年代の人にとっては金融資産の増加になり、その階層の個人消費が増加するのではと期待されています。またこの株価の上昇で銀行の含み資産が大幅に改善し四十%の増加になったので、銀行のこれまでの守りの姿勢が幾分攻めの姿勢に転ずることで、市場への資金供給も増えるかも知れませんが、最終消費である個人消費の上昇にどれだけ寄与できるかが問題になるでしょう。またどのようにしても今のままでは日本の総人口はいずれ減少に向かうので日本の国内市場(マーケット)の縮小は避けられないものとして覚悟しておかなければならないかも知れません。そして不必要なところへの資金は削減しても本当に必要な部分への資金供給はしておかないと、日本経済の競争力の先行きが保証されないことになってきます。何が本当に必要な投資で何は無駄な出費かを見極めることは個人のレベルでも社会のレベルでも難しいことだとは言っても、それを間違えれば将来大きな痛手となって跳ね返ってくるわけです。そして消費性向は上昇していないにもかかわらず個人消費が伸び日本経済がデフレを脱却することができればそれに越したことはありません。二千五年十一月十八日に朝日新聞朝刊には九月中間期の日本企業の収益が最高になった記事が載っていますが、それに伴って給与が上昇していればそれだけ内需も盛り上がることでしょう。二千五年十一月近辺における日本経済の回復過程が、企業収益の場面で売上高・経常利益ともに最高レベルに達しているのは、それまでが経常利益は上昇しても売上高は上昇していない中でのことで結局は人件費などの経費削減によって経常利益を上昇させていた場面からさらに回復基調をたどっていることが示されていると言えるでしょう。賃金を抑えめにする選択を企業が採れば収益は上がっても内需に跳ね返ってくる力が押さえられてしまいます。ただ日本経済は短期的には持ち直し始めているとはいえ二千十年代の中盤にはGDPで中国が日本を追い抜くという内閣府の試算があるそうです。そのときに日本は何を自分の立つ瀬とするのかも考えなければならないことでしょう。その頃からは日本の総人口も減少に転じているので、日本は国際社会の中での経済規模の順位が急速に低下してゆくのかも知れません。一路転落の道も考えられてきます。 短期的には日本経済は回復基調をたどっているが、長期的な展望にはいくつもの懸念材料があるというのが二千五年末時点での現状だと言えるのではないのでしょうか?二千五年十二月四日の朝日新聞朝刊には主要百社の調査結果としての記事が載っていますが、それによれば景気が回復・拡大基調をたどっているとする企業が九割を占めています。企業業績は回復しつつあり次年度の設備投資もかなり強気の姿勢を企業はとっているようですが、百貨店・スーパー・コンビニなどの小売業界までにはまだ波及するまでにはなっていないようです。「今後一年間の個人消費と所得は?」と言う質問に対しての答えのグラフが記事にありますが、それによれば個人消費に関しては二千五年六月時点では緩やかに回復が62%だったのに対し十一月時点ではそれが70%に伸びています。また、所得に関してはやや増加が二千五年六月時点では63%なのに対し、十一月時点には72%へと上昇しています。全体的には先行きに明るさが見え始めていると言ってよいのでしょう。この時点での日本経済の復調に水を差す可能性があるものと言えば、中国経済・アメリカ経済の動向と原油価格がどのように推移するかが最も大きな関心事と言えるでしょう。一方、長期的な日本経済の懸念材料の一つは人口の減少ですが、日本国内の人口動態を含めて経済産業省が予測した二千三十年時点での日本の各都市圏の経済規模の変動が同じく二千五年十二月三日の朝日新聞朝刊に載りました。それによれば、伸びが大きいのは沖縄県各市と巨大都市東京で、大きな縮小が予想されるのが北海道や大分あるいは広島などです。全体的には九割の都市圏が経済規模の縮小に見舞われるだろうと予測されています。東京都市圏や政令指定都市圏はまだ域内総生産(GRP)が増加するものの、人口十万人以上ないし人口十万人以下の中小都市圏は大きく減少してゆくと予測されています。「研究会は、人口減の影響を、小売業など生活密着型産業が厳しい状況におかれる。住宅や学校などが遊休化し、維持コストが地方財政を圧迫するーなどと分析した。」となっています。少子化で若年人口が増えずにいる状況の中で人口流入がある地域はまだいいでしょうが、少子化で人口が減りさらに人口が流出してゆく地域は大きく落ち込むと言うことにもなるでしょう。「自分はいい目を見たい」と多くの人たちが東京圏へ流入しても、全体としては「日本は地方から枯れ始めていってしまう」と言う状況になるのかも知れません。東京都は出生率が全国最低でありながら東京圏の域内経済は大きな伸びを示すとしたら、それは他地域からの人口流入の結果以外の何者でもないことだからです。二千五年十二月二十七日の朝日新聞夕刊には国勢調査の結果の全国の都道府県の人口増減率が示されていますが、それによれば日本の総人口が一万九千人の減少になった中で人口増加率が最も高いのは東京都で4.2%の増加率で二位の神奈川県の増加率は3.5%です。東京都は人口が最大で出生率は全国最低・人口増加率は全国最高と言うことは、如何に流入人口が多いかを証明しています。そして他地域からの人口流入で持たせたとしてもそれもいずれかの時期には流入人口が先細りになり減少する時期を迎え、東京の出生率は低いのですから最終的には東京圏も枯れてゆかざるを得なくなるのかも知れません。これら少子化による人口減少の社会において「郊外化の進展は長期的には中心市街地だけでなく郊外を含めた都市全体を衰退させるリスクを高めている。」という趣旨の東京工業大学教授の中井検裕氏の『都市機能の拡散を止めよ』という記事が二千五年十二月七日の日経新聞朝刊に載っています。まちづくり三法(中心市街地活性化法、改正都市計画法、大規模店舗立地法)の見直しに関連した記事ですが、「住宅はもちろん、大規模商業施設をはじめとする様々な都市機能が、規制の緩いこれらの地域に立地するようになった。都市機能の拡散を推し進めたのは、緩い土地利用に乗じた民間だけではない。市役所、病院、大学と言った公共公益施設もこぞって地価の安い郊外へ移転した。・・・・市街化調整区域における計画的大規模開発は、成長が当然だった時代に、市街化区域の予備軍的な位置づけから認められたものである。人口が減少し、市街地の計画縮小さえ求められる時代にあっては、許可の必然性はもはや失われた。」と述べられています。東京圏の膨張も、郊外の都市化もいずれもが人口の増加を前提にして考えられているとするならば、大規模な移民受け入れ政策に日本が転じると言うことでもない限り、少子化による人口減少が予想される日本ではこれまで通りには行かない問題が生まれ出るのは当然のこととなってきます。郊外の都市化がそれまでの都市部と相まって共倒れし地域経済を最終的には衰退させるとは言っても、では、郊外は都市的機能の便益を受けられないままでいなければならないのかと言えば、郊外の人たちにとっては不満も生まれ出ることでしょう。東京ばかりに機能が集中して、東京にいる人間ばかりが多大な経済的利益にありつけることに不満を持つ日本人が存在しないかと言えば、都市間の不公平な状況を問題視する人も存在しうるだろうと私は考えます。東京を市街地と考えればそれ以外の道府県にあたる地域は郊外とも言えるような国土の作りになってはいないかと言うことなのです。その記事には「ではなぜ、こうまでして都市機能の拡散を止め、中心市街地の再生を進めなければならないのか。集積のメリットが失われる、都市経営のコストが上昇する、高齢者など自動車を利用できない交通弱者の利便性が低下する、地球環境と地域の自然環境への負荷を増大させる、地域の文化とコミュニテイーを弱体化させ、ひいては地域経済の発展を妨げるなど、様々な理由を挙げることができるが、一言で言えば、持続可能な地域社会と地域経済を構築するためである。」とあります。集積が極度に進みそのメリットを最大限生かしてできている都市が東京であり、その東京は域外からの人口流入を当てにしなければ自己の地域の人口を維持することが最も難しい都市といえます。すなわち東京は自己地域での出生率を前提にしていたのでは東京に集積している産業そのものを支えることが到底できない最も激しい衰退が最初に起きてもおかしくない人口減少地域です。集積させることのメリットとデメリットの双方ともが東京という都市に体現されていると言えるでしょう。集積させることで経済は膨らんでも、その地域では子供を産み育てる条件が劣悪になると言うことです。東京のように集積させすぎても出生率は極端に低下するのだとしたら、どの程度集積させどの程度分散させれば日本全体のまた日本の各地域の出生率が最大化するのかを考えなければならなくなります。日本の出生率が最も高い地域を調べだしその地域の都市機能と郊外の配置や産業構成そして人口の年齢別構成並びに域内・域外の人口の流入出ことに子供を産める年齢層の若い世代の流入出を分析してモデルとすることも必要なのではないでしょうか。日本の都道府県別出生率で最も高いのは一位が福井県、二位が山形県などです。そのような出生率の最も高い地域を一つのモデルにして、そのような地域の構成に近づけるように日本全体の構成を整える必要もあるのではないでしょうか。二千六年一月三日の朝日新聞朝刊には日本の公立小中学生の修学援助の状況が各都道府県別に示された表が載りましたが、それによれば就学援助が最も低いのは静岡県で4.1%、二位が山形県の4.8%、三位が栃木県で4.9%、四位は茨城県で5.1%、六位が福井県と岐阜県で5.4%です。就学援助が多い方は一位大阪府で27.9%、二位が東京都で24.8%です。大阪や東京は四人に一人が文房具や給食あるいは修学旅行の代金を援助してもらわなければ子供の教育に支障が生まれるという状況が透けて見えてきます。最も支給割合が高いのは東京都足立区で40%と言われます。各都道府県や市区町村で支給基準が異なっているとはいえ日本を代表する二大都市である東京と大阪は必ずしも子供の教育において恵まれた環境ではないという親の条件が存在しているようにも思えます。出生率が高い地域の方が就学援助を受ける人の割合は少ないとも言えます。大都市は子供を産み育て教育を与える上では環境が厳しいことの裏付けのようです。また割高な私立の小中学校へ通わせ家庭教師を付けたり塾へ行かせたりそれ以外に習い事にも通わせたりできる余裕のある家族がいる一方で、割安な公立学校であるにもかかわらずそこですら満足な教育を与えることのできない家族も大都市には多いと言うことのようです。新しい時代が日本に始まったかに見えても何かこのような状況は日本が一昔前すなわち六十五〜七十五年前あるいは四十〜五十年前の時代状況に逆戻りしただけのような感も否めません。また過度の都市化と集積は経済を膨張はさせても出生率の低下を加速させてしまうのであれば、必ずしも集積させることだけが人口減少社会の特効薬とばかりは考えられないからです。アメリカの経済学者ポール・R・クルーグマンは『経済発展と産業立地の理論』という題の書物を書いていますが、アメリカのような移民国家ではない日本が人口減少社会を迎えるときには経済発展と産業立地プラス出生率という基準で考えなけれならないのではと思うのです。東京が人口減少の影響でにっちもさっちもいかない状況になりでもしない限り、地方が人口減少で死滅し始めても日本の政府が移民を受け入れるような決断に踏み切ることはないでしょう。日本は自分の純血主義を守りたがる気風が強いと私には感じられるからです。この時点での日本の少子高齢化に対して日本にとって必要とされる移民の数は年間六十四万七千人ずつという数字が国連の報告で出されていると二千六年一月二十九日のNHKのドキュメンタリー番組で紹介されています。日本経済を樹木にたとえれば地方の集落などはひげ根すなわち毛根であり、日本が移民受け入れに方向転換しないとすれば毛根の部分から徐々に枯れて行き地方都市である側根そして関東圏の主根に向かって枯れが進行し最終的には幹と枝葉の部分である東京にも枯れが及んで葉も実もつけない状態になる場合も考えられると言うことなのでしょう。二千五年十二月二十二日には日本の総人口が明治三十二(千八百九十九)年以来百六年目にして初めて減少したことが厚生労働省から発表されました。予想よりも一年早い人口減少の開始となってしまったのです。年初に流感で死亡する人が増加し、しかも少子化が進んでしまった結果と言われます。そして総人口が減少に向かえば世帯数も減るのは当然と言えますが、日本の総世帯数は二千十五年をピークとして減少傾向に入るのでそれにつれて日本の住宅需要も二千十五年をピークとして減少に向かうと予測されています。住宅需要が減れば地域間で違いはあったとしても不動産価格の下落が起きる地域が増加もしてくることでしょう。 中長期的な動きとしては日本経済は少子高齢化の影響を受けながら推移してゆくと考えられますが、短期的には日本経済は二千五年末の時点では戻り基調が明らかなようにも見えます。株価は二千三年年初の七千円台を底として以後上昇基調になり二千五年には急激な回復基調となってミニ・バブルと呼ばれるようなバブル後最高値の一万六千円台にもなろうとしています。年間の株式売買高はバブル期を超えたと言われますがバブル経済時点の最高値三万八千九百十五円からすればそれでも半分以下の水準だとは言っても、底からははい上がり始め勢いが出て来ていると言っていいようです。ただし、二千一年時点では四十二万円ほどあった各世帯の可処分所得は二千二年には四十万四千円ほどになり二千三年に四十万六千円ほどの一つの山として幾分増加したものの、二千四年にかけては四十万三千円ほどに減少し二千五年も引き続き減少するだろうと予想されているグラフが二千五年十二月二十日の朝日新聞夕刊に載っています。可処分所得の減少は給与総額が減り社会保険料が増える中で起き始めていますが、二千五年末におけるボーナス支給額が増えバイトの賃金なども人手不足になり始めている中で引き上げられる様相が生まれ出始めているので、その後のさらなる社会保障の費用負担額の増加と定率減税の廃止や増税そして賃金の増加との関係でどのように可処分所得が推移するかが個人消費の動きを決めるとも思えます。可処分所得が増加し個人消費が回復すれば日本経済はデフレから脱却もできるでしょうが、賃金の増加を上回る増税にでもなれば日本経済のデフレ状態は続くと言えます。先の国勢調査の人口減少の記事と同じ朝日新聞の紙面には二千五年十一月の日本の消費者物価が二年一ヶ月ぶりに0.1%上昇したとあります。しかしその背景は原油の値上がりによる物価の上昇という要因が大きく、個人消費が旺盛になったための消費者物価の上昇とは言えない側面があります。必ずしも好景気で個人消費が盛り上がりを見せた結果デフレから脱却し始めたのではないところに問題があるわけです。二千三年度の日本人の平均貯蓄額は一千六百九十万円になっているとされますが、平均以下の世帯が七割近くで最近のデータでは預貯金ゼロの世帯が四世帯に一世帯とも言われています。また日本人の平均貯蓄額はかつてよりも大きくなっているのも事実ですから、持てるものと持たざるものの両極が形成されていわゆる「格差社会」が出現してきていると言ってもいいようです。小泉構造改革が多くの人に幸せをもたらすものかそれとも格差を作り出しそれが固定化してしまうものなのかがこれからの問題とも言えます。小泉首相が解散を宣言して行われた二千五年の衆議院総選挙で郵政民営化に反対した亀井静香氏の対抗馬として担ぎ出した堀江貴文氏率いるライブドアは二千六年一月十六日に証券取引法違反などの容疑で家宅捜査を受け、それに伴って十七日、十八日と東京証券取引所の平均株価は二日連続で四百円以上の下げを記録しました。バブル経済後の勝ち組とされヒルズ族の代表的人物とされた堀江氏ですが、その栄光にも影が差し始めたとも言える出来事です。しかしそれのみならず、日本の証券市場に対する信頼を損ねたことの影響の方が大きいかも知れません。一月十八日には・ショックで東京の取引が全面的に停止されるような事態にもなりました。果たして日本の東京市場が世界の中で大きな位置を占めていると言っても、そこに上場している企業は世界で一流と言われる経営形態や経営手法すなわち世界で一流と言われる利益のあげ方をしている企業なのかと疑われても仕方のない事態だと言ってもいいでしょう。日本の株式市場に対する信頼が揺らぐとしたら、それはライブドア一社の株式価格が低下することによって被るライブドア社や経営者である堀江貴文氏の損失よりも遙かに大きな日本経済に対する痛手となるでしょう。勝ち組・負け組と騒がれ日本の経済社会は生活保護世帯は二千一年度が七十八万世帯だったのに対し二千四年度は百四万世帯に増加、非正規雇用者数は二千一年度が千三百六十万人から二千五年度には千六百五十万人に増加して二十七%から三十三%に、また女性だけに限ってみるとその割合は二千五年に五十三%にまで達していることが二千六年一月十九日の朝日新聞朝刊に示されています。改善してきていたのは日本の株価と不良債権の減少、企業倒産数などでした。その記事の中に竹中経済財政相(二千一年当時)の「弱くなっている経済を強くするには、フォロンテイアに立って走れる人に頑張ってもらわなければいけない」という法人税減税に関する言葉が載っていますが、この言葉は、かつて中国の改革開放路線を率いたケ小平氏の「どんな色の猫でもネズミをとる猫はいい猫だ」という言葉に似て私には感じられてきます。確かに日本経済にとって新規分野を開拓し稼ぎ頭になって行ってもらう産業は必要ではあるのですが、それら主にIT関連分野の企業が勝ち組と言われるようになってから勝ち組の雄の一つと思われたライブドアが問題を起こしました。少なくともその時点ではライブドアはソフトバンクや楽天とともに日本のIT産業の三大企業の一つと思われてきていたからです。ライブドアの事件は猫なら猫らしくネズミを捕っていれば問題はなかったのですが、猫であるにもかかわらず楽をしようとしてネズミ取りの罠を使ったところに問題がありました。IT分野は日本が国の方針としても推し進めて行かなければならなかった産業分野での出来事だったとも言えるでしょう。小泉構造改革の中での竹中大臣が掲げる方針でありIT化社会は日本の目標でもあったからです。 そして中国経済は二千五年度のGDPの伸びが9.9%で総額は日本円で約二百六十兆円となりフランスを抜いて世界第六位になったと二千六年一月二十五日に各メデイアで報じられました。六年間で倍増したとされますが少なくとももう四〜五年は中国の高度経済成長が続くとしたら、早晩日本に追いつき追い越すものと考えてもおかしくない数字といえます。日本の二千三年度近辺のGDPはほぼ五百兆円ですから二百六十兆円の中国のGDPが倍増すれば日本を上回ることになると言うわけです。インドもいずれは大きな存在として世界経済の中に登場してくることでしょう。そのような中での日本経済は二千五年十二月の有効求人倍率が十三年三ヶ月ぶりに1.00倍に回復したと二千六年一月三十一日にマスコミで報じられました。その日の朝日新聞の夕刊によれば倍率が最も高い愛知県が1.61倍であるのに対し最低の沖縄県は0.41倍と地域間格差が大きくなっています。愛知県に次いで有効求人倍率が高い自治体は、二位が群馬県の1.59倍、三位が東京の1.54倍、四位が三重県の1.50倍、五位が福井県の1.39倍で、沖縄県に次いで有効求人倍率の低いのが青森県の0.44倍、次が高知県の0.48倍その次は長崎県の0.55倍、下位の第五位は鹿児島県の0.58倍となります。北海道・東北と沖縄・九州・四国などが落ち込んでいるのが現状です。日本が抱える格差の問題は個人間あるいは世帯間あるいはの経済格差ばかりでなく地域間格差も存在していると言うことです。男女共同参画社会の名の下で男女雇用機会均等法が作られましたが、しかし男女の別なく地域間での雇用機会は大きく不均等になっているのが実状だと言えます。地域間雇用機会均等法でも準備すべき所ですがそれはどのようにすれば可能になるのかです。選挙における一票の格差が違憲か合憲かの話はよくマスコミで流れますが、果たして雇用機会の地域間格差はどのくらいにまで拡大すれば違憲になるのでしょうか。それとも憲法にはそのことに関する条文がないので雇用機会の地域間格差はいくら大きくなっても法的には問題にする必要はないと言うことなのでしょうか。また有効求人倍率がたとえ高くともその全てが正社員として求められているわけでもないようです。そして有効求人倍率が十三年間にわたって1.00を割り込んでいたと言うことは、かなり長い間日本経済が低迷していたことの証であるといえますが、その景気循環の長さは低迷期間がこれまでの景気変動の時間的な長さの倍以上にも及ぶものであることは戦後の日本経済が経験したことのない長さだったといえます。日本経済の中成長が止まって低成長時代に突入する頃から日本の格差は生まれだしてきていたと言ってよいでしょう。「千九百二十年代から三十年代初め、日本の主要企業は利益の三分の二以上を配当として支払い、六パーセントほどが取締役のボーナスで、社内留保はわずか二十五パーセントに過ぎなかった。千九百六十六年から七十年を見ると、対照的に利益の四十三パーセントが配当で、取締役のボーナスはわずか二パーセント、そして五十五パーセントが再投資に回されている。・・・戦前と戦後の日本の相違は、貯蓄率や国内総生産にしめる消費の割合にも反映されていた。現在、消費が国内総生産にしめる割合は六十パーセント以下だが、二十年代には八十パーセントだった。現在のアメリカとほぼ同じである。さらに所得のうち貯蓄に回される部分は今では約二十パーセントだが、戦前は五パーセントに過ぎなかった。高い消費性向によって、最終消費財の輸入の多くが吸収されていた。これも、戦後数十年はなかったことである。アメリカの貿易交渉担当者が千九百八十年代から千九百二十年代にタイムスリップしたら、もっとアメリカのようになれと日本に要求はしなかったろう。当時の日本は現在のアメリカ流の資本主義に酷似していた。」以上はリチャード・A・ヴェルナーの『円の支配者』からの引用ですが、戦前の日本経済は自由放任の資本主義で失業率も二十五パーセントという高い割合の社会であり貧富の差も大きかった社会だったということが示されています。この本は日本のバブル経済の発生とその破綻そしてそれに続く十年以上の極度の不況に関して日銀がどのような役割を果たし何を目的として行動したかを述べていますが、先にも示した『千九百四十年体制ーさらば戦時経済ー』で扱われているテーマに類似するところがあります。戦後と言われる時代の日本経済の成功は戦時中に作られた国家総動員令による総生産力理論によって達成されたという趣旨だからです。総生産力理論でそれまでの軍需物資を生産していたものを民需品の生産に切り替えて行われた戦後の日本経済の復興は戦時経済体制を残しながら経済的な躍進に大いに貢献したわけですが、その戦後経済が行き詰まりを迎えてアメリカ型資本主義の要素を日本に取り入れようとし始めた頃から格差社会の問題が生まれ出てきたというわけです。戦後の日本経済が戦時体制で運用されていたとしても、戦時中と同じく軍需物資や兵器を総力戦体制で生産していたのなら国民の生活は貧しいままだったかったかも知れませんが、戦後は民需品である大衆向け商品を国家総動員の総生産力理論で作り出す社会に変更されたので多くの国民がみんなで頑張ればみんなが豊かになれるという希望を持つことができ、戦時中は遊んでいる人間がいたのでは国家の総力を発揮できていることにならないので生産のために勤労奉仕などで国民を総動員したように、人的資源の無駄を生まないように失業率を非常に低い水準に維持した経済を戦後の日本経済が達成していたわけです。戦時中に日本の支配層にいた官僚達が戦後も支配の中枢に居座り続けていたのは問題だったとはいえ、また戦後経済も管理誘導が行き届きすぎて自由さに欠けていて生産優位で消費を軽視した傾向にあったとはいえ、失業率と言う面ではその成果を評価しなければならないところではないかと思います。景気変動があり多くの失業者が生まれ出るのは資本主義社会の弱点でもあるからです。総生産力理論の社会であるなら国家総動員で人的資源を最大限活用しようとするので遊んでいる人間を一人でも少なくして失業者がいない完全雇用の状態が理想にもなるからですし、戦後すぐの時期には極端に物資が不足していたので消費の不足を心配する必要もありませんでした。戦後の日本経済は失業者が居ないという共産主義社会の理想を共産主義とは違う方法で実現していたと言ってよいでしょう。低失業率と中流層の形成というそのことが戦後の日本経済が「社会主義に限りなく近い資本主義」と言われた所以でもあるように思えます。戦後型日本経済のこれらの長所は残しながら、日本経済を活力あるものに改革できればそれに越したことはありませんが、しかし格差社会の始まりによってみんなで頑張っても幸せになれるのは特定の人達だけだったり、失業やリストラをされてみんなで頑張りようもない人達が存在するようになりました。戦時経済体制で運営されてきていた敗戦後からの二十世紀中のあいだ継続していた戦後の日本経済は共産主義ではない形でありながら失業者が少ない経済社会を形成していたわけですが、多くの先進資本主義社会は資本主義社会に特徴的な失業の問題を解決するために、また失業者がいない社会を大目標としている共産主義圏に対抗するためにも福祉という考え方を生み出しました。戦時中に形作られた戦時経済体制を引き継いで戦後型日本経済の低失業率に大きな変化が出たのはバブル経済崩壊以後の時点においてからでした。では、日本経済は戦時経済体制を終了して本来の資本主義の形に戻ったと喜んでだけいればよいのでしょうか?日本が戦時体制の経済社会からアメリカ型の資本主義的要素を取り入れようとした小泉改革のさなかに起きたのがライブドア事件でもありました。そして資本主義社会はそれが持つ問題点を改善する様々な方策も準備してきていたのも事実です。景気の大きな変動を生み出す原因は何なのか、その変動に財政や金融はどのように対処したらいいのか、放っておけば弱肉強食になる資本主義の性質をどのように緩和するのかなど多くの経済学者がそのような問題点を洗い出し改善する方策を考えて初期の資本主義からすれば大きく性格が変わった修正資本主義と言われる経済社会に資本主義社会も変身してきていたと言ってよいでしょう。しかし日本の戦後の資本主義は戦時経済体制で営まれていた性格のものなので、本質的な資本主義からそれの持つ問題点を改善しながら進んだ修正資本主義社会ではない道を歩んできたと言えるので、本来的な資本主義の社会へと変化しようとしているのかも知れませんが、欧米、ことに資本主義の発祥の地であるヨーロッパにおける資本主義はかつての資本主義とは大きく性格を異にするものになっていることは日本が認めておくべきことだろうと思います。欧州共同体の中には高福祉高負担のスウェーデンや社会主義的な色彩の制度を持つフランス、実現はできませんでしたが「ゆりかごから墓場まで」と言う福祉社会の理想を掲げた経験のあるイギリスなども存在するからです。完全競争の社会で完全雇用を達成し、しかも格差が生まれないような状態になることは過去の諸外国の歴史的経験からは考えられないことでもあります。まあ、バブル経済というアメリカに日本が仕掛けた経済戦争に敗北してアメリカ型経済を受け入れるのは太平洋戦争に敗れた日本が自由主義と民主主義を受け入れた過去の歴史にも似て見えてきます。あるいはもっと古くは白村江の戦いで敗れた日本が、それ以後は唐の制度をそのまま取り入れるようになった過去の歴史(このことは川勝平太さんが指摘したことです)にも似てきます。これまでの日本の歴史では日本が戦いを挑んで敗れた場合は日本に勝った国の制度をそっくり取り入れようとするのが日本の特徴になっているようにも思えます。しかしアメリカ資本主義はダイナミックな動きを生み出しはしますが初期資本主義の性格を強く残した資本主義のように私には思えます。資本主義社会にとっては人々が自由に経済的な活動をすることで経済に活力があることが理想であるのと同じように失業率を低く抑えることはいつまでも続く資本主義社会のテーマであり貧富の差が小さな社会であることも理想なのは変わらないと思います。日本の戦後型経済システムが制度疲労に陥ったから構造改革が必要だとしても、だからと言って失業率が上昇することを目標とする社会を歓迎するような経済構造の改革達成が理想になるわけでもないことでしょう。また経済構造改革は極度の個人間の所得格差や地域間格差が生まれ出ることが理想になる経済社会を目指すべきでもないでしょう。それは一つの国の中で貧富の差があることが問題であるだけでなく国家間でも格差があることを問題にすることにもなって行きます。「改革なくして成長なし」そして「官から民へ」というかけ声の中で行われた小泉構造改革の結果の姿の一つが一人あたり県民所得として現れてもいるようです。二千三年度の一人あたり県民所得は一位の東京が四百二十六万七千円、二位が愛知で三百四十万三千円、三位静岡が三百二十二万六千円、四位が滋賀で三百二十万五千円、五位の神奈川は三百十八万四千円などで、最下位の四十七位沖縄のそれは二百四万二千円、四十六位青森は二百十六万円、四十五位長崎は二百十八万七千円、四十四位の高知は二百二十三万八千円、四十三位鹿児島は二百二十三万九千円と内閣府の発表として二千六年三月十五日の朝日新聞朝刊に一覧表が載りました。「改革なくして成長なし」のかけ声の中で前年からの伸び率が最も高いのは徳島、富山、東京で東京は2.9%の伸び、下位の沖縄、青森、長崎は前年からマイナスになっています。そして東京の一人あたり県民所得、すなわち各都道府県の経済全体の所得水準で圧倒的な立場にあるのは東京といえます。先の地域別有効求人倍率を加味して考えると、おしなべて有効求人倍率の高い地域は一人あたりの所得も高く、逆に有効求人倍率が低い地域は一人あたり県民所得も低いことが分かってきます。井沢八郎さんが歌った歌謡曲の「ああ、上野駅」が歌われたころ、すなわち日本の千九百六十年代の高度成長期には東北地方から集団就職で東京にやってくる中卒の人達が大勢いました。彼らは「金の卵」とも呼ばれました。東北地方はかつて新聞が日本のチベットと表現するほど日本国内では経済的には恵まれない地域でもありました。六十五年から九十五年にかけての東京の人口はむしろ流出を経験し、六十五年から七十五年にかけては二十三区の周辺二十〜三十km圏に人口の高い増加率が見られ、七十五年〜九十年では三十〜四十kmに広がっていったと二千六年のNHK放送大学で解説されていました。しかし二十一世紀に入って東京圏の人口流出は歯止めがかかり幾分人口が増加傾向になりはしても東北地方の有効求人倍率は低く、所得も低いという状況は改善されているわけではありません。小泉構造改革は小さな政府を目指すものですが、政府が関与しないとしたらこのような大きな格差を是正することができる機関は果たしてどこにあるのでしょうか?政府から独立して金融調節できる日本銀行の力で格差改善はできるでしょうか?あるいは地方自治体の間で話し合ったり調整したりすることで解決できる問題なのかどうかと言うことです。所得格差が生じている原因を高齢化に求める言い分も存在していますが、また麻生外務大臣などもその考えを支持しているようですが、もしそれが事実なら上のような地域間格差は若い現役世代はもっぱら東京へと流れ地方には高齢者ばかりが居残っているという日本の中央と地方との構造が透けて見えてくると言うことになるのかも知れません。 格差社会について、『文藝春秋』二千六年五月号で「日本人よ、[格差]を恐れるな」と題して竹中平蔵総務大臣は「この問題で重要なのは、今日本だけでなく、世界中でどうしても格差が広がってしまう圧力があると言うことです。IT革命、デジタル革命、バイオ技術の進化など、科学技術のフロンテイアがどんどん広がっています。そういうときはフロンテイアの一番先にでていって勝ち進む人と、新しい環境に適応できない人が生まれやすい傾向になる。これは千九百八十年代の後半から世界中で急激に始まりました。そういう流れの中で格差を広げないためには三つの施策が必要です。一つは機会の平等を確保すること。そのためには規制緩和が不可欠であることは誰もが認めることでしょう。規制というバリアの中にいる人だけが自由な経済活動ができて、外の人は参加できないというのは機会の不平等以外の何者でもない。次はそういうフロンテイアで当初うまくいかなかった人が再挑戦できる仕組みを作ることです。つまり格差を固定させないことが重要。最後にセーフテイネットを整備する。この三つを同時に行って行かなくてはならない。実は小泉改革にはこの三つとも入っている。規制緩和で機会の平等を確保し、再挑戦をするために一円でも起業できる仕組みや、「特区」を作りました。セーフテイネットとして、高齢化社会になっても財政が健全なまま様々な社会福祉を維持継続していけるように年金改革などを行っています。」とあります。果たしてそのような施策で十分なのか、それとも格差の拡大はその施策を上回る勢いで進んでしまうのかと言うことですが、それは格差の度合いを示す尺度であるジニ係数の集計には時間がかかり遅れて結果が出てくるものなのでもう少し時間をおいてみなければならないかも知れません。小泉政権の時代の改革が格差を助長したかどうかは小泉政権が終わった後で結果が分かってくると言うことのようです。ただし、格差が拡大しがちな状況であることは確かでしょう。失敗しても何度でもチャレンジできる制度は悪いことではなくても地域間格差を埋めることなどは非常に難しい問題を含んでいるとも言えます。たとえば一円企業を立ち上げたとしても、その企業にとってのマーケットがそもそもその企業が存在している地域では小さい場合には飛躍することはあまり望むことができません。それはベンチャー企業を立ち上げる場合においても、東京で立ち上げるのと同じ首都圏に属するとは言っても千葉で立ち上げるのでは成功する確率が違ってくるのではと言うことです。ましてや一円で起業できると言っても、青森や沖縄で起業するのと東京で起業するのでは大きな条件的違いがあるというのが事実だろうと思います。その違いをどうするかが地域間の格差問題そのものだと言えます。マーケットが大きな東京で起業して成功しその資金を元手にさらに広域展開したり全国展開するという道もありますが、地方で起業した企業にとっては広域展開や全国展開の道にたどり着くまでの道のりが東京で起業するよりも遙かに遠い道のりになりかねないのです。地方はマーケットそのものが小さいので、たとえそこで幾分か成功してもそこで上げた利益の中から広域展開したり全国展開してゆくまでの資金を捻出するにも上がる利益が小さければそれも思うに任せずハンデが大きいと言うことです。そのようなことも原因して地方には農業と公共工事関連以外の産業がなかなか育ってこないという事情が生まれても来ているのではないのでしょうか。小泉政権後の総裁レース最右翼と目される安倍晋三氏を支持する議員グループは「再チャレンジ推進議連」を結成し格差を問題にした政策集団を形成し始めてはいますが、再チャレンジどころか最初のチャレンジすらままならない雇用機会の低い地域もあります。 このような格差がありながらも日本経済は二千六年五月二十六日の報道では脱デフレが鮮明になってきたと言われます。読売新聞夕刊では生鮮食料品を除く総合で消費者物価指数が98.2と、六ヶ月連続でプラスとのことです。ただし四月現在のデータは灯油が25.4%、レギュラーガソリンが6.5%、ガス代が5.0%、電気代が1.2%、あるいは航空運賃の上昇に伴って外国パック旅行が4.0%など、原油価格の値上がりが大きく影響しています。このようなエネルギー関連の価格上昇によってのデフレ脱却は日本経済が本当に好景気を迎えデフレを脱したとは言い切れないことにもなります。賃金も七年間ほど低下傾向だったものが上昇には転じていますが、四月の家計調査では世帯消費支出が四ヶ月連続で減少していると二千六年五月三十日の読売新聞夕刊で報じられていることから見れば必ずしも日本の消費の盛り上がりによってデフレから脱却できているとばかりは言えない側面があることは確かなようです。むしろ原油価格の国際的な高騰や中国の鉄鋼需要の高まりによる原材料費の値上がりなどの方が大きく影響したデフレ脱却と考えられるからです。一方日本の世帯消費支出は平均で三十一万二千八百七十二円と消費支出が減少したのは天候不順で夏物衣料が12.1%減少したことが響いたためでそれ以外は消費は底堅いと言われますが、実質で2.0%の減少になったとされます。上昇が大きかったのは私立学校の授業料の値上げなどの教育費が4.4%の上昇、教養娯楽費の1.4%上昇などです。これでは個人消費が旺盛になったとは言い難い内訳だとも言えます。日本のGDPは二千六年一〜三月期に五期連続でプラスを記録し景気回復は底堅くはなったものの、どうにかやっとデフレが底を打ったというのが実際の姿と言えそうです。しかし日本経済にはこれから長期にわたってデフレ圧力が加わり続けるのではないかと考えられるのが日本の少子化の問題です。二千六年六月一日には二千五年度の人口動態統計が厚生労働省から発表され、出生率は1.25と最低を更新したと報じられました。それまでの二年間は1.29とされていたものがさらに減少したわけです。年間の日本の総人口も明治三十二年以来戦時中などの特殊要因を除いた時期としては初めて減少に転じました。少子化は将来の生産人口の減少や老齢年金の支払いなどに関連してくることですし、またそれらも相まっての日本の総人口の減少は日本国内の市場規模を縮小させる力を持ち始める可能性に繋がります。市場規模すなわち需要の縮小はデフレ要因にもなるわけです。労働力人口すなわち生産人口が減り人口減少に伴って生産性が上昇しなければ需要との関係で国内では生産が需要に追いつかないことにもなりインフレになることも考えられるとはいえ、その場合には海外からの輸入で穴埋めすることの方が速いかと思われます。出生率では0.98と東京都は全国最低で福井県は1.45から1.47へと唯一出生率が上昇した県だそうですので、人口が東京の地価下落による都心部の再開発によって再び上昇に転じたとは言っても流入人口が増えただけで出生率の面では東京を日本のモデルにすることもできません。東京よりも福井県の方を日本は模範にしなければならない状況といえます。東京をモデルにしようなどとしたら日本の出生率は急減するからです。東京都は域外からの流入人口で自己域内の人口や経済活動の勤労者を維持しなければならない構造だとすれば、東京やあるいは大阪を抜いて日本で第二位の人口を抱えることになった神奈川といっても川崎・横浜など東京寄りの部分への人口流入で起きた人口増加(二千六年十二月一日の朝日新聞県民版には神奈川県の人口増は東京に次いで全国二位で三十万一千六百二十三人の増加だとされますが、その増加のうちの五割は横浜市での増加だとされています)で大阪を抜いた神奈川県あるいは関東各県も流入人口に頼るとしたら、人口が流出している各府県は日本の外部から人口流入を図る以外になくなります。日本全体としては海外からの人口流入に頼る以外に国内の人口移動だけではどうやり繰りしてもいかんともしがたい側面があるからです。東京やその近郊に住む人が日本の行楽地に行こうとした場合には地方の行楽地は人口減少による空洞化で見る影もなく行楽もできないような状況とて生まれ出ることもあるでしょう。もしそうなってしまったら東京やその近郊にいる人は自分のエリアから出かける場とて国内にはなくなるわけです。しかも人口減少社会に日本が入ったと言われる中で自殺者は八年連続で三万人超の水準です。人口減少の加速にこれらも幾分かの影響を与えているとも言えるでしょう。 人口の減少と関連する日本の少子高齢化のデータが二千六年六月三十日の新聞紙面に載りました。読売新聞夕刊載った総務省が発表した二千五年の国勢調査の速報集計によると、六十五歳以上の割合が二十一%、十五歳未満の割合が十三・六%と、いずれも主要先進国の中で最高と最低になり、日本の少子高齢化が急速に進行しているとのことです。高齢化の割合はそれまで一位だったイタリアを抜いてしまいました。そのため総人口一億二千七百七十六万人の中で十五歳〜六十四歳の生産年齢人口は八千三百三十七万人となり、政府はこのデータが発表されたあとの時点では、七十歳までは働ける人には働いてもらえるような制度に・・との意向を述べたりしています。したがって将来的には生産年齢が十五歳〜七十歳と定義が変わることもあるのかも知れません。そうしないと日本の生産力を維持して行けなくなると言うことなのです。また年金負担の面でも、働ける人には高齢者でも働いてもらって年金支給限度額以上の所得を得る人を増やし、なるたけ年金支給額を減らそうという思惑もあるかも知れません。しかし高齢者と一口に言っても、高額の所得や資産を持つ高齢者もいれば細々と年金暮らしをしたり病気を患って働けない高齢者もいます。高齢者の間にも格差はあるわけですが、社会全体でのマクロで見たジニ係数に関する記事が二千六年六月六日の読売新聞夕刊に記事になっています。そこに載せられていOECD主要国のジニ係数のグラフでは格差が最も大きい、すなわちジニ係数が大きい国はメキシコで0.48ほど、次がトルコ、イタリア、アメリカ、イギリスと続き六番目が日本です。そのあとはカナダ、ドイツ、フランス、オランダ、デンマークとなります。「ジニ係数は、イタリアの統計学者コラッド・ジニが千九百三十六年に考案した指数だ。世帯ごとの所得格差の程度を示すのに使われ、1に近いほど格差は大きいとされる。厚生労働省が62年からほぼ三年ごとに一度実施している[所得再分配調査]で、日本のジニ係数は64年以降、上昇を続けている。厚労省が02年の所得データを基に算出した最新調査では、ジニ係数は0.023高い0.4983となっている 」とあります。ジニ係数は0.5になったら速やかに格差是正のための対策が採られるべきだとされる数字です。日本のジニ係数も0.5に極めて近くなっていて社会保障を加味して考えて初めてそれが緩和されていると言うことのようです。私は悪平等でも平等がいいとは思わないにしても、チャンスの平等や病気の人あるいは極めて低所得の人に対してはそれなりの対策は採っておくべきだろうと思います。そしてこのような状態の中ではあっても日本経済は徐々に持ち直し傾向をたどり日銀は七月十四日にゼロ金利政策を解除しました。その背景には七月三日の新聞紙面などで報道された日銀の業況判断指数の六月の数字がよかったことがあります。確かに日本の大企業の二千六年の夏のボーナスは過去最高となり一人あたり平均で八十八万三千六百九十五円だと二千六年七月二十一日の読売新聞朝刊にあります。しかしその一方で同じ日の紙面には日本の貧困世帯率が二千年時点では世界でアメリカに次ぎワースト2だとのOECDの報告の記事があります。相対的貧困率(国の全世帯を所得順に並べ、中間にある世帯が得ている所得の半分未満の世帯が何%あるかを示すと解説されています)のランキングが日本(13.5%)はアメリカ(13.7%)に次いで世界で第二位なのです。日本の後にはアイルランド・イタリア・カナダ・ポルトガル・ニュージーランド・イギリス・オーストラリア・ドイツ・フィンランド・ノルウェー・フランス・オランダ・スウェーデン・デンマーク(5.0%)・チェコ(3.8%)という順で並んでいます。福祉政策が行き届いた北欧やヨーロッパ諸国は比較的に貧困世帯率が低い傾向にあります。世界各国のデータが出そろわないとこのような数字は出せないので集計に時間がかかり、この時点からすれば六年前の二千年時点での数字だと言えるので果たしてその六年後の二千六年現在はどうかはわかりませんが、日本がこのような数字になった背景には企業の人件費抑制策によってパートやアルバイト労働など非正規社員の増加の結果と言われます。二千七年時点での相対的貧困率は日本は15.7%と二千九年十月二十日の朝日新聞夕刊にあります。二千八年のOECD報告書では二千四年の日本の相対的貧困率は14.9%で、OECD加盟三十カ国中メキシコ、トルコ、米国に次いで四番目に高いとされています。日本は二千四年時点よりも二千七年時点の貧困率の数字の方が高くなっているので国際比較の順位もまた変わってくるのかも知れません。非正規雇用労働者の数は二千五年には千六百万人に上ると二千六年七月二十三日のNHK『ワーキング・プアー(働く貧困層:働いているのに生活保護基準以下の収入しか得られていない人)』で報道されました。ワーキング・プアーの世帯は四百万世帯すなわち日本の全世帯数の十分の一に上るのではないかとされますがその実態はつかみ切れていないようです。先のOECD報告の二千年時点はまだ小泉政権誕生の直前すなわち森内閣の最終局面の時点なので、その後の小泉構造改革がこのような趨勢をさらに助長し拍車をかけたのかあるいは是正したのかも興味のあるところです。もし小泉構造改革が以上の趨勢をさらに助長するものだったとしたら、六年後の二千六年時点での上の数字はアメリカを抜いて世界で最も貧困世帯率が高い国に日本はなっているかも知れません。そして上のOECD報告の数字だけで見れば日本は比較的に均一でまとまりのある国というこれまでの常識とは違って限りなくアメリカに近い構造の社会になっているといえるでしょう。これまでの日本は異質なものを排除し同質のものになろうとする趨勢が強い社会でしたが、上の数字で見ると日本はすでに同質とは言えようわけもなく異質なもの同士によって構成されている社会と言っていいようです。果たしてアメリカのような社会構造は世界の国々にとって理想たり得るでしょうか?またそのような社会構造がグローバル化することを世界の国々はどこも歓迎するのでしょうか?しかしお互いが協力し合って社会を形成するには得する奴と損する奴が極端に別れてしまわない方がよいのは当然のことにも思います。それは個人間の待遇においても地域間においても国際間においても言えることだろうと思います。得ばかりしている人と損ばかりしている人とで構成される社会においては損ばかりをした人の不満が蓄積してしまうからです。それは二千五年にはアメリカ・日本・ドイツに次いで世界第四位のGDPを達成したと言われる中国で反日デモが起きたとき「中国国内の格差にいする不満が日本に向かったのだ」という日本国内 での指摘があったとするなら、世界第二位のGDPである日本国内においても格差に対する不満が生まれ出てもおかしくないことへの反面教師といえます。富める国でも貧しい国でも国内に大きな格差が存在するようになれば暴動も起きますし、また富める国と富まざる国とのあいだでは国家間の紛争も生まれ出ます。アメリカの貧困世帯率が高いのは移民が多くニューカマーが貧困世帯率を上昇させている面があるとも言えますが、日本で貧困世帯率が高いと言うことに関しては移民云々のいいわけも通用しないことでもあります。 そのような問題を抱えている日本経済ですが、小泉構造改革の一応の成果としては世界経済フォーラムの日本の国際競争力ランキングが二千五年の十位から二千六年には七位に上昇したことです。一位スイス、二位フィンランド、三位スエーデン、四位デンマーク、五位シンガポール、六位米国、七位日本、八位ドイツ、九位オランダ、十位英国と二千六年九月二十七日の読売新聞朝刊にはあります。バイオやIT分野で競争力があるスイスや北欧諸国が上位を占めアジアでは日本はシンガポールの下に位置しています。これはあくまで経済規模の話ではないので米国はトップではないところが注目されると言ってもいいでしょう。日本経済はこれからしばらく総人口の減少に見舞われ経済規模は縮小することが考えられますが、そのような中でも経済の競争力は維持できるかも知れません。それは日本のこれからの何十年間に渡って起きてくる長期的な趨勢ですが、日本の短期的な景気回復過程では民間給与が八年連続で減少しているなどが報じられていることです。二千五年度のデータでは給与所得者数は四年ぶりに前年比四十一万人増え四千四百九十四万人。給与総額も前年比八千六百六十九億円と八年ぶりに増加はしましたが、平均給与が四百三十六万八千円と八年連続で減少し、平均給与が三百万円以下の人の割合が四年前と比べて三・二%増えて格差が広がったとされます。三百万円以下の低所得者は全体の三十七・六%と、低所得者が増えていることが顕著です。パートやアルバイトなどの非正規雇用が増えているためですが、景気回復過程においても格差拡大の趨勢が見え隠れしています。給与総額が増えたことは個人消費にとってはプラス材料ですが、低所得者の増加はそれが若年層であった場合には子供を産み育てるだけの経済力に到達できないと言うことで少子化の要因にもなります。二千一年と二千五年時点とでの比較ではホワイトカラー男性の平均で一日の労働時間は二千一年が九・五時間、二千五年では十・二時間。年収の平均は二千一年が六百四十五万円、二千五年度では六百三十五万円と二千六年十月一日の読売新聞朝刊にグラフなどが添えられて述べられています。労働時間は長くなり給与は減ったというわけで、一日の労働時間で給与総額を割ってみると、二千一年の六十七・八九から二千五年には六十二・二五とかなり低下してしまっています。企業のリストラによる人員削減と企業業績の維持を同時に達成しようとすればサービス残業が増えて低賃金化しながらの長時間労働という結果になっているようです。ホワイトカラーはアメリカで工場の生産ラインの工程にいるブルーカラー労働者の生産効率の管理をする人を意味していましたが、それ以後オフィス労働をする人などを一般的にホワイトカラーと呼ぶようになりオフィス労働などのホワイトカラーはこれまではあこがれの職種と考えられてきていたかも知れませんが、それも楽でない様子がうかがえてきます。ホワイトカラーは勤労者の五十三%にも上っていると言われるのでこれは大きな動きとも言えます。二千六年十月七日の読売新聞夕刊にはこの時点での日本経済の景気拡大が戦後最長の「いざなぎ景気」に並んだという記事が載りました。原油高からの影響で個人消費や輸出が勢いを失っているとはされても、この景気拡大はいざなぎを抜いて戦後もっとも 長い景気拡大になるだろうというのが大方の予想です。デフレ脱却に関しても原油高騰による物価の上昇という要因が大きく、個人消費の大きな盛り上がりというところまでには行っておらず、脱デフレ宣言を出すべきかそうではないのかの意見が分かれています。企業収益はサービス残業や非正規雇用による低賃金労働のおかげで持ち直しているとは言っても、それが原因で勤労者の所得水準が大きく上昇していないことが個人消費が活況を呈する状態に至れないものになっているとも言えそうです。法人税の減税や企業収益の回復などで企業が自由に使えるお金は増えたものの勤労者一人一人が自由に使えるお金はあまり増えていないことが、経済が回復したと言っても景気がもう一つパットしない理由とも言えそうです。 二千六年十月十一日には金融広報中央委員会から発表された「家計の金融資産に関する世論調査」の結果が新聞に載りました。朝日新聞の朝刊の記事によると、「預貯金ゼロ」の世帯の比率は22.2%で、前回よりも0.6ポイント改善したとはいえ戦後最長の景気回復局面としては水準が高止まりのままのようです。この数字は九十六年には10%前後だったものが二千年以降上昇し、二千三年に20%を突破、その後22%前後になっているとのことです。 一世帯あたりの平均貯蓄額は千七十三万円と前年より十二万円の減少だそうです。景気回復局面にあってもその恩恵が広く人々に行き渡ってきてはいないことの表れのような数字です。そこには同じく三菱UFJメリルリンチ証券が行った百万ドル以上の資産を持つ富裕層の結果も出ていますが、日本の富裕層の一人あたり平均保有資産は二百七十万ドルで、アジア地域の平均が三百二十万ドル、世界の富裕層の平均が三百八十万ドルとされています。日本の富裕層は数は多いがアジアや世界に比べて小粒とされるにしても、富裕層の資産がされに増えるとはいえそのおこぼれを低所得層も得られるようになれば全体の経済は上向くとも言えるかも知れません。しかし日本経済における七割を占める中低所得者の所得が増えてこないことには、日本経済において六割以上の比重を占める個人消費が大きく改善して来ることは望めないのかも知れないと言えます。この時点での日本の個人消費の弱さは二千六年十一月十四日に新聞紙上などで報じられた七月〜九月期のGDPの数字にはっきりと表れてきました。GDPは前期比0.5%と年率換算で0.2%増になりましたが設備投資が2.9%増であるのに対し個人消費は0.7%減となりました。設備投資は堅調でも個人消費が付いてこない状態になりつつあります。戦後最長の景気回復過程と言われてはいても、国民規模での好景気という実感がないのも当然と言えますが、その原因はいくつか紙面でも取り上げられています。それらの中には「いざなぎ景気」を超えるにしても経済成長率の伸びはいざなぎ景気の五分の一、また賃金の伸びはいざなぎ景気の時点では日本全国で所得が上昇したのに対し、この時点では地域によっては所得がマイナスになる地域もありまだら模様(二千七年三月七日の朝日新聞朝刊の二千四年度の一人あたり県民所得の一覧表では、四十根ねと道府県のうち所得が上昇したのは二十都県で所得が減少した府県は二十七に上ります。トップの東京都と二位の愛知県は所得が上昇しているのに対し最下位から順に数えた沖縄、青森、高知、長崎、鹿児島、秋田は全て所得が減少しており、上位と下位との地域間格差は広がっていると言わざるを得ません。東京は二位の愛知とくらべても一人あたり県民所得では百万円以上の開きがあります。地方の人間は入学した大学が東京だったからと言う人ばかりでなく地方では苦しい生活を強いられるても「東京に行けば何とかなるさ」と東京に出て来てもいます。なぜなら地方よりも東京の方が自分の仕事を探しやすい条件に恵まれているからですが、それを逆に言えば東京ほど恵まれた条件の地域においてすらやってゆくことの出来ない人間はどうして東京よりも条件が格段に悪く厳しい地方でやっていくことが出来ると言えるのか?と言うことにもなります。)で、またパート労働などの非正規雇用による低賃金へのシフトにより、賃金があまり上昇していないことです。二千六年十一月十五日の朝日新聞朝刊の記事によればいざなぎ景気の時の月給の上昇は七十九%強であったのに対しこの時点では一・二%の減少です。企業収益の改善も国内需要によるものよりも外需の伸びが大きいことによるところが大きいと言えます。輸出は2.7%の伸びになっているからです。アメリカにおいてもニュー・エコノミーと言われる長期間にわたるインフレを伴わない経済成長の時期がありましたが、その時期においてはパソコンなどの導入によって事務職が減り専門職が増える事によって人手不足が回避され賃金の上昇に伴わなうインフレに陥ることなく長期間の経済成長の達成が可能になった時期でした。一般の勤労者は賃金が増えないので自分の収入を増やすために投資信託や株投資へと自分の収入の一部を回すようになり、株価は長期間上昇を続けましたがITバブルの崩壊で一時的に急落しました。日本でもバブル崩壊後のデフレ克服のための金融緩和により銀行の預金金利が非常に低くなっていたこととインターネットによる株取引が一般化したことによって株に投資する個人株主が増えましたが、株主のほとんどが個人投資家だったライブドアの不正経理の問題が発覚して日本でも個人株主が一時的かも知れませんが株の取引を控える状態になってしまっています。また、四世帯に一世帯の割合で預貯金ゼロの家庭が存在するので、それらの世帯は増えない家計収入を補うために株取引を行いたくともその資金がない状況といえます。ケインズの「所得・消費・貯蓄・投資」の言葉通り、投資資金は貯蓄の中から捻出されてくる部分だからです。ライブドアの不正経理問題の影響もあってかインド・中国・アメリカ・ヨーロッパなどが世界同時株高になっているにもかかわらず二千六年も最後の月を迎えようとしている時点では日本株だけが低迷を続けています。そして二千七年初頭の段階ではホワイトカラーのイグゼンプション(勤務時間制限の免除)などが持ち上がり、企業の成果主義が一段と加速されそうな状況になっています。しかし年功序列と終身雇用の時代の中で過ごした時間が長く二千七年から大量退職時代を迎える団塊の世代だったとは言っても、定年退職する時期まで何らの成果も出す事なく会社においてもらえていた人などいなかったのは明らかなことです。大なり小なりの成果を出しながら過ごして来ないかぎり、会社の不採算部門として整理され会社の片隅に追いやられるか解雇(リストラ)されざるを得ない運命であったはずです。 団塊の世代の大量退職が始まる二千七年時点は日本の景気は戦後最長の拡大を経験している時期と重なりましたが、とは言っても退職金が出ない団塊の世代の人の割合は三割と言われます。退職金が出た人は幸運ですし、また景気が拡大基調の時期に退職時期が重なるのも幸運と言えるかも知れません。しかし低賃金労働が一般化した(パート労働者などの非正規労働者の割合は四人に一人と言われます)が故の企業収益の拡大の側面が大きく、成長率も過去の景気拡大の局面と比較してGDPの成長率が名目でも実質でも3%未満と極めて低い水準にあるので手放しで楽観できる状態ではないことは確かです。また地域間での経済状態の違いにも大きいものがあります。二千六年十一月十八日に朝日新聞朝刊に載った地域間の雇用と消費に関するグラフでは、有効求人倍率が最も高いのは愛知県で二倍の求人倍率、二位が東京都で一・五倍です。一人あたり県民所得が最も高いのは東京都で四百五十万円ほど、二位が愛知県で三百七十万円ほどです。しかし青森県は有効求人倍率が0.5倍で全国最低、沖縄県の一人あたり県民所得は二百万円ほどで全国最低です。私は結果が平等でなければならないという悪平等主義者ではありませんが、チャンスは全ての人々に平等に与えられているべきだと思います。しかしデータを見る限り正規雇用と非正規雇用の格差問題とは別にチャンスすなわち有効求人倍率に恵まれている地域は結果すなわち一人あたり県民所得においても恵まれているという密接な相関関係が存在していることが明らかです。これを逆に見れば日本国内で地域間のチャンス(雇用機会)がある程度均等化されれば結果(一人あたり県民所得)も平準化されてくるとも言えてきそうに思えます。地域間格差の問題の背景にあるのはチャンス(雇用機会)の格差だと言えるのです。団塊の世代と言っても大企業の従業員や中小企業の従業員で条件が違うことでしょうし全国に散らばってもいることでしょうので、それらの人達が必ずしも一律の条件にあるわけでもないでしょう。ただ、世界の中で見れば日本人が一般的には非常に恵まれた境遇にあることは確かなようです。二千六年十二月六日の朝日新聞夕刊に載った国連の「世界の個人の富の状況」の調査結果では、為替レートで計算した一人あたりの豊かさは日本が世界の中でトップと言うことです。ただ、世界の成人人口の1%の人が世界の富の四割を所有し、世界の約半数を占める貧しい人々は世界の富の1%しか所有していないという格差の問題が存在しています。日本が自分の富だけに安住してしまうことも、またそれだけで満足してしまうことも間違いであろうと言うことも出来ます。日本国内にも格差が存在していますし、世界にはそれ以上大きな経済的格差が存在しているのが現実と言えます。しかも豊かさの中で夢を失ってしまった社会と貧しくとも夢を見る力のある社会とではどちらが優れていると言えるのかという問題もあります。それらを是正するために日本が動こうとしないならば世界の不満も生まれることでしょう。ただ、この時点の日本は動きたくても動けない状態といえるのかも知れません。その原因が大幅な財政赤字の状態です。GDP比率で見た日本の財政赤字は1.75倍、イタリアは1.25倍、フランスは0.75倍、ドイツが0.71倍、アメリカが0.64倍、カナダは0.62倍、英国は0.5倍と日本は先進七カ国中最悪の財政赤字の状態にあります。その様子は二千六年十一月二十五日の朝日新聞朝刊に載っているグラフに示されているわけですが、バブル景気の時には財政赤字の増加の伸び方が抑制されていたのに対し、それ以後は加速度的に財政状態は悪化しいざなぎ景気を超えたと言われる二千七年度にかけての長期の景気回復局面においても財政の悪化の状態は抑制される様子が見られません。普通国債残高だけでも二千六年度で五百三十兆円ほどに昇ります。このように財政悪化が顕著な状態ではさらに政府開発援助を大幅に増額して発展途上国への支援策を打ち出すことには抵抗があるでしょうし、日本の落ち込んだ競争力を立て直すために財政的に手当をすることだけで手一杯とも言えるでしょう。また日本が地理的にヨーロッパに近いところに位置した国であったとしたら、日本はEUに加盟したくとも加盟条件の財政基準を満たしていないので加盟を許可されないものです。団塊の世代が退職するのに伴ってそれらの人達が定年後をどう生きてゆくのかも日本の社会に幾分か影響を与えるかも知れません。年金暮らしまでの五年間とその後を個々の団塊の世代がどう考えているのかはわかりませんが、一つのアンケート調査では定年になって退職金でやってみたいことのトップは夫婦での国内旅行、第二位が海外旅行、第三位がパソコンの購入だそうです。団塊の世代の定年後の暮らし方としてはこれまでの会社に継続して勤めることや既存企業への再就職、田舎暮らし、個人商店の開業、仲間を募っての新規事業またはNPOの立ち上げやこれまで勤めていた会社とは違う利益追求それ自体が主目的ではない社会的起業家への道、地域活動への参加あるいは孫育てや高齢の親の介護また男性は妻に代わっての家事そして趣味の生活や学校卒業後の社会人生活で長らく離れていた勉強というものの学び直し、あるいは国内での移住やボランテイアばかりでなく現役の時に海外との接点があって海外での生活に抵抗感のない人は海外への移住や海外でのボランテイア、退職金を元手にして株取引などに専念しデイトレーダーになるなどいろいろの選択肢があるのかも知れません。これまでの会社勤めで得た企業マンとしての組織の地位や肩書きは退職後には通用しなくなるとしても、それまでに培った知識や技能そして経験あるいはそれまでの人間関係や人脈が時として第二の人生で生きて来る場面もあるかも知れません。ただ団塊の世代という人達もまだ爺むさく老け込むには若すぎるといえるのでこれからの社会の中でもうしばらくの間は何かをし社会を動かすのかも知れません。少なくとも日本の財政事情を考えるなら安心しきれる老後という予測をたてることは難しいからです。ある調査では団塊の世代で「退職後に働きたい」と思っている人の割合は85%で50%以上の人が「働きたくはないが生活のために働かなければならない」と考えているそうです。それらの人達が退職金でやりたいこととして旅行以外にあげたのがパソコンというのであれば、これまでの会社の仲間や古い友人達とインターネットで繋がれることもあることでしょう。もちろん第二の人生の活動の中でパソコンが役立つこともあるであろう事は当然といえるでしょう。 そんな団塊の世代の人々が学生だった時代にはベトナム戦争という冷戦時代最大の戦争が起きていましたが、団塊の世代が大量退職を始める時期にはテロとの戦いでアメリカはベトナム戦争を上回る戦費を必要とするような状況が生まれています。「イラク中心の[テロとの戦い]戦費は累計総額で七千九百七十八億ドルに上る勘定で、ベトナム戦争を大きく上回る見通し」と二千七年二月六日の朝日新聞朝刊にあります。この額をこの時点での円ドル相場で換算すると一ドル=百二十円で九十五兆七千三百六十億円にも上ります。アメリカ同時テロの際に国防総省に旅客機が突っ込んだ折には国防総省の高官の一人は「グッド・リーズン」とつぶやいていました。グッド・リーズンの日本語訳には「大義名分」という意味もありますが、この場合には「うまい口実」と言った方がいいかもしれません。アメリカ国防総省にとっては「待ったました」と言ったところだったのでしょう。イラク戦争開始から二万人の兵力増強を決めるまでの期間であるかれこれ四年はベトナム戦争が始まってから終結するまでの十六年間とくらべれば時間の長さば遙かに短いものです。二千一年九月十一日のニューヨーク同時テロから数えても七年ほどでしかありません。ベトナム戦争はその倍以上の時間の長さの戦争だったといえます。ベトナム戦争時においてはベトナム戦争が終結して以後アメリカ経済は七〜八年間の経済的苦境の時期を経験せざるを得ませんでした。その間に日本は二度のオイルショックの中でアメリカへの自動車輸出を急増させ、アメリカ国内では日本たたきが起きました。アメリカはベトナム戦争が終結しかかっている時点での二度のオイルショックによってスタグフレーションに悩まされていた時期です。イラク占領統治のこの時点においても原油は急騰が一服してはいるものの依然高止まりの状態にあり、しかも日本国内のデフレ脱却を目指す日銀の低金利政策が続いている中での円安傾向にはユーロ高に見舞われているEUばかりでなくアメリカも不満を持ち始めています。対イラク政策が終了したとしても、その後のアメリカ経済が持ちこたえて行けるのかどうなのかは予断を許しません。戦費の増大によってアメリカ政府はニューオーリンズのハリケーン・カトリーナによる被害などの復興事業には手が回らないのが実状ですし、増大した戦費が後々のアメリカ経済に大きな負の遺産となることも懸念されます。アメリカの財政事情は日本よりも遙かに良好だとはいえ今後アメリカ経済が低迷期に入ったりすれば、国内需要がそれほど強くない状況の中での戦後最長の景気拡大を記録している日本経済にも影響してくるでしょうし、経済が極めて好調な中国とは言ってもどちらかと言えばやはり輸出主導で動いている中国経済にとってもマイナス要因になるはずです。二千七年二月に開かれたダボス会議で日本のマスコミのインタビューに答えたイラクのアブドル・マファデイ副首相は「二千七年九月にはアメリカはイラクから部分撤退できるようになるだろうからその条件を作るための二万人のイラクへのアメリカ軍の増派を歓迎する」と述べていました。しかしイラク国内の治安の状態がその言葉通りになればまだしもですが、さらなる駐留の延長や増派を決定せざるを得ないような状況になると大変なことにもなってくると言えるでしょう。それはアメリカのみならず日本にももっと広くは国際社会全体にも影響を及ぼすことになりかねないことだからです。ダボス会議に出席していたマイクロソフトのビル・ゲイツ会長は「大気中の二酸化炭素を除去する技術を考え出した人には三十億円を用意する」と述べていましたが、三十億円は個人にとっては大金とはいえ地球規模の温暖化対策と言う問題の大きさから考えれば、また戦争の費用と比較しても非常に微々たるオカネでもあります。二千七年二月十五日の朝日新聞夕刊には二千六年十〜十二月期の日本のGDPの速報値が載りましたが個人消費が1.1%とプラスに転じGDPの成長率も前期比2.2%増で七年連続のプラスとなったとあります。GDPは年率で4.8%増となるそうですが、その前の期の七〜九月期は個人消費が前期比マイナス0.7%だったのでこれとならした場合には個人消費はほぼ横ばいとなるそうです。設備投資は七〜九月期が2.9、十〜十二月期が2.2とマイナス0.7から1.1へと回復した個人消費にくらべて遙かに大きな伸びと言えますが、日本経済に占める割合が最も大きい個人消費が伸びが低いのが明らかです。そのような状況の中でアメリカ経済が対テロ戦争を終結させたとしても、もし財政状態が悪化していたとすればアメリカ政府は日本に対して経済面で強硬な対日要求の姿勢に転ずるかも知れません。日本経済にとってはそのようなアメリカの姿勢を受けて立つ準備をその時点までに整えておくことができているかどうかと言うことにもなります。アメリカはベトナム戦争終結後の長期の景気低迷を経験した後で対日経済政策として千九百八十五年のプラザ合意で円高容認へと繋げて行きました。テロ戦争のこの時点では日本の貿易相手国はアメリカだけでなく中国も大きな比重を占めるようになっているとはいえ、アメリカは中国に対しても元の切り上げを求める姿勢を取ろうとしています。イラク後にアメリカ経済が苦境に陥るようなことがあればその時点ではかつての時代とは違ってアメリカは日本よりも中国に対して経済面で強硬な姿勢を取るかも知れません。たとえそうなったとしても中国との貿易面でのつながりが大きくなっている日本にとってはその間接的な影響が出ることも考えられます。二千七年二月二十八日には上海市場の株価が八%下落した影響で、アメリカのニューヨーク・ダウも下がり世界同時株安の状態になり東京市場も一時七百円ほどの大幅な下げを記録しました。中国経済が世界経済に対しても大きな影響を持つことをあらためて知らしめた出来事といえます。中国を無視してはもはや世界経済を語れなくなったと言うことです。日本の大企業の中には過去最高の収益を記録する企業も多数出て来ているこの時点での二千七年の春闘でも賃金の引き上げは抑制気味に動いています。企業業績の好調を研究開発投資に大きく注ぎ込むのであればまだしもですが、役員報酬だけを大幅にアップさせるようなことでは日本経済にとってのプラス材料にはそれほどならないと言えるでしょう。得られた利益や賃上げで増えた収入をどのように使うかによって企業でも個人でも次の時点での自らのありようを決めることにもなってきます。増えた収益や収入を技術開発に投入したり頭脳の鍛錬や自己啓発に使ったりしておかなければこの時点での日本は企業も個人も国際的な荒波を乗り越えて行けそうにないからです。 この時点での企業収益と従業員の年収の推移が二千七年三月十八日の朝日新聞朝刊にグラフで紹介されていました。それによれば千九百九十八年を境に企業収益は増加に向かい二十兆円から二千五年には五十二兆円へと増えましたが、従業員の給与年収は三百八十五万円程から三百五十二万円へと減少しています。結局は賃金を上げずにあるいは派遣労働やパート労働などの低賃金労働へシフトさせることで企業収益を回復させた側面が大きいと言えます。その間に法人税の実効税率は四十五%から三十九・五四%へと引き下げられていました。企業収益が倍増する中で従業員の年収は減少してしまい、自由に使える金が増えているのは企業だけで個人ではなくなりつつあります。企業業績の回復に伴い、また団塊の世代の大量退職にも影響されて企業は新規採用を増やしていますが、大手企業などは企業業績の回復によって新卒者などの企業内での社員教育を充実できれば従業員の給与所得が減少していても従業員としては自己の仕事上のスキルアップのために自己費用を負担する必要はなくなるかも知れません。しかしそうでない場合には給与所得が減って競争原理で動く職場において自己の仕事上のスキルアップを自分自身で図ることは非常に困難な状況にもなってきます。中小企業においてはもっと条件が悪くなるかも知れません。またそれらの従業員家族の子供の教育にも給与所得の減少は響いてくるとも言えるでしょう。研究開発投資や教育投資などに収益や所得を再投資しなければ企業でも個人でも単純再生産のレベルにとどまってしまい次の飛躍が生まれてこなくなります。会社から帰って酒を飲んで終わりの生活では社内競争を勝ち抜くことも出来なくなるのかも知れないからです。そして上の減少している従業員給与は平均のものですが、給与の多さと少なさの個人間による格差に対しての所得税のありようなども問題になってきます。千九百八十六年から二千七年にかけての所得税の減税では、年収が五百万円の世帯では年収比3%の減税額、七百万円の世帯は5%の減税額、一千万円の世帯は6%で年収二千万円の世帯の年収比の減税分は8%と、年収が上がるにしたがって減税の割合が高くなっています。それは二千七年三月十一日の朝日新聞朝刊の記事にあるのですが、そこには「豊かな人から貧しい人へ」それとも「努力に報いる」?との見出しが出ています。しかし私の考えはこれとはちょっと違って、どのような所得税の課税方法にすれば日本の個人消費が喚起され最も盛り上がる形になるのかと言う視点です。なぜなら日本経済に占める個人消費の部門は最も比重が大きいからです。個人消費が動いてこないかぎり日本経済は大きい動きになって行きようがありません。その理由は私の他のコーナーで詳しく述べていますが、個人消費ひいては日本経済が最も活性化する所得税の有り様は累進課税の性質を強くすることだと言えます。景気が回復局面にあるとは言っても個々の従業員の給与は伸び悩み、しかも所得税の減税の形がこのようなものであるなら日本の個人消費が盛り上がりに欠けるのも当然と言えるでしょう。二千七年序盤の日本経済は消費は比較的堅調とされますが、それは底割れの心配が少ないと言った程度のことで消費が旺盛であると言うところにまでなっていません。所得税のあり方が公平か不公平かという視点では各所得階層の言い分がぶつかり合う個々人の主観だけでなにを根拠にしたらいいかの基準がないわけです。確かにジニ係数という指標もありますがそれらとあわせて個人消費にとって最も効果的な所得税の課税方法のありかたは一考に値すると思います。 このような日本経済ですが、それを世界の中において長期的な趨勢を見るとどのような傾向の中にあるかです。アメリカの証券会社ゴールドマンサックスによる予測が二千七年三月十八日に朝日新聞朝刊に[変わる世界]と言う特集記事のグラフとして載っていますが、二千十七、八年頃には中国経済は日本経済をGDPで追い抜き、二千三十二、三年にはインドが日本をGDPで追い抜くと予測されています。日本やドイツのGDPはあまり増加しないまま推移するのにくらべアメリカのGDPは増加するペースが速いとは言っても、中国やインドはそれ以上のスピードで成長し、中国は二千四十年頃にはアメリカに並びその後アメリカを追い抜くものと考えられています。その時点での日本にとっての大国はアメリカだけでなく中国、インドも日本の遙か上を行く経済大国だというわけです。また二千七年度には加盟国が二十七カ国五億人となっている拡大EUのGDPがアメリカに匹敵するものになったように中国とインドに挟まれたベトナム、タイ、ラオス、カンボジア、シンガポール、マレーシアなどのASEAN諸国を合わせた地域のGDPは将来的には日本のGDPに匹敵する規模になるだろうと予想されています。軍事力の場面でのパワーバランスの変化をも伴いながら国際間での経済面での下克上がこれから大きく始まるのかも知れません。そのことくらいは日本人は頭の中に入れて心しておくべきでしょう。すなわち世界でもアジアでも日本の存在感は将来的には相対的に小さくなるだろうと言うことです。そしてIT活用の分野でも下克上が始まってゆきそうにも思われます。二千七年三月二十九日の朝日新聞朝刊に[世界経済フォーラム]の「世界IT報告書」の結果が紹介されていますが、一位だったアメリカが七位に転落し、デンマーク、スウェーデン、シンガポール、フィンランド、スイス、オランダ、米国、アイスランド、イギリス、ノルウェーがトップテンを占め、台湾が十三位、十四位に日本、十九位に韓国、インドは四十四位、中国は五十九位などとなっています。北欧の国々が上位を独占していることが注目されますが、それらの国々は学生の学力の国際比較でも上位を占める国々とも言えそうです。また経済の競争力国際ランキングも高い国々でもあります。ITが国家戦略の重要な一翼にもなるであろうインドが低位なのは、ITの活用が人口の増加に追いついていないのが原因だたされています。しかしインドのIT活用の潜在能力は高いと考えておいた方がよいのでしょう。日本経済においては情報通信分野が産業分野の中で卸売りを抜いて最も大きな比重を占めるまでになっています。日本のネット人口は八千五百万人に達していると言われますが、日本は大あわてにあわてる必要はないにしてもネットの活用も含め有意義な時間の使い方を一人一人が考えないと決して安閑としていられる世界の経済状況の中にあるとは言えないでしょう。二千七年版の国際経営開発研究所の国際競争力ランキングでは日本は二千六年の十六位から二十四位に順位を下げ十八位だった中国が十五位となって日本は中国よりも下位になったと二千七年五月十一日の読売新聞朝刊にあります。一位は米国、二位がシンガポール、三位は香港だったそうです 。 以上のような長期的な流れの中で二千七年度の短期の日本経済を見ると、大手金融部門の初任給が十四年ぶりに引き上げられたと報じられました。不良債権の処理に一応のめどが立ち金融部門がどうにか健康体に戻りつつあると言えそうです。大卒の初任給は大手メーカーも大手金融部門もいずれも二十一万円台に乗っています。しかし大阪万博が開かれた千九百七十年時点での日本の大卒初任給の平均は四万円、千九百七十年代初頭では大手電機メーカーでも大卒男子の初任給(現在は男女で初任給には差をつけないようですが、当時は大卒でも男女で賃金格差がありました)は十万円に届いていなかったことからすれば、この三十五年間で初任給は倍以上になっています。補足ですが千九百五十一年頃の大卒男子の初任給は六千円ほど、また六十年代末あたりの私立大学の学費は文系の場合年間で当時の大手企業大卒初任給の二ヶ月分ほどではなかったかと思います。その当時の私の経験を述べれば歌謡曲の「神田川」を作詞した喜多條忠さんと一緒の下宿で過ごした時期がありましたが、歌詞の中にある「三畳一間の小さな下宿」は朝夕二食の賄い付きでした。下宿のおばさんは料理を習いに行ったことなど一度も無いという話でしたが料理上手である一定のローテーションのようなものはありますがその時々の旬の食材のおかずで日替わりのメニュー、ご飯はどんぶり一杯で男子の大学生でも十分な量がありました。「学生には腹一杯食わせてやれ」という下宿のおじさんの方針におばさんが従ったものだそうです。賄いが休みの日曜日と昼食は外食で下宿人によって違いますが私はよく近くの「たのき」と言う学生相手の食堂で野菜炒めを食べました。ちょっと贅沢をするときには野菜炒めの上にショウガ焼きのような豚の焼き肉が二〜三枚乗った肉入り野菜炒めです。私が野菜炒めばかりいつの注文するので「たぬき」の親父さんに「うちには野菜炒め以外のもんも色々あるんだから違うものも食べろ」と言われたこともあります。たぬきの親父さんはタクシーの運転手から食堂に鞍替えしたそうで、その食堂は人気があって繁盛し、それほど大きくもない木造の民家の造りの店でしたが最後にはビルまで建ててしまいました。ですが今は食堂はなくなっています。風呂は銭湯で一回の入浴料は五十円以下、洗濯物は下宿の外に置かれた流しか学生達の部屋がある二階の共用の洗面所で自分の手でもみ洗いするかあるいは出来たばかりの近くのコインランドリーでした。そして下宿代は当然のことながら大学の教科書その他の書籍代や文房具代そして友人とダベるための喫茶店のコーヒー代や時々遊びに出かける新宿までの電車賃やコンパなどの飲み代また煙草代など、全ての生活費を含めても親からの月々三万円の仕送りで贅沢をしたり遊びすぎたりしなければ貯金まで出来ました。奨学金をもらったりアルバイトをしたりはしていなくてもです。学費も全期で八万円ほどだったかと記憶しています。二千十四年四月五日の読売新聞夕刊には首都圏の私大生への二千十三年における仕送りが九年連続で最低を更新しているとの記事が載っていますがそれでも八万九千円ほどとされているのですから当時とは隔世の感です。そしてシーズン体育のスキーの授業に抽選で当たったので、私はその貯金でスキーの板とスキー靴またヤッケやリュックなどを購入して体育の授業に苗場スキー場まで行くことができたりしました。宿泊施設は苗場プリンスホテルで二泊三日だったかと思います。食事のおかずにウズラの開きの焼き鳥が出たのを記憶しています。私は父が空気銃撃ちを趣味としていて子供の頃には雀の開きの焼き鳥などを食べ慣れていたのでウズラの丸焼きも抵抗なくおいしく食べたのですが、多くの学生達がウズラの焼き鳥には全く手を付けずに残しているのをもったいなく思ったりもしたものでした。ごはんは自分ではおかわり自由でした。ウズラの焼き鳥は高円寺だったかと思いますが駅周辺の屋台の飲み屋でも見かけはしましたが、酒好きでもない限り一般の学生にはなじみが薄かったのかもしれません。またその後、下宿の先輩格に当たる人の実家である北海道までスキーに行き実家に泊めてもらったりしてお世話になたのですが、その時の羽田から北海道の千歳空港までの航空運賃はスカイメイトという学割料金で片道一万円でした。当時は格安航空会社などもなかった時代です。そして北海道からは今はなくなってしまった青函連絡船と国鉄の鈍行に乗って帰ってきました。それが高度成長期が終わった直後の頃の東京での私が大学生だった時代の生活でした。二千年代の東京暮らしの学生さん達は下宿ではなくワンルームマンションやアパートあるいはシェア・ハウスが大部分だろうと思います。そして当時とは全ての物価水準が違ってしまっているので家賃だけでも少なくとも七〜八万円はかかってしまうのではないのでしょうか(二千十四年四月五日の先の読売新聞夕刊の記事では二千十三年時点での家賃の平均は六万九百円だそうです)。経済学者の下村治が描いたシナリオによって池田勇人首相が唱えた所得倍増論は千九百六十年から千九百六十七年にかけて実現しましたが、七十年以降でも高度成長期の五倍ほどの三十五年と言う年数がかかったとはいえ大企業大卒正社員の初任給はほぼ倍増してきていたと言えそうです。しかし学生時代を送るための費用は以上に述べた私の学生時代の三倍近くになっていることは確かなようです。二千七年の五月時点では各企業の業績発表でも過去最高の収益を記録した企業が数多く出ていますが、それらは主に輸出企業や海外展開をしている多国籍企業が占めており、必ずしも国内景気がかつてないほどに活気づいているとまでは言えない状況のように思えます。六年連続で前年割れを起こしている百貨店売り上げなどが果たしてこれから持ち直すかなどにも影響してくることと言えます。そしてこの時点での景気回復も大企業の本社がある大都市部での法人税などの増加と海外展開するほどの規模でない企業くらいしか企業がそれほど存在しない地方との格差の拡大にも繋がるかも知れません。中央と地方との税収格差も大きくなっています。二千七年五月十一日の読売新聞に載った「ふるさと納税」の記事には人口一人あたりの個人住民税の都道府県別順位を示すグラフが紹介されています。それによれば一位の東京都は百七十八万五千円、二位の神奈川県は百三十九万円、三位の愛知県が百十九万円、四位の千葉県が百十五万七千円、五位の埼玉県は百十万一千円ですが、下位からかぞえての一位である沖縄県は五十四万三千円、二位の秋田県は五十七万円、三位の宮崎県は五十八万七千円、四位の青森県は五十九万九千円、五位の鹿児島県は六十万八千円となっています。東京都の場合高額所得者の人口比は非常に高いので、それらの人達の居住する住居も高額で高い住民税を請求も出来るでしょうが、所得も低い地方では税収を期待することもままならないと言えるでしょう。これは一人あたりの住民税ですからこれに各自治体の人口をかけたときの各地方自治体の経済規模の差はもっと大きくなると言えます。なぜなら一人あたりの税収が最も高い東京都が日本で最も人口の多い自治体だからです。二千二年十月時点での人口でも東京都は千二百二十一万九千人ですが沖縄県は百三十三万九千人でしかありません。その後の流入流出人口の動きを考えれば東京都の人口は大きく増えています。一人あたり個人住民税が東京都は沖縄県の三倍以上しかも人口は二千二年でも九倍以上と言うことなので、財政基盤は三十倍近くの開きが生まれてきてしまいます。例えてみれば体重が五キログラムの子供とその三十倍の百五十キログラムの体重の人がどうして同じルールで相撲を取れと言われるのかです。体重が五キロでは人間では赤ん坊でしかないはずです。亀田興毅がいくら大口をたたいてもヘビー級の世界チャンピオンとボクシングで戦ったら下手をすると半殺しの目に遭うようなもので、それ以上のハンデが沖縄県と東京都の間には存在していると言えるでしょう。このような税収の地域格差を埋めるために都市に住む地方出身者が自分の住民税の一部を自分のふるさとの自治体にも納税したり寄付したり出来るようにしようというのがふるさと納税の案ですが、一方で負担の原則を崩すすなわち税は受益者が負担すべきであるという原則から外れるという問題が指摘されてもいます。この案が出される背景には国の財政が逼迫し財政改革を行う必要に迫られ、それまで地域間格差を埋める役割を果たしてきていた地方交付税交付金を大幅に減額せざるを得なくなっていることです。その中で生まれる地域間格差を埋めるための苦肉の策がこのふるさと納税と言えるでしょう。国税ではどうにも手の打ちようがなくなったので地方税に手を入れようというわけです。学生時代を終えた若者が自分の生まれ故郷には自分が望むような働き場所がないので都市部へ移り住んでゆくという流れの中では、それまで子供を育て教育を与えた地方にはなんの見返りもなく地方が育て上げたその成果だけを大都市が奪い取っているということも確かな事実と言えるでしょう。少なくとも子供の養育費と学費をそれを負担していた地方に都市部から還元してもらってもよいはずだという言い分も成り立ちます。なぜならそうでもしないと地方が支払ってきた費用が回収できずに終わってしまうからです。養育費も教育費も未来への親や地方自治体の投資であるとすれば投資した費用くらいは回収できてもよいはずのものです。それとも社会人として働くことが出来る年齢までに養育費や教育費という費用を負担した地方の親や自治体の投資は投資のし間違いをしたので資金を回収できないと言うことなのでしょうか?すなわち地方の親や自治体が育て都市へ出た子供が企業の部長になっても社長になってもあるいは創業者として大成功しても、その投資は地方の親や自治体にとっては失敗に終わった投資として考えなければならないことなのかと言うことです。小泉首相は教育に関して語ったおりに「米百俵」の話をしました。ですがこの時点での日本の構成を考えると地方が米を百俵生産して米を売った利益を教育のために費やしてもその労苦は無駄で地方には何も価値を生みはしなかっただけと言うことになってしまうような状況と言えます。石川啄木のように「石をもて追われる如くふるさとを出でし悲しみ消ゆるときなし」と言うようなふるさとに何かの感情的なわだかまりでもあると言うのでない人なら、ふるさとに関してなにがしかの恩恵を返してもよいようにも思えます。確かに現代では親の転勤の都合で何度も転校させられて自分のふるさとがあまり明確でない人もいると思われるのでふるさとの定義をするのが難しい場合もあるかも知れません。孟母三遷も子供にとってはふるさとがどこなのかを曖昧にする行動と言われるのかも知れません。現在で言えば中学受験のために志望校の地域に住民票を移すようなものです。自分のふるさとは海外だという人も中にはいることでしょう。また若者達が都市だけに流れないように若者達が活躍できる場を都市部ばかりでなく日本全国至る所に平等に配置すべきだという言い分も生まれてくることでしょう。企業の本社も工場も東京ばかりに集中したりあるいは首都圏にばかり集中させずに全国に均等に配置されるべきだと地方の人間が考えてもおかしくないはずです。日本の多くの地方は企業を誘致しようと望んで盛んに誘致活動をしているのも事実です。しかしそれもあまり思いに任せない場合が多いようです。では大都市部と地方との格差をどうするかが問題になっては来ます。東京都は出生率が全国一低いので少子化対策も含めて恵まれた税収を使って子供の医療費などの面で大きな優遇策を子供たちにしていますが、もしそれらの優遇策が成功し東京都内の出生率が上昇して流入人口を当てにしなくても都内の人口が増加したりした場合、子供たちが成人になる頃に人口があふれたために大量に東京から外の自治体に流出するとしたら東京都は不満を述べるのではないでしょうか?税金の中から全国で一番多くの費用を割いて手厚く子育て支援をし大切に育てた子供なのにその子は生産年齢になったら他地域や海外へ出て行ってしまったと言うことにもなるからです。東京都の各区や都としてはそれほど割の合わない話もないでしょう。そのような意味合いからは地方から多くの人口流入がある大都市自治体に住む人にふるさと納税にも根拠があります。しかし住民税は地方税ですので、日本の国全体を見渡したときの地域間の格差の調整は本来なら国税で行うべきなのが筋と言えます。すなわち国税である所得税において行なったり国が使い道を限定せず地方の裁量で使い道を決められるようにした交付金で行うのが正論とも言えるでしょう。使途は地方自治体の裁量で決められる自由さを与えた地方交付金に対して、その使用による効果の評価は国が行ってもよいと言えるかも知れません。しかしふるさと納税を提案した安倍内閣では所得税の累進税率を引き上げるなどの変更はせず国税である所得税には手をつけずまた交付金などのことにも触れない方針のようです。こんな事を書き込んでいる私は神奈川県に住んでいますが、北海道や東北あるいは九州や四国などの地域の人にとっては東京も神奈川も似たようなものだと思われることは十分承知しています。ですが関東に住んでいてもこんな考えの人間も中にはいることを知っていただけたらありがたいと思います。また二千七年六月十二日には東京、大阪、神奈川、愛知の四知事がふるさと納税制度や法人二法についての反対表明をしましたが、十分予想されることでもありました。その四自治体とも日本の中では持てる側の自治体すなわち他地域からの人口流入で膨らんでいる自治体ばかりだからです。持たざる側の自治体には反対する理由のないものでもあります。そして持てる側の自治体が反対するのは自由ですが、ではどうすればこのような人口の偏在や地方から都市部への人口の一方的な移動を是正できるのかを考えなければならないでしょう。反対する自治体はこれらの問題にどう対応すればよいかです。少なくとも条例で出来る部分があるのなら条例でこれ以上企業の集中や人口が流入しないような方策は持てる側の自治体自身で立てられると思います。それともそれを問題にしなくてよく何もせずにこれまで通りやっていていいと思うのかどうかも問われます。市場原理だけからすれば労働力が自由に地域間を移動するのは当然ですが、市場原理は問題を生み出すこともなくまた全ての問題を解決できるわけではないわけです。東京への一極集中などは市場原理が生み出した問題だからです。そして反対している一人の神奈川県の松沢知事は「企業誘致のために努力した成果が失われる・・」と述べていました。神奈川県は企業誘致のために優遇措置を行ってきていたのでそれが無駄になってしまうと言うわけです。ですがそれはそれ以外の自治体がせっかく税金を使って育てた若者が生産年齢になったと思ったら大都市へ出て行ってしまうと述べている地方自治体の不満と表裏をなす不満なのではないのでしょうか?経団連の故土光敏夫会長は「都市が人材を搾取した」と生前述べていましたが、それは現在においても変わらぬ日本の現実だと思います。そして現在の日本はどこの地方も若手労働力を都市部へと送り出す余力自体が無くなりつつあるのも事実です。 労働力不足にもとれる二千七年時点の日本経済においては団塊の世代の大量退職に備えて新卒の採用はバブル経済時点を上回る売り手市場とも言われるまでになってはいますが、それまでの日本の労働力の状況を見ると二千五年までには労働分配率は低下傾向をたどっています。平成十七年度版経済白書のデータでは千九百九十九年頃に労働分配率はピークを記録しその数字は七十五%程に達していましたが、二千五年度では十ポイントほど下がって六十五%になっています。またアメリカと日本との労働生産性と実質賃金の比較では二千年時点では日本とアメリカの実質賃金はほぼ同じ水準ですが、アメリカの方がその時点では労働生産性が千九百九十年を百とした場合に五ポイントほどアメリカが上回る程度だったのが二千三〜四年になると日本の二千四年度の労働生産性をアメリカは二千三年度の労働生産性で十ポイントほどの開きをつけるほど大きく伸びています。また実質賃金においても日本は二千三年度から二千四年度にかけて減少に転じていますがアメリカの二千三年度までの実質賃金は大きく上昇し続け日本の二千四年度のそれを七ポイントほど上回っています。なにがアメリカの労働生産性を大きく伸ばしたのかが分かりませんが、日本人は勤勉でアメリカ人は働かないなどとは到底言えない状況になっています。パソコンの活用方法などでアメリカのホワイトカラーの生産性が伸びたのかも知れません。日本のホワイトカラーの生産性が低いことはこれまでにも指摘されていることですし事実先進国中最低となってもいます。日本のオフィス労働も会議の手順などを見直して無駄な会議を無くしたり会議を内容のあるものにしたり、そのためにもまた通常の仕事にもパソコンやOA機器の有効活用など作業や業務の効率化も一段と必要になって来るかも知れないのです。オフィスは大都市圏に集中しているとするなら、大都市圏のその部分の生産性を上昇させる工夫をしなければならなくなるでしょう。少なくとも日本が二千四年度の水準においてもアメリカの二千三年度の労働生産性に大きく水をあけられていると言うことは、日本の労働生産性を上げる上で何かがネックになっていると考えた方がいいようです。その障害が日本企業や日本政府など社会システム上のものであるならそれは何かを早く見つけ出し対処することが必要でしょう。アメリカの場合総人口は増加している中での生産性の上昇と言うことなので、GDPは日本とくらべてかなりの上昇に結びつくだろうとも推測されます。日本の労働分配率の二千五年までの四十五年間の推移を見ると、高度成長期と言われた六十年から六十七年までは四十%代から五十%代前半であったのですが七十五年あたりで急上昇し六十五%台に乗りました。そして九十年から九十五年にかけて再度大きく上昇し七十%近辺で推移していたのですが、二千二年度くらいから低下に転じているのです。それとは対照的に労働分配率ではないですがアメリカの実質賃金は二千三年までほぼ一貫して日本よりも伸びてきています。それらを考えればブルーカラーにくらべて賃金面で高所得層にはいるホワイトカラーですが、賃金に見合うだけの生産性を上げなければならないと言うことになるでしょう。生産性が低いにもかかわらず賃金が高かったりしたら対外的競争力は大きく低下してしまうからです。また生産性の低いホワイトカラー部門を背負い込まされる生産現場は負担がそれだけ大きくなってしまいます。 以上はアメリカと日本との比較ですが、二千七年四〜六月期の中国のGDPは11.9%の伸びを記録しています。早ければ二千七年度下期には中国はGDPでドイツを抜いて世界第三位の経済大国になると予想されていますが、幾分不動産などのバブル経済気味なところもあり、伸びそのものは衰えないにしても不安定要素はありそうな状況です。しかし中国経済が経済規模で日本に迫るのは時間の問題であることは確かと言えるでしょう。第二次大戦の戦勝国でありながら経済面では敗戦国の日本よりも下位に甘んじていた中国や韓国には日本に対するそれなりの国民感情があってもおかしくはないと思いますが、中国とすればいよいよ日本がその視野に近く入ってきたと言えるのかも知れません。一方日本経済はというと消費者物価の下落傾向がまだ止まらない状態です。二千六年八月を直近のピークとして十二月にはマイナスに転じ二千七年六月時点でもマイナス0.1%の下落で五ヶ月連続の下落です。原油高に伴うエネルギー関連や石油の代替エネルギーとしてのバイオ燃料への農産品の代用に伴う食品の値上がりなどはありましたが、通信や家電の量販店の激しい販売合戦による値下がりでマイナスになったとされています。しかし物価がなかなか上昇してこない理由はそれだけではないと言えるでしょう。それは日本の勤労者の賃金が七ヶ月連続で減少してきていたことです。二千七年七月三十一日の読売新聞夕刊の記事では六月の労働者一人あたりの現金給与総額は四十六万五千百七十四円、ボーナスは十九万四千百八十四円と前年同月比で2.3%減となり総所得を引き下げたようです。また従業員五百人以上の大企業ではボーナスは6.2%増額されている一方で従業員五〜二十九人の小企業では7.8%減少しているとのことです。大企業と小企業との間での賃金格差が拡大しながらボーナスを含む賃金全体の減少額は前年比マイナス1.1%とのことですが、その記事の脇にある失業率の記事は若年層の雇用状態が改善して失業率が0.1%改善し3.7%になったとあります。それにしても一人あたり賃金が上のように減少している状況では一人一人の勤労者はおいそれと消費に金を回そうという気にもなれないことでしょう。上のデータは労働省のものですが翌日の読売新聞朝刊では統計データの違いが記事になっています。それによれば総務省の家計調査ではサラリーマン世帯の実収入は実質で7.6%増とのことです。データの出し方のサンプリングの違いなどによるようですが、それにしても例え実収入が増えたと言ってもそれまでの一年間で収入の減少をもサラリーマン世帯は経験させられていたので、その時に出来た赤字分をここでの収入増で埋め合わせる方が先で、実際に消費支出を増やすことが出来るかどうかです。しかし消費は今ひとつパッとしない状況の日本経済ですが、地価の指標である路線価は上昇しています。二千七年八月一日に路線価が各マスコミを通じて報じられましたが物価が低迷している中での日銀の低金利政策が続き金余りの状態の中で資金が土地に向かっているように思われ一部ではバブル期を超える地価の上昇も起きていると報道されています。日銀は一般物価をみて金利を考えているのかも知れませんがバブル経済の時も一般物価は安定している中で資産インフレすなわち地価と株のバブルが起きました。この時点での地価上昇は大都市圏だけの局所的なミニバブルと言えそうな感じもしてきますし、上昇している地域下落している地域との格差が開き二極化して行くような状態に見えます。その理由としては全国平均で8.6%の上昇とはいえ東京・神奈川などの東京圏が13.1%増、大阪・京都の大阪圏が8.1%増、名古屋圏が8.1%増と大都市圏を中心とした十二都道府県は地価が上昇する一方で他の三十一県は下落だそうです。私が住む神奈川県は十五年ぶりに地価が3.7%上昇に転じたとされても平塚市の我が家の近くの通りもシャッター通りになりつつあります。それでもその部分の地価が上がったりしたらおかしな事ですし、テナントをいくら募集しても無理がありシャッター通りになることをさらに加速させる結果になります。地価が実態の経済を反映せず実態経済を超えて必要以上に上昇しすぎたが故に商店街が寂れ、商店を営んでいた人はそこを売却してほかに移住するという結果になることもあり得ます。そして神奈川でも横浜・川崎方面が上昇率が大きいのかも知れません。シャッター通りになりかかっていながら地価だけは上昇してしまったら土地の所有者は税が上がりその土地の上の店舗は賃料が上がると言うことになり益々そこで商売をしている人は採算が合わなくなって店を閉めなければならない商店が増えてしまいます。すなわち地価の上昇分に見合った売り上げの増加がなければどんな商売もその場所では成り立っては行かないのです。商店街が寂れれば再び地価は下落することにもなるのですが、地価が元に戻ったとしてもその間にそこに存在していた地域コミュニテイは崩壊してしまっていて元には戻せない状態になっていると言うこと考えられます。全国的に見て平均では地価が下げ止まり上昇に転じたとしても、地価の上昇に応じた賃金の上昇や消費支出の増加による経済の活性化がなければ家計も商店も地価の上昇に伴う採算割れと言うことにもなり地価の値上がりだけを喜んでもいられなくなります。この時点では最も地価が高かったのは二十二年連続で銀座鳩居堂前の通りとなり、それに加えて和光及び銀座三越が並んだとされます。ですが、地価がそこまでのものであると言うことは平塚のレストランや喫茶店でならアイスコーヒーは一杯三百五十円から五百円で飲めますが、銀座三越の喫茶室ではそれほど味も量も変わらないアイスコーヒー一杯が九百四十五円もするという結果にならざるを得ないのです。いずれも消費税込みの値段でです。東京都心から平塚までの距離は直線にしておよそ六十qでしかありませんが、平塚から銀座に出かけた人間はアイスコーヒーをありがたがって飲まなければならないのか、それとも馬鹿馬鹿しいと思いながら飲まなければならないのか迷うところです。おなじ東京でも高田馬場の大学の近くの学生街の喫茶店ではアイスコーヒーは二百七十円でした。 しかし日本経済をより正直にあらわしているのは上昇した地価よりも上昇気味になるかと思うと海外市場の影響を大きく受けて下落する日本の株式市場の方かも知れません。世界同時株高と言われる中で出遅れていた日本株が日経平均で一万八千円台を回復したかと思うと上海株の下落で大きく下げ、再度一万八千円台を回復するとアメリカの低所得者向け住宅ローンのサブプライムローンの融資の焦げ付き懸念から生まれたアメリか株安で日本の平均株価は一万六千円台に落ち込んだりしています。バブル経済の時には土地と株式の資産インフレが起きましたが、この時点での日本の株価はバブル経済時の最高値の半値以下の水準です。この時点の日本経済は戦後最長の景気回復局面の中にあると言ってもその景気回復力は弱含みで力強さには欠けると言っていいようです。二千七年八月二日には二千七年度の国内総生産成長率を2.1%に下方修正されました。名目成長率が実質成長率を上回って年内にデフレ経済から脱却するという見込みが送れそうな状態だと報じられたことなどがそれを物語っています。日本経済は深酒が原因の大病のあとでどうにか体力が回復基調になっているとは言っても病み上がりの状態からはまだ抜け出せないでいると言ったところでしょうか。そのような中で日本の人口は二年連続の減少という記事が二千七年八月三日の読売新聞朝刊に載りましたが、総人口が減る中で三大都市圏に居住する人口が半数を超えたとされています。これでは先の地価にしても都市部の地価は上昇しても地方の地価が上昇するという条件にはなりません。土地に対する需要が地方には生まれないからです。同じ日の夕刊には厚生労働省が発表した『厚生労働白書』の記事が載りましたが、「勤労者家計について、消費は全体として力強さに欠け、教育、住居などの支出項目で所得階層別の格差も拡大している」と分析したようです。地域間格差、業種間格差、就業形態による格差など格差の原因も様々ですが、大都市圏に人口が集中する傾向の中では地域間格差が最も大きな問題となってくると言えるかも知れません。消滅の危機にある地方の集落を限界集落と呼ぶそうですがその数は三千を超えると言われます。一票の格差が出来ないように人口比に応じて国会議員の定数を決める選挙制度では、都市部の議員定数は増えても地方の議員定数は減り地方の意見や状況は国政には反映されずらい形になります。都市部の人間だけで日本の全部を決めてしまっていいのかどうかと言うことです。大都市圏を選挙地盤とする国会議員も国会議員であるなら国全体の造りがそれでよいものかどうかは考えなければならないことだろうと思います。このような日本国内の地域間格差や個人間の収入の格差などは、やっと政府も問題視し始めようとしています。二千七年版の経済白書では格差問題が取り上げられています。白書では経済発展段階からとらえた格差の変動として、1)労働節約的な技術進歩の普及:機械で代替できる非熟練労働は賃金が低下し熟練労働の価値が上昇し賃金も上昇する。また農業・工業部門間では、資本集約的・熟練集約的な工業部門の生産性が急速に上昇し、労働集約的・非熟練集約的な農業部門の生産性の上昇は遅れる。2)人口構造の変化:低賃金の若年・非熟練労働力の割合が増えることあるいは外部労働力市場が発達することで非熟練労働者が過剰になることにより熟練労働者と非熟練労働者との賃金格差が広がる。逆に非熟練労働者の割合が低下し熟練労働者の割合が増えると格差は縮小する。3)人的資本の蓄積:教育や訓練を通じた熟練形成による労働力の質的変化は部門間、企業間、個人間で異なり、格差が拡大したり縮小したりすることに影響する。国別でもこれらの違いによって格差が生まれる。4)その他の資本蓄積:資本と熟練労働は保管関係にあり、資本と非熟練労働は代替的な関係にあることにより、資本蓄積によって非熟練労働の価値は低下し格差が生じる。の四つの要因を挙げています。日本の二千七年度時点における格差の要因が何かを考えると、1)の農業と工業では、日本の農業も機械化が進み農機具もハイテク化して農作業も自動化された部分がかなり出来てきていたとはいえ農業分野の生産性を上げるために農家の大規模集約化を図る制度に農業政策を切り替えなどが行われようとしています。これまでは農家が各戸別に高価な農機具などを農家同士が競って購入していましたが、それらを共同使用の形態にするだけでもコストの削減は図れるかも知れません。農機具の性能が向上してきているのであれば一台の農機具で耕作可能な面積も広くなっていていいわけですから少なくとも単位耕地面積あたりの投入されている農機具の台数を減らしてコストを削減することも出来ると考えることは可能だろうと思います。すなわち耕作面積に対する農機具の適正投入台数は考えるべきだろうと言うことです。それは各個別の農家が戸別単位でいくら考えても出来ないことで、ある程度の農家を寄せ合わせて考え農作業の期間や作業時間などと兼ねあわせて割り出さなければならないことです。そうでないと製造業で言えば過剰生産設備を農業分野が抱えてしまうことになるからです。製造業などでは設備が過剰になれば一時的な出費を覚悟しても過剰な生産設備は廃棄せざるを得なくもなります。そうしないと採算割れの状態が長引いて損失がもっと大きくなってしまうからです。高価な農機具を使って食料生産しても農産物価格が下落するのでは割が合わなくなります。それは個々の農家にとっても経費節減につながり利益のあるものだと思いますが、農家同士の間での調整が必要になることも明らかです。現に茨城県の農村部では稲の刈り入れや脱穀など農家の仕事の一部を有料で代行するサービスを提供する人たちも出始めているとのことです。それらの代行を行う人が自前の農機具を持ち込んで作業を行うのであれば各戸別農家の農機具の保有はその分必要がなくなるのかも知れません。また農家の実収入は出費が増えることで減ったにしても高齢化で耕作放棄地にしてしまって全く収入がなくなるよりも農家にとってもいいかもしれません。地域全体での経営と戸別農家当たりで考えた合理的な経営を組み合わせれば、戸別農家は自営業者ですから京セラの稲盛会長が唱えるアメーバ経営のような地域と戸別農家の経営の組み合わされた経営形態の姿が農村部に生まれる可能性もあります。農業生産法人方式の会社もできていますから少なくとも自分が食べる分の作物くらいは自分の持っている農地から得られるのであればよしとする農家もあることでしょう。都市部では借地料や駐車場料金で収入を得る人もいるのですから農家でも地代収入分くらいの利益は得られる道があってもいいはずです。ただどのように農家が合理化を図ったとしてもこの時点の日本は少子高齢化であり、高齢者の食べる食料の量は育ち盛りの人間よりも減少するので食物の消費量も国内では減少することは避けられないことともいえます。日本国内で生産された農作物などを輸出できるか、そしてそれに価格競争力があるかなどの課題もあります。また東北大学の摩擦学の専門家の堀切川一男教授の米糠から作ったセラミックはRDセラミックスと名前がつけられ素材はそれ自体では滑りをよくするのですがゴムと混ぜた場合には滑りにくい性質に変わるそうでゴムと混ぜて滑りにくいスリッパとして商品化され病院の患者用などに使われているとのことです。雪国での滑りにくい靴や送電線の非破壊検査のための工業製品などにも応用されてもいるとのことで、地域発の産業が形成される条件を与えもします。「第一次産業の農産品を原料にして工業製品を作る1.5次産業を目指すものだ」との考えのようです。これは二千七年十月一日の日テレG+の「どれどれトーク」で紹介されていました。トウモロコシからはバイオ燃料ばかりでなくプラスチックなども作られていますし、二千七年十一月十四日のNHKの夜九時のニュースでは北陸先端科学技術大学院大学の金子準教授が三百度を超える高温に耐える植物性プラスチックの開発に成功したと報じています。自動車のエンジン部分周辺の部品にも使えるそうで、その原料が農産品なのか木材なのかはわからないものの植物の細胞膜に含まれるポリフェノールが原料のようなのでこれも1.5次産業といえるものなのではないのでしょうか。また二千八年十二月二十九日の朝日新聞には日本ビクターがバイオマステクノロジーと共同開発で古々米の含有量がを十%のプラスチックのDVDケースを開発したとの記事が載っています。これらはまだ数えるほどのものでしかありませんが一次産業である農業や林業そして漁業の産品を原料にした工業製品も研究次第ではもっと作られる可能性はあるのかもしれません。バイオ燃料という用途ができ穀物への新規需要が生まれ出たために農産物への需要が高まりまた世界の投機マネーが流れ込んだために世界の穀物市場で相場の値上がりが起きたりしているので、これまで割高だった日本のコメもその分だけ価格競争力がついたことにもなります。トウモロコシの国際市場価格が上昇してコーン・フレークが値上がりすれば玄米フレークの価格競争力がそれだけ増すと言ったようなものです。地球温暖化を回避するために穀物からバイオ・エタノールの燃料生産をせざるを得なくなったことはある意味では日本の農家にとって追い風になり得る部分もあるといえるでしょう。また原油価格があまりにも上昇すればバイオ燃料への比重が大きくなる可能性を加速する必然が生まれます。それは低迷する日本の農業にも貢献することにもなります。経済学の分野では人類にとっての基礎的エネルギーの転換は百年に一度くらいの時間的長さで起きてくると言われています。これまで地球内部に蓄積されてきていたいわゆる化石燃料の消費からバイオ燃料へと人類の生活を支える基礎的エネルギーの転換が始まる時期なのかもしれません。二十世紀は石油の世紀でしたが、二十一世紀はクリーンエネルギーとバイオ燃料の時代なのかもしれないのです。バイオ燃料の生成などのことについては私は全く無知なのですが、もしバイオ燃料にとって炭素の吸収力のある植物が有効であるというのなら、中国原産の植物であるケナフは二酸化炭素の吸収力が高いと言われるので、ケナフの二酸化炭素の吸収力を高めている遺伝子を特定してその遺伝子をイネに組み込むことによって二酸化炭素の吸収力が大きいイネを開発することも可能なのではなどと素人なりに考えたりします。燃料用にイネの遺伝子組み換えをするわけで食用のコメにするわけではないので消費者も心配する人はいないだろうとも思います。2)の外部労働力市場と考えられる中国を初めとする大きな人口を抱える国が世界市場に参入してきたことにより日本国内の非熟練労働力との競争が起き日本の非熟練労働者の賃金が大きく低下したことがまず考えられます。またそれとも関連して3)では、フリーターやパート派遣労働など短期の雇用形態によって熟練度を高める条件が低下する雇用になっている部分が生まれていることです。そのために賃金が低く押さえられることにより、そのような人が家庭を持って子供を作った場合には子供の教育に十分な資金を投じることが出来ず、4)の人的資本の蓄積と言われる熟練形成の度合いが低下することの問題が生まれます。またそのことが背景となって日本の子供の学力低下を多くの親が心配するようにもなり、教育分野が注目されるようになりました。企業の方も社員教育への十分な時間と資金を投ずる余裕がない中で、社員は自分の給与の中から自己啓発やスキルアップのための資金を捻出しなければならない条件にもなってきています。それは少子化に悩む大学とも利害が一致することで大学が社会人教育の分野にも手を広げる流に繋がって来いています。これらは自己啓発の資金のある人間と低賃金でその余裕がない人との格差をさらに広げかねない部分もありますが、白書の「人口構成の変化による壮年期の熟練労働者の割合が増加することを通じて、社会全体の格差は縮小する」力が働けば少子高齢化の日本の場合は年金生活者が増えて格差が拡大するとも言われますが、第二の人生の人達が働ける道を得ることが出来れば若年労働者の割合は減少しているので格差は縮小するとも考えることが可能かも知れません。また高齢者が大量にリタイアをすれば若年労働者への需要は増加し賃金も上昇することも考えられます。以上は経済白書がクズネッツU字曲線を紹介しながら経済の発展段階による格差の変動の要因とする四項目です。白書で紹介されているジニ係数の比較では、アメリカ・カナダ・英国のアングロサクソンの国々では格差の指標とされるジニ係数が大きく、デンマーク・ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの北欧ではジニ係数が小さく、イタリア・フランス・ドイツ・オランダの大陸ヨーロッパでは両者の中間くらいになっています。そしてアングロサクソンの諸国では一人あたりGDPが伸びるのに伴ってジニ係数も上昇し格差が拡大している反面、大陸ヨーロッパはイタリアを除いてジニ係数は下降、また北欧諸国、中でもノルウェーなどは一人あたりGDPではアメリカを二千ドル以上上回っているにもかかわらずジニ係数はアメリカが0.37であるのにノルウェーのそれは0.25に押さえられていますしわずかしか上昇していません。そして幸福度と所得、格差の関係では、平均所得が増加すれば幸福度が上がり、ジニ係数が大きくなって格差が拡大すると一国の幸福度で代理される厚生水準一般が下がる可能性があるとされるデータが載っています。日本では最低賃金の引き上げが二千七年には平均で十四円なりましたが、それにしても引き上げ額は全国を四分類して設定されていて都市部と地方との格差は歴然としています。Aランクの十九円の地域は千葉、東京、神奈川、愛知、大阪、Bランクの十四円の地域は栃木、埼玉、富山、長野、静岡、三重、滋賀、京都、兵庫、広島、Cランクの九円〜十円の地域は、北海道、宮城、福島、茨城、群馬、新潟、石川、福井、山梨、岐阜、奈良、和歌山、岡山、山口、香川、福岡、Dランクの地域は青森、岩手、秋田、山形、鳥取、島根、徳島、愛媛、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄と二千七年八月二十八日の読売新聞夕刊で紹介されています。これは中央審議会が行った目安ではあっても、各自治体の経済力の差がそのまま最低賃金の差として表れていると言ってよいでしょう。また最低賃金は生活して行ける賃金に近づけようというもので経済的な規模などの差がある都市部と地方とで最低賃金のレベルをそれぞれの地域経済の実状に合わせたもので一律に設定されているわけではないので、地域間格差を是正するような性格を持ったものではないと言えるわけです。また、青森県と東京都では各々最低賃金が異なりますが、その異なる最低賃金の人の割合は東京都では非常に少なく青森県では最低賃金に近い人の割合が非常に大きいという格差があります。結局格差を是正して行くには所得などの再分配が必要になってくるわけですが、白書で示されている所得の再分配の各国比較ではベルギーが最も高く、次いでスウェーデン、フィンランド、デンマークと続き、ノルウェーとドイツがほぼ同じで、オランダ、英国、カナダ、アメリカとなっています。北欧の国々の所得の再分配の効果が大きいことが顕著です。そしてアメリカは税による再分配立が大きいのにくらべ、北欧諸国は税よりも経常移転(課税や社会保障などの政府から家計への移転部分とされています)が大きな比重を占めています。確かに白書の言葉にもある「努力のインセンテイブを阻害しない範囲で所得再分配」という考えは重要でしょう。福祉が行き過ぎて全ての人が社会保障に頼りすぎてしまって自助努力をしなくなることは問題です。しかし人並み以上に働いているにもかかわらずワーキングプアと呼ばれる人々も生まれ出てきてしまっている現在の日本においては所得の再分配は十分行われるべきもののようにも思えます。いくら頑張っても、あるいはいくら長年働いても給与は一定以上には引き上げられる見込みのない派遣労働の雇用形態などでは働くインセンテイブは削がれると言えるでしょう。それらの様々な理由で生まれ出ている格差を所得税率の変更で行うのか社会保障費で行うのかは色々考えなければならないにしてもです。日本の所得再分配の時系列のデータも白書に載っていますが、千九百九十年時点から順次改善され、二千二年度にまで至っています。しかし地域間における所得格差や雇用機会の格差は依然として未だ大きいと言えるのではないのでしょうか。農業・漁業・林業以外公共事業にしか頼ることが出来なかった地方に新たな産業の振興策を講じないかぎり都市と地方との所得や雇用機会の格差は無くならないことでしょう。地方にある地場産業同士をうまく組み合わせることによって新たな財やサービスを提供できるようようにコーデイネート出来る人材が必要になる場合もあるかも知れません。地場の産業同士を組み合わせてさらに付加価値の高い商品やサービスを提供することがどうしても必要になることでしょう。地方に殖産興業することによって地域の収入を増やす工夫をしなければ地域からはより高い収入を求めて人が流出して行くことを防ぐことが出来ないと言う悪循環に陥ります。そのような中で農林水産省は企業の農地借用の自由化に踏み切ろうとしています。生産者の高齢化や後継者不足などによる遊休地化などに対して優良農地でも二十年間の定期借地権契約を企業が結べる制度に変更しようとしています。そのことは二千七年八月二十三日の読売新聞朝刊で紹介されていますが、はたして井関農機やヤンマーなどは名乗りを上げるでしょうか?農業に関連する企業には農機具メーカー以外にも農薬や肥料などの化学メーカーやあぜ道や農道の整備などの土木分野の企業あるいは種苗会社やバイオ燃料が注目されるのならバイオ関連やエネルギー関連企業の連携など色々あるとは思えます。バイオ燃料の生産に石油元売りの会社などが参入して農村や山村にバイオ燃料の生産基地を作ってもいいはずです。そして先の白書で述べられている労働集約的・非熟練集約的と指摘される農業分野に資本集約的・熟練集約的な工業部門の企業が参入したら農業部門は資本集約的・熟練集約的な産業へと変身が計れるかどうかと言うこともポイントになってくることでしょう。またその時それまで農家でやってきていた人達の生活はどうなるかも問題ではあるでしょう。そのような中で二千七年八月二十五日の読売新聞朝刊には日本の二千五年度のジニ係数が0.5263と0.5を上回って過去最大になったと報じられました。所得格差指数と紹介されている不平等係数とも言えるジニ係数は0.5を上回ったら速やかに是正策を講じる必要があると言われている指数です。例示されている解説には「全体の25%の世帯が所得総額の75%を占めた場合ジニ係数は0.5となる」となっています。これを逆に言えば「ジニ係数が0.5と言うことは全体の75%の世帯が所得総額の25%を分け合っている状態」と言うことにもなります。これは投資を勧誘する会社が無作為に電話で投資や出資の勧誘の電話をかけまくったとしてもその話に乗ってくる可能性のある人に繋がる確率は1/4あればいいところで3/4の確率でそのようなお金の余裕はない人に繋がるとも言えるでしょう。投資や出資話しを持ちかけてもその大半は無駄なわけです。その確率を上げたかったら話を持ちかけている会社の社員も経営者もこのジニ係数を下げるように政府や一般企業各社に要望しなければならないことでしょう。日本人で株取引を行っている人の3/4は年収が五百万円以下の人たちとされますが、その年収の人たちにとってはそれほど多額な投資資金があるとも言えないことでしょう。少ない収入をいくらかでも増やそうとする目的で株式投資を行っていると言えるからです。ジニ係数が上がったのは年金世帯が増えたと言うだけでなくフリーターなどの非正規雇用の若い世代が増えていることも一因と考えられるとも言われますが、世帯の所得は四百六十五万八千円(三年前の前回:五百十万八千円)、世帯を種類別に見た場合の一般世帯五百七十八万二千円(前回:六百九万五千円)、高齢者世帯八十四万八千円(同:九十二万円)、母子世帯百九十一万一千円(同:二百一万三千円)と世帯所得は全ての種類別世帯で減少したようです。そのような中で収入が増えてきているのは企業の役員のみと言う状況になっているのかも知れません。これでは消費性向の数字だけは上がっても個人消費が盛り上がらないのも当然と言えそうです。ジニ係数がかくなる状態であるというなら、社会保障を加味した場合にはそれが是正されているとはいえ、所得の格差そのものを是正する方策を講じる必要があるかも知れませんし、所得税率の構成などの変更も考えるべきかも知れません。すなわち社会保障だけでなく税と社会保障の両方で格差の埋め合わせを強める必要があると言えそうです。金持ちが金があると言うだけで自分の手持ちの金で社会的な貢献をしようという気持ちがないのなら公的部門でその金を使って社会的な公平さを取り戻す方策を考えねばならないことになっても来ます。金持ちが自分の私財を使ってニートやフリーターの再教育や職業訓練のための財団や基金を作ったりしてくれるというのなら所得格差が広がる日本の社会にはまだ救いもありますが、現状はどうもそのようにはなっていないようです。 そして二千年代に入ってからは労働分配率も低下傾向です。生産性を考える上では労働分配率と有形固定資産利潤率(限界資本生産性)は逆比例のような関係にありますが、労働分配率を過度に下げると消費にはマイナスになり結果的にデフレからの脱却が遅れます。生産性を上げてもその生産性上昇分から得られた利益をどう分配するかの問題は残るからです。小泉内閣の時代の経済財政白書の副題は「改革なくして成長なし」とされていましたが二千七年度の安倍内閣での経済財政白書の副題は「生産性上昇に向けた挑戦」とあります。一人あたりの生産性を上げて行かなければ一人一人が豊かになる条件が生まれてきません。しかし改革をして幾分か成長路線に乗ったとき、それは誰に利益をもたらした改革だったのかが問題になってきました。それが中央と地方との格差や個人間の所得格差などの問題です。当然、それと同じように生産性上昇に挑戦して生産性が向上しても、その生産性の上昇分は誰が受け取るべきなのかという問題も生まれてくることでしょう。労働生産性が重要になってくる要因を白書は「日本経済は少子高齢化により労働力が減少する局面に突入する。特に二千七年は、戦後生まれのベビーブーム世代(団塊世代)の第一陣が六十才という定年退職の年齢に到達節目の年となる。これは経済成長率の要因の一つである労働力が減少することを意味する。高齢化の進展は労働力を減少させるとともに、高齢者の増加による貯蓄率の低下を通じて投資水準が低下することも懸念される。資本の蓄積が困難となれば経済成長の鈍化は避けられない。労働力や資本の量的拡大が困難であれば、日本経済全体の成長率を維持するためには、労働や資本の質的向上を目指し、国民一人あたりの成長率を高めて行く必要がある。すなわち、労働投入当たりの生産性の効率化、労働生産性を向上させることが重要となる。」と述べています。まさにその通りと私には思える問題の列挙です。しかし生産年齢にある労働力が減少して行く中でありながら、一週間のうち四日以上ネットカフェで過ごすネットカフェ難民と呼ばれる人の数は五千四百人に上ると二千七年八月二十八日に厚生労働省のデータが発表されました。実際はそれ以上の数に上るだろうという声もありますが、ネットカフェ難民は東京が二千人、大阪が九百人、名古屋が二百人で主に東京・大阪などの大都市部に集中しているとも言えるでしょう。そのうちの半数は派遣労働などの非正規雇用とは言ってもパート・派遣の労働者は全勤労者の三分の一にも上ったりしてネットカフェ難民と言われる人達は自分の住居がなく一般の非正規雇用労働者よりも下層の労働層を形成していると言えるでしょう。それ以下の層に転落すればホームレスと言う路上生活者になります。減少する勤労者のレベルを引き上げ生産性を上げ、付加価値の高い生産物やサービスを生み出すためには労働者の質を上げるための方策を講じるべきですが、現実にはあまりにも労働者を、殊に若年労働者層を不遇な状態に起きすぎていて教育訓練や職業訓練などとはほど遠くそれ以上のステップに進むことが望めないおざなりな条件に置いてしまっているとも言えそうです。ネットカフェ難民と言われる人達の五十五%は三十九才以下の若い人達です。若い世代にちゃんとした職業訓練や知識を与えておくことは、その人達が高齢者になってからでも新規のものを作り出す可能性を用意してくれもします。二千七年八月二十日のNHKの首都圏ネットワーク「栽培樹でリサイクル」の番組で放送されていたことですが、化学メーカーで研究員をしていた人が退職後に群馬県高崎市の造園業に就職し、街路樹や庭木の剪定などで出る枝葉を菌で分解処理して液体状の培養液を開発し、それを農家で使ってもらったところ病虫害に強いキャベツなどの作物が出来て農薬の使用量が三分の一で済みしかも味がよい作物が出来るとのことでした。それまでは枝葉はただ焼却処分していたそうで、菌処理したあとの枝葉の滓も堆肥として使えるそうです。これなどは長年現役のサラリーマンとして働いてきた人が第二の人生でもその知識と経験を生かすことが出来た非常に幸せな例とも言えるものです。ですがこの場合では現役時代に化学メーカーの研究員としてやってきたときの知識がなければ、枝葉から培養液を作るという発想もまたそれを実現する技術も生み出すことは出来なかったことでしょう。第二の人生が始まろうとしている団塊の世代の人達も様々な知識と経験を積んできているので、それらの人達が第二の人生で巡り会うものとそれまで培ってきた知識や経験とが思わぬ形で結びあわされることにより創意工夫が生まれて、これから新規の財やサービスの分野を作り出す可能性もあり得ます。それはA級グルメではないB級グルメでも十分美味しい料理は沢山あるように、現役時代に生み出してきたその人にとってのA級アイデアは生み出せなくてもB級あるいはC級アイデアでも十分社会の役に立つものを思いつけるかも知れません。それらの人達が生み出す新しい価値の創造が新たな雇用を生み出すまでになれば、若い世代の人達に道を与えることも出来ますし、若い世代達を育成する余裕をある程度社会の中に蓄えておかないと、若い世代が現役から引退になったときに第二の人生になってからでも新たな工夫や価値を作り出すだけの知識や技術が蓄積されず身についていないことになってしまいます。その時の利益だけを求めるような人の使い方は将来的には日本の社会にとって大きな損失ともなって来ることになります。そして現役世代が主に活躍する経済社会の日本の労働生産性は千九百八十年代は3.4とアメリカの1.5を大きく上回っていましたが、九十年代には日本が2.2ほどアメリカは1.7程と差が縮まり二千円台には日本2.4程でアメリカは2.5と逆転されています。労働生産性に関して白書は資本深化(資本装備率の上昇)と全要素生産性の二つの要因に分けて解説しています。資本深化は労働者一人当たりが利用できる資本設備の分量の増加とされ、全要素生産性(TFP)は産出された付加価値の上昇分から資本・労働などの投入要素の変化率を控除した残差とされています。この残差の中には教育訓練などによる労働者の能力の向上やIT技術などの設備投資で労働者数あるいは資本ストック量のデータに定量的には盛り込まれないものを意味するようです。そして時系列でこの二つの要因を白書はグラフで示していますが、製造業では八十年代は資本装備率も高くTFPほぼ半分以下の水準だったのが九十年代前半にはTFPが低下し、九十年代後半に回復し、二千年代にはいると資本装備率が落ちてTFPの割合が大きく伸びています。非製造業では八十年代にはTFPもある程度のウェートがありましたが九十年代前半には低下し、九十年代後半に入りとTFPがマイナスになりました。二千年代に入ってからも非製造業のTFPは非常にわずかです。そのような影響もあって全産業で見たときにもTFPは九十年代後半には落ち込んでほとんどゼロになっています。九十年代の失われた十年と言われる時期は企業にも企業内で教育訓練をするだけの余裕がなく資本設備の導入だけでは進まない労働生産性の上昇の壁に直面していたとも言えそうです。そして八十年代、九十年代前半にくらべれば日本の労働生産性上昇率の要因である資本装備率もTFPも全体的には低下してきていることが懸念材料と言えます。日本の労働生産性は千九百九十五年〜二千年にかけてより二千年〜二千五年にかけての方が上昇していますが、製造業と非製造業とでは労働生産性において大きな開きがあります。アメリカの場合は両者とも年率で5%程ですが、日本の場合は製造業が4%、非製造業は1.5%程と大きな差が生まれています。日本の場合には非製造業の分野の生産性を高める努力をすればさらなる生産性の伸びが全体で生まれる余地があると言えるでしょう。非製造業には電気・ガス・水道、鉱業、金融・保険や運輸・通信、卸・小売、不動産、サービス、建設、農林水産などが分類されていますが、二千年時点で全要素生産性がプラスになっているのは電気・ガス・水道、鉱業、運輸・通信、金融・保険、卸・小売のみです。不動産、サービス、建設、農林水産はいずれもマイナスとなってしまっています。現在ではそれらのどの分野にもパソコンやインターネットの準備が出来つつあります。農林・水産などでもホームページを立ち上げて産地直送で農産物や海産物を宅配で送るサービスも展開できることでしょう。私が住んでいる神奈川県の平塚市でも飲食店ばかりでなく文房具店、バイク販売店、金物店、菓子店、八百屋、不動産屋など多くの個人店舗にもまた医院や薬局にもインターネットの準備ができはじめているのが事実です。問題はそれをどのように活用すれば一層の効果が上げられるのか、そして結果として労働生産性をこれまでよりもどのように上昇させることが出来るのかを工夫しなければならないと言うことにもなります。商店ならば日々の売り上げなどの会計の時間的省力化にパソコンが活躍する場面もあります。バーコードやこれから一般化するであろうICタグなどを使うわけではない小規模個人商店に現在あるようなレジスターに専用の簡易版会計ソフトを添付しパソコンとレジスターをUSBケーブルで繋いで、レジスターで料金収入やなどを打ち込むとパソコンの方の専用ソフトに数字が打ち込まれ一日の営業が終わったときにはそのソフトで瞬時に一日の売り上げが自動集計できるようなシステムが開発されれば個人商店にとっても非常に仕事量が減って楽になることでしょう。あるいはレジスターにメモリーカードのような記憶媒体を差し込んでおいて打ち込んだ数字を記録させ、一日の営業が終わったらパソコンとレジスターをケーブルで繋いでソフトにカードの数字を自動的に読み込ませ一日の売り上げの会計処理ができるシステムでもいいかもしれません。そうすれば伝票を見ながらエクセルなどの表計算ソフトにテンキーを叩いて数字を入力するような二度手間が要らなくなります。現在のレジスターは経理が出来るようになっているようですがレジスターで行うよりもパソコンの方が処理のための操作性が高いからです。そして日毎、週毎、月毎、年毎の集計もできるようにしておけば非常に便利です。また簡易会計ソフトのデータはエクセルなどと互換性を持たせファイルを共用できるようにしておけばグラフなどもすぐに作れるでしょう。このようになればパソコンをどう利用したらいいか迷っている個人商店の人にとってもその部分では日々使う道具になります。あとは仕入れ伝票の値段を集計して引き算すればいいだけです。私にはそれを実現する知識や技術の能力がないのが残念ですが実際にそうなれば小さな店舗の人にとっては助かるものにもなるでしょう。また部品や原材料あるいは医薬品の仕入れの発注などもこれまでのファックスなどではなくインターネットでも出来ます。そのためにはエクセルファイルでも注文の品名や数量などを書き込んで出来ますが個人商店などに商品を卸す会社の注文フォームのホームページが用意されていれば話が早いとも言えます。そのようになればそれまでの注文取りをしていた営業マンの部分はかなり合理化されます。余剰人員は他の仕事を新たに作り出してその部門にも配置できますし、個人商店などの会計処理時間が短縮できれば生まれた時間を自分たちの商売の新たな工夫をすることに振り向けたり家族と過ごすことにも使えます。白書の分析のグラフでは日本の資本生産性は二千年〜二千五年にかけての状態はイタリアに次いで低下しています。そこに載っているのは日本、アメリカ、英国、カナダ、ドイツ、フランス、イタリアですが、いずれの先進諸国も資本生産性はマイナスではありながら日本がイタリアに次いで低下の状態が大きいと言うことです。それにくらべて全要素生産性(TFP)の伸びは千九百九十五年〜二千年までの間では日本のそれはカナダ、英国、アメリカ、ドイツ、フランスに次ぐ位置でイタリアの上でしかありませんでしたが、二千年〜二千五年にかけてでは日本の全要素生産性はアメリカに次いで英国と並ぶ水準になっています。日本の全生産要素の成長率が最も高いのは製造業の電気機械で十五%に近い伸びを示し他を圧倒しています。非製造業では最高の伸びを示している電気・ガス・水道でも五%に届きません。日本の労働生産性を上昇させるための手段をいくつか白書は指摘していますが、その中の一つに「アメリカにおいて高い生産性を達成できたのは、イノベーションとIT技術への重点的な投資があったことが要因としてあげられる。アメリカではIT企業家精神の旺盛さと労働・雇用の柔軟な市場がビジネス形態の革新を伴いながら、TFPの伸びに寄与した。日本の場合、非製造業を中心に有効活用されていないIT資本をどのように活かしていくかが、生産性をさらに上昇させるための重要な課題と言える。」とあります。また雇用面では「労働生産性が高い企業は省力化を推し進めて雇用吸収力が低い場合が多く、経済全体としてそのような高労働生産性部門へ労働力が大量に移動するという展開は期待しにくい点は認識しておくべき必要がある。」とも指摘しています。すなわち労働生産性が極めて高い分野は少ない労働者数でも高い生産量を生み出すまでになっているので、その部分で大量の人員を採用する必要がないまでに企業体質を強めていると言うことです。しかし資本集約的・熟練集約的と言われる工業分野にも熟練度を上げることがそれほど出来ない短期の派遣労働などの雇用形態で働く人が増えています。分業化された生産工程の中で単純労働でも可能な生産の部分を請け負わされている労働者なのでそれほどの熟練度を要求されていない仕事の部分です。そのことを白書は「非正規雇用者やフリーター、ニートの増加は、正規雇用である場合にくらべて、若年期に必要な技術及び知識の蓄積がなされないなどのおそれがある。」またその一方で多くの人の雇用の受け皿となりつつある生産性の低いサービス業を含む第三次産業の比重が日本の場合は大きくなってきています。比重が大きくなってきている部分の生産性を上げる工夫をしないと日本全体で見たときの生産性は上昇してこないことでしょう。 白書には日本とアメリカの労働生産性上昇率に対する業種別寄与度のグラフも載っていますが、千九百八十年から千九百九十九年までのアメリカのそれが1.5%程と低かったのに対し、日本の場合は千九百八十五年〜八十九年で4.5%と高い伸びを示しました。その期間は日本のバブル経済の時期でもありましたが、流通・運輸、製造などが大きな生産性の伸びを示しています。しかし二千年〜二千四年になるとアメリカの生産性の 伸びは3%までに大きく飛躍し日本のそれは1%までに低下しています。アメリカの生産性の伸びに大きく寄与しているのはIT利用サービス産業の分野です。その分野だけで2%程の生産性の上昇の寄与度になっています。日本のそれは0.3%程くらいでしょうか、かなり大きな差がついてしまっています。アメリカと日本とで対照的なのは二千年〜二千四年時点ではIT関連の産業分野の生産性上昇率は日本の方が優位であるのにIT利用サービス産業の分野ではアメリカの生産性上昇率が圧倒的であることです。IT製品の製造では日本は勝っていても非製造業(流通・運輸、金融、ビジネスサービス)分野でのITの活用が遅れてしまったということのようです。ITの活用が遅れているのは中小企業および非製造業とされITを業務の効率化の手段としてだけでなく経営戦略上のツールとして使うために不特定多数の企業間ネットワークを前提としたシステムを作り取引先に少量多品種生産の販売や同業者同士で情報共有して付加価値の高い製品製造を行うなどで生産性を高める必要があるとされます。資本金が五億円以上の大企業ほど企業横断的なIT活用が進んでいて資本金一億円〜五億円、そして一億円以下の小企業へとなるに従って部門内だけでしかITが活用されていません。ITを装備しても部内だけでの利用では労働生産性を高める上では限界がありネットワーク化してそれをいかに活用してゆくのかということのようですが、そのことに関してはどの産業分野においても一工夫も二工夫もしなければならない余地がありそうです。たとえば中小の部品メーカーの場合でも系列の取引だけに頼っていることに安住するのでは危険性が生まれるというのであれば自社が作る製品の一覧をホームページで公開して世界中の大企業から注文をとる体制を構築する必要が生まれるかもしれません。その場合には日本語だけでなく少なくとも英語のページを用意しておく必要があるともいえるでしょう。また国内外の大手企業の部品調達のページに自社からエントリーできる体制を作る必要もあるでしょう。そして内需型産業と輸出型産業があるように飲食店など近隣地域内だけで閉じているようなものもあるでしょうが、商品を輸送することが可能で他地域へも販路を拡大できる条件のあるものであるのならインターネットの活用を図るべきともいえます。また輸送可能な商品にするための商品開発も必要かもしれません。白書には「知識創造経営」からみた情報ネットワークの質というコラムも載っていますが、日本企業においては「内部知識発信」と呼ばれる情報:知識共有と組織学習が著しく低く組織横断的な活動と組織学習が十分でないとされています。「外部情報認識(顧客、競合、技術に対する情報感度)」は経営トップとミドルの段階では順次指数値が高いのですが、現場においてはそれがマイナスとなり、内部知識発信においてはトップの指数も低く、ミドルと現場ではそれらがいずれもマイナスになってしまっています。このようにITなどの活用の余地はまだまだあり、それをさらに有効活用することで生産性を向上させることが可能とも思われますが、一つだけ問題なのは生産性を向上させた結果得られた利益をどのように配分するのかです。それは企業内部においても社会全体においても利益の配分は重要な問題でもあろうからです。そして日本の成長戦略を図る上では生産性の向上だけでなく画期的な技術の創出すなわちイノベーションが重要にもなってきます。白書ではアメリカと日本のイノベーションの条件的なありようも記述していますが、アメリカやEUが競争力強化をイノベーションに求めて重点的に対策を打っているのに比べ日本の場合は九十年代の経済不振の時期に企業の基礎研究費の削減など懸念材料がある様子も指摘されています。企業における雇用者千人あたりの研究者数の各国別比較のグラフではフィンランドが二千年時点では12人ほどだったのが二千四年時点では15.5人ほどと急増しどちらの年もトップで、二位のアメリカは二千年時点が11.5人、二千四年が12人ほどになり、三位の日本は二千年時点が11人程から二千四年時点では12人ほどとアメリカに並ぶ水準になっています。その後を韓国、カナダ、フランス、ドイツ、英国、イタリアなどが占めていますが、OECDの平均が二千四年度の韓国の水準にほぼ等しく六人ほどで、それらはカナダ、フランス、ドイツとほぼ同じで差はそれほど大きいものでもありません。そして高度知識を持つ研究者すなわち博士号を持っている研究者の割合は低位とされます。教師がすべて大学院卒とも言われ教育分野でも産業競争力でも注目されるフィンランドはやはり研究者の比率が高くなるほどと思わせるデータでもありますが、日本でこれから研究者の道を歩む人にとっても前提となる大学・短大の学生は、千九百九十年から九十五年までは社会科学分野がもっとも数が多く次が理工農学そして人文科学でしたが、二千年から二千六年の段階では理工農学も社会科学分野もマイナスになっています。それに代わって増えたのが保健などの分野です。保健の分野が比重を増したのは高齢化社会を迎えて介護などの福祉分野を選ぶ若い人が増えたということかもしれません。日本の理工系学生の割合が低下傾向にあることは科学技術を基礎としたモノ作りを基盤とする日本にとっては後々支障が生まれてくることになるのかもしれません。また社会科学関係もその割合が減少しているので、経済学や経営学など日本の社会を運営してゆく人たちの知識の水準が低下する懸念もあります。アメリカは国を挙げて予算を基礎科学に重点配分したりしていますし、フィンランドなども教育分野また産業分野で高い知識水準の人々の育成に熱心です。それが結果的にフィンランドの産業競争力の向上に結実してきてもいます。その点で、既存の知識や技術にブレーク・スルー(突破口を見つける)し、新しい技術革新となるものを作り出す分野の人々の割合が少なくなることは日本の将来の成長戦略にとっても気がかりではあります。かなりの専門的知識を持った人が社会の隅々にいる社会は、それらの人たちが社会の中で何を考え出すかにとって重要になってきます。モノを作るにも経済のアイデアを作るにも、それは研究室の中だけでなく社会の中にそのヒントが隠されている場合が多いからです。そのためにも社会を構成している人々の知的水準は重要になってきます。そのため各国とも教育や基礎科学の研究費などに気を配るというわけですが、日本がそれらをまかないきれないとなれば今はいいにしてもその後がありません。基礎科学などは一つ新たな知識が作られるとその波及範囲は非常に大きなものになる場合がよくあります。基礎的なものあるいは基本的なものであればあるほど応用されてゆく分野が広いのです。ただし基礎科学の場合は最初はそれが何の役に立つのかがあまりわからないようなことも多々あります。企業などはすぐにカネにならないそのような研究には手を出したがらないのが通常です。白書の指摘では九十年代の経済停滞期には「企業リストラの下で、研究開発費も削減される傾向にあり、短期的に企業利益に直結しにくいような基礎分野での取り組みは低下することになった」と述べています。多くの企業がモノも人も所有しないというリストラ経営をした影響で、リース業と人材派遣業が大きく伸びました。そのような環境下で果たして基礎的な研究やそれによるイノベーションが可能になる条件が増えるのかどうかです。イノベーションと生産性の向上またイノベーションが生産性や経済成長に寄与する条件など、イノベーションと生産性の間には密接な関連もあると思われます。イノベーションによって資本財たとえば工作機械などの性能が格段に向上すればその生産財を使って行う生産も生産性が上昇するのは当然だからです。ITが発明され オフ・コン(オフィス・コンピューター)が導入されて事務処理や会計処理などの分野は格段に省力化されてきたのは事実です。またパソコンがオンライン化されたことでSOHOなどで在宅で仕事ができる環境も生まれ出ました。ITの導入で省力化が進み人員の余剰が生まれたとしても、新規産業が多数生まれ出て余剰人員の数以上の新規雇用の場が国内に生まれれば労働需給は逼迫して賃金は低下しないわけです。フィンランドの様子はわかりませんが、白書で紹介されているアメリカの場合は「イノベート・アメリカ」で「イノベーションを唯一の成長原動力」と位置づけ、全米アカデミーは報告書で「(1)初等中等教育における科学数学教育の改善による素養ある人材プールの増加(2)長期的な基礎研究への国家関与の維持/強化(3)優秀な学生、科学者、技術者を育成・誘引・保持できる環境整備(4)製造業やマーケテイングなどへの投資、高賃金の職の創造のほか、イノベーションに資する税制、ブロードバンドの活用環境の整備を提言」しているとのことです。またEUもアメリカに対抗して「競争力・イノベーション・フレームワークプログラム」などを策定し、知識経済の構築に対する投資や中小企業・起業家への支援策などを強化しているとのことです。これに対し日本の場合はこれまで研究・生産・販売を社内で一貫してきたのですが、このようなイノベーションの生み出し方では企業間や企業と大学などの組織間での連携や協同ができづらく、欧米の技術を吸収して低費用で製品化するというこれまでの日本のやり方は技術水準が欧米に追いついてしまって時点では目標そのものが見えなくなり、社外からのアイデアや知識を吸収しないことには独創的な技術や製品を作り出せない条件になってきているとのことです。また製品に必要とされる技術水準が高まったため科学技術との関連が深くなったので生産現場での問題解決よりも普遍的な科学的・工学的知識を持つ研究者・技術者の力を引き出す必要性が大きくなり他企業や大学・研究機関との協力関係を築けない自前主義でだけでの研究開発では競争に勝ち抜けなくなってきていると指摘されます。そして金融との絡みではメインバンク制が日本では主流でベンチャーキャピタルなどの直接金融分野が立ち後れていたため大学や研究機関周辺からベンチャー企業が生まれ出る土壌が弱かったこと、そして日本のこれまでの企業は社員の企業内での配置転換で経験や熟練から生まれる文書化しにくいノウハウなどの「暗黙知」を共有してイノベーションを行ってきたが、外部組織との連携や協同の場合には暗黙知をわかりやすい「形式知」とする必要があるといわれています。日本でも大学発のベンチャーが生まれ出つつあります。オーバー・ドクターやポスト・ドクターといわれる人たちが活躍できる社会的な条件も用意しないと日本には大きなイノベーションが生まれてこないことにもなります。イノベーションによる成長戦略と一人あたりの生産性の向上、そして新規企業が多数起業することで労働力需要を喚起して賃金の低下に歯止めをかけることができればこの時点での日本経済にとっては理想の姿であるといえるでしょう。そして地方発のベンチャーが成功するのであればそれに超したことはありません。環境科学の分野やバイオ関連のベンチャー企業などは地方こそがふさわしいのかもしれません。そして起業する数よりも廃業する数の方が多いような状態では、それでなくともアジア諸国への生産拠点の移転やアジアの安い労働力との競争の中にある状態では日本国内の賃金は上昇してくるはずもありません。日本経済も幾分景気回復局面に入った二千三年頃からは企業の社内研究費は増加に向かい基礎研究費および応用研究費も増える傾向にありますし、外部支出研究費も増加傾向です。しかし政府負担研究開発費比率は日本は千九百九十五年以降低下傾向をたどりシンガポール、フランス、アメリカ、韓国の下を行く水準で推移していますし、基礎研究開発費比率もフランス、アメリカ、韓国、シンガポール以下の水準です。これは額面の総額ではなく費用比率ですが、それぞれの国々が研究開発というものをどのように考えているのかを示しているのかもしれません。また日本のベンチャー企業を育てる環境は決して整っているといえる状況でもありません。ベンチャーキャピタル投資額の対GDP比はOECD加盟国中日本は二十六位でハンガリーの下、スロバキアの上の状態です。一位はアイスランド、二位はアメリカ、三位はカナダ、四位は韓国などですが、日本はそれらの遙かに下です。教育や経済競争力あるいは研究者の人口割合などで注目されるフィンランドは五位のスウェーデン以下、英国、オランダに続く第八位になっています。二千七年時点で日本経済が景気回復している状況の中では新卒の大学生たちの選択は大企業志向また安定志向に戻ってしまっています。ベンチャー企業が育ちにくい環境の中では既存企業を選んでしまう傾向なのだろうということになってもきます。 しかしいかに生産性をあげイノベーションを活発化させても多くの勤労者の所得が上昇してこなければ消費活動は旺盛になってきません。二千七年十月の段階では年収一千万円以上の人が増えている一方で年収二百万円以下の人の数も一千万人を超えています。賃金の二極化が進み中間層が抜け落ちてゆく姿が顕著になりつつあるのがこの時点での日本の姿といえそうです。高額所得者が積極的にベンチャービジネスのエンジェル(投資者)などになってくれるのであればそれはそれでいいのですが、大企業の役員や部長などの \高額所得者の役割として自社の株を買うばかりでなく積極的に新規企業を育てる役回りを行ってくれることが期待されてきます。企業のネットワーク化の課題と題して白書では「中小企業や創業間もないベンチャー企業などにおいては、イノベーションの源泉となり得る技術や発想を持っていても、実際に研究開発レベルでイノベーションを創出し、それらを活用したビジネスを単独で成立させることについては、きわめて困難が伴う。しかしながら、社会全体でのイノベーションを促進してゆくためには、これらの企業群が参画してゆくことが不可欠であり、そうした活動を支える仕組みとして企業間、産学官のネットワーク形成についても注目しておく必要がある。我が国においても、産業の国際競争力を強化するとともに、地域経済の活性化に資するため、産学官、産産・異業種連携の広域的なネットワークを形成し、イノベーションを創出する産業クラスターの形成がはかられている。」と述べられています。そこに添付されてグラフでは、行政支援策や補助金等の情報収集あるいは市場動向や大学や公的研究機関とのネットワークは効果が大きく、異業種ネットワークなどの研究開発や生品開発でも一定の成果はあるものの、販路を確保するためのネットワークと資金確保のためのネットワークが不備な様子が明らかです。これではいいアイデアがあってもなかなか実現が出来ないといえるでしょう。発展途上国などとの市場競争でコスト競争を強いられている日本であるとするなら、物価や家賃あるいはオフィス賃料などコストが極めて高い東京に多くの企業が集中するというのもおかしな話です。東京よりもコスト面で安い地域に本社や支店あるいは工場や研究所を作った方がコストの削減になるともいえます。オフィス労働のホワイトカラー職とて対外的に競争せざるを得ない状況であるとするならオフィスを東京に集中させることも出来ないはずのことになります。それはコストの面で不合理だからです。また国際競争を強いられるのは何も農産物などの食料品ばかりではないからです。東京などの都市部は多くの人間や機能が集中しすぎてしまったが故に物価をはじめすべてのコストが高くなってしまっているのが実情だといえるからです。そして都市部で生産が出来ていないのが農産物などの食料です。東京の食糧自給率は1%、大阪のそれは2%、神奈川は3%といわれます。それらの地域は他の地域からの食糧の供給に頼らざるを得ません。秋田、山形、青森、岩手はいずれも食糧自給率が100%超、北海道の食糧自給率は200%強と言われるのですから、それらは食糧を供給する一大産地ともいえるでしょう。しかし経済的な条件を見たときには、食料を生産し供給している地域の経済は疲弊し、むしろ食糧生産を切り捨てた自給率が低い自治体の方が大きな経済規模であるという条件を勝ち得ている現実があります。日本という国は食料生産を切り捨てなければ経済規模を拡大できてこなかった国ともいえそうです。日本の農業が輸出型産業にまで変身できれば問題はないのでしょうが、そこまでになれたにしても日本の農業が国際競争力を持てるまでにはまだまだ遠い道のりがあるともいえます。食料生産が盛んな地域に工業分野などの企業が進出すれば、その地域の産物を利用する新たな産業も生み出せるかもしれません。農民が同じ農作物同士を交換しても意味のないことですが、他分野の人と農家の人が交流すれば他分野の人にとっても農家の人にとっても違う発想が生まれる可能性は増えてくるともいえます。それは地方の大学に所属する研究者が新たなアイデアを生み出し、その地域に進出してきた企業と連携して地方に雇用の場を生み出してくれる道にもなるのかもしれません。農業・漁業・林業などの一次産業の産物やその副産物を利用した新製品を数多く生み出して、その生産物を輸出する方法もあります。これまでゴミとして厄介者であったマグロの頭などはDHAという学習効果がある物質が認められ薬品にも応用されましたし、同じく産業廃棄物であったサンマなどの鱗からとれる物質は美白効果がある成分が発見され食品に利用されたりしています。またこれも産業ゴミだった蟹の甲羅からも薬効成分が見つけ出されてもいます。それらの健康食品に近い商品は輸出も可能なものですし、そのような商品開発は農業でも林業でも研究者の力を借りればまだまだ生み出されてくる可能性があると言えるのではないのでしょうか?またそれらの研究開発や生産は研究や生産のための原材料が豊富に手に入る地域でやるのが最適とも言えます。経済的な余裕がない地域にとって恩恵がもたらされるような研究開発がなされることが望まれますが、カネがあるときでもないときでもどのように限られた資金を使って何をするのかは十分に考えておこなわないと個人であっても企業であってもまた社会であっても次の時代につなげてゆくことが出来ないことになってしまいます。二千七年十一月六日のNHK"クローズアップ現代”ではエコフィードのことが紹介されていましたが、日本の食品廃棄物の量は千百四十万トンだそうです。それらを回収し再処理して鶏や豚の家畜用資料として再利用する技術が出来あがりつつあるという報道でしたが、日本の食品廃棄物の量は世界の飢えに貧する人を救う食料と比べてもかなりな量になるようですから、穀物市況が上昇している中では有効活用しなければならない分野ではあります。世界の穀物は不足し日本のコメは余るような状況の中では、市場メカニズムが働いて幾分か是正されるような動きになることも予想されます。 第一次産業である農業や酪農そして林業や漁業などの分野にもIT技術が入り込んで生産性の向上に寄与できる部分が生まれてくるだろうとは言えます。旧来型の農家の人はかなり自動化された農機具を操作することまでは出来ますが、パソコンの操作はその息子たちの仕事になっていたりします。日本のパソコンの普及率は二千六年時点では七十%とされている (携帯電話をも含めた場合かもしれませんが、インターネット普及率は平成十七年頃の時点で全世帯の87%といわれます。またブロードバンドの契約者数は二千二百三十万件だとされます。)ので、第一次産業の分野の家庭にもかなりの普及が見られてもおかしくないと言えます。IT技術がもたらした社会的な影響はかなりの大きなものがありますが、その一端は雇用形態にも関連したグローバル化と仕事のアウトソーシングの増加です。白書の分析ではLANが整備されて一般事務職が減少し、組織をフラットにすることに伴って一般事務職を減らし派遣社員・パート・アルバイトを増やし、IT技術分野はその技術の補完的な人材をあわせて外部労働市場に求めたとなっています。先の「暗黙知」を「形式知」にすることで、その企業ならではでしかできない部分とマニュアル化して誰にでも出来る部分とをふるい分けることで、「形式知」に出来た部分で外部委託できるものがあれば外部に任せやすく出来ることにもなります。その場合の外部とはITが普及している時代においては日本国内ばかりでなく海外も含まれてくることでしょう。これは営業職や経理や総務などのホワイトカラー職種にも関わってくることです。パソコンによるデータの打ち込み作業などはすぐにそのような対象にもなり得ます。これらは皆海外へ仕事を発注も出来るものですが、日本国内のパソコンの普及率が七十%であるとするなら、家庭の中などに眠っているパソコンの有効な活用方法を見つけ出すだけでもかなり大きな社会的変化を生み出せるのかもしれません。確かにIT化やインターネットの普及は労働力の国際的な競争をもたらす部分もありますが、本来なら労働力にはなり得ないような境遇にあった人にも働くチャンスを与えてくれる場面もあるでしょう。このようなことを書いている私のような人間の言い分もこれまでなら不特定多数の人に読んでもらえるチャンスすらありませんでしたが、インターネットの普及によってページを作りさえすれば読んでもらえる可能性だけは与えられています。私などよりももっと工夫が出来る人なら家庭の外に出て働くことが出来ない条件にある人でもそれで収入を得ることの出来る人もいることでしょう。アウトソーシングと呼ばれる外注が国内企業の空洞化を招く場合とそうでない場合とに分かれるということも白書で指摘されていますが、海外現地生産に踏み切った企業の場合は生産性を高める目的で海外進出した企業は自国内で幹部となる正社員を採用し現地に派遣するという行動をとるので熟練度の高い正社員の採用を高めるが、現地生産した製品を日本に逆輸入する企業の場合には雇用全体の中で正社員の割合を引き下げる傾向があるということのようです。この場合は国内の空洞化につながります。これは大企業と中小企業において規模の違いにはよらない性質と見られています。国内の空洞化を上回るだけの創業数があれば問題はないのですが、廃業する企業の方が多くさらに空洞化が進めば国内の失業率は上昇する結果に終わります。日本企業の海外移転は千九百七十年代に起きた二度のオイルショックに伴う日本のアメリカへの自動車輸出の急増とその結果生まれた貿易摩擦それを解消するための自動車生産の現地化などは、千九百年代末のバブル経済と冷戦構造の崩壊それと軌を一にしたバブル経済の崩壊後に生まれた極度の円高と日本企業のアジア社会の安い労働力を求めた企業進出とに大別されるのかもしれません。その間に大きく躍り出たのが情報通信産業だったといえます。IT産業が日本経済に貢献する部分とITが導入されることで海外との競争を加速させる部分との両面があることは頭に入れていかなければならないことでしょう。それはIT技術とインターネットが地理的な障害すなわち距離の壁をなくしてくれるという性質自体から生まれてくることだからです。距離の壁がなくなれば事務的な作業はどこでやってもいいことになってきますし、たとえばパソコンなどのサポートもコールセンターなどと同じく電話があれば世界のどこでやってもいいようなものです。コンピューターソフトのプログラム開発も、何も東京やニューヨークのような大都会で行うわなわなければならないものでもなくなります。ソフト開発をオープンソースにすれば世界中のプログラマーが世界のどこからでも開発に参加できるようにもなります。またそのソフトのダウンロードも世界のどこからでも可能だというわけです。コンピューターソフトの有償・無償の違いはあってもパソコンとインターネットの登場が与えた影響は非常に大きいと言っていいでしょう。少子高齢化の中で日本国内に労働力不足が起きた場合には在宅でも仕事をしてもらわなければならない場合も起きてくるでしょうし、少なくなる労働力で効率よく生産活動をするために生産性をさらに高める必要も生まれてくるでしょう。それでもそれまでの生産水準を維持できないと企業が判断すれば、企業の仕事を海外へ任せる以外なくなるかあるいは海外から労働力を受け入れることになります。老人介護の分野などは直接人と人とが接しあわなければならないため人手がかかるとするなら情報通信の場合のようにはそれを海外へ委託することは出来ません。日本の老人が海外へ移住するかそれとも海外から介護をしてくれる人を受け入れざるを得ないわけです。 二千七年十一月二十二日の朝日新聞夕刊には日本の今後の労働力減少の予測が掲載されました。二千六年と比較して二千十七年には四百四十万人、二千三十年には千七十万人の減少が見込まれると厚生労働省は推計しているようです。少子化の進展が急速なことが原因とされていますが、六十歳以上の労働力を加味してもそれだけの減少が見込まれるとするならどのような対策が必要となるのかです。高齢者にも最大限働いてもらい若年層の就業率を上げるのは最低限必要になるかもしれません。しかしそれでもなを労働力は減少するとしたならほかの対策も考えなければならなくなることでしょう。国際間の競争を意識しながら国内労働力をどう確保するのかです。しかも日本国内では雇用の場が大都市圏に集中してしまっています。大学生の道県内就職率の変化は北海道では二千四年時点で六十%だったものが二千七年には五十三%程へ、岩手県でのそれは四十%から三十%へ、新潟県は五十%から四十八%へ、香川県は四十五%が三十七%程へ、熊本県は四十七%から四十二%程へ、沖縄県は七十五%だったものが六十八%程へと低下してきています。道外・県外へと大学生が流出し職場を他の都府県に求めたと言うことです。これは二千七年十一月二十四日の朝日新聞夕刊に載っているのですが、大手企業が地方の人材をあさっている姿とも言えるようです。岩手県のように地元に残る大学卒の人が三割では、その地域の将来展望も描きづらくなってしまいます。この記事の所には日本総合研究所ビジネス戦略研究センター所長の山田さんの言葉が添えられてもいますが、そこでは「インターネットが普及したので地方の学生も首都圏や関西圏の大手企業の情報に簡単にアクセスできるようになり、人材が流出することを止めるのは難しい。地方が地域性を生かした独自の振興策を行い、そこに大企業で経験を積んだ若い世代がUターンする動きが広がればいいのだが」とあります。インターネットで地方の学生が都市部の求人情報にアクセスすることがたやすくなった一方で、都市部の人間も地方の情報にアクセスしやすくはなっているはずです。地方は地方でその地域の魅力などを積極的にインターネットで流すことが可能な時代でもあるといえるでしょう。大都市圏からの情報ばかりが全国の地方を圧倒する時代がこれまでのマスメデイアの時代だったとすれば、インターネットは個や小規模事業主あるいは小さな地方の地域にも可能性を与えてくれているはずです。地方は地方でその地域の特色作りや魅力作りに最大限の工夫をし中央はそれを後押しするくらいの必要があるでしょう。それは中央から地方に号令をかけるような統制ではなくあくまで中央からの知識などのソフト面での地方への側面支援として行われるべきです。でなければ日本国内の不均衡な構成がますます加速されてしまうからです。そして地方からの情報発信の担い手さえもが地方からいなくなってしまうような状況はなんとしても避けなければならないこととなるでしょう。地方発の技術やアイデアは最大限それを育てる手助けを中央はすべきことになります。技術を作り出してもその特許なかでも国際特許を取る手続きがわからない地方の小規模企業もあるかもしれません。それらソフトの面でのサポートは都市からでも出来るはずです。中央官庁などにそのようなサポートの窓口のホームページを作って地方の企業の後方支援に回ることも可能かと思います。地方でもインターネットに接続できる環境であるから人材が都市部へと流れるというのであれば、地方からでもインターネットを使って都市部からの支援を受けられる窓口を用意しておくのも一つの方法だからです。教育を受けた人材が大量に他地域へと流出してしまう地方にとってはそれくらいの支援は受けられて当然とも言えるでしょう。そして二千七年十二月二十一には二千八年度の国家予算の財務省原案が朝日新聞朝刊に載りましたが、教育分野では小・中教職員を千人増やしたり診療報酬を増額したりなど、学生の学力低下や多忙な教育現場への配慮あるいは医師確保のための対策なども盛り込まれていますし、稲わらを使ったバイオ燃料の分野や地域再生にも予算が付きノーベル賞クラスの研究成果といわれる京都大学山中伸弥教授の人間の皮膚の細胞を使った万能細胞の研究には二十二億円と五年間で百億円の予算措置が復活折衝で与えられました。それまで万能細胞は卵子を使って取り出すのが通常だったものでしたが、倫理面での問題があり人間の皮膚の細胞から万能細胞を作り出すというのは画期的なブレークスルーといえるもののようです。日本の科学技術面での水準を維持すること、また農業にしても医療にしても教育にしても地方の地域などにも国民生活に非常に重要な分野で大きな問題を抱える現状が指摘され政府もそれを無視できなくなってきたとも言えそうです。財政面で逼迫した現状の政府予算としてはこれでも限界とも言えるのかもしれませんが、この時点から考えればバブル経済の浮かれた経済がなければもっともっと有効な予算配分が出来たであろう事が惜しまれるところです。ただ過去を悔いても仕方がないので、それらを教訓として次へつながる可能性のあるものには限りある予算の中で最も効果的な財政配分をしなければならないところといえるでしょう。たとえば地方で有望な産業が芽をはやすことができるならそれには水を与えて育てるべきなのです。バイオ燃料の分野などはまさにそういう分野といえます。農業分野は中国やインドなどの経済発展による小麦需要の増加という理由ばかりでなく食料生産とエネルギー生産が競合する分野になるかもしれません。すなわちエネルギー資源と食糧資源の両面から農産物に対する需要が競合するのです。そのために穀物の酷さ価格が上昇し日本でも食品の値上がりが二千八年四月には顕著になり始めていますが、日本の家庭やレストランなどでの食べ残しやスーパーやコンビニなどでの賞味期限切れなどによる食品の廃棄量は年間で千九百万トンにも上り世界の中でも群を抜くと言われているので、食料品が幾分か高くなれば食べ物を大切にしようという考えも生まれてくるとも言えるでしょう。またバイオ燃料が稲わらから作れるのなら稲わらよりも細めとはいえ小麦のわらからでもバイオ燃料は作れるかもしれず、小麦の大輸出国であるアメリカなどはその分バイオ燃料の生産でも有利かもしれません。アメリカでは国内で生産されるトウモロコシの三分の一がバイオ燃料の精算に廻されていると言われています。しかしエネルギーのほとんどを海外に依存している日本としては海外とのコスト競争では不利であったとしても出来るだけ自国内で自前のエネルギー生産の道の確保しておくことに努めるべきでもあります。稲作地帯に広域を対象とする稲わらの収集基地とバイオ燃料生産プラントをセットで造ってみてもいいように思えます。そこでの稲わらなどを収集する自動車の燃料は当然そこで作られたエタノールにゆくゆくは切り替えるべきでもあるでしょう。稲わらはこれまでしめ縄やわら細工の材料と家畜の餌くらいしか使い道のない商品価値の低いものでしたがこれからはエネルギー資源としての価値が出る可能性が生まれたというわけです。間伐材や廃材などの木材からもバイオ燃料が生産できるなら山林の下草などを含めて林業が盛んな山間部と農業が盛んな農村地帯の境界地域にバイオ燃料の生産プラントを配置するのが立地条件としてはいいかもしれません。それらが農村部や山間部への雇用や所得を発生させることにつながる部分が幾分かでもあればその地域の雇用創出にもつながりもするのでそれに越したことはありません。それらの企画を地域に提示し村として経営できるような仕組みを地方の大学あるいは都市部の大学が提案してもいいはずです。日本の大学の中にはそれらの技術開発をしているところも経営学部も存在しているからです。またエタノールはオフィスから出る紙ゴミを原料にして作る技術も生まれているようなので東京などの大都市のオフィスから紙ゴミを収集して燃料を生産することも可能かもしれません。技術はすでに用意されているというなら後はその技術を社会の中でどう生かして活用してゆくかを考えなければなりません。アメリカのトウモロコシを原料にしたバイオエタノールの場合は、それを生産するために化石エネルギーを使用するので二酸化炭素の削減量は二割程度で効率的ではないと言われます。そのためトウモロコシを獲った後の芯や茎などからエタノールを抽出することが考えられてもいるようで、それらのエタノールはセルロース系エタノールと呼ばれるそうで、そちらの方が二酸化炭素の削減効率が高いと言われます。日本近海にはメタンハイドレートというエネルギー資源がかなり大量に存在していて日本の金属鉱物資源研究所はその効率的なメタン抽出法を世界で初めて開発したと二千八年四月八日のNHKのニュースで報道されましたが、それはまだ開発されたばかりの試験段階の技術であり、実用化までに近づいたとはいえこれからの問題です。そして時計王国といわれるスイスの複雑時計の製造は農家の冬場の副業として発展したものといわれます。日本の農家にとっても農業プラス工業的な要素を持った副業があってもいいように思える時代になった感がします。あるいは農村部や山村から工業製品や精密加工の産業が新たに生み出されてもいいのです。精密加工製品を農家の人が作ってはいけないという理由もないですし法律もないからです。アメリカのパソコンメーカーのゲートウェーは牧場主が作った会社で乳牛のホルスタインの白黒の模様が会社のトレードマークにもなっていることを考えるなら、これからの時代には農閑期や冬場の雪に閉ざされている時期を利用してコンピュータープログラムを作成している農民がいても悪くはないのです。山形などの雪所の地方は十二月から翌年の五月くらいまでの農作業が出来ない期間には農家の男性は首都圏の建設現場や土木工事あるいは工場の季節労働者として出稼ぎをしていたからです。冬場にもそれらの地域に収入に結びつく仕事があれば、何も出稼ぎをする必要もなかったのです。これは冬場の漁業できない時期に出稼ぎをしていた北海道の漁業関係者の場合も同じでかれこれ半年の出稼ぎ期間は同じようです。この時点の日本は都市と地方の関係そして科学技術や教育・医療またエネルギーや環境問題など、二十一世紀の日本の形を形成する上での本腰をかけて臨むべき正念場の時期を迎えているとも言えそうです。地球の石油埋蔵量は枯渇までの時間が中国・インドの消費量の急増であと七十年を切り六十八年になったという予測が二千八年初めに出されましたが、少なくともそれまでには脱石油の経済構造を日本は本気で構築していかなければならなくなります。二千七年に起きている原油価格の高騰やバイオ燃料への転用による食料品原材料である国際穀物相場の高騰は人類の基礎的エネルギーが本格的に大転換するまだそのほんの序章の動きでしかないかもしれないのです。 以上のバイオ燃料やエネルギー転換はある程度の時間的な長さで徐々に変更してゆかなければならない問題ですが、二千八年度初めにはエネルギー消費の主役とも言える新車の国内販売台数が二千七年度には三年連続で落ち込み五百三十五万台と千九百八十二年以来二十五年ぶりの低水準になったと報じられました。トヨタはこの年世界の新車販売台数でトップに躍り出たにもかかわらず、日本国内での販売台数は他の日本の主要メーカーと同じく販売台数を落としています。日本の自動車産業も海外販売で稼ぐ以外日本国内ではそれほどの利益が出せない状況になってきています。日本の企業でグローバルに展開している企業は全体の一割で六割は国内のみの活動といわれていますから、グローバル企業であるトヨタでさえ国内で販売額が減少しているのでは他の内需型企業が高い収益をあげていると考えることも出来ない状況です。これまで内需だけでやってこれていた企業でも外需に目を向け海外展開をしたり海外からの観光客を誘致せざるを得ない条件にも追い込まれていると言えるでしょう。ワインなどに押されて日本酒の国内販売が減少している中で日本酒の海外販売量は増えているというような動きはその一つとも言えます。また、日本の内需が盛り上がることが出来ないような構造が日本国内にできあがりつつあるとも言えるようです。それは日本が人口減少社会へと突入してそれでなくても日本国内のマーケット規模が縮小し始めていることに加えて低賃金労働の割合が高くなり国内の富がごく少数の人々だけに集中してしまっていて、それを再分配する仕組みが有効に機能していない状態になっているからです。日本企業が過去最高益を記録したりして戦後最長といわれる景気の上昇基調でしたが、二千八年年初の日本の株式市場はアメリカのサブプライムローンの影響で大幅下落で始まりました。しかしこの株価の下落は日本にとって非常に大きなものではあっても他の海外諸国にとっては日本ほどの大きな痛手を与えてはいないものでした。二千八年一月十七日の朝日新聞朝刊に載っているグラフでは二千七年六月以降の株価の動きは、中国、インドは三十%以上、香港の株式市場は十%程とむしろ大きな上昇局面にあり、下落しているとは言っても韓国、米国、英国の下落は十%の範囲に収まるものであり、シンガポールでも十三%程であるのに対し日本は二十五%を超える下げを記録しています。日本経済の負けがはっきりしてきた、あるいは日本経済がアジアと比べても地盤沈下が明らかになってきていると言ったところでしょうか。エネルギーや環境など長期的な課題に本腰をかけながら経済不振の中でもまた厳しい環境であるからこそ次の時点での日本経済の体勢を本格的に整えなければならない時期になってきているといえるでしょう。経済が思わしくない状態の中ではその経済が持っている問題点がより鮮明になってくるので、最大限の問題解決のための工夫や対策をしておかなければならなくなるからです。それは日本の外観を変えることよりも内部の造りや人の意識を変えてカネの流れや人の流れをこれまでとは幾分違う方向に向かわせることに重点を置くようにすべきです。サブプライム問題でアメリカ経済のみならずその影響は世界に飛び火しています。この時点ではアメリカ経済は世界のGDPの三割を占め日本は一割程度ですが、世界の金融市場で動くマネーは一京六千兆円と世界のGDPの3.2倍に上っているので、GDPに異変が起きるとその動きに応じて大きく金融市場が反応することにもなり、その反応の影響がこれまたきわめて大きい影響を経済に与えることになってきます。マネーは現実の実体経済を反映してそれを増幅するような動きをします。マネーが穀物やエネルギーなどの国際相場の価格を決定する上で大きな力を発揮するにしても、実際の需給を反映することなくマネーがマネーだけで一人歩きできる訳でもありません。二千八年に起きたエネルギーの国際価格の急上昇で日本の消費者は車での遠出を控え、ガソリンの売り上げ額は貨幣面では減少しなかったとしても消費量では確実に減少しました。価格が上昇すれば消費量は減少するという市場の需要曲線は存在したのです。そしてエネルギーの国際価格が急上昇した原因はマネーによる投機的な動きであるとして石油輸出国機構(OPEC)は原油の増産を行いませんでした。すなわち供給曲線は一定の水準を維持し増産することによって幾分か価格が下がると言うこともなく供給面からは変化がなかったわけです。その中で経済の落ち込みに対してアメリカは金融と財政両面で対策を打ち出す模様ですが、日本の場合は大きな財政赤字を抱えてしまっているので財政面で景気対策を打つことは不可能な状態です。また金融面でもほとんどゼロ金利の状態なのでそれ以上さらに金融を緩和する余地もなく金融面でも手を打つことはそれほど出来ないと言えます。二千八年度の春闘で企業側が大幅な賃上げに応ずるのであれば消費にも幾分プラスになりますが、世界経済が不安定化し先行き不透明であるために警戒感が生まれて賃上げが押さえられればそれも望むべきもありません。一般従業員の賃金は低く抑えておいて企業収益を上げようとしその一方で経営陣の役員報酬は高い水準に維持している企業も多い中では、経営陣が自ら自己の報酬を減らし従業員やパート・アルバイトの報酬を引き上げることを意志決定しようとはしないなら、残るところは強制力の伴う法に裏付けられた税制で所得の再分配を行う以外にないでしょう。それも減税だけでは財政に負担がかかってしまうので所得税などの分野で増減税中立型で所得の再分配を行い消費を持ち直させることくらいしか打つ手が残されていません。他の専門店との競争があるとは言っても日本の百貨店売上額は11年連続で減少していたりコンビニ十一社の二千七年の売上高が八年連続で減少したりしているからです。消費やエネルギーと環境そして都市と地方の関係など、費用をかけずにあるいは同じ費用で日本経済の形を変えて弱体化を食い止める方策を実行して行くことを最大限度考えなければならないところです。バイオ燃料の生産基地を地方に作ることなどはその一つで、たとえそこで生産される燃料価格が海外と比べて割高であったとしても日本国内で生産されたものなら購入のために使われるお金は日本国内に残りますが、いくら安くても海外からエネルギーを輸入すればその分のお金は海外へと流出して行くことになり国内で都市から地方へお金が動く構造になりません。都市部でも紙ゴミや古着となったTシャツからバイオエタノールを作ったり(Tシャツの素材となる綿花は細胞壁に存在するセルロースを豊富に含むと言われますから、後に記したようにセルロース系エタノールの生産ができるのはうなずけることです)使用済みの天ぷら油からバイオデイーゼル燃料を作ったりは出来るでしょうが、バイオ燃料や牛や豚の糞から作るバイオガスなどは研究室レベルでのことなら都市部でも出来ますが大規模な生産は本来的には地方にこそ有利であり地方の方に優位性があります。バイオデイーゼルの原料はそれ以外に大豆・ココナツヤシ・菜種などもあると言われ、それらは発展途上国にとっても優位性が生まれてきます。また間伐材からは間伐材のチップとアルコールを混合して処理された原油の成分に近いバイオオイルなるものを生産する研究もされているようです。このバイオオイルは燃料として利用できると言うだけでなく化学メーカの手でプラスチックの原料なども生産できると言うことです。そして経済的に豊かな都市部から経済基盤が弱い地方へカネの流れを作らなければならないのがこの時点での日本です。都市から地方へのカネの流れがなければ地方の人は都市へと出て行かざるを得なくなりますが、都市から地方へのカネや人の流れを作ることも考えなければならない問題です。地方経済が国の公共事業に過度に依存する構造は転換しなければなりませんが、そうするためには公共事業に変わる新たな収入源を地方は確保しなければ地方経済がやってゆけなくなります。国の財政支出による公共工事によって収入を得るよりも通常の経済活動の中から地方が都市部から収入を得る方が健全な姿と言えます。地方に収入源を作るには地方が都市部の財やサービスを一方的に享受しているだけでなく都市部へ地方が供給できる財やサービスのメニューを増やしてゆかなければそれも可能になって来ません。そうでなければ出稼ぎか都市部への移住しか道がなくなるからです。原油価格の高騰で産油国はこれまでにはないほどのオイルマネーを得ていますがその一部が日本の地方に回って行ってもいいはずですので、日本の地方にも農産品や林業製品だけでなくエネルギー生産を行える技術的条件が生まれるのなら新たな所得を得るチャンスも生まれてくることでしょう。ただ地方でバイオ燃料の生産をする場合でも原料やバイオ燃料を輸送するためのインフラである産業道路は必要になってくることでしょう。少なくとも環境技術やその応用また基礎的エネルギー転換で日本は取り戻すことも出来ないような遅れを作らないようにすることが必要なようです。それは原油や穀物などの原材料価格の急激な上昇という今々の問題に対処するガソリン税の暫定税率を維持する・廃止するなどの短期の考えとしてだけでなく長期にわたる経済的な基礎部分の転換すなわち化石エネルギーからの脱却にも備えておく必要があるだろうということです。日本がなぜ海外の情勢にこれほどまでに動かされるのかと言えば、外需頼みの輸出依存の経済構造とエネルギー並びに穀物の海外依存度が非常に高いからです。経済が内需で持ちこたえられるなら良いのですが、日本の場合は自国の経済的苦境は外需で補おうとするのがこれまでの趨勢でしたし、石油は日本からはほとんど産出されません。しかも食糧自給率は下がるばかりで株式市場でも外国人投資家の占める割合が六十六%、個人が二十一%となっています。これでは海外の動きの影響が直接的に大きく日本に及んでくることを回避出来ないことは明らかです。日本の石油業界は利益が上がらないこともあってバイオ燃料を給油できるスタンドを作ることに後ろ向きではありますが、今々は石油の利益が得られるとは言ってもゆくゆくは石油は枯渇する資源であることが確かなので、資本力のある石油業界自身がバイオ燃料の生産に参入してきてもいいはずのものです。目先の利益だけでなく長期的な趨勢をも重視しなければならないのではないでしょうか。また自動車産業もバイオ燃料に対応するエンジンの開発なども行うべき事だろうと思います。 では、その今々の経済はどうかですが、二千八年一月二十五日に発表された二千七年十二月の消費者物価は0.8%の上昇と、物価の上昇が大きくなりました。灯油、ガソリン、マヨネーズなどエネルギー関連と食料品の値上がりが大きく、薄型テレビやノートパソコンの値下がりなどを上回っての九年九ヶ月ぶりの物価上昇となっています。この物価上昇は望ましい形でのデフレ脱却とは言い難いものです。アメリカはサブプライムローンの余波に対し一人あたり六万円の減税や低所得者への現金支給そして設備投資減税など総額十六兆円にも上る景気対策を打ち出しました。イラク戦費と比べればそれでも少ないとはいえ低所得者への現金の支給などは消費の落ち込みを回避するための理にかなった方策といえますし、それに先だって二十二日に連邦銀行は0.75%の利下げも行い又三十一日には0.5%の追加利下げを行い日本の公定歩合に当たるアメリカの政策金利を3%としましたが、日本にはもはや財政出動で景気対策を打つだけの財政余力はなく金融面でも手詰まりになっているのが現実といえます。二千八年一月二十六日のスイスのダボス会議ではストロスカーンIMF専務理事が「財政上の余地がある国ならば、財政刺激の用意をすべきだ」と、世界経済の減速に対して異例の財政刺激策を要求する発言をしたと一月二十七日の朝日新聞朝刊の記事があります。福田首相は「日本の場合は財政出動がベストという状況にない」と述べたそうですが、そうしたくても出来ないのが日本経済の実情といえそうです。財政面でも金融部門でも打つ手のない日本としては、豊かな都市部から疲弊した地方へと幾分所得移転をして消費性向の高い低所得者に収入が増えるような政策を打って個人消費を上向かせる以外に方法がない状態といえます。そのためには都市部へ供給できる財やサービスを生産できる体制を地方に整えなければなりません。企業でも忙しい人は過労死してしまうほど忙しく暇な人はいくら仕事を探しても居住地の周りにうまい働き場所がない地域など日本全体としてみると大きな不均衡が存在する形になってしまっています。都市と地方のこのようなあり方を幾分是正するだけでも日本経済はかなり変わる部分も出てくることでしょう。これまで地方が自分で工夫してこなかったから地方が疲弊してしまったのか、それとも明治新政府の誕生に伴って生まれた中央集権体勢の残滓である中央統制の色彩が強く、地方が独自で工夫をすることが出来ないようにしてきたので地方が疲弊してしまったのかは意見が分かれるところでしょうが、いずれにしろ地方をどうして行くべきかは都市部の人間も考えなければならない時期に来ていると思います。東京で暮らして三代目にならなければ江戸っ子とは言えないと言われる中では、ちゃきちゃきの江戸っ子とは言えない人が東京だけでもかなりの数に上ることでしょう。東京生まれで東京育ちだからといっても江戸っ子ではない人が数多くいるはずだからです。それらの人は自分のルーツでもある地方をどう考えるかにもかかってきます。それは他の都市部においても同じ事です。二千七年十月〜十二月のGDP速報が二千八年二月十四日に新聞紙面に載りましたが、前年比で0.8%、年率で3.7増と堅調な数字は出ました。しかし雇用者報酬は横ばいで輸出は堅調なものの家計部門は低迷しデフレ基調も続いているとされます。輸出を当て込んだ設備投資は伸びたとしても、国内消費はあまりぱっとしない状態ですし、年末から問題化し始めたアメリカのサブプライムローンの影響や原油高などはこの後に数字として出てくることを考えれば、景気はあまり楽観できない状態になり始めてきています。二千七年度の日本の家計部門がどのような状態にあるのかは保有資産が減った家計が三十九%、増えた家庭が二十二%という「家計の金融動向に関する世論調査」の結果からも伺えるかもしれません。二千八年二月二十八日の朝日新聞朝刊に載った記事では保有資産の平均は千二百五十九万円で保有額の中央値は五百万円ですが、金融資産の保有額は前年より伸びているとされるにもかかわらず「定期的な収入が減ったので取り崩した」が五十一%を占めていることを考えれば、高収入を得ている人とそうでない世帯との差が開いてきたとも言えそうな数字です。戦後最長と言われる景気拡大局面においてすら預貯金を減らしている人がそれだけいるのですから預貯金が減らないまでも増えているわけでもない世帯もかなりの割合でいると考えられるので、経済的に潤っている世帯は半数よりも遙かに少ないと考えられるわけです。「日本経済はもはや一流とは言えない」と太田弘子経済財政担当大臣は述べましたが、「経済一流 政治は二流」と言われたかつての日本は過去のものになりつつあると言えそうです。「もう一度経済を一流にするための可能性はまだある」というのが太田氏の考えのようです。それが手遅れにならないようにするにはどのような形に日本経済をもって行けばもう一度一流と言える水準に戻れるのかを真剣に考えなければならない時期になったというのが現状でしょう。千九百六十年代の高度成長期の日本経済には発展途上国から先進国へという苦労はあったものの国民の意識には勢いがあったのは事実です。人口も増える傾向が続きました。しかし二千年代に入った日本経済には経済の若さという勢いはなく人口も減少社会に入り、よほどの工夫を凝らさないと社会がうまく動いてゆかない状態が生まれています。本当に頭を使わなければならない時代が日本に到来したとも言えるでしょう。 アメリカのサブプライムローン問題をきっかけにしてアメリカの金融システム不安が懸念されるようになり、ドル安が進み円は急上昇して株価はアメリカダウの下落に影響され日経平均は三月十七日に一万一千七百八十七円にまで下落したりしました。株は一年で二十七%下落し企業の含み益は四割減少、日本の東証の時価総額は百五十九兆円目減りしたと二千八年四月一日の読売新聞にはあります。四月になって日経平均はやっと一万三千円を回復できたといった様相ですが同日新聞紙面で発表された日本の短観では製造業の景気判断および非製造業の景気判断ともに下落し、大企業製造業で八ポイント下落の十一、非製造業は四ポイント下落の十二となり、長い景気拡大の流れが幾分下降線に入り始めたような数字です。中小企業の景況は大企業より悪いわけですから勤労者の七一%は中小企業の従業員という日本においては景気減速の中でさらに個人消費は減少気味にならざるを得ません。日本のこの時点での景気拡大局面においては二千一年をそこにして二千六年までの景気の拡大において企業収益は全産業の経常利益は二十八兆円程から五十四兆円程へとほぼ倍増しました。しかし大企業においても中小企業においても賃上げ率は2%以下と低水準で推移しています。バブル経済最盛期の九十年時点では全企業の経常利益は三十五兆円ほどでありながら賃上げ率は6%を記録していたのですからバブル経済時点での一般サラリーマンは浮かれることも出来はしましたが、戦後最長の景気拡大と言われても、この時点ではそれほど浮かれることも出来ない状態と言えます。また二千八年四月四日にはアメリカの雇用統計が発表されましたが、失業率が三ポイント上がって五・一と報じられました。輸出頼みの日本経済にとってアメリカの景気動向は輸出企業の収益に直結してくる部分もあります。かつてベトナム戦争が行われていた千九百七十年代には二度のオイルショックが起こり、アメリカ経済はスタグフレーションを経験しベトナム戦争終結後かれこれ十年近く経済的な苦境に陥りました。二千年代におけるイラク戦争とその最中に起きている原油・穀物相場の急騰そしてドル安など、アメリカ経済は景気後退とインフレというスタグフレーションの一歩手前の状態にあります。イラク戦争が終結してもベトナム以後のアメリカがそうであったようにイラク戦争終結後もアメリカ経済は苦境の時期を味わうのかもしれません。当時と違うのは日本経済は敗戦から立ち直って経済が上げ潮ムードを経験し日本経済全体に勢いがあった事と比べて、この時点では日本経済がかなり成熟しまたバブルの精算をやっとし終えた時点でありかつてほどの勢いが日本経済にはなくなっていることです。むしろ敗戦直後の日本経済がアメリカの経済動向の影響を大きく受けていた時代に近いような状況に日本経済はあると言えるようです。それだけ日本経済はバブル経済の破綻で体力が弱ってしまったと言うことです。アメリカの経済指標で最も重視されるのは雇用統計の数字だと言われる反面、日本経済で最も重視されるのは円ドル相場と平均株価と言えるのかもしれませんが、アメリカ発の金融不安の最中においてすらアメリカのダウの値下がり割合に比べて日本の東証の平均株価の値下がり割合の方が大きいのです。それは分母となる東証の株価がバブル崩壊で大きく下がってバブル全盛期の平均株価の三分の一ほどになってしまっているので額面では少しの値下がりでも下げの割合が大きくなってしまうからです。確かにこの時点での世界経済は中国・インド・ブラジル・ロシアなどいわゆるBRICsが台頭して冷戦時代の時とは様相が異なっているとは言えるものの、やはりアメリカ経済の不振に伴う経済の連鎖で世界経済への影響は出そうです。IMFの発表ではアメリカのサブプライムローンに伴う損失額は世界で百兆円に上るとされます。これは二千一年の9・11アメリカ同時テロの時の世界経済が被った損失額である四十兆円を遙かに上回る額です。このような世界の金融市場の動きで日本経済が腰折れし景気の低迷期に入るような事になるようなことがあると、二千七年九月から上昇局面に入った日本の消費者物価の動きと併せて考えたとき、日本経済もスタグフレーションに陥る危険性をはらんできます。個人消費の動向は二千八年四月二十五日の読売新聞夕刊にグラフで示されていますが、二千七年九月まではわずかばかりのマイナス局面で推移していたものがその後二千八年三月までにかけて急速に上昇し1.2%の上昇を記録するまでになりました。記事では十五年ぶりの上昇率と記載されています。原油・穀物の国際的な原材料価格が上昇したことが原因で、日本では賃金がそれほど伸びてはいないわけですから個人の消費意欲が旺盛であることからの物価上昇ではないことは明らかです。二千八年六月十六日には六月の月例経済報告で太田弘子経済財政相は景気判断を幾分下方修正したなかで「景気後退とはみておらず、横ばいの範囲内にあるが、下ぶれリスクは高まっている」と述べましたが、この趨勢がさらに進むと日本経済がスタグフレーションに陥ることは明らかです。 このような経済状態の中の日本の社会は内部構造がどうなっているのかを示す相対的貧困率のデータが二千八年四月三十日の讀賣新聞朝刊に載りました。OECD諸国の相対的貧困率は高い方からアメリカ13.7、日本13.5、アイルランド11.9、イタリア11.5、カナダ10.5、ポルトガル9.6、ニュージーランド9.5、イギリス8.7、オーストラリア8.8、ドイツ8.5となっています。これは二千六年度版の報告書のものだとされますが、発展途上国の相対的貧困率は別として先進国の中では資本主義の本性がむき出しに近いアメリカに次いで日本がその後を追っています。日本の非正社員の数は千五百万人を超え年収二百万円以下の給与所得者の数は一千万人ほどに上っています。生活保護世帯は九十六年の六十万世帯程から右肩上がりに一本調子で増加して二千六年度では百十万世帯に近づこうとしています。中間層が抜け落ちて貧困層が増えるという構図ができあがってしまっていると言えるようです。また、働いているにもかかわらず生活保護世帯の収入にも届かないという逆転現象が起こったりする社会状況と言える部分もあります。二千十年四月十日の読売新聞の記事では生活保護水準以下の世帯数は二百二十九万世帯とされています。日本の総世帯数を約四千万世帯とするとこれは5.7%の割合になります。この日本の相対的貧困率は六年前の二千年と同じ状態であることが確認されたわけで、依然として日本国内に存在している格差問題は深刻と言えるでしょう。経済学の方では絶対的利得と相対的利得という考え方もあるようです。これはNHKの放送大学の講義でなされていたものですが、絶対的利得とは自分の収入などが前よりもよくなったかどうかを示すもので、ゼロサムゲームのような対立関係にはならず自分の収入が増えればそれでよしとするものです。これに対し相対的利得という考えは、自分が他の人と比べてよくなっているのかどうかという考え方です。自分の収入が前よりちょっとよくなったとしても他の人の方がそれ以上によくなっていれば、これはゼロサムゲームと同じような対立的関係になると言うことです。収入が幾分増えたとしてもこの時点では原材料やエネルギー価格の上昇によるインフレで賃金が上昇してもその分は消えてなくなるかも知れません。また個人間の所得格差だけでなく地域間格差も日本の場合は深刻になりつつあります。格差の大きな社会構造になると言うことはアメリカのサブプライムローン問題にもみられるように、如何に経済的に成長が続いているように見える社会においてもその社会の中に弱点を抱え込むことにもなります。一方世界の億万長者の方はどのようになっているのかというと、トップ二十人のうちアメリカは四人、インド四人、ロシア四人、香港一人など新興国が大きく台頭しトップ二十人の中には日本人は含まれていません。日本で最も資産が多いのは森ビルの森章一族とされ資産総額七千五百億円だそうですが、それでも世界の富豪の中ではトップ百位以内には入っていず百二十四位だそうです。日本のバブル経済全盛期には西武グループの堤義明氏が総資産三兆円と世界で最も金持ちとされ、森ビルのオーナーの森泰吉郎氏は総資産一兆円とされていました。その頃からかれこれ二十年経った時点では隔世の感とも言えます。資産十億ドル(千百億円)以上の世界の富豪の数は千百二十五人と初めて千人を超え合計資産額は四百八十四兆円、平均資産額は四千二百九十億円だと『Forbes』日本版の二千八年五月号の記事にあります。インドのビリオネアは五十三人、中国が四十二人に香港が二十六人と、日本の二十四人を上回っているとあります。結局日本はインド、中国、香港の下に位置しアジアでも第四位に後退しています。二千七年にインドに抜かれるまでは日本は二十年間アジアで首位だったとされますが、もはや過去の栄光だけにすがっていることも出来なくなりつつあります。日本は大富豪の数ではアメリカは言うに及ばず他の国々と比べても少ないにもかかわらず相対的貧困率だけはアメリカに次ぐ高さという状態で全体的には経済が最悪の形で沈んでゆく傾向のようにも見えてきます。世界に冠たる大富豪が世界で二番目に多い数でいるというわけでもない日本でありながら相対的貧困率だけは世界第二位というわけです。少なくともこの時点での日本経済は外需頼みで内需は活発とは言えない状態です。中国は経済的に躍進し日本の貿易相手国としても重要性を大きく増しましたが、北京オリンピックを控えた二千八年五月十二日には四川省大地震が起き、その被害総額がいくらくらいになるのかもまだ判明してはおらず中国経済が今後どのような動きになるのかも未知数というところです。被害額が中国政府にとっても大きな負担になるほどのものになれば、その影響は日本経済にも波及してくることもあるでしょう。アメリカのサブプライムにより大きな損失を出したアメリカの金融機関には中国やアラブの政府系ファンドは多額の資金を拠出しかろうじて事なきを得たかに思えましたが、今度はその中国に大きな被害が発生したと言うことです。そのような状況の中で日本の二千八年四月の完全失業率が二千八年五月三十日の讀賣新聞に載りましたが、完全失業率が4.0%と0.2ポイント上昇し七ヶ月ぶりに4%台に乗ったとあります。道路事業の凍結が影響したためかと言われますが、四月の消費者物価は0.9%の上昇と七ヶ月連続の上昇とその脇の記事にありガソリン暫定税率が一時的に引きさえられたとはいえ食料品の値上がりなどの影響がはっきり出てきた感がします。また四月の家計調査では消費支出が実質ベースで前年同月比2.7%減と二ヶ月連続の減少と五月三十一日の同紙にあります。守株の商品の値上がりに対して消費者の警戒感が増し始めている影響もありそうです。唯一プラスの数字が出ているのは四月時点で車の輸出が三十三ヶ月連続で増加していることです。結局は日本経済が外需頼みで動いていることを顕著に示す結果とも言えそうです。 日本経済が低落傾向をたどっていることは二千八年五月二十三日に閣議決定された科学技術白書でも明らかなようです。六月一日に讀賣新聞朝刊で紹介されているOECD加盟国の一人あたり国内総生産を示すグラフでは、二千年時点ではアメリカをしのいでいたものが米国、英国、カナダ、フランス、ドイツと順次二千六年までにそれらの国々の下を行く水準に低下し次の韓国には追い上げられている状態になっています。世界の中で第三位の地位から日本経済の一人あたり国内総生産は現在では十八位ほどにまで転がり落ちているといって良いでしょう。この期間がほぼ日本の「失われた十年」と呼ばれる時期に重なってもいます。二千八年六月十七日の讀賣新聞朝刊に載っているグラフでは、アジアにおいても日本は一人あたり国内総生産ではシンガポールの水準以下になっています。その差は僅差でシンガポールも日本も一人あたりGDPは三万五千ドルほどですが、ヨーロッパ諸国のそれはオランダ、イギリスが四万七千ドル〜四万八千ドル、フランス、ドイツが四万一千ドル〜四万二千ドルイタリアでさえ三万八千ドルほどの水準でアジア諸国を遙かにしのぐ生産をしていることが示されています。そして一人あたりGDPが最も高いのは米国はです。経済規模では日本は世界の上位にあるとはいえ、また人口が非常に多いので中国などの経済規模もかなりの物になってきているとはいえ、一人あたりの豊かさでは米国やヨーロッパには及ばないと言うことですし、躍進著しい中国といえども一人あたりGDPでは日本の十分の一以下にあることが事実です。では、かれこれこれまでの二千年代の六年間で日本経済には何が起きていたのかです。千九百八十八年から始まって二千二年でピークを迎えたバブル経済とその崩壊、そしてその後の失われた十年と言われる時期を過ごした以後における二千年代の日本の姿はかなり疲弊した姿とも言えます。これらの諸国の中ではドイツも長期低落傾向とはいえ下落の仕方は日本が群を抜いていると言えます。ドイツと日本の不調が際だっていることは旧連合国と同盟国の違いなのだろうかなどとも思ってしまいますがどうでしょうか。しかも日本の下落の仕方は真っ逆さまと言えるような最も急角度なものです。そのため日本政府は科学技術の強化策を講じる考えで、十四分野の二十三項目を重点施策の対象にしています。それらにはカーボンナノチューブ、3D映像技術、太陽光発電技術、水素エネルギー技術、生活支援ロボット、医療機器技術、新万能細胞、農作物の開発技術、新超伝導材料技術等々ですが、技術革新や技術の高度化によって少子高齢化や対外的な競争力の維持などに日本が対処しなければならなくなった姿です。新しい技術の種が生まれたらそれを見極める目や育て上げる力が必要になっても来ます。そうしないと日本の行く末には展望が生まれてこない結果になります。当然画期的な技術を生み出す人材を育てるためには教育分野での理科教育も重要な要素になってくることでしょう。日本の戦後の工業製品は戦後すぐの「安かろう悪かろう」の時代から製品の品質の良さに対する評価を得てそれは世界において定評を獲得するまでになりましたが、この時点では製品の品質の良さだけでなく高度技術へもう一歩踏み出さなければならないところに至りました。戦後しばらく経った日本ではボンネットバスが箱根の山を登り切れず途中でオーバーヒートして蒸気を吹き上げたりもしていたのです。その頃からすれば日本の自動車産業の技術は遙かに高くなりましたが、これからは燃費ばかりでなく脱石油の新エネルギーの車を開発してゆかなければならないかも知れないことなどはその一例です。あるいは新規産業分野を作り出さなければならないことにもなりました。すなわち日本はこれまで以上の高度科学技術を生み出してゆかないとやって行けなくなったと言うことのようです。また世界には磨けば光る原石のような人材も多数いることでしょう。米国のIT産業がインドへ研究開発拠点を設置してアウトソーシングするのもそのような流れとも言えるようです。科学技術白書に載っている主要国のGDPの将来予測では中国が二千十五年には日本に並び二千四十年にはアメリカに並びその後世界第一位の経済大国になり、インドは二千三十年頃に日本に並びその後アメリカを追い上げる姿がゴールドマンサックスの資料として描かれています。二千五十年までの範囲では中国は二千年時点と比べると四十五倍、インドは二十五倍以上、米国でさえ3.5倍にGDPは上昇すると予測される一方で日本は二千年時点からほとんど横ばいとされています。すなわち日本の場合は経済がほとんど成長しないわけです。日本経済が成長しないとするなら成長が止まっている経済の中でどうしたら我々自身の生活を実質的に豊かに出来るのかを考えなければならなくなります。製造業輸出額の世界シェアで中国は日本や米国を抜きEUにせまっていますし、製造業売上げの世界シェアでも日本とほとんど同額に迫りその上のEUや米国を追う勢いがある様子がグラフで表されています。二千八年版の『科学技術白書』では主要国の経済成長率におけ全要素生産性(MFP)と資本寄与そして労働力寄与の割合を示す棒グラフがありますが、イノベーションを表すMFPでアメリカは最も大きな割合を示し、労働力寄与と資本寄与では英国以下でありながらMFPの割合が大きいために英国の成長率を逆転してトップになっています。このグラフは千九百九十五年から二千四年にかけての時点を示すもので、その間の日本は労働力寄与はマイナスでMFPもドイツと変わらず低い状態になっています。しかし成長率ではトップのアメリカが3.8、英国が3.5、フランスが2.5、日本とよく似た状態のドイツでも1.4程であるのに日本は1.1くらいでしかなくきわめて底成長率といった様相です。そのためこの白書の目的は如何に日本の中にイノベーションを起こす条件を用意してゆくかと言うことになっています。イノベーションを重視する政策はアメリカだけでなく中国も採っている状況なので、日本としてもイノベーションによる競争力強化や成長戦略を描き出さなければならないところに来ていると言えます。アメリカの場合、中国やインドの台頭に対応して初等中等教育における科学・数学教育の充実、理学・工学研究の強化、理工系高等教育の充実、イノベーション環境の整備などを提言した「オーガステイン・レポート」などが紹介されていますが、それ以外にアメリカの場合にはサービス業が多くの雇用などを生み出しているためサービス産業分野でのイノベーションをはかるために「サービス・サイエンス」の振興なども重視しているようです。サービス・サイエンスとはコンピュータ科学、事業研究、産業工学、ビジネス戦略、経営科学、法学等を統合した新興学問分野だとされています。日本の場合においても工業分野のイノベーションのみならずサービス分野におけるイノベーションによる生産性の向上は図ってゆかなければならない部分が大きいと言えるでしょう。英国の場合も初等中等教育分野と高等教育・技術分野を管轄していた教育技能省を子供・学校・家庭省とイノベーション・大学技能省の二つの省に再編したりしています。イノベーションのためには研究開発投資や教育投資はどうしても必要になってくるわけですが、教育を受けた人達が個々人で教育を受けた効果を社会の中で発揮し教育から授かった力を社会に還元していかなければ教育を受けたこと自体の意味がありませんし社会が教育を施すことの必要性がないことににもなります。小学校や中学・高校で字が読めるようになる教育を受けたら本や新聞などを読んだりして字が読めるという能力を活かさなければ字が読めるようになる教育を受けた意味がありません。またインターネットが出来るようになったら多くの記事を検索して知識や情報を自分で収集してみなければインターネットをやる意味があまりありません。インターネットの普及などは、それまでは社会参加の可能性がなかった人達、すなわち家庭内だけにいて社会参加の機会がなかった人にも社会参加のチャンスを与えるものになってもきます。それまでなら家庭の中に埋もれているだけで社会に参入してくることがなかったであろう才能や能力あるいは労力も社会の中で活かすことが出来るのかも知れません。 イノベーションで生み出されてきた成果を人々が有効活用することも重要ですが、人々が活用できるさらなるイノベーションを生み出し続けなければならないことも当然と言えます。そのためアメリカのみならずEU諸国、韓国、中国、インド、ロシアなど主要国はどこも研究投資をGDPの一定割合にしたりその比重を高めたりする政策を採っています。一般庶民レベルでは生み出された新規技術の産物を如何に生活の中で有効活用するのかを工夫しなければなりませんが、国や企業のレベルでは新規産業分野や新技術を様々に作り出してゆく方策を施すことが求められる時代になっていると言えるでしょう。各国の研究費の推移が白書にはグラフで示されていますが、アメリカは幾分波があるものの全体としては増加をたどり二千六年時点で四十二兆八千億円、EUは二十七カ国で三十一兆円、日本は十八兆五千億円、中国は九十九年時点から急激に研究費が増加して二千六年時点では日本に迫る十七億九千億円、ドイツが八兆三千億円、フランスは五兆三千億円、韓国は四兆六千億円、英国が四兆五千億円、ロシアが二兆三千億円、インドは一兆九千億円となっています。韓国を除いてこれらは人文・社会科学分野も含めた資金額だとされます。これらはいずれも購買力平価換算の絶対額ですが、これを二千年度を100とした指数でみてみると様相は一変して中国が277.8、韓国が176.8、ロシアが148.3、日本は122.4、EU27が115.4、アメリカは110.1、フランス109.1、ドイツ108.1、英国107.8の順となり、中国、韓国、ロシアの研究費の急増ぶりが明らかに見て取れます。日本にとって唯一の救いは対GDP比でみたときの研究費の比率が3.61でトップであり、二位の韓国が3.23、米国とドイツは2.62、フランスが2.0ほど、EU27が1.84、英国は1.78、中国は1.43、ロシアは1.0程、インドは0.61だということです。しかし日本のGDPはほとんど伸びていないわけですから、対GDP比が高くても研究開発投資額は他の国と比べてその額の差は開いてしまうことは十分考えられることです。また日本の研究開発投資は主に民間企業の研究費の割合が八十一%ほどと大きく、政府研究開発予算は額でも比率でもアメリカ、EU27、中国などよりもずっと低い水準にあると言えます。アメリカは政府研究開発予算額が十七兆一千億円、EU27が十二兆一千億円、中国が十兆一千億円、日本は三兆五千億円、フランスとドイツが二兆五千億円、英国が一兆九千億円、韓国が一兆三千億円、ロシアが八千億円、インドは七千億円で、日本の政府研究開発予算額は上位を行くアメリカなどからみれば遙かに少ないと言えます。二千年度を百としたときの伸び率でみても二千七年度ではアメリカは131.7、中国は225.6、韓国は173.9、英国は120.2、フランスは108.4、日本は106.9、EU27は104.2、ロシアは103.7ドイツは98.8となっていて決して日本は高い水準にあるとは言えませんし、政府研究開発費が急増しているというわけでもありません。研究開発にとって必要な人的資源である研究者の数はアメリカが百三十九万五千人、EU27が百三十万一千人、中国が百二十二万四千人、日本が七十一万人、ドイツは二十八万人、フランス二十万四千人、韓国二十万人、英国十八万と行ったところです。また論文数でも中国は日本に迫る勢いでどの分野においても中国の台頭著しいことが示されています。それはハイテク産業の付加価値収益でも明らかで、千九百九十年から千九百九十七年頃までは日本とアメリカは拮抗する水準にあったものが、それ以後は日本は低下傾向あるいは急落と言ってよい状況をたどりアメリカは上昇傾向をたどってアメリカと日本との差が広がり、千九百九十九年頃からは中国が急上昇して猛追し二千六年では日本とほぼ同水準になっています。主要先進国では第三次産業が大きな比重を占めるように産業構造が変化している中で、日本においても第二次産業である製造業と第三次産業であるサービス業とを「双発のエンジン」と位置づけています。アメリカにおける「サービス・サイエンス」では「経済活動においてサービスが大きな比率を有するにもかかわらず、サービスセクターにおける体系的な研究開発が不足している」ということで「コンピュータ・サイエンス、オペレーションズ・リサーチ、数学、意志決定論、社会科学などの学際的学問」として新たな学問分野を作ることにしたようです。二千八年七月二日にはアメリカの大規模コーヒーチェーン店のスターバックスが売り上げ不振で大規模な店舗の閉鎖などを発表しましたが、アメリカ経済の不振ばかりでなくスターバックスがコーヒー豆を店内で挽かずにすでに挽いてある袋詰めのコーヒーを使用する事で効率化を図ったためにコーヒーの香りが店に漂わないことなどや店員がコーヒーを入れている姿を客が自分で眺めて見ることが出来ない店の作りになったことなどが客離れを誘ったと指摘されています。製造業が行う工場内の大規模な機械化や自動化による省力化とは違ってサービス業の場合には機械化によって効率化を図りさえすれば済むとばかりは言えないことの一例のようです。顧客に直に接する頻度が高い半分接客業のような要素の強いサービス業の場合には機械化し効率化を図るべき部分とそれをしてはいけない部分がありそうです。客がコーヒー店にやって来るのには自動販売機で缶コーヒーを買って飲むのとは違う要素を店に求めている場合もあり得るからです。しかし日本においてはサービス産業の生産性を高める工夫をしなければならないのは確実なようで、千九百九十五年から二千三年にかけての製造業とサービス業との生産性の上昇率を各国別に比較した表では米国の製造業は3.3%、サービス業は2.3%、英国のそれは2.0%、1.3%、ドイツは1.7%、0.9%であるのに対し日本は製造業が4.1%、サービス業は0.8%とサービス分野の生産性の上昇率がきわめて低いからです。そして千九百九十三年から二千三年にかけての日本における就業者数の推移では一次産業が百万人のマイナス、二次産業は三百万人のマイナス、第三次産業は三百五十万人のプラスで、日本の実質GDPの場面では一次産業が二兆円のマイナス、二次産業が七兆円のプラス、第三次産業は六十七兆円のプラスとなっています。製造業が生み出す製品のサポートなどを行うコールセンターなどの業務部門が重視されるようになり製造業に付随したサービス部門の比重が増したことによりサービス部門が増加したとも言えますが、日本の製造業では年齢階級別就業者人口が二千七年時点では五十五歳から五十九歳の団塊の世代と呼んでよい世代では百五十三万人と最大の比率を占めています、しかしそのあとは順次低下し次の山は三十五歳から三十九歳の百四十七万人で二十歳から二十四歳の年齢層では七十五万人と団塊の世代の半分に低下しています。日本経済に占める製造業の比率が落ちたことと少子化の影響かとも思われますが、それとは逆に比重を大きくしてきているサービス分野の生産性が低いままだと全体の生産性の上昇率にも大きく影響してきます。上のサービス業の生産性などのデータは二千三年までのものでバイオ燃料などによる穀物相場の急上昇などの影響で日本の一次産業がこれまで不利な立場にあった状況はちょっと異なる要素が加わり始めた二千八年時点とは同じとは言えないかも知れません。日本の農産物価格の国際競争力は以前は国際相場の十倍と言われた日本の穀物価格が国際穀物相場の値上がりによって三倍ほどに縮小してもいるからです。国際的な競争の場面では全く展望の持てない状態であった日本の農業にも幾分か日が差してもいいような状況が生まれ出ています。サービス・セクターに関する研究費の日米比較のグラフでは二千一年時点ではアメリカが九兆三千億円で日本は一兆円ほど、二千三年においても日本のこの分野での研究費は一兆五千億円でしかありません。また製造業などにも直結してくる年間の科学工学系博士号取得者の推移では米国は千九百八十五年時点以降二千五年にかけてもダントツの一位で二千五年時点では二万八千人、中国は九十三年頃から急伸して二千四年時点でも一万四千九百人、ドイツが一万二千二百人、英国は九千四百人、日本は七千七百人、韓国が三千五百人の水準にあります。日本の博士号取得者の人数の水準は決して高いとは言えないにもかかわらず失業状態にある博士号所得者が数多くいるというのは是非とも是正を図らなければならない問題と言えることでしょう。イノベーションにとって不可欠と言える可能性のある人材を粗末に扱うことは日本の社会にとって大きな損失になるからです。白書には文部科学省が「平成二十年度からは、科学技術振興調整費のプログラムにおいて、イノベーション創出の中核となる若手研究人材が、狭い学問分野の専門能力だけでなく、国際的な幅広い視野や産業界などの実社会のニーズを踏まえた発想を身につけることを支援するため、「イノベーション創出若手研究人材養成」を実施することにしている。」と書かれています。どこの国も優秀な人材を確保しようと自国の外にまで範囲を広げて優秀な学生や教授陣など人材の獲得をはかろうとして国際間での人材争奪戦も生まれかねないような様相の中で、だからといって自国内の優秀な人材を無駄にする手はないとも思います。自国にいてもあまりいいことがないと優秀な人材が思えばその人達は海外へ逃げてしまうこともあり得ます。日本の国際競争力を高めるための方針が白書には述べられていますが、サービスサイエンスの振興、サイエンス型産業に関する科学技術の振興、新興領域・融合領域への対応などが挙げられています。最後に挙げられている新興領域・融合領域では数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索として「数学は諸科学の基礎となる学問であり、他分野との連携研究により多くの領域での研究開発においてブレークスルーをもたらすものであるため、数学と他分野との連携・融合を推進する」などとされています。数学は天文学や物理学などとは密接な関連があるのは歴史的にみて常識でもありますがそれ以外の場面でも数学は多くの貢献をしていると言えるでしょう。白書に引用されている先の全米アカデミーズのレポートの比較経済論の部分では「米国で一人の工場労働者を雇うコストで、メキシコでは九人を雇うことが出来る。米国で一人の専門的技術者を雇うコストで、インドでは八人を雇うことが出来る」とあります。日本とて同じようなもので、中国やインドなど近隣アジア諸国の人達と代替可能な労働力であるなら賃金の安い労働力を求めて企業は移動もしてしまうことでしょう。グローバル化と呼ばれている世界規模での競争の実態の中ではこれが顕著になってきています。代替することが難しいと思えるほどの高度技能や技術を持たない限り安閑とはしていられないのが現実となりつつあります。少なくとも自社内部の仕事を外注に出すかどうかを意志決定できる経営陣でもない限り一般の従業員は自国と海外とのこのような競争にさらされるというわけです。また日本企業の株式を外国資本が大量に保有し資本家が企業に短期で利益を上げることを要求したりすれば経営陣とて安い労働力にコスト削減の道を求めざるを得なくもなります。また経営陣がそのような意志決定をする企業の数が増えれば、発展途上国の雇用は増えたとしても先進国の社会の中所得者層は抜け落ちて高額所得者層と低所得者層に二極分化した社会が生まれてくることにもなります。それらを回避するには付加価値の高い製品や技術あるいは新規分野の技術を数多く生み出してゆかなければならなくなります。新エネルギー分野の技術開発などもこれからは重点的に研究してゆかなければならないでしょうし、新規エネルギー技術で先鞭をつけ先行した国が他国に大きな影響力を行使できイニシアチブを握る局面も生まれてくると思われます。すなわちエネルギー革命を実現した国が次の時代の主導権を握る部分が生まれています。日本経済の石油依存度は第一次オイルショック時点では七十七%だったものが二千八年年時点では四十七%に低下しているのでかつてほど石油の国際価格上昇の影響を強烈に受ける度合いは小さくなってきているとはいえ影響を受けずに済むわけではありません。したがって当然バイオ燃料生産技術なども重要性を増すことと思われます。また新素材の太陽光発電や新しい発想の発電装置などこれからも新たなアイデアによる製品が生まれてくることも考えられます。バイオの分野でも工業の分野でもさらなる研究の進展は求められてくることでしょう。これらは結局脱化石エネルギーをどのようにしてはかるかと言うことに帰着しますが、地球温暖化の問題の解消は急がなければならない局面になっていることは事実です。これらの問題解決には理系の研究者や技術者の力が不可欠と言えるものです。そして総合大学の場合には理系の分野で画期的なアイデアが生み出されたら法学部と連携してその国際特許を取る手続きを支援するような体制を整える必要もあるかも知れません。先の白書でも優秀な外国人研究者を日本に引きつけるための制度や大学・大学院の国際競争力の向上策などが述べられていますが、「諸外国が博士号取得レベルの研究人材を中心に研究開発を推進している中で、我が国が持続的なイノベーションを創出していくためには、我が国においても博士課程の魅力を高め、グローバルな競争環境下で活躍できる人材を育てるとともに、産業界においても、博士号取得レベルの研究人材を企業自らのイノベーション創出における研究戦力として活用してゆくことが必要である。なお、企業における研究開発は、市場等の状況や企業自身の戦略によって、研究開発のテーマ・内容が変更となったりするため、大学等による自由度の大きい研究開発とは異なる面がある。従って、企業の研究開発をリードする人材を養成するためには、自分の専門外も含む様々なテーマに柔軟な発想で立ち向かえることなどの能力の育成も重要となる。」と書かれています。産業界と博士号を取得して企業に進む人双方への要望ともとれる内容ですが、博士号取得者が民間企業に在籍する割合が日本は米国の半分程度といわれる状態の中では、少なくとも大学院の博士課程の人材育成の内容と企業の目標とのミスマッチを調節しながら博士課程修了者が不遇な境遇に陥ることがないような形に社会を変えてゆかなければ日本の将来への展望もなかなか開けてくることにはならないのかも知れません。 このような白書が発行された時点では日本経済は景気後退局面に入ったことがかなり鮮明になってきています。そのため政府は緊急経済対策の立案などを求められていますが、二千八年八月十二日の讀賣新聞朝刊紙面で太田弘子前経済財政担当大臣は「なぜ賃金が上がらないのかを突き詰めれば、サービス産業の生産性の低さなんですね。卸・小売り、飲食、宿泊、運輸などです。労働生産性が千九百七十年代から上がっておらず、米国の半分くらい。こういう産業が地域経済の中核にいて、弱いまま資源・食料価格の高騰に直面している。資源・食料価格の高騰は一時的なものではなく、新たな価格体系に移行しているとみた方がいいんですね。ならば新しい価格体系の下で生きていけるように経済構造を変えるしかない。省エネ型の投資への支援、それから流通改革ですね。サービス産業では経営の大規模化やIT(情報技術)化を進めて強くしてゆく。それを助ける政策でなければならない。直接的な所得保障はしたらいけないと思います。年頭の国会演説で、日本経済について[もはや一流と呼ばれる状況ではない]と申し上げた。千五百兆円の金融資産があり、百八十万人のフリーターという労働力が眠っている。団塊の世代は今から退職ですから技術は残されている。・・・EPA(経済連携協定)を進め、対日直接投資を増やし、優秀な人材を呼び込むなど、グローバル化を進めれば再び一流になれる。」と述べています。日本経済の問題点は政府としてもまた民間出身のエコノミストでもほぼ同じなのではないでしょうか。サービス分野が肥大化しているにもかかわらずその部分の生産性が日本は低いのは誰しもが認めなければならないことと言えそうです。そして経済対策を打つにしても日本は財政事情がきわめて悪いところで行わなければならないという条件の中にあります。対GDP比で見た債務残高は二千七年時点では英国、米国、ドイツ、フランスはどれも八十%以内に収まっているのですが、日本の場合は千九百九十三年には八十%以内だったものがその後急増して二千七年度では百八十%にまでふくらんでしまっています。欧米諸国の中で財政状態が最悪とされるイタリアでさえ百十%程度ですから日本はかなり悪い財政状態です。これは二千八年八月十三日の讀賣新聞朝刊にグラフとして示されているわけですが、財政支出をあまり増やすことなく日本の経済構造を変える工夫が必要になります。財政の支出額は変えずに財政支出の配分の仕方を変化させる以外にないかも知れません。太陽光発電や風力発電そしてバイオ燃料や水素燃料はたまた糖分を分解して水素をは発生する嫌気性バクテリアを使って作られるバイオ水素燃料などのエネルギーの転換を図る方向へ予算を重点配分すべきかも知れませんし、中小小売業などのサービス部門のIT化を促進するための技術開発も必要かも知れません。大規模に風力発電基地などを作るならそこで発電された電気を電力消費地に送電するための送電線の設置も必要になるでしょう。当然長距離を送電するのであれば送電ロスの少ない送電線を開発することが望まれるわけです。超伝導を線形にした送電線などが出来れば電気抵抗がないので送電ロスのない形で発電された電力を百%電力消費地に届けることが可能になります。千九百七十三年の第一次オイルショック、七十九年の第二次オイルショックの時点では省エネがテーマとなりましたが、二千八年に顕著になった第三次オイルショックとも言えるこの時点では省エネだけではなく脱化石エネルギーというエネルギー転換そのものが大きなテーマとなるべきことのようです。第一次と第二次オイルショックは短期で収束しまた日本の勤労者の所得は上昇基調にあった中で起きたものでしたが、第三次オイルショックと言える動きは短期で収束するものではなく長期間のエネルギー価格の上昇傾向をたどるものと考えられ、また日本の勤労者の所得がほとんど上昇していないところで起きているオイルショックと言えます。しかしこの時点の日本にはエネルギー関連での技術の種も芽も実も日本には整っています。あとは日本の社会がその実をうまく社会の中で活用したり種や芽を新たな産業に育て上げたりするだけです。またサービス業におけるITの活用では中小の小売店や飲食店でも、あるいは個人の店でもチェーン店でもITでうまく連携することも出来るかも知れません。個々の商店同士の競争という話ばかりでなく地域商店街としての連携を図るためにもです。インターネットでのメーリングリストなども同種の商店同士でも情報を共有するような活用をはかれる可能性はあるでしょう。ITに過度の期待を持つのは幻想に終わるかも知れませんが、ITの活用の場面は工夫次第でもっと広がる可能性はあるように思えるからです。この時点では単なる一時的な経済対策としてではなく次の時代にもつながる経済対策として注意深く考えてゆかないと、財政余力の乏しい日本経済にとっては命取りにもなりかねません。エネルギー価格が上昇するたびに不況になりそのたび毎に財政出動による経済対策を打つというこれまでのサイクルをどこかで断ち切る必要が生まれてきます。エネルギー生産を国内で出来る体勢にすることは財政出動で有効需要作り出すなどと言うものではなくエネルギーに対する需要そのものは現に日本国内に存在しているものだからです。二千十二年十月七日のTBS”夢の扉”で紹介されていた「芋発電」などは非常に有効かも知れません。サツマイモを三角棚で栽培し生産量を上げ(平地で栽培する量の30倍から50倍)それをポテトチップスのようにチップ状にして乾燥させたものを燃料にして発電するというものです。木材チップの発電よりもコストが安く石炭火力と比べても発電コスト面では引けを取らず地球温暖化の防止に貢献できて農村部などの活性化にも一役買えそうな発明と言われます。全国の耕作放棄地の面積にほぼ匹敵する東京都の面積の耕地でサツマイモを栽培した場合には日本の総発電量の一割をまかなえるそうです。日本発のバイオマスと言うことですがこのようなものが実用化され始めれば品質の良い美味しいサツマイモの品種改良と言うよりも収量の多い燃料用のサツマイモの開発も必要になるでしょう。そうすれば発電コストは更に低くできることにも繋がります。地方の経済的な活性化を農水省の予算確保による財政に頼って行うだけでなく地方の特性を生かした新たな産業を移植して行くことは必要だと言えます。またそうしない限りこれまでと同じことの繰り返しの中でいづれは日本経済が財政的に行き詰まるからです。日本のコメの購入額はパンに抜かれたと二千十二年八月二十七日の読売新聞夕刊にあります。主食だったコメまでもがこのような状態になっているので地方の農村部はそれでなくても経済的には苦境となるのは確かです。それを政府の財政支援だけで何とかしようとすることには限界があることを考えれば、他の収入源と雇用の場が地方の農村部に生まれてくる方策を考えなければなりません。海外から購入する発電のための燃料費を国内で回せる体勢も作りようによっては可能にできる技術が生まれ出始めていると言うのであれば地方の農村部を活性化させるためにもエネルギー資源の購入費用がそれらの地域に回せるような国内の体勢作りを急ぐべきでしょう。後は実際にそうする気があるかどうかだけが日本人に問われていると言うことです。エネルギー分野は日本経済の全ての部門を基礎で支えている産業でもあるからです。「芋発電」などは農水省だけでなく資源エネルギー庁や経産省あるいは環境省にもまたがる発明です。電気自動車などがこれから普及するであろう事を考えれば本気で日本国内でのエネルギー生産資源の活用を考えるべき時に来ています。また企業経営の場合と同じように経済政策として生産性の低い部分を切り捨て生産性の高い分野にだけシフトすると言う方法があるにしても、そしてそのような方策の一つとも言える小泉構造改革における生産性の低い地方経済の切り捨てという懸念の言葉などにも表れてくるものでもありますが、高齢化による先細りが懸念される一次産業部門ばかりでなくこれから先も日本経済の中で比重を増すと考えられるすでにGDPの七割割りを占めるまでに至っているサービス部門が生産性が低いとされるのであるならそれを切り捨てることは不可能なので、その部門の生産性の上昇は如何にすればはかれるのかを考えなければならなくなります。比重が増しているにもかかわらず生産性が低いままでいるのが日本のサービス部門の問題点だからです。 このような内部に問題を抱えた日本経済ですが、二千八年八月時点で明らかになり始めているのが、日本経済がスタグフレーションに入りつつあるのではないかという懸念です。二千八年四〜六月期の日本のGDPは実質で前期比0.6%減となりマイナス成長になったと二千八年八月十三日の讀賣新聞夕刊にあります。続く十四日の同紙朝刊では個人消費、設備投資、輸出の全てがマイナスになったことがGDPを減少させたと報じられていますが、個人消費がマイナスになったのは原材料高による物価の上昇に対して消費者が身構え始めたことが一因となっていると考えられます。景気後退とインフレが同時進行するスタグフレーションの前触れのような姿が現れ始めているとも言えるわけです。消費者物価は二千八年七月には2.4%と十六年ぶりの上昇を記録し、有効求人倍率は悪化し失業者数は四ヶ月連続で増加とに千八年八月二十九日の讀賣新聞夕刊で報じられています。この消費者物価の上昇の原因である資源高等によって日本から海外へ流出する資金は二千八年度だけで十八兆円、日本の名目GDPの3.5%に上ると日本総合研究所が試算していると二千八年八月八日の讀賣新聞朝刊で記事にされていますが、原油、鉄鉱石、石炭などの資源のうちで日本で技術的に作り出すことが可能になった分野のものはどんどん国内生産の体制を強化すべきことのように思います。太陽電池にも使われるシリコンの原料である珪石は輸入ですが、プラスチックに化学化合物を付着させた太陽電池の技術も生まれ始めていますし、三井化学は二酸化炭素と水素を化合させてプラスチックを製造する実証プラントを建設すると報道されたりしています。プラスチックの太陽電池などは曲面にも使えるので高速道路の遮音壁に貼り付けることも可能でしょう。廃材や稲わらあるいは雑草や間伐材などを使ってエタノールを生成する実証プラントなども作られています。また植物性プランクトンの緑藻であるイカダモを使ってバイオ燃料を取る試みが徳島大学や四国大学などで行われているとも言われます。プランクトンは一週間で三十倍になるほど増殖率が高いのでトウモロコシや大豆あるいはサトウキビよりも有望だそうです。これまではゴミ扱いされていたものや厄介者と思われていた産業廃棄物などを原料にして原料価格が高騰したが故に値上がりしてしまった製品の代替品を作る技術が生まれ出ているわけです。それらが成功し普及してゆけば画期的なことであり、都市と地方のあり方にもまた一つ変化が生まれ出るかも知れません。日本のエネルギーコストは約四兆円と言われその大半は資源が海外からの輸入に頼っているわけですから、資源価格の高騰で日本から海外へ出て行く資金の幾分かでも日本国内で回せるようになり日本国内で産出されずることがどうしても海外から調達しなければならない天然資源もあるのでそれらを差し引いても、海外へ流出するエネルギー資源購入費の四兆円の中の一兆円から一兆五千億円程度が日本の地方に回るようになっただけでもかなりの地方経済活性化策になるからです。それが国と地方双方で予算配分する負担費用が一兆円か二兆円の資本投下で可能になるなら十分採算のとれるものとも言えてきます。そしてこれは単なる公共工事で地方に仕事を作るという一時的な経済対策ではなくエネルギーや生産物の販売による収入が継続的に地方に流れるという可能性の道を拓くものであり国の財政支出に頼らない収入への道にもつながってくると考えられます。そのような構造に日本社会の内部の体制を整えることを急ぐべきでもあるでしょう。海外からの輸入資源価格が高騰するたびに不況に陥った日本経済に対して国の財政支出で景気対策を打つだけの財政的な余裕はもう日本には残されていないからです。これまで安い資源を輸入しそれを加工して製品を作り海外へ売り込むことで戦後の日本経済は発展してきましたが、その構造が大きく転換しようとしている情勢と言えます。そのためこれまで工業製品の原材料とは全く考えられたことのない国内にある産物を工業製品製造の材料にする技術開発の流れはこれからも活発になるのかも知れませんしまたその流れにもっと力を入れてゆくべきことだとも思えます。海外の資源価格の上昇によって海外へカネが流れ出すことを食い止めるためには日本の技術開発により新しくエネルギーや製品の開発をしなければなりません。それは生産者側の問題ですが、流れ出す資金は結局日本の消費者の懐から出て行く訳なので消費者自身も新価格体系と言われる中で消費の意志決定でそれらの生産者側の変更を後押しする消費の仕方を工夫する必要が生まれると言えるでしょう。これまでの日本経済は海外の安い天然資源を前提にして製品を製造するという形でしたが、天然資源が必ずしも安く輸入できない形に変化していく趨勢が生まれ出てしまったのでそれにどのように対処するかを考えなければならなくなりました。二十世紀後半を彩っていた日本経済の運営方法ではうまくこれからの時代を生き抜けなくなりつつあるというわけです。円相場一つを取ってみても輸入原材料価格が急騰したときには輸出企業にとっては有利に働く円安であったとしてもそれが果たして日本経済全体にとって有利なことなのかどうかには疑問が生まれてきます。このようなことを榊原英資氏は「パラダイムが変化した」と述べていますが、このようなパラダイム・シフトによって日本国内にあるもので資源化できるものは何でも資源化せざるを得ないと言うことになったわけです。これまでは海外と比べて割高だった日本国内の農産品やその副産物の利用なども海外の食料価格や飼料用穀物の価格上昇またエネルギー価格の急騰で割高感がそれだけ低下して採算性がとれるようになり始めたとも言えるかも知れません。バブル崩壊後の日本経済はわずかな時間の幅の中で戦前から受け継がれてきていた国家総動員による総生産力理論の経済体制の変更と戦後経済のパラダイムの変更という大きな二つの転換を経験せざるを得ない局面に立ち至ったようにも見えます。七十年代に起きた二度のオイルショックによって日本経済のそれまでの高度成長は中成長の経済に変化せざるを得なかったように、この時点での資源価格の上昇は日本経済に大きな修正と変更を迫るものとなることでしょう。二千八年九月四日の讀賣新聞朝刊に載ったグラフでは二千七年一月の時点から二千八年七月にかけて原油価格は三倍、鉄スクラップの値段は二倍強、銅は1.5倍になりました。九月に入った時点では世界経済の減速によって幾分資源価格が値下がりしはしましたが、もとの価格に戻るまでには行かず殊に原油は高止まり感が強い状況と言えます。二千八年九月中旬には150ドルの最高値からすればファンドの資金が四兆円ほど原油市場から逃げたために原油価格は100ドル近辺にまで戻りましたが50ドルだった頃の二倍であることは否定できません。また円相場は二十%程円高に動いたにしろ原油は三百%の価格上昇だったのでこれらを考慮に入れたとき、どうしても新価格体系への移行は受け入れてゆかなければならない情勢と言えますしそれに耐えられる経済構造に転換してゆかなければならなくなったとも言えそうです。二千八年九月十五日にはアメリカの大手証券会社であるリーマン・ブラザーズが破綻しアメリカの株価は500ドルほどの下げを記録しました。これはブラック・マンデーと同じくらいの下落ですしそれの余波で十六日の日本市場は六百円以上の株価の下落になりました。そしてアメリカの大手証券や銀行の再編という大きな動きになりました。世界各国の中で最も強いと思われていたアメリカの金融部門に衝撃が走ったわけですが原油価格の上昇の裏にあったものはアメリカのサブプライム・ローン問題が表面化した二千七年八月以来、マネーが株や債券などの証券市場から資源関連へと移し替えられたことによる部分が大きかったと言われます。その後ファンド資金への監視などが強化されて世界的な景気減速も加わって原油の滋養は下がり原油市場から資金が逃げて原油価格が幾分下落したのですが、ここで再び証券などに対する投資に不安が生まれれば再びマネーは原油や穀物などの商品市場に流れかねませんしドル売り・円買いによって円高局面にもなります。現に九月十六日には日本円は三円ほどの円高の百三円台になったりしています。そしてアメリカの金融危機に対してアメリカ政府は七十五兆円の公的資金投入を表明したもののそれが議会の賛成を得られなかったためにニューヨークダウは九月二十九日に七百七十七ドルという史上最高の下げを記録しました。翌三十日には六割ほど戻したとはいえ住宅価格の下落は収まっておらず金融恐慌の恐れさえも抱えている状況と言えます。 そのような中での日本経済は設備投資・個人消費・失業率のいずれもが思わしくない数字を示し、十月一日に発表された日銀短観では九月の大企業・製造業などの業況判断指数が五年ぶりのマイナスとなりました。4四半期連続の下落だそうで、言い換えればここ一年間は日本経済は下降局面に入っていると言うことです。このまま下降が続くことになれば日本は不況に陥ってゆきます。そのちょうど分かれ目にいるというのが二千八年十月初めの時点と言えるでしょう。日本経済が不況に陥り物価の上昇は続くという状態であれば日本経済はスタグフレーションに陥ったと言うことになります。戦後最長の景気拡大と言われた日本経済は原油や穀物をはじめとする原材料価格の上昇とアメリカの金融危機によってとどめを刺されたと言えそうです。日本はバブル経済崩壊によってその後失われた十年と言われる経済の低迷期を経験しましたが、果たしてアメリカの金融危機に伴うアメリカ経済の低迷の期間がどのくらいのものになるのかは予測の限りではありません。アメリカの自動車販売は二十六%の落ち込み、また雇用情勢も十五万人の減少とすでに不況に陥っていることが伺えます。日本の株式市場は十月七日には東京市場が一時一万円割れを記録しましたがアメリカの金融危機に伴った一部上場企業の時価総額の減少額は二百六十兆円に上ると言われます。原油や穀物などの国際的な原材料価格の上昇で日本から海外へ移転したお金が百八十五兆円とあわせればこれが日本経済にとって小さな額のものとはとうてい言えないことだろうと思います。日本経済はそれによってかなりの痛手を被ると言えるでしょう。世界の株式市場の時価総額は九月からの一ヶ月で千四百兆円の損失を被ったと二千八年十月十一日の朝日新聞朝刊にあります。十月九日の時点では二千七年には一万八千ドルほどの水準であったニューヨーク・ダウが八千ドルにまで下がり、日経平均も一万四千円程から八千円ほどの急落しています。株の下落率で見れば日本はアメリカの24.9%を上回りブラジル以上の32.2%を記録しています。世界の名目GNPが六千四百兆円ほどであるのに対し世界のマネーの総額は二京二千兆円だと二千八年十月十一日のNHKクローズアップ現代で紹介されていましたが、その額は世界の実物経済の四倍近くになるそうです。それだけの巨額のマネーが暴走してしまえばその跳ね返りも大きなものにならざるを得なくなります。アメリカがこれからのアメリカ経済の二本の柱にしようと考えていたITと金融の一つが大きく崩れたのです。これ以前にITバブルが起き崩壊しましたがアメリカ経済においては金融関係の従事者数は五%でアメリカ経済に占める金融部門の大きさは四十%とされるのでその金融部門にガタがいけばアメリカ経済は大きな影響を受けざるを得ませんしグローバル化した経済では世界も影響を受けざるを得ません。以前に触れた団塊の世代の退職もこの時点でそれらの人達は六十一歳から五十九歳ですので半数は退職し半数はまだ退職していないとすれば、これから退職する人達にとっては災難が起きたとも言えそうな状況です。401Kで年金が運用されていれば年金は軒並み減ってしまっていることでしょう。当然若年層の求人にも影響は出てくるでしょうし現役で働いている中高年も巻き込まれることもあり得ます。日本のバブル経済の破綻に伴ってリストラの嵐に見舞われたことを考えれば、その再燃もあり得るからです。二千九年度の新卒採用は売り手市場の傾向がまだ続いてはいますが、その後には再び就職氷河期が待っていてもおかしくないような様相が生まれ出たというところです。団塊の世代の大量退職と少子化のあおりで人手不足気味で推移してきた状況が不況に陥ることによる人余りで人手不足と労働力の過剰が相互に打ち消し合い求人倍率が釣り合うのかも知れませんし、不況が深刻化し大不況にでもなれば人手不足が逆転して人余りの状態の方が強く表れる状況に突入するかも知れません。すなわち失業者数が増加すると言うことです。まず最初に仕事が減ってゆくのはパートや派遣労働の部分とも言えます。安い労働力と言うだけでなく労働力の調整弁としての機能も持たされている部分でもあるからです。二千八年九月の段階での統計数値では失業率は4%といくぶん低下しましたが、非労働力人口は増加したと十月三十一日朝日新聞夕刊で報じられています。しかしアメリカの証券会社リーマンブラザーズが破綻したのは九月ですし、金融危機に伴う不況の深刻度が増してきたのは十月以降といえるわけですから、これ以後の動きが懸念されてきます。戦後最長の景気拡大と言われても外需で持っていた日本経済だったのでアメリカ経済が回復するまでは日本経済も思わしくない状態になることは十分考えられます。中国やインドなどアジアの成長センターも出来ているとは言えインドは内需で成長を維持は出来ても中国などはアメリカへの輸出に依存している部分が大きいのでやはりアメリカの経済状態の影響を受けざるを得ないからです。アメリカの金融危機は大恐慌以来の百年に一度あるかないかの経済変動とも言われていますが、大恐慌の時点でアメリカ社会の中ではどんなことが起きていたかの一端は、当時まだ子供だった後にベトナム戦争の立役者となったアメリカ国防長官マクナマラ氏の『マクナマラ回顧録』の中で紹介されていますがかなり悲惨な出来事も起きていたようです。二千八年十一月二十一日のNHK衛星放送に登場していたアメリカのノーベル経済学賞受賞者のレスター・ソロー教授の言葉では、「千九百二十九年のアメリカ大恐慌の時点でのアメリカの失業率は二十五%から三十%だった。しかし二千八年のこの時点ではアメリカの失業率が八%になったら大変だと思うくらいの状態であるし、何をどうすべきかは分かっているわけだからかつての大恐慌のようなことにはならない」とのことです。十月の時点でのアメリカの失業率は6.5%ですが、とは言っても少なくともアメリカのこの金融危機はアメリカ経済のこれまでのあり方に疑問を投げかけるものであり、ブッシュ政権のアメリカが掲げてきていた新自由主義市場経済というものが躓きその軌道修正を迫るだけの大きな出来事であると言えるでしょう。十一月十四日から新興国を含む二十カ国が参加してワシントンで開かれた金融サミットでは市場の監視並びに規制強化などが合意されました。十一月十六日の朝日新聞朝刊に載っているグラフでは九十年時点では世界のGDPは二十一兆ドルでそのうちの66%をG7が占めていてBRICsはわずか7.5%だったものが、二千七年度の時点では世界のGDPは五十四兆ドルに増加しそのうちG7が占めている割合は55.5%と低下しBRICsは12.9%へと比重を高めています。その他の国々の世界経済に占める比重も26.5%から31.6%へと増え、先進七カ国の世界経済における存在感は相対的に小さくなりつつあります。とうぜんG7のメンーである日本の存在感もそれなりに小さくなったとも言えると思います。そのためもはや先進国だけで世界経済を論じることが難しくなり新興国を含めた二十カ国の会合と言うことになったと言えるでしょう。 この金融サミットでは各国が財政・金融分野で出来る限りの対策を打つことが合意されましたが、ここに至るまでの世界の経済政策の趨勢はマネタリズムに代表される金融面での調節が主流となりいわゆるケインジアンの公共投資は影を潜めていました。ケインズが存命の時に自らの経済理論からする経済政策を提言してアメリカを訪れたのはアメリカが大恐慌を経験した前後の時期ではなかったかと記憶します。フーバーダムの建設やルーズベルト大統領のニューディール政策などはまさにケインズ政策であったわけです。それ以後ケインズ政策は多くの国々で実際に行われてきましたが、ケインズ理論の最も重要な核となる微分数式で表される理論である乗数理論の効果すなわち経済対策を打つことによる経済に対する波及効果がかつてよりも低下していることや、ケインズ政策を打って一時的に景気が回復したとしても次の時点では経済がインフレの度合いを強めているなどの問題点も指摘されるようになり一部ではケインズを人格的にも批判するような声まで出始めて、近年では故人となったノーベル経済学賞受賞者のミルトン・フリードマンシカゴ大学教授を総帥としたマネタリズムが主流になってきていたと言えます。ケインズ政策は変動相場制の為替制度の中では一国が不況になってケインズ政策を打っても効果が落ちることを指摘してノーベル経済学賞を受賞した経済学者も存在していました。そしてw・カールビブン著の『誰がケインズを殺したか』という本も出されてもいました。その本の内容からすればこのタイトルは反語なのですが、まさしく大恐慌に匹敵するこの時点での経済状況においては徐々に葬り去られるかと思われていたケインズ政策をも復活させざるを得なくなったようです。シュンペーターなら「これも景気循環の一つだから政府はなにもしなくていい」というかも知れませんが、現実には政府がなにもしないでいる事は出来ないと言えそうです。各国政府は競うように財政出動に向かっています。世界経済は「不況の経済学」といわれるケインズ経済学を殺しきれてはいなかったと言うことなのでしょう。ケインズとシュンペーターの考え方の違いは、たとえてみれば病気の人を前にして注射をしたり薬を与えるべきであるかその人の自然治癒力に任せるべきかの違いと言えるでしょう。この年すなわち二千八年の世界経済が大混乱し始めた最中でのノーベル経済学賞受賞者であるアメリカ・プリンストン大学のポール・R・クルーグマン教授は公共事業を含む八十兆円の財政出動をアメリカ政府に提言したりしています。ブッシュ政権批判の急先鋒であった彼が選ばれたことはノーベル経済学賞を受賞する人のこれまでの傾向と流れにも急に大きな変化が起きたと言えます。千九百七十年にアメリカ人として初のノーベル経済学賞を受賞したポール・サミュエルソンは政府部門と民間部門が混在する混合経済を唱えケインジアンの一人でしたが、近年では金融工学や行動経済学などの投資理論の分野のアメリカの経済学者達の受賞が続いてきました。金融部門での画期的な手法が数多く生まれ出て世界の国々が稼いだ資金の運用をアメリカに任せるようとする一連の資金の流れが生まれていたことは確かですが、ブッシュ政権の新自由主義市場経済と高額所得者優遇の政策がブッシュ政権の任期の最終盤で破綻した感がします。またこの金融サミットにおいては金融すべてを規制の対象として金融商品などの情報開示が要求される方向に舵が切られました。証券会社やヘッジファンドによるレバレッジ取引などのリスクの高い投資手法などにも規制が加えられることが必要にもなるでしょうし証券化商品の分野にもルールが必要になるでしょう。このアメリカ発の金融危機においては米国は五兆ドルから六兆ドルの不良債権を抱えることになるという試算を日本経済研究センターが出したと二千八年十一月十六日の日経新聞朝刊に出ています。ドルベースの話ですからこれを円ベースに換算するとかれこれ五百兆円から六百兆円にも上る不良債権と言うことになります。日本のバブル経済崩壊の直後では不良債権額は六十四兆円ほどであったことを考えればその十倍近い額になるわけです。アメリカの経済規模は二千一年で日本の二・五倍そして二千七年では三倍強ほどですから如何に不良債権がアメリカ経済にとって大きなものかが分かります。日本のバブル経済崩壊の衝撃度の三倍から四倍もの衝撃がアメリカ経済に走っていると言い換えることも可能かも知れません。二千八年十一月二十四日の朝日新聞朝刊ではみずほ銀行の試算として世界の金融損失は五・八兆ドルすなわち五百五十兆円とされています。その正確な損失額が分かるには時間が必要ですが二千九年四月十九日のNHK特集“マネー資本主義”では世界が失った経済価値は四千兆円、生まれ出る失業者は世界で五千万人と伝えています。いずれにしろその余波は当然日本にも及んできているわけで二千八年七〜九月期の日本のGDPは0.1%減と二期連続で減少し年率でも0.4%減とマイナス成長になる可能性が高くなった十一月十七日の発表に続き、十一月十八日には与謝野財務大臣が二千八年と二千九年はマイナス成長になるだろうと見通しを述べましたが、それによって税収は減少ししかも日本の財政事情は多額の財政赤字を抱え逼迫しているので大胆な財政出動で景気対策を打つことにも大きな制約が存在しているのが事実です。アメリカの金融危機による不況に日本が巻き込まれて不況に突入する直前の時点では日本国内は年収一千万円を超える人が増え、その一方で年収二百万円以下の人の数も増えるという二極化が生まれていました。そして日本がアメリカの金融危機に伴う不況に突入する中では年収二百万円以下の部分の経済的厳しさがすぐに増すことは容易に想像できます。それらの所得階層はパートや派遣などの非正規雇用が占めていてすぐに人員削減の対象になる部分だからです。また高額所得者は正社員で株や債券で自分の資産を運用している人の割合が高いと思われる部分ですのでそれらの人は自分の雇用は守られたとしても金融危機のあおりを大きく受けることになるでしょう。日経平均の株価は一時七千円に近づきバブル後最安値を記録したりしているからです。バブル経済全盛期の五分の一以下というのが七千円という水準でもあります。十一月十六日の日経新聞朝刊では乗用車の国内生産台数が一千万台を割り一万人の人員削減、また冬のボーナスも製造業・非製造業ともに六年ぶりに減少という記事が載っています。製造業は八十六万六千円、非製造業は七十七万八千円ほどで全体で0.63%の減だそうです。これらボーナスが出る人はいずれも正規雇用の人の場合でしょうから非正規雇用の人にとってはもっと厳しい状況が予想されてきます。二十歳代の若さで二千万円や三千万円もの年収を受け取っていて失業に至ったリーマン・ブラザーズの日本支社の社員と不況の余波で失業に追いやられる年収二百万円そこそこだった非正規社員とでは同じ失業者と言っても条件や境遇が全く違っていると言ってもよいでしょう。また、千九百二十九年のアメリカの大恐慌の余波で千九百三十年からは日本も経済的に苦境に陥り、東北地方などでは凶作も重なって娘を身売りさせなければならないような経済状態が生まれ政治家の不正なども起きていたので軍部の青年将校達が政府に抗議して千九百三十六年に226事件が起き、その後日本の政治の中枢を軍部が握って軍部の発言力が非常に強くなり軍部独裁の軍国主義となり第二次大戦へと突入して最終的に日本は惨憺たる結末に至ったと言うわけです。千九百十四年には第一次大戦が起きその大戦特需に日本も預かり一時的に好景気になりましたが千九百十九年のベルサイユ条約において一次大戦の戦後処理の賠償がドイツに課せられ、戦争特需が終わったところにアメリカの大恐慌となって日本も経済的苦境に陥ったというわけです。ベルサイユ条約の席に随行したイギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズは後に『平和の経済的帰結』という処女論文を書き、大恐慌の時点でアメリカを訪れると言うことにもなりました。千九百二十五年には日本では治安維持法が成立しています。それは主に共産主義者に対する取り締まりを強化するためのものでした。そしてこの法律が適用された戦時中の最大の言論弾圧が千九百四十二年に起きた横浜事件でした。千九百三十一年には満州事変が起きて日本軍の行動が本格的なものになり千九百十七年に起きたロシア革命によって誕生したソ連に対抗して千九百三十六年にはナチス・ドイツとの間で日独防共協定が締結されました。以前にも書きましたがヒトラーが政権の座に就いたのは千九百三十三年のことです。その間の国際社会の主要国の経済状態は大恐慌が起きた千九百二十九年を基準に100とするとソ連は計画経済の下で千九百三十三年までに鉱工業生産指数は200になり千九百三十五年には300近くになっている中で、アメリカ・ドイツ・イタリア・フランスはいずれも100以下のマイナス圏で推移し、日本は千九百三十三年を境に100をわずかに超えるところに転じたという状態でした。旧ソ連は大恐慌の影響を全く受けずに急成長していたわけで、この時点ですでに資本主義圏と社会主義圏との二つに世界の経済圏は分離されていたといえるでしょう。どちらの経済体制が優位であるのかの体制選択の時代が始まっていたといえます。ただし鉱工業生産指数がいくら伸びたとしても生産しているものが民需品ではなく軍需品すなわちもっぱら兵器などだとしたら国民生活は豊かにはなりません。それは二千年代の北朝鮮が先軍政治によって軍事優先の体制の中にあってミサイル技術や核兵器の技術などは進歩しても国民生活は窮乏している状態を見れば明らかなことです。事実第二次大戦の時期には世界の鉱工業生産指数は大きく伸びましたがその時期に世界の人々の生活水準が飛躍的に上昇したというわけではありませんでした。少なくとも資本主義世界の工業生産指数は千九百二十九年の大恐慌によって千九百三十年から急落し千九百三十二年頃を底にして千九百四十年にかけては伸びています。千九百四十年から四十五年の間は大戦中なのではっきりとしたデータがなさそうですが、千九百四十五年時点の水準はすでに過去最高の工業生産指数に達しています。またその後はケインズの限界効用逓減の法則が作用した場合に予想される工業生産の水準を超えて生産が伸び続けています。このことは堀江忠男著『世界経済の歴史・理論・展望』の中にグラフで示されていますが、大戦中にも工業生産が伸びたとしても戦争中ですから生産の傍らで生産した兵器を使って破壊し合ってもいるわけです。二千八年時点ではアメリカの金融危機の最中に日本では田母神空幕長の懸賞論文の内容が政府見解と異なるとして退職処分にされましたが、田母神氏が自衛隊員にも歴史認識を持たせたいというのであれば、かつての第一次大戦以後から大恐慌をきっかけにして起きてきた一連の世界と日本の動きを加味して自衛隊員に「では我々はどう考えるべきなのか」と問うべきでもあるでしょう。二千八年には岩手・宮城内陸地震で大きな被害が出ています。自然災害時に出動する自衛隊の隊員の方達はご苦労だと私は思いますし、そのような活動が戦後の自衛隊に対する国民の信頼を作り上げてきていたとも思います。しかしだからといって多くの国民は自衛隊が再びかつての日本の軍国主義時代の軍隊のようになることを望んでいるわけではないだろうと私は思っています。またこの年には青森などでは霜と二度のヒョウの被害によってリンゴ農家は痛手を受けた上にせっかく無事に実ったリンゴも年末にかけての国内経済の不振と他地域でリンゴが豊作だったために価格が暴落してリンゴの競りでは二割ほどの安値での取引を強いられているといわれます。また二千九年二月にローマで開かれたG7の会合の後の記者会見では中川財政省が醜態をさらしたりして辞任を余儀なくされました。またその後では西松建設の政治献金不正事件なども吹き出しました。どちらかと言えば中川大臣は右派とも言われる人ですし政治献金問題は野党第一党の民主党小沢一郎代表を含め与野党に渡りますが時代状況はかつての大恐慌の時の様相と日本は酷似しているとも言えます。また二千九年四月時点では北朝鮮が人工衛星を打ち上げると宣言しミサイルか衛星かの議論により極東情勢は緊迫もしています。それは二千九年四月六日に発射されましたが北朝鮮は発射は成功して衛星は軌道に投入されたと発表している一方でアメリカは衛星は軌道に乗らずロケットは太平洋上に落下したと発表しています。人工衛星の打ち上げが実際には失敗であったにもかかわらずそれが成功だったと国内向けに北朝鮮が発表しているのだとすれば、それは戦時中の日本の大本営発表のようなもので実際には負け戦が続いていたにもかかわらず日本軍は勝利していると国民には知らせて国民を欺いていたことと似てもいます。田母神氏自身の言葉を借りればまさに「身内の恥は隠すべし」です。北朝鮮の言う衛星打ち上げが単なる名目で実際にはミサイルの飛行距離の確認実験であるなら成功だったと言うことにもなるでしょうが、どちらであっても国民を欺かざるを得ません。そして日本の経済状態を示す先のリンゴ農家の人たちやパートや派遣という恵まれない条件と境遇にある人達に対して自分たちはどうすべきなのかと言うことに注意も向けなければなりません。不況にあえぐ日本の中で、また政治家達のていたらくぶりがあらわになる前では田母神氏も七千万円に近い退職金の一部返還をも求められてはいましたがそれを拒否する姿勢ですので、その退職金の一部をホームレスの支援などを行っている団体にでも寄付すればいいのではないのでしょうか。自分の論文の内容によって自分が退職に追い込まれる事態の中で「日本には言論の自由がないのか。政府見解と異なる言い分を発表したからと言って制裁を受けるのなら北朝鮮と同じではないか」という田母神氏の「言論の自由」の主張の仕方のおかしさは、厳しい言論統制の下で言論の自由がほとんどなく自由主義者や共産主義者あるいは宗教者達や哲学者が軍部の力で思想弾圧や言論弾圧をされた現在の北朝鮮の様相にも似た軍国主義一色の戦時中の日本であったことを無視して、戦後の言論の自由が保証された時代の中で言論弾圧が行われていた時代を現在保証されている言論の自由によって正当化しようとしている点です。すなわち軍事が他の全ての事柄に優先するという先軍政治の現在の北朝鮮と酷似しているのは戦後の日本ではなく田母神氏が正当化しようとしている軍国主義時代の軍部が国民の言論を統制し軍部の意向とは異なる言論は圧殺していた時代の日本のはずです。この時点で金正日体制の北朝鮮を引き合いに出しているので現在の日本人には田母神氏の話が一応それらしく聞こえてはきますが、それらしい時代は日本にもかつて存在していたと言うことは無視できないはずです。現在の言葉で言えば日本の人権状況は戦時中はひどい状態だったと言うことです。そして北朝鮮を戦時中の日本に置き換えて「言論の自由がなかった戦時中の日本を正当なものであるとする言論の自由を認めないのはまるで戦時中の日本と同じで不当ではないか。しかしそれでも戦時中の日本は正当だ!」と言えば田母神氏の論理は論理矛盾であり論理が破綻するはずです。言論の自由が認められていなかった戦時中を正当であるとするなら田母神氏の言論の自由を認めることは不当なことにもなります。「言論の自由に関しては過去の時代はだめだったが現在の日本はましになっている」と言えばいいだけのことで、だめだった過去を正当化しようとするために言論の自由を主張すること自体に無理があると思えるのです。田母神氏を解任した政府の政治家達は「自衛官にも言論の自由はあるがその立場にある人の発言としてふさわしくない」という意見が多かったようですが、私から言わせればどのような社会的立場にある人であってもそのような言論の自由の主張は論理の展開の仕方それ自体がおかしいのです。言論の自由がなかった社会を肯定しておきながら言論の自由を主張することはそもそも自己矛盾だからです。言論の自由を主張したいのなら言論の自由がなかった戦時中の日本を最大限に批判すべきでもあります。日本の社会が戦時中と同じ社会だったら時の権力の意向に逆らった論文を発表した場合は一般人なら投獄されたり拷問を受けたりしたことでしょう。しかし田母神氏は退職はさせられましたがそれは定年退職扱いで退職金はまるまるもらえてしかも自由の身のまま雑誌に記事を書いたり講演をしたりあるいはテレビのバラエテイー番組に出演していられる身分です。少なくとも田母神氏は治安維持法時代のような言論弾圧に伴う拷問などは受けたりしてはいません。戦後の時代の方が田母神氏にとっても遙かにいい時代のはずです。また戦後世界の日本が軍国主義の時代からの歴史的連続性の中にあるなら自衛官が言論の自由を主張する必要もなかったはずです。なぜなら軍部が他の言論を弾圧して自分の言論だけが日本全体を覆っていたわけなので言論弾圧をして他の言論を圧殺している側になるのは軍部から引き継がれている自衛隊になるはずだからです。戦時中は軍部による言論統制が敷かれていたことは否定することの出来ない明らかな歴史的事実です。言論の自由が保障されていても多数派の意見や少数派の意見はどのような社会にもあると思いますが、一つの意見だけで他の様々な意見を全て抹殺してしまうのが言論のない社会だと思います。ですからそのような社会を認めてしまうことは言論の自由自体が主張できなくなるわけです。そして大恐慌以来のアメリカの金融危機と世界経済の低迷の中で、果たして歴史は同じ道をまた歩むのでしょうか。我々はそれに似た時代を過去に一度経験しているという学習効果がこの時点以降に発揮されることを私は願うものです。また幾分あるいはすでに落ち目になりかかっているとはいえ日本の経済規模なまだ世界第二位とかつての時代よりも国際的に遙かに大きくなっていることと教育水準がかつての時代よりも格段に高くなっていること、そしてまた情報量も当時より遙かに多くなっていることや海外生活の経験者あるいは海外渡航者の数もかつてとは比べものにならなくなっていることなどを信じたいとも強く思いますが、単に過去をいたずらになぞって繰り返すだけであるなら人間の進歩もありませんし歴史を教育する意味もまた過去を学ぶ意味もあまりありません。そしてまたかつての大恐慌時代にはまだ十分な機能がなかった千九百十三年に設立され実質上の機能が備わったのは千九百六十三年からと言われるアメリカの中央銀行がどのような行動を取るのかも注目されます。この時点での日本の社会には自分の境遇に不満を持っている人あるいは自分の境遇を納得して受け入れることが出来ず不本意だと思っている人は多数いると私は感じます。では七千万円もの多額の退職金を幹部が受け取って退職してゆく自衛隊はそれらの人達の不満の受け皿になり得るというのでしょうか?田母神氏の言動で果たしてこの時点の苦境に置かれている人達は精神的に励まされたりするのかどうかです。誰がそれらの人達の代弁者になり得るのかと言うことでもあるのです。経済的な苦境にあることで人はボヤクことに共感したり逆に強がってみせる人になびくという反応の仕方に導かれることもあるかと思いますが、それでは経済的苦境の解決の道につながってゆくこともありません。かつての軍国主義の時代においても軍部の中枢や日本の支配層は恵まれた生活が出来ていても、多くの国民は食べることも大変な時期を経験させられてきました。果たして過去からの連続性を正当としたとき自衛隊は現在の状況の中でどう振る舞うことが自分の責務となるのでしょう。少なくともそれが後に誤った方向へと展開してしまったにしても、自分の置かれている苦しい現状を変えてくれるかも知れないという淡い期待を抱かせたことでもあろうかつての226事件の青年将校達の反乱と、七千万円近い退職金を握りしめたままその一部を返還することもなく退職してゆく自衛隊幹部を目の当たりにしている国民とでは、国民の自衛隊を見る目もかつての青年将校を見る目とは異なるのではないのでしょうか。そしてまた武力は経済危機を打開する手段にもなり得ないと考えますし武力にそれを期待もすべきでないと思います。武力を利用して経済的利益を得ようとするならそれは帝国主義でもあります。アメリカ人の中には石油利権とも絡んでイラク戦争に踏み切ったブッシュ政権のアメリカの行動を新帝国主義と呼ぶ人さえいたわけです。そしてブッシュ政権は国民にとっては不人気政権となりアメリカに対する国際社会の信任を大きく損ねてしまいました。また国際的な穀物相場の上昇の原因となったトウモロコシを原料にしたエタノールの生産はアメリカが石油によるアラブ世界のアメリカへの影響力を弱めようとしていたことにも起因しています。インド・中国などの経済成長などとも絡んでの国際市場での資源価格の急騰が世界経済を幾分減速させ始めていたところにアメリカの金融危機が襲ったというわけです。アメリカ経済は二千七年1月から加工し始めていたと二千八年中盤以降になって確認されましたが、資源需要の逼迫に対して世界のマネーが需給の水準以上の資源価格を形成するような勢いだったものがサブプライムローンを発端とする金融危機で世界同時不況となり一気に価格下落に向かいました。 そして多くの人々が現状に不満を抱いているであろうことを裏付けるような状況の原因となった日本の格差社会の進行の中で、さらにそのような状況を悪化させる力になっているアメリカの金融危機の余波は、徐々にまた急速に日本にも及んできていることは二千九年新卒の内定取り消しが331人に上り氷河期以来であると言うこと、非正規・期間労働者の失業者が三万人を超えたこと、十月の求人倍率が0.8倍と九ヶ月連続で低下していること、鉱工業生産は六年ぶりに前年割れに陥っていることなど、経済的データが軒並み悪くなっていることが二千八年十一月二十八日の朝日新聞夕刊で報じられています。それ以外にも二千八年度の上場企業の倒産件数が11月末の段階ですでに三十一社と戦後最悪になったり、経済状態の悪化を示す数字ばかりが報じられてくる状況になりました。就職内定の取り消しなどは、関東地方全体では149人で全国の四十五パーセントを占め、内訳は東京130人、神奈川7人、千葉3人、茨城2人、群馬7人だと二十八日のNHK首都圏ネットで報じられていました。東京を除く各県は多くても一桁台である中で東京都は三桁にも上ります。有効求人倍率並びに求人数が他県に比べて格段に高いという理由がその跳ね返りとして逆に東京の内定取り消しの件数を大きくもしているようです。また、残業時間数も製造業を中心に七ヶ月連続で減少し十月の減少幅は4.5%と六年九ヶ月ぶりの大きな減少幅となったと二千八年十二月一日の朝日新聞のあります。それにより給与総額も減るわけで結果的に個人消費を冷え込ませることにつながるのは当然といえますし、世界経済の減速で原油などの資源価格が下落しているためにかつてほどのインフレ懸念はなくなってはいますが、物価だけは上昇基調をたどるというようなことにでもなればスタグフレーションに陥ることになってしまいます。輸出で持っていた日本経済にとっては痛手となる円高とはいえ、この時点で一ドル=九十五円ほどになっている円相場が輸入物価を押し下げている効果はインフレ抑止になっていることを考えたとき、どちらが望ましいかは迷うところで何とも言えないと思えます。円高で輸出が思わしくないと言うことになった場合に最も大きな影響を受けるであろう自動車は、この時点では国内販売も落ち込んでしまいました。十一月の新車の国内販売台数は前年同月比で27.3%減と、落ち込み幅はオイルショックの千九百七十四年五月以来、また十一月としては過去最大であると二千八年十二月二日の朝日新聞朝刊にあります。アメリカでの自動車販売も36.7%減と大幅に落ち込んでいて日本メーカーも販売台数を減らしています。日本の自動車メーカーが輸出共々国内販売も低調となれば自動車産業にとっては苦しい状況ですし、トヨタは一部工場の休止などによる減産を行い役職の給与削減などを打ち出しています。それでなくともこれまで日本経済はかなり長期にわたるデフレ経済で内需は弱く、国際的な資源価格の上昇によって国内物価が上昇してデフレからインフレへと推移していたことを考えればこの時点でも国内需要が旺盛になるであろうと期待できる環境ではなくなっていますアメリカはブッシュ大統領もアメリカ経済がリセッション(景気後退)に入ったことを公式に認めましたが、それだけでは済まずこのあとの時点では医学の領域では鬱状態を表すデイプレッション(不況)ということを認めなければならなくなる可能性が高くなっているように思えます。日本も当然マイナス成長ともなれば景気後退から一歩進んだ不況と言う状態になるのは確実なことです。日本の経済状態の悪化の様子は二千八年十二月十五日の朝日新聞夕刊にも示されているように日銀の十二月短観で大企業DIがマイナス24となり六年ぶりの低さとなり下げ幅は千九百七十四年の第一次石油危機以来の過去二番目に大きな下げとなったとされています。さらに先行きの予想では下げ幅はさらに大きくなると考えられているので、戦後最悪の状況を二千九年には迎えるのかも知れません。大企業が危機に見舞われればその下請けの中小企業はさらに厳しい環境におかれるのは目に見えています。中小企業は単に大企業に部品の供給をしているだけでは立ちゆかなくなるわけですが、中小企業同士の技術を持ち寄って部品だけでなく何かの完成品の製品を生み出すことができれば理想です。中小部品メーカーの連合体で一つの完成品メーカーのような形態を形成するわけです。確かに大規模なマーケティングなどが出来ない中小企業にはどんな商品が売れるのかを判断できないというハンデもあり新しい商品を生み出すには通常よりも遙かに頭をひねってゆかなければならないところですが、危機的な状況であればあるほどこれまでの自分たちの常識から外へ出てみることも必要になってくるからです。これまでは大企業が全体の設計図を書きその一部分を中小企業が作っていたわけですが、今度は中小企業が自分で設計図を書いてみるというわけです。それは大企業が描くような何万点もの部品を組み合わせるような大きな設計図ではなくても良いのは当然のことです。そうすることで大企業のようなメガヒットの商品でなくとも中小企業ならではの隙間商品の独自ブランドでも生み出せればいいわけです。それには中小企業同士をコーデイネート出来る人材やアイデアマンとなる人が必要になるかもしれませんし、運良く新製品を生み出せたら販路を確保する人材も必要になってくるかもしれません。部品メーカーの組み合わせの新製品に併せてホームページ作成の中小の作成代行企業が絡んでもいいでしょう。それは製造業分野の中小企業だけでなくサービス分野の中小企業にとっても言えることでもあるでしょう。マスメディアが取材に来てくれるのならそれに越したことはありませんが、中小企業の開発した製品を全て紹介してくれるほどの時間枠はマスコミにもないので自分たちで外部に情報発信するにはホームページと言うことになります。「それでなくともこれまでの仕事をどう確保できるかだけで手一杯で、資金的にもほかのことを考えている余裕はない」というのも中小企業の現実なのでしょうが、苦しい中だからこそ他の方向も考えてみなければならないのではないでしょうか。確かに不況の時には全ての商品やサービスの需要が落ちてしまいます。だから不況なのですが、そんなときだからこそ次の時代に向けて何かを考えておくべきだとも思うのです。公的部門にすがるだけでなく民間は民間で自分たちが出来ることを最大限考えておかなければなりません。実行するにはなにがしかのオカネが必要になったとしても考えることにはそれほどオカネはかかりませんから。中小企業にとっては単独であれ連携してであれ自社ブランドあるいは独自ブランドをなんとかして生み出す努力が必要だと思います。一方日本の個人資産も株価の下落などにより5.2%減って千四百六十七兆二百八億円となり統計を取り始めた千九百七十九年以来で史上最大の減少といわれます。金融資産のある人も痛手を被りしかも金融資産がない人たちの生活はさらに厳しくなっているであろう事は容易に想像できます。日本は景気を上向かせる景気対策以前のさらなる景気の悪化を食い止める雇用対策の色合いが強い政策を打たなければならないところです。二千八年十二月十四日の新聞では政府が二千九年度の予算を五兆円増加させて一般会計の総額を八十八兆円以上の過去最大の規模にすることを発表したとありますが、緊急措置としての財政支出の増加はこの時点での世界経済や日本国内の経済状態を考えれば致し方ないところと言えます。日本の財政事情を考えれば出来ることなら財政をこれ以上悪化させたくないというのは山々ですが、アメリカ、中国、EU諸国などもこぞって財政面からの景気対策を打たざるを得ない状況になっているからです。中国は五十三兆円の財政出動を準備していますしブッシュ共和党政権のあとを二千九年一月から引き継ぐ民主党のオバマ政権は就任後二年間で三百万人の雇用を創出するための七十二兆円に上る公共事業を予定もしています。アメリカの場合は道路整備や学校の補修以外にグリーン・ニューディールと呼ばれる環境とエネルギー分野を重点にした公共事業をオバマ政権は考えているようですが、財政支出をどの産業分野に重点投下して雇用を生み出すかも思案のしどころです。うまくその次の時代の重要産業を育成するために戦略的に財政支出をすることも考えなければなりません。それはオバマ政権にとってばかりでなく日本にとっても考えておかなければならないことだろうと思います。公共事業を従来からの道路や新幹線の整備にするのか、それともエネルギーや環境関連の分野にも振り向けるのかが問われてきます。次世代型の社会構造に転換してゆくのにはかなり思い切った決断が必要になってくるでしょう。そしてアメリカの財政出はビッグスリーが破綻した場合の失業者数は三百万人に上るととりざたされている中での話です。日本のトヨタ自動車も二兆二千億円ほどの過去最高の経常黒字があったものがその一年後の二千八年十二月には五十九年ぶりに通期で千五百億円の赤字になる予想との発表がなされました。世界最大の自動車メーカーであるアメリカのGMに肩を並べまさに追い抜かんとする直後に起きた出来事といえます。車作りの技術力が落ちたわけではないにもかかわらずの急転直下の経済的落ち込みといえます。 この経済的な落ち込みによる失業者数は非正規雇用者を中心に急激に日本経済の中で増加し始めました。二千八年十二月二十六日の朝日新聞夕刊では、十一月の集計では職を失う非正規社員の数が全国で三万人だったものが十月から来年三月までの期間に八万五千人になるだろうとの予測が出されました。内定の取り消しも七百六十九人となり、求人倍率は0.8から0.76へと低下し、失業率も3.7から3.9へと上昇しています。鉱工業生産の下げは下げ幅が過去最大の8.1%となり、粗鋼生産も三十九年ぶりの低水準という、経済指標が軒並み悪化している状態が示されています。非正規雇用の従業員の削減数などが大きいのはトヨタ自動車がある愛知県を筆頭に輸出産業である日本の大手企業の工場がある各県ほど数字が大きくなる傾向が伺えます。当然大手企業の関連企業もそのあおりを受けその分雇用の減少にも荷担してしまいます。このような雇用の受け皿をどこに作り出すのか、国・地方の手腕が試されてきますがこれまでにはなかった新しい産業分野で次世代にもつながる可能性のある分野を育成しながら新たな雇用を生み出してゆく必要がありそうです。民間も可能な限りの知恵を出し、行政も最大限の工夫をしなければこの難局を乗り越えるのは難しいと言えます。二千八年十二月三十日の東京市場は八千八百五十九円で引けましたが年初の一万四千六百九十一円からすれば四十二%の下落率でこれは過去最大だそうで。アメリカのニューヨークダウの下落率三十五%を上回る大恐慌以来の大きな下落です。日本の株価の下落はバブル経済の崩壊時点の二千年年では三十九%の下落率だったのでこの時点の落ち込みはさらに一層ひどい落ち込みといえます。失われた日本の経済価値は二百兆円といわれます。アメリカに至っては住宅価格と株式などの下落で失われた個人資産の総額は八百十兆円に上るとされます。これでは他の部門の経済も急速に縮小してしまうのは明らかです。二千八年のアメリカのクリスマス商戦は売り上げ指数が千九百七十年以来最悪になったとのことです。クリスマス商戦だけでなく車や住宅などの売り上げも不振に陥ることは明らかですし家電などの耐久消費財の売り上げも落ち込むことでしょう。日本でも大手銀行は九月末では二兆円以上の含み益があったものが年末には八千億円以上の含み損を抱えるに至っているようです。銀行の融資姿勢も引き締めに転じ中小企業への貸し渋りや貸しはがしも起きる可能性が高くなりそうです。しかもトヨタ自動車でさえ赤字に転落してしまうような状況なのですからたとえ銀行が融資したくとも貸し出しリスクが少ない安全な融資先の企業を探すことさえ困難な事態とも言えるでしょう。トヨタや日産などの自動車メーカーばかりでなくソニーや東芝などの電機メーカーも営業赤字に転落と報じられる中においては大手・中小を問わず厳しい経営環境に立ち至っているのは明らかですし、輸出企業の不振は国内需要の低迷にもつながってきてしまいます。大手企業の採算悪化の下では勤労者の賃金も減る可能性が大なので個人に対する銀行の融資姿勢にも変化が出ざるを得ません。企業ばかりでなく個人に対しても融資に伴うリスクが大きく安心して融資できる個人がいなくなるからです。野村ホールディングズも二千八年四月〜十二月期は四千九百二十四億円の赤字となったりしています。それでなくても二千年代に入ってからの日本経済はGDPがほとんど横ばいで成長の速度は非常にゆっくりです。少子高齢化による人口減少は二千八年度では五万一千人になりました。総人口が減る中での不況ともなればGDPが落ち込むことは明らかです。日本のGDPが伸びずにいる時期にもアメリカ・中国・ドイツなどは着実にGDPを伸ばしてきています。アメリカと中国のGDPの伸びは極めて高く、かつて日本が追い抜いたドイツも日本の後を追い上げ始めかつての地位を奪わんとする状態ですし、中国はそのドイツを二千七年に抜いて世界第三位の経済大国にのし上がってきています。しかも中国の場合はGDPの伸び方はアメリカ以上に急激です。この状態が続けば中国は日本を追い抜いてドイツも日本を再度追い抜くのかも知れません。二千九年一月二十三日の朝日新聞朝刊には日銀の二千九年度の日本の実質経済成長見通しがマイナス2%になるとの記事が載っています。二千八年度はマイナス1.8%とされますから二年連続のマイナス成長でしかも戦後最悪の状態を予想していることとなっています。伸びが止まっているところへ大きな経済的衝撃が与えられれば日本経済はすぐにマイナス成長にもなりますが、二千七年度はどうにか2%の成長を記録していたにもかかわらず二千八年度はマイナス1.8%と4%に近い急落になります。 このような成長の減速は日本のみならず世界経済にも予想されるものになってきています。IMFは二千九年一月二十八日に二千九年度の世界の経済成長率を0.5%と戦後最悪の数字として予想しました。二十九日の朝日新聞朝刊に載った記事では先進国全体では2%のマイナス。その内訳では日本が2.6%、アメリカが1.6%、ユーロ圏が2%のマイナスで新興・途上国や中国・インドの成長率もマイナスではないにしても成長の速度が落ちています。そのような中で日本の失業率は二千七年七月の段階では3.5だったものが二千八年十二月には4.4へと上昇し、有効求人倍率は同1.1から0.7へと落ち込んでいます。二千八年十月〜二千九年三月までの間に失職する非正規社員の数は十二万四千八百人、鉱工業生産指数も二千八年の105ほどから同年末にかけては85程へ急低下と、いずれの経済指標も急激に悪化している様子が二千九年一月三十日の朝日新聞夕刊にグラフとともに載っています。三十一日の朝日新聞朝刊には日立が七千億円の純損失、NECは二千九百億円の純損失とあります。その次の日もシャープやパナソニックも赤字決算と報じられたりしています。これまで輸出型企業は自動車を始め海外での需要によって利益を上げてきましたが、世界のいずれの地域もが不況に入りしかも円高に見舞われて外需で内需を埋め合わせることも出来ない状態に陥ったがためにこれまで勝ち組とされていた企業も軒並みダウンという状態になりました。日本経済にとっても八方ふさがりと言っていいでしょう。日本経済のGDPに占める輸出の割合は十五〜十八%だとは言っても、外需も内需も落ち込む状態になってしまっています。二千九一月におけるアメリカの失業率は7.6%となり失業者数は五十九万八千人になっています。これは二月七日の朝日新聞朝刊に載っているアメリカ労働省の数字ですが、失業率も失業者数もこれがそことも言い切れない時点での数字と言えます。少なくとも日本企業の人員削減はまだ終わったとは言い難い中でのことだからです。そして二千八年十月〜十二月期のGDPの速報値が二千九年二月十六日の新聞に掲載されましたが、朝日新聞夕刊の記事によると日本のGDPは年率で12.7%減と千九百七十四年の第一次オイルショックに次ぐ大きな落ち込みになりました。日本のこの落ち込みは先進国中で最大でアメリカは二十七年ぶりとはいえ3.8%減、ユーロ圏の5.7%減を遙かにしのぐものになり、日本経済がこれまで外需頼みで推移しての景気回復だったことが裏目に出た形です。なぜなら輸出が13.9%減と戦後最大の落ち込みを記録しているからです。設備投資も5.3%減、個人消費も0.4%減といずれもGDPを押し下げることにつながっています。しかし日本経済の落ち込みはこれが底かというとまださらに落ち込む恐れは払拭できていません。与謝野薫経済財政相は「戦後最大の危機」と述べましたが、確かにオイルショックを上回る経済危機となることは十分あり得ることですし、かなり高い確率でそうなることが予想されます。二千九年一月の日本の貿易収支は九千五百億円の赤字となりました。輸出額は45.7%減となり下げ幅並びに赤字額ともに統計のある千九百七十九年以降で過去最大だと二千九年二月二十五日の朝日新聞夕刊にはあります。自動車は66.1の減少、半導体などの電子部品が52.8%の減少と日本の輸出品の柱が全て総倒れと言ったところですし、地域別でも対米輸出が52.9%減、EU向けが47.4%減、アジアが46.7%減、そしてロシアや中東も減少に転じて日本の輸出品が入り込む余地がなくなってしまったような状態です。この日にはアメリカのオバマ大統領の施政方演説がありましたが、エネルギー・環境、医療保険制度、教育がオバマ政権が重視している部分とはいえ、予算措置を執った三分の一は減税に振り向けられるようです。ただし目玉となる三本柱は単なる景気対策と言うことばかりでなくこれからのアメリカ社会の姿を描き出すものとも言えそうです。日本もアメリカ発の金融危機による余波を大きく受け景気対策を打たざるを得ない状況に追い込まれていますが、では何を日本のこれからの社会にとって重要なものと考えているのかの方向性が余り見えてきません。雇用などの直接的な経済対策ばかりでなく日本の次の時代の姿をどのようなものにしてゆくかの方針は、不況対策の中にも示してゆくべきと言えます。不況対策を打たざるを得ないのだからこそその中に次の時代の日本の姿を財政支出の重点項目の形で示す必要があります。日本の場合はその財政事情を考えれば総花的な景気対策などはとうてい打つ余裕がない訳なので、よほど考えて重点項目を絞らざるを得なくなります。すなわち次の時代の日本は何を大切にする社会になるのかを明示する予算にしなければなりません。二千九年一月の時点では有効求人倍率が0.67倍となり沖縄・鹿児島を除いた全ての都道府県で一倍を切る状態だと報道されました。最も有効求人倍率が高い東京都でも0.995倍と四捨五入して初めて一倍に達する状態だと二千九年二月二十七日の朝日新聞夕刊にあります。正社員の有効求人倍率は0.43ベイと過去最低とされているので、よほど運がよくなければ正社員になりづらい環境になっています。同じ紙面には非正規社員の失職社は十五万七千八百六人、正社員でも失職する人は一万人とされ、鉱工業生産も十%落ちて八十四年以来の低水準とされます。完全失業率はわずかに改善したとはいえ完全失業者数は前年同月より二十一万人増えて二百七十七万人です。物価は横ばいとされているのでまだデフレには陥っていませんが、これからさらに景気が下降するようであればデフレに陥ることも考えられます。すでに地価や不動産価格は下がり始めていていつ一般物価が下落に向かってもおかしくない状態だからです。二千八年の国際市場での原油や穀物価格の急上昇によってデフレ経済を完全に脱却したかに見えた日本経済であったことを考えれば、世界経済の大きな落ち込みによって原油などの国際市場価格の下落と円高は日本の国内物価を押し下げる要因にもなってきます。賃金が減る要因としては残業時間の減少が考えられますが、製造業では一月の残業時間が前年と比べて四十%減と過去最大を記録し全産業でも十五・二%の減少となっていると厚生労働省の発表として二千九年三月二日の朝日新聞夕刊には書かれています。実際に残業時間が減っているというだけでなく残業しても賃金にはならないサービス残業も自分の身を守るためには増えているのかも知れません。 日本経済の成長率はこのアメリカ発の金融不安によって過去最悪になりそうな予想が出始めてきています。二千九年三月六日の朝日新聞朝刊には金融・保険を覗く全産業の設備投資が17.3%減となり、一時速報では実質GDPが年率換算で前期比12.7%減と戦後二度目の二桁マイナスになったと報じられています。同じ全産業の経常利益も七十四年の第一次オイルショックの64.5%減に次いで64.1%減となり、製造業は94.3%減と過去最大の落ち込みだそうです。製造業を中心に派遣切りが行われている背景にあるのがこのような数字とも言えるようですが、それに伴って生活保護への申し込みをする世帯数も二千九年一月には八千七百世帯が前月より増え百十六万八千三百五世帯に達していると二千九年三月八日の朝日新聞朝刊にあります。同月九日の日経平均終値は七千八十六円三銭とバブル崩壊蛾の最安値を記録し二十六年ぶりの低水準に陥りました。バブル最高値の時期からすれば五分の一程にもなってしまうような低水準です。また正社員のリストラも始まり正社員で解雇される人は一万人に上りそうにもなってきています。輸出が大きな痛手を受けたために、また海外への投資も思わしく利益を上げられなかったために日本二千九年一月のの国際収支は十三年ぶりに千七百二十八億円の赤字となったと二千九年三月九日の朝日新聞夕刊にあります。貿易、サービス、所得の三つからなる経常収支は前年に比べて一兆三千三百六十五億円の悪化となり、貿易と所得収支が大きく落ち込んだことが原因とされます。貿易は八千四百四十四億円の赤字で八十五年以降最大、輸出は前年比46.3%減の三兆二千八百二十二億円、輸入は31.7%減の四兆一千二百六十六億円の入超、所得収支は金利の低下や企業業績の低迷によって31.5%減の九千九百二十二億円の黒字に終わったそうです。この金融危機に伴う景気変動は日本ばかりでなく、また日本の派遣やパートと言われる人達が厳しい環境に置かれたというばかりでなく、世界の富豪と言われる保有資産十億ドル以上の人々にとっても大きく資産を減らす原因になりました。二千九年三月十二日の朝日新聞夕刊の記事では二千九年度の世界の富豪トップはビル・ゲイツ氏が返り咲き保有資産は四百億ドルですが百八十億ドルの減少、二位のアメリカの投資家ヴォーレン・バベット氏は三百七十億ドルで二百五十億ドルの減少等々五位までは全て保有資産を三割ほど減らす結果になっています。日本の富豪トップは一年前と入れ替わってファースト・リテーリングの柳井正会長で七十六位の六十億ドルとなり前年日本人トップだった森ビルの森章氏は日本人で四位世界で百二十四位の四十二億ドルとなって、それ以外に九十三位、百十位等々十七名と前年の二十四人から減っています。ただ、保有資産を大きく減らしたとしてもこれらの人達は生活支援の給付金をもらわなければ生活が成り立ってゆかないような境遇の人達ではないことは明らかです。世界の富裕層が大きく資産を減らしたことと同じように世界経済の成長率は先進国を中心に大きく落ち込み、新興・途上国はプラス成長を維持するものの世界全体では二千九年度は戦後初のマイナス成長になるとの予測をIMFが二千九年三月十九日に発表したと二十日の朝日新聞朝刊にあります。一月時点での成長率の鈍化が最も大きいのは先進国の中で日本がトップのマイナス5.8%、アメリカはマイナス2.5%、ユーロ圏はマイナス3.2%と、震源地のアメリカ以上にそのとばっちりを受けた国々や地域の方が影響が大きくなってしまった状態です。日本の成長率の落ち込みが先進国中で最大となったのは、日本のそれまでの成長率がきわめて低くなっていたところに衝撃が加えられたためと考えることが出来るでしょう。二千九年度の世界貿易量は9%減少し戦後最大の落ち込みを記録するというWTOの予測が三月二十三日に発表されたと二十四日に朝日新聞夕刊に掲載されましたが、二千八年度の輸出はドイツが一兆四千六百五十億ドル、中国が一兆四千二百八十億ドル、米国が一兆三十億ドル、日本が七千八百二十億ドルであったものが二千九年度には先進国で輸出が10%減、途上国でも2〜3%減になるだろうとの予測です。これから考えればドイツ、中国などがまず大きな痛手を受けそうですが、中国は二千九年二月の段階で前年比26%減を記録しているそうです。日本は輸出がドイツの半分ほどにも落ちているのでその分痛手は少ないはずではあるのですが、実際に後々の数字がどうなってくるのかです。事実、二千九年二月の日本の輸出額は財務省の発表として三兆五千二百五十五億円と前年比で49.4%減となっています。輸入は三兆四千四百三十一兆円で43%の減少。そしてどちらも比較可能な統計がある千九百八十年以降で最大の落ち込みと二千九年三月二十五日の朝日新聞夕刊に紹介されています。 世界が不況に入った年の二千八年六月の時点での日本人の月給は三十万円を十年ぶりに割り込んだとも言われます。フルタイムで働く人の平均月給は前年比0.7%減の二十九万九千円で、男性が0.9%減の三十三万三千円、女性は0.4%増の二十二万六千円となり、学歴別では大学・大学院卒が1.9%減の三十九万九千円、高卒が0.9%減の二十九万七千円。雇用形態で比べると正社員が0.5%減の三十一万六千円、非正社員が1%増の十九万四千円だそうです。これは二千九年三月二十六日の朝日新聞朝刊に載っている記事ですが、比較的高い給与を得ていた団塊の世代が退職し始めたことと中高年の給与を抑制していることが影響したようです。総賃金が減るとそれは個人消費を落ち込ませることにもなってきます。またアメリカの金融危機の影響が本格化したのはこの調査時点の後のことですから、この後では日本の賃金状況はもっと厳しい状態になっていると考えられます。消費が落ち込めば物価は下がるのは当然ですが、二千九年一月の段階では消費者物価は100.4となり二千八年七月から九月にかけての物価上昇から反転してデフレの懸念が生まれ始めています。わずか半年ちょっとの間に急激な物価の上昇と急落を経験しているわけで、原油をはじめとする資源価格の高騰から世界経済の同時不況に陥った後の原油をはじめとする資源の値下がりという世界経済が激しく方向転換したことが大きく影響している姿があれわれていると言えます。この国際経済情勢の急転換によって日本では二千九年二月の失業率は4.4%となり、有効求人倍率も0,95倍と大きく落ち込んできました。非正社員の失職者数は十九万人、新卒の高校・大学卒の就職内定取り消し者数は千八百四十五人となり、実際には自宅待機を命じられている新卒者などを含めれば実質的な内定取り消しの数はさらに多くなりそうです。以上の数字は二千九年三月三十一日の朝日新聞夕刊の記事ですが、四月一日の讀賣新聞夕刊では日銀短観の結果が発表され大企業製造業の業況判断指数がマイナス58と第一次オイルショックの時57をさらに下回って過去最悪を記録し、非製造業もマイナス31と言う水準にあります。殊に自動車はマイナス92と最大の落ち込みで最悪の状態になりました。二月の自動車の国内生産は56%減と四ヶ月連続で過去最大の落ち込みを記録し輸出も63.9%減と三ヶ月連続で過去最大の下落率を記録したとあります。自動車に次いで悪いのは木材・木製品のマイナス82、次が非鉄金属のマイナス81などですが、卸・小売りや飲食・宿泊などのサービス部門がマイナス40ポイント台であることと比べると製造業の落ち込みが顕著です。このような情勢を踏まえて正日・与党は十五兆円の補正予算を策定したのですが、八十八兆円の過去最大の本予算と併せて補正も過去最大となり都合百兆円を超える景気刺激のための予算編成になりました。その内訳は二千九年四月九日の讀賣新聞朝刊ではワークシェアリングなどの雇用対策が1.9兆円、地球環境対策が1.6兆円、医療・子育てが1.9兆円、整備新幹線などのインフラ整備が2.6兆円などとなっています。就職人気の記事も同じく掲載されていますが、トヨタは二千九年には就職したい企業の第六位だったものが二千十年卒業見込みの学生にとっては九十六位へと急低下してしまいました。九位だったパナソニックも十五位、八位だったソニーは二十九位、二十位だったキャノンは七十七位で、自動車・家電などのメーカーが大きく順位を下げ、順位を上げたのはJR東海と東日本が一位と二位になり、四位から七位にはみずほフィナンシャルグループや三菱UFJなどの金融部門が占めて、製造業が苦境に陥ったがために大きく順位の変動が起きたと言えそうです。とはいえ日本の三大銀行も軒並み赤字となっています。二千八年に起きたアメリカの金融危機は日本の経済社会の形まで変形させてしまいそうな影響力を持っているとも言えそうで、ではこれからの日本をどのような形の社会にしてゆくかが問題となってきます。二千九年の国際市場での資源価格の急騰は、それまでの日本の加工貿易にとって大きな影響を与える出来事でしたし、加工貿易による黒字によって世界から食糧やエネルギー資源を購入するという日本の経済運営の危うさも垣間見えてきた出来事でもありました。また資源価格が下がったときには世界同時不況で輸出先の国々で外貨を得ることもできない状態です。そのような中で出されたのが「二千二十年未来開拓戦略」という政府の方針です。その骨子は二千二十年までに国内総生産を百二十兆円押し上げ四百万人の雇用を創出すること。当面の三カ年は四十〜六十兆円の需要を喚起して百四十万人〜二百万人の雇用を創出すること。低炭素革命・健康長寿社会・日本の魅力の発揮などです。低炭素社会と雇用の創出はオバマ政権のグリーンニューディールに近いとも言えますが、輸出型経済成長をある程度是正しながら国内の体勢を再構築できればそれに越したことはありません。少なくともエネルギーと食料分野は日本経済の二大弱点とも言える分野なので、輸出が大きい飛躍を望めないというのなら輸入に依存するその分野を国内生産に切り替え強化するような財政的先行投資になればよいとは思います。低炭素革命を起こすための技術は日本には世界的に見ても高い水準の技術が存在しています。太陽光発電・風力発電・ハイブリッド技術・LED・またリチウムイオン電池などの蓄電池あるいはエタノール抽出技術などの分野です。後はそれらの技術をどう組み合わせてどのような社会インフラを形成するのかのアイデアだけです。どの技術もその技術だけ単体では大きなものにはなりませんが、各の技術を相互に有機的に組み合わせれば大きな社会インフラを形成することも可能になってくると言えます。アメリカはそれをスマート・グリッドという考え方で実行しようとしています。風力発電やエタノール精製は農村部や山間部の地域活性化策にもなり得ますし、それがうまくエネルギーを大量消費している都市部の経済活動に結びつけば公共工事などによる一時的な収入ではなく都市部からの所得移転として地方に経常的な収入も生まれてきます。そのために公共事業を道路工事から発電した電力を移送する送電線網の整備に方向を変えることも必要になる部分も出てくるかも知れません。そうすればそれまでの木材や農産物の販売から得られる収入だけでなく新たな収入源が地方にも生まれるからです。高度成長期における戦後の日本経済は安い国際価格の石油に大きく助けられていた側面は否定できません。しかしその条件は徐々にながら失われつつあります。千九七十年代の二度のオイルショック、そして国際的な投機マネーが力をふるったとはいえ二千八年の資源価格の急騰と、基幹エネルギーである石油の国際価格の高騰は日本経済を大きく翻弄する力をも持っています。エネルギーを国内で生産しエネルギーの国際価格の変動の影響を弱める上でもそれは日本経済にとってプラスの面も大いにあるだろうと思います。政府の補正予算で行われる太陽光発電や風力発電そして小川や用水路あるいは浄水場などの水流を利用した小水力発電などへの環境分野での投資で生まれ出る自然エネルギーは日本の全エネルギー生産の二割をまかなうものになると予測されています。小水力発電の場合はこれが全国に普及すると日本の全世帯の電力使用量の五割をまかなう発電量にもなるとも言われます。太陽光発電にしても二千九年四月二十一日の讀賣新聞朝刊のグラフでは二千七年度では二千年度に比べて日本の国内メーカーの太陽電池の生産量はワット数で九倍近くに伸びてはいますが二千七年度では国内向けが二十二%ほど、海外向けが七十八%程と輸出が大きな割合を占めています。せっかく国内に優れた技術水準の製品があるのにそれらをもっぱら輸出に向けて国内では余り活用しないというのでは宝の持ち腐れになります。 この時点での日本経済は予断を許さない状態となっています。政府が二千九年四月二十日に発表した二千九年度の日本経済の成長率はマイナス三%に予想が下方修正されました。二千九年四月二十一日の讀賣新聞夕刊によればこの下方修正はこれまでになく大幅なもので政府の経済見通しとしては過去最悪と記されています。二千八年度の経済はオイルショックと大恐慌そして円高不況が連続して日本経済を襲ってきたような激しい激動の年だったと言えます。IMFは二千九年度の成長予測として世界の経済成長は戦後初めての大恐慌以来となるマイナス1.3%成長、先進諸国も軒並みマイナス成長となり中でも日本はマイナス6.2%と先進諸国の中で最悪の経済成長と予測しています。同じくIMFは日・米・欧の金融危機の損失額が三百九十二兆円に上ると発表しましたが米国は最大の損失を計上し殊に証券化商品の損失の割合が高くなっています。これらは二千九年四月二十三日と二十二日の讀賣新聞朝刊の記事ですが同紙の二十二日の夕刊では二千八年度の日本の貿易収支が第二次オイルショック以来二十八年ぶりの赤字を記録し資源高とその後の金融危機による輸出の落ち込みの影響が顕著に表れた数字になりました。このような苦しい経済状態の中ではよくよく考えなければ次の時代の日本がありません。これまで戦後の日本経済は工業中心で躍進し輸出に依存する割合が大きくなってきましたが徐々にサービス業の比重が増え、その分野は生産性が低く、また林業や農業そしてエネルギーの多くは海外依存の割合が高くなっていました。輸出で外貨が稼げないなら輸入に頼る部分を何とか国内で生産できるものは国内で生産する体勢にして行かない限り貿易赤字を解消できなくなります。輸出で稼いだ外貨で食料とエネルギーを国際市場から購入するという日本の経済構造が危機にさらされたわけですが、たとえ世界経済が回復して輸出も持ち直しまた石油などの資源価格が低下したとしてもこの経験を忘れずに国内の体勢ももっと考えて整え直しておくことが必要と思われます。二千九年四月二十三日には二千九年度の経済見通しが政府から発表され、それによると日本経済の実質成長率の落ち込みはマイナス5.2%で経済対策を行うことで2%程景気を押し上げる効果があるものの実質ではマイナス3.3%と過去最悪になる旨の予測が二千九年四月二十四日の讀賣新聞朝刊に報じられています。日本のバブル経済崩壊時には日本経済にとって戦後初あるいは戦後最悪という経済データが数々報じられてきましたが、この時点では世界経済にとって戦後最悪というデータが数多く発表されそれに伴って日本経済のデータも戦後最悪という数字になっているところが大きいと言えます。二千八年度の全国百貨店売り上げも前年比6.8%減で九十七年と並んで過去最大の落ち込みと二千九年四月十八日の讀賣新聞朝刊にはあり、また二千九年夏のボーナスは東証上場企業の平均で十万九千円減の六十四万八千百四十九円と統計を取り始めた千九百七十年(昭和四十五年)以来過去最大の14.4%の減少と言われ、少なくとも戦後日本経済が経験したことのないような経済状態になりつつあることは確かなようです。失業者数も二千九年三月時点でのデータでは三百三十五万人となり新規求人倍率は前月より0.01ポイント悪化の0.75倍と過去最悪を更新と二千九年五月一日の讀賣新聞夕刊にあります。同じくその新聞には消費者物価も三月は一年半ぶりに下落し0.1%の下落、また消費支出も三月は前年同月と比べて0.4%減と十三ヶ月連続の減少で外食や国内旅行を控えているとされています。五月のゴールデンウイークの最中はメキシコ発の豚インフルエンザで世界が大騒ぎにもなり、それでなくても旅行が手控えられるなか、消費をさらに冷え込ませかねない事態が生まれ出ました。マスクは売れても人混みにはでないようにしようとすればどうしても消費は落ち込まざるを得なくなるからです。かつての大恐慌以前の千九百十八年から十九年にかけてはスペイン風邪が世界に猛威をふるったことを考えると、時代状況的にはアメリカの金融危機もかつての時代に重なって見えたりもします。金融危機の前後には新型のインフルエンザも世界的に流行するといった状況だからです。この時点での個々の家計は楽ではない人の数が増加していると言うことになりますが、四月時点での讀賣新聞が行った調査結果として生活が苦しくなったと答える家庭が54%に上っているという記事が二千九年五月四日の讀賣新聞朝刊に載りました。第二次石油危機以来の高水準と言われ、記事では不安を感じている原因として「収入や収益の減少」が76%、「定年後の生活」が49%、「過労などの健康面」が35%だそうです。買い物などの支出を抑えている人の割合は68%、将来収入が増えるとは思えない人の割合は58%、生活にゆとりがない人の割合は47%など、生活面での条件が悪化している様子が伺えます。 それもそのはずと言ってもいいような決算の数字が続出しました。トヨタは二千九年三月期の決算が四千六百十億円の赤字となりました。前期は二兆二千七百三億円の過去最高水準の黒字だったのですから、この一年がどれほど激動の一年だったが分かります。それは自動車業界だけにとどまらず電気発車も軒並み赤字決算となり、銀行も大手三行の赤字決算です。自動車・電気が赤字になったのは輸出が大幅に落ち込んだことも一因ですが、日本企業にとっての製品の輸出先であるアメリカは言うに及ばずEUも一〜三月期はGDPが2.5%減とユーロ導入以降で最大の落ち込みを記録するなど世界経済全体が大きく落ち込んでしまった結果と言えます。東証一部上場企業の経常利益は66%減と七年ぶりの落ち込みで下落幅はバブル崩壊以降で最大になりました。また輸出による貿易収支が大きく落ち込んだことにより二千八年度の日本の経常黒字は過去最大の落ち込みとなり半減となりました。これらは二千九年五月九日から十三日に書けての讀賣新聞に掲載された記事ですが、十四日の夕刊には二千八年度の自殺者数が三万二千二百四十九人と十一年連続で三万人を超え、三十代の自殺者数は過去最高と就職の失敗や失業が働き盛りの年代を直撃しているようです。自殺の原因のトップは健康問題で「うつ病」がトップにあげられています。そのような病気による自殺などの原因になっている日本の帰依材状態でうすが、二千九年一〜三月期のGDPは前期比4.0%減で年率換算にするとマイナス15.2%と前期のマイナス14.4%をさらに更新して過去最悪を二期連続で上回りました。十〜十二月期は輸出の落ち込みが大きかったために14.4%減でしたが、一〜三月期は輸出以上に内需が落ち込む結果となりその数字を塗り替えました。八十九年四〜六月期の消費税の導入による個人消費の減少で起きたマイナス5.6%、九十八年一〜三月期の金融システム不安による二千七年マイナス7.7%、七十四年一〜三月期の第一次オイルショックのマイナス13.1%のいずれをも抜き去る数字と言えます。二千七年の一世帯当たり平均所得額は前年に比べ十万六千円少ない五十六万二千円だったと厚生労働省が発表したとの記事が二千九年五月二十二日の讀賣新聞朝刊に載りましたが、アメリカの金融危機が発生したのは二千八年九月からですからその後の日本の一世帯平均所得額はさらに落ち込む結果になるだろうことは容易に推測できます。二千七年度の平均所得額が減少したのは非正社員の増加によるものと考えられてはいるものの、その後に起きた金融危機では非正社員を中心に首切りがおき多くの非正社員だった人達の収入はゼロとなりましたし正社員達の雇用も脅かされるような状態になったからです。そして二千九年度の大手企業六十七社の夏のボーナスは平均で七十五万四千九円と前年同期比マイナス19.39%となり減少率は千九百五十九年の調査開始以来過去最悪と二千九年五月二十一日の讀賣新聞朝刊にあります。二千九年六月一日の讀賣新聞夕刊には製造業の残業が四月時点では前年比45.3%減の9.1時間だったとされます。これでは個人消費が旺盛になるはずもないという数字です。むしろバブル経済崩壊後のデフレ経済に再び戻る可能性が濃くなると言えるものです。二日の讀賣新聞朝刊には二千九年一〜三月期のGDPギャップ(需給ギャップ)がマイナス8.5%と最悪になり年間で四十五兆円に上る需要不足が起きているとの記事が載っています。明らかにデフレへ進みかねない数字と言えます。二千九年五月二十一日近辺では与謝野財務大臣や日銀の白川総裁が二千九年一〜三月期が景気の最悪期で以降は景気の悪化の速度が緩やかになったと景気判断を上方修正する旨の発言をしましたが、景気が底を打ったとしてもその後急回復するのかしばらくの間は底をはう状態が続くのかは分からないと言えます。景気が底をはう状態が長引くことになったら、その時こそ本当の知恵の出しどころということになってくるかも知れません。企業経営者にも従業員にもあるいは行政にとっても苦境の中で次の時代を準備する本当の知恵を頭を絞りきってでも出してゆかなければならなくなってくることもあります。景気が底に達してとは言われても二千九年四月の有効求人倍率は厚生労働省の発表では0.46倍と千九百六十三年の統計開始以来最悪だった千九百九十九年五、六月に並んだと二千九年五月二十九日の讀賣新聞夕刊で報じられました。失業率も悪化し5.0%と二千三年十一月以来の5%台になったとされます。正社員だけの有効求人倍率は0.27倍で過去最悪を更新したともされます。雇用情勢は依然として改善の兆しが見えないと言った所でしょうが、なかでも地方の雇用をどうするかは重要な問題となってきます。大手企業の工場誘致を期待するだけでなく地方は地方が持っている自前の資源を活用して何か出来ることはないかを真剣に考えなければならなくなっています。工場を誘致したくとも大手企業は苦境に陥って地方の工場をむしろ閉鎖するような事態にもなっているからです。企業の東京にある本社が閉鎖されるのは本社を移転するというのでもなければその企業が消滅するときでその前に地方の工場から閉鎖になると言うわけです。不況の進行による雇用不安で定年後に田舎暮らしをしようとする団塊の世代ばかりでなく農業に方針転換を図ろうとする若い世代の人達も出てきましたが、農業だけでなく農業や林業の副産物を利用した地方ならではの産物を生み出し新たなる雇用の場を地方に作る必要も生まれてくるでしょう。これまでの日本は農業だけでやってゆくことは厳しいので都市部への出稼ぎや工場労働者などになって農業以外の分野から収入を得なければなりませんでした。専業農家でやって行ける農家は少なくなっていたのです。日本が世界的な不況に見舞われて工場での仕事がなくなったからと言っても日本の農業のそのような条件が変わったわけではありません。農業一本で生計を立ててゆくことは都市部の勤労者になって生きてゆくことよりもさらに大変だと言えます。すなわち日本の農業は依然として厳しい条件におかれていると言ってよいでしょう。だからこそ地方にとって地方ならではの特性を活かしてこそ生産できるものを生み出さざるを得ないわけです。農産物や林業の産品だけでなくエネルギー資源の生産も念頭に入れることが可能な時代にもなってきています。本来なら都市が排出しているCO2と農村や山村が生産している酸素とでガス排出権取引によって地方は現在のままでも都市から農産品や林業産品以外の副収入を得てもいいはずのものです。世界のCO2排出の八割は都市部による排出だと言われるのですから、それだけでも都市は酸素を生産している地域の人達に収入を与えてよいはずのものだからです。しかしこれまでの経済的な構造は二酸化炭素を大量に排出しながら営まれている経済の方が酸素を生産しながら営まれている経済よりもずっと多くの利益を得てきていたのが現実でした。 不況の折には不況対策を打たざるを得ないので、その対策の中にこれまではやってきていなかった環境問題に対する対策にもなる方策を加味してゆくのが賢明と言えます。そして環境問題は都市部に偏重した問題でもあるわけですので地方の利点がそれだけクローズアップされてもいいはずのものです。自然環境に恵まれているのは都市部ではなく地方こそがそうだからですが、自然環境に恵まれた地域は経済的にはそれほどの利益を得ることができない地域でもありました。それらの趨勢を幾分かでも変えるために不況の時期にじっくりとこれからの方向性を考えておくことも重要かと思います。それは地方を都市化することでは必ずしもありません。地方が地方の形を維持しながら新たな産業基盤として日本経済に参入する道を用意するものです。すなわち地方の自然環境を保全しながら新たな形で日本経済にこれまでとは違った資源を提供する道を用意しようと言うことです。自然環境に恵まれているというのはこれまでは観光資源でしかありませんでしたがこれからは別の資源への道も増えました。二千八年から九年に掛けての世界的不況の時期に日本政府は省エネ商品や燃費のいい車への補助を行い、太陽光発電にも補助金を復活させました。これらの方策はここしばらくの間不況が起こるたびに行われてもよい不況対策のメニュと言えます。環境やエネルギー分野への投資はまだまだ継続的に行ってもよいだけの余地が残されているからです。太陽光、風力、波力、地熱、ゴミ発電や水素燃料、バイオエタノールやバイオディーゼルなどのバイオマス等々、日本経済の基礎的部分を担う産業の技術は日本国内でもっと活用できる部分があります。それらの技術を活用した日本経済の構造変化を加速させるには不況の時期に集中的に対策として行うことは無駄ではないと思います。そしてアメリカの金融危機に端を発した大不況がかれこれ一年経った時点ではどうにか底を打ったかと思える経済データが出始めてきました。しかしそれにしても社会的な構造変化を伴わせながら不況から脱してゆくべきものでもあります。徐々に世界経済も日本経済も景気の底を打ち始めた様子は二千九年八月になって発表された四〜六月期の経済指標からうかがえます。日本経済の場合は輸出と個人消費が幾分回復してGDPの成長率が前期比0.9%プラスの年率換算で3.7%となり一年三ヶ月ぶりのプラスとなりました。これは二千九年八月十七日の讀賣新聞朝刊に掲載競れていますが、その記事によれば個人消費は0.8、輸出が6.3のプラスとはなっても住宅投資と設備投資はマイナスの水準になっています。輸出が伸びたのは中国経済が内需拡大の中国政府の経済対策で経済が上向いたことによります。個人消費がプラスになってはいてもそれは定額給付金という不況対策とエコポイントが付く家電や省エネ車への買い換えの割引金対策があってのことで、日本の勤労世帯は所得が増加していない中での出来事です。二千九年八月三日の讀賣新聞夕刊の記事では厚生労働省の発表として六月の労働者の平均賃金は四十三万六百二十円で前年比7.1%減と過去最大のマイナス幅となったとあります。夏のボーナスがマイナス14.5%と大幅に落ち込んだのが原因と言われますが、給与総額は落ち込む中で個人消費が増加傾向になるというのは政府の経済対策による部分が大きく影響していると言えます。それがなければ個人消費が上向く根拠がないからです。不況からは脱しきれていないこの時点で日本は衆議院選挙に入ることになりました。民主党の優勢が伝えられる中で自民党はマニフェストで十年後には全ての世帯の所得を現在より百万円増やすという目標を掲げもしていますが、この時点での日本経済の状況からすると夢のような話でどうすればそれが可能になるのかです。少なくとも勤労世帯の所得をアップさせるには一人当たりの生産性を高めなければなりません。生産性を高めるというのは単位時間当たりの生産性を上げることでありなにも長時間労働をすると言うことで達成すべきでもありません。一人当たりの生産性を上げ一人当たりGDPをアップさせない限り全世帯の年収を百万円アップさせると言うことは不可能なことです。日本よりも経済規模は小さくとも一人当たりGDPで日本を上回っている国はスイスや北欧の国々などいくつかあります。一人一人の生産性はどのようにしたら引き上げられるのかがまず第一の課題であり、生産性の上昇によって増えた経済的な価値をどのように分配すべきなのかが次の問題です。一人一人の生産性が上がったらその利益の中から育児や保育あるいは教育を手厚くする方策を打つこともできます。しかしこの目標はこの時点の不況を脱し雇用状況を改善してからの話でそれ以前に克服しなければならない課題が数多くあると言えるでしょう。そして衆議院議員選挙の結果がどうなったとしても雇用をどう増やして失業率を低下させ一人当たりの生産性をどうしたら引き上げることができるかや一人当たりのGDPをどこまでのばせるかは日本経済にとって考えなければならない課題であることは確かです。それが実現できなければ可処分所得も増えないからです。また総人口の減少が見込まれる日本としては一人当たりGDPを増やす工夫をしない限り日本の国としてのDGPの減少が急速になることを意味します。日本経済が底を打ち始めたかに見えるデータは二千九年六月三十日の讀賣新聞朝刊で伝えられている五月の鉱工業生産が5.9%上昇したことなどから伺え始めたのですが、それも欧米や中国市場への輸出に頼ったもので国内需要はまだこの時点では出ていなかったと言えます。世界の経済回復の速度の方が日本よりも速いからそうなったと言える部分が大きいようです。事実四〜六月期の電機大手九社の営業利益は改善傾向になっているとはいえ減収傾向が続いています。公的部門の不況対策がない限り消費が上向いてこない理由の一つが賃金が減少していることですが、ことに非正規雇用の労働者の割合が千九百八十四年には15.3%だったものが二千九年には33.3%にも昇り正規雇用者の割合が千九百八十四年時点では84.7%だったものが二千九年度には66.6%にまで低下していることです。非正規雇用の割合が高くなってきていたと言うことは低賃金の勤労者が増えていたことを意味します。しかも不況の時期においては非正規雇用の人から人員削減の対象にもなります。二千九年七月の失業率は5.7%と過去最悪を記録したことが八月二十八日の讀賣新聞夕刊で報じられました。また有効求人倍率も0.42倍と過去最悪を更新しています。二千九年度版の『経済財政白書』でも雇用の過剰感は労働生産性の指標の取り方で二通りの数字が示されているとはいえ、二千九年度第一期において全産業で五百二十八万人から六百七万人の雇用の過剰という数字が出されています。これらの雇用調整と景気の動きが相互に絡まって動いてゆくとしても、企業による雇用調整が行われて失業者が増えれば総賃金が減るので消費が低下して景気にも影響せざるを得なくなります。このような状況からどのように日本経済が抜け出せるかが当面の大きな問題となりますが、この時点で行われる衆議院議員選挙もこの状況に対する各党の対応の仕方の違いとして現れてきています。自民党は経済成長によって二百万人の雇用確保を目指すという目標を掲げ、民主党は職業訓練中の失業者にも月額最大十万円の手当支給などの方策を打ち出しています。どちらにしてもここしばらくは公的分野からの財政支出でその実現を目指さなければならなくなります。すなわちその財源をどこから持ってくるのかと言うことになるわけです。若者の雇用悪化が深刻だとは二千九年八月二十九日の讀賣新聞の記事の見出しの言葉ですが、ある程度の年数の間社会に出て働いてきた人にはそれ相応の人脈もあり情報も実績もあるわけですから年限が浅くそれらの利点がまだ得られていない若者世代にはハンデができてきてしまうことは十分に考えられます。長年大学教授を務めてきた人やあるいは弁護士の仕事をしている人などは三千人ほどの人に年賀状だけでも出すような話はよく聞きます。しかし若い世代の一般人にはそれほどの交際範囲はない場合がほとんど言えるのではないでしょうか。人間関係のネットワークは時間を掛けてしか作り上げることができないからです。若いのに金で時間を買って多くの人との人脈を持とうとすれば高校や大学の卒業生名簿を購入して無理矢理人間関係を増やそうとしたりもします。人脈を持っていないということは逆に言えばそれだけしがらみがないともいえますが、何かをするのには自分一人だけでは達成できないことの方が多いはずです。確かに現在ではハローワークや派遣会社に登録して仕事を探すことが主流になってきているとはいえ、個人的な人脈を介して自分の仕事が見つかる場合もあるわけですからその部分において若者は年配者と比べたときチャンスが少なく不利になるわけです。若者にとっての経済状況が厳しくなることによって若者達が戦争か革命でしか自分たちの現状(窮地)を変える道がないと思い始めてしまうようなことはある意味でその社会が病んでいるということですが、そんな雰囲気も日本国内にないわけではありません。二千九年八月三十日の衆議院議員選挙では自民党が結党以来初めて五十五年ぶりに第一党の座から落ち民主党が第一党になって細川政権以来十三年ぶりに自民とが下野することとなり今回の選挙結果からすれば短命だった細川政権とそのあとの羽田政権の時の一年にも満たなかった政権交代とは違って今回は本格的な政権交代なので自民党が再び政権の座に就くとしてもそれにはかなりの時間を必要とするだろうと思える訳なので、これをもし革命と呼ぶのであれば民主的な手続きによって行われたもので暴力革命ではなかったことは歓迎すべきことです。少なくとも戦後政治の中で初めて日本人が経験する出来事でもある事を考えれば革命的なできごとだと言っていいでしょう。そして若い世代に雇用の場を与えしかも日本国内に存在している格差を是正する方策は施さなければならないはずです。経済的に厳しい生活を余儀なくされている人達が幾分かでも日の目を見ることができるようにならなければ革命も成功とは言えません。そして八月三十日の衆議院議員選挙の結果を見れば自公政権に不満を持っていたのは若い世代だけには限られていなかったとも言えます。でなければ民主党が三百八議席もを獲得することはできなかったはずだからです。日本のジニ係数(不平等を示す指標)は全ての年齢層で拡大傾向をたどっていることは二千九年版の『経済財政白書』でも示されています。当然のことながら年齢が上がればあがるほど格差は拡大傾向(ジニ係数の数値が上がる)をとりもします。若い頃から徐々に格差がつき始めそれがつもりにつもって高齢者になるほど格差が大きくなって行くからです。同じく白書では税による所得の再分配や公的移転による所得の再分配も各国比較で低いことが示されていますが、日本では税によってはほとんどジニ係数が変更されることがなく社会保障によって幾分それが修正されていたところに小泉構造改革の「聖域なき構造改革」によって社会保障も年度ごとに二千億円以上予算が削られてしまったがためにジニ係数の数値が上昇してしまったとも言えます。日本は先進国の中ではアメリカに次いで格差の大きな国になってしまいました。世界各国と日本の税による再分配効果の順位を見ると、イタリア、ドイツ、オーストラリア、アメリカ、デンマーク、オランダ、アイルランド、英国、フィンランド、ニュージーランド、カナダ、チェコ、ベルギー、OECD21カ国平均、スウェーデン、ルクセンブルク、オーストリア、スロヴェキア、ノルウェー、フランス、韓国、そして日本となり二十一カ国中最下位となっていて数値も極端に小さくなっています。日本が如何に税による所得の再分配を行っていないかが分かります。公的移転による再分配効果の順番はスウェーデン、ベルギー、デンマーク、チェコ、アイルランド、フランス、オーストラリア、スロヴェキア、ノルウェー、ドイツ、英国、OECD21カ国平均、ニュージーランド、オランダ、イタリア、ルクセンブルク、フィンランド、カナダ、オーストリア、日本、アメリカ、韓国の順です。税制面ではまず累進課税率を強化して高額所得者への所得減税を打ち切り違う方向へと切り替えてゆくべきでしょう。すなわち高額所得世帯への課税強化で負担をしてもらわざるを得なくなります。少なくとも日本国内にある格差を税制面でも修正する方策を採ってその資金で苦境の中にいる若年層の人の教育や職業訓練などの予算にも廻すべきです。あるいは子育てなどの少子化対策にも充当できるかも知れません。所得・資産共々に富裕層に応分の更なるの負担を求めて個人間の格差是正と地域間の格差是正の道を見つけるべき時に来ていると言えます。またそのような再分配によって恩恵を受ける地域や個人はそのことに安住してしまうことなく最大限知恵を出しての自助努力や自己研鑽もしなければならないでしょう。ジニ係数の数値を低くするために修正を行うことはとりもなおさず分配の問題になります。一人一人の雇用を確保しそして生産性を上げ富の社会的分配が余りに不公平なものにならないような制度にしておくことは重要なことだろうと思います。OECD諸国の中で日本の所得の再分配が非常の小さいのとよく似た形なのが日本の教育への公的支出の少なさです。対GDP比での日本の教育分野への公的支出の割合は3.3%でOECD諸国二十八カ国中二十七位だそうです。OECDの平均は4.9%で一位のアイスランドは7.2%、英国は5.2%で十一位、米国は5.0%で十五位、韓国は4.5%でに十位だと二千九年九月九日の讀賣新聞朝刊で報じられています。これまで日本は教育へは余り資金的な配分をすることなくもっぱら精神論ばかりを唱えてきていたと言えるのではないのでしょうか。子ども一人当たりの教育費は国際的な平均であるとされていますが費用負担は全て親任せで教育を社会の中で重要なものとしては位置づけてきていなかったというわけです。十分な栄養を取らせずにスポーツ選手に記録だけは出せと強いるようなものです。そのような条件の中にありながらも日本の国際競争力は二千九年には世界第九位から世界第八位へと順位は上がりました。二千九年九月八日の讀賣新聞朝刊の記事では、世界経済フォーラムで二千九年の国際競争力トップは前年トップだったアメリカが金融危機に陥ったため二位に転落し一位にはスイス、三位シンガポール、四位スウェーデン、五位デンマークで、香港は十一位、台湾は十二位、韓国十九位、中国は二十九位だそうです。教育には公的資金をそれほど割いてはいない中で日本はよく頑張っていると言った所でしょうか。この「調査は133カ国・地域を対象に、技術力・創造力・金融市場の健全性などを比較したもの」だそうですが日本が順位を上げたのはマクロ経済分野で巨額の財政赤字があるという懸念材料はありながらもビジネスの成熟度やイノベーションの分野の評価が高かったからだそうです。日本の財政状態は長期債務残高が二千九年時点では八百十六兆円に昇り日本のGDPの174%に達しています。かれこれ一年半分以上の日本のGDPに相当します。これらを返済するにはかなりの覚悟で長期寛大清酒出を引き締めなければならずしかも経済を高度化して活性化して行かなければなりません。そのためにはイノベーションは是非とも必要になってきます。イノベーションは人に由来するものです。ことに教育水準によってイノベーションを生み出す人材が豊富かどうかが決まって来もします。そのような意味では日本が教育に掛けている費用を考えたとき日本人はよくやっているとは言えるのですが、今はそれでよいと言えても将来的にもそれで済むものかどうかは分からないところがあります。また自民党の文教族の議員達の中には戦後教育の問題点として自己利益を優先し社会の利益のために自己の利益を幾分かでも犠牲にしようとする人がいないという批判の声がありましたが、教育に対して公的支出の割合が低く親が教育費を負担する割合が高いとするなら、親や子どもは教育を受けた後で個的利益を求めてしまい自己利益の一部を社会に還元しようとは思わなくなるのは当然のことでもあるでしょう。なぜならそれらの人は社会的な費用を掛け社会的な手助けを受けながら育てられてきたわけではないという訳で自己が負担した費用は速く回収したくもなるのは当然のことだからです。そして減点対象となっている公的部門の借金を大幅に減らしたり返し終わったりすれば日本の競争力はもっと高くなるわけですが、それには一苦労二苦労どころではない苦労をこれからしなければならないことでしょう。なぜなら公的負担によって子育てをしやすくするにしても財源は捻出しなければならず財政にとっては支出だからです。公的負担が大きくなった状態で教育を受けた世代が将来大いに社会の中で活躍することによってその負担分を上回る利益を社会に還元してくれることを願うことになります。アメリカの失業率は9.7%と10%に迫ろうとしていいる中でアメリカの貯蓄率は五年ほど前の2%ほどから5%程へと上昇しています。アメリカの消費者は消費を絞り所得を貯蓄に向ける傾向に転じています。借金体質のアメリカの消費者が消費を絞り収入を貯蓄に向かわせることの影響は日本の輸出企業に響き、輸出企業の製造業は雇用を減らすと言うことにもなりかねないので教育を受けた人達には雇用の場が不足してきてしまうという結果にもなってきます。新規の商品開発や新規の産業分野をこれから日本の社会の中に作り出していかない限り雇用を守ることもできなくなってきます。すなわち発明やイノベーションあるいは自分の本業の技術や知識あるいは素材を応用したこれまでの自分たちの本業とは違った分野の商品開発も必要になってくるかも知れません。ことに中小企業の場合などではこれまでの系列に頼った他社ブランドの製品の部品生産ばかりでなく自分単独でも活動できるような独自ブランドの商品開発が要求されても来ることでしょう。バブル経済の時には多くの企業が自分の技術や知識とは全く関係のない不動産や美術品の購入などに手を出しましたが、私が述べたいのはあくまで自分の持っている技術や知識の延長で異業種分野に参入することです。不況の中では企業も個人も自分が左前になって行くことだけをただ座して待っているわけには行かないからです。殊に中小企業の場合には経済環境が厳しく苦しいときだからこその工夫も必要となると思います。仕事が減る中で雇用調整助成金などでかろうじて社員を会社につなぎ止めていられる間にも時間的余裕を使って次の時点への商品企画などの案を社員に練ってもらっておくことも可能かと思います。雇用調整助成金の対象者数は二千九年一月時点では百万人以下だった者が七月頃には二百五十万人ほどにまで達しているのですから、それらの人に十分仕事をしてもらうためには財やサービスの生産は減って時間だけ余っているのでアイデアを出すために知恵を絞ってもらっておくことを仕事としてもらう方がいいのです。それは次の時点で景気が回復してきたときの用意にもなります。 千九百九年九月十二日の讀賣新聞朝刊では厚生労働省の発表として二千十年春に卒業予定の高卒の求人倍率が0.71倍と四年ぶりに一倍を割り込んだと報じています。求人倍率が最も高いのは東京の2.62倍、最も低いのは沖縄の0.11倍でその開きはかれこれ二十四倍にもなっています。まさに大きな経済格差あるいは地域間格差と言うことができます。求人倍率が低いのは沖縄に続いて青森0.16、熊本0.20、鹿児島0.22で、高い方は東京に続いて大阪1.46、愛知1.35、香川1.04で一倍を超えているのはこの四都県だけだそうです。高校卒の人達ばかりでなく二千十年春に卒業予定の大学・短大・専門学校の学生達の就職戦線も非常に厳しくなっていることだろうとは容易に想像できます。子育て支援をして学費を補助しても教育を受けた人達が社会人になるときに雇用の場がなければ教育補助も余り意味を持ちません。教育の効果が社会の中で発揮されるようにするためには雇用の場も用意しておかなければならないからです。これ以後子育て支援で教育補助が行われたとしても子ども一人を大学まで送り出すための教育費は国立大学まで全て公立の学校に通わせても千三百六十万円、私立の幼稚園から小学校だけ公立であとは全て私立の学校へ通わせ私立の医科・歯科学部へ子どもを通わせた場合には四千三百八十六万円の教育費がかかるとする教育費の一覧表が二千九年九月十二日の讀賣新聞朝刊に掲載されています。一口に「子ども一人を大学を卒業させるまでには三千万円の費用がかかる」と言われても社会にそれらの人達にとっての雇用の場がなければそれだけの教育費を掛けて育てられた人は費用を回収することさえできなくなってしまいます。当然のことながら子育て支援をして育てられた人達が雇用の場を与えられずに働ける人が少なければ社会の方も掛けた費用の回収ができずらくなることになります。また日本の求人の地域間での偏在を是正するにはどうしたらいいのかも考えるべきだろうと思います。そしてまた子育て支援策は若い世帯が多く存在する地域にとっては恩恵が大きいことになりますが六十五歳以上の高齢者人口の割合が高い地域にとってはその恩恵は限られてしまいます。経済の地域間格差を是正していかないと若い働き盛りのそして子どもを持てる年齢の世代は自分たちに雇用の場がある大都市圏へと流れ、地方は高齢者ばかりという構成にもなりかねません。年金生活でもなければ地方では暮らして行けないと言うことにもなりかねないからです。地方にこそ新規の産業が生まれてくる必要があるのですが、如何にしたら地方にそれらの産業を生み出すことができるでしょうか?地方経済にとって有望と思えるエネルギー産業について[ビジネス創造的なアプローチが大切・再分配的な行政を続ければこの国は疲弊してしまう]と言う副題で「環境戦略」と言う東大教授の宮田秀明氏の記事が『日経ビジネス』の二千九年九月十九日臨時増刊号に載っています。それには「経営は一言で言えば、価値を増幅する活動である。百円の資金で百五十円の価値を生み出すようにするのが一般的な経営目標である。百円で千円を生み出すことができれば、それは時流に乗ったすばらしい経営だろう。(中略)環境エネルギー政策でも、もちろんそうだ。経済産業省の政策の基本はバラマキである。エコポイントもそうだし、いろいろな補助金の出し方もバラマキ的である。二千九年度景気対策補正予算の中で、急速充電器などを設置して次世代ガソリンスタンドを整備するのに二十億円を計上した。公募制なので、日本中のあちこちに急速充電器が設置されることになるのだろうが、実際に役立つように設置されるのか疑問である。約四百基の急速充電器が、文字通り日本中にバラまかれてしまうからである。もしこの四分の一の五億円を沖縄に集中的に投下したら、沖縄を電気自動車のショーケースにして、毎年六百五十万人の観光客に電気自動車を体験してもらうことで、電気自動車社会、つまり環境対応移動手段社会への離陸に大きな貢献をすることができるだろう。沖縄では百基の急速充電器があれば電気自動車社会のスタートを切れるからだ。(中略)環境問題はCO2の排出量を減らして、地球温暖化を止めることだけが目的と考えるのはやめた方がいい。同時にエネルギーの安全保障と産業と経済の発展も目的と考えるべきだろう。(中略)例えば、沖縄でスーパースマートグリッドの実験を行うとき、複数のプロジェクト企画・設計を行わせ、競い合わせてお互いに切磋琢磨させ、企画力・設計力・マネッジメント力の成長を促して行く。環境分野での日本は、どの党が政権を握ろうとも、しっかりとしたシンクタンクやデベロッパーがいなければ、初期には優れた製品と技術によって先駆けることができても、いずれ国際競争に負けて[ガラパゴス状態]を沢山作る結果になるかも知れない。国の成長のためにはそこを変えなければいけない。」とあります。地方振興と資本投下に対して生み出される価値の大きさを考えた物です。エコポイントや補助金などはこの時点での不況対策の意味合いが強いと言えるので再分配とされるのは常態であるわけではないのですが、不況対策として打つ方策も戦略的なものにして次の時代を切り開いて行く梃子にすべきであるのは確かなことです。沖縄の電気自動車の電力の供給(発電)をガソリンスタンドの屋根に太陽光パネルを設置することでまかなうこともできるかも知れませんし電力をリチウムイオン電池に蓄えておくことも可能かも知れません。沖縄は台風の通り道に当たるのでその分パネルの耐久性や設置の仕方についても工夫する必要が生まれ出るかも知れないにしてもです。日本の政権が民主党に変わってからすぐに鳩山首相が国連の場で二千二十年には日本のCO2の排出量を千九百九十年時点より25%削減すると公約しました。中国・アメリカが参加する殊という前提があるものの低炭素社会へ突入する準備とも言える中ではエネルギー分野を重点的に政策の柱にすべき所もできてきます。二千七年時点では世界の二酸化炭素排出の総量に百九十億トンのうち日本のCO2排出量は十二億トンほどで中国六十億トン、アメリカ五十八億トン、EU二十七カ国の三十九億トン、ロシア十六億トン、インド十三億トンに次いで世界の地域・国の順番で第六位です。ガス排出量が国別では五位でありながら経済規模では世界第二位だと言うことを見れば、日本の社会はエネルギー効率のよい経済社会を形成していると言えます。すなわち世界のガス排出量の4%程で世界のGDPのかれこれ14%程を生産しているからです。それを具体的に示す数値が二千九年十月十六日の朝日新聞朝刊に載っていますが、GDP1000ドル当たりの二酸化炭素排出量の国際比較では日本はドイツやイタリアとほぼ横並びの0.25トンでそれよりも低いのは英国とフランスですが、中国は2.25トンほど、ロシアは1.8トンほど、南アフリカは1.4トンほど、インドは1.48トン程などとなっています。そしてこの数値が低い国ほど温暖化を深刻に受け止めているという傾向が強く表れています。ただし、一人当たりの二酸化炭素排出量で見たときには日本はオーストラリア、アメリカ、カナダ、ドイツに次ぐ位置にあり、中国は日本よりも低い英国やフランスをも下回る位置に存在しています。確かに日本は経済規模が大きいわりにはエネルギー効率が比較的によい社会だとは言えてもエネルギーの安全保障の面では日本は非常に脆弱と言ってもいいようです。先の「環境戦略」の記事には、エネルギー自給率の極端に低い日本は、天然ガスの供給をロシアに頼っているドイツ以上にエネルギー確保に不安を残している。再生可能エネルギーの占める割合を増やすことは、エネルギー安全の面でも大きな貢献をすることになる。民主党のマニュフェストには[一次エネルギーの総供給量に占める再生可能エネルギーの割合を、二千二十年までに10%に引き上げる]とあるが、産業育成をにらみつつ、速く実行計画に移してほしい。世界中の先見の明のある政府や企業は、再生可能エネルギーや電気自動車が大きなビジネスチャンスを生み出し、さらにこれに定着型の二次電池によって電気が貯められることが加われば、一種の産業革命が起きるであろうと予想し、積極的な活動を行っている。環境問題は産業と経済に新しい方向性を与えるものだ。」とあります。これまで経済か環境かと二律背反するもののように語られてきては居ましたが、環境と両立できる技術が芽生え始めたわけですからそれがビジネスへと結びつくところが生まれてきたわけです。アメリカは原子力発電や火力発電をハードエネルギーと呼び太陽光発電や風力発電などの再生可能な自然エネルギーをソフトエネルギーと呼んで双方を組み合わせる形で電気自動車の蓄電池をも組み込んで社会インフラを整備しようとしています。そのためにはGEや電気のやりとりをインターネットで管理するソフトを開発するグーグルといった異業種にタッグを組ませて参入させ社会全体の構成を形成するというアメリカならではのアイデアと言える部分もありますが、スマート・グリッドと呼ばれるこのアイデアは画期的とも言えるものです。アメリカにある技術や日本から輸入した製品などを組み合わせて一つの社会インフラを作り上げようという考えの背景には民間のシンクタンクの優秀な頭脳があるのかも知れません。グーグルなどは検索サイト最大手と言われるいわゆるサービス産業すなわち第三次産業の分野の企業でありながら、ハードの中に組み込まれるソフトウエアの開発なども手がけるとなれば第三次産業と第二次産業の間の2.5次産業とも言える分野を受け持つことにもなります。そのような社会の有り様まで含めたアイデアを出すというのは単品の製品の製造にかけては世界でも一流と言える技術を持つ日本が最も不得手としている部分とも言えます。個々の製品の特長を活かしながらそれらを組み合わせて社会全体を構想する力はアメリカの方が日本よりも勝っていると思えます。アメリカが自然エネルギーに力を入れるのは単に環境問題だけの理由からばかりではなく産油国のアラブ世界の影響力から逃れるためという政治的理由もありますが、日本にとっては国際社会の中におけるエネルギー価格の激変から逃れることと地方経済の活性化という少なくとも二つの理由は挙げることができるでしょう。政権を取った民主党の政策に対して野党となった自民党からは成長戦略がないとの批判が出ていますが、環境とエネルギーの分野はこれからの日本の成長戦略の柱の一つに据えることができる重要な分野だと考えられます。 そのような大きな流れの中にある日本経済ですが、日本の社会の経済的な構造で深刻化しているのが貧困の問題です。日本の相対的貧困率は二千七年度時点では15.6%となり、国際比較の準備ができている二千四年度では14.9%でメキシコ、トルコ、米国に次いで世界で第四位の高さとなっています。相対的貧困率とは「所得を世帯人数に振り分け高い順に並べた真ん中の所得の半分に満たない人が占める割合」と定義されていますが、この数字からしても日本は世界の中でも貧困世帯の割合が高い国になってしまっています。これは二千九年十月二十日の朝日新聞夕刊に掲載されていますが、一人親家庭の子どもの貧困率が問題となってもいます。このことは二千九年版の経済財政白書でも示されていることで、民主党に政権が移ったことによる子ども手当の創設などによってどの程度貧困率が緩和されるのかです。また貧困率とも関係してきますが日本国内の雇用の場をどのように作り出し経済をどのように成長軌道に持って行けるのかもこの時点での重要な課題です。すなわち成長戦略としての産業を何におくのかです。農業分野では農家への個別所得保障が行われますが、食べて行ける農業、またそこからさらに儲かる農業へ転換させて行くにはどうしたらよいかを考えることも必要になることでしょう。農村部や山村部においても雇用の場が生まれるような状況になれば都市にばかりに人口が集中する趨勢にも幾分かのブレーキを掛ける事が出来るようになります。しかし全国の有効求人倍率のデータを見る限りにおいては都市部それも大都市圏に人が吸収されてしまうことが当然と言えるのが現状です。そして二千八年九月のリーマンショック以後日本では製造業を中心に非正規社員などの大量解雇による失業の問題が深刻化していますが、アメリカの金融危機によって日本の富裕層も痛手を受けたようです。二千九年十一月十二日の朝日新聞朝刊の記事によれば三月時点での調査結果として、日本国内の富裕層が所有する個人金融資産の評価額が三割程度減少したと記されています。保有資産が三千万円未満の世帯では金融危機の前とあとでの保有資産の目減り額は十六%程度なのが一億円以上の世帯では三十一%の減少だったとされます。金融資産などを保有することがかなわない低所得層は金融資産が減ると言う心配はなくとも雇用を打ち切られる不安におびえ、生活して行くのには心配がない富裕層はため込んでいた金融資産の目減りに不安を抱くといった様相です。また、一般勤労者にとっては二千九年の大企業の冬のボーナスは業績の悪化に伴って千九百五十九年の調査開始以来最大の下げ幅である十六%減の平均で七十四万円になるとの記事が二千九年十月二十九日の朝日新聞朝刊にあります。また十一月十四日のNHK総合の夜七時のニュースでは二千九年冬のボーナスが三十万円台に落ち込むとの報道がありました。先の額は大企業の場合のものであとの数字は全産業の平均と言えるかも知れません。日本経済全体が縮小均衡に突き進んでいると言えます。この経済の縮小傾向が縮小しきったのかそれともまださらに縮小するのかの見境がつきかねるデータが二千九年十月三十日の朝日新聞夕刊に載った二つの経済記事です。一つは九月の有効求人倍率が0.01ポイント改善して0.43倍になり、失業率も0.2ポイント改善して5.3%となって幾分雇用面では底を打った感が出てきたのかと思われる反面、もう一つの記事では九月の全国消費者物価指数が2.3%下落して過去最大の下げ幅となったことです。日本経済はデフレに陥っていると言えそうですが、雇用面から日本の総所得が上向いてこない限りその傾向きは続くと言えるのでしょう。では日本国内での雇用の受け皿となるのは何なのかと言うことになります。二千九年十月三十一日の朝日新聞朝刊に載った主な産業への従事者数のグラフでは、製造業は千九百八十二年時点では千四百万人ほどだったのが九十二年には千六百万人ほどとピークを迎えましたが二千七年には千百万人台まで落ち込みました。建設業は千九百八十二年時点では六百万人ほどだったものが九十七年には七百万人へとピークになりましたが二千七年には再び六百万人へと減少しています。農林漁業は千九百八十二年の六百万人から一貫して下落が続き二千七年には三百万人程へと半減するほどの落ち込みです。医療福祉は新しい産業分野ですが二千二年には五百万人そして二千七年には六百万人ほどとなっています。雇用者数が減少しても生産高の水準は維持できているとするなら一人当たりの生産性がそれだけ上がったことを意味しそれはそれでよいことのはずですが、生産性が上がることによって生み出された余剰人員の雇用の受け皿が新たに生まれ出ないと失業者が増える結果になります。一人当たりの生産性が上がり余剰人員となった人達にも雇用の場があるというのであれば賃金も大きく下がると言うことにはなりません。しかしそうでないと生産性が上がった分野の産業の財やサービスの購入者が伸びず売り上げが増えないという結果にもなります。しかし生産性が上がったがために雇用人数が減少したというのならそれはまだましなことですが、農家の高齢化や漁業や農業あるいは林業という産業分野に夢と将来への展望が持てないがために人が離れていったり景気の変動で売上額が減少して否応なく人員整理を企業が迫られた結果で雇用人数が減ったというのならそれはもっと問題だと言えるでしょう。日本の雇用面では依然大きな問題がある中で二千九年七月から九月のGDPは季節変動を覗いた実質で前期比1.2%増、年率では4.8増と二期連続でプラスになったと二千九年十一月十六日に政府が発表しましたが、それ以前には二期連続で二桁のマイナスを記録していたわけですから急回復と言えそうな数字です。しかしこれがすぐさま雇用へ結びついてくるかと言えば政府の景気対策と外需に依存する部分が大きく未だ日本経済が力強い回復過程に入ったとするのは時期尚早のようです。個人消費は前期比0.7%増と二期連続のプラス、企業の設備投資は1.6%増と二千八年一〜三月期以来六期ぶりのプラスとなりましたが公共事業は1.2%減と五期ぶりのマイナスとされます。個人消費が幾分上向いたとはいえ冬のボーナスの減少などを考えると個人消費が大きく上向くとも思えませんし設備投資も外需を当てにする以外それほどの需要を見込めないとしたら設備投資だけを急増させるわけにも行きません。日本の雇用不安は二千十年春の新卒大学生の就職内定率の低さにも表れています。二千九年十一月十九日の朝日新聞朝刊の記事によれば大学新卒者の就職内定率は62.5%と前年同月期より7.4ポイント低下し下げ幅は九十六年の調査開始以来最大とされています。記事には「これまで、十月一日時点の大学生の内定率のピークは九十七年の73.6%、最も悪かった二千三年の60.2%を底に徐々に改善してきたが、一転して急速な悪化となった。」とあります。就職氷河期と言われた時期に並ばんとする内定率の低下の状態ですが、再びかつての谷間の世代あるいはローストジェネレーションと呼ばれた人達と同じ立場になる学生も増えそうな状態です。 このような状況の中で政府は二千九年十一月二十日に菅直人経済財政相が日本は緩やかなデフレの状態にあることを公式に認めました。それより先にOECDも日本がデフレ状態にありそれは二千十年までは継続するとの予測を出していたところでした。日本の一世帯当たりの年収は千九百九十八年以来ほぼ一貫して減少傾向をたどっています。すなわち二千年代に入ってからは世帯の収入は伸びるどころかむしろ縮小してきていたのです。そこへ二千八年九月にリーマンショックがおき日本は再びのデフレに陥ったというわけです。何かの経済的衝撃が加われば日本がデフレに陥る条件は十分国内に存在していたわけです。しかも二千九年十一月下旬にはドバイの政府系企業の資金繰り不安のためにユーロも値下がりして円の独歩高となり十一月二十七日には瞬間的ながら一ドル八十四円を記録する極端な円高になりました。この円高で輸入物価は下がらざるを得ないわけですから日本のデフレはさらに進む方向への力になってしまいます。また日本の勤労者の給与総額も不況の影響で残業が大幅に減ったことによって十七ヶ月連続で減少しています。これでは物価も上がりようがありませんしこのような状況で原油や穀物などの国際的な資源価格が急上昇し日本の国内物価が上昇してインフレーションになれば日本経済はスタグフレーションに陥ってしまいます。日本の十月の失業率は5.1%で有効求人倍率は0.44倍と依然雇用面では厳しい環境の中にありますが、アメリカは十月の失業率は日本の倍の10.2%で十一月に幾分改善したとは言っても10%と高い水準にあります。アメリカの失業率が10%を記録するのは二十六年ぶりとされます。オバマ大統領は二千十年に入って環境分野すなわちバッテリーや太陽電池の分野の企業に優遇策を講じることで一万七千人ほどの雇用増加を図ると述べましたが、アメリカは二千九年度だけで非農業部門の雇用者の減少数が四百十六万人を超えている状態ですので焼け石に水といった感じでもあるでしょう。それに比べ日本経済が最悪期を脱して幾分か改善傾向になっていたのはそれまでの日銀の短期観測調査でも現れてはいました。二千九年十二月十四日の朝日新聞夕刊にはそのことが紹介されていますが、その記事の下にはアメリカの経済学者P.サミュエルソン教授が九十四歳でなくなったとの見出しもでています。大恐慌以来の経済変動に見舞われている時期に、それまでマネタリズムが勢力を増し財政出動をするケインズ的手法が退潮傾向にあるかに見えていたのですが、それが再びサミュエルソンの唱える市場経済とケインズ経済学をあわせた新古典派総合と呼ばれる「混合経済」が見直され始めた矢先の訃報とも言えます。少なくともリーマンショック以後のアメリカ経済はマネタリストの唱える金融の操作だけでは乗り切ることができないものだとも言えるでしょう。金融部門への対策だけでは雇用が生まれる可能性はさらに低くなってしまうからです。冷戦時代の米ソ二大経済圏に分かれていた時代には、共産圏には失業者がいないと言うことが資本主義圏の経済に対する社会主義ないしは共産主義体制の優越を印象づける最大のものでした。そのためアメリカにとっては失業者が増えることは社会主義や共産主義がはびこる土壌ともなるので雇用統計は最大限神経を使わざるを得ない経済指標だったわけです。そしてソ連邦は崩壊し共産主義一党支配の中国も市場経済を取り入れるようになってはいますが、皮肉なことに資本主義市場経済が世界的な勝利を収めたかに見えるようになってから初めて新自由主義市場経済は大きなつまずきをきたしたと言うのがリーマンショックでした。資本主義社会が時として大量の失業者を生み出してしまうという欠陥は未だ克服されていたわけではなかったと言うことが明らかとなりました。またアメリカの二割の富裕層の消費がアメリカの個人消費全体の四割を占めているという貧富の格差が付いたいびつな社会の形も資本主義社会の欠点と言えるのかも知れません。日本経済は最悪期を脱したとは言えても二千九年十一月の日本の失業率は0.1ポイント悪化して5.2%となっています。日本経済には二番底の恐れもささやかれるような状況が続いていると言えます。また消費者物価も1.7%下落し九ヶ月連続のマイナスとなったと同じ紙面にあります。そして二千九年十二月二十四日の朝日新聞夕刊には大企業の十〜十二月の景況感がマイナス1.9とマイナスに転じたとあります。日本経済が縮小均衡に陥りかねない姿です。二千九年の日本の事故死者数は五十七年ぶりに五千人を下回ったとされますが日本の自殺者の数は十二年連続で三万人台が続いています。全国で自殺者の多い自治体の順位は一位東京、二位大阪、三位神奈川だそうですがこれは地域内の食糧自給率の低さの順位と符合しています。交通事故での死者が減った背景にはエアバックやシートベルトなどの安全装置が普及したことなどもあると言われます。経済苦での自殺者を減らすのには社会の中に経済変動に伴う経済的衝撃に備えた安全装置を用意しておかなければならないとも言えるでしょう。日本の自殺者が増えることはそれでなくても日本は人口減少社会に入っているわけですからそれだけ日本の人口減少を早める結果になってしてしまいもします。 そのような中で二千九年十二月には二千十年度の予算案が発表されました。九十二兆三千億円という過去最大の予算案になり国債の発行額四十四兆三千三十億円で税収は三十七兆三千九百六十兆円と国債発行額が千九百四十六年以来六十三年ぶりに戦後初めて税収を上回る額となり借金財政の姿が浮き彫りとなった形です。あたかも戦後すぐの敗戦で日本経済がずたずたになったどさくさの時代に近いとも言えるのかも知れません。税収は千九百八十四年以来二十五年ぶりの低さで国債発行額は過去最大、また公共事業の削減割合は18.3%とこれも過去最大、地方交付税なども十七兆五千億円と過去最大になっています。「コンクリートから人へ」という民主党の方針によってこれまでの自公政権から大きく方針転換する姿と言えますが、これがどれだけ経済を浮揚させ次の景気上昇に繋がって行くのかです。すなわち次なる産業の成長セクターを探し育てて行かなければなりません。そうしないと雇用が生まれてこないからです。こども手当や高校の授業料無償化などは教育産業にとってはプラスと言えますが、社会全体にとっては環境・エネルギー分野の産業なども強化する必要があるでしょう。産業が国際競争力を含めて強化され多くの収益を上げることで法人税を増やし社員の報酬も上がることで所得税や消費が活性化することで消費税収入が増えてもらわないことには国の借金を減らすすべがないからです。こども手当や一人当たり十一万八千八百円の高校の授業料実質無償化などで幾分か人材の育成部分に光が当てられたとしても、育てられたあとの行き場すなわち職場がなければ余り意味を持ちません。そのためにもこれまですでに社会人として働いている人達が新規の製品の発明や新たなるサービス分野の開拓など極力知恵を発揮してもらわなければならない局面が生まれています。日本経済は苦しんではいますが、苦し紛れの中からどんなものを生み出せるのかが問われてもきます。経済環境が順調なときにはそれほど工夫しなくてもそれなりの利益を得ることができはしても、苦しい環境の下では最大限の工夫などをしなければやって行くことができません。それは行政も会社もあるいは各家庭や個人でも同じことです。大手企業が持っている休眠状態の特許を中小企業に紹介して新製品を生み出す仲介業の動きなども神奈川県川崎市などで行われ始めているようですが、大手・中小を問わずオールジャパンで活動して行かないと物作りで存在感を増す中国やインドと対抗して行くことも難しくなります。日本の産業が空洞化すれば国内の雇用もそれだけ減ってしまうからです。そしてデフレの中で賃金も上昇しない生活が続いているとは言っても、ひょっとしたら生活の質は上げることができるのかも知れません。例えばパソコンやデジタルカメラのように、かつての価格と同じかむしろ安くなっていながら性能や機能は上がっている工業製品はかなり存在しているからです。パソコンやデジタルカメラよりも遙かに高額ではある太陽光発電装置などもその一つでしょう。かつてよりも値段はそれほど上がっていないのに発電効率はかなり向上しkw/時の価格は下がっています。すなわち様々な産業分野が技術革新することで実質的な生活の質を充実させ向上させている部分があります。バブル経済の最中のようなカネガサばかりで実のない経済ではなく、ばかげて高額ではない商品でありながら以前よりも品質が向上したりサービスが向上したりすれば賃金面で苦しい生活だとは言っても生活の質を充実させる努力をすれば生活の質はそれほど低下させることなく生活することは可能な部分もあります。消費者がお金の使い方を工夫するようになれば生産者も財やサービスの生産の工夫をし始めることもあることでしょう。消費者が頭を使って商品の選択の目を厳しく絞り込めば生産者の方も最大限頭を使って消費者に選択してもらえる財やサービスを考え出さなければならなくなるからです。二千九年十二月時点では消費者意識が二ヶ月連続で悪化していることが二千十年一月二十日の朝日新聞朝刊に載りました。「暮らし向き」「収入の増え方」「雇用環境」の指標がボーナスの減少や失業率の高止まりなどで低下したことが大きな要因とされ、消費者の意識面での警戒感は大きくなっているようです。 このような経済情勢の中では多くの人達はリスクを回避する行動を取り積極的にリスクテイクはしたがらなくなります。そのため自ら起業したり転職したりする行動は控え安全策を求めて動くと言えるでしょう。二千十年一月十七日の朝日新聞朝刊には九十七年から二千九年までの三年毎の野村総研が行った調査結果がグラフで示されていますが、起業してみたいという人の割合は年を追うごとに低下しています。記事には「安定志向が強まっている。」とありますが安定よりもむしろ安全な道を探っているといった方がよいようです。「起業したいと思う」あるいは「どちらかと言えばそう思う」人の割合は九十七年には五割ほどに達していましたが二千九年時点では三割五分ほどに落ちています。転職を考えていない人も六割とのことです。冒険を嫌っているまたは冒険ができる状況ではないと多くの人が思っているのかも知れません。また学歴を重視する傾向も強くなっているとのことです。経済が順調に推移しているときには実力で勝負だと言っていたはずのものですがひとたび不況に見舞われると学歴が頭をもたげるといった状態とも言えそうです。ただ不況の中で廃業する人達が増えしかも起業する人の数が減れば雇用者数はそれだけ減少せざるを得なくなります。そのような中で安全志向を人々が選んだとしてもそれで安定が確保できるかどうかは不透明でもあると言えるでしょう。起業意識が低下していると言われる中に於いてではあっても最も起業意識が高い年代は三十代との調査結果ですが、この時点での大量退職者である団塊の世代がサラリーマン時代の退職金を元手に事業を興したり年金暮らしに入ったあとでの生活として現役時代に培った知識や技能を活かして自営の道を選ぶ人達が大勢出てその仕事が軌道に乗ってくれば、その部分での雇用は生まれ出るかも知れません。しかしそれが家族経営的な家内制生産の範囲にとどまってしまえば家族分の失業は幾分減らせても大きな雇用の場を形成することにはならないとも言えるでしょう。この時点で多くの人がリスクテイクを嫌っていることとも関連するかも知れませんが、日本の若い世代が海外留学を避けていることが明らかになっています。二千十年一月六日の朝日新聞朝刊に載ったグラフでは、アメリカで学ぶ留学生の数が日本は九十七年に五万人程度のところで中国に抜かれ九十九年頃にインドに抜かれ二千年時点で韓国にも抜かれています。二千八年時点ではインド・中国が十万人前後で韓国は七万五千人ほどであるのに対し日本は二万五千人ほどでしかありません。日本は若年層の人口が減っているとはいえアメリカへの留学生の数はその減少率よりも大きな幅と言えます。アメリカ留学がなぜ重視されるかと言えば、語学面でのことはもとより今もってアメリカは多くの面で先進的な知識や技術の開発数が多いことが考えられるでしょう。この留学生の数の違いは各国の経済の勢いの違いが表されていると言ってもいいのかも知れません。二千九年度では中国のGDP成長率が8.7%と発表され、日本のGDPがまだ発表されていないので定かではないにしても日本のGDPと中国のGDPとの差は僅差になっていると考えられます。二千十年一月二十一日の朝日新聞夕刊で紹介されているグラフでは中国はすでにドイツを抜き四十年間世界第二位の経済大国の座にあった日本を追い抜きつつある状況で、GDPの成長の勢いはアメリカをしのぐものとなっています。中国はアメリカがリーマンショックで車の販売台数が落ち込んだために車の国内販売台数が世界トップとなり、外貨準備高でも世界一を達成しています。日本は台頭する中国・インド・韓国などの間で徐々にその影を薄くしつつある状態と言えるでしょう。二千九年度は日本がかろうじて世界第二位の経済大国の座を守ったにしても二千十年度にはその座を中国に明け渡すであろうことはほぼ確実と言ってよいでしょう。日本が国家意識をいくら鼓舞してもこの経済面での勢いの差を埋めることは難しくなりつつあるのは明らかでしょう。日本人が好むと好まざるとを問わず中国そしてインドなどが大きく国際社会の中でその存在感を増していることは否定できなくなりつつあります。日本のGDPの伸び方はバブル経済までは好調であったと言えますがそれ以後はきわめて鈍い状態が続き、リーマンショックで一時的落ち込んだかに見えるアメリカはそれまでは経済規模が世界最大でありながらも大きな伸び率を実現してきていました。日本とアメリカとの経済規模の差はバブル経済の絶頂期に於いてはアメリカが日本の1.5倍でしたが二千九年末の時点ではアメリカは日本の2.8倍ほどに達していて規模の差は開くばかりの状態です。日本は自らが落ち目になってきていることへの心理的な反応として国家主義に走るのではなくどのようにしたら自らの経済的な成長を回復できるのかを真剣に考えた方がよいようです。単に国威発揚をしてみたところで経済的な成長を高めることはできない状況だからです。国に誇りを持つにしてもどうしたら誇りが持てる国にして行けるかを考えるのが先というものでしょう。日本経済にとってはバブル経済の失敗が未だに尾を引いていると言えなくもない状態のところにリーマンショックが加わったので、如何に日本経済の構造転換を行い成長への道を探って行くかを課題にしなければなりません。リーマンショック後には日本ではJALが二千十年一月十九日に会社更生法を申請し負債総額は二兆三千二百二十一億円と戦後最大の経営破綻となりましたが、その姿は私にはあたかもバブル崩壊時の山一証券の破綻の姿にも重なって見えてきます。日本経済の再びの大きな動乱期とも言えそうですが、これらの動きのあとにいかなる経済社会を用意すべきかはかなり頭を使った上で導いて行かなければならない部分があるでしょう。多くの人がバブル経済崩壊後に「ピンチはチャンスだ」との言葉を発してはいても、実際にはピンチの時には多くの日本人は守りに入ってしまいチャレンジすることを渋っているのが実情なのではないのでしょうか。バブル経済崩壊後にはライブドアーや楽天などのIT産業が注目を集めましたが、リーマンショック以後の日本経済にとっての旗手はいったい何になるのでしょうか。デフレ経済の雄と呼ばれるUNIQLOのファーストリテーリングが覇者でしょうか。それとも新たなる産業分野がこれから台頭してくるでしょうか。本来ならエコポイントや減税そして補助金などの行政からの後押しなしに各産業が自立的に成長できるのが望ましいとは言っても不況の中では行政が産業の進むべき方向を財政面で示して行かざるを得ない部分があるのは仕方ないことと言えます。 二千九年度の年間平均の失業率は5.1%で悪化幅は前年を1.1ポイント上回って過去最悪、有効求人倍率も0.47倍と過去最低を記録しています。雇用調整助成金などの公的な支出の支えを外した場合の日本の実質的な失業率は十三%に達するだろうとの見方もあります。車の生産も大手八社合計で国内生産は767万台と30.4%の減少で過去最大の下落幅です。住宅着工数も四十五年前の水準まで落ち込み、日本経済はガタガタと総崩れの状態になっていると言えます。しかもアメリカのGMを抜いて首位の座を勝ち得たかに思えたトヨタはGMがリーマンショックで会社更生法を適用されたあとの二千十年二月には大量のリコールを行いそのブランド力が大きく傷つくと言う事態になりました。このような状況の中でいったい日本は何を切り札にして行けるのかです。人一人が社会の中で生き延びて行くのにも何を自分の切り札にするのかは重要なことですが、国のレベルでも当然何を切り札にして行けるのかは重要な要素になってきます。これまで日本は物作りの技術が売りでしたがその信頼性が揺らいでしまうことは科学力ないしは技術力以外にさしたる切り札がほかにあまりない日本にとっては致命傷にもなってきます。この時点での日本の国際競争力は二十二位、一人あたりGDPは世界二十三位とされます。経済規模は世界第二位あるいは中国がその座を奪っても世界第三位だとはいっても日本経済の底上げを図らなければならず決して安閑としてはいられない状態になっているといえるでしょう。日本がITを切り札にしてゆこうにもアメリカのグーグルはすでに時価総額が日本のトヨタの1.5倍であり、マイクロソフトもアップルもグーグルよりもさらに時価総額は大きく、そしてIBMもあるいはインテルも日本としては見くびったりは決してできない存在であるはずです。果たしてそれらに対抗できる日本のIT関連の企業は存在するのかを考えなければなりません。日本がIT分野でアメリカをしのいでいるのはブロードバンドの普及率くらいといえるのかもしれないのです。電子製品の日本の国際競争力は八十年代頃は世界第一位だったのが二千年代に入った時点ではすでに世界十九位にまで落ち込んでしまっています。日本が「ハイテクの国」というイメージは下手をすると過去のものになりかねないといった状態です。また経済規模は日本よりも小さくとも日本の個々の人たちよりも豊かな生活を営んでいる人たちは世界には多いともいえるはずです。日本経済の中で比重を増してきているサービス分野の生産性や事務職を含めたホワイトカラーの生産性そして流通部門の生産性の向上も図らなければならないでしょう。そのためには人・モノ・カネの生産資源をどのように配分すればそれが達成できるのかを考えなければならなくなります。国のレベルにおいても地方行政の場面においても、また大企業・中小企業を問わずすべての民間企業においてもそれはいえることです。あるいは家庭の中でもそれは必要になるのかもしれません。省ける手間と省いてはいけない手間の選り分けをして生産活動や生活をしてゆく必要が生まれてきます。様々な場面で個々の人が工夫する余地をもっと増やしてくかなければならないということですが、そうしない限り少子化の影響でマーケットが縮小に向かう日本では個々の人たちが豊かになれる道がないことになるからです。効率化できる部分は最大限の効率化をして一人あたりの生産性を上げてゆかなければなりません。分配の問題は一人あたりの生産性が上がってからの問題ともなります。そして二千九年は冬のボーナスが平均で四十万円を割り込み9.3%の減少となったと二千十年三月三十一日の朝日新聞夕刊の紙面にあります。比較可能な91年以降で最大の下落幅だそうです。平均支給額で最も低かったのが飲食・宿泊業で36.8%減の六万七千四百二円、最も高かったのが電力・ガス業で5.1%減の八十一万八千九百二十三円、雇用者数の多い製造業は14.8%減の四十三万七千四百六円とされています。この数字からみられることはいかにサービス部門の給与は低いかです。日本のサービス分野の比重が高まっているとはいってもその部門の給与が低いとすればその分野の人々の消費も少なくなります。デフレスパイラルのさなかに日本経済が存在している姿ともいえますが、二千十年二月には製造業の残業時間が前年比54.6%増となり、比較可能な91年以降で最大の増加となりリーマンショック後どうにか底から這い出しそうな経済指標もいくつか見え始めたとはいえ、大きな経済変動の余波は依然として重くのしかかっているといえるでしょう。リーマンショックが幾分か和らいだかと思えるデータの一つが東京証券取引所の平均株価の上昇です。二千九年四月の段階からかれこれ一年で日経平均は八千円近辺から一万一千円へとかれこれ36%上昇してきました。しかし雇用情勢は依然として厳しい状況が続いていて景気が上向き始める兆しが見えるとはいえそれが雇用にまで波及してくるのにはもう少し時間がかかりそうだといえます。二千十年春(二月)の時点での大卒内定率は八十%と前年同時期よりも6.3ポイント減と比較できる二千年以降で最低となりました。そして二千十一年度の予想では、主要企業百社のうち採用を増やすとしている企業は十五社、前年並みが四十八社、減らすは二十一社、未定が十六社と二千十年三月二十八日の朝日新聞朝刊にあります。十年よりも幾分改善の模様がみられとはいっても依然として雇用情勢は厳しいままだといえます。消費者物価の方は一月時点で1.3%下落して十一ヶ月連続して前年割れであり、下落幅は幾分改善し始めているとはいってもデフレ経済から日本は脱することができていない状態です。このようなデフレ状況の中では企業も積極的な人員の採用に踏み出せない条件下にあるともいえます。日本はバブル経済崩壊後からこの時点に至るまでに国際的な地位が相対的に地盤沈下している状態といえます。かれこれ二十年に及ぼうとする日本経済の沈滞をどのように突破し新たなる時代に飛躍してゆけるのかを考えなければなりません。この二十年間で日本国内の経済的な状態は大きく変化してきました。バブル崩壊後には「価格破壊」と呼ばれる状況が生まれ、それまで寡占状態であったビールの値段などの寡占価格も小売店の力によって引き下げられる状況になりました。また海外メーカーとの国際的な競争にもさらされ日本国内の経済構造は確実に変化させられた部分もあります。製造業は円高不況以来三十年間にわたり海外に製造拠点を移す流れが定着し国内産業の空洞化も生まれてきていますし製造業内部では合併や買収などの様々ら動きが出てきています。それ以前の千九百七十年代のオイルショック時点には日本の自動車輸出の急増によるアメリカとの貿易摩擦で日本の自動車メーカーはアメリカに生産拠点を作るということも起きていました。そして二千年代に入ってからは自動車産業をはじめとして国際的な再編制の動きも生まれそれ以外の電気産業分野なども勢力図が国際的に変化してきています。そして日本の製造業が日本国内での雇用を増やせない状況の中で日本国内では他の産業に比べて低賃金であるサービス部門が雇用の受け皿となって肥大化するという形にもなりました。サービス部門の賃金がなぜ低いのかといえばサービス部門の生産性が低いことに他ならないのが最大の理由といわざるを得ないのかもしれません。どのようにすれば農業や林業なども含め生産性の低い産業の生産性を向上させられるのか、また新たな産業をどうやって国内に生み出してゆけるのかを本気で考えてゆかなければならない状態に日本は立ち至ったともいえるでしょう。それでなくとも日本はベンチャー企業が生まれにくい土壌であり、不況の波にもまれればなおさら多くの人は安定志向・大企業志向を強めてしまい新規の業態に自分の就職先を求めようとはしなくなってしまいます。投資資金も安全を求めればベンチャー企業には回ってきません。ベンチャー企業としては人と資金が集められないということになってきます。産業の種や芽だけあってもそれを育てる土壌がないことになります。雇用のミスマッチを是正すれば幾分かは失業率も低下させることができるかもしれませんが、国内には失業者がいるにもかかわらずそれらの人たちが働きたいと思わない企業は海外の人材を当てにしなければならなくなります。二千十年の時点では現在働いているか職を探しているかの働く意欲のある女性の数が二千七百七十一万人と過去最高に達したと四月十一日のテレビニュースで報道されました。夫の給与が増えなかったりむしろ減ったりあるいは解雇の危険性があるといえる状況の中で、妻たちがリスクを回避するために自分も働こうという選択をしている結果ともいえます。そのため職場の中に女性が占める割合も過去最高の状態となっているそうです。女性たちが職業に就こうとするときに問題になるのが自分が働いている間子供を預けておける場所ですが、多くの女性が職場に向かおうとする動きを強めたがために待機児童の問題が大きくなりもしました。また日本の社会の中が流動化し始めたのと時を同じくして政界も流動化の動きが生まれています。自民党政権から民主党政権に移っても相変わらず政治とカネの問題が噴出し普天間の問題も見通しがなかなか立たない中で、それをチャンスに変えることができない自民党執行部にいらだった議員たちが離党し二つの新たな生徒が生まれ、地方行政の長たちにより新党なども旗揚げされる状況となりました。そのような流れが生まれるわずか前の二千十年二月の時点では百貨店もスーパーもどちらも小売業界の売り上げの落ち込みがみられていて、幾分か消費が盛り返してきているという数字が出てきてはいても未だにデフレの動きは収まっているとはいえなさそうです。二千十年四月十四日の読売新聞朝刊の記事では、二月の百貨店四社の売り上げは衣料品が14.6%〜11.7%の大幅な減少を記録し高額宝飾品・家具などの売り上げも落ち込んだことが原因とされます。千九百九十一年頃には九兆七千億円以上あった百貨店売上額は二千九年では六兆五千八百億円ほどにまで低下しています。同じくスーパーそしてコンビニも衣料品の不振や客単価の落ち込みで営業不振に陥ったためだと二千十年四月十五日の読売新聞朝刊にあります。少なくともバブル経済崩壊からこの時点に至るまでの日本経済は、それまで続いてきた戦後の日本経済の経験則が役に立たない経済の動きになってきています。 戦後の日本経済の経験則とは違ってきたことを象徴するものの一つが日本の最大の輸出先相手国がそれまではアメリカだったところから二千九年度には中国へと変化してきたことでしょうか。財務省の貿易統計で二千八年の貿易赤字から二年ぶりに二千九年度は日本は五兆二千三百三十二億円の貿易黒字へと戻りましたが、中国への輸出額は十一兆三千百十六億円で米国向け輸出額は九兆三千四百九十三億円隣、年度単位で初めて輸出相手国として中国がトップになったと二千十年四月二十二日の読売新聞夕刊にあります。中国のGDP成長率は二千十年一〜三月期は11.9%増と二期連続で二桁を記録していることが四月十五日の同紙夕刊で報じられていて、二千十年度には中国がGDPの規模で日本を抜いて世界第二位の経済大国になることはほぼ間違いないように思える数字です。千九百七十年には日本が世界第二位の経済大国になったことを内外に披瀝する出来事として日本では最初の大阪万博が開かれましたが、二千十年に中国が世界第二位の経済大国にならんとしている四月三十日には中国では上海万博の開幕式となっています。またIMFへの出資比率もアメリカ・日本に次いで中国は前年の第六位から第三位となりその発言権も強まったと二千十年四月二十六日のNHKのBSニュースで報じられました。G7もその役割をG20に譲る動きにもなりつつあり、国際的な役割を新興国が担い始めているともいえます。ただ、二千十年四月十六日の読売新聞朝刊の記事では中国のリーマンショック以前の二千八年一月頃は不動産の上昇率が11%程で一般物価が8.7%程の上昇ですが、この時点での経済状態は一般物価の上昇は2%程とそれほどではないのですが不動産価格が12%程に上昇して一般物価と不動産価格との上昇率の乖離が大きくなっており日本のバブル経済の時によく似た状況になっています。日本においてもバブル経済の時には一般物価の上昇はそれほどでもなかったので日銀は金融の引き締めをせずにいましたが地価に代表される不動産などの資産インフレが起きていました。中国がさらに不動産価格の上昇を放置したままバブル経済へ突き進みそれが崩壊などをすれば、相互の経済的な関係が深まって中国が最大の輸出相手国になっている日本経済にとっての衝撃もそれだけ大きなものになることでしょう。日本は東京オリンピックが千九百六十四年、大阪万博が千九百七十年、そしてバブル経済時点で土地価格が最高値を記録したのが千九百九十二年でした。すなわちオリンピックからバブルまでの時間の長さは日本の場合はかれこれ二十八年ほどかかっていたわけですが、中国は二千八年に北京オリンピック、二千十年に上海万博、それとだいたい時を同じくしてバブル経済に突入するとしたら、中国は日本の十倍以上の速さで日本が経験したことを経験しようとしているようにも思えます。中国が行う残された国家的なすなわち国際的なイベントはといえばサッカーのワールドカップの開催ということになるのでしょうか??中国ばかりでなくインドや他の東南アジアの諸国も経済発展が起きており日本経済がその中でどのような位置を占めるかが日本にとっては重要な問題となってくることでしょう。鉄鉱石、アルミ、原油、希少金属などの資源の争奪戦もこれからさらに起こりうるといえます。二酸化炭素からプラスチックを作ったり鉄の化合物で超伝導物質を作ったりまた鉄の二倍から五倍の強度を持つプラスチックを作り出したりシリコン化合物で鉄の代用品を作ったりする技術などが日本では生み出されていますが、電気自動車に不可欠のバッテリーに使用されたりする希少金属が不足してきた場合などはその代替品を他の金属の化合物からうまく生み出せるかどうかなど材料化学の研究者たちに活躍してもらう必要性も生まれてきます。新素材が開発されたならその用途開発も十分に行う必要が生まれてきます。そして日銀は日本の成長戦略を後押しするために環境・エネルギー分野に低利融資を行う方針を打ち出しました。二千十年五月一日の読売新聞朝刊の記事では、環境・エネルギー関連の研究開発や設備投資などの融資をする金融機関に低利の資金供給をするということです。環境分野とエネルギー分野は相互に密接な関連を持っており、また二十一世紀において重要な産業分野となりうることを考えれば妥当な方針だと私は思います。石油・石炭などの化石エネルギーに代わるエネルギー源や水資源の問題、空気中の二酸化炭素を除去する技術など環境やエネルギー関連の分野は多岐に及びます。エネルギーの生産や消費を制御するシステムのためにはIT技術も当然ながら必要になってきます。また空気中の二酸化炭素を吸収する割合が大きな植物や乾燥地ややせた土地でも育つ植物などを開発するためにはバイオテクノロジーの研究者にも活躍してもらわなければならないかもしれません。革新的な技術を生み出せばベンチャー企業にも展望が開けることもあるでしょう。その分野の研究者たちにはやりがいのある条件が整うことになるかもしれません。アメリカではこれまで利用方法がなく厄介者であった劣化ウランを核燃料に使用する方法を開発したベンチャー企業と、その利用に適した原子炉の方式を採用している日本の東芝とが技術提携をしてもいます。劣化ウランはアメリカには大量に存在しているとのことで、かなり膨大なエネルギーが生産可能になるとのことです。劣化ウランなどは冷戦時代にアメリカと対抗して核開発競争をして旧ソ連圏にも存在していることでしょうから、ロシアなどにも導入してもらえる技術なのかもしれません。いかなる分野であれ革新的な技術やアイデアを生み出すベンチャーが誕生すれば、それを活用しようという他国の企業も現れてくるはずです。日本としては自国の技術力を維持向上させながらいかにしてアジアの一般庶民でも購入できる価格の製品を作り出すのかを考えなければならなくなってきています。これまでの日本は平均的に所得の高い欧米に照準を合わせたモノ作りやサービスの提供を展開してきていましたが、アジアの新興国が大きく世界に登場し始めることで欧米一辺倒の経済運営ではアジア諸国の消費者のニーズに応えることができません。また市場を世界にとっても先進国といわれる国々の人口は少数派に過ぎないので、世界のどこでも売れる商品やサービスは必ずしも先進国で売れるものと同じということにもなりません。先進的な技術開発をしながらもそれ以外の世界で売れる商品の用意もしておかなければならないわけです。発展途上国の人口の方が先進国よりも遙かに多く、また発展途上国の中でも富裕層の数よりも中低所得者の数の方が多いからです。 一方日本では総人口は減少傾向に入ってしまっています。二千十年五月五日の読売新聞朝刊の記事では、日本の十五歳未満の人口は五月一日時点での推計で千六百九十四万人と前年比十九万人減で二十九年連続の減少となっています。総人口に占める子供の割合は13.3%と過去最低で三十六年連続の減少とされます。しかもバブル経済崩壊以後の日本経済の停滞、そしてそれに続くリーマンショックによる世界経済の落ち込みなどによって、日本の自殺者の数は十二年連続で年間三万人以上になっています。二千十年五月十三日の読売新聞夕刊には二千九年度の一年間の全国の自殺者は三万二千八百四十五人となり、人口十万人あたりの自殺者の割合は二十歳代と三十歳代が過去最悪をを記録し失業や生活苦による自殺者の割合が大きくなっているとされています。もっとも大きな割合を占める自殺の理由では健康問題がありますが、その中の最大の理由は鬱病だそうでこれも経済に絡んできている部分もあろうかと思われます。職場の人間関係なども経済状態がよければまだ良好にもなりますが、経済状態が悪化している中では職場の雰囲気にも余裕がなくなりギスギスしたものにもなり鬱病の原因を作り出しかねないからです。日本の総人口が減少し若者の割合も大きく低下している中で東京都の人口は千三百万人を超えています。日本の総人口の一割以上が東京に集中している計算になります。しかも東京の出生率は全国最低ですから、この傾向が続けば日本の人口減少に拍車がかかるといえるでしょう。この東京の人口増加も二千三十年には減少に転じると予測されていますが東京の人口が増えているのは外部からの流入人口によるものと考えられるので、人口の東京への集中を食い止めるには地方の経済を復興させ活性化させてゆくほかに道はありません。地方経済が沈滞してその地域に生活の場と仕事の場が少なくなってしまえば、人々はどうしても大都市部へと移動しながら生き延びてゆく以外に方法がなくなるからです。地方にとっては、どうしたら国にも頼らずまた大企業を当てにもせずに自分の地域を活性化させてゆけるのかという難しい問題を考えなければならなくなりますが、地方が自立してゆくためには一度は通らねばならない問題といえるでしょう。国の公共事業に過度に依存しすぎれば公共事業が削減されたときにはその地域に雇用の場が失われてしまいます。大企業の工場を誘致してもその企業が工場を海外へ移転でもしてしまえば同じく地域の雇用の場はなくなります。小さいながらでも大都市部や海外との接点を持ち全国展開や国際的な企業展開ができる地域企業でも生まれてこない限り常に地方には不安材料が残るというわけです。日本の二千十年四月の失業率は5.1%へと悪化し有効求人倍率は0.48倍となっています。雇用調整助成金や中小企業への対策によって解雇を免れている勤労者の数は百四十八万人といわれています。二千十年六月三日の読売新聞夕刊では一〜三月期の日本の企業業績が11期ぶりに増収増益に転じたとあります。しかし設備投資は依然として12四半期連続でマイナスとなっており、企業業績の回復が設備投資や雇用にまで波及してくるにはまだ時間がかかりそうな状態といえます。日本がこのような状態の一方でアジアの新興国は同時期にインドはGDPが8.6%の伸びを示し中国11.9、シンガポール15.5、タイ12、マレーシアも二桁の成長率を記録していると六月一日の読売新聞朝刊にあります。日本に来日した中国の温家宝首相は日本の財界人との会合の席上で「日本の一人あたりのGDPは四万ドルなのに対し中国のそれは三千七百ドルに過ぎないので、中国が先進国になるのにはあと百年かかる」と述べたと二千十年六月一日の同紙にあります。しかし以前にも述べたように中国の総人口は日本の十倍以上なので中国の一人あたりGDPが日本の十分の一に達しただけで国としてのGDPでは中国は日本をしのぐ経済大国となるわけです。アジア各国が高成長を達成してゆく中で沈滞気味の日本をどのようにすれば再び成長軌道に乗せることができるでしょうか?アジアへ積極的に輸出をして好調なアジア経済に便乗するのも一つの方法とはいえますが、日本国内で新たな製品開発などによるこれまで消費者が手にしたことがなかった商品を作り出す努力も必要となるでしょう。日本では長らく自動車産業が基幹産業の座を占めてきましたが、自動車に代わるあるいは自動車とは別の有望な工業製品の開発が望まれるわけです。日本の一人あたりGDPは千九百九十八年時点では米国に次いで世界第六位でしたが二千八年になると世界第十九位にまで落ちています。米国もトップテンから落ちたとはいえ第十二位です。千九百九十八年時点でのトップテンは一位ルクセンブルク、二位スイス、三位ノルウェー、四位デンマーク、五位アメリカ、六位日本、七位アイスランド、八位スウェーデン、九位ドイツ、十位オーストリアですが、二千八年のトップテンは一位ルクセンブルク、二位ノルウェー、三位スイス、四位デンマーク、五位アイルランド、六位オランダ、七位アイスランド、八位スウェーデン、九位フィンランド、十位オーストリアとなっています。これに各国の付加価値税率(消費税に相当する税率)をあわせてみると、アイスランド25.5%、スウェーデン25%、ハンガリー25%、デンマーク25%、(ノルウェーも25%のようです)フィンランド23%、フランス19.6%、ドイツ19%などとなる(以上の税率は二千十年七月九日の読売新聞朝刊に載っています)のですが、注目すべきはルクセンブルクやノルウェーあるいはスイスなど上位国でありながら千九百九十八年に比べて二千八年には一人あたりGDPがこの十年間でさらに二倍強の高い上昇を示しているのに対し、日本の場合は三万六百九十六ドルから三万八千三百七十一ドルへとほとんど伸びを示していないことです。そしてもう一つの注目点はどちらかというと社会保障が充実している北欧圏の国々の方が総じて一人あたりGDPが高いということです。高福祉高負担の国々がなぜ一人あたりGDPが高いのかは研究すべきテーマとしてもよいように思われます。日本の場合は一人あたりGDPの国際比較の順位が下がったというだけでなく国際競争力ランキングも千九百九十三年のバブル経済直後の世界第一位から二千十年には二十七位へと大きく順位を下げてもいます。日本が上げ潮ムードから下降線へと落ちていった様子は二千二年まで一貫して二十七位程へ順位を下げ二千五年と二千九年に二十位程へと順位を上げたものの再び下降しているといった状態です。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代は遠い過去になってしまったといったところでしょうか。日本は少子高齢化の社会に突入し総人口が減少に転じてゆくのであれば一人当たりGDPを上昇させる工夫をしない限り国単位でのGDPの規模も急激に縮小してゆくことは明らかです。高齢者も健康な人は働けるうちは働いてもらわないと財政が持たないというだけでなく、働く上でも歳をとると作業や動作などの速度がのろくなることは否めないのでそのような中でもGDPを上昇させ生産活動を低下させずにすむようにしなければならなくなります。 日本経済が退潮ムードであることは他の数字からも伺うことができます。千九百八十九年に二十一兆四千億円あった日本の所得税は千九百九十一年頃には二十五兆円程へとピークを迎えましたがその後はほぼ一貫して低下して二千十年時点では十二兆六千億円になっています。法人税は千九百八十九年には十九兆円だったものが徐々に減少し二千六年頃二十六兆円程へと一時的に増加したものの二千十年には六兆円までに下がっています。増加しているのは消費税のみで千九百八十九年の三兆三千億円から二千十年には九兆六千億円へと上昇しています。この二十年間日本経済は意気消沈しズルズル後退を余儀なくされてきていたと言っていい数字です。これは二千十年六月十五日の読売新聞朝刊にグラフとして示されているものです。このような日本経済をどのようにすれば復調させることができるかを考えなければなりませんが、日銀はデフレからの脱却をするために十八分野への重点的な融資を行う方針を二千十年六月十五日に発表しました。融資の総額は三兆円で起業、アジア投資・展開・社会インフラ、資源、高齢者対策、観光、農林水産、防災、保育・育児、雇用人材育成、住宅ストック化支援、地域再生、コンテンツクリエイティブ、医療・介護・健康、環境・エネルギー、研究機関の科学技術研究、事業再編、研究開発の十八分野があげられています。どの分野もこれからの日本経済の成長分野と思われるものへの金融面からの支援として行われるわけですが、この後すぐに七月十一日に行われる参議院選挙を控えて民主党政府は新成長戦略を打ち出しました。やはりここでもデフレ脱却がまず第一の目標ともなりますが、それには環境エネルギー分野での新たな需要が五十兆円、それに伴う雇用が百四十万人、医療介護分野での需要が五十兆円、雇用が二百八十四万人、アジアへのインフラ輸出などが十九兆円、雇用が十九万人、観光事業が十一兆円、雇用が五十六万人などと試算が出されています。環境エネルギー分野や医療介護、科学技術など日銀の金融支援と相互に重なり合っている分野もありますが、政府としてもこれからの日本の社会にとって成長が期待されるあるいは成長させて行く必要がある分野ということになります。科学技術の分野では世界トップ五十に入る研究・教育拠点を全国に百以上作るとか博士課程修了者の完全雇用、官民あわせた研究開発投資をGDP比四%以上にするなどの方針が打ち出されています。日銀の方策も政府の成長戦略もどれもそれがうまく機能して実現できれば日本にとっては幸いなことだといえますが、果たして思惑通りに事を運べるかどうかです。そしてこれらの政策のためにどれだけの財政支出あるいは予算の組み替えが必要となるか、そしてどれほどの税負担を国民がすれば実現できるのかが問題となってきます。政府は法人税を二十五%へと引き下げるという方針を示し、また選挙戦の中では消費税の十%への引き上げも打ち出されています。これまでの二十年にわたる日本経済の低迷状態を考えたとき何をどうすべきかは難しい問題ではあるにしても、少なくともこれまで通りの経済政策では今後の日本の経済成長も国際競争力の維持も期待できなくなっていることは事実です。少子高齢化の影響で日本の総人口が減少し日本のマーケット規模が縮小してゆくなかで、財政を立て直すために増税を行いしかも経済を成長路線にのせることはたとえ国際的な経済環境が良好に推移したとしてもその経済運営は至難の業とならざるを得ないものになります。 消費税に関する国際的な比較では、多くの国では付加価値税と呼ばれるものですがギリシャは二十一%、そのうちで食料品は十%、イギリスは二十%、食料品は非課税、ドイツは十九%、食料品は七%、中国は食料品の軽減税率はなくすべてが十七%、韓国も同じく十%、日本は五%と二千十年六月二十九日の読売新聞朝刊に紹介されています。選挙戦の中で消費税が注目されるのはそれが大衆課税であり誰でもが払わなければならない税であるからですが、そのために「消費税は公平な税だ」との意見も出てきます。しかしながら消費税が逆進性のある税であることは事実であり、そのためにイギリスなどでは食料品が非課税にされたりする複数税制になっているわけです。消費税を含む税制全般の議論といえば、所得税、法人税、資産課税など多岐にわたることになります。どの税をどのようにすることが日本経済全体にとってもっとも効果的で持続可能なのかは熟考しなければならなくなることでしょう。そしてどうしたら税収を増やせるのかと、増えた税収をどう配分すればさらに経済が大きく動き出せるのかも考えなければならなくなります。社会的な再投資と配分を間違えると先行きが大きく狂うことにもなります。日本の法人税はアメリカと同じ二十五%ですが、多くの国々殊に日本の競争相手として台頭してきているアジア諸国はそれ以下の水準なので日本の法人税を引き下げて競争力を回復しようという話においても、果たして法人税が引き下げられることによって企業は経費が減った分雇用を増やそうとするかどうかを見極めなければなりません。また法人税が安くなることで日本へ進出しようとする海外資本が増えるかどうかも重要になります。日本の家電産業などは韓国のサムソン電子などに圧倒され始めていますが、その韓国においてさえリーマンショック後には「夫婦の会話が減った」「夫婦のけんかが増えた」「離婚を真剣に考えた」と答える家庭が増えていると韓国のテレビニュースが伝えてもいます。かつて日本は「日本株式会社」と呼ばれるように政府と企業が密接な協力関係を作って国際競争力を高めて「日本株式会社」とは日本経済成功の代名詞ともなっていたので日本人は日本株式会社と呼ばれることを得意顔にしアメリカからはそれを保護主義と批判されもしましたが、現在ではそれが「韓国株式会社」あるいは「中国株式会社」といった様相にもなってきています。日本のこの時点での課題の一つが日本の低下した国際的な産業競争力をいかにして巻き返せるのかです。日本が国際競争力の点でその存在感を低下させる中で日本でも韓国のテレビ局が行ったアンケート調査と同じ調査をしたらどんな結果が出るのだろうなどと私には思えてしまいます。夫婦の会話が減ったりけんかが増えたりあるいは離婚を考えたりといった水準を超えて自殺までに立ち至るのかもしれないとも思えてきます。かつての栄光はすでに現在の日本にはなくなりかけていることだけは日本人は自覚しておくべきだと思います。戦後の日本のモノ作りは戦後といわれる時代を彩った日本の文化といえるまでになりましたが、この時点ではモノ作りの拠点と雇用の場が日本からアジア諸国へと移転し賃金も海外諸国へ流れて行ってしまっています。当然のこととして日本企業が国内で培ってきたモノ作りの技術や技能もアジア諸国へ流出するというわけです。そんな弱り掛けている日本経済ですが短期的にはリーマンショックの最悪の時期を抜け始めているのではと思える数字が出たのが二千十年六月の日銀短観といえるでしょう。大企業製造業の景況感が二年ぶり委プラスに転じたとされています。二千十年七月一日の読売新聞夕刊では新興国への輸出増によってのこととされますが、海外展開している大企業の回復が見えてきたとしてもそれが国内の中小企業にまで波及してくるのにはまだ時間がかかるといえるでしょう。内需型企業にとってはまだ苦境の時期が去ってはいないからです。すなわち大企業製造業はプラス1と水面下から幾分出たところとはいっても、大企業非製造業はマイナス5、中小企業は製造業がマイナス18、中小企業非製造業がマイナス26とされています。しかし五月頃から起きてきたギリシャの財政危機に端を発するユーロ安とドル安円高など、日本経済がこれから先順調に回復できるかどうかは不確かな面もあります。日本経済の持ち直しが外需に依存しているというのはアメリカ経済が依然本格回復していない中では、主に中国などの新興国向けの輸出が伸びていることがその要因と考えられます。中国が急成長していることはこれまでのGDPの伸び率で明らかでしたが、二千九年度にはエネルギー消費の分野で中国がアメリカを抜き世界第一位になったと二千十年七月二十日の読売新聞夕刊にあります。百年続いてきたアメリカの首位の座を中国が奪った背景にはこの十年での中国経済の急成長でエネルギー消費量が倍増したこととリーマンショックによるアメリカ経済の落ち込みとが重なって逆転の時期が五年ほど早まったことがあるとされています。ここで問題になるのは二酸化炭素の排出量の問題ですが、投入したエネルギー一単位に対して生み出される経済価値の大きさの比較が必要かもしれません。すなわちエネルギー効率の指標となるものです。個人が消費するエネルギーを含めても消費エネルギーの総量(石油換算)でGDPを割ってみることでおおざっぱなエネルギー効率は求められるはずです。あるいは地球環境のことを考慮に入れるのであれば、ドルベースに換算した各国のGDPでその国の排出している二酸化炭素量を割る指標も考えることができるでしょう。一ドルの経済価値を生産するのにどれだけの二酸化炭素を出しているのかを計る指標です。エネルギー消費でアメリカを抜いた中国経済は二千十年四〜六月期にはドル換算のGDPで日本を抜いて初めて世界第二位の位置に到達しました。二千十年八月十六日の読売新聞夕刊の記事では日本の同期のGDPは年率換算で0.4%の伸びで予想を下回ったとされます。日本のGDPの伸びが小さいということは一人当たりGDPの伸びもそれだけ小さくなっていると考えられますが、一人当たりGDPをいかにしたら伸ばしてゆくことができるかです。確かにGDPは貨幣価値で計られた経済価値だけで現在のインターネットの世界における無料サービスなどは経済計算には含まれてきていないものもあり、GDPの伸びが低いからといっても実質生活の質の面では必ずしも低水準の生活だとは言い切れない面も出てきてはいます。主にインターネットの世界で起きているこの無料の経済はビット経済と呼ばれ、そのことはクリス・アンダーソン著の『FREE』に詳しく述べられていますが、IT技術の急速な進歩によりコストが急激に小さくなって行くことによって生み出される無料のサービスの増加という現象により経済計算には出てこない生活に密着した情報や知識あるいはフリーのアプリケーションソフトやオペレーティングシステムそして教育面で非常に役立ったりするサービスなどが増えてきているという事実です。確かに無料サービスを提供している企業もどこかで収入を得ているとはいえ、ある部分IT産業はこれまでずっとデフレといえる側面があります。パソコンなどもその性能と価格で比較すればかつてよりも遙かに低価格になっているからです。IT分野の価格下落は費用があまりかからない頭脳に依拠した頭脳集約型技術革新と製造過程における熟練の学習効果の結果として生み出されているとされます。賃金が伸びない中でどうすれば生活を充実させることができるのかを考えたとき、IT分野での動きは注目してもいいはずです。無料の知識や情報あるいはアプリケーションソフトなどをうまく活用することができれば生活をこれまで以上に充実させることも可能といえます。またIT分野以外の産業でも、社長以下すべての従業員に最大限頭を使って知恵を出してもらうことで苦境を脱するための方策を見いだしてゆかなければならないところへ来ているといえます。頭を使うことにはそれほど費用がかからないからです。ただし『FREE』にも「タダで手に入れたものにはあまり注意を払わないから、大切にしないのだ。・・・それほど欲しくなくても、タダのものがそこにあるだけで、つい手を伸ばしてしまう。そのときに、ほんのわずかな金額でも請求すれば、遙かに責任のある行動をもたらすはずだ。」とあります。価格がついていた場合にはその価格が高い安いに関わりなくその商品に対して価格が妥当なものかどうかを判断するということに使う脳の労力は変わらないが無料の場合には脳にかかるストレスが全くなくなるので人々の行動が大きく変わるとのことです。無料だからといっても知識や情報を無駄にすることは時間を無駄にすることにもなります。そのため知識や情報が無料だったとしても時間を無駄にしてしまえばそれは結果的にコストを引き上げることになります。時間はコストとして考えられるからです。お金と時間の関係について『FREE』では「子供の時は、お金よりも時間を多く持っているだろう。・・・お金を払わないために時間をかけることは、[最低賃金以下で働いていること]を意味するのだ。それでも、時間がたくさんあってお金がなければ、それは合理的な行動になる。そういう人にとってタダは正当な価格なのだ。だが、年をとって時間とお金の関係が逆になると、正規のダウンロードにかかる九十九セントはたいした金額に思えなくなる。そうすると、フリーミアムの世界において、お金を払う顧客になるのだ。」とされています。賃金の伸びがほとんど止まってしまっている状態の日本においてはどのような選択をするのがもっとも合理的な行動といえるのでしょうか。デフレ経済の中にあるとはいえそれが原因になって賃金も伸びないというなら、実際の賃金以上の生活を望む場合にはたとえそれが最低賃金以下の勤労とされたとしてもまた時間がたっぷりある生活をしているわけではなかったとしても、空き時間にでも無料のサービスを活用すればよいということにもなってきます。無料のサービスを提供している企業はそのサービスを無料で提供するコストを加味しても企業としては利益が出るようにビジネスモデルを考えることは確かでしょうが、そのように提供される無料のサービスもうまく活用すれば生活の質をこれまでとは違うものにすることも可能になるといえます。また残業時間が減らされて賃金が下がってしまっているというならばなおさらのことです。『FREE』の次の言葉は重要かもしれません。「かつてブリタニカの作った価値は、その百科事典の売り上げと、幸運にもその高価な事典が買えた人々が向上させた生産性を足せば測定することができた。一方、現在のウィキペディアは巨大なうえに、無料で利用しやすく、ブリタニカよりも多くの人々の生産性を上げている。だが、それは直接にはお金を生まないだけでなく、ブリタニカの売り上げを大きく奪った。つまり、直接収入という計測できる価値を縮小させて、私たちの集合知という計測できない価値を大きく増やしたのだ。」というものです。ウィキペディアなどの登場でブリタニカも無料の電子版をアップすることになったりしました。インターネットの世界で起きていることは、貨幣面で計った経済指標と実態の経済的な質とが必ずしも比例してはいない部分が大きいと言うことです。貨幣面で計った経済計算上では減少しているように思える経済の中においても、生活の内容がそれに伴ってすべて劣化するわけではなく実際には豊かさが増えている部分もあり得ると言うことなのです。知識が無料で提供されることで人々の知識が増えてそれが生産性を上昇させる効果を生んで経済に跳ね返れば、部分的な経済の落ち込みが生まれたとしても全体的には経済にとってプラスの効果を生む場合もあります。突出して利益をあげていた部分を削ってしまっても削った経済の規模以上に全体的なボトムアップが計られるのであれば、それは全体にとっては遙かに利益があることだといえるからです。しかしインターネット上で起きているこのような動きの恩恵を受けるためには文字が読めるという最低限の能力が必要といえるかもしれません。すなわち識字率が高い社会でないと意味がないのです。そのためにも少なくとも小・中学校レベルの基礎教育が充実していることが条件となるでしょう。また海外で行われている同様のサービスの恩恵を国内で享受するには語学も必要となるのは言うまでもありません。確かにインターネットの世界にも無料をうたってはいても悪質な行為をするものも存在しています。それは我々の社会の中にも無料をうたい文句にしながらきっかけを作り最後は詐欺まがいの商法に終わる業者が存在してもいるのと同じでどちらも注意しなければならないことは確かですが、インターネットの場合には良質でありながら安心して使える無料のサービスのメニューが圧倒的に多いということです。また、インターネットで無料だとは言っても信頼性の低いサービスが席巻してしまうことでそれまでの有料でも優れた良質のサービスであったものが消え去ってしまってもよいのかという問題も確かにあります。「悪貨が良貨を駆逐する」ような事態になってしまったのでは元も子もないからです。現実の社会では大型スーパーの進出でそれまでの個人営業の小売店が不振に陥り店を閉めてしまった後で大型スーパーも売り上げ不振で店舗を閉鎖してしまったので地域には買い物ができる店がなくなってしまうと言うことも起きたりしています。これに似たことがインターネットを含めた社会の中で起きてもらっては非常に困ることにもなるからです。私が書いているこのページも無料で読めますが、私にとっては引用させてもらっている新聞や書籍などが消えてしまうことは困った事態といえます。無料と有料が共生できてゆけることを望むわけです。 無料のサービスが増えているとは言っても、人々がもっとも関心を抱くのは貨幣面での動きであることに変わりはないことでしょう。二千十年九月の段階での日本経済は、平成二十二年版経済財政白書が「需要の創造による成長力の強化」と副題をつけなければならないデフレに近い状態にあります。白書によれば耐久財はエコポインやエコカー減税と補助金などの経済対策によって二千二年を百にしたとき二千九年の百四十程から二千十年では百八十ほどに急上昇してはいても実質民間最終消費支出は二千十年では百七ほど、サービス分野も同様で非耐久財や半耐久財は九十のレベルにまで低下しています。すなわち減税などの経済政策面で優遇された部分しか消費は伸びていないと言うことです。日本経済を再び成長軌道に乗せるにはどうすべきかという問題が生まれていることになりますが、二千年代に入ってからの中国・インド・ロシア・ブラジル・日本のGDPの推移のグラフが二千十年九月二十四日の読売新聞朝刊に載っています。それによれば二千七年に十三%程に達していた中国のGDPなリーマンショックで落ち込んだとはいえ二千九年では八%程、インドは八%程だったものが五%程、ロシアは八%程だったものがマイナス八%へ下落、ブラジルは五%だったものがゼロ成長、日本は二%程だったものがマイナス五%程と、アジア諸国の強さが明らかです。九十年代から続く日本の低成長を再び成長軌道に戻すにはどうすればよいのかですが、APECを好機とすべきとの白石隆氏の意見が二千十年九月二十六日の読売新聞朝刊の地球を読むに経済されています。その記事の中に経済産業省によるものとして二千八年から二千二十年にかけての世界の市場規模の推移の予想が出ていますが、中国の市場規模は一兆五千三百億ドルから五兆五千八百億兆ドル、韓国・台湾・香港と東南アジア諸国連合(ASEAN)の市場規模は一兆七千億ドルから三兆九千億ドル、インドは六千六百億ドルから三兆六百億ドル、アメリカは九兆八千八千六百億ドルから十五兆七千八百億ドル、EUは十兆三千億ドルから十二兆七千八百億ドル、日本は二兆七千三百億ドルから三兆六千百億ドルへと市場規模が拡大するだろうと予測されています。世界の中でアメリカを含むアジア太平洋圏の経済規模が大きく比重を増すであろうとの予想です。このアジアの成長に日本経済をリンクすることによって日本経済を一段高い成長軌道に乗せるべきだとのことですが、日本の輸出依存度は二千八年度段階で十七・四%、中国は三十七%、英国は二十八%、インド二十四%などと比べたときに日本の輸出はまだ低水準とされるからです。日本の輸出の主なものは輸送用機械、電気、鉄鋼、一般機械などでそれ以外は内需型だとされているので、内需志向の製品も輸出を念頭に置けるような態勢を整えるべきだと指摘されています。この数字からすればアメリカが求める元の切り上げに中国が強く抵抗をするのも頷けます。また二千十年九月には尖閣諸島での中国漁船の拿捕に伴って中国が強硬に日本に対して報復的な措置をすることで尖閣諸島の領有権を主張しましたが、経済規模の拡大に伴って中国は膨張主義の色合いが出てきているようにも思えます。帝国主義が世界を支配していた時代のことであるならいざ知らず現代の時点においては経済規模が拡大することと領土や領海が拡張することとは全く異なることなのですが、中国にとっては十三億人の国民を食べさせてゆくための経済成長に必要な海底のエネルギー資源を是が非でも手に入れたいところがあるといえるでしょう。現代は帝国主義の時代が終焉しているからこそイギリス領であった香港やポルトガルの植民地であったマカオが平和裏に中国に返還されてもいるわけです。あるいは尖閣諸島周辺の漁業権を中国側が主張するとしても、中国沿岸部の漁場の海水は水質汚染のために沿岸漁業で捕れた魚は食用に向かない状態になっているとすれば沖合の尖閣諸島まで漁業権の拡大を図らねばならない事情もあるといえるのかもしれません。地場の魚は中国人でも食べる気になれないような汚染問題があり得ます。中国の改革開放政策を推し進め現在の中国の発展の端緒を開いたケ小平総書記は存命中に「中国は覇権は求めない」と述べてはいましたが、世界第二位の経済大国になろうかとしている時点での中国は君子豹変してその抑制が効かなくなりつつあるかのようにも見えてきます。現代中国の建国の父は共産党を率いて抗日戦争を戦った毛沢東であったことは確かですが毛沢東の農本主義だけではこれほどの中国経済の発展はあり得なかったといえるでしょう。すなわち中国経済の発展のためにはケ小平総書記の改革開放路線が必要だったわけです。日本はバブル経済の時点では「もはや世界から学ぶべきものは何もない」と豪語して大失敗をしました。そのような姿を目にできた私からするとこの時点での中国は自信を深めたと言うよりも慢心し始め気負いすぎているかのように思えてきます。自国の主張を国際社会の中で強引に押し通すのに躍起になっているかに見えるからです。中国が大急ぎで国際舞台で自国の存在を示すための階段を上っていることはわかりますが、果たして中国が目指す自国の姿は何なのかです。国連の常任理事国でもある中国は世界第二位の経済大国になってからもいつまでも発展途上国の雄としてだけで自分を位置づけ続けることはできなくなることでしょう。二千十年に中国の共産党独裁に対して批判を展開する民主活動家の劉暁波氏がノーベル平和賞が授与されることが決定し中国政府は強く反発しましたが、これは彼を犯罪者として逮捕拘束している中国政府に対する国際社会の一般的世論として中国政府は受け取るべきことのように感じます。劉暁波氏は天安門の民主化運動に参加したメンバーと言われますが、天安門事件の様相が映像として世界に配信されてその光景を見た人たちが共産主義の実際の姿を見たことでベルリンの壁の崩壊に至ったとのうがった見方もあります。この時点での中国の行動がどのように国際社会から見られるのかも問題となることでしょう。中国が世界の中で大国としての地位を占めたというのなら、国際舞台の中で大国にふさわしい振る舞い方も中国に対して求められるようになることは当然といえるでしょう。 とはいえそれは日本にも影響が大な事であり日本との関わりの深い問題であるとしてもあくまで中国の問題であり、日本は日本として日本国内の経済的再構築すなわち自国経済の態勢の立て直しを本気で考えなければならないと言うことのようです。中国がレア・アースといわれる希土類の対日輸出制限をすることで日本のモーターの生産に大きな影響が出ることが懸念されていますが、過度に中国の資源に依存しすぎていることを是正するかあるいはレア・アースの代替物質を開発する必要が生まれても来ます。実験段階ではすでに代替品の開発はできているとも言われるので実用化を急ぐべきともいえます。また使用済みレア・アースの再利用方法すなわちレア・アースのリサイクル技術の確立など日本のやるべきこともあります。携帯電話ばかりでなくこれから普及が見込まれる電気自動車にとって必要な物質であるとすれば、それは日本の産業を守る上でも必要不可欠になってきます。また中国が主張する尖閣諸島の領有権に関してもその周辺海域の海底エネルギー資源が関係しているとするなら、日本としては風力・太陽光・波力・小水力・潮流・地熱などによる発電や植物でのバイオ・エタノールの生産などに力を入れて脱化石エネルギーの方向への流れを速めるべきともいえます。中国は化石エネルギーの確保に躍起となったとしても化石エネルギーは二十世紀を支配したエネルギーだともいえ、二十一世紀のエネルギーは地球環境の問題から考えても他のものに求めるべき条件が生まれてきているからです。そして二千十年十二月十四日の朝日新聞夕刊には石油を従来のもっとも石油を生産すると考えられていたボトリオコックスと言う藻より十倍超の効率で生産するオーランチオキトリウムと言う単細胞の藻の株が沖縄で発見されたという記事が載りました。沖縄の海中で発見されたこの藻を利用した場合深さ一メートルのプールで培養すると面積一ヘクタール当たりで年間約一億トンの重油に相当する炭化水素を生産できるそうです。発見者の一人の筑波大学の藻類研究者渡辺信教授の話として「大規模な施設で大量培養すれば自動車の燃料用に一リットル50円以下にできるだろう」とのことで、藻は有機物を吸収して増殖するので生活排水を浄化しながら油を生産することもできるようです。国内の耕作放棄地などを利用して生産設備を約二万ヘクタールにまですると日本の石油輸入量に匹敵する生産量になるとのことです。耕作放棄地の総面積といっても実際には耕作放棄地は飛び飛びに点在しているので実際に生産設備を作るのには難しさもあるといえますが、これは日本のエネルギー自給の確保をする上で重要な発見ともいえそうなものなので実験プラントを早く作って準備してもいいように思えます。この藻で石油生産をした場合トウモロコシを原料としてバイオ燃料を生産するよりも単位面積あたりでのエネルギー生産効率は遙かに大きいとのことです。これまで日本国内にはなかった国内の自前の天然(?)資源を元にしたエネルギー資源産業すなわち石油産業を生み出すことが可能になるのかもしれないのです。日本が産油国になると言うわけですが、石油需要は新興国の経済規模拡大に伴って増加してゆくものと考えられますし中東地域の政治情勢などによっても大きく価格が変動します。そのような国際情勢の影響を受けることなく国内でエネルギーが生産できる技術が生まれたというのであればそれを活用しない手はないはずです。たとえ日本国内でのエネルギー生産コストが対外的にみて現在は割高のように見えていたとしても石油の国際価格がこれからは上昇基調をたどることがある程度予測されるのであれば将来的には採算がとれるものになるだろうという予想はつくはずです。ましてや現在の石油価格よりも安い値段の石油を国内で生産できるとなればその技術はかなり有望といえるわけです。確かに原油と同じものを燃やせば二酸化炭素は排出されることになってきますがまったく石油に依存しない環境はすぐには構築できず石油に依存する期間がこれからも相当の期間続くというのであれば、その石油を国内産することも一つの道だと思います。また二千十年度のノーベル化学賞を受賞した根岸英一さんの言葉のように人工光合成の技術が実現すれば二酸化炭素排出に伴う地球温暖化の心配もなくなってくることでしょう。人工光合成にはいくつかの触媒がすでに候補に登っているようですが光触媒など比較的新しい日本初の触媒なども一つとなっているようです。またエネルギーの問題とは別に日本の一人当たりGDPをどのようにしたら引き上げることができるのか、すなわち労働生産性の上昇の実現という課題もあります。労働生産性を上げることなく賃金だけは高い水準に保っておこうとすればそれは海外の安い労働力に取って代わられてしまいます。労働生産性が高い状態であるという前提があって初めて賃金が高くても対外的な競争に耐えられる条件が生まれるからです。国力すなわちその国の経済力は対外的な外交交渉をする上でも必要不可欠な切り札ともなり得ます。科学技術力や経済力を再び日本国内に蓄えてゆかなければなりません。二千十年後半の時点では日本は十五年ぶりの円高局面に遭遇し一ドル=八十円前後まで円は上昇して日本の輸出企業の対外競争力が低下し、企業は海外に生産拠点を移す動きを強めています。二千十年十月十七日の朝日新聞朝刊では[すそ野産業流出]という見出しで、日本の製造業が拠点を海外ことにアジア地域に移している様子が示されています。そこにある加工型製造業の海外生産比率のグラフでは千九百九十年時点では五%程だった海外生産の割合が二千十年時点では二十五%にまで伸びています。日本の加工型製造業の四分の一はすでに海外に移ってしまっているというわけです。日本の総人口も減少傾向になり若年層はさらに減る状況になっているとはいえ、このように企業が海外へ移転していったために引き起こされる雇用の減少を埋め合わせるには日本国内に新規の事業が生み出されてこない限り日本国内の雇用が守れないことになってきます。同じ記事の製造業の規模の推移の表には九十年に七十三万社あった事業所数は二千年には五十九万社になり二千八年時点では四十四万社に減少しています。就業者数では九十年の千四百八十八万人から二千年では千二百四十九万人そして二千八年では千百万人へと減少し、国内総生産は九十年の百十七兆円から二千年では百十一兆円となり二千八年時点では百兆円へとこれも減少しています。事業所もそれに伴う雇用や賃金も海外へと流れた結果です。これらを埋め合わせるに足る新規事業がどれだけ日本に生まれて来るのかに日本の雇用や所得がかかってきます。二千十年十月時点での日本の失業率は0.1ポイント悪化して5.1%だと二千十年十一月三十日の朝日新聞夕刊にあります。男女別では男性が5.4女性が4.6となっていますが、有効求人倍率の方は0.56で正社員の有効求人倍率は0.35倍と幾分の改善傾向とされています。有効求人倍率を都道府県別でみると最も高いのが福井県の0.90倍、最も低いのが沖縄県の0.33倍だそうです。雇用水準は依然低い状態が続いているといえるでしょう。景況感も十二月に入って七期ぶりに幾分悪化となり、景気判断の分かれ目である0を少し上回ったところで回復基調が止まり始めた状態といえます。また二千十一年度の経済成長に関する政府見通しは実質で1.5%と二千十年度の3.1%に比べ約半減するとされました。日本経済は低空飛行を余儀なくされるといえそうですが、そのような中で個々人が生き延びてゆくにはどうしたらいいかを一人一人が考えなければならないのかもしれません。大きな財政赤字を抱えている政府や地方行政にはあまり過度な期待をすることはできなくなりつつあるからです。自分の就職活動が思うように行かない状態ならば自分で起業したり自営業の道も選択肢の中に加えるべきかもしれなくなります。小規模な事業を始めるには『FREE』でも述べられていますが、自宅でできるビジネスのような小規模な事業から始めるべきともいえそうです。同じような境遇の友人や知り合いがいるのであれば、それらの人たちと連携できる部分があるのならどんどん協力し合うべきともいえます。その場合でも社会人としての経験がある人の方が有利で新卒で就活に失敗した人たちにはハンデがありますが、自分の持てる知識や技能を最大限活用する工夫はすべきだろうと思います。また新たな知識や技能を自分で自分に付け加えてゆく努力も必要となるかもしれません。新規事業を立ち上げるのはなにも若い世代の人たちばかりに限られたことではなく、企業で経験を積んできた退職者達がそれまでの経験や趣味として培ってきたものなどを元にして新たな経済活動に参加することでもよいはずです。対国内総生産比での日本の財政赤字の状態は二百五十%近くに達しています。これはEUで財政危機の発端となったギリシャの百五十%を遙かに超える水準ですし、リーマンショックの経済的落ち込みに対して財政出動を余儀なくされたアメリカでさえ百%程度、ドイツと英国は七十%程であることと比べれば日本の財政状態がいかに危機的水準にあるのかがわかります。これらの借金はいずれ返さなければならなくなるもので、それには政府の財政支出の削減や増税が伴ってきます。この時点での経済の低迷状態以上に厳しい環境に国民がおかれることもあることを覚悟しなければならない局面も生まれでることでしょう。日本経済の不振と国際環境の変化はいやでも日本経済の構造変化を呼び起こすものですしその流れがが加速されるであろうことも確かです。 このような中で日本政府は税制改革を本格化させる課程で法人税の五%減税を打ち出しましたが、果たしてこの減税によって日本企業は国内の雇用や設備投資などを増やすかどうかが注目されるところです。それとも企業は減税分をそのまま社内留保金として手元に残しておくかです。二千十年十二月二十二日の朝日新聞朝刊に載っているグラフでは日本企業の手元資金は九十五年頃は百七十兆円ほどだったものが二千九年時点では二百兆円を超える水準にまでになっています。不況の中でも企業は金を貯め込んでいるといえそうですが、これは主に大企業にいえることでもあるでしょう。これらの資金を元手に企業はどのような経営方針を打ち出し沈滞気味の日本経済の中で行き詰まり掛けた状況に対して何に企業の活路を求めようとするのかです。キャッシュフローの豊富な企業は株価の面でもプラスの評価を得やすいとはいえ、ただただ金を貯め込んでばかりで再投資もしないとなれば企業の先行きの展望が開けてきません。個人もそうですが企業も政府の景気対策を当てにしてばかりはいられない状況が生まれでつつあります。企業は企業で独自の戦略やプランを立てて行動しなければならなくなってきているといえるでしょう。このようなことは何も日本企業に限ったことではないようです。二千十年十二月三十日の朝日新聞朝刊にはアメリカ企業も現預金を急激に増やしていることが報じられています。二千八年のリーマンショックが起きる直前の二千八年頃までは五%台だったものが二千九年には七%台へと急伸し資金の総額は百六十二兆円に上るそうです。アメリカ企業も何に投資して次の時点をどうするかに迷いが生じ、まずは安心できるだけの手元資金を増やすという行動をとっているように見えてきます。日本企業のみならずアメリカ企業の多くもリーマンショック以来守りの経営に転じた様子がうかがえます。社会の中ではその立場の違いによってそれぞれの意志決定が及ぼす影響力の大きさは異なるのが事実といえます。国政に関与する首相や閣僚そして国会議員の人たちのような大きな影響力を持つ立場の人、そしてその下で働く官僚や地方自治体の長と公務員の人たち、あるいは大企業の経営陣、その下の中小企業の経営者達、また大企業・中小企業などの勤労者と呼ばれる多くの人たちの意志決定の集まったものが日本の社会を形作ってゆきます。意志決定の影響力は各レベルによって異なっていますし、最終的には家族や個人のレベルでの行動の意志決定にもかかってくることでしょう。現在存在する企業だけでなく新たに起業に踏み切る人達の意志決定も重要になります。現在大企業となっている企業もその多くは元々は中小企業から出発してきているからです。当然のことながら多くの学者や研究者達の研究成果も必要とされてくることでしょう。二千十年度のノーベル化学賞を受賞したクロスカップリングという化学反応の研究成果は液晶テレビや携帯電話あるいは医薬品の分野など広範囲に使われているものとのことで、NHKのクローズアップ現代に招かれた受賞者の一人である北海道大学の鈴木章教授との対話の中で、国谷裕子キャスターは「基礎科学が開いてみせる扉の大きさ」という表現をしていました。確かにこれからは同じく受賞者の根岸英一さんの言葉のように地球温暖化の原因ともなっている大気中の二酸化炭素を原料にして新たな物質を作り出す環境科学の分野が生まれでることも考えられます。もしそれらの研究が実現したらそれは新規の産業としても成立してくることでしょう。根岸さんの場合は二酸化炭素を利用して糖類などの食料を作り地球温暖化の問題と人類の食糧問題を同時に解決しようとの地球規模の問題解決という大きな目的もあるようですが、それとは別に二酸化炭素に水素を化合させてプラスチックを作る技術は日本で作り出されたといわれています。二酸化炭素を地中深くに埋めることよりも厄介者とされている大気中の二酸化炭素を資源として利用できる道が開かれるのであればその方が遙かに生産的なことでもあります。人工光合成はこれから研究が本格化する分野のようだとはいえ、大いに期待すべき分野に思えます。ゴミ処分場に埋められるゴミも再資源化して利用できる道が見つかればリサイクルした方が遙かにいいのと同じだからです。残るのはそれで経済的な採算がとれるかどうかの問題となってきます。そして経済的な採算の中には地球温暖化による気象変動の激化で引き起こされる自然災害という被害額も考慮しておくべきことのように思えてきます。単に二酸化炭素を利用して作られる物質を他の物質と値段だけを比較して考えるべきものではないと思えるからです。 このように研究者達の挑戦で新たに拓かれてゆく分野も生まれでそうな予感がないわけではない日本経済ですが足下の経済状態は依然厳しいと言わざるをえません。ことに若年層にとっていっそうの厳しさが増している状況のようです。二千十年十二月二十八日の朝日新聞夕刊に載った十一月の日本の失業率と有効求人倍率に関する記事では、十五〜二十四歳までの若年層の失業率が0.6%悪化して9.9%、二十五〜三十四歳も0.6%悪化して6.6%となっています。全体の失業率は5.1%なのでアメリカよりもまだましとはいえ、十五〜二十四歳の若年層だけをみればこの時点でのアメリカの十一月の失業率9.8%そして十二月の9.4%の水準を上回ってしまっています。一方二千九年度の数字では日本の生活保護費が三兆円を超え生活保護を受けている世帯数は百二十万世帯を超えていると二千十一年一月二十二日の朝日新聞朝刊にあります。リーマンショックで失業者となった働ける年代の人たちが生活保護に流入した結果とされますが、二千十年度においてもこの傾向が大きく改善される方向へ動く様子はあまり見られないのではないでしょうか。日本の財政状況は厳しくなる一方の中では政府としてはぎりぎりの歳出で予算を組まざるを得ず、大胆な景気浮揚策を考えるまでの余裕は徐々になくなりつつあります。二千十年十二月二十五日の朝日新聞朝刊に載ったグラフでは対GDP比での日本の債務は二百五十%にならんとする水準で、財政危機が取りざたされたギリシャでも百五十%以下、米国は百%以下、ドイツとイギリスは六十%ほどでしかありません。歳出と税収の開きは千九百九十年を境に広がる傾向にあり、その差額を赤字国債で穴埋めするということが繰り返されてきました。その結果が巨額の債務となったわけですが、予算の内訳では二千一年度以来十一年度にかけて公共事業予算はほぼ一貫して低下傾向にあり文教・科学振興費も微減である中で社会保障費は」ほぼ一貫して増加傾向をたどりことに二千八年度から九年度にかけては急増しています。このようなことが原因して二千十一年一月二十八日にはアメリカの格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズが日本国債の格付けをAAからAA−へと一段引き下げました。国債の格付けが下がり金利が上がれば二千十一年度時点で一般会計歳出の二十三%をしめる国債費の割合はさらに大きくなって来ざるを得ません。国債の利払い金額が上昇してしまうからです。このような財政事情の中にあっては政府は財政面から大規模な景気対策や雇用対策を打つことにも制限が加わり、民間企業はもっぱら海外の経済事情の好転を頼む以外になくなってきます。国内需要が頭打ちないしは減少傾向の状態ではそうせざるを得ないからです。これまで内需型であった産業も海外市場に活路を求める動きは当然出てくるはずです。その動きはいくつもの分野で生まれ始めてはいますが、それが国内の雇用を上向かせるほどに波及するまでにはまだなっていないのが二千十年度の日本経済の姿といえるでしょう。二千十年の失業率は年間の平均で5.1%と、九年度と比べてほぼ横ばいで推移し経済が回復過程に入ったというにはまだ早い状態です。また雇用の拡大にとっては新規ビジネスがどんどん生まれ出ることが望ましいのですが、二千十年度近辺での日本の女性社長の数は六万人といわれています。ウーマノミクスと呼ばれる女性ならではの財やサービスの提供により経済活動が活発になることでも日本経済への貢献となります。日本の女性の管理職の割合は百三十四カ国中九十四位とまだまだ女性が活躍できる場が狭いというのが実情なので、既存企業で自分を思うように活かせないと思う女性たちは自ら起業するのもいいかもしれません。小売りのような商売を興すにもアメリカあたりではガレージセールと呼ばれる自分の不要品を売る方法が生まれています。主婦たちが複数集まって共同でガレージセールを主催することもできます。フリーマーケットは全体の日時が決められてそれに参加するわけですがガレージセールなら日時は自分たちで設定できるという利点があります。そしてそれを常設のように頻繁に開いても採算が合うようになったら小さなリサイクルショップとして小売り店にすることも可能でしょう。ただ、男性より女性の方が起業する割合がこの時点では高くなっているにしても、廃業率の方も女性の企業による会社は高くなっているのが実情のようです。しかし創業者が女性でありながら国際展開する企業も生まれ出てきてほしいところです。男性がこれまで気づかなかった女性の視点からの財やサービスの提供は隙間産業といわれるものになりがちかもしれませんが可能性がないわけではありません。実際に主婦だった女性が水質浄化能力のある納豆菌を見つけ出し納豆菌ブロックを開発して事業を興した例などもありますし発明で稼いでいる女性もいるわけですから誰が何処で何を始めるかは予測の限りではありません。始めようと思う人が増えればいいだけです。納豆菌ブロックなどは水質が悪化してきている発展途上国などでは注目されています。大規模な初期投資は必要でなく設置と管理が簡単で維持費がほとんどかからないという途上国の需要にとっては条件のよい商品だからです。しかしそのような納豆菌ブロックの開発は一主婦が自宅の台所で様々な場所から採取してきた枯れ草や土をミキサーにかけたりして水質浄化能力の高い納豆菌を探し出したとのことだと報じられていました。台所が研究室ないしは実験室だったわけです。また、親の介護をせざるを得なくなっている女性も大勢いると思われますが、そのような女性が介護の経験の中から新たな介護用品や介護食品を考案してもよいはずです。現在では様々な介護用品や介護食品が作られていて新たなものを思いつくのも大変かもしれませんが、思わぬ着想で新商品を考案する女性もいるかもしれません。介護用品や介護食品はこれから少子高齢化を迎える韓国や一人っ子政策を採る中国にとってもいずれ必要になってくるものと考えられるので海外展開も可能な領域といえます。中国の一人っ子政策は千九百七十九年から行われているのでその時点で生まれた子殿は二千十年時点で三十一歳ほどになり親は五十代と思われます。あと二十〜三十年もすれば中国の一人っ子政策の最初の世代は親の介護に追われるようになる時期に入ります。したがって日本国内の高齢化した状態を実験場として様々な財やサービスを開発しそれを海外へと売り込むことも可能と考えられます。中国にも介護を必要としまた介護を受けるだけの経済力のある人たちも二千十一年時点よりも増えていることだろうからです。 その中国は二千十年に名目GDPで日本を抜き世界第二位の経済大国になることが確実になりました。日本としては来るべき時が来たともいえそうです。二千十一年一月二十日の朝日新聞夕刊の記事では、IMFは二千十五年には中国のGDPは日本の1.5倍で米国の半分を超えると予測し、英国の銀行も二十年には米国を抜いて首位に立つと予測していると報じています。しかし人口で割った一人あたりのGDPでは中国はまだ日本の十分の一と世界の中でも百位以下とされています。経済規模は日本より小さいのに人口が一億に満たない中である程度の経済規模になっている国々は日本よりも一人あたりGDPが遙かに高い国々があるように、中国のように人口が十三億を超える国においては一国あたりのGDPが日本を上回るようになっても一人あたりの豊かさでは低い水準にならざるを得ない部分は生まれてきます。総人口が減少傾向に入った日本経済としては一人あたりGDPを引き上げるための工夫をすることがさらに重要になってきているといえるでしょう。一人あたりGDPを引き上げるためには各人の生産性を上げる必要があります。生産性を上げるには教育水準や仕事の習熟度が重要にもなってくることでしょう。非正規の派遣社員の場合などは仕事に慣れてきた頃には契約期間が終了したりする場合が多いので技能が就業している人に蓄積しないという問題点があります。すなわちその人の生産性が上がり始めていい頃と思われるときには契約期間が終わってしまって職場を変わらざるを得ないということです。どんな単純作業でもある期間繰り返してその作業を行っていればそれなりに手順や要領を覚えて手際がよくなるのですが、派遣社員の場合には幾分手際がよくなった頃には職場を離れることにもなるわけです。製造現場などでは何十年も一つの作業に携わってきた熟練工といわれる人たちが必要になっています。それらの人たちの経験知は高度な製品を作る上で欠かせないからです。たぶんサービス業においてもある程度仕事に習熟し精通するまでの時間はかかることでしょう。養成期間といわれる時期はどのような職場においても必要となってくるものだろうと思います。しかしバブル崩壊以後そしてリーマンショック後の日本企業にとってはそれを可能にするほどの十分な余裕がなくなりかけている側面があります。正社員として長年雇用して仕事に熟達してもらうだけの経営余力が企業になくなりかけているからです。大企業は社内留保で資金を貯め込めることができたとしても日本の雇用の七割を占めている中小企業の場合には殊更条件は不利ということかもしれません。中小企業であればあるほど自社が捨てられてしまわないためにも高い独自の技術あるいは自社ならでわのサービス内容を用意しておく必要はあります。そうでないと経済環境が厳しくなったときには中小はすぐに淘汰されてしまうからです。日本が世界第三位の経済規模の国に順位を下げることが確実になる中で菅内閣は法人税を五%引き下げ総額で一兆五千億円分の減税を打ち出し政府税調は年収一千五百万円以上の富裕層を対象に給与所得控除の縮小などで五千四百円規模の個人増税を行うことで子供手当の財源を確保する方針が二千十年十二月十四日の朝日新聞朝刊で報じられました。子供手当が実施される際には自民党などから「子供手当を行っても消費には回らず貯蓄に回るのではないか。従って景気対策にもならないばらまきだ。」と懸念が出されたりしていましたが、自民党なら賛成しそうな法人税減税においても企業は減税分を国内雇用や設備投資には回さず企業の内部留保に回すのではないのかと思われてもおかしくない状態といえます。この時点の日本経済はもっぱら公的支出ないしは補助金や減税分で動いている様相が強く、民間企業の自律的な経済活動が主流になっているとはいえない状態です。二千九年末では日本の国と地方自治体の借金の総額が保有する道路や土地などの資産総額を上回り初の債務超過になっていると二千十一年二月一日の朝日新聞朝刊の記事にあります。民間企業なら会社更生法の申請を覚悟しなければならないような状態ともいえ、これ以上民間が公的部門の出費すなわち景気対策に頼り切ることは危険な状態になっているともいえるでしょう。民間は民間で考えて行動してゆかないと公的部門が破綻してしまう状態になります。公的部門が「あれもおまけします、これも補助致します。」ということを喜んでいるだけだと後々が大変なことになってきます。二千八年度時点での国・地方の政府部門の借金総額は一千十八兆九千億円、一方資産総額は九百七十兆円だそうです。しかし借金があるのは政府部門だけで家計部門の正味資産は二千三十九兆円、金融機関をのぞく民間企業の資産も六百四兆七千億円とされています。公的部門に金はなく、金のあるのは個人と企業だけだとすれば、経済を何とかするのには金のある部分が行動を起こしてゆかざるを得なくなります。経済を何とかできるのは金のある企業や個人と知識と技能や技術のある人でしかできないことだからです。政府部門は金の出費をこれ以上せず日本経済が効率的に動くような制度設計や経済が活性化する制度の創出に専念でもしてもらわなければならないでしょう。そして金のある企業でも個人でも次につながる投資をよくよく考えてしてゆかないと先々が懸念されてくるわけですし、企業であればどんな画期的商品やサービスを作り出せるかを真剣に考えざるを得なくなります。またそれがもっぱら日本の国内向けに開発された商品やサービスだったとしても、その商品やサービスに対する需要としてアメリカやアジアなど海外市場のことも視野のうちに入れておいた方がいいかもしれません。開発した商品やサービスを海外の国々向けにアレンジすることで市場を広げることも可能かもしれないからです。そして外に出せる商品やサービスがネタ切れになってしまわないためにも常に新しい商品やサービスあるいは新技術を国内で生み出し続けていかなければなりません。中国は確かに日本を抜いて世界第二位の経済大国にはなりましたが世界の国々がまねしたり取り入れたりしたくなるような商品やサービスをまだ生み出してはいません。世界の国々が生み出した技術の産物やサービスを自国内に取り込むことに主眼が置かれていてコピー商品が氾濫するという状態だからです。中国は古代において漢字や火薬そして火薬を使った古代ロケット(日本でも行われる農民ロケット)、また羅針盤あるいは漢方薬や世界に冠たる中華料理など優れた発明品や医薬と食文化を生み出してはいましたが、近・現代を象徴する工業製品やハイテク製品の分野で世界を席巻するような発明品は未だ生み出してはいないからです。世界最高速のスーパーコンピュータを中国は作り出してはいてもスーパーコンピュータは中国が最初に考え出したものではないことも事実です。また中国の高速鉄道は時速四百キロを超えるまでになっていても、それも日本の新幹線の技術をベースにそれを発展させたものです。日本の新幹線も時速四百キロを超えて試験運転されたことはあるそうですが、日本の場合は騒音を考えて時速を制限しているようです。日本はブラウン管式テレビを世界で最初に作り出しました。アメリカはコンピュータやインターネットとパソコンを世界で最初に生み出しました。旧ソ連は人工衛星作り出し有人宇宙飛行を成功させましたしナチスドイツはそれらを可能にさせたV2ロケットという近代ロケットを最初に作り出しました。では中国は一体何を???ということになるのです。世界の人々にとってそれがないと日々の生活にも影響が出てくるような発明品や大衆商品がまだ中国からは生み出されていないように感じられます。日本は千九百六十八年以来四十三年の間GDPの規模で世界第二位の座にありましたが二千十年度には中国がその座を奪い日本は世界第三位の経済規模の国へと順位を下げました。日本が世界第二位の経済規模にあった四十三年間の間に日本が培ってきていた技術やノウハウは二千十一年時点の日本が生きてゆく上で重要なものになっています。これからも日本は技術やサービスなどで新たに挑戦するべきものを模索してゆかなければならないでしょう。その間にも世界第二位の経済規模になった中国から画期的な新技術や新商品が生み出されてこないとも言い切れません。これまでは新規技術などは主に欧米、それもことにアメリカ発のものが多かったわけですがこれからは日本ばかりでなく中国などのアジア諸国からも目新しい産物が生み出されてくる可能性は高まっているといえるでしょう。「追いつき追い越せ」でやってきた国も「追い越したら何をするのか」という問題は残っているからですし、追い越していながらいつまでもコピー商品だけではやってゆけないことでしょう。日本も戦後すぐの頃は「安かろう悪かろう」の商品しか作ることができないでいました。しかしその後世界から認められ高い評価をもらえるほど性能のよい製品を作るまでになっていました。またアメリカのアイデアを製品化し実用化することに日本はたけていましたが、日本が自分自身で世界初のアイデアや技術を幾分かでも生み出せるようになったのは世界第二位の経済大国になってからだいぶたったつい最近のことでしかありません。そのような日本経済のこれまでの動きを考えたとき、今後の中国経済がどのような道をたどって発展してゆくのかも見所といえます。二千十年度のGDPは中国が五兆八千七百八十六億ドルで日本は五兆四千七百四十二億ドルですがこれまでの経済成長率の勢いから考えれば中国と日本との経済規模の差はさらに開いてゆくだろうと予想されます。 中国経済がこれからも急成長してゆくであろうとは日本政府も認めているところです。二千十一年二月十五日の朝日新聞朝刊には中国が二千二十五年にはアメリカをしのいで世界第一位の経済大国になるだろうと日本政府が予測しているとあります。もし中国が人民元を切り上げればそれは二千二十年に早まるとも予測しているとのことです。その頃には中国はこの時点より世界にとってさらに有望な市場になりアジア圏に属する日本にとってもさらに重要度が増した国になるというわけですが、それまでに日本経済の体勢をどのように整えるべきかがこの時点での日本のテーマにもなるといえます。BRIC'sといわれる新興国の台頭によって外交面での力関係も変化し日本としてはそれにどう対処すべきかの問題も生まれてきます。経済面での力関係の変化は外交交渉における力関係にも影響してくるのは当然だからです。これまで経済力で優位にあった国々に対して「もう遠慮している必要はない」とそれらの国々が考えるようになれば彼らは自国の主張を強めるのはあたりまえのことです。バブル経済さなかの日本は日本自身が「アメリカ何するものぞ」といった風潮にとらわれていたことを考えれば、何処の国の政府もまた国民も自国の経済に勢いがあり自分が優位になったときにはそれなりの態度の変化を起こすものです。日本のバブル経済華やかなりし頃には「アメリカを見くびるな」という声がアメリカ国内にありました。そして日本のバブル経済は崩壊し、以後長らくの経済的な低迷期を経験しているというわけです。日本経済がバブル経済崩壊以降の低迷の時期にある間に躍進したのが中国をはじめとするアジア諸国あるいはBRIC'sだったといえるでしょう。日本が何をどうしたらいいのかわからないで迷っている間にもそれらの国々は躍進し自国の主張を強めていったというわけです。日本のこの時点での動きは次の時点での日本の形を作り上げる上でも重要となる税と社会保障の一体改革を行おうにも政治がなかなか前に進んでゆくことができていません。産業の競争力も維持しながら社会保障の財源も手当てするという難題に対して社会全体のコンセンサスを形成できずにいます。各政党の意見はバラバラな上バラバラな意見を集約して一つの方向へたばねてゆけるだけの力のある政党も存在しないような中央政治の状態になっているからです。法人税減税と消費税の増税などが民主党案として打ち出されてきていますが法人税の減税は日本企業の競争力強化や外資系企業の誘致などを期待してのことであり、消費税の増税は景気変動の影響を大きく受ける法人税や所得税に比べて景気変動の影響が比較的に小さい消費税に社会保障などの安定した財源を求めたいということのようです。景気変動と各税収入の動きは二千十一年二月十六日の朝日新聞朝刊にグラフとして示されていますが、消費税は低所得者ほど重税感が生まれる税金ではあっても払わされた消費税よりも多くのものが社会保障のサービスの形で低所得層に還元されるなら消費税の増税は低所得層にも受け入れてもらえる形のものとなります。要は社会保障の形作りにかかる問題といえます。社会保障も人々がそれに甘えきってしまうと社会が活力を失ってゆきますが、独立心を持った人が何度でも挑戦可能な社会を用意する上での社会保障や病気やケガあるいは歳をとっても安心できる社会を形成する費用として考えてもらわざるを得ないところがあることは確かです。また幸運にもこの社会の中で多額の所得を得ることができている人にはそれなりに大きな負担をしてもらわなければなりません。アメリカの富豪達が個人資産の半分を寄付するといった話が報道されるのであれば日本の高額所得者達にもそれ相応の負担は求められるものであることは認めてもらわなければなりません。アメリカは自由競争の色彩が強い国柄だとはいっても競争の勝者は勝者なりにそれ相応の身の処し方をし、競争で得た果実を他の人に分けて還元することも知っているといえそうです。そして日本人は競争という言葉を嫌い努力の結果という方が好まれるのかもしれませんが、競争の結果としてであれ努力の結果としてであれ社会の中に格差が生まれているのならそれを埋め合わせるためのシステムも用意しておくべきだといえます。お互いに競争することもあるいは切磋琢磨し努力しあうことも重要なことですがその結果貧富の格差が生まれそれが大きくなってしまうことは社会として避けなければなりません。第一次産業と第二次産業そして第三次産業や情報通信産業など各産業分野の平均賃金には差があるのですから、その人がどの産業分野に属しているかの違いによってだけでも格差は生まれてくるものといえます。我々が生活をしてゆく上ではどの産業分野の財やサービスも必要不可欠であるにもかかわらず各産業分野の平均賃金には差があるということであるなら、そのことによって生み出される格差はある程度は埋め合わされてもいいはずのものです。人によっては自分の仕事としていることが高度に知的な作業であることから「百姓なんかにわかるもんか」と口走る人もいますが、では百姓が生産した食料をその人は全く必要としない存在にでもなってしまっているのかということなのです。日本国内での食糧自給率が下がっているならその分の食料を輸入することにはなりますが結局海外の百姓のお世話にはならざるを得ないわけです。また同じ産業分野でも正規雇用と非正規雇用による賃金格差や処遇の違いが存在しています。不利な条件は下位の者に順送りされる構造は確かに存在しています。それらの不公平感も幾分是正されるべきではあるでしょう。二千十一年二月二十二日の朝日新聞朝刊には二千十年は平均で派遣社員など非正社員の割合が34.3%になったと報じる記事が載っています。非正規雇用の割合が勤労者全体の三分の一を超えたということです。二千二年に統計を取り始めて以来最も高い割合とされますが非正規社員の増加は企業にとってはコスト削減手段だとはいっても、そのことによって若年層が結婚できない状態や結婚できても子供をもてない状態を作り出す原因ともなりかねません。すなわち少子化傾向をさらに推し進め人口減少に拍車をかけ結果として日本国内の市場規模を縮小させることになるわけです。日本国内の市場規模が縮小すれば企業は減少する国内販売を輸出で穴埋めするかあるいは海外へ生産基地を移転する行動をとらざるを得なくなります。それは国内の産業の空洞化につながり再び雇用の減少と賃金の低下になってゆきます。負の連鎖の循環に日本経済が陥るわけです。 このように書き記してきたところの二千十一年三月十一日に東北関東大震災(東日本大震災)が起きてしまいました。先に私はこれ以上政府部門に財政的負担を求めるべきではないと書いてきましたが、この地震被害の復旧のためには財政的負担も致し方ないかと思います。これまで長らく自民党政権の下で行われてきていた日本の不況対策のための公共事業とは違って、近現代になってからは未だかつて日本が経験したことのない巨大広域地震と津波被害及び原発事故の復興事業は長期にわたる大規模なものにもならざるを得ないと思われるからです。そのための財源としては期限を切った消費税の緊急増税なども考えなければならないかもしれません。被災地すなわち青森・岩手・宮城・福島・茨城・千葉をのぞく他の都道府県の消費税を引き上げるような地域を区切った消費税引き上げなどの方策を採って復興資金に充ててもいいようにも思います。少なくとも被害があまりにも甚大だった岩手・宮城・福島は除外すべきでしょう。あるいは消費税の内で国の取り分と地方の取り分の比率を変えて岩手・宮城・福島各県内で支払われた消費税はすべてをその地方自治体の収入とするのもいいかもしれません。税と社会保障の一体改革の中での消費税の本格的な引き上げはその後の時点で正式に決めることにしておいてです。阪神淡路大震災での被害総額は二千十一年三月十七日の朝日新聞朝刊の記事では約十兆円だったといわれます。そして阪神淡路大震災で政府が緊急に用意した対策費はNHKの報道では三兆円だったといわれます。しかし東北関東大震災の被害規模は人的被害は言うに及ばずそれを大きく上回るとされており世界銀行は被害総額が最大で十九兆円の規模になると発表しています。しかしこれには福島の原発事故に伴う計画停電による経済活動の落ち込みなどは含まれていないので間接的な被害まで入れれば被害額はさらに大きくなると思われ十兆円以上の対策費が必要になるとも思われます。電力量が回復するには少なくと一年はかかると思われその間日本企業の生産は停滞せざるを得ないと考えられるからです。これは子供手当の増額や高速道路の無料化に必要となる予算を中止すれば捻出できる額を超えた規模の金額です。したがって増税も検討せざるを得ないのではと考えます。確かに広域避難をした場合には岩手・宮城・福島の住民だった人たちが他の都道府県に一時的に住居を移してしまい被災者でありながら高くなった消費税を払う立場になってしまうという難しさもありますが、少なくとも被災地域の人たちに対する税制面での優遇と被災地域の復興資金の確保の方策は考えなければならないことでしょう。消費税の増税が適切でないとすれば、被災者は一時的なりといえ所得が急減するか所得がなくなるとも考えられる訳なのでそれらの人たちの所得税は減少ないしは非課税になるので消費税には逆進性があることを考えれば被災者は所得が減少したり無所得になったりすることによって支払うべき税額も減少することになる所得税の増税で行うことの方がむしろ合理的といえるかもしれません。すなわち高額所得者への累進課税率を強化するのです。日本がかくなる状況にある中でも高額の所得が得られているというのであればそのことに感謝して少々の増税にも高額所得者には応じてもらうわなければならないと思います。こういう時だからこそ高額所得者達には一肌脱いでもらいたいと思うのです。事実ユニクロの柳井会長は十億円を寄付すると表明しソフトバンクの孫社長も百億円の寄付を申し出ています。寄付行為が禁止されている政治家は自身の議員歳費をカットしてもいいようにも思える状況といえます。あるいは所得税の増税をメインにし消費税をサブにした増税の組み合わせも考えられるかもしれません。所得税の累進税率を強くして消費税の引き上げ幅はなるたけ小さく抑えるのです。確かに個人消費は日本経済に占める割合が六十%と大きいので増税による税収額が所得税の増税分より消費税の増税分の方が大きくなることは明らかといえますが、このような事態の中ではあくまで所得税をメインとすることと考えておくべきだと思うのです。政府は増税には慎重だとの報道が二千十一年四月三日になされていますが、復興債で資金を調達するにしてもこれまでに発行されてきた国債などのことを考えればもう限界に近づいてきているといえます。阪神淡路大震災の時点におけるよりも国の財政状態はさらに悪化しているのが明らかだからです。二千十一年三月二十三日の朝日新聞夕刊には政府試算として震災被害額が十六兆円から二十五兆円と発表されています。しかしこの数字も工場や家屋そして道路や港湾などの構造物の被害だけを見積もったもので漁船などの船舶や商用車そして各家庭の乗用車や家財道具あるいは農地が海水で冠水してしまったことの損害や地震に伴って沈下した地盤の被害そしてがれきの撤去費用また原発事故による放射能被害そして電力不足による経済活動の低下などの経済損失は含まれていない数字とされます。車だけをとっても浸水した車両は二十七万台に上るとの推計値が日本鉄リサイクル工業界北海道支部から出されたと二千十一年四月十六日の読売新聞夕刊にあります。車の価格を一台につき百五十万円と軽か小型車として安く見積もってもそれに二十七万台をかけると四千五十億円の損害額になります。車は使用してしまっていたものなので中古の価値しかないものとしてその半額の七十五万円だとしても被害額は二千二十五億円に上ります。二千十一年四月十日近辺での日赤などへ寄せられた義援金の総額は千四百億円ほどと報じられていますから、義援金として集められたお金は被災者にとっては貴重なものだとは言っても中古の車の被害額にも及びません。千四百億円という義援金の額は阪神淡路大震災の同時期の義援金の額を超えており決して小さな額だなどとは思いませんが被害の規模の方がそれを上回る大きなものだったといえます。またがれきは全体で二千四百九十万トン出ると予想されています。宮城県のがれきだけでも千五百万トン以上とされ阪神淡路大震災の時のがれきの量を上回るとのことです。しかしその中には打ち上げられた漁船や流された乗用車などは含めないものとしてです。そして通常の地震被害と違い津波の被害も加わっているために地上のがれきだけでなく引き波で海に引き込まれたがれきが海底にも散乱してしまっています。海底のがれきは浚渫船やサルベージ船で陸に引き上げてからでないと撤去作業に入れず、二重の手間がかかります。それら地上と海底のがれきの撤去にも馬鹿にならない額の費用がかかると言えるでしょう。そのためなにがしかの税の増税に帰着したとしてもその資金が投下されることによる復興需要が生まれるので経済全体にとってはマイナスとプラスの要素が働くのは事実です。消費税を一%引き上げることで得られる税の増収額は二兆五千億とされ、たとえば消費税を二%引き上げると税収の増加分は五兆円ほどになるのでそれを五年ほど続ければ政府の方針である二十五兆円ほどの震災復興費はまかなえることになります。それでなくとも震災後の日本の消費者は全体として消費を控えるかもしれませんが公共事業によって巨額な復興事業が行われるわけですから、それらがどのように作用しあいどのような結果になるかは通常の経済状態ではない非常時のことなので予測の限りではないところもあります。はたして震災不況になるのか震災特需となるのかは定かではないわけです。OECDは東日本大震災の影響で日本の四〜六月期のGDPが0.5〜1.4ポイント押し下げられ七〜九月期では復興に伴う公共投資によって震災の落ち込みを上回る押し上げ効果が出ると発表したことが二千十一年四月六日の読売新聞朝刊の記事にあります。復興のための官民の投資の増加によって十一年度の日本の実質GDPは0.5〜1.25%押し上げられるとは日本政府の試算だそうです。たとえ増税になったとしても復興のために投下される資金も巨額に上ることだろうと思われます。二千十一年四月二日の読売新聞朝刊には復興の財源としては「復興特別税」の名称で「法人特別税」「特別消費税」所得税に上乗せする「社会連帯税」として各税率を引き上げ、日銀を引受先とする震災国債を発行する案が民主党で出されているとされています。国債も発行せず増税もしないでこれほど大きな被害が出た震災の復興資金の捻出を可能にする方策が他にあるというのであればそれに越したことはないのは確かです。また誰かが首相になれば増税も国債発行もせずに東電の損害賠償まで含めれば二十兆円を超すかもしれない復興財源を捻出できるようになるという話でもありません。また誰かが首相になりさえすれば福島原子力発電所の事故はすぐさま収束するということでもありません。復興や賠償にかかる費用はどこをどう探しても国債発行や増税なしでは到底充当不可能な話だろうと思います。たとえ他の予算を震災復興に充てるために一時的に転用するにしても結局いつかはその予算費用は元に戻さなければならないことは当然だからです。政府はこれまで法人税を五%引き下げる予定でしたがこの時点で法人税を減税したとしても日本がこのような状況にあっては海外企業は日本に進出することをためらうだろうと思います。少なくとも当面は見合わせることでしょう。またこれまでは国内で調達してきた部品の供給先を海外に求める動きも生まれるかもしれません。日本経済にとってはそれも痛手となります。バブル経済崩壊後の日本経済はそのバブルの崩壊の傷口が癒えるまもなく阪神大震災やITバブルの崩壊またリーマンショック、そして今回の東日本大震災といくつもの大きな苦難の時期に遭遇することによって満身創痍の状態にあるといえます。東日本大震災クラスの地震と津波が千百五十年ほど前にも東北地方をおそった貞観地震と呼ばれものの記録があるとされていますが、それらこの時点までの出来事は四十〜五十年に一度、百年に一度そして千年に一度あるかないかの出来事がほんの二十年余という極めて短い時間の中で立て続けに起きてきたことでもありました。しかしそんな中からでも新たな対処方法を一人一人が考えお互いに連携し協力しながら新たなあり方の社会を作ってゆく以外に他に道はありません。原子力発電は二酸化炭素を出さず地球温暖化を食い止める上で有望なエネルギー源と考えられ推進されて来ていましたが、原子力発電に疑念が持たれたとするなら代替のエネルギー源を何に求めて必要な電力を確保するのかなどはどうしても考えなければならなくなる課題ともなります。太陽光や風力などクリーンな自然エネルギーに移行するにしても、原発の発電量に匹敵する電力量をそれで確保できるのかや夜間の電力はどうするかなどいくつかの重要な問題は残るといえます。しかし日本にはエネルギーを取り出すいくつもの技術が存在し、また新しく生まれてきている技術もあるわけですからそれらの技術を国内で使わない手はないとも思います。たとえ原発への依存を全くなくすことはできなくても、様々な代替エネルギー源を組み合わせた社会を作ることによって原発への依存度をなるたけ小さなものにすることはできるはずです。それは原発よりもコスト面で非効率なものになるかもしれません。しかしながら安全を求めるのであればそのコストは国民が自覚して負担せざるを得ないことでしょう。原子力発電所を建設するには数千億円ですむのかもしれませんが、それがひとたび大きな事故を起こせばその被害の賠償は下手をすれば兆の単位の賠償額にもなることでしょう。そこには国の原子力政策も拘わっているわけで被害の賠償には税金も投入される可能性があるわけですから、国民にとっては原子力発電は事故さえなければ安いエネルギー源だといえてもひとたび事故が起これば割高なエネルギー供給源に変わってしまうわけです。また原子力以外のコストが高い発電に電力を依存するとなれば日本の産業の国際競争力が落ちかねないという懸念も生まれてはきます。安い生産コストのところへ生産基地を移転する企業も出てくるはずです。原発が持っている利点とリスクは簡単には結論が出せない部分もあるというわけです。またこの電力不足の中で日本企業が省エネルギーあるいは省電力での生産方式を作り出せたら、それは世界をリードする技術にもなり得るという指摘もある意味当たっているといえます。そしてこれまで以上の省エネ商品を開発できれば電力料金が高くなったことによる日本経済の国際競争力の低下を補うことにもつながるでしょう。しかしそれにはこれまで以上に多くの工夫が必要となることは確かです。政治の局面での話からすればこの震災が発生しその対応に当たらねばならないことになったのは民主党の菅内閣ではありますが、長年政権与党の座にあって日本のエネルギー政策や原子力行政を推進してきていたのは自民党政権あるいは自公政権でした。震災が起きた時点では日本国内には五十四基の原子力発電所があるとされていますが、それらの設置の計画が決められたのはそのほとんどが千九百六十年代のこととされます。その頃はまだ自民党単独政権あるいはもっと細かく言えば佐藤栄作長期安定政権(1964年11月第一次佐藤改革成立・1967年2月第二次佐藤内閣成立・千九百七十年1月第三次佐藤内閣成立し千九百七十二年7月に退陣)が続いたりしていた時代です。従って自民党としても今回の福島原発事故に関してまったく責任がない立場であると言うことにはならないはずです。政権の座についてからはまだ日が浅い民主党政権の菅内閣がその事故処理に当たる立場に立たされてしまってはいてもです。 このような中で第一次補正予算が組まれましたが、その内容は四兆百五十三億円の予算のうち災害救助に四千八百二十九億円、がれきの処理に三千五百十九億円、公共事業関係に一兆二千九億円、学校・医療・福祉・警察・消防などの施設復旧に四千百六十億円、中小企業・農林漁業・災害復興住宅などへの融資が六千四百七億円、災害対応のための特別交付税が千二百億円、自衛隊・消防・警察・海保の活動費などで八千十八億円と二千十一年四月二十二日の読売新聞夕刊にあります。しかしこれはあくまで応急の対策費と考えるべきで本格的な復興に向けての予算編成はこの後になることは確かです。これら震災対策費あるいは復興費がどのように日本経済にプラス要因として働いてゆくからこれ以後の過大ですが、少なくとも大震災が日本経済にとって大きなマイナス要因になったことが二千十一年一月〜三月期の日本のGDPに顕著に現れてしまいました。二千十一尾年五月十九日の読売新聞夕刊には内閣府の発表として一〜三月期のGDPは十年十月〜十二月期に比べて0.9%減、年率換算で3.7%減と大きく落ち込みました。しかしこの時点での日本のGDPが大きく落ち込むであろうことはすでに予想できることでもあったといえるでしょう。震災での工場の稼働停止により三月の鉱工業生産は15.3%減とリーマンショックの落ち込み8.6%を超えて過去最大の落ち込みを記録し、個人消費も一世帯あたりの消費支出額が二十九万三千百八十一円と前年同月比で8.5%の最大の落ち込みを記録したと二千十一年四月二十八日の読売新聞夕刊で報じられていたからです。かつてのオイルショックよりもまた百年に一度ともいわれるリーマンショックよりも大きな激震が日本経済に走ったといわざるを得ないでしょう。生産の場面では東北地方の部品工場などの被災によって部品供給のルートが切れたことすなわちサプライチェーン(供給の環)が断絶されて生産に大きな支障が生まれたことが響いたといえます。また個人消費の場面では大震災のショックから外食・外出・娯楽を控えたことが大きく影響したといえそうです。また三月の貿易黒字額も78%の大幅な減少を記録したと二千十一年四月二十日の読売新聞夕刊の記事にあります。部品調達と停電により自動車などの製品の生産が滞ったことが影響した結果といえます。東北地方が日本のGDPに占める割合は7%とされますが、その7%が与える影響力は数字以上の大きさをもって波及すると言ってもいいようです。日本の本州の四分の一が壊滅的な被害を受けたと表現した方が実際の経済データの落ち込みの様子に近い表現になるともいえそうです。私の友人の医師の話では、単価は安いがある病気にはなくてはならない医薬品を製造している日本で唯一の会社が被災し、また手術の時に医師や看護師が着る手術衣そして傷口を縫合するための糸なども東北地方の企業が作っているので供給が止まると困った事態になるとのことでした。そのような震災が日本経済に占めるGDPの規模が東北地方よりももっと大きい東海地方や中部地方あるいは首都圏で起きたとしたら、その影響は考えるだけでも空恐ろしくなるというものです。そしてこのような状況が生まれ出たことによって岩手・宮城・福島三県における震災による失業者の数が3〜5月期には十万六千人と前年の2.4倍に上ったと二千十一年五月十九日の読売新聞朝刊の記事にあります。震災で被災した工場や店舗が従業員を解雇したり倒産したり、また政府の雇用対策が十分には浸透せず域内の雇用に結びついていないのが現状といえそうです。これからの復興計画においてどれだけ多くの地元企業を活用でき地元にいる人たちを雇用に結びつけてゆけるかにかかります。それでなくとも民主党の菅内閣が発足した当初には「一に雇用、二に雇用・・・」と言うほど雇用不安が大きかった日本経済の状態だったことを考えれば、この震災はさらに雇用不安を強める形に作用していることは明らかだといえるでしょう。事実二千十一年春の大卒就職率は氷河期と言われた二千年と並ぶ91.1%と過去最低を記録したと二千十一年五月二十四日の読売新聞夕刊にあります。震災が原因で内定を取り消された学生は百三十九人と比較的に少数にとどまっているとはいえ、二千十二年度卒の人たちの就職率も大幅な改善は望めそうにないと思えます。日本の生産体勢が大きな被害を受けてしまえば生産活動に響き雇用にも影響してくるのは当然といえるからですが、日本の生産体勢が部分的に崩れたことによって輸出が減少した結果、日本の二千十一年四月期の貿易収支は四千六百三十七億円の赤字となったと二千十一年五月二十五日の読売新聞夕刊にあります。千九百八十年以来三十一年ぶりの赤字とされています。震災が起きたのは三月三十一日でしたがそれでも三月期はかろうじて黒字を維持していたものの四月に入って震災の影響が色濃く経済データに表れることとなったといえます。国際市場での資源価格の動向や円相場などの要素があるとはいえ、電力の供給不足を含め日本国内の生産体勢が元の水準に戻るまでは貿易面でのこのような状態は継続しかねないといえるでしょう。それは当然日本の雇用情勢の悪化に直結してくる問題です。二千十一年五月二十八日の読売新聞朝刊の記事には車の生産が四月は六割り減少したとあります。日産がマイナス48.7、トヨタがマイナス78.4、ホンダはマイナス81とされています。国内での自動車生産がこれだけ大きく落ち込んでしまえば、輸出もそれに伴って減少するのは当然といえます。日本の二大主力輸出品である自動車と家電が震災の影響を受けたために貿易収支が赤字化した原因の一端があるといえます。原発の停止による日本の電力不足が深刻化する中で二千十一年五月二十六日にフランスのどービルで開かれたG8の席上で菅首相は一千万戸に太陽光パネルを設置する方針を表明しました。日本の世帯数は四千万世帯ですので四分の一の世帯が太陽光の設備を備えることに数の上ではなるわけですが、マンションなどもありどのような設置方法があるのかまではこの時点では明らかになっていません。また一戸当たりの発電量を4kw/時としても総発電量は4,000万kwでしかありません。これは東電一社分の発電量に満たないと考えてもいいような数字ではないかと思います。果たして日本にある原発を全て停止してしまったとして日本全体の電力消費をそれで穴埋めしきれるかどうかです。また太陽光発電パネルを設置するにしても一戸当たり少なくとも百万円以上の費用負担に応じる世帯がどれだけあるのかも考えなければなりません。政府や地方自治体が補助をしたとしても一戸建ちのどの世帯もがそれに応じるとは限らないと思えます。「原発には反対だがだからといって自分が百万円を超えるような費用負担をするつもりはない」という人も多いのではないでしょうか。事実、二千十一年八月十八日の読売新聞夕刊には大阪府の橋下知事が打ち出した新築住宅への太陽光パネル設置を条例で義務化と言う方針に対して反対が87.5%に上ったと記されています。自己負担費用は二百万円とされ、アンケート調査の結果ではこの方針の導入に賛成する人と反対する人とが同率になるのは負担額が二十二万六千円になったときだそうです。自己負担額が二十二万円で発電装置の額が百万円以上だったとすれば八十万円以上が補助金と言うことにもなってしまい、これでは財政がとうてい持ちこたえることができなくなる数字です。ましてやこの時点では4kwの発電装置の平均的な価格が二百万円とされる条件ですので、二十二万というのはその十分の一程度にしかならず九割を補助しなければならなくなります。これは私のこれまでの経験を含めての感想なのですが、人は利益のために動くことはあっても意義のためにはなかなか動かない、あるいは意義のために行動してもあまり利益にはつながらないと言うことです。意義あることに投資したがために利益が上げられない人間は世間では馬鹿と言われるのが落ちです。意義あることに投資すればそれなりの利益にも結びつくようなシステムを作らない限り自然エネルギーの普及もかけ声だけのもので終わりかねません。二千十一年七月二十五日の読売新聞夕刊の記事のグラフでは、住宅用太陽光発電システムの導入件数は二千十年時点では累積で七十万件ほどのようです。また、日本の自然エネルギーの割合は全体の1パーセントに過ぎないとも言われています。余談ですが原子力発電の基礎理論にはアインシュタインのE=mc^2と言う有名な数式が存在していることは多くの人がご存じのことと思いますが、原発に代わる新しいエネルギー源と考えられる太陽光発電にもその背景にはアインシュタインの残した理論があるようです。光には粒子説と波動説の二つがあると言われ太陽光発電にはそのうちの粒子説が応用されているようです。日本で原発事故が起きたからと言ってアインシュタインを責めるわけにもいきません。基礎科学はあくまでその分野ではそのようなことになると言うことを突き止めただけで、それをどう使うかはあくまで使う側の人間に任されているからです。そしてユダヤ系だとは言えアインシュタインの母国であるドイツは福島原発事故を契機として脱原発に方針を転換しましたが、不足する電力は原発での発電割合が八十パーセントを超えている隣国のフランスから輸入する方針と伝えられます。ドイツとフランスは陸続きなので送電網を活用することも容易であることでしょうが、日本がそれをまねしようとする場合には日本は島国なので海底ケーブルでの送電網の敷設をしなければならなくなります。また、長距離の送電には送電線の電気抵抗による送電ロスが生まれます。そのロスは現在の日本では平均5パーセントと言われていますが、電線の電気抵抗によってその分は熱となって大気中に逃げてしまっているのです。超伝導の線形化が実現すれば送電ロスは理論上はゼロにできるはずです。そうなればオーストラリアの砂漠で太陽光で発電した電力を日本に輸入することも、あるいはアメリカで発電した電力を日本に輸入することも可能にはなることでしょう。その逆も当然可能です。二千十一年の夏には東京電力管内では15パーセントの節電が目標とされましたが、もし5パーセントの送電ロスがなかったら10パーセントの節電で済んだかも知れません。また日本が自然エネルギーに比重を移すにしても、国内の原発の発電量が全体の発電量の三割になるまでには原発の設置計画の段階からこの時点までにおよそ五十年近くがかかっていることを考えるなら、自然エネルギーの割合が総発電量の三割近くにまでなるのには少なくとも二十〜三十年くらいの年数を見ておかなければならないかもしれません。そして東京電力管内で計画停電や電力不足が起きたために本社機能を東京から大阪や名古屋へと移す動きが生まれ大阪や名古屋では流入人口の増加が起きていると言われてはいますが、それでも東京と神奈川の人口は増加傾向を示しています。そしてこれまで何度か話が出ては消えていたサマータイムの導入も、電力不足という事態が生まれて行政や企業などでも実際に実施するところも出始めました。東京への一極集中やサマータイムの導入などこれまで幾度となく問題が指摘されていながら手をつけられてきていなかった問題の解決行動を震災が後押しし促した形です。しかし本社の移転先である大阪を含む関西電力管内も原子力発電が5割以上を占め、定期点検での停止を含めてやはり電力需要は逼迫しているといった状況です。そしてこれまで日本企業は燃費のよい車や消費電力の少ない家電製品などを作ってきてはいましたが、この時点での電力不足は企業の工場内の生産ラインや事業所内部での省電力化も求められることになりました。そして15パーセントの節電でも生活や生産にかなりの影響が出たことを考えれば、日本の総発電量の3割を占める原発が急に全て一斉に停止した場合の影響は相当なものになってしまうことは容易に想像できると言うものです。 このような震災に伴う原発事故によって生じた日本の電力不足に加えアメリカの債務問題に絡んで七月中旬頃から顕著になり出した日本の円高は八月初めのスタンダード・アンド・プアーズによるアメリカ国債の格付けの引き下げによっていっそう加速し、八月十九日にはニューヨーク史上で一ドル七十五円九十五銭ほどの戦後史上最高値を記録したりしました。日本経済としては内と外の両方が封じられてしまった感じです。そして二千十一年八月二十四日にはアメリカの格付け会社ムーディーズが日本国際の格付けを一ランク引き下げました。震災の影響と財政難また政治の不安定要素などを考慮してのことと報じられていますが、この時点での日本は国の信用度が下がることはあっても挙がる条件はほとんど見あたらないのが実情といえます。景気対策を打とうにも国の財政は逼迫していて思うようにはいかず、せめて震災復興のための予算で日本経済を扶養させようにもその予算を捻出するために増税するという覚悟と決断も経済状況を見ながらではできずにいます。日本の国と地方の債務残高の合計は二千十年度では八百兆円ほどのものが二千十六年度以降には一千兆円を超え二千二十年度では千百八十四兆八千億円ほどのなるだろうという予測が二千十一年八月十三日の読売新聞朝刊にあります。同じ紙面には基準が改定されたためとはいえ消費者物価も0.2%の下落となり数字の上ではデフレが続いています。日本の財政は千九百七十年頃はほぼ均衡していましたが、千九百八十年代のバブル経済崩壊以後殊に悪化の一途をたどっているといえます。大震災の悲惨な光景を目にしその後の電力不足を経験している日本人にとっては、バブル経済で浮かれ上がっていた時代などは遠い過去の出来事として映ることでもあるでしょう。バブル崩壊に伴う景気の悪化に対して多額の財政支出をしたにも拘わらず日本経済は低迷の域を脱することができていませんでした。そして長引くデフレ経済が継続していたところにこの東日本大震災が起きました。震災による被害規模は阪神大震災の九兆六千を九円を遙かに超える十六兆九千億円と二千十一年六月二十四日の読売新聞に内閣府試算として発表されています。しかもこの被害額の中には原発事故の損害額は含まれてはいません。復興のための予算として十年で二十三兆円の予算を確保するとのことは二千十一年七月二十一日の読売新聞夕刊にありますが前半の五年にその8割を配分するとのことで」、ひとまず五年で十九兆円の対策費が決定されていると二千十一年七月二十七日の読売新聞朝刊にありますが、この復興予算が果たして日本経済を浮揚させるだけの力になるかどうか、そしてこの予算の財源を確保するための増税がどのように日本経済に影響してくるのかが問題となってきます。復興のための予算配分はがれき処理とインフラ整備に六兆円、仮設住宅や生活再建のためなどに四兆円、地域作りのインフラやソフト事業に八兆円などとされており、復興債の発行や歳出削減によって資金を確保し、復興債の償還には法人税や所得税の増税で行うとの方針のようです。東北三県では津波で車が流されたことにより自動車税が百十億円ほど減少するとのことで復興のための財源がそれだけ少なくなってしまうとのことです。被災地の域内経済は域内で自律回復への道筋をつけることはとうていできそうになく当面は外部からの支援に頼まざるを得ない状況にあるのは明らかです。そのため震災復興のため二十兆円ほどの増税を政府税調も考えているようですが、少なくとも日本の財政状態を考えるなら国民の人気取りだけの政策などとうてい打ち出す余裕がないのが実情といえます。このような中に日本の経済状態が置かれているとき、世界では二千十一年八月五日にスタンダード・アンド・プアーズによるアメリカ国債の格付け引き下げによってニューヨークダウは五百十二ドル下げ、八月五日の東京市場は三百円以上の下げを記録しアジア市場も軒並み下げるという展開になりました。アメリカの財政悪化とギリシャ財政危機などが絡み合って起きてきた動きですが、スタンダード・アンド・プアーズの米国債格付け引き下げによって生まれた株式市場での損失は五百二十三兆円とされリーマンショック以後の最大の落ち込みです。リーマンショックによって世界経済が被った損失は四千兆円と言われるのでそれよりも軽微だとはいえ、世界経済がこのような状態の中で震災復興も行わなければならない日本経済はかなりしんどいところに置かれていると言わざるを得ないでしょう。日本はこれまで自国が経済的に苦境に陥るとそれを外需すなわちアメリカなどへの製品輸出でかろうじてしのいできていました。しかしこの時点では欧米市場は経済的に落ち込み日本も経済的に不振の中にありながらの円高局面という日本としてはあまり納得できない状態の中に置かれています。しかも日本経済には福島原発事故による電力不足が重なったために企業が日本国内で経済活動をする上での不利な条件が増え日本企業そのものが日本を離れ海外へと生産拠点などを移す動きも出始めています。それは結果的に日本経済の産業の空洞化を招き雇用の悪化にもつながってくる問題です。しかも日本は人口減少社会に突入してマーケット規模が徐々に長期間にわたって縮小するであろうことは明らかです。二千十一年八月十日の読売新聞朝刊には総務省の発表として日本の人口が二年連続で減少して一億二千六百二十三万人となり、自然減は十四万人と最大になったとあります。日本の社会は利益を増やし続けることが使命の企業にとってはあまり魅力のある社会ではなくなり始めているのは明らかです。これら国際的な経済状況や日本の財政状態などいくつもの制約がある中で、いかにして震災復興を行いながら日本経済を景気浮揚させ成長軌道へと乗せてゆくかは非常に難しい課題といえます。震災で生み出された失業者は三〜五月期で岩手・宮城・福島の三県は前年の2.4倍の十万人に達していると二千十一年五月十九日の読売新聞朝刊紙面にあります。復興予算によって地元の人間が復興事業に参加でき収入が得られるような条件が生まれるかどうか、そしてそれが日本全体の経済にも波及してくるかどうかです。そして輸出産業などの生産が本格回復したとして、それらの輸出先と考えられるのはこの時点での唯一の頼みの綱は中国をはじめとするアジア諸国の経済成長率が依然高い水準にある地域と言うことくらいでしょうか。中国の二千十一年四〜六月期の成長率は9.5%と高水準にあり、国内ではインフレが進行しているとは言っても依然として高い成長率を維持しています。中国が日本を抜いて世界第二位の経済大国になった後で日本では大震災が起き、日本経済は大きな損傷が見舞われたので同時期の日本のGDPはマイナス1.3%となったため中国と日本の経済規模の差が開く速度は一段と大きなものになっているともいえるでしょう。アジア諸国の成長に助けられる形で日本経済が回復への道を歩み出せたにしても日本経済が健全体に戻るまでには時間がかかりそうなのはこの時点での生活保護受給者が二百万人を超え戦後の混乱期に匹敵する数になっていることからも推測できます。二千十一年六月十四日の読売新聞夕刊のその記事には三月末時点で全国の生活保護受給者が二百二万二千三百三十三人と、千九百五十二年以来59年ぶりに二百万人を超えたと記されています。この生活保護受給者の数は震災の被災者が仮設住宅に住んで自費で生活費を工面しなければならない状態に置かれればさらに増えるだろうとのことです。生活保護受給世帯数は百四十五万八千五百八十三世帯と過去最多とされます。失業者や生活保護受給者を抱えた社会をどのように立ち直らせてゆくかです。確かに日本は敗戦によって焦土と化しながらその後「奇跡の復興」を成し遂げはしました。しかし再び戦後と同じようなどさくさの時代状況に陥っているといえるでしょう。戦後の時代の成功体験を全て捨て去って、もう一度まっさらな気持ちにリセットしで再興に向かえるのかどうかです。そのためには政治だけでなく国民も意識を切り替える必要があるかも知れません。戦後すぐの頃の国際情勢とは全く異なる時代になり時代環境が厳しいことは確かですが、それをしなければならないところに日本は身を置いているとも思います。一度豊かさを経験した人間がじり貧になって身をやつしもう一度経済的な豊かさを奪還しようとすることは、豊かさを知らなかった人間が初めて豊かさを手にできるのではないかと思って頑張るのとは力の入りようが違ってくるのかも知れずそれだけ難しさはあろうかと思います。日本は果たして過去の栄光にすがるのではなく現状を謙虚に認めた上でもう一度巻き返せるかどうかです。戦後すぐの頃は日本の財政基盤も脆弱で学校の教員たちの給料もあまり満足な額が支払えない状況だったようです。そのため教員たちは「これでは年を越すことができない」として年末には国会前で抗議行動などもしたとされています。給与の未払いや支払いの遅延なども起きていたことでしょう。東日本大震災の復興財源を確保するために公務員宿舎の建設見合わせが話題となりましたが、国家公務員宿舎が建てられるようになったいきさつは戦後すぐの時点で公務員に給与を支給するだけのオカネが政府になかったために宿舎を与えるという現物支給の道でしのいだからではないかとの解説もあります。民間企業でもそのような動きはありました。私の父は兵隊として戦地に赴き帰国してからは自動車関係の企業に勤めることになりましたが、会社が現金では給与が払えず給与の代わりに子供のいる社員にはランドセルなどが配布されたときがありました。まさに現物支給でした。私はそのランドセルで小学校に六年間通いました。父が勤めていた会社は戦前・戦中は飛行機のプロペラを作っていましたが戦後になって自動車の製造に転進した現在では東証一部上場企業です。東証一部上場企業だとはいっても戦争終結から十年ほど経っているとはいえ千九百五十年代中盤の頃でもまだ日本はそんな状態だったということです。日本がアメリカによる占領を終え独立を回復したのが千九百五十二年のことなので当然かも知れません。そのような戦後のどさくさの中で闇米で儲けた資金を元手に団地金融を始め、その後消費者金融の大手一部上場企業を築き上げた人もいました。その企業は過払い金の返済を求められる時代になって不振に喘ぐようにはなりましたが、ひょっとしたらこの時点で社会問題化している振り込め詐欺で儲けた資金を元手に正規の事業を起こして成功する人も出てくるのかもしれません。闇の世界で儲けた人はやはりその後も闇の世界で生きる場合が多いとはいえ、なかには才覚があって表の世界で活躍し始める人も出てくるかもしれないのです。それは何も金融分野に限られず製造業でも飲食でも小売り販売でもあるいは流通業界でもかまわないことです。少なくとも戦後の動乱の時代ではそういうことも事実起きていたからです。法を犯すというリスクを覚悟して儲けようとすることは、法的な条件をすべてクリアーして儲けようとすることよりも手っ取り早く大きな金を手に入れることが容易いことだと言えるかもしれません。商品やサービスの開発力がなければそうそう正規の方法で儲けさせてくれるほどこの世は生やさしいものではなさそうに思えるからです。振り込め詐欺も手口が巧妙化しているというのであれば、それらの人たちはそれなりに頭を使うことができる人たちといえます。ならばその頭脳を正規の事業の中で使って成功できる人も中にはいるかも知れないと言うことでもあります。法の裏や隙間をねらったりすることなくオーソドックスな事業展開でどこまで利益が上げられるのかに挑んでもらいたいところです。若くしてアメリカ大統領になり暗殺されて命を絶ったJ・F・ケネデイはアメリカの株式市場の全銘柄(当時はナスダック市場はまだ存在していなかったのでダウの銘柄です)を所有していたとも言われるほどの資産家の家の出ですが、その資産の大元は彼の遠い先祖が禁酒法の時代に酒の密輸で儲けたものだとも言われるくらいです。たとえ先祖が違法に作った財産でも、後の時代にはその子孫が偉大な業績を残すことで国や社会に返すことになる場合もあり得ます。 とはいえ同じ財産を残せるのであれば合法的に資産を形成できる方が望ましいことは確かです。しかし正攻法な仕事の仕方をしていたのでは日本国内ではなかなか利益が上げられない経済環境に日本が陥っていることが問題だといえます。一年半ほどの期間日本経済は回復基調に乗り始めていたところに東日本大震災が起こりました。その復興費用をまかなうのにも増税が必要になると考えられる上に、それ以外にも社会保障と税の一体改革の面でもどうしても増税が必要になってくるといえそうです。二千十一年五月二十日の読売新聞朝刊紙面には二千十五年までに消費税を十%まで段階的に引き上げ税負担が大きくなる低所得層には所得税や低所得者向け給付措置等々によって対応する方針を政府が打ち出したとあります。人口に占める高齢者の割合の増加と失業者や生活保護受給者の増加などに対する対策の費用はどうしても必要となってきています。失業者や生活保護受給者を減らすためには雇用対策のための経済対策費ですが、経済が回復してくるまでそれらの人の命をつながせておくのは社会保障の費用です。しかし景気が回復しないと税収は伸びず、震災対策もまた社会保障費の準備も思わしいことにはなってゆきません。そして円高で日本の輸出企業は利益が落ち、円高に原発事故も重なって日本への来日外国人の数は四月には六十三%もの落ち込みを示して三十万人を割り込んでしまったと同じ紙面にあります。また五月のそれも三十五万八千人と前年の半分だと二千十一年六月十七日の読売新聞朝刊にあります。「観光立国日本」を打ち出していた日本だとは言っても、いくら「おもてなしの心」で迎えようにも放射能被害を嫌った海外の人が来てくれないことには始まらない話となってしまいます。このような中で世界経済フォーラムが発表した二千十一年度の国際競争力ランキングでは、日本は前年の六位から順位を下げて九位へと後退したと二千十一年九月八日の読売新聞夕刊に記されています。二千九年は、スイス、米国、シンガポール、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ドイツ、日本、カナダ、オランダの順で、二千十年はスイス、スウェーデン、シンガポール、米国、ドイツ、日本、フィンランド、オランダ、デンマーク、カナダでしたが、二千十一年度はスイス、シンガポール、スウェーデン、フィンランド、米国、ドイツ、オランダ、デンマーク、日本、英国の順になりました。経済規模で日本を抜いた中国は二十六位、ブラジルは五十三位、インドは五十六位、ロシアは六十六位とのことです。日本が順位を下げた要因は財政状態の悪化と経済の低迷が主だとされていますが、この評価には東日本大震災の影響は反映されていないとのことです。震災による日本の財政事情のさらなる悪化をも評価に加えるなら日本の順位はさらに下がりトップテンから圏外に落ちるのかも知れません。財政の再建と景気浮揚という相反する命題を同時に解決することは難しい課題です。財政にあまり負担をかけずに経済活動を活発化させるには規制緩和という方法もあります。しかし原発事故を目の当たりにしている日本人にとっては原発の安全性への規制は逆に強化すべきと思う人の方が多いといえるでしょう。むしろ自然エネルギーなどの分野、たとえば小水力発電などに伴う水利権の規制緩和などを行い普及を早めるべきといえます。小水力発電は比較的に流れが急な日本の自然条件に合っているというばかりでなく、流れの落差が小さい用水路などでも発電が可能なゼンマイを利用した発電方式も考え出されていると二千十一年十一月六日のTBSの番組「夢の扉」で紹介されてもいました。そして使用電力量を減らしなおかつ生産量を増やせるような生産現場での工夫が行われればそれは日本の競争力強化にもつながることでしょう。二千十一年九月九日の読売新聞夕刊には東北地方に重点的に太陽光発電や小型蓄電池など再生エネルギー利用の設備を設置するための予算として八百億円を環境省が第三次補正予算で要求すると報じられています。殊に岩手・宮城・福島の三県を手厚くする予定とされますが、災害で多くのものを失ってしまったが故に次の時代に必要となるものを大胆に取り入れて地域作りをすることは意味があるといえるでしょう。エネルギーの面では先端的な地域となることも可能なはずです。冬の間雪国でどれだけの電力が太陽光パネルで作り出せるのかは私は知りませんが、現在の日本が持っている技術を全て投入してエネルギーのモデル地域を形成する試みはやってみる価値はあるでしょう。東北地方であるならやませを利用した風力発電も考えられます。日本の国際競争力を維持して行くには技術革新は必要不可欠なことといえます。また行政部門が抱える負債を減らすことも必要不可欠といえるでしょう。二千十一年九月十九日の読売新聞朝刊には日銀が二十日に発表予定のこととして国と地方の債務残高が国内の個人金融資産の総額を初めて上回る見通しだと記されています。三月時点ですでに日本の個人金融資産の総額は一千百十兆円であるのに対し中長期債務残高(八百九十四兆円)と政府短期証券などの合計は一千四十五兆円になっていたとされるからです。日本は債務超過の状態と言ってよく、日本の国債を国内で消化できていた状態に変化が生まれかねない状況にまで立ち至っていると言うことです。このような状態で海外にも日本の国債を引き受けてもらわなければならないようになれば、日本の財政状態を見る海外の目は一段と厳しくなることでしょう。当然のことながら日本の国債の格付けにも影響してくることは明らかです。日本政府としては震災対策にせよ税と社会保障の一体改革にせよ、財政の再建を考えながら行わなければならないとしたら増税は考えなければならなくなると思います。一方アメリカの方も9%を超える失業率が続く中で、オバマ大統領は富裕層の優遇税制を見直すことで十年間で四千六百七十億ドルの実質上の増税による財源で四千四百七十億ドル(三十四兆五千億円)の景気対策を施そうとしています。財政にゆとりがあるなら日本もアメリカも増税なしで景気対策を打ったりできるのですが、どちらの財政事情もそれを許すような状態ではありません。殊に先進国の中で最悪の財政状態の日本としては「増税を口にすると選挙に勝てる・勝てない」という政治家の判断を超えて、どの政党が政権を握っても財政の立て直しは避けて通ることができない問題といえるでしょう。バブル経済とその崩壊によって財政出動による幾たびもの景気対策によって日本の財政状態は急速に悪化しましたが、日本のバブル崩壊が何であったかの一端がその二十年以上後になった二千十一年十一月八日に明るみに出たオリンパスの不正経理による財テクの失敗の損失隠しなどでした。バブル経済のさなかには個人も企業も自分の本業を忘れてしまうほど財テクに走った時代だったと言えます。そして財政再建路線に転換したとしても「返しても返してもなかなか借金が減ってくれない」という、かなりしんどい経済状態が相当長期間続くことを覚悟しなければならないことでしょう。とはいえ財政再建路線に舵を切ることも容易ではないかも知れません。政治家の中には「財政の再建は必要でも今はその時期ではない」という人もいるからです。財政再建への環境が十分に整う時期が果たしてやってくるのかどうかもわからない中で、いたずらに時間だけが過ぎてゆくという事態も考えられます。条件としては最悪といえるような中においても財政再建に踏み出さざるを得ない局面は当然あると思います。この時点で日本国内には「今増税をすれば日本経済は沈没してしまう」という意見が一部にありますが、増税をしなければ借金の利払いは年々増加し日本国債への評価も低下し国債の利回りは上昇して金利が上がりそれがさらに利払い金の増加を生み、そして利払いもできず国債の償還も不可能という債務不履行に陥れば信用不安を生み出すことになり日本の国際的な地位も落ち結局は日本経済はいつか沈没することでしょう。すなわち増税をしてもしなくても日本経済は一度は沈まざるを得ないと思います。そこで言えることは、その経済的な沈み込みの後には将来的展望が開ける沈み方なのか、それとも全く将来的な展望に繋がらない沈み込みなのかの違いがあると思えるのです。借金返済は苦しみを伴うことですが返済が済めば自由の身になれます。しかし増税をせずに累積赤字を放置し続けることではその先の展望は全く開けて来ません。復興増税による経済の落ち込みの幅がどの程度になるかの試算は政府と民間の野村証券が出したものが二千十一年九月二十九日の朝日新聞朝刊に記事となっていますが、それによると政府試算で二千十二年度から十四年度にかけての成長率を0.1〜0.2%押し下げるとされ、野村證券のそれは十二年度が0.03%幅、十三年〜十四年が0.06〜0.05%下落としています。これらはどちらも第三次補正予算が執行された場合の復興需要を加味していない数字で、復興需要が出ればこれに1%幅超の押し上げ効果があるとしています。従って増税による経済的な落ち込みはそれほど大きくはならないだろうとの結論です。復興増税はJT株の売却などの税外収入を増やすことで十一兆二千億円ほどに圧縮される方針ですが、その影響が経済にとってなるたけ小さなものになることを祈らざるを得ないような状況と言えます。そして財政の再建は復興増税が終了した後にも長期間続くテーマと言えます。 日本国内が震災の影響で様々な経済対策を打たざるを得ない状況の中で、世界では「アラブの春」と言われる中東諸国の民主化の動きや二千十一年十月中旬の世界各国で行われる「反格差デモ」など独裁体制や所得の不均衡に対する抗議の動きが起きていました。中東諸国の民主化を求めるデモでシリアのカダフィ大佐は実質的に失脚した状態にまでなったりしましたが、中東の民主化デモには食料価格の高騰に対する国民の不満が背景にあったと言われます。事実、世界の食品価格は二千十一年時点では千九百九十年〜二千二年時点の二倍に跳ね上がっている様子が二千十一年十月十四日の朝日新聞朝刊にグラフで示されています。十年ほどの間で食品価格が二倍になっているとすれば年率では7%程の上昇幅と言えます。日本で課題となっているTPPへも参加問題における農業分野ではコメなどには七百パーセント以上の関税がかけられていてその分国際価格よりも割高にされていますが、コメの国際価格が二倍になれば三百五十パーセントの関税でもいいことになります。しかし一方でこの時点では円が一ドル七十五円台になっているので、一ドル百円の頃からすれば二十五パーセント海外の物品やサービスは安くなっているので、関税はその分引き上げておかなければならないことにもなります。しかし二千十一年十月三十一日には世界の総人口は七十億人を超え二十一世紀中に百億人を超えると予測されています。これから考えれば世界の水と穀物そしてエネルギーへの需要は増え穀物市場の国際価格は上昇することはあっても下落することは考えにくいと言ってよいでしょう。すなわちこの時点で日本のコメの価格は世界の食料価格に比べて割高ではあっても将来的にずっとそれがそうであるかどうかはわからないと言うことでもあります。二千十一年十一月二十六日の朝日新聞朝刊の記事では二千年には中国・アメリカ産のコメの一キロあたりの価格が八十円ほどでこれに対し国産米はキロあたり三百円ほどであったものが、中国・アメリカ産米はその後価格が徐々に上がって二千九年にはキロあたり百七十五円ほどにまで上昇してきていましたが国産米は徐々に値段が下がりキロあたりに百五十円程までになってきていることがグラフで示されています。関税率は実質で二百パーセントくらいになり国内三枚の三分の二ほどの価格差にまでなっていると記されています。これまで日本のコメは国際性を持ち得ないものでした。すなわち価格が高すぎて輸出してもあまり売れる可能性がなかったわけです。しかし世界の穀物相場が上昇すれば日本のコメにも国際競争してゆけるだけの条件が生まれ出るかも知れません。日本のコメも国際性すなわち国際競争力を持ち得る条件が生まれ出る可能性がなきにしもあらずということなのです。日本国内で農地を集約化し大規模農業に転換を図り生産コストを引き下げながらコメの価格を引き下げて価格競争力をつけるような対策を打ち、その一方でコメの国際相場が上昇してゆけば日本のコメと他の国々が生産するコメや小麦などの穀物価格との内外価格差が縮小する速度はそれだけ速まります。そして経済格差は先進国・発展途上国の区別無く存在している問題と言えます。またそれらの抗議行動のきっかけになっていた媒体はインターネットでした。中国で起きた高速鉄道事故においてもインターネットによる政府批判が起きましたが、中国の場合は格差や汚職などの不正に対して地方の農民が抗議行動を起こす場合には暴動という形を取るのに対して、高速鉄道などに乗ることのできるお金のある中間層はインターネットを利用した抗議の意思表示をしたと言えます。すなわち地方では暴動、都市部ではネット上での抗議行動の形を取ったと言うことです。二千十一年十一月二十一日の朝日新聞朝刊に掲載されたグラフでは中国のインターネット人口は二千二年時点では五千万人ほどでしたが二千十一年には五億人に達しようとしています。インターネット人口が国民の四割近くに達しようとしているところではネットによっての影響力が伝わりやすい社会になっていると言えるでしょう。一方、先進国における経済格差への抗議行動はネットで呼びかけが行われたとはいえデモはニューヨークのタイムズスクエアーやウオール街またロスアンジェルスそしてロンドンやローマそしてパリやアテネそれに東京など大都市が主で日本などでも地方都市では動きは全く見られていません。私などは大都市と地方都市あるいは農村部などとの格差への抗議の意思表示はどこで表現すべきなのかなどと考えてしまうのですが、不満を抱いている地方の人間は日本の場合は東京まで出向いてデモをしなければならないのかと言うことなのです。ネットで呼びかけられたデモも大都市で行わないとマスメディアが取り上げてくれないと言うことにもなりかねません。どこかの田舎の農道で農民達が耕耘機を連ねてデモをしてもそれをマスコミが報道してくれるのでしょうか??大都市の中にも格差は存在していますが、人・モノ・カネを地方から吸収して肥大化してゆく大都市と吸収されて行ってしまう地方との格差も存在していることは確かです。そのような地域間格差も当然のことながら問題としてゆくべき事と思います。地域間の経済格差は有効求人倍率や高校生の求人倍率などの差となって即座に反映されてくるものだからです。先進諸国で行われるデモでは「行き過ぎた資本主義」にたいする批判が行われています。しかし経済格差の問題は共産党一党独裁の中国においても国民の不満がいつ爆発するかわからない問題と言ってもいいでしょう。市場経済化の道を選択すればその是正策も用意しておかないとむき出しの自由競争の社会のまま放置すると格差は拡大する性質を持つことはこれまで世界が経験したことで証明されてきていることです。初期資本主義時代の産業革命発祥の地であるイギリスでもそうでしたし大正から昭和初期の時期の日本においてもそうでした。また現在のアメリカもそうなっていましたし最近の日本もその傾向を強めています。市場性に過度に依存した経済は格差を拡大してしまいますが、社会の隅々までを規制で縛ってしまうと経済は活力を失ってしまいます。市場性を生かしながら格差は是正できるシステムを考えなければならない理由はそこに存在すると言えるでしょう。東日本大震災が起きたのは二千十一年三月でしたがその年の九月には台風十二号と十五号の被害が中部・近畿地方を襲い、十月にはタイで洪水が起き日系企業をはじめとする多くの企業が操業停止を余儀なくされました。日本の震災の場合は首都東京は難を逃れたとはいえタイでは首都バンコクも洪水の被害が起きそうな状態です。東日本大震災による部品供給の途絶の余波がやっと収束して生産が回復し始めた時点で今度はタイで再び生産停止が起きる様相となりました。それにEUの債務問題を発端とした信用不安が重なり、日本は極度の円高で一ドル=七十五円台を記録するまでになりました。財政赤字は抱えながらも先進各国の中で対外的には唯一大きな債権国という立場の日本の円がドルや欧州通貨に比べて相対的に安定しているために円が買われるにしても、日本の輸出企業にとっては耐え難い水準の円高と言えます。拡大EUの経済規模はほぼアメリカと同規模なので、欧州経済ががたつく状態が世界経済に影響しないわけがありません。EU諸国とのFTA協定を結んで欧州との自由貿易が日本より先行していた韓国はその分欧州との経済的な結びつきが強いがために極度のウォン安の状態を経験しています。そのため韓国の輸出企業にとっては有利だとは言っても輸入物価は軒並み上昇し国内はインフレという局面になるのは当然と言えます。その逆でデフレ基調にある日本経済にとっての円高は輸入物価をさらに押し下げデフレをいっそう強める方向に働くとも言えるでしょう。しかし日本の財政がさらに悪化してギリシャの二の舞にでもなれば円は売られ日本も韓国のような状態にならないとは言い切れません。通貨安・株安・インフレと言うことにもなるのです。 二千十一年十月にタイで洪水が起こった時点よりもかれこれ一年前の二千十年十月十七日の朝日新聞朝刊には日産の新型マーチが多雨から逆輸入されてくるとの記事が載っていました。日本の下請け企業もタイへ進出して部品の九十五%が海外生産されたもので、日本の裾野産業が国外へ流出しているとのことが載っています。そこに載っている三枚のグラフと表では、日本の製品の輸出先として千九百九十年時点では北米とアジアが三十五%程とほぼ拮抗していましたが、それ以後は一貫してアジア向けが伸び二千十年度ではアジア向けが五十七%程で北米向けは十五%程に低下しています。輸出総額も二千七年の八十兆円をピークに二千十年度にはそれが半減して千九百九十年とほぼ同額の四十兆円ほどにまで落ち込みました。加工型製造業の海外生産比率もドル円相場の円上昇に伴って千九百九十年の十%から二十五%へと生産比率が上がっていきました。その間の円相場は千九百九十年が一ドル百六十円、九十五年に一つのピークを迎えて一ドル七十九円台になり二千十年では一ドル九十円ほどになっていたというわけです。日本国内の製造業の事業所の数は千九百九十年には七十三万あったものが二千年には五十九万に減り二千八年には四十四万にまで落ち込んでいます。就業者数も千九百九十年の千四百八十八万人から二千年には千二百四十九万人そして二千八年には千百万人へと減少。国内総生産も千九百九十年の百十七兆円から二千年では百十一兆円そして二千八年には百兆円へと縮小しています。この趨勢は二千十一年における歴史的な円高すなわち一ドル七十五円台という水準でいっそう加速されることでしょう。このような海外での生産に日本企業が大きく依存する形になり、そのためタイの洪水によって部品の供給に支障が出て日本の自動車メーカーは北米での車の生産を一時休止しなければならないような状況にもなっています。日本国内の産業の空洞化だけでなく海外進出した場合でもリスクはあることが証明されてしまったわけですが、日本国内の産業の空洞化をこれ以上させないことと新たな産業を生み出したり海外から産業を誘致したりする工夫はせざるを得なくなります。日本国内では起業数よりも廃業数の方が多くなってしまっている現状を何とか変えなければなりません。そのためにはTPPへの参加交渉も必要になってきたと言える状況のようです。日本国内だけではビジネスチャンスが少なくなっていく傾向の中にあるからです。TPP交渉参加に反対の立場を取っているのは主に農業分野と国民皆保険制度が壊され医療分野に貧富の格差が生まれることを懸念する医師会ですが、農業分野の場合はこれまでの守りの農業ではなく攻めの農業への転換も頭に入れてもいいのではと思います。バイオ燃料やビールをはじめとする様々な食品の甘味料として使われているコーンシロップの原料になったり飼料用穀物として日本にも大量に輸出されたりするトウモロコシにしてもアメリカ中西部のトウモロコシ農家の場合ですら政府の補助金なしには赤字経営になると言うことのようです。そのようなトウモロコシは直に人間がその実を食べようとしても味が悪くて食べられないとのことで、トウモロコシ農家は農家でありながら食糧は自給できていないという皮肉な現実があるようです。しかもアメリカのトウモロコシは遺伝子組み換えによって作られた品種とのことなので、我々日本人は遺伝子組み換えのトウモロコシをトウモロコシの形では食べないにしてもアメリカ産のビールに使われているコーンシロップは知らずに飲んでいる場合なども考えられます。一方日本のコメの場合は減反に協力した農家には減反奨励金すなわち補助金が出されますが、むしろこれからはコメの国内需要だけを考えるのではなく世界の穀物市場の動向を見ながらコメの増産に補助金を出すという方向転換も考慮していいように思います。当然日本の割高なコメの価格を国際市場の価格に近づける努力や工夫をしながら国際市場を視野に入れた日本国内のコメ作りを考えることの方が生産的かと思うのです。TPPの交渉参加の是非で日本は国論が二分されているとはいえ、将来的展望をある程度考えて準備すべき事のように思います。コメでパンが作れる「GOPAN」という家電製品とセットで輸出することも考えられます。小麦のパンとは異なる食感の米パンを売り込むわけです。コメを直接売ることが難しいというのであれば、米粉を輸出することも可能でしょう。米粉を利用した様々なレシピと共に海外へ販路を開拓する努力もしてみる必要があるのではないでしょうか。我々の生活の中には輸入された小麦粉が大量に入ってきています。それと同じく日本からは米粉を輸出してみるのです。あるいは米粉で作った食品を海外で販売するのもいいでしょう。我々はうどんを食べるときもあるいはパンやピザを食べるときも、その原材料がどこから来たものかなどほとんど気にせずに食べているのが現実と言えます。海外の人が米粉パンを食べたとしてもその米粉が日本から来ていることなど気にしないかも知れません。むしろ値段がちょっと高いと思うくらいなものなのかも知れないのです。米粉のハンバーガーをハンバーガーの本家本元であるアメリカに売り込むのもおもしろいかも知れません。そうすると米粉で作ったピザパイはイタリアに売り込むと言うことになるでしょうか??戦後の日本を代表したのは製造業だったと言えますが、その製造業も戦後すぐの頃には不利な条件からのスタートを余儀なくされました。製造業になくてはならない金型の技術一つをとってもアメリカは圧倒的な技術力を持っていたからです。当時の日本にとってアメリカは勝てると思えるような相手ではありませんでした。しかしそのような中からでも日本の製造業は徐々に力をつけ海外市場でも売れる商品を作れるようになり大きな貿易黒字を創り出すまでになったのです。不利な条件からスタートした製造業が日本の稼ぎ頭になったというわけです。これからすれば有利な条件からでなければ勝ち目がないと決めつける必要もないはずです。またTPPに参加するしないの問題をべつとしても、では日本の農業分野などはこのまま国際競争力を全くつけず国際的な市場とは切り離された条件で推移して行ってよいのかどうかも考えなければなりません。農業分野などを強化する必要はあるはずです。日本国内は少子高齢化で食料の需要は減少するにしても世界の人口は増える傾向にあります。ならば日本はその拡大するビジネスチャンスを活かせるような体勢作りに向かうべきだとも言えるはずです。 このようなTPPの交渉に参加するかどうかが大きな注目を集めている時点での日本の経済状態は震災による落ち込みから徐々に回復し始めているとはいえ七月時点での生活保護受給者の数は過去最多を記録するような状態です。二千十一年十一月九日の朝日新聞夕刊の記事に寄れば七月の生活保護受給者は六月より八千九百三人増えて二百五万四百九十五人となり、世帯の種類別では高齢者世帯が四十二%と最多ではあるものの殊に働ける現役世代の部分がリーマンショック以前と比べて二倍以上になったとされます。日本経済は足下が液状化を起こしぬかるんで来てしまっているとも言えそうです。NHKのニュースでは支給された生活保護費の総額は三兆四千億円とされ財政への負担も大きなものになってしまっています。千九百五十一年以来の生活保護世帯の最多記録の更新となっていますが、二千十年度は民間企業の従業員の平均給与総額は四百十二万円と前年を六万円ほど上回り従業員数も四千五百五十二万人になって幾分景気は回復基調でした。しかし二千十一年三月の東日本大震災そしてアメリカ経済の不振とEUの信用不安から生まれた円高などによって日本を取り囲む状況は一変したと言ってよいでしょう。日本の不動産も空き家の数が全国で七百五十六万戸と十三%を占め十年前の倍となっているようです。少子高齢化と人口減少によってこの趨勢はさらに進行すると考えられもします。先の生活保護世帯のこととあわせて考えれば、これらの空き家を条件が合えば生活保護受給者にコーディネートして安く提供してもよいように思います。失業したり生活保護をもらっているわけではないが仕事に就いていてもその収入では生活をやってゆけない立場の人も多いと思われます。下手をすれば仕事に就いていながらホームレスになってしまうことにもなりかねません。TPPに日本が参加して全経済分野を実質自由化した場合のプラス面とマイナス面は当然出て来るでしょうし、自由化はきっと格差を助長する傾向に働くこともあるでしょう。それらを規制ではなく税制などを含めた経済政策で補う必要は生まれてくると思います。しかしそれは何もTPPに参加した場合の日本だけの問題ではなく参加国全てにとって問題になってくるものでもあるでしょう。各々の国々はそれぞれ自国の強みと弱みを持っているはずだからです。得をする側の国は得のしっぱなしで損をする側の国は損のしっぱなしでは損をする国は不満を持ってしまってその制度から離脱する場合もあるからです。自由化で貿易量が増えることで全ての国がそれなりに満足できる結果になる制度でなければなりません。当然のことながらTPPの提唱国であるアメリカの一人勝ちに終わってもならないはずです。日本も自由競争や成果主義を取り入れた社会になり、しかも税制の簡素化という名目で実質的に富裕層には有利な条件が生まれていました。年収一千万円超の高額所得者の数が増えていた一方でその数を遙かに上回って低所得者へとこぼれ落ちてゆく人たちが生まれ出ていたというわけです。二千十一年十一月二十二日の朝日新聞朝刊にはこのような傾向に歯止めをかけるような方向への政策転換の話が記事として載りました。消費税の増税と社会保障の一体改革として、富裕層への所得税の増税と相続税の増税を行うという内容です。殊に所得税においては現在の課税所得千八百万円以上の人に対して行われてきた最高税率四十%を見直す方針のようです。千九百七十年代には十九段階あった所得税率は景気対策などの理由で六段階に減らされ一億円以上の所得の人も十億円以上の所得の人もあるいは五十億円また百億円の所得の人も全て千八百万円以上というくくられ方の中で税率は四十%とされ高額所得者ほど有利な税制になっていましたが、最高税率の引き上げと所得に応じて課税段階を増やす方向へと方針と転換することのようです。逆進性(低所得者ほど税の負担割合が大きくなる)のある消費税を引き上げることとのあいだで公平性を保つためと所得の再分配機能を強化するために所得税を引き上げことが理由としてあげられていますが、所得を再分配した方が個人消費の活性化に繋がることは私の消費性向と限界消費性向と税制改革と個人消費のところで述べてあります。千九百八十年代以降超高額所得者にとっては三十五%もの所得税の実質的な減税となってきていた税制が変化しそうです。また日本の高額所得者トップ百人のうち五十人以上は東京都在住というデータもあるので、超高額所得者への課税強化は東京と他の地方との格差の是正にも繋がることだとも言えそうです。またそうしなければ個人間の所得格差と地域間の格差は是正できそうにありません。二千十一年時点では年収が二百万円以下の勤労者が一千万人以上いると言われます。日本の勤労者の数は五千四百万人ほどなので二割近い人が年収二百万円以下の最低所得者だと言うことになります。二千十一年十二月九日の朝日新聞朝刊には単身女性の三割強が貧困であるとの記事が載っています。「貧困」の定義ですが、「全ての世帯の所得データを基に、一人あたりの可処分所得の上位からも下位からも50%似なる中央値の半分を貧困線(07年調査では百十四万円)と定めそれより低い層に入る割合を言う。09年の日本全体の貧困率は16%。経済協力開発機構(OECD)も同様な指標を使っている。」とされています。単身の女性の生活が極めて苦しい状態であることが伺えますし、他のニュースでは母子家庭の子供で高校卒業後すぐに就職を選んだ割合は27%ですが、その中で大学進学を断念した理由として経済的なものによると答えた割合は四割を占めるとのことです。日本社会の中に存在する地域間格差と所得格差の是正は当然問題とされるべきことのように思います。ただ、政策の意思決定の中枢に位置する政治家や官僚あるいは政治に影響力のある財界人などは誰もがある程度の高額所得者なので、自分の身を切ることにも繋がりかねない所得税の増税には二の足を踏む可能性が高いと言えるのが事実かも知れません。安倍元首相は教育基本法の改正の折に「規範意識」を強調しました。「規範」とは、ウィキペディアによれば『「〜である」と記述される事実命題に対し、「〜べきである」と記述される命題ないしその体系をいう。法規範や社会規範がその典型であり、道徳や倫理も規範の一種である。社会学において人間社会集団におけるルール・慣習(慣習法参照)のひとつでもある。』とされています。ではこの時点で政府の意志決定に関与したり影響力を発揮したりする人たちはどうすべきなのでしょう?他人に規範を守れと押しつけることはできてもそれが自分のことともなれば、すなわち自分を縛ることにも繋がる規範を作ると言うことになればおいそれとは気が向かないことでしょう。誰しも自分自身を律することは一番難しい問題でもあるからです。政府は国家公務員の給与を7.8%削減する法案を提出する予定ですが国会議員の歳費や定数の削減は手つかずであること、また公務員給与の削減も官界の抵抗でなし崩しにされそうな状況であることなどはその一例と言えるでしょう。他人の給料は削れてもいざそれが自分のことともなれば給料はそうそう簡単には削ることはできないというのが本音なのかも知れないからです。アメリカの貧困率はさらに悪く十五%を超えています。アメリカ型の経済運営でも貧困率の上昇は阻止できないというわけです。二千十一年十一月三十日に成立した税制改正法においても結局は富裕層への増税は見送られてしまっています。この富裕層への増税が見送られて背景には震災復興のための復興増税9.2兆円のうち六兆二千億円をまかなうために二十五年間にわたって一律2.1%の所得税の増税が成立したため、それに加えて富裕層へ課税の強化をすれば富裕層の重税感が増してしまうと野党主に自民党が反対したことがあったと報じられています。しかし復興増税が二十五年間だとすると、二十五年間は富裕層への課税強化はできないことを意味してしまうことにもなりかねません。それはないと言える話でもあることでしょう。これまで年収が一億円を超えるような超高額所得者は三十五%もの減税になってきていたのですから十〜十五%位の所得税の増税には快く応じてしかるべきだと思います。政治は理論では動かないものだとしても経済理論を全く無視すれば今度は経済が動かなくなるとも言えると思います。そして二千十一年七〜九月期の日本のGDPの伸び率は1.5%年率では6%となったことが二千十一年十一月十五日の朝日新聞などで報じられ、またこの近辺の二千十一年十月時点では日本の現金給与総額が五ヶ月ぶりに0.1%増加し二十六万八千九百四十三円になっていると二千十一年十一月三十日の朝日新聞夕刊で報じられています。同じ紙面には鉱工業生産も十月の時点での速報値として二ヶ月ぶりに2.4%増加とされています。またその前日の二千十一年十一月二十九日の朝日新聞夕刊には十月の失業率が4.5%と三ヶ月ぶりの悪化になったとされていますが、その原因は「失業率の計算上仕事探しをあきらめた人は失業者と見なされない。その逆に仕事探しを再開して失業者と見なされる人が増えたことが・・・失業者増加の原因と見られる。」と記されています。日本経済は東日本大震災からどうにか立ち直りかけていると言ってもよいようですが、しかしアメリカ経済の不振や超円高とEUの財政危機から生まれた信用不安、またタイの洪水被害など日本経済を取り巻く国際環境は不安定と言わざるを得ません。二千十一年十二月三日の朝日新聞朝刊には内閣府の報告書に欧米経済がスタグフレーションに陥った状態だと示されていると報じました。アメリカ・イギリス・ユーロ圏では失業率が高止まりとなり物価は二千十一年に入ってから新興国の需要増加によって上昇しているからだそうです。その記事のすぐ下にはアメリカの十一月の失業率が二年半ぶりに8.6%に改善したとありますが依然高い水準であることは確かなようです。そのような中では日本はGDPが伸びたとは言っても同じ七〜九月期の企業の国内での設備投資は二四半期連続のマイナスで9.8%減少と二千十一年十二月二日の朝日新聞夕刊にあります。がれきの撤去などに使われる生産用機械は伸びたものの製造業と非製造業の設備投資が大きく落ち込んでいます。日本の失業率も八月には4.3%と0.4ポイントほど改善し二年半ぶりに4%台前半になったと二千十一年九月三十日の朝日新聞夕刊にはありましたが、七月〜九月期あるいは十月の時点での経済指標はよいものと悪いものがまちまちで全てが良好と言うまでにはなっていません。確かに二千十一年十一月二十七日の朝日新聞朝刊にあるように企業の景況感は改善しつつあるとはいえ先行きの不透明感はぬぐえないのが現実のようです。 そしてこれからの日本にとってかなり長期間のトレンドになるであろうと考えられるのが人口の減少です。二千十年十月一日時点での日本人の総人口は一億二千五百三十五万八千八百五十四人と五年間で三十七万一千二百九十四人減ったと二千十一年十月二十七日の朝日新聞朝刊紙面に国税調査の集計結果として報じられています。六十五歳以上の割合は二十三%と世界で最も高い高齢化率だとされています。また年が変わった二千十二年一月一日の朝日新聞朝刊では二千十一年における人口の減少は二十万四千人と東日本大震災があったとはいえ二千五年以降で最大の減少を記録したと報じられています。六十五歳以上の高齢者の数が地域人口の50%以上を占める限界集落の数もこれからさらに増えることでしょう。限界集落の問題は地方だけの問題で都会には存在しないかと言えば高度成長期に造られた東京都内のマンモス団地などは限界集落の様相になりつつあると言ってもいいでしょう。日本の人口構成は団塊ジュニアと言われる世代で一時的に増加したものの以後は出生数がずっと減少傾向をたどってきているので少子高齢化と人口減少はこれからも続くことは明らかです。二千十二年に二十歳を迎える新成人の数は百二十二万人で第一次ベビーブームの団塊の世代が新成人となった千九百七十年が二百四十六万人なのでその半分以下になり、第二次ベビーブームの団塊ジュニアの世代では二百七万人とされ、新成人の数は十八年連続で減少傾向をたどっていると報じられています。そしてこのことが社会保障と税の一体改革が急務となる理由の大きな部分を占めています。また増税に踏み切らない限り歳出を削ってみただけでは財政が立ちゆかなくなってきているのも事実と言えるでしょう。財政危機に至ったEUのイタリアの財政赤字はGDPの120%ですが日本の財政赤字はGDPの220%の水準になってしまい累積の債務残高は一千兆円に至らんとしています。たとえこの時点での日本経済が不振に陥っていると言っても財政面で景気対策を打つ余裕は徐々に無くなりつつあります。それを無理押しして財政出動しようとすればその先に待っているのは財政破綻の道でしかありません。そのような意味から消費税を含む増税も致し方ないのではと思います。東日本大震災の復興にも財政支出をせざるを得ませんし第三者委員会の試算では四兆五千四百億円が必要とされる東京電力の原発事故に伴う賠償金も一時的なりとは言え政府も資金を拠出せざるを得なくなることでしょう。そうするためには事故後半額に引き下げたとは言ってもそれでも三千七百万円もの年収を得ている東電の役員達にはさらなる給与の減額を求めてもいいはずです。原発施設の中で放射線の影響を覚悟して作業している作業員達の給与は危険手当として引き上げてもです。二千十二年度の一般会計の総額は九十兆三千億円でそのうちの四十九%は借金が占めていると二千十一年十二月二十五日の朝日新聞朝刊で指摘されています。財政を健全化しこれまでの借金も徐々に返してゆくことは容易ではない状態です。しかも日本はそれを少子高齢化と人口減少という条件の中で実行しなければなりません。それはこれから二十〜三十年ないしはそれ以上の年数をかけて日本が行っていかなければならないことですが、二千十一年末での当面の問題は東日本大震災・歴史的円高・ユーロ圏の財政危機・タイの洪水被害などで落ち込んだ日本経済をどう立て直してゆくかです。二千十年には中国が日本を抜いて世界第二位の経済大国になりましたし二千十一年末にはブラジルがイギリスを抜いて世界第六位の経済大国になったと報じられました。国際間の経済の力関係も二十世紀と二十一世紀では異なる姿になろうとしています。しかしそのような中でも株価が年初よりも値上がりして一年を終えたのはアメリカだけで新興国、ユーロ諸国は軒並み安値であり日本にいたっては二十九年ぶりの安値の水準で二千十一年は終わっています。バブル経済崩壊以後あまりいいことのない、あるいは悪いこと続きの日本にとってどのような対処法があるのかを模索しなければなりません。三重苦・四重苦の日本経済と言えますがそれでも日本人は生きてゆかなければならないからです。二千十一年十二月の日銀短観は円高や欧州危機の影響で2四半期ぶりの悪化となりました。日本の置かれた条件の中長期的なものと日銀短観に示されてくる短期の経済的な動向がどのような形になって行くのかは注意してみなければなりません。日本の景気循環はバブル経済に突入する所までは九年〜十一年くらいのサイクルでしたがバブル経済以降あるいは国際的な節目で言えば冷戦構造崩壊以降は四年〜七年とサイクルが短くなってしまっていますし、好景気と言われる状態にまで回復しきらないうちに不況に落ち込んでしまう傾向を示しています。すなわち戦後長らく続いてきていた景気循環のサイクルとバブル経済以後の景気循環のサイクルとでは形が異なってしまっています。戦後の日本の経済循環からすると極めて異常な状態と言ってよいのです。すなわち戦後日本経済と言われた日本の戦後復興以後の冷戦構造時代の経験知が役に立たなくなってしまった状況と言えます。だからといって戦前の体制に日本が立ち返れば事態は好転するなどとも私は思いませんが、冷戦時代の日本経済と違っていることの一例は二千十一年にはスーパーの売上高が十五年連続で減少していたり百貨店売上高に至っては十七年連続で減少していることなどです。バブル経済崩壊以降、消費者はカネを使わなくなってきていますしカネが使えない条件にもなっています。人口減少の時代に入ればなおのことマーケットは縮小してゆきます。日本のこれからの若い世代はこれまでの日本の世代の人たちよりも経済的には低い生活水準を甘受しなければならないような日本の財政状態でもあります。二千十二年一月二十七日の朝日新聞朝刊の記事では日本の千九百五十五年以降に生まれた世代は年金・医療・介護の支払額は受益よりも大きくなるとの内閣府の推計のグラフが載っています。また負担額の方は大きくなる状態は年を追う毎に増加してゆく傾向になっていて将来世代になるほどマイナス幅が大きくなってしまっています。消費税率が二十%以上にもなる福祉国家のスウェーデンなどは現在の世代よりも将来の世代の方がより豊かな生活になるだろうと予想されるような財政を含めた条件にあると言われます。経済学者のシュンペーターは著書『資本主義・社会主義・民主主義』の中で「社会が成熟して行き社会主義的な社会になると、人々は自分の生活を優先させて次世代のために働こうとはしなくなる」と言うような内容のことを述べていたと思いますが、もしそうであるのならばバブル経済崩壊以後の経済的な苦難を何とかしのぐことだけを考えて財政を危機的な水準にまでして来ているこれまでの日本は社会主義化した社会と言えるのかも知れません。あるいは不況克服のために財政を出動させて公共事業で景気を浮揚させようとするケインズ経済学も財政規律だけを重んじ自由放任の市場経済を信奉する人からすれば社会主義的な考えと言われるかも知れません。ケインズと同年齢のシュンペーターはケインズ経済学のことも承知していたので、その経済政策が実行される社会は社会主義化した社会であるという認識をした可能性はあり得ます。バブル経済崩壊以後の日本の経済政策はまさにケインズ理論に基づくもので、いまいまの生活を維持せんがための経済政策を採っているだけでば将来世代にツケを作ってしまってもいるからです。確かに不況を乗り切るために公共投資で経済対策を行ってその後経済が持ち直すことで税収が増え景気浮揚のために使った費用を回収できれば問題はないのですが、それが思ったようにはいかなかった場合には財政に負担がかかり穴が空いて借金となります。それがケインズ政策の大きな問題点と言えるのです。しかし不況に国民があえいでいるときにはたとえそれが財政に負担がかかるものであろうとも財政面からの景気対策を国民は求めるであろうことも確かでしょう。リーマンショックの時に公共投資を行ったり医療保険制度を導入しようとしたオバマ大統領の政策を「社会主義ではないか」と共和党は批判したとしてもです。それとは逆にそれをいわゆる「社会主義的政策」と非難する声が日本の一部にあるにしても、消費税などを引き上げ財政の健全化を図る上で重税路線を取ろうとしているこれからの社会保障が強化された社会の方がむしろ将来世代にとっては夢がもて未来に繋がる可能性のある社会なのかも知れません。そのような意味ではシュンペーターの言葉とは逆に社会主義化した社会の方が将来世代のことを考えた政策も打てると言うことにもなりそうです。確かにこれまでに積み上がってしまっている国の借金を返すだけでも大変な苦労を国民は強いられると言えるでしょう。二千十二年二月七日の朝日新聞朝刊には政府の方針通りに二千十五年には消費税を十%に引き上げたとしても国債の元利払いなどで国の歳出が歳入を上回り二千二十一年時点で国債発行残高は一千兆円になるという財務省の資産のグラフが掲載されています。借金は返しても返しても減るどころかさらに増えるような状況が続くとすればさらに税金を増やさなければならないかも知れません。借金を返すために借金をすると言う自転車操業を国がやらざるを得ない状況を変えるためには国民の負担を増やす以外にないからです。その間の苦しさをくぐり抜けて初めて将来の国民は借金から自由になれると言えますし、増税と言う苦難によったとはいえ要はその社会が次世代に対して貯金を作るか借金を残すのかどちらの道を取ろうとするのかだからです。 そのような方向転換を日本が図れるかどうかの一つの大きな節目の時期に当たる二千十二年ですが一月二十五日には朝日新聞夕刊などに二千十一年度の日本の貿易収支が三十一年ぶりに赤字になってことが記されています。日本が戦後貿易黒字を初めて記録したのは千九百六十五年のことと言われますが高度成長期にあった当時の日本経済は輸出で稼いだ資金で原材料を購入し製品を作ってもほとんどは国内で消費されていて大きな貿易黒字額を記録するまでには至っていませんでした。その後二度のオイルショックを経る過程で国内経済の不振を外需でしのぐために自動車のアメリカ向け輸出を急増させ貿易摩擦が生じたり、日本の過度な輸出を制限する目的で円高を求めるプラザ合意が取り決められましたが、この時点で日本が貿易赤字を記録するのはそれ以来のこととなります。東日本大震災でサプライチェーンが寸断され生産が中断したこと、一ドル=七十円台の歴史的な円高、タイの洪水による日本の現地企業の生産の中断、そして電発事故による火力発電への切り替えに伴う原油や天然ガスの輸入増加などが重なったために日本の輸出は大きく減りまた輸入が大きく伸びて日本は貿易黒字を記録したと言えます。そのため日本の二千十一年度のGDPはマイナス成長に再び戻る可能性も出てきています。そして二千十二年一月二十五日には春闘が事実上始まり労組と経営側との交渉の場が持たれましたが、二千十二年一月二十六日の朝日新聞朝刊の記事のグラフでは日本の給与所得者の平均年収は二千十年度では四百十五万円ほどで給与のピークは九十六〜九十七年の四百六十万円程に達してからは以後二千九年の四百万円ほどまで一貫して下がり続けています。同時に示されている消費者物価のグラフは千九百八十六年から八十八年にかけて賃金よりも物価が急上昇したもののそれ以後は二千八年に一時的に物価が上昇しただけで全体的にデフレ傾向をたどり二千十年度の物価水準は千九百九十五年が百五ポイントであるのに二千十年度は百ポイントと十五年以上前の水準にまで落ち込んでいます。円高と国内マーケットの縮小によって多くの企業が海外移転を強める中で国内の雇用をどうするのか、そのためにはどのような新規事業を興す必要があるのかなどの課題が生まれてきています。輸出産業が円高で苦しんでいるのであれば内需型の産業から動きを起こしてゆかなければならないかも知れません。これまでの日本企業は最初は内需を主要な目的として活動し、ある程度の成功を国内で収めてから輸出型へと転換していったのも事実です。そのような経路をたどったのはこれまでは主に製造業の分野でした。製造業と言ってもこれからは環境・エネルギー分野など新規の分野も生まれてきていますし流通や介護・サービス分野でも新規のものが生まれてくる可能性はあります。あるいは小規模な起業を考えるとすると「パソコン教室があるならスマホ教室もあっていいはず」とも言えるかも知れません。ネイルなど自分の工夫だけでやろうと思えばできる人がいるものでもネールサロンはあるわけですから、携帯電話端末の販売店の女性店員だった人が退職した後で「スマホサロン」を自宅に開いたりあるいはショップモールの一角を借りて開いたりすることもできるでしょう。WIFIを使えば端末は五台ほどは接続できるのでアップル、ドコモ、AU、ソフトバンクの各スマホ端末とタブレット端末一台くらいを準備して仕事を始めようと思えばさほどの資本を必要とせずに仕事は始められるはずです。あるいはアップルとアンドロイドの二系列に分類してもいいかもしれません。すなわちスマホのアプリの情報交換の場を提供することもできるのです。あるいはまた喫茶を兼ねてもいいかもしれません。ネットカフェならぬスマホカフェです。スマホ好きが集まる喫茶店に特化して携帯電話の販売店の近くに店を作れば立地条件としてはベストと言えるでしょう。料金は喫茶の飲み物代とスマホのアドバイス料で受け取りどちらの料金をメインにするかは各店の方針で決めることもできます。販売店では使い方まで聞いている時間がなかなかないことを考慮すればスマホの操作方法を教えてもらうのに飲み物代込みで一回ワンコイン500円程度で済むならスマホの操作が下手な私などはちょっとワンポイントレッスンでも利用してみたいところです。当然ですがパソコン教室の中にスマホ教室を付け加えることもできるでしょう。しかしこれは家族経営的な規模のものでそれほど小さな規模の事業ではなくても日本国内を実験場として事業のノウハウを蓄積しながらある程度成長したら海外へも打って出るという手法はこれまでもそしてこれからも十分に取ることができるものだと言えます。そしてもっとの大規模で重要な実験場となることが確実なのが日本の少子高齢化と人口減少です。これをどのように日本は乗り切れるのかあるいは破綻するのかが実際にこれから試されてきます。二千十二年一月三十日の朝日新聞夕刊には国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口のグラフが載りました。そこに載ったグラフから見ると日本の総人口のピークは二千十年で一億二千八百六万人ですが五十年後の二千六十年では四千万人ほど減って八千六百七十四万人へと三分の二程への減少と推計されています。高齢化率は先に紹介した現在の世代よりも将来世代の方が経済的に受け取る豊かさが大きくなるスウェーデンは二千五十年時点で二十五%程と二千四十年頃から横ばいの状態に入ると予測されていますが、日本は千九百九十年以降急速に高齢化率を高め二千五十年では約四十%となりその先もさらに上昇傾向をたどりそうな予測となっています。米国・スウェーデン・フランス・ドイツの順に高齢化率は高くなって行き二千年から始まっている日本がもっとも高齢化した社会が国際的に定着してゆく姿となっています。日本の出生率は2どころか1.5にも届かない水準で推移すると予想されているのでこの趨勢は当分続くことになるでしょう。二千六十年時点での日本の人口構成は40%が六十五歳以上の高齢者、10%が子供で50%が十五歳から六十四歳の生産年齢層と予測されています。はたして日本は本当に移民を受け入れないで労働力を維持できるのでしょうか??また海外の人の手を借りないで高齢者の介護の人材を確保ししかも他の産業にも労働力を配分するようなことが可能でしょうか??そしてまた人口減少によるマーケットの縮小で日本の経済規模は世界の中でどの程度の水準になっているのでしょうか??マーケットの縮小による需要不足のためにデフレが継続し雇用不安が続くのか人口減少による人手不足で賃金が上昇してインフレになるのかどちらの力が強く働くのでしょうか??その時の日本人の生活水準はどうなっているのでしょうか??これらは五十年後とは言わず徐々に年毎に我々日本人に忍び寄ってくる問題でもあります。移民を受け入れるにしても経済が左前になりかかっている国へ移住してくる人は実際にいるのかと言うことも問題です。財政が借金漬けの状態では下手をすれば日本人の方が税金の安いあるいは物価やサービス料金の安い海外へ移住を考えてしまうこともあり得るからです。フィリピンやインドネシアから介護の現場に参入してきている人たちの中で日本の資格試験に落ちて帰国しなければならない人たちが多くなれば、一応の日本語を話すことのできるそのような人たちを集めてフィリピンやインドネシアで日本人の介護を専門に扱う施設を作ることも可能だからです。それらの人たちは日本語の読み書きがネックとなって資格試験に不合格とはなってはいても介護の技術や本国での資格はある人たちだからです。日系企業がそれらの人たちを集めて日本人向けの介護施設をフィリピンやインドネシアに作ることさえできるでしょう。そのようなことが実際に起きてくればサービス分野の日本の雇用にも影響してくる話と言うことになってきます。日本はそのようになる前に日本国内に海外から来る人をなるたけ受け入れる体勢を作らなければなりません。高齢化が進み耕作放棄地が増えてしまっている農業分野などへ海外労働力を受け入れる準備をしてもよいように思います。お隣の韓国では農家の人口がかつては千二百万人に上っていたのが現在では三百万人を下回り、この十年では百万人減少したと二千十二年二月二日のKBSニュースが伝えています。韓国の場合は農業による収入が低いために都市へ人口が流れてゆくことが原因と言われます。ウォン安を追い風にサムソン電子やLG電子そしてヒュンデグループなどテレビや自動車で日本をしのぐ勢いの韓国経済とは言え国内農業はじり貧の傾向をたどっているようです。日本の農業の場合は農家の現金収入が少ないという問題点だけでなく農業人口の四分の三が六十歳以上という農業人口の高齢化のもう一つの問題に直面しています。日本の農業が国際的な競争力をつけなければならないというTPPをはじめとする世界の潮流の中をいかに生き抜くかの問題の脇で、これまで日本のお家芸であった製造業も苦難の中に落ち込んでしまっています。二千十二年二月三日の朝日新聞朝刊に載っている一覧表では二千十二年三月期決算がソニーは二千二百億円、シャープは二千九百億円、マツダは一千億円、NECも一千億円、住友金属工業が五百五十億円、任天堂が六百五十億円、TDKは百十億円の赤字見通しとされています。それ以外にも他の報道ではパナソニックが七千八百億円の赤字です。日本を代表する輸出企業が軒並み不振に陥っているわけです。これらの結果も相まって日本の二千十一年度の経常収支は前年比で43.9%減って十五年ぶりの低水準となり十兆円を割り込んだと二千十二年二月八日の朝日新聞夕刊で報じられています。超円高や欧州の財政危機などの影響が作用しているとはいえ、日本経済は何を頼みの綱とするのかを問われるような状況に立ち至っていると言えるでしょう。リーマンショックで日本も大きな痛手を受けたとはいえリーマンショックの本家本元のアメリカの株価は二千十二年二月四日にはリーマンショック以前の水準を回復したと伝えられました。アメリカの株価はわずか四〜五年で元の水準に戻っているのですが、しかし日本の株価はバブル経済崩壊後かれこれ二十年も経っているにも拘わらずバブル経済時点の四分の一以下の水準でしかありません。すなわち日本経済は回復力が弱くマイナスの方向へ振れがちだと言ってもおかしくはないのです。そのような体質になっている日本経済をどうすれば若返らせることができるのかの妙案は誰にとっても考え出すことがなかなか難しい問題だろうと思います。 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二千十二年二月十三日の朝日新聞夕刊には二千十一年十〜十二月期の日本のGDPが前月期比0.6%減、年率で2.3%減となり、二千十一年全体でも実質で0.9%、名目で2.8%の減少と内閣府が発表したとあります。このような日本経済の不振の中で二千十二年二月二十八日には半導体メーカーのエルピーダメモリーが負債総額四千四百八十億円という製造業では過去最大の負債を抱えて倒産するという象徴的な出来事が報じられています。かつて「半導体王国」と言われ世界シェアの50%を握っていた日本でしたが、その座は韓国企業二社に抜かれ世界第三位となっていたエルピーダメモリーが倒産に至ったのです。産業のコメと言われる半導体を製造していたエルピーダの倒産は日本の物作りの現状を象徴する出来事と言えるわけです。そして三月八日には朝日新聞夕刊紙面に日本の一月の経常収支の赤字が四千三百七十三億円になったとの記事が載りました。経常赤字は二千八年のリーマンショック以来三年ぶりとされ比較可能な八十五年以降で最大とのことです。日本経済が外貨を稼ぐ力を失い始めていると言え、貿易輸出の拡大で外貨を貯め込んでいた日本経済がプラザ合意で円高となり、その円高不況を乗り越えるために行った金融緩和が原因でバブル経済が起きてしまった頃からかれこれ二十数年での日本経済の凋落の姿になりそうな気配がします。しかし日本をしのぐ勢いの韓国企業が国際舞台に登場しているとはいえ、韓国国内も不況によって失業者が百四万人に上り高額所得者と低所得者の各世帯の子供への教育関連支出額は格差が開く傾向と伝えられています。また食料品の値上がりで低所得者層のエンゲル係数は21%と過去最高を記録し中所得者は14%、高額所得者は13%になっているとのことです。勢いづく韓国経済ですらEUとの経済的な結びつきが強いためにEUの財政危機という国際情勢の中でこのような状態なので、国内と国外の悪条件があまりにも重なってしまっている日本経済にとっては非常に厳しい状況がしばらく続きそうにも見えます。そのような中で日本にできることは、まずは日本国内の体勢を整えることが第一と言えるでしょう。グローバル化の時代を迎えているとはいえ国内の体勢が脆弱ではグローバル化の波に立ち向かってゆくことができません。日本の長引くデフレ経済とはいえ、これまで高賃金高物価であった日本の物価の内外価格差の縮小には幾分メリットもあったと言えるかも知れません。物価が諸外国と比べて高いのなら賃金もそれに見合った高さでなければ生活が成り立たないことになりますが、賃金が海外と比較してあまりにも高くなってしまえば企業は安い労働力を求めて海外へと出て行かざるを得なくなります。賃金の高さを労働力の質の高さで穴埋めしきれないほど賃金が高くなってしまえば労働力自体が対外的な競争力を失ってゆく結果になります。これまで豊富な安い労働力が魅力の中国であったために多くの日本企業が中国へ進出しました。しかし中国も低所得者対策として賃金の引き上げを政府の方針にしようとしています。中国の賃金が上昇すれば、それに比べてさらに安い労働力が手に入る地域に企業は生産拠点を移す動きも取ることでしょう。賃金が上昇した中国は生産基地から消費にとっての市場として転換することにもなってきます。中国市場に日本企業が売り込むためにも日本ブランドの価値をさらに高めてゆかなければなりません。バブル経済時点頃までは日本ブランドを脅かすような対抗馬はアジアにはそれほど多くはありませんでしたが、それからかれこれ二十年以上経ったこの時点では韓国・中国など強力なライバル達も台頭し日本を凌駕してきています。日本ブランドが対外的に輝きを失わないでいられるための努力がこれまで以上に求められるようになってきていると言えるでしょう。少なくともこれまでに築いてきた日本ブランドの上にあぐらをかいていたのではやってゆけなくなる状況が生まれ始めています。かつて日本が得意としてきていたアメリカのキャッチアップなら中国もできるようになってきています。日本製品のキャッチアップも可能でしょう。それらに耐えるには日本が不断の努力によって新規のアイデアを出し続けて行く以外にありません。アイデアと技術革新の枯渇が生じたときには日本の命運は尽きると言ってもいいのかも知れません。でなければ日本が韓国や中国をキャッチアップして行く方向へと舵を切らざるを得なくなるのかも知れません。それは日本が韓国や中国に対する技術的な優位を失ったことを意味するものです。そして人間は年齢が上がるにつれて知識の量は増えても新規のアイデアあるいはオリジナリティのある考え方などを生み出す力が弱くなっていきます。その人独自のあるいはその人固有のアイデアと言えるものはよほどの天才でもない限りそれほどたくさんあるというわけでもなく、また二十代から四十代あるいはせいぜい五十代前半までの間にそのほとんどが形成されている場合が多いといえるでしょう。その後は自分のアイデアを肉付けするための知識は増えたとしてもコアになる新たなアイデアはなかなか出にくくなると思います。それらを考慮したときに気がかりになるのは、日本の生産年齢人口が減少することです。二千十二年三月二十二日の朝日新聞朝刊のグラフでは、日本の十五歳から六十四歳までの生産年齢人口は千九百九十五年の八千七百万人をピークに以後は減り続け二千十年には八千百万人までへと六百万人ほども減少してきています。そのグラフでは生産年齢人口が右肩下がりになってゆくのにつれて外食産業の市場規模・大型小売店販売額・酒類販売・新車登録なども減少してゆく様子が示されていますが、生産年齢人口が減少することは市場が縮小してゆくということだけでなく新規のアイデアが生み出される可能性も小さくなってしまう危険性をはらんでいます。すなわち日本発の新規商品やサービスが生まれる可能性が小さくなると言うことです。それを回避するにはこれまで以上に一人一人の勤労者が頭を使うことを心がけなければならないと言うことになるのかも知れません。千九百八十年から始まった日本のゆとり教育で育った世代も二千十二年時点ではすでに社会人となり社会の中核にまでなっています。ゆとり教育の目的は学習時間と内容を削減して自ら学び考える事を重視するものでもありました。社会人ともなればたっぷり時間が取れるというわけではない中にあるとは言え、自ら学び考える事が本当に必要になってきたのはまさにこの時点での日本と言うことのようです。ただ一生懸命働いてさえいれば利益が上がった時代が終わりかけているからです。一生懸命働くだけでなく一生懸命考えることもしなければならないのがこれからの日本に必要なことのようです。すなわち一人一人が最大限オリジナリティを発揮して行かなければならなくなるだろうと言うことです。 そのような懸念がもたれる日本経済は将来的にどのような国際順位の中にいられるのかの予測が経団連の研究機関「21世紀政策研究所」から発表されたと二千十二年四月十六日の読売新聞夕刊にあります。それによれば日本に関しては四つのシナリオが考えられていますが、そのどれもが三十年代以降には日本はマイナス成長に陥り、北欧並みに女性の就業率が上がったらとするもっとも楽観的な予想と生産性が他の先進国と同じ水準を維持するという仮定での標準的なシナリオでは二千五十年には世界第四位、生産性が千九百九十年〜二千十年までと同水準のままであったらとする失われた二十年が継続した場合は日本は五位、政府債務が膨張を続ける最悪のシナリオでは日本は九位と予想されています。世界第三位のこの記事が書かれた時点の地位からは大きく順位を落とし先進国の地位から脱落するという予想です。標準シナリオにおいても一人あたりGDPは世界で第十八位になり十四位と予想される韓国以下の水準に低下するとされています。二千十年時点での世界各国のGDPの規模順位は一位アメリカ、二位中国、三位日本、四位インド、五位ドイツ、六位イギリス、七位フランス、八位ロシア、九位ブラジル、十位イタリアとなっていますが、二千五十年には日本を除いてみた場合には中国、アメリカ、インド、ブラジル、ロシア、イギリス、ドイツ、フランス、インドネシアとなっています。BRIC'sといわれる国々が台頭していて、かつてのG7といわれた国々の半数は大きく後退している姿が伺えます。二千五十年には日本の人口は二千十年時点よりも四千万人ほど減って八千万人台へと低下していることでしょう。果たして日本はこの人口の減少に伴う経済の縮小を外からの人の受け入れをしないままで乗り切れるのでしょうか。二千十二年のこどもの日には日本の若年人口が三十一年連続で減少したと発表されてもいます。この減ってきた部分は外から来てもらう以外に日本人だけでは増やしようのない人口と言えます。上の数字からすれば三十才以下の海外の人を受け入れて行くべき必要性が日本側に生まれて来ていることになります。モノもカネも日本は対外的に国を開くことで受け入れ来てはいましたが最後に残っているのが人の受け入れだと言えるでしょう。日本の社会の一人あたり生産性を上げる工夫をすることばかりでなく、純血主義でこれまで過ごしてきた日本が多民族・多人種の社会へと転換することの覚悟ができるかどうかにかかってきます。そうしなければ生粋の日本人だけで形成している日本の社会は先細って行くことが目に見えているからです。日本の経済規模がまだそれほど落ち込んで対外的な魅力を失っていないうちに決断しなければならない問題だとも言えます。東京大学が打ち出した秋入学などに見られるように、教育分野から対外的に開放してそこへやってきた留学生を卒業後に日本の企業が採用し、それらの留学生が希望すれば日本に定住し永住してくれるように導くことも一つの方法と考えられます。中小企業とてもが海外とのチャンネルを持たざるを得なくなっている現状を考えるのであれば、海外からの留学生を積極採用して企業が彼らを日本に定住できるように心がけてもいいはずですし行政もその後押しをすべきだろうと思います。地震、津波、原発事故そして円高と二千十二年時点での日本には海外の人の足は遠のきがちと言える状況ですが、そんな中でも日本を訪れてくれる人の中から日本に住んでみたいとか日本に永住したり日本国籍を取得したいという人たちが現れてくれることを日本人として願ってもいい時代のように私には思えてきます。そうするためにも日本経済がもう少し元気になる必要があるのかも知れません。そして日本は海外出身者でも案外活躍できる社会だということが海外の人に知られて行けば、海外から日本にやってきてくれる人の数も増えると言えるのでしょう。それは何も介護現場に海外の人が入ってくると言うような話しばかりでなく、日本人の女性達に起業して頑張ってもらうのと同じように海外出身者が日本で起業をしてくれてもいっこうにかまわないはずです。日本政府としては海外から人を受け入れるポーズだけを取って内実はいかに海外の人が日本の労働市場へ参入してこないようにするかの工夫に知恵を絞るのではなく、減少する将来人口と労働力をどのようにして穴埋めし日本経済を維持して行けるのかを考えるべきだろうと思います。そのためにも外国人労働者にどう対応して行くのかの日本の方針を明確にして行く必要もありそうです。事実、二千十一年度には日本は最大の人口減少を記録しています。総人口は前年比で0.2%減少し一億二千七百七十九万九千人となり、その減少数は二十五万九千人となったと二千十二年四月十八日の読売新聞朝刊に総務省の発表として記されています。それによれば死亡者数は出生児数を十八万人上回り五年連続の自然減、総人口の構成はゼロ才から十四才までの年少人口が13.1%、十五才から六十四才までの生産年齢人口が63.6%、六十五才以上の老年人口が23.3%とされています。年少人口は千六百七十万五千人と過去最低、老年人口は二千九百七十五万二千人と過去最高で少子高齢化が促進しているとのことです。このような数字を見せられれば、老年人口と呼ばれる年代の人間も健康であるうちは最大限社会の中で活動し続けなければならないという気にもなってきます。子供夫婦が近くに住んでいるのであれば孫の面倒を見て子供夫婦に時間の余裕を作ってあげることもできるでしょうし、会社勤めが終わって年金暮らしでいるなら会社で培っていて知識や技能を生かしてあるいは趣味でやってきていたことをさらに本格化して自営の道に進むこともできるでしょう。どんな大会社に勤めて何百人もの部下を率いていた人でも会社を離れて自分一人になってしまえば小さな事しかできませんが、そのような人が退職後に起業したりすれば現役時代に培ってきた統率力が生きてくることもあるでしょうし、小さいながらでも自分なりのやりがいのあるものを見つけて日々を過ごしていた方が健康維持にとってもいいはずだろうと思います。生活していく上で気持ちの張りがあるだけでも結構人間は違うだろうと思うからです。二千十二年四月二日の読売新聞朝刊の社会保障に関する記事の中には、一橋大学の小塩隆士教授の言葉として「生活に困っている人を困っていない人が助けるのが、本来の所得の再分配。ところが、給付や負担の基準が所得ではなく年齢なので、若年層は低所得でも給付が受けられず、高齢者は高所得でも負担が軽減されるという不公平が生じている」と記されています。「再分配の恩恵が集中する高齢者が全て豊かかと言えば、全く違う。生活保護受給者の四割は高齢者だ。高齢者の貧困率(二千年代半ば)は21%でOECD平均の13%よりかなり高い。・・・つまり[恵まれた高齢者]対[困窮する若年層]という図式ではなく、[高所得高齢者の一人勝ち]なのだ」とあります。日本の社会保障の現状についての記事の以上の二カ所の部分はわかりやすく端的に述べられているのでそのまま転載させて頂きましたが、このことを考慮に入れるなら、企業である程度の地位にまでなっていた人は現在の制度がそのまま続いてしまうと言うなら退職後には若年層のために活動してもよいことになりますし、そうしてもらわないと社会の方が困る部分が出てきます。民主党の経済閣僚は「年齢ではなく所得で給付と負担を考える」と述べていますが、同世代でも高額所得者もいれば低所得の人もいるわけですから、その方が合理的で妥当と言えるでしょう。またそうしないとこの記事で問題とされている「所得の再分配後に貧困率が上がる」という日本だけで起きている奇妙な現象が解決できないからです。そして社会保障を支える財源として消費税の増税に注目が集まっていますが、日本の財政を黒字化するには消費税の10%への引き上げでは足りず16〜17%位が必要とも報じられています。日本は財政赤字を抱えているだけでなく東日本大震災以降には原発の操業が停止したことに伴う火力発電への切り替えで液化天然ガス(LNG)の輸入が急増し二千十一年度には貿易赤字が過去最大の四兆四千億円になり双子の赤字を抱える状態になりました。円高で日本の輸出企業の競争力がそがれているところに韓国や中国などの躍進によって海外で日本企業が稼げなくなってきているところに原発事故に伴う全国の原発の停止による火力発電への切り替えで燃料の輸入の大幅増が重なったわけです。また原発の停止に伴う電力コストの上昇は日本の産業競争力にも影響を与える問題になってきそうです。七十年代に日本が輸出を急増させ対米黒字を増大させ七十年代から八十年代にかけてアメリカから日本たたきを受けた時代は遠い過去の姿となってしまいました。その当時はアメリカが双子の赤字で苦しんでいた時代でもありました。しかしこの時点でアメリカが苦しむとしたら対中貿易赤字の方に比重がかかる状況に変化していると言えるのではないでしょうか。二千十二年時点での日本の勤労者の月額賃金の平均は平均だとはいっても約三十万円とされる中で中国は二万五千円とされ、それ以外のインドを含めた東南アジア諸国の平均賃金は軒並み中国の水準以下です。日本企業が東南アジアなどへ生産の拠点を移すのも当然の動きとも言えるでしょう。二千十二年七月二日の読売新聞朝刊に載っているグラフでは千九百九十五年頃は日本の勤労者の平均賃金は三十七万円超とピークを記録しその後非正規雇用の増加に伴って賃金が減少し二千十年時点では三十二万円まで減少してゆく状況になりましたが、それでも中国や東南アジア諸国などと比較した場合には大きな賃金格差が存在していると言えます。賃金が高いというのであればそれに見合った生産性の高さが裏打ちをしている必要があります。生産性は同じで賃金だけが高いということになれば、それは海外の労働力に取って代わられるということにもなります。日本国内での賃金格差が問題にされ非正規雇用が増加することによって賃金総額が減少して内需が盛り上がらずにデフレが長引くという問題の一方で、賃金の内外価格差によって企業が生産基地などを海外へ移転させ日本の国内雇用が減少するという問題も生まれてきます。国内の雇用が減少すれば労働力需給の関係からそれも賃金の低下につながります。海外の安い労働力と競争するには日本国内の勤労者の賃金を引き下げるかでなければ効率的な体制を整えて生産性を上げる以外にないことになってきます。あるいはその両方が必要になるのかもしれません。一口に生産性を上げるといってもそれはそれで個々の現場で最大限工夫したり熟練したりしてゆかなければならないことだろうとは思いますがそれは避けて通れない過大だろうと思います。生産性を上げる一方で賃金の上昇が起きなければ国内では供給過剰でデフレにもなるとはいえ国際市場で輸出によって対外的な競争力を維持してゆく上ではそうすることが必要になってくると言えます。そして内需を幾分かでも増やすには国内の所得格差を縮小する方策を立てるべきと言えます。消費性向の高い低所得者層へ所得の移転をはかり消費を増やす方法を考えるべきだからです。国際市場での価格競争と国内のデフレ克服を両立させるにはそのような方法しかないと思います。デフレ経済が日本にもたらした唯一の恩恵は賃金・物価の内外価格差を縮小させたこととはいえデフレから脱却しなければなかなか経済が成長軌道に乗ることがありません。韓国経済はこの時点で世界に躍進してはいても大企業優遇で格差が開いているとされ、しかも大企業でも法定外の長時間労働が行われて生産性の低さが国内で問題になってもいます。生産性が低くなれば長時間労働でもしなければ対外的な競争力を維持できないという結果にもなり得ます。平均賃金が高い日本経済にとっても当然それは言えるです。韓国はOECD諸国の中でも幸福度指数は最下位圏とされます。 日本経済は内外ともに苦境の中にあるといえそうですが、二十二年度の技術革新力の国際比較では日本は前年の二十位から二十五位へと後退し、一位スイス、二位スウェーデン、三位シンガポール、四位フィンランド、五位イギリスでアメリカは前年の七位から十位へ、韓国は十六位から二十一位へ、中国は二十九位から三十四位へと順位が落ちたと二千十二年七月七日の読売新聞夕刊にあります。世界約百四十カ国の研究開発投資や研究開発に従事している人材、特許取得件数や科学技術論文の発表数など八十項目近くを点数化して比較した順位だとのことで、日本は起業のしやすさや創造的なサービスの輸出などの項目が見劣りしたためにこのような結果になったとされています。工業製品の製造能力よりもむしろ制度面などのソフトの面での評価が低かったと言えそうです。研究開発投資の費用を削ったり研究開発に従事する人材の処遇があまりに低かったりすればその後の日本の経済競争力に影響が出てきてしまいます。財政が逼迫する中でややもすれば科学技術予算も大きく削られそうな日本の状況だとはいえ、その部分の費用はなるたけ残しておくべき領域だと私は思います。社会科学も含めて科学技術力が下がることは日本の命取りにもなりかねないからです。当然研究者などにまで育ってゆくことを願う教育分野も重要になってくるでしょう。総公務員費用の削減の下で教員の予算も地方負担分の割合が増えることで自治体間の経済格差によって教員給与にもバラツキが出始めている状況が生まれています。給与にバラツキがあっても教育用資材の値段にも地域ごとにバラツキがあって給与の低い自治体では教育に使う同一機種のパソコンなどの値段もその分安くなっているというのであればそれでよいのですが、それら教育に関連してくる製品の値段は全国一律の場合には金のない自治体の教育現場は苦しい環境におかれてしまうことになってきます。財政が左前になり始めた国の運営の難しさがそこには透けて見えてきます。アメリカなどもロードアイランドをはじめとして自治体の財政が厳しいところは教育予算を削減するために教員のリストラなどを行っているとされます。優秀な教員として表彰された人でも年齢が高く給与が高い人は解雇されているようです。初等・中等教育が崩れれば高等教育へとつなげてゆく足場が崩れる結果にもなります。そして高等教育が崩れてしまうようなことにでもなればそこから優秀な人材を輩出できなくなって社会は停滞し技術水準も低下してゆく結果となります。そのような悪循環を絶つための方策が必要とされるのは明らかですが、それをどのように達成するのかは至難の業といわなければならないでしょう。豊富な財源があるというなら多くの分野に十分な予算措置を用意もできるというものですが限りある予算の中では経済の成長戦略として集中と選択は必要になるかも知れませんが、何を選択し重点投資するのかの見極めも重要になってきます。すなわち何を次の成長戦略の柱に据えるのかということです。少なくとも日本のエネルギー分野は重視せざるを得なくなることでしょう。日本の電力不足は先進国であったはずの日本が急に停電することが当たり前の発展途上国の状態に戻ったような観を呈しているからです。電力エネルギーの有効活用や再生可能エネルギーへのシフトなど、やらなければならないとわかっていたことへの踏ん切りを促す状況が生まれたと言えます。省エネやエネルギー分野などでは断熱塗料や発電分野でも小規模低温廃熱発電装置などいくつもの革新的技術が生まれ始めて来ています。それらを日本国内でどう育て活用してゆくかということと、国内で実績を作ったら輸出へ向けて動くことも可能になります。コンビナートの大規模プラントの廃熱やゴミ処分場などの大規模なコジェネレーションだけでなく小規模な分野でもコジェネレーションの技術は生まれているからです。オバマ政権が打ち出したスマートグリッドのように広域をカバーする発電網と小さな単位の地域や工場そして家庭をつなぐ発電や蓄電の組み合わされた社会が考えられると言えるでしょう。これは日本がじっくりと腰を据えて実行してゆくべきことのように思います。またそこで問題なのは広域の電力網のエネルギー資源を何に求めるのかと言うことです。経済が国際化した時代においては何処の国も自国以外の経済変動の影響を受けるとは言え日本国内の経済状態を強化してゆかないと海外の経済変動の影響をその分大きく受けざるを得なくなります。気の弱い人が周囲の人の影響に左右されやすいのと似ています。そんな中からでも新しい芽が生まれ始めているならそれらを育て活かす気構えも必要になってくるでしょう。反原発を唱えることもそれはそれで意味はあると思いますが、現時点では電力なしでは日本の産業もまた日本人の家庭生活も成り立たないことを考えるなら原発に代わるエネルギー源にもっと関心を払ってそれらに支援したり発電装置を設置したりすべきだろうと思います。反原発を唱える人たちも「原発はいらない」とは言えても「電気はいらない」とは言えないからです。一昔前のテレビCMにあったせりふのように「冷蔵庫、電気無ければただの箱」となってもしまうからです。ちなみに日本での冷蔵庫の普及率は千九百九十五年には九十%を超えていたとされます。テレビを見るにもツイッターやフェイスブックで原発反対のデモを呼びかけをするにもパソコンや携帯の電源を入れなければどうにもなりません。また現在は蒸気機関車の時代ではなくなっているので反原発のデモに参加するにも電車や地下鉄を利用しなければなりません。地下鉄がもし蒸気機関で石炭を燃やしながら走っていたりしたらそれを毎日利用している通勤客は全員ぜんそくになることでしょう。そして電力を作るにしても安全性ばかりでなくなるたけ地球温暖化に結びつかないような発電方法でなければならないということと発電コストや安定性も考慮してという条件の中でです。電力コストが上がればそれだけ日本の産業競争力にも影響してきます。しかも円高という状況ならば電気料金の内外価格差はさらに開く結果にもなります。二千十二年十一月十三日のテレビニュースではIEAの報告として日本の電気料金は二千三十五年にアメリカの二倍で中国の三倍になるだろうと予測しています。これで果たして対外的な産業競争力を維持できるかどうかです。また生産コストがそれだけ高い日本の海外企業が進出しようとするかどうかでもあります。そして二千十二年七月二日の読売新聞夕刊には日銀の短観の六月の景況感が九ヶ月ぶりに改善したとあります。復興需要が支えになっているといわれますが七月九日には五月の機械受注のデータがでて二千五年以降で最大の落ち込みと報じられました。企業の設備投資がことに被災地で思うように伸びていないことが理由のようです。また五月の経常黒字はLNGの輸入額がふくらんだために62%減となったと二千十二年七月九日の読売新聞夕刊にあります。消費税引き上げ法案が衆院で可決された日の翌日の二十七日の日経平均株価は八千七百円台を割り込んでいましたが日銀短観が発表された二日には日経平均が一時的に九千百円台をつけ、しかし二十三日には八千六百円を割り込んだりして一本調子に景気回復とはいかない状態です。東日本大震災などもあり大きく動揺し低迷した日本経済に比べて堅調な動きを示す中国経済は二千十一年度では企業売上額世界ランキング五百社のうち七十三社を占め日本の六十八社を抜いて世界第二位となったとのフォーチュン誌の発表として二千十二年七月十日の読売新聞夕刊に記事が載りました。トップテンには中国企業が三社入っているのに比べ日本企業はトヨタ一社のみとされます。アメリカは百三十二社と第一位の座にあり中国は名実ともに日本を抜いて世界第二位になったといってよいようです。では低迷が長引く日本はどうするのかということになりますが、政府は日本経済の再生戦略として四百五十にのぼる施策を実施すると伝えられますがそのメインは環境や医療・介護分野とされその二分野で二千二十年までに百兆円の新市場と四百二十万人の雇用を生み出す計画とされます。二千十二年七月十二日の読売新聞に載ったその記事では、環境分野で百四十万人の新規雇用と観光分野では観光客二千五百万人の誘致により五十六万人の新規雇用また医療・介護分野では五十兆円の新市場と二百八十四万人の新規雇用、科学技術・雇用分野の項目では特定分野でトップ五十に入る研究機関を百以上にし二十歳から六十四歳の就業率を八十%にするなど六分野での目標が掲載されています。民間企業の側からすればもっぱら政府の対策頼みにすることなく、政府の対策なしでも民間は民間で最大限やっていけるような自覚と準備をすべきなのかも知れません。政府の財源が尽きたときには会社の命も絶たれるような構造に会社をしてしまうのは危険だということになるからです。民間は有望な技術やサービスを自ら開発してみせることで政府はその後押しをするかどうかの判断を事後的にするくらいのものであってもよいといえます。「政府の方針がそうだから」と民間企業がそれを当て込んでビジネスを始めようとしてもうまくゆくとは限らないと言えるでしょう。独自技術や独自商品を生み出すのは十分な資金的余裕があるわけではない中小企業やベンチャー企業にとっては厳しいことではあるでしょうがそれに挑まなければ政府からの支援も得られるようにはならないことも確かです。新聞紙面の広告などには室内用のリチウムイオン蓄電池の購入費用の三分の一が補助されるなどというものも見受けられます。これまでは携帯電話やデジカメの電源あるいは電気自動車の電源などとして製品に組み込まれる形で使われていたリチウムイオン蓄電池ですが、東日本大震災に伴う原発の停止で起きた電力不足の中で使用電力がピークになった時点で家庭内での電源として活用できる新商品といえ、それまでは製品の部品や付属品としてあまり表には出てきていなかったものがそれ自体で単体の商品となって我々の生活の内部に入ってこようとしているといってよいでしょう。これまでは電力の供給側で電力量を調節していたのを電力を需用する側でも調整できる手段になるといえます。補助金は税金の中から工面されるわけですが、行政としてはその商品の購入を補助することでその時点の日本社会をある方向へと誘導しようとする意志を示しているものであるといえます。原発事故による電力不足によってこれまでに画期的な製品を開発してきていたいくつもの中小企業やベンチャー企業にまたとない思わぬ飛躍のチャンスが訪れているとも言えます。しかしそのような政府の助成や補助にも財政的な限界は出てきます。社会保障と税の一体改革に伴って政権与党の民主党は消費税引き上げに賛成する執行部とそれに反対する小沢グループによって分裂しましたが、消費税が十%に引き上げられたとしても二千二十年度でも財政は対GDP比で3%強の赤字となり財政を黒字化することができないとの内閣府の試算が二千十二年六月二十七日の読売新聞朝刊でグラフで示されています。世界経済が好転して日本企業の収益が改善し法人税収入や消費税が増えることで財政が回復できればそれに超したことはありません。しかしこの時点の日本経済を取り巻く状況はおいそれとそうはさせてくれそうにない様相です。ヨーロッパの債務危機の余波で中国経済は成長率がリーマンショック以来三年ぶりに8%を割り込み、中国を最大の貿易相手国としている日本にも影響してくる様相だからです。中国の成長率が7.6%に減速したことは二千十二年七月十三日の読売新聞夕刊などで報じられていますが、五月二十三日時点で出ていた数字では日本の貿易赤字が四月の段階で二ヶ月連続で四月としては最大、そして六月になって五月十七日時点では幾分景気が持ち直すかと思われる一〜三月期のGDPの伸び4.1%とされていったものが4.7%に上方修正されたことや四月の経常収支が三ヶ月連続で黒字を維持したことなどで、日本経済は一進一退といったところで推移していたところです。しかもヨーロッパ債務危機はそれまで二四半期連続でマイナス成長だったEUがやっと一〜三月期にゼロ成長になったというだけで依然厳しい状態の中にあります。日本の二千十一年度の経常黒字は東日本大震災の影響でリーマンショックの年の二千八年をも大きく下回って五十二%の減少と二千十二年五月十日の読売新聞夕刊にありますが、リーマンショックの後徐々に回復してきていた日本経済を再び東日本大震災が打撃を与え減少率は過去最大の状態となりました。貿易赤字の方もLNGの輸入急増で二千十一年度は四兆四千億円とこれも過去最大となったと二千十二年四月十九日の読売新聞にあります。「何度打ちのめされても立ち上がる日本経済」といえばカッコはいいのですが日本経済にとってのしんどさはそれだけ大きいことにもなります。 二千十二年七月二十三日の読売新聞夕刊紙面には厚労省の有識者研究会の推計として二千三十年の日本の就業者数が二千十年の六千二百九十八万人から八百四十五万人減る可能性があるとの結果を発表したとあります。二千二十年時点では五千九百三十七万人になるとの予測で、これは減少が最大だった場合の数字ですがその場合は経済成長率がゼロで女性や高齢者の就業率は十年と同じという条件だそうです。このようなことになれば日本は先進国の座から転落するとも考えられるとは、同じくNHKのニュースのコメントでもありました。ただ、経済の名目成長率が3%ほどで高齢者と女性の就業率が上がれば就業者数の減少は二百十三万人の減少ですむだろうとの予測です。雇用者数が減少し若い世代がイノベーションを生み出す機会が少なくなれば社会の生産性が低くなり賃金も下がることにつながります。また多くの製造業が海外へ移転し国内はサービス業が多くなることも賃金の低下をもたらすでしょう。なぜなら製造業の平均賃金の方がサービス業のそれより高いからです。また同記事で研究会は二千六年の日本の労働力人口(失業者も含む)は六千六百五十七万人から二千三十年では最大で千七十万人減少と予測しているとあります。日本は労働力総人口が減少しても移民は受け入れずただただ縮小してゆくのを座して待つだけなのかと言うことでもあります。移民を受け入れるという覚悟ができなければ下手をすれば日本は先進国の座から陥落と言うこともあり得るでしょう。しかし「単一民族統一国家」などと三島由紀夫が生前に唱えたような言葉を今でも口にする政治家が中にはいることを考えればそれもなかなか実現しないのかも知れません。うまく成長戦略が機能して日本人だけでも経済の成長を持続することができたとしても、それでもきわどいところで先進国の座を維持しているという危うい状況だろうと思えます。この時点での日本経済は短期の問題だけでなく以上のようなものも含む中・長期の課題も多数抱え込んでしまいました。中・長期の課題となるであろう一つの重要なものがこの時点ではエネルギー問題であることは異論のないことでもあろうと思いますす。EUの債務危機により日本は歴史的な円高局面にあり製造業などが海外で利益を上げづらい状況の中で、円高でその分輸入価格は下がっているにしてもLNGの国際価格の上昇と原発事故による火力発電への切り替えに伴う輸入量の急増によって二千十二年上期の日本の貿易赤字は千九百八十年の第二次石油危機の時を超え赤字額は最大の二兆九千百五十八億円になったと二千十二年七月二十五日の読売新聞夕刊にあります。EUの債務危機がすぐに解決できるという見通しはもてない中では日本の貿易赤字の拡大も当面は続くと思われ、日本としては手をこまねいているだけでは済みそうにありません。日本経済にとってこのような状況が続くことには日本経済自体が耐えられなくなる場面も出てきそうだからです。日本が自前のエネルギー資源を持つことができればそれに越したことはないですが、もし日本が将来的に自前のエネルギーを手にできるようになったとしてもそれまでのつなぎを原発なしで何処までやってゆけるのかと言うことにもなってきます。この時点の日本国内で太陽光発電装置が飛ぶように売れているというのなら、太陽光パネルの一大メーカーであるシャープが大幅な赤字を記録したり大規模なリストラに踏み切ったりする必要もないはずです。テレビ事業が不振でも太陽光パネルの販売で穴埋めできるであろうはずだからです。原発反対のデモは規模を拡大はしているものの、太陽光発電の普及の勢いはそれほどでもないといえそうな事例です。すなわち反原発のデモは燎原の火のごとく広がっても家庭用の発電装置は燎原の火のごとくには普及してはいないのです。デモに参加する費用よりも発電装置を購入する費用の方が遙かに大きな出費ともなると言えるからでしょう。デモに参加するには勇気がいるかも知れませんがローンを組んで発電装置を購入するには覚悟がいるのも確かです。原発を稼働させなくても原発に匹敵するだけの十分な電力をまかなえる態勢を国内に構築でき原発を実質的に不要かつ無用にしてしまうというのであれば何も問題はないはずですがなかなかそうなりそうにはありません。もしそのようなことが可能になる社会が来たときには多くの家庭にも企業にも自前の発電装置が設置されていることでしょう。アメリカでは全ての新築住宅は設計段階で将来的に太陽光発電を設置することを前提として作ることを義務づけている州もあると言われます。そのアメリカは二千九年時点では再生エネルギーの割合が9%、原発が20%、残りの71%は火力となっていると二千十二年七月三十日の読売新聞でグラフで示されています。同じくフランスは最大の原発割合で76%、再生エネルギーが13%、火力は11%で、韓国は原発が33%、再生エネルギーが2%、火力は65%、中国は原発が2%、再生エネルギーが17%、インドは原発が2%、再生エネルギーは14%、火力が84%となっています。これらの国々は将来的に原発を増やす方針の国々で、逆に原発を減らす方向の国々ではスイスが原発が40%、再生エネルギーが59%、火力が1%、ドイツは原発が23%、再生エネルギーが12%、火力は65%、イタリアは原発がゼロ、再生エネルギーが23%、火力が77%となっています。日本は二千十年で原子力26%、再生エネルギー10%、火力は63%だそうですが再生エネルギー10%のうち8%は水力だそうです。原子力発電の割合をどうするかは日本の中・長期の問題ですが、原発をゼロにする、15%にする、20〜25%にするの三つの選択肢が掲げられています。原発をゼロにした場合は電気料金が上昇するとされていますが、イザヤベンダサンの言う「水と安全はただではなく費用のかかるものなのだ」ということにもなりそうです。原発の危険性をさけようと安全性を求めるときにはそれなりの費用負担が生まれると言うことになりそうだからです。太陽光発電が総世帯の四分の一の千二百万戸に設置され風力発電も東京都の二倍以上の面積に設置されるようになって再生エネルギーの割合が35%になったとしても原発がゼロになった場合には電力料金は2倍になるとされます。国民の七十%以上の人が原発ゼロを望んでいるとはいえ果たしてそれらの人が発電装置の設置費用や電力料金の値上げというそれだけの費用負担を覚悟に入れることができているのかは疑問だろうと思います。東京電力は二千十二年四〜六月期は二千八百八十三億円の赤字、同じく同期は関西電力は一千億円近い赤字、また九州電力は一千億円超の赤字で主用電力七社は全て赤字決算を出しています。すなわち全国の電力会社九社の内八社が赤字なのです。東京電力は原発事故の当事者で賠償などの費用もかさむので例外とはいえその他の電力会社は原発が停止しているために火力に比重を移したため燃料費がかさんでの赤字決算ですが、四半期ごとに一千億円ほどもの赤字が続けばどんな大企業でも経営が成り立ってはいかないことにもなってきます。電力料金に費用を上乗せする以外すなわち電力料金を値上げる以外経営が成り立たないわけです。これは中・長期の問題と言うよりもすぐにでも起きてくる問題となります。「採算がとれない企業は市場から退場してもらう」というのが資本主義の市場経済では原則だとはいえ大手電力七社は地域独占とも言われる広域電力網の電力供給者です。それらが採算悪化で倒産などということにでもなればそれに十分代わりうる電力供給者はまだ生まれてきていないので企業活動も家庭生活もできなくなるほどの支障を来す事態にもなります。ただ東電管内の送電網利用料は11.28%引き下げられ新電力の負担が軽減されることになるので新規参入が予想されると二千十二年七月二十六日の読売新聞朝刊にありますが、今すぐにも電力量が急に増えることにはならず何年かはかかることでしょう。原発反対デモに参加し電気料金値上げ反対のデモにも参加するとしたら、それらを両立する形で問題を解決する方法は果たして存在するのでしょうか。少なくとも現在の科学技術の水準でもそれは叶わぬ夢のように私には思えてきます。 日本のエネルギー問題は中長期に渡る問題と言えますが、これまでの中長期的な日本経済の動きは「失われた二十年」と呼ばれる日本経済の低迷でした。二千十二年八月十九日のNHK BS1「知の巨人 世界経済再生への提言」に登場したアメリカのノーベル経済学賞受賞者のクルーグマン教授は、「日本の製造業は世界で最高水準の生産性の高さにあり、そのため製造業分野では雇用は増えていない。そのような経済構造になっているので日本はサービス分野と教育分野に重点的な対策を行うべきだったがそれが遅れていた」と述べていました。確かにデータで見ても日本でもサービス分野が肥大化しているのは確かです。製造業に比べてサービス分野の生産性は低いので賃金も製造業に比べて低い傾向にあります。千九百九十一年時点での日本の製造業従事者数は千五百万人だったものが二十年後には五百万人へと減少し、二千十二年度近辺での製造業の平均賃金は年収で九百十六万九千円なのに対しサービス業は四百六十八万九千円とされています。これはこの後で国税庁のページから引用して述べますが、これまで日本政府の対応は製造業への研究開発あるいは設備投資の補助や減税などが主流でしたが、日本社会のサービス化や教育の分野への投資をもっと重点化する必要もあると言えます。教育分野ではただ愛国心を持たせたり郷土愛を抱かせるだけでは経済を上向かせるような発想や技術が生まれ出るとは言えないところがあります。むしろ対外的な競争や海外の水準を広く知り比較することの方が結果的に愛国心に繋がって行くことにもなることなのではないかとも思います。すなわち「閉じられた愛国心」はむしろ国家にとって危険だと思うのです。「日本」という固有名詞にたくさんの形容詞をつけて飾り立ててみたところでどうなるものでもありません。少なくとも日本にとって戦時中の愛国心は大失敗の結果に終わったのは明らかです。日本を愛する上でも広く世界を知り日本の弱点や他国に遅れている部分などを認識する必要が生まれるためでもあるからです。直に愛国心だけをあおっても他国との折り合いがつけることのできないむき出しの国家主義に結びつく危険性が生まれます。中国の愛国心教育が結果的に反日行動に結実して行かざるを得ない姿を見ていると私には日本の愛国心教育が反共という行動に結びついて行く可能性の懸念を抱くのです。すなわち中国では「反日愛国」であり日本では「反共愛国」となるわけです。少なくとも戦後長らく一部の右翼団体は「一億総意反共産」をスローガンにしたりしてきていたからです。しかしどこかで双方は折り合わなければ双方にとって最悪の事態に立ち至ることにもなりかねません。尖閣諸島の日本政府による国有化に伴い中国では激しい反日デモなどが起きましたが、中国は共産主義体制で国土の全てが国有地であり土地の私的所有は認められていない制度となっています。したがって尖閣諸島が中国の領土であったらそれが日本人の民有地であることは認められないことになります。日本は資本主義の国家であり私有財産制が基本となっていて日本の国土の中にあっても土地を私的財産として所有することができ、よほどの理由がない限り国家でも個人の財産には勝手に手を出せない制度です。したがって日本の私有地を中国人の富裕層が購入しても、日本の領土の中だとは言っても日本の法的な手続きを踏めば所有権はその中国人のものです。すなわち中国人の所有ではあるが日本の領土でもあるわけです。もし中国が資本主義の国で私的財産権が認められている制度であるとしたなら尖閣諸島がたとえ中国の領土であったとしても日本人に所有権が存在する私有地である場合も考えられますが、共産主義体制の中国が領土と主張するときには国有地とイコールの意味になります。中国が共産主義の国でなかったとしたら日本の民間の尖閣諸島の地権者から中国の金持ちかないしは中国政府が尖閣諸島を購入するという方法も考えられるのです。日本政府が尖閣諸島の地権者から購入する費用は二十億五千万円とされていますが、それくらいの金額なら購入できる中国人はこの時点では大勢いるはずです。しかし土地や島の私的所有を認めていない共産主義体制の中国にとっては日本の私有地を中国の民間人に購入させるという発想そのものが存在しなかったのかも知れません。そのため日本が尖閣諸島を国有化したために中国と日本との国家間の対立という色彩が前面に出てきてしまったというのが私の見方です。「領土としては日本に属するが所有は中国人の私的財産で、日本の領土であるのでその財産が侵害されないように安全を確保する義務を遂行するための巡視活動は日本側の責務とし、島や周辺海域の開発に対する許認可権は日本側が有するものとする」とすることも交渉次第では可能だとは言えるかも知れません。日本国内のマンションを中国人が購入したとしてもその財産権が侵害されないように安全を確保するのは日本の警察が管轄すべき事であるのと同じで領土内の私有財産の安全の確保は日本側の責務だからです。しかしこのような私の考えは東京都知事の石原氏もまた中国政府も到底認めたがらないことだろうとは思います。温家宝首相は「市場経済を通して社会主義へ」を標榜していましたが、私的所有の範囲をどのように国として広げるのかにもかかる問題とも言えそうです。同じ共産主義を標榜し共産党独裁体制の国であったとは言えレーニンも生み出した旧ソ連はどちらかと言えばマルクス主義に忠実な社会だっただろうと思いますが中国の共産主義はマルクスに基盤を置くというよりもなくむしろ毛沢東思想に依拠して生まれた共産体制と言えると思います。すなわち農本主義から生まれた平等を重視する体制で、それが改革開放路線に転じたのは千九百七十八年からのことでした。そのことによってその三十三年後には日本をしのいで世界第二位の経済大国にまで中国は上り詰めることができたわけです。またそれが原因となって国内に格差ができて国民の不満をも抱えるという問題も生まれてしまったと言えます。中国は「特色ある社会主義」を標榜していますが、しかしそれは市場経済を取り入れていながら国内の自国企業を保護する制度で海外からの参入障壁を高くして市場の閉鎖性を批判されることになったかつての「日本の特殊性」と類似してくることのようにも私には映ります。改革開放で自国に海外企業を呼び込むことはしても自国市場から海外の進出企業が撤退する場合には高い障壁を用意することによって自国内の雇用を守ろうとする中国流の一種の保護主義とも言えるからです。日本は入り口を狭くし中国は出口を狭めるという違いはあっても、これまでの「日本の特殊性」も中国の「特色ある社会主義」も国内の雇用維持を最優先に考えての対応であることは共通しています。そして尖閣諸島を巡る対立がなぜこの時点になってからかくも先鋭化してきてしまったのかの背景には歴史問題だけでなく中国が経済大国となって自信を深め尖閣諸島周辺海域の海底資源が是非とも必要になったことがあるのは確かだろうと思います。漁業権だけであるなら中国の漁民が漁師と言うよりまるでコマンドのような抗議行動までする必要はなく、漁業権で相互に協定でも結べばよいことだからです。尖閣諸島の周辺の海底資源は石油ですがその埋蔵量は八百兆円分だと言われます。千九百六十八年に国際機関が石油が存在することを発見したとのことで、もしその埋蔵量が間違いないとしたら非常に大きな天然資源が存在していることになり日本も中国も譲れないところがあるのは当然と言えるでしょう。これまでの日本の歴史に於いては明治維新によって日本はアジアで最初に近代化を果たした国となり、たまたま日露戦争に勝利したが為に自らを勘違いして第二次大戦に突入して大失敗をし、その後の奇跡の復興によって近代以後の時代でのアジアで最初の世界第二位の経済大国となりましたが、そのことによって再び勘違いしてバブル経済が生まれ破綻にいたって苦境に陥り、その間にアジアの新興国が大きく台頭してきたという流れの中にあります。日本がアジア諸国を自分よりも下位なものとして見るような視線(今風に言えば上から目線)を持ち始めたのは明治維新によってアジアで最初に近代化を果たして以降のことでした。それまではもっぱら中国や韓国から多くの文物を日本は取り入れてきていたわけです。そして現在の日本の国内の経済問題に話を戻せば日本国内が教育分野やサービス分野に比重が移った社会になったとしても、それは日本にとって製造業が必要なくなったことを意味するのではなく、社会の構造変化に対応した対処の仕方を考えるべき状況になっていると言うことです。日本の製造業の分野では中には無人化工場などもでき雇用の受け皿としてはあまり期待できない状態になり、余剰人員の受け入れ先の産業を何にするのかと言うことになってきているからです。しかも円高局面が長期化し日本の製造業は製造拠点を海外へと移転させる趨勢にあります。日本の製造業の生産性が高かったことで製造業に従事していた人の賃金が比較的高い水準にあったとするなら、円高で円の価値が三割も高くなれば製造業に従事している人の賃金も国際的に比較すれば三割高くなってしまっていたことを意味します。会社経営者からすれば対外的にコストが三割上がってしまうことなのです。そうなれば経営者は人件費の安い海外へと生産拠点を移そうとも思い始めるのは当然と言えます。それを避けようとするときには企業経営は非正規労働に頼らざるを得ず、現に日本の十五才から二十四才の若年層の非正規雇用の割合は四十七%にも上っているとされます。しかも日本は原発事故のために電力不足の状態が続いています。そのことも企業が海外移転を考慮に入れざるを得なくなる一因ともなります。これらのことが日本経済の構造変化を生み出していると言えるでしょう。若年層の半数近くが非正規雇用という状態は日本経済の将来にとっては決して望ましいこととは言えないでしょう。製造業に限らず技術の革新は若い世代によって生み出される場合が多いので、その若年層が仕事にあまり習熟できない就労形態に置かれれば技術の革新も生まれ出にくくなるからです。そのためサービス分野や教育分野への対策を施すことで雇用の受け皿を作らねばならないのですが、確かに教育にしても両者とも大学は中退している訳なのでビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズのような天才を教育で作り出すことができるというわけではないでしょう。すなわち「天才は教育の力で生み出されるのではなく、天才は自らの力で天才になってゆく人たちだ」としても、天才たちが生まれ出る土壌を豊かなものにしておく準備は教育でできると言えるでしょう。池上彰さんの講演では「失われた二十年と言われる中の前半の十年はバブルの後始末に追われた時期で、その後の十年の間は日本に革新的技術が生まれ出てこなかったことに依る低迷の時期だった」との言葉がありました。バブル経済崩壊以後、日本はゼロ金利などの金融緩和を実施しましたが革新的な技術が日本国内で生まれ出ていなかったために金利が引き下げられてもそれが国内投資に結びつかずに経済が停滞するデフレ経済の状態にはまり込んだことを池上彰さんはケインズが「理論的にはあり得る」と指摘した「流動性の罠」であるとも解説していました。すなわち金利の安い日本で円を調達してそれを他の通貨に換え海外へ投資することで利益を上げるために円が利用されてしまって日本国内の投資には結びつかず日本経済を浮揚させる力にはならなかったのです。投資は成長性の高い産業分野や地域に向かう性質があるのは当然ですが日本がその対象地域になっていないというわけです。日銀がいくら金融緩和を行っても経済の成長が止まり革新的な技術やサービスが出てこなければ日本が投資の対象にはなり得ないからです。革新的な技術や発明などはその社会の経済を大きく動かし得るものであることはシュンペーターの指摘したとおりと言えるでしょう。ケインズの体系は本来は閉鎖体系のモデルだとはいえこの部分は開放体系の話ではあります。円相場が安ければ海外からも日本円を借りてそれを他の通貨に変え日本以外の地域に投資をすることでも利益を得られることでしょう。また日本が円高になれば国内企業が円を借りて海外へ投資することで流動性の罠を加速させる力としても働くことでしょう。いずれにせよ日本経済に将来性があると思ってもらえなければ日本は流動性の罠からは逃れられないことになります。そしてアメリカで起きたリーマンショックの余波で財政出動したヨーロッパは債務危機に陥り、ヨーロッパが最大の輸出先であった比較的高い成長を維持してきた中国も成長が鈍化してしまったので世界の投資先がこの時点では何処にも見あたらないと言っていいような状況になってはいます。ケインズ経済学の登場で財政出動によって不況に対処する方策が生まれたのでそれ以後の資本主義社会はマルクスが予想したような大恐慌を経験せずに済むようにはなりましたが、しかしその財政が破綻状態のEUの一部諸国にとっては恐慌に近い状態に身を置くような事態も存在しています。では日本はといえば日本のサービス分野にとっての大きな柱となるであろう医療・介護や介護の前段階にいる人にとっての介護予防の部分も当然成長は見込めますし、医療機器や運動器具ばかりでなく先の天才たちが創り出したインターネット技術やパソコンなどの情報機器そして自動車などの移動や輸送手段は必需品であるとも言えます。医療では老人医療だけでなくiPS細胞による再生医療の分野も新規成長分野となり得ることも予想はされます。私は歯がひどく悪いので行きつけの歯科医の先生に「iPS細胞を使って歯の再生はできないんですかね?」と尋ねたところ「小さな固まりまではできているようだが歯の形にまではなっていないようです」との答えが返ってきました。人間の永久歯がワニのように再生できるようになった頃には入れ歯はいらなくなるのかも知れません。世界最古の入れ歯は日本で作られたとのことでもあるのですが・・・。歯で物を噛むことは脳を刺激して認知症になることを防ぐともいわれているので認知症にも色々な型があるようなので一概には言えないのでしょうが歯の再生は認知症予防にも役立つことにもなるのではないでしょうか。すなわち再生医療は予防医療に繋がって来る部分があるわけです。そして日本ばかりでなく世界が高齢化社会に向かうことは国連人口基金が発表した予測でも示されています。二千十二年十月二日の朝日新聞朝刊の記事によると二千五十年には世界の六十才以上の人口が二十億人を超え十五才以下の人口を初めて上回るとのことです。「二千十二年時点で六十才以上が三割を超える国は日本だけだが二千五十年には韓国やタイなどを含む六十五カ国になるだろう」とし、その時点で五人に四人は途上国で暮らす高齢者になっているとしています。しかも韓国や中国は二千十二年の時点では経済面で日本を追いつき追い越せの勢いと言えますが高齢化に向かう速度も日本よりも急速で二千年代中盤には高齢者の割合でも日本に追いつき追い抜きそうな勢いです。日本は団塊の世代が六十五才に到達し始めたこともあって六十五才以上の人口が三千万人を突破し三千七十四万人になり総人口に占める割合も二十四・一%と過去最高を記録したと二千十二年九月十七日の読売新聞朝刊にあります。そこに示されているグラフに依れば千九百五十年時点(団塊の世代が生まれた頃)には六十五才以上の総人口に占める割合は五%程でしかありませんでした。このように急速に高齢化して行く日本は高齢者の医療・介護そして介護予防の分野で他の国々に先んじて多くのノウハウや経験を社会としても各家庭での個人レベルでも蓄積して行く上では恵まれた環境にあると言えます。「日本は世界で最も高血圧患者の割合が多く中でも秋田県は日本の中でも高血圧の人の割合が最も高いので秋田で高血圧の研究をすれば世界的権威になれる」と以前友人の医師から聞いたことがあります。半分冗談だとしてもそれと同じことが日本の社会では高齢化という場面で起きてきているわけです。それは医療・介護そして介護予防の分野として成立する法制面での部分や経済的な側面などにも大きなテーマを与えるものでもあります。世界が高齢化して行くとされる二千五十年までには日本は更にそのノウハウや経験を増やしていることでしょう。高齢者の介護費用を社会はどのように負担しそれをどのように制度として定着させたかや、そのような制度の下で介護施設の現場ではどのような動きがあったかや各家庭はどのような境遇を経験し経済的にどのようにやりくりしていったかなど語るべき多くの経験を蓄積しているわけです。先進国として日本は最初に高齢化を迎える国になりましたが、その経験は途上国が高齢化社会に突入するときにも参考にできるものもあるのではと思います。ハードの面だけでなく社会の制度設計などのソフト面も参考に供することができるものはあると思うのです。すなわち先進国と途上国という違いは考慮すべき点があったとしてもこれから高齢化に向かう国々に対して提供できるノウハウや経験は日本に前もって豊富に準備されていると言うことになります。そのようにして蓄えられた医療・介護そして介護予防の技術を切り札にしてサービス分野で海外展開を考えても良い条件は無いとは言えないわけです。そのような医療・介護や介護予防を含めたサービス分野にも製造業の生産物は必要となるのは確かなことです。電力やガソリンなどのエネルギーもサービス分野にも必要とするのは当然のことです。現在は少子高齢化で苦境に立つ日本経済ではあってもその弱みを逆に強みに変えることは可能だろうと思います。少子高齢化では日本が先陣を切っているからです。そして小売りなどのサービス分野に於いてもイトウヨーカ堂は正社員を半減しパートを九割にすることで人件費の圧縮を図る方針を打ち出したと二千十二年九月八日の読売新聞夕刊に記事がありますが、それ以外の大手スーパーのパート率はイオンが八十%、ダイエーが七十六%、マルエツが七十二%とその記事に載っています。サービス業でも非正規雇用への比重の移し替えが起き、総賃金が圧縮される方向になればその分デフレ傾向を強めさせる力になります。私の住んでいる平塚市のダイエーは二千十二年九月をもって三十五年の歴史に幕と言うことになり、この部分を書き込んでいる時点では閉店売り尽くしセールをしている最中といった状態です。それ以前にはスーパーの長崎屋平塚店がビルの耐震不足で閉店し、地元の百貨店である梅屋も閉店という状態でした。平塚のダイエーの店の北側に少し足を伸ばせば日産車体の工場があるのですが、その工場の一部も九州へと移転してまだ間もないところです。地元ではパートや非正規雇用すら望めない人も出てきそうです。これまでの日本は製造業が稼ぎ頭となって外貨も稼ぎ国内の消費に貢献もしてきていたのは確かですが、この時点での日本経済にとっては稼ぎ頭となる産業がいなくなりつつあり、それに連動して国内のサービス分野の小売店も閉鎖になると言う状況といえそうに思えます。平塚を見ているだけでも地域の雇用の場が減ると言うことがよく分かるといった事態です。地方都市の大型店舗跡の四割は空いたままだとの記事が二千十二年十月十一日の朝日新聞朝刊に載っていますが、早稲田大学の箸本教授が全国の五百六十五の地方自治体を調べたところ地方都市の中心街の百貨店や大型スーパーの撤退跡地が空き地や空き店舗あるいは駐車場になっているのが四割に上ると言うことです。他地域へ客が流れたり郊外型の大型店に客を奪われたりした結果中心街の空洞化が起きているとの分析ですが、日本の雇用環境が全体として悪化している状況は二千十二年八月二十八日の読売新聞朝刊にも記されています。それは二千十二年春に卒業した大学生の二割以上がアルバイトや非正規雇用ないしは就職も進学もしていない状態になっていると言うことです。五十六万人の卒業生の内十二万八千人がそのような状態にあると言うことは日本の人材活用における将来に暗い影を落とすことになる部分もあるかも知れません。二千十二年九月十二日のNHK”クローズアップ現代”によると投資資産百万ドル(日本円で八千万円)以上の日本の富裕層の数は八千三百人増えて三百五十八万一千人でこれまで増加傾向にあるとされ千百二万三千人のアメリカに次いで世界第二位とされます。また他のニュースが伝えるところでは資産四十億円以上の人はアメリカがトップで三万七千九百五十人で二位の中国は四千七百人だそうです。どちらもクレディ・スイスの調査結果だそうですが平塚市にそれほどの裕福な人がどれほどいるかは私には分からないにしても、日本経済全体で見たときには中間層が抜け落ちて高額所得層の増加以上に低所得層が増えてしまったが為に過少消費のデフレとなり大型小売店舗の売り上げなどが減少して閉店の憂き目に至っているところが多いと言って良いでしょう。日本のこの時点での需給ギャップは十五兆円と言われてもいます。生活保護を受けている人の数は二千十二年三月には二百十万人を超え五月には二百十一万人を超えるなど増加傾向にあります。富裕層の数が増加していることと同時に生活保護を受ける人の数も増えているわけでバブル経済のさなかには総中流意識と言われた日本の社会がかれこれその二十年後には二極分解の方向に向かっていることは明らかなようです。日本のGDPがそれほど増加していないことを加味して考えれば中間層をうまく蹴落とせた人が富裕層になり蹴落とされた人が生活保護者になるとでも言えばいいのでしょうか。富裕層の数と生活保護者の数の推移を見たとき私にはそんな感覚がよぎります。二千十一年度の日本の民間給与はピークだった千九百九十七年時点からは五十八万円減って四百九万だと二千十二年九月二十八日の読売新聞にあります。そのためサラリーマンの一ヶ月あたりの小遣いの額も二千十一年度には四年連続の減少となり平均で月額三万六千五百円とバブル後の最低を記録しています。バブルさなかで最も小遣いが多かった千九百九十年時点が七万六千円であったことからすれば半減以上の落ち込みと言えます。サラリーマンの小遣いが減れば昼食などを外食から弁当に変えたり飲む回数を減らしたりと飲食業への支出も減る事は容易に見て取れます。国税庁のホームページで見ると前年より給与が増えたのは二千年代では二千七年と二千十年だけで二千一年から二千十一年にかけての間ではその他の年は給与は減り続けています。業種別で平均給与が最も高いのは電気・ガス・熱供給・水道事業の七百十三万円、第二位は金融・保険の五百七十七万円、第三位は情報通信の五百七十万円、第四位は学術研究・専門・技術サービス業・教育・学習支事業の四百八十一万円、第五位は製造業で四百六十二万円、第六位は建設業の四百四十一万円、第七位は複合サービス事業の四百二十万円、第八位は運輸業・郵便業で四百十三万円、第九位は不動産・物品賃貸事業の三百八十九万円、第十位は医療・福祉で三百八十六万円、第十一位は卸・小売業の三百五十八万円、第十二位はサービス業の三百二十二万円、第十三位は農林水産・鉱業で二百八十四万円、そして最下位の十四位は宿泊・飲食業の二百三十万円となっています。またNHKのニュースでは年収一千万円以上の高額所得者の数は増え、そして年収二百万円以下の低所得者の数も増えて格差が拡大していると伝えられていました。業種別で給与が最も高いものの中の水道事業などは国内で蓄積してきたノウハウを武器に海外展開し始めようとしています。水の浄化などの給水の部分だけでなく漏水の点検などの技術もセットで海外へと進出する動きです。これまでは国内だけにとどまっていたビジネスでも国内で培ってきた高い技術があれば海外展開へと道が開けてくるわけですが、賃金面では第十位でしかない医療・福祉分野も技術水準を世界の中でも高度なものにして行けば十分海外展開できる分野になることでしょう。そのためにも制度やその運用面も含めて国内での経験の蓄積は欠かすことができないことになります。年金や介護などの制度も介護技術も海外へと売りに出すことが可能になるからです。当然その周辺の介護機器や介護用品そして介護用具や介護食などの販売も可能となるでしょう。介護食などはその国々毎に味付けなどは違いがあり宗教上の理由などから日本と同じ食材のメニュが作れない場合もあることでしょうが、骨ごと魚を食べることのできるような調理法や現在はまだ一部のホテルでしか食べることができない糖尿病用でも味付けがしっかりした食べ応えのある料理などをレトルトや冷凍食品にでもして食べられるように大衆化した技術を日本国内で培っておけばそれを海外へと売り込むことは可能となります。 高齢化の速度が日本よりも急速になってきているその中国は二千十二年十一月八日に共産党大会が開かれ胡錦涛総書記が最後の演説をしました。それはアメリカでオバマ大統領が再選された翌日のことでしたが胡錦涛氏の「科学的発展観」が、マルクス主義、毛沢東思想、ケ小平理論、「三つの代表」思想と並んで共産党の指導思想になることが決まったと伝えられました。マルクスが指摘した資本主義社会の問題点はケ小平氏の改革開放路線の導入によって中国が市場経済を採用するようになったことで貧富の格差が大きくなるというこれまで自由市場経済の国が経験してきたこととおなじ道をたどることになりました。中国に先行して自由市場の国であった欧米や日本では、マルクス経済学ではない近代経済学の中にも自由市場経済が生み出す問題の解決のツールは準備されてきていたといえます。それを実際に実行するかどうかは政治の判断で決める以外にはありません。すなわち政治がどのような政策を選択するのかにかかるわけですが所得税の累進課税や資産課税そして労働分配率やジニ係数の指標などはすべて近代経済学から生まれた格差などを是正することもできる手段です。社会保障制度などもその一つといってよいでしょう。しかし所得税の累進税率を引き上げたり資産課税を強化したり労働分配率を上げさせたりするような方法は自由主義圏の日本やことにアメリカなどでは「社会主義的」との批判の声も一部から上がるのが現実です。市場経済を受け入れた中国は市場経済を導入したことで経済規模は拡大しはしたものの市場経済が持っている問題点も同時に抱えることになりました。そして中国は資産が四十億円以上ある富裕層の数がアメリカに次いで世界第二位となっていますが中国人の平均月収は二万五千円で年収で三十万円でしかありません。平均月収の人はどれだけ働けば四十億円に手が届くのかということにもなります。百年働いても三千万円にしかならないのです。四十億円までになるには一万年以上がかかる計算になります。それだけ格差が大きくなってしまったわけですがそのような意味では共産党一党独裁の中国は言論の面と為替の部分は別にして日本以上に市場主義的な経済社会の様相に近いと言っていいのかもしれません。すなわち共産党の幹部にでもなれば大きな経済的利益が得られる特権が手に入るというわけです。市場経済の社会ではなぜ格差が広がるのかは研究の余地があるにしても、市場経済の社会で何も格差を是正する措置をしないでおくと格差が限りなく大きくなると言うことはこれまで世界各国が経験してきた歴史的な事実です。(市場経済ではなぜ格差が生み出されてくるのかに対しての一つの研究がフランスのパリ大学のフランス人経済学者トマ・ピケティ氏のベストセラー『二十一世紀の資本』"CAPITAL-in the Twenty-First Century-"で述べられているといえるのかもしれません。未だ仮説とされてはいるもののすでに有名になったr>g[資本収益率>経済成長率]の状態になっている時に格差は拡大する傾向を示すというものです。邦訳はまだ出ていないので私は英語版を購入しましたが、ウエブスターの辞書ほどの分量のある本で価格は日本円で四千三百九十五円でした。私の学生時代に仲間の学生の一人が「マルクスは貧困に苦しむ労働者を救うために『資本論』を書いたが、インドの貧乏人にマルクスの『資本論』なんて大作の本を読んでる暇はないはずだ。(時間があったとしてもインドの貧困層は文盲の人が多くて文字そのものが読めなかったかもしれませんが・・・)」と言っていたのを思い出したりします。この『二十一世紀の資本』も本来ならば日本を含め格差社会の底辺にいる人こそ読んでみるべき本なのかもしれませんが、それはなかなか難しいことかもしれません。私の場合は別に自分が裕福だというわけではないのですが、私には細切れながらある程度の時間的余裕だけはどうにかあるので、何年かかるかわからないにしろ一応は理論経済学を専攻していた人間としてーとは言え教員として働いていた私の母からは「お前の経済は理論倒れだ」と言われていましたがー人生最後の勉強のつもりで英文でこの本をなんとか読み通してみようと決めて購入したのです。原著はフランス語ですが私はフランス語はあまり真面目には学んでこなかったので英語に翻訳されたことは非常にありがたいところです。そして私が読み終える頃には当然のことながら日本語にも訳されたものが出ていることでしょう。邦訳が出れば日本でもきっと話題になるだろうと思われる書物と言ってよいでしょう。またこのような経済学の本をAmazonの売上高トップのベストセラーにまで押し上げてしまうようなアメリカは、格差社会であることは確かだとしてもまだまだ捨てたものではない社会のように私には思えてきます)。一方二千十二年十一月九日の朝日新聞朝刊の記事のグラフによれば千九百九十年時点では中国のGDPは二兆元ほどで都市住民と農民との所得格差はほとんどなかったものが二千十一年時点になるとGDPは五十兆元に近づいたものの農民収入は七千元ほどなのに対し都市住民の収入は二万二千元ほどへと格差が拡大しています。ジニ係数でみると八十年代初めは0.28だったものが二千十年には0.44と合理的な水準とされる0.3以下を超えてしまっているとされています。これは北京国際都市発展研究院という民間研究所が出した数字のようですが、中国でも欧米生まれの経済指標は活用されているといってもよいでしょう。共産党一党支配の体制の中国であるとは言ってもひとたび市場経済を受け入れてしまえば格差は広がると言えるわけで、胡錦涛総書記は二千二十年にはGDPと国民所得を二千十年の倍にするとの方針を打ち出しましたが、そのことによって果たして格差は是正できるのかどうかです。(先の『二十一世紀の資本』もいずれは中国にも入ってゆくことだろうとは思いますが、経済格差や腐敗に抗議して暴動がたびたび起きている「赤い資本主義」とか「国家資本主義」とも呼ばれる中国でこの本がどのような扱われ方をするのかも興味のあるところです。果たしてマルクス・レーニン主義と並んで中国共産党の綱領に入れられるような指導理論となることがあるのかそれとも排除され禁書とされたりするのかと言うことです。)中国経済が減速したとはいっても七%以上の成長率を十年続けることができればGDPの倍増は可能であってアメリカの経済規模に近づくことでしょう。しかし二千二十年時点で中国国内の格差がどの程度になっているかです。胡錦涛総書記の発言は「中国版所得倍増論」で日本を参考にしたとも言えますが、日本が高度成長を達成しているさなかには日本の全地域で所得が増加していましたし農村部に豊富な余剰人口が存在してそれが都市部へと流入する時期でもありました。中国にとってのその時期は二千二十年までの十年間というよりもむしろ改革開放路線に転じてから世界第二位の経済大国へと駆け上がってきたこれまでの三十年間が高度成長期だったようにも私には見えてきます。これからの中国は高度成長期というよりも日本が二度のオイルショック以後に経験してきたような中成長の時期に入るのではないかと感じます。ですが7%の成長率は中国にとっては中成長だとは言っても日本で言えば高度成長期の後半の時期に匹敵する高さだといえます。(先の『二十一世紀の資本論』で指摘される格差の広がりの原因がのr>gであることがもし事実であるとすれば、中国の場合においても格差を拡大させ国内に多数の不満分子を抱え込まないためには高い経済成長率が不可欠であり、そのためにはエネルギー資源の確保が必要なので周辺諸国と少々の対立を引き起こすことも覚悟の上で海底資源の入手のために海洋進出を拡大することにもつながると言うことになるのかもしれません。日本が第二次大戦に突入した原因も元はと言えば石油を巡る戦いだったという側面がありました。)そして中国が急成長し世界第二位の経済大国に躍り出てきていた中で日本はその間を少子高齢化と人口の減少という難関に突入することになります。二千二十年には東京都の人口も減少に転じると予想されていますが、日本全国から人を吸い寄せて膨張してきた東京までもが縮小へと向かうわけです。それに伴って消費も減少してゆき日本の市場規模も縮小してゆくことが懸念されます。バブル崩壊以後の二十年間にいくつもの内閣が度重なる経済対策を打ってはきましたが日本経済はあまり上向くこともなく長らくのデフレ経済を経験してきました。確かに国際的な経済環境の変化もあったとはいえ日本経済の不振の背景にはこの人口減少社会へと向かい始めた国内事情が大きく影響してきていたことは否定できないだろうと思います。日本の成長が国内経済だけでは望めない姿に変わってしまっていたからです。そのような中ではたとえ公共事業によって道路を造ってみても造った道路の周辺が宅地開発されたりあるいは商店などの店舗やガソリンスタンドそして銀行や病院などができたりという波及効果は生まれずに、公共投資した金額に見合うだけの成果が望めないのです。道路一本を作ることでその費用の何倍もの経済浮揚効果が望めたのはあくまで人口が増加傾向にあった時代での話です。それまでにあった道路沿いの店舗すらが空き店舗になってゆく状態では、新たに都市計画を作って宅地開発したとしても少なくなった人口では埋めきることができません。新築の住宅を造ることより既存の家の空き家対策の方に力を入れなければならないことにもなってきます。二千十二年段階では全国の空き家の軒数は七百五十万戸で住宅全体の十三%とされています。確かに各行政や開発業者の工夫によって例外的に人口が増加する地域もあるかもしれないので確定的なことは言えないにしても日本全体の四十五%は過疎地といわれる地域になっていることを考えるなら確率的な話としては全体的に人口は減少し空き家は増えてゆくだろうということです。ましてや二千十九年以降は日本の世帯総数が減少に入ると見込まれているので空き家が増加するのはほぼ確実な情勢です。したがって公共事業をするとしてもせいぜい高度成長時代に作られて四十年以上がたとうとしている老朽化した道路や橋などのインフラを補修したり付け替えたりすることくらいで新規の公共事業の必要性はなくなっているとも言えます。新規に行うのは東日本大震災のための復興事業と再生可能エネルギー分野への投資くらいと言っていいでしょう。老朽化したインフラを補修するには新たに土地を取得するための費用は必要ないことになります。その分財政支出の総額は少なくなるわけですがその公共事業による経済への波及効果はそのようなインフラが最初に作られたときと比べると極めて小さいものであろうことを覚悟しておくべきでしょう。なぜなら支出総額は土地取得の分が少ないわけですし道路周辺の開発はすでに終わってしまっているからです。少なくとも「日本経済はこのままではだめになる」とは多くの人が感じていることなのでしょうが、ではこの先をどうしてゆくかに対しては一つ判断を間違えると先々もっと大変な事態になると言えます。財政が潤沢であるならそれらいくつもの対策を同時に全て行うことも可能でしょうが、景気対策だけのために一時的に公共事業を大幅に増額しても上に述べたような理由から財政状態の悪化を加速させるだけという結果に終わりかねないからです。(当然のことながらそのような状況の日本経済は国内市場だけを相手にしていたのでは高い経済成長率を望むことは出来ないことでしょう。それはr>gの条件を作り日本国内で格差が拡大しかねない要因ともなってきます。それを打破するためには日本経済は外需への依存度を高めなければならなくなると言うことです。)このように日本経済が内需だけではやってゆけない状況になっている二千十二年時点ではEUの債務危機による欧州経済の低迷とその余波を受けた中国経済の減速そして尖閣諸島の領有権に関する日中間の対立による経済活動の停滞また極度の円高などによって日本経済は海外で金を稼ぎ出すことができなくなっている一方で東日本大震災による原発稼働停止に伴う火力発電用燃料輸入の急増によって貿易収支が赤字基調に転換してしまいました。二千十二年十一月二十一日の朝日新聞夕刊の記事では日本の貿易は四ヶ月連続で赤字と報じられています。また十月期は十月としては過去最大の赤字とも記されています。このように日本の貿易収支の基調が変化したことによって一時期の極度の円高から円相場は一ドル八十二円へと低下しました。その時期が衆議院の解散時期を迎え安倍自民党総裁が打ち出した金融緩和の公約と重なったためにその公約の効果で円が値下がりしたと安倍総裁は述べていますが円が値下がりした最大の理由となるのは日本の貿易収支だろうと私は思います。市場の自動調節作用で円が安くなっているのだろうということです。しかもこの貿易の赤字基調は日本の電力を自然エネルギーでまかなえるようになるまでかかりそうなのである程度長期にわたるだろうと思われます。これに伴うエネルギー価格や電力価格の上昇は日本経済のデフレを抑制する力とはなりますが、それは日本経済が好景気で需要が旺盛であることから生まれていることを示しているわけではないのは明らかなことです、電力料金などは節電を強いられ使用量が抑えられている中での値上げだからです。安倍自民党総裁は二千十二年十二月に行われる衆議院選挙の公約として日銀にデフレが収束するまでお札を刷らせてデフレ脱却をはかるようなことも述べています。私にはこれが第一次大戦の敗戦後のドイツの金融政策を思い起こさせたりするのですが、市中に流通するお金の量を市場に出されている財やサービスの量で割り算すると価格になるとも言えるのでお札を刷ってお金を増やせば財やサービスの値段はその分上昇してインフレになります。しかしその場合に果たして財やサービスの販売数量はどうなっているのかです。人口が減少することで販売数量が減り続けているにもかかわらず物価は上昇しているという状態も考えられるのです。それが下手をするとスタグフレーションを招くことにもなると言えます。不況すなわち需要がない中でのインフレということになるからです。従ってデフレ経済脱却のためだけにいくらお金を使ってみたとしても、その背景にある人口減少を解決しない限り金融面の対策だけでは無理なことでしょう。人口の減少はかなり長期間にわたって継続する(四十年間で三千万人減少すると予想されている)ことでなので、その間ずっと日本経済にはデフレ圧力がかかり続けるのでそれを紙幣を刷り増しし続けるという金融面での手立てだけで乗り越えることは無理な話になるだろうと思います。すなわち経済面だけの対策では根本的な問題解決にはなっていないからです。また2%のインフレ目標を立ててのデフレ脱却ですが、そうでなくても日本の物価水準は世界の中では高いところにあります。世界の主要都市で物価が高いのは第一位が東京第二位は大阪だとされるからです。これは日本がデフレ経済に入ってからかれこれ十五年が過ぎようとしている時点の数字でさえそうなのですから、物価目標を立ててデフレから脱却する方針になればさらにこのことが顕著になると言うことです。すなわち元々国際的にも高い日本の物価がさらに高くなると言うわけです。二千十二年末の衆議院選挙では多くの政党が生まれ激戦となっていますが、各党とも経済対策などを打ち出してはいるものの人口減少をどうするかをメインとした経済対策に言及する政党は少数と言えるのが現状のようです。どうすれば子供の出生率を上げられるのかすなわち若年層の貧困対策などをどうすべきかなどです。若い世代が家庭を作り子供を持てるようにするにはどんな政策が必要かということになります。それは子育て支援や教育改革よりも前の段階に位置している問題です。子育て支援や子供に教育を受けさせる段階にもたどり着けない人たちが多数存在しているということです。しかしこれを真正面から取り上げている政党はありません。それらの階層をタブー視して触れないでおこうとすればするほど日本の出生率は低下することにもなりかねません。そして例え結婚して子供ができたとしても出産を経験した女性の再雇用や再就職などでは女性は不利な条件に置かれてしまい子供を持つことが女性にはハンデとなってしまうような社会条件があります。それらが改善されてゆかないと女性は子供を産むことに二の足を踏むことにもなります。ましてや人口減少への対策として移民の受け入れの話などは出て来ようもないと言えるでしょう。ですがこれは日本経済にとって大きなテーマと言えるでしょう。教育を改革して教育を通して為政者に都合のよい人間を作り出そうとしても教育される人間の数が減っていってしまっている現状を変えなければしょうがないのわけです。また、だから子供を産みたくなくなるのかもしれませんが・・・。 日本社会の高齢化や人口減少の影響は外の目から見ても同じ様に見えているようです。二千十二年十二月十一日の朝日新聞朝刊に載ったアメリカの中央情報局の分析として「急速な高齢化と人口減が社会を苦境に置き、成長の潜在性を著しく損ねている」と指摘しているそうです。テレビニュースでは同じく情報局の分析結果として二千三十年には経済規模では中国が世界最大の経済大国にはなっているが総合力ではアメリカが依然トップランナーとして世界をリードするとし、日本はロシアやEUと同じく相対的に経済が衰退するとされますが、それでも総合力ではアメリカ、中国、インドに次いで世界第四位の座を確保するだろうとの予測です。黄昏の国日本ではあったとしてもその残映は残せると言ったところでしょうか。新聞記事では中国は二千十六年に労働力人口がピークを迎えその後は成長率が大きく鈍化してゆくだろうとされています。日本は少子化と人口減少に伴ってデフレ経済を経験し新たに誕生する自民党安倍政権は2%のインフレ目標を掲げて金融緩和措置を日銀に求める方針のようですが、アメリカは雇用情勢と金融緩和をリンクさせようとしています。アメリカの場合は失業率が6.5%になるまで金融緩和を継続するとの方針が打ち出されているので日銀としてもしばらくの間は金融を緩和しやすい条件になっていると言えますが、同じ金融緩和がリンクされているものが日米で鮮明に異なっているのは印象的と言えるでしょう。方や物価上昇率、方や失業率だからです。また日本の物価目標率は安倍自民党政権の政府の方針として出されていますがアメリカの金融緩和は中央銀行が独自に打ち出したものだということも違いとしてあります。日本社会の高齢化は国民の平均年齢にも現れています。日本の平均年齢は四十五歳であるのに対し中国は三十三歳、ASEAN諸国に至っては二十八歳という若さだそうです。そして一千兆円を優に超える日本の個人金融資産の七割は高齢者が所有していると言われます。確かに全ての高齢者がたくさんのお金を持っているというわけではないにしても、金融資産の保有者が高齢者に多いと言うことなのでしょう。ただ二千十四年五月時点で百六十万を超える生活保護世帯の47%強は高齢者世帯だともされています。十分な資産を所有している高齢者もいるということでしょうが孫に小遣いをやるにも事欠く高齢者もいるというわけです。そのような高齢者の中でも裕福な人は孫の教育費として自分の子供に贈与した場合孫一人当たり一千五百万円まで贈与税を非課税にするとの方針を安倍政権が打ち出しました。孫に多額の贈与をできる祖父母とできない祖父母の子供同士が結婚している場合には子供夫婦の間にひびが入らないかという気にもなるとはいえ、これは二千十三年から三年間に限られた政策で活発に消費をする若い世代に所得移転をさせるという上ではいい方法ではありますが、あくまで家族内での所得移転なので子供夫婦の祖父母がそろって財産のない高齢者である場合には孫には恩恵が及びません。その意味では社会内での所得移転も講じなければならないと言えるでしょう。政治家達も二世議員や三世議員など親からの代譲りが議員になることに有利に働いているすなわちアドバンテッジがあるのが明らかであるなら、貧困の方も親からの代譲りで経済的な場面で将来に不利にすなわちハンデに働いてしまう可能性は高いと言えます。そうさせないためにも社会内での富の再分配は必要になると言えます。それは教育分野を通して行うことが最も有効かもしれません。なぜなら社会階層を移行する手段として教育は未だ有効性を持っているだろうと思うからです。そして結婚や子供を持つことが経済的に難しい所得層への対策も必要となります。若い世代で経済的な場面で最底辺を形成している人たちをどうするかが最も難しい課題と言えるのかもしれません。その階層の収入が増えるかどうかによって日本の出生率にも影響が出てくるからです。移民受け入れなどを全く考えようとはしない日本であるなら人口の増減はそのような階層の動き如何に関わる部分が大ありだと言えるでしょう。また、子供を出産後女性が再就職しづらい環境に置かれる中で、そのような状況に置かれた女性達は自ら起業する人たちも増え、二千十二年時点では年間八万件の起業数になっていると言われます。働く女性の八十九%は出産後も同じ会社で仕事をしたいと思っているそうですが、実際には五十四%の人は退職を余儀なくされているとのことです。起業を考えている女性の数は五十万人を超えているとも言われます。女性の条件に対する十分な配慮がされていない日本の企業環境に見切りを付けて、女性自身が財やサービスの提供者として起業してゆくことはある種女性のたくましさを感じますが、反面日本の社会の遅れた部分を見せられているとも言えるでしょう。子供を産むことが女性が仕事をしてゆく上ではハンデになってしまうような社会はどこかが間違っているようにも思うからです。それは働きたいと思っている高齢者にとっても同じようなものなのかとも思えます。退職したもまだ働きたいと思っている高齢者にとっては、それまで培ってきた知識や技能を生かせる再就職先はなかなか見つけることが困難と言えるでしょう。そのような人たちが女性達と同じように起業すると言うことも選択肢として考えてもよいようにも思います。起業しないまでも出産後の女性や高齢者などもが自分の能力を社会の中で生かす場は必要だと思われます。それに応えるものの一つがクラウドソーシングともいえます。企業などの需要に対して自分の技能などを登録した個人がネットを介して仕事を受注し成果を納入するのです。クラウドソーシングを提供している会社の一つであるランサーズのユーザーの七割以上は地方在住の人だそうです。地方に埋もれている才能も芽をはやすことを可能にしてくれますし日本のどこにいてもあるいは世界のどこにいても仕事が取れるシステムともいえます。個人事業主になることの出来る一つの方法でもあるでしょう。SOHOの場合も仕事を受注することは難しいですがクラウドソーシングは地方に居住していても広域のまた広範囲の需要にアクセスできるので受注するまでの手間を幾分解消してくれるともいえそうです。インターネットが与えた多様な働き方を可能にする手段の一例といえる部分です。二千十三年から本格始動し始めた安倍自民党内閣による経済政策、すなわち「三本の矢」と呼ばれる財政出動、金融緩和、成長戦略の三つの政策を打ち出したアベノミクスによって円安・株高が起き日本経済は苦境から脱する兆しが見えてはき始めましたが、しかし、それによってほんとうにサラリーマンなどの給与が上昇するかどうかはまだ不透明と言えます。少なくとも二千十二年の給与総額はバブル後最低を記録したとされるからです。二千十三年一月三十一日の朝日新聞夕刊の厚生省の発表という記事に依れば、二千十二年の残業代や賞与を含む現金給与総額の月平均は三十一万四千二百三十六円で二年連続で減少し、リーマンショック後の二千九年の三十一万五千二百九十四円を下回ってバブル後の最低となったとあります。パート労働が増えた結果とされていますが、常用労働者数は四千五百七十五万三千人で前年より0.7%増えていると記されています。パート労働の割合は九十年の十五%程から二千十二年には三十%弱へとほぼ倍増という数字です。またサービス業などに比べて賃金が高い製造業の方はと言えば、二千十二年十二月には製造業従事者数が一千万人を割り込んだと報じられています。二千十三年二月一日の朝日新聞夕刊の記事では、千九百六十一年六月以来半世紀ぶりに九百九十八万人となって一千万人を割り込んだとされますが、自動車、電機、鉄鋼など製造業に携わっている就業者は十六ヶ月連続で前年を下回っているそうです。製造業従事者数のピークは千九百九十二年の千六百三万人だったので、それからすれば六百万人の雇用の減少と言うことになります。では果たしてその六百万人分の雇用の受け皿は果たして日本国内にあるのかと言うことにもなってきます。二千十三年には大手電機が多くの人員をリストラせざるをえなくなってきていますが、それらリストラされた人々はどのような選択をすることができるのかにもかかってきます。一流企業にいたというプライドを捨ててそれまで名前も知らなかった中小企業に再就職してもいいという行動をとったり、あるいは自分たちで起業したりといくつかの選択肢はあることでしょうが、現実は厳しいのが事実の部分もあるかと思います。しかし上場企業に就職までできていた人が「リストラされたから死んでしまう」ではあまりにももったいないと言えるでしょう。一口にリストラされると言っても一人一人の条件や境遇は皆異なっていて一概には言えないでしょうが、その後の人生を放棄してしまうこともできないはずです。人間は死んでしまうまでこの世から解放はされないからです。リストラされれば会社の人間関係からは解き放たれるかもしれませんが生活している限りお金には縛られます。ひょっとしたらそれが一番大きな問題になる場合もあるかもしれません。あるいはほとんどがそれに依るとも言えるのでしょう。しかしそのような中でも何かを探してゆかねばなりません。村上龍の『55歳からのハローライフ』は、そんな中高年の姿が描かれた中編小説集ですが、挫折したり自分や周囲に幻滅したりしながらも何かしら自分なりの希望のようなものを見いだそうとする人々の姿が描かれています。実際に私の家の近くには女性達が始めた主に高齢者や企業そして幼稚園児を対象にしたお弁当の宅配をするサービスが生まれたりしています。それまでお寿司屋さんだった店が店主が高齢化したためか空き店舗になっていたのでそこを借りてその多くが私と同年代といえる女性達がワーカーズコレクティブの方式で事業を始めたのです。また介護分野で働いていた具体的に私が出会ったことのある女性で自分でデイサービス施設を立ち上げたりする人も複数名知っています。女性たちが地域でビジネスを立ち上げて活動することは珍しいことでもなくなり始めています。また自分の発明品(3Way mask)でビジネスに挑んでいる女性もいます。これらウーマノミクスがこれからはもっと増えてくることでしょう。これまでの日本では男性は会社人間で地域とのネットワークをあまり持ってはいませんでした。女性の方が子育てでのママ友や犬の散歩やきっかけは様々だとは言っても地域でのネットワークを作りやすい環境の中にいたと言っていいでしょう。それまで会社人間でやってきていた男性にとっては会社関係の人脈はあっても地域に溶け込むのには何かしら壁があると言えるかもしれません。男性は会社勤めの間は行動範囲は妻よりも広かったにしても女性達は地域密着で行動している場合が多いからです。男同士を比べてみてもこのようなことは起こりえます。これは二千十四年十一月三日に放映された壇密さんがナレーションを担当したNHKの”にっぽん紀行”「男たちの居場所」での一シーンですが、秋田・井川町の男性で大型トロール船で世界の海を股にかけて働いて定年を迎えた団塊の世代の人が定年後の時間をもてあましプラモデル作りをしながら地域のたまり場に足繁く通っているのですが、たまたま何十年ぶりかで学校時代の同級生に道の途中で巡り会い、その同級生は地元で小さな漁船で漁をしている現役の漁師だったのです。外洋船の船乗りになっていたことが誇りだった人と小さな漁船で地元の漁師として今でも漁に出ている現役の漁師の人との定年と言われる年齢を過ぎた後の人生の過ごし方には何か私も考えさせられるものがありました。同じように船に乗っての仕事だとは言え方やエリート、方や落ちこぼれとも思われるような人のその後を考えたときには、果たして個人としてはどちらがよい(幸せな)選択なのだろうとも思えるのです。しかし大企業に勤めていた男性でも自分が会社で培ってきた能力や技能そして技術を地域社会に生かし還元できるときもあるかもしれないのです。あるいは男同士でも自分たちのネットワークを利用して起業もできるかもしれません。人を雇ってまでの起業と言うのは年金生活の人間にとってはリスクが大きすぎハードルが高いとしても個人事業主やフリーランスには誰でもなれることでしょう。しかしそのときには昔勤めていた会社の看板や肩書きなどは一切ないことを覚悟しなければなりませんが・・。またいいアイデアはあるのだが資金が不足していると言うときにはインターネットのクラウドファンディングを利用する方法もあります。多くの人の共感を集めるような企画なら資金を提供してくれる人も出てくるかも知れません。私の住む街の『広報ひらつか』二千十三年八月号には平塚市が行っている高齢者に仕事を行わせる「生きがい事業団」の記事が載りましたが、そこにある数字では六十五才以上の高齢者を対象にした調査で「仕事をしていない」が58.1パーセント、「仕事をしている」が24.8パーセントだそうです。あまりに高齢になってしまえば仕事をするどころか介護サービスのお世話を受けなければならないことにもなるので、この「仕事をしていない」の割合が多いのか少ないのかは人それぞれに見方が異なるのでしょうが、私自身は健康が許すのであれば七十五才くらいまでは少しなりとも何か仕事をしていたいと思ってはいます。二千十六年一月十五日の国会での議論では、片山さつき議員からいわゆる「シルバー人材センターに登録して働く人の労働時間を現在の週二十時間までと言う上限を四十時間までへと規制を緩和させるべきではないか」との提案がされていました。健康面で問題のない体力のある高齢者にとってはそれも可能かと思います。ただあくまで働く高齢者の都合にも配慮はすべきでしょう。「会社生活で現役の時にバリバリ働いたから仕事はもういいよ」と言われる方も多いことだろうとは思います。しかし会社を離れて自分一人になったときの生き方も考えざるを得ないのではないでしょうか。私が学生時代に喫茶店で営業部門と思われる上司の人が部下の人に「営業は商品を売り込むよりもまず自分を売り込むんだ」と言っていたことを思い出したりします。勤めていた会社の看板が無くなると言うことは自分以外他にはないことも意味するからです。その時に自分にはいったい何があるのかを考えることになってきます。会社の都合で定年よりも遙かに早い三十代や四十代でリストラされる人たちにとっては、定年で会社を無事に去ることができた人たちよりも遙かに長いその後がある訳なのでどのような選択肢があるかは真剣に考えなければならないところもあることでしょう。しかし選択肢としては定年退職した人とかなり共通したところもあるかと思います。条件のいい再出発の道は非常に少ないと言うことなのです。二千十三年二月八日のNHK”特報首都圏”では、日本国内での外国人起業家の話が放映されていましたが、日本人であれ外国人であれ日本国内で起業して成功してくれる人が出てきてくれることは起業した人自身にとって幸いだと言うだけでなく日本国内の雇用の面では日本の利益にもなるので歓迎すべきことと言えます。また起業するのは男女を問わないものであるのも当然と言えます。一方金に余裕のある人はそれらの起業家に資金提供をして助けることもできるでしょう。また一般の人はそれらの財やサービスの消費者になって応援に回ることもできるでしょう。起業する側も最大限工夫し考えてからでないと、日本のようにすでに財やサービスがかなりな程度普及してしまっている社会の中では成功には結びつかないだろうとも言えます。男性が起業したときには男性が好みそうな財やサービスあるいは逆に女性が起業した場合には女性が好みそうな財やサービスを提供しがちになりますが、男女の垣根を越えた財やサービスを考え出せばその顧客になる人の幅は広くなるともいえます。平塚で女性が社長を務めていて男女の差を問わない商品といえるものを提供しているものの一つにはエンブロイという会社もあり海外展開までしています。この会社の商品の発送などをしている部署は我が家のすぐ近くにあり、ママチャリで通ってくる従業員の人たちを何人も見かけます。これに類する商品には謳われたような効果がないとの厚生省の発表がマスコミに流れ現在は逆風の中にあるようですがそれでも会社は存続しているようです。また日本にあって海外にないものや、海外にあって日本にないものを見つけることができるがために外国人起業家が日本で起業することができる部分があることは”特報首都圏”の番組でも紹介されていたところです。それ以外には外国人起業家は自国に自分のネットワークすなわち財やサービスの販路があると言うことが強みだというところです。日本で起業する外国人が増えたことは小泉政権の時の規制緩和などによって海外からの留学生受け入れが進んだことに依るところが大きいとされますが、日本から海外へ留学した人もいる訳なのでそれらの人が起業してもよいと言うだけの根拠はあると言えるでしょう。すなわち異文化に触れた日本人が事業を興すというわけです。しかし日本の国内市場は縮小傾向にあるので、どうしても海外市場をも視野に入れておく必要はあるのかもしれません。国内市場ではその財やサービスを洗練させておく準備段階のものとして考えておくというわけです。そのためにも国内で様々なアイデアを試しておく必要が生まれます。日本ではあまり普及しなくても海外では需要がある場合もあり得ます。なぜなら日本と海外とでは条件的なものが異なっていて事情が違うからです。そのためにも他国の需要を考えることのできる海外からの人材は日本にとっては貴重だと言えるでしょう。これまで海外から人を受け入れることが下手だった、あるいは不十分だった日本にとって海外から人を受け入れることには文化摩擦のようなデメリットばかりでなくメリットもあることの一例と言えます。大和民族だけで日本経済を動かしてゆく時代を変える必要が出てきているとも言えるでしょう。日本国内では最高水準の多機能な商品が好まれたとしても新興国ではそれほど高機能ではなくても安くて基本的な機能さえあれば売れる商品もあります。たとえば携帯電話やスマホのメール機能は字の読める人にとって便利だとはいっても文盲の人が多い識字率の低い国々や地域では電話の方が重要でメール機能は限られた人だけであまり広く使われない場合もあることでしょう。日本国内ですら最高級の料理ばかり食べているわけではなくB級グルメとして人気を博する食べ物があるのと同じ事です。間に合わせのものであってもそれで十分事足りる財やサービスは個人事業主やフリーランスの人達が手がけてみるに値する領域かも知れません。うまくヒット商品やサービスが生み出せれば個人事業主から始めた事業でも事業を拡大できることもあるでしょう。たとえてみれば裏メニューのはずだったまかない料理が表メニューになることもあり得ると言うわけです。 日本国内で海外起業家が生まれ始めているという新しい日本経済の芽がどこまで育ってゆくのかには期待したいところですが、それらが大きな波を作り出すところまでには到達していません。それらの芽を大切に育てながら日本経済は進んでゆくべきではあっても、それらが日本経済を大きく救うまでにはまだ成長しきってはいないのです。すなわち日本経済は依然として苦境の中にあると言ってよいでしょう。二千十二年度の日本の経常収支は四兆七千三十六億円と千九百八十五年以降で過去最少を記録したと二千十三年二月八日の朝日新聞夕刊に記事が載りました。貿易赤字が前年の3.5倍の五兆八千五十一億円に過去最大になったために経常収支が前年比で半減する結果になったようです。しかし経常収支の方も十一月・十二月と二ヶ月連続で赤字となっているとのことで、経常収支の赤字が継続するようなことになると国債を国内で消化することができなくなり、国債の暴落を招いて経済に大きな影響が出る恐れがあるとされています。日本国内は人口減少でマーケットが縮小してきているので外需に頼らざるをえない局面になっているにもかかわらず貿易は赤字基調という状態です。稼げなくなって借金だけが増えてゆく形に日本はなってきているわけです。この時点の日本の財政状態は国の借金がGDPの230%に上り、それは日本が第二次大戦に参戦していった時点における200%を上回ってしまっているとの指摘もあります。日本が自暴自棄に走ったりしなければいいがと言う懸念もありますし、果たしてこれを返すために何年国民は耐えなければならなくなるのだろうという心配も生まれてきます。財政を均衡させ、さらに国債を償還し、また新たな国債の発行を減らしてゆきながら日本経済を運営してゆかなければならないことになってきます。何十年にもわたって国民には長い辛抱の期間が必要になってくるかもしれません。見たくない現実にも向き合わざるをえなくなる時期がいつか必ずやってくると言えるでしょう。そのことによって財政支出も削減してゆかなければならない局面も生まれるとは思いますが、それに伴って公的研究費も削られてくるような事態になると科学技術立国で成り立っている日本の屋台骨が崩れかねなくもなってきます。二千十二年時点での日本の年間の公的研究費の総額は四千三百億円でその八十%は文科省の所管だとされますが、私からすれば一兆円くらいの公的研究費はあってもよいようにも思います。スーパーコンピュータなどを含め波及範囲が非常に広い基礎研究の分野を強化する上ではある程度の予算をつぎ込んで研究者に次の時代の産業の芽を作り出してもらう必要はあると思うからです。すなわち次の時代の日本人の飯の種を見つけてもらうためにもです。それはアベノミクスと言われる安倍政権の経済政策である財政出動・金融緩和・成長戦略の三本の矢の内の三番目の矢である成長戦略にも関わってくるものでもあるといえるでしょう。日本国内ばかりでなく海外展開もできる成長分野を何にしてゆくのかを見極める必要も生まれてきます。そして成長戦略は短期の経済政策とも言える財政出動や金融緩和よりももっと重要な意味合いを日本経済に持っているとも言えます。財政政策や日銀の白川総裁から黒田体制への移行により資金供給を二年で倍にすると言う超金融緩和によって円高だった円相場も下がり株価も急上昇したとはいえ、それらの政策は長期間継続すべきものでもありませんしまた継続させることもできないでしょう。それとは違って成長戦略は日本の中・長期の経済の柱を何にするのかを決めることにもなるからです。100メートルの短距離を走る走り方で42.195kmのマラソンを走り抜くことは到底不可能です。日銀の超金融緩和策などは短距離走には向いていても長距離走の走り方ではないと言えます。長距離走としてはiPS細胞の臨床への応用を含む医療・介護分野とエネルギー分野には日本は力を注ぐべきではないかと私は思います。二千十二年度の日本の貿易赤字である六兆九千億円の半分は海外からのエネルギー資源の輸入額に匹敵するとされてもいます。また日本の食糧自給率は四十%ほど、木材自給率は二十六%ほどと言われる中でエネルギー自給率にいたっては4%でしかないとも言われます。そのためこれらを日本国内で自前のエネルギー生産ができる体制を確立すれば輸入のために使われた資金が国内に回ってくると言えます。国内でエネルギーを生産して割高になることと、輸入のためにまるまる資金が海外へ流出することではどちらが日本経済にとってプラスになるのかは十分に検討する必要がありそうです。また二千十三年の春闘では経営側は賃上げには消極的ですが、企業としても研究開発投資は決して削減するべきではないと言えるでしょう。この時点の民間企業には二百六十兆円の内部留保があるとささやかれてもいるのですから、それを活用して新たな商品開発のための研究費として使うべきであろうと思います。公的機関でも民間企業でも新規分野を開拓してゆくために最大限の努力を傾注すべきだからです。それを怠れば対外的な競争にたちまちの内に敗れる結果にも結びついてきます。あるいはいくつもの特許を組み合わせてこれまでになかったような製品を生み出すことも可能です。アップルのiPhoneは二百以上の特許技術を利用して製品化されていると言われています。二千十二年度のアップルの特許取得件数は千百件とも言われていますが、iPhoneやiPadに利用されている画面をタッチして横にスライドさせる技術などは東京農工大学の先生の特許だそうです。ステイーブ・ジョブズはそれらの特許技術を組み合わせて新製品を作るアイデアを打ち出した人だとも言えるのです。特許技術を作り出す人、それらをコーデイネートして新しい製品を考え出す人など各々の持ち分はあるでしょうし、それら画期的な商品を全て自前の特許で制作できればそれに越したことはないでしょうが、大企業でもそれには限界があることでしょう。その流れが行き着く先はクラウド・ソーシングなのかもしれません。それは製品の開発や勤労者の働き方を変える力を持っています。そのため成長戦略を描くためには企業の体質を変更したり社会の制度設計を変更したりする必要性も生まれてくると考えられます。そして日本の長期的な成長戦略としてFTAやEPAそしてTTPなどの自由貿易協定をてこにして日本経済を活性化させようと考えていると報じられますが、関税が引き下げられたり撤廃されたりするそれらが実現すれば輸入物価は下がることになりのでデフレ圧力になってくるはずです。アジアや太平洋地域あるいはEUなどの成長を日本経済に取り込むことが目標の自由貿易協定ではあっても、物価目標との整合性はないことは考慮しておくべきことでもあるでしょう。私は貿易立国でしかやって行く道がない日本であるのでそれらに反対する者ではないのですが、自由貿易をさらに進める協議を行うことによる国内物価の下落までをも日銀に押しつけて金融政策で食い止めようとすることはできないと思うのです。しかも日本は人口の減少が本格化し始めています。二千十三年四月十六日に総務省が発表した人口推計では日本の総人口は二千十二年十月一日現在で一億二千七百五十一万五千人と前年より二十八万四千人減少し、減少幅は千九百五十年以降で最大となり、六十才以上の高齢者人口も初めて三千万人を突破。また全都道府県で六十五才以上の高齢者の数が十四才以下の人口を上回る少子高齢化になったと十七日の読売新聞朝刊で報じられています。また二千十三年六月六日の読売新聞朝刊では、厚労省の二千十二年度の人口動態統計の数字として二千十二年度では生まれた赤ちゃんの数は百三万七千百一人と過去最少で団塊の世代である千九百四十七年時点におけるその数は二百七十万人ほどだったことを考えるとこの六十五年間で半減どころではない減少の仕方と言えます。また二千十三年六月十五日の読売新聞朝刊のグラフでは、二千十年度の日本の出生数は百七万人で死亡数百二十万と人口の減少数は十三万人ほどですが、これが二千四十年になると出生数六十七万人に対し死亡数百六十七万人と年間の人口減少幅は百万人に達してしまうと予想されています。二千三十年の団塊の世代が八十才を迎える頃でも年間の死亡者数は百六十万人と予想されています。これらの動きは当然のことながら日本のマーケットの縮小に結びつき、国内需要の減少と言う形をとってデフレ圧力となり日本経済に影響してくると言えるでしょう。私はこの日本の人口減少に対して移民を受け入れる政策に転じるべきだと思うのですが、マスコミを通じて私が知る限りでは政治家で移民受け入れに言及しているのは大村愛知県知事だけです。大村知事の言い分では「このままでは日本の社会保障が成り立たなくなる」と言うことが根拠です。難民受け入れに於いてさえ日本は消極的なのでの移民受け入れに至ってはましてもです。難民の認定率はアメリカの場合は50%を超えていますが日本の場合は0.2%にすぎません。アメリカは申請した二人に一人が難民と認定されるのに対し日本は千人に二人でしかないのです。日本は旅行者の受け入れには力を入れ始めているとはいえそれ以外の分野では極力外部から人が入ってこないような条件を作っていると言えるでしょう。難民にも移民を希望する人にも選んでもらえないような日本でいいのだろうかということでもあります。難民の人にも移民希望の人にとっても日本が魅力のない国といわれるまでになることを日本人は望むのかということにもなります。そしてこの日本の人口減少は少なくともこれからかれこれ二十〜三十年間は継続してしまうだろうと言うことです。二千十三年五月五日のこどもの日の読売新聞朝刊には十五才未満の日本の子供の数の推計が出ましたが、前年より十五万人減って千六百四十九万人となり三十二年連続の減少で過去最低とされています。総人口に占める子供の割合もインドが29.1%、アメリカが19.6%、中国が16.5%、韓国が15.6%、イタリア14.0%、ドイツが13.2%であるのに対し日本の場合は12.9%とこれも過去最低とされ非常に低くなっています。これらの数字を見たときに日本は座して沈没して行くことをよしとするのかどうかが問われてきます。少なくとも安倍政権にとって七月の参議院選挙まで多くの日本国民に経済がうまくいきそうだと思えるように見えていさえすればそれでよいという次元の話では全くないのは事実だろうと思います。アメリカでは自国の経済成長のことも考慮に入れて不法移民に対しても一定の条件を満たせば定住を認めるような移民法の改正が行われようとしています。しかし日本ではこれほどまでに人口減少が明らかになってきているにもかかわらず中央政界の中からは全くと言っていいほど移民受け入れの話は出てくる兆しがありません。日本の雇用環境が悪い中では移民受け入れまで考えることができないのかもしれません。しかし今は技能研修生の受け入れでかろうじて人手をまかなっている一次産業の分野では人手不足の状態ですので、これまで対外的に開放していなかったその部分への移民の受け入れだけでも決断すべきだと思います。移民受け入れは日銀がどうこうできる分野ではなくそれこそまさに政治が判断すべき領域です。日本は大和民族だけでの経済学から速く脱皮すべきだろうと思うのです。二千十三年四月十九日には安倍首相が会見を開き成長戦略の具体的な内容が発表されました。その中には女性に活躍をしてもらうために待機児童の解消を図る方針や企業に女性の会社役員を置くことなど、育児が仕事をするうえでハンデになったり女性であるが故に昇進が阻まれたるすることがないような制度設計が必要になりそうです。衛星放送の番組では、日本よりも女性の社会進出が進んでいると思われるアメリカに於いてさえも、「男性は成功して出世すればするほど男性・女性の違いを問わず賞賛とあこがれの対象になるが、女性は出世すればするほど嫌われる。その常識を変えなければならない」と女性の企業経営者などが述べていました。私は能力のある女性が社会の中で自分の能力を発揮してくれることには大いに賛成する者ですし、必要に迫られて働かざるを得ない女性達も大勢いることでしょう。ことに社会の先行きが不透明で雇用も安定せず男性の給与もなかなか伸びない状況の中では、結婚している女性でも共働きを望む人が増えるのは当然とも言えます。奥様稼業だけで安閑としてはいられないというのが本当のところでもあるでしょう。また日本でも高等教育を受けた女性の数はかつて無いほど多くなっています。それらの女性達が全て主婦業だけで一生を終えていってしまうとしたら、それは社会にとっては大きな損失とも言えるでしょう。それら様々な理由によって女性の社会進出が進むのであれば、社会の方もそれに合わせた制度の変更などを求められてくるのもまた当然のことです。二千十三年六月二十一日の読売新聞夕刊には女性の七割が出産で離職しているとの厚生労働省が二千十一年に行った調査結果が紹介されています。結婚前に仕事をしていた女性で結婚によって退社した人(寿退社)は三割弱で、第一子誕生後にも仕事ありという人は32.8%、第二子では23.1%、第三子出産後には12.8%まで落ち込むとされています。男女による子育ての分担がうまく進まずもっぱら女性が育児に専念せざるを得ない姿がありそうです。子供を産んだら女性は離職したり退職しなければならない条件におかれてしまうことは回避すべき社会的課題だろうと思います。現在ではインターネットは広範囲に普及しているので企業のセクションによっては出産・育児中の女性に在宅勤務の雇用形態を用意することも可能になっているといえるでしょう。それは出産・育児にとどまらず介護を行わなければならない人も含まれてくることでしょう。現に二千十三年七月二十三日の読売新聞夕刊の記事では、在宅勤務する人の数が二千十年から十二年までの二年間で四百五十万人増えたとされています。二千十年時点では二百六十万人ほどだったものが十二年には七百十万人までに伸びているのです。これは全雇用者の12.5%だとのことです。増えた理由には育児・介護ばかりではなく大震災で多くの従業員が出勤不能になった教訓もあるとのことです。ただこれら在宅勤務の形態などを含め女性が社会進出しやすい制度をいくら整えたとしても、これまでに減少してしまってきていた日本の人口は穴埋めする方法はありません。制度を整えることで例えこれから幾分か日本の出生率が上がって子供の人口が増加に転じたとしても、それまでに減ってしまって来ていた部分はどうにもならないのです。すなわち日本が外国人労働者などの受け入れをしないでいれば日本の人口減少は少なくとも三十年以上は続くことになる訳で、長い場合には五十年を超えることになるのかもしれないのです。その時点での日本の総人口はこの時点での韓国の人口に近いものにもなってきます。人口が減少して行く中で日本が財政を立て直すとすれば、この時点で一千兆円と言われる財政赤字は一年で十兆円ずつ返済していったとしても返し終わるには百年かかる計算になります。果たしてそれは可能なのでしょうか??人口が減少すればそれに伴って一人当たりの負債額は増えてしまうことにもなります。しかも日本の人口構成は逆ピラミッドのような形になってしまっていても所得構成は多分ピラミッド型であることでしょう。すなわち低所得者が非常に多数を占め高額所得者はほんのわずかでしかないであろうと言うことです。高齢者は皆裕福で若年層は若さに応じて皆貧困であるというのであれば所得構成も逆ピラミッド型であることになるのですが、またそうだったとしたら高額所得者言ってみれば高齢者だけで借金は返せるはずですが、人口構成と所得構成とは必ずしも一致はしていないのです。二千十三年九月二日の読売新聞朝刊には高齢者世帯の所得分布のグラフが載っていますが、例外的といってもいいほど所得の少ない五十万円未満の世帯は2%弱ではあっても、五十万円以上百万円未満は13%程、百万から百五十万円未満は12%、百五十万円から二百万円未満が13.5%ほど、二百万円から二百五十万円未満が10.5%ほど、二百五十万円から三百万円未満が9.8%ほど、三百万円から三百五十万円未満は少し増えて11.5%ほど、四百万円から四百五十万円未満は8%ほど、四百万円から四百五十万円未満は6%ほど、四百五十万円から五百万円未満は3.5%ほど、五百万円から六百万円未満は4.5%ほど、六百万円から七百万円未満は2%ほど、七百万円から八百万円未満は1.8%ほど、八百万円から九百万円未満は0.6%程で九百万円から一千面円未満も同じく0.6%程、そして一千万円以上が2%を占めています。所得の刻みを全て同じにすれば所得分布の形はほぼピラミッド型といってよいでしょう。これは高齢者世帯の所得分布だとはいっても、日本の社会全体で見た所得分布もこれとあまり変わらない形なのではないでしょうか。 第二次安倍政権のアベノミクスと言われる経済対策の三本の矢と言われる内の第三の矢とされる成長戦略の中に一人当たり国民総所得(GNI)を百五十万円以上増やすという目標も盛り込まれています。GNIは国民総生産(GDP)に日本企業や国民が海外から得た所得を加え海外に支払った分を除いた分を指すと言うことです。二千十三年六月六日の読売新聞朝刊の記事では、日本のGNIは四万五千百八十ドルで世界第十三位、首位のノルウェーの八万八千八百九十ドルの約半分とされます。もし目標通り百五十万円GNIを増やすことができれば日本は世界第五位のデンマークか第六位のスウェーデンの位置に付けることになりますが、そうなるためには日本経済が世界と戦えるだけの競争力を付ける必要性が生まれます。高度経済成長期を経て日本の工業製品は世界ブランドにもなってきていましたがその日本ブランドにもかげりが生まれ始めています。個人も企業ももう一度ブラッシュアップしまたビジネスモデルの点などでも発想の転換をする必要に迫られそうです。ビジネスモデルを変更する場合などでは企業の大幅な構造改革が必要にもなってきそうです。第二次安倍政権が発足して半年後の時点では日本の経済指標は好転している傾向がみられるものが多くなってきてはいますが、二十代から五十代のサラリーマンの一か月の小遣いは三万八千五百円とバブル経済以後では最少になっているといわれます。これは三十年前の水準とも言われます。一人当たりGDIが上昇すればサラリーマンの小遣いも増えることが期待できるでしょう。しかし当面はまだまだの状態といえそうです。また例え一人当たりのGDIが平均で上昇したとしてもその時の社会の格差の状況も考慮して行かなければならなくなることでしょう。全ての人一人一人の所得が均等に百五十万円増えればいいのですがGDIの上昇分のほとんどが一部の高額所得の人達だけのものにとどまり多くの人々の所得の上昇には結びつかない場合も考えられるからです。富の分配がある程度公平に行われなければいくらGDIの数字だけが上昇しても多くの人々にとっての経済面での幸せには結びついては来ないことでしょう。企業活動などによって得られた富の分配は税制などによってしか実現できないところがあります。私は個人も企業もルールの枠内でなら大いに経済的利益を追い求めてくれていいと思っています。しかし社会としてはそれをある程度再分配するシステムを内部に整えておく必要はあると考えています。先のGDIで上位を占める国々は一位がノルウェー、五位デンマーク、六位スウェーデン、九位フィンランドなどとどちらかというと社会保障が行き届いた北欧の国々が多く占めているからです。経済規模では世界で最も大きなアメリカでも八位でしかありません。日本はアメリカ型社会を望のかそれとも北欧型の社会を選ぶのかと言うことにもなるのかもしれません。あるいはその中間あたりなのでしょうか?そしてこれは「社会の中の自分の居場所」でも日本の教育と絡めて触れたことですが日本の技術革新力は世界で第二十二位と前年から三つ順位を上げたとはいえそれでもアジアでも七位の香港、八位のシンガポール、十八位の韓国以下のところにいます。十位までが一覧表になっていますが、一位はスイス、二位スウェーデン、三位英国、四位オランダ、五位米国、六位フィンランド、七位香港、八位シンガポール、九位デンマーク、十位アイスランドとされています。ここでも社会保障が行き届いた北欧の国々がかなり高い位置にいると言えます。激しい国際競争を生き抜くにはやはり日本国内にいても競争は激しいものでなければならないでしょうが、そこに社会としてのセイフティネットが十分完備され富の再分配が行われている方が思い切った競争や挑戦が可能になると言える部分はあるのかもしれません。あるいは失敗しても再挑戦できる職業訓練のメニューなどが社会の中に用意されていれば人は立ち直ることができ再び社会参加をしてゆけることにもなります。「社会保障が整うと多くの人がだらけてしまい社会の活力が失われてしまう」という懸念とは違った結果が北欧の国々には存在しているようにも思えるのです。確かに二千十三年七月十四日の読売新聞朝刊の記事にあるように「欧州屈指の出産大国フランスは[安心して産める]環境作りで合計特殊出生率を日本より0.6ポイント高い2.0に回復させた。第二子を産むと月約二万円の育児手当が支給され、三子を産むと月約四万円に跳ね上がる。現在、手当が付く育休期間は第一子が半年、第二子以降が三年。求職中は月最高約六万円が支給される。三人産めば育休は計七年、手当総額は月十万円に上ることもある。ところが、長いブランクと恵まれた手当で[無理して働かなくてよい]とやめる母親は多い。育休をとった常勤者の四割が退職する。」とあります。政策的にあまりに優遇されすぎると人はそれに慣れてしまうともいえそうですが、どの程度の優遇政策が必要なのかは日本も工夫しなければならなくなるのかもしれません。その記事のところに載っている一覧表では北欧のノルウェーは女性の就労率が77.3%、合計特殊出生率が1.88、育休と父親の参加は最長五十九週間で父母各十四週間を取得割り当て、スウェーデンは女性就労率が76.8%、合計特殊出生率が1.90、育休期間は四百八十日で父母各六十日間を取得割り当て、百九十日分の手当は給与の八割、そしてフランスは女性の就労率が65.0%、合計特殊出生率が2.01でドイツは育休は三年でも手当支給は十四ヶ月、そのうち二ヶ月が父親分で女性就労率は62.4%、合計特殊出生率は1.36となっています。ちなみに日本の場合をみると育休が原則一年で父母共の場合は一歳二ヶ月まで、女性就労率は63.4%、合計特殊出生率は1.41となっています。これらの数字からすると女性の就労率でも合計特殊出生率でも、またGDIでも技術革新力でも北欧の国々は日本よりも遙かに上を行く存在だからです。知識や技術は人を変え人は社会を変える力になります。そのような動きが生まれるような社会制度を技術に先駆けて作り出すことを考えることも可能でしょう。卵が先でも鶏が先でもかまわないのです。二千十三年時点での日本の場合は年収二百万円以下の非正規雇用人口が一千万人以上となり、二十代では二人に一人は非正規雇用の状態だといわれます。このような年収では出生率は経済的な側面から低下せざるを得ないのも当然といえるでしょう。カネがオールマイティであるわけではないにしても愛だけでは家族も子供も持つことはできないからです。二千十三年版の厚生労働白書に関する記事が二千十三年八月二十六日の読売新聞夕刊に載りましたが、そこでは年収が晩婚化に及ぼす影響として、「二十歳代と三十歳代の男性で年収が三百万円未満の既婚率は一割に満たないが、三百万円以上四百万円未満では25%を超え三百万円が一つの壁になっている」とのことです。結婚するしないあるいは結婚できるできないが所得と密接に絡んでいることが伺える数字です。日本の出生率を上げるには低所得者対策、とりわけ若年層の低所得者対策が重要と言えそうです。日本の産業構造も大きく変わり製造業の多くが海外移転の道をたどり、国内に新たな雇用の受け皿となる産業が育ってきていない中で国内経済の構造変化のしわ寄せが若年層に極めて強くのしかかっているとも言えるのです。また企業は内部留保を増やす一方で賃金を減らす行動をとってきていたこともその一因に考えられると言えます。二千十三年十月五日の朝日新聞朝刊のグラフでは、企業の内部留保は千九百九十七年時点では約百四十五兆円ほどだったものがその後はほぼ一貫して増加傾向をたどり二千十二年には三百四兆円ほどになっています。それに対し現金給与総額の方は二千十二年を百とした場合に千九百九十七年では百十三だったものから二千十二年には九十八ほどのまでに低下してきています。この十五年間は日本経済がデフレ経済を経験し非正規雇用が増加してきていた時期と重なります。また日本の男女平等の状況は二千十三年に出された世界経済フォーラムの評価では百三十六か国中で日本は百五位と二千六年に始まったこの報告の中で過去最低となったと二千十三年十月二十五日の朝日新聞夕刊にあります。女性議員の比率が今回の衆議院選で十一%から八%へ下落したために政治分野が百十八位となり、企業幹部の女性の割合も一割で経済分野も百四位となっていて、女性の教育レベルは向上しているにもかかわらずそれが反映されてきていない結果になっています。女性が社会の中で活躍するチャンスが少ないことは結果的に日本の損失といってよいのではないのでしょうか。そしてこの国際評価で一位はアイスランド、二位フィンランド、三位ノルウェー、四位スウェーデン、五位フィリピン、六位アイルランド、七位ニュージーランド、八位デンマーク、九位スイス、十位ニカラグアで、ドイツは十四位、英国は十八位、カナダは二十位、米国は二十三位、フランスは四十五位、ロシアが六十一位、中国が六十九位、イタリアが七十一位、そして日本は百五位で、それよりも下なのは韓国の百十一位などとのことです。民主主義の国でありながら男女の不平等が共産党一党支配の中国よりも大きく世界のベスト百にも入れていない現状というのは考えなければならないところが大いにありそうですし、ここでも北欧の国々は注目してもよい評価のされ方をしているといってよいでしょう。現実問題として男性の給与の伸びが期待できない中では「一人飯は食えないが二人飯なら食える」といわれるように夫婦共働きとならざるを得ない状況があるなら女性にも活躍のできる場を大きく確保しておくべき時代に入っているといえるでしょうが、実態はまだその変化に追いついていけていないと言えそうです。それは女性だけの問題にとどまらず男性にも関係してくる問題であるにもかかわらずなのです。もし日本が今も依然として男中心の社会であるとするなら男性自身も考えを変えるべきところにきているといえるようです。 男女の不平等が日本国内に存在することでそれが男女の賃金格差になっているという部分も生まれているのかもしれませんが、日本の世帯間の所得格差が過去最高になっていると二千十三年十月十二日の朝日新聞朝刊にあります。税制や社会保障などを取り除いた世帯間の所得格差を示すジニ係数は二千十一年調査では0.5536で三年前よりも0.0218ポイントあがって千九百八十四年以来格差拡大が継続し過去最大になっているとのことです。ただ格差が拡大した分再分配による改善幅も過去最大となり再分配後の格差は0.3791と前回から横ばいとのことです。一方、地域間格差すなわち自治体間の格差は消費税が10%になった時点での試算では一人あたりの地方税額は東京が現在の5%では二万七千円ほどから10%では三万三千円増加して六万円、大阪・愛知両府県は現在の二万円ほどから二万五千円ほど増加して四万五千円ほどへ、北海道は全国平均とほぼ同じ二万四千円増加して四万四千円ほど、福岡県は全国平均と構成も規模も全く同じで二万四千増加して四万三千円ほど、島根県は二万三千円ほど増えて三万九千円ほど、沖縄県と奈良県はどちらも一万八千円ほどの増加で三万三千円ほどになっています。東京都が自由に使うことのできる自主財源は三千億円になるとのことですが島根県の場合はそれがゼロだそうです。男女間、世帯間、そして地域間のこのような格差は是正策を講じることなく自由な市場競争のままに放置しておくと拡大する一方になってくることでしょう。世帯間の所得格差は年金暮らしになる人が増えたために格差が拡大していることのようですが、自治体間格差が存在するために若手労働力は東京都など大都市に吸引されてゆき若い現役労働力が大都市圏や都市部に逃げていってしまう地方の地域にとってはそれが原因で老齢化が加速し高齢化率が上がって世帯間の所得格差が自治体間の格差すなわち地域間格差につながりそれをさらに拡大させてしまうことになるともいえるでしょう。衆参議員選挙の一票の価値の格差が違憲か合憲かの裁判も行われはしますが、その背景には上に述べたような地域間の経済格差とその格差がさらに拡大する趨勢とが存在していることが原因といえなくもないのです。一票の価値の格差を是正して平等に近づけるとはいってもその背後に潜んでいる経済の不平等が解消されることにはならないのです。むしろ背後にある不平等は是認され固定化されることによって一票の価値の格差だけを解消することで終わってしまうことにもなりかねません。なぜなら一票の価値は人口に比例させて議員の数を割り振るものなので、日本は全体としては人口減少社会に入っている中で、ある地域は人口が急増して非常に過密化しある地域は急速に過疎化と高齢化が進行してゆくという現象が起きているところでは人口が増加しているところに議員数を増やし人口が減少するところの議員数は減らさざるを得ないからです。一票の格差を是正することよりもその背景に存在する地域間の経済格差を是正することの方が遙かに大きな労力を必要とする問題でもあるだろうと思います。人口減少社会では一つ新しい街ができるとそれに伴って消滅してゆく村が二つも三つも生まれてくることだろうからです。二千十四年一月一日の朝日新聞朝刊には厚生労働省の調査結果として日本の総人口が二千十三年には二十四万四千人減少との人口推計の数字が載りました。私が住んでいる平塚市の人口は二千十三年十二月時点では二十五万八千百二十人です。平塚市も人口が減り始めてはいますが、これからすれば一年のうちに日本はかれこれ平塚市一つ分が消滅してゆく勘定になるといえるのです。そして人口の減少数はこれから毎年増えると予想されています。政府が愛国心と郷土愛を国民に求めたとしても、自分の郷里には人が全くいなくなるところも出てきてしまうことになりかねません。国土交通省の試算として二千十四年三月二十九日の朝日新聞朝刊の記事では、二千五十年には無人の地域が全体の53%から62%に広がるとのことです。日本の国土面積は約三十八万平方キロで二千十四年時点では十八万平方キロに人が住んでいるが五十年にはその二割で人がいなくなり六割で人口が半減するようです。都市部でも人がいない空き家が増えれば物騒にもなるので、多くの人が都市部へ出てしまい人っ子一人いなくなった郷土がいくつも日本の国内にできてきてしまうことは日本の安全にとっても考えなければならないことになることでしょう。無人の離島に他国が上陸することなどを想定して日本政府は離島防衛のために方策を練ったりすることになるというのであれば、日本の総人口が減ることに対してだから軍事力を増強して防衛体制を強化すると言うことになるのでしょうか?それとも日本国内に外からも人が入ってくる方策を立て地域間の経済的な不均衡を埋めるように努めて国土全体にまんべんなく人が存在する条件を作るべきなのでしょうか?日本政府や多くの日本人は国内に海外出身者が増えることに伴う治安の悪化を心配するかもしれませんが、国土の中に無人地帯ができることによっても国の安全にとってのマイナス面も生まれるだろうと言うことなのです。確かに地球上に人類が無際限に増え続けることは天然資源などの制約があって不可能なことといえるでしょう。しかし世界人口が増えているというのであれば人口が減ってゆく日本にそれらの人々の一部を受け入れ条件を満たした人には日本国籍を与えて日本人として認めることはできると思うのです。これまで人口が増え続けてきていた東京都でさえ二千二十年には一千三百三十五万人をピークに人口は減少に転ずると予想されています。その時までに日本ではいくつの村が廃村になっていることでしょう?東京はポンプで水を吸い上げるように地方から人を吸い上げてきましたが、その水もいよいよ涸れ始めていることは確かなようです。二千十四年二月二十五日の朝日新聞朝刊には内閣府の試算として移民を受け入れた場合と受け入れずに進んだ場合などの予測のグラフが載りました。それによれば今のままで何もしなければ二千十二年の一億二千七百五十二万人をピークに日本の人口は減り続けかれこれ百年後の二千百十年にはピーク時の三分の一ほどの四千二百八十六万人になるとされています。日本の出生率が回復しても二千百十年では九千百三十六万人にしかならず、年間二十万人ずつ移民を受け入れて出生率も上昇した場合にやっと二千百十年時点で一億一千四百四万人とどうにか一億人台を維持できるとされています。すなわち現状のままでいようとすれば現状維持すらままならず日本の社会は先細るということです。 以上はこれから三十年も五十年もあるいは百年もに渡って日本に起こりうるであろう人口の長期の動きですが、人口減少が起き始めている二千十四年時点での短期の経済の動きは安倍政権の経済運営によってどうにかデフレの動きが抑制されはじめ物価が上昇し始めている状態といえます。ただそれには日銀の超金融緩和による円安に伴う輸入物価の上昇も寄与しているといえるので諸手を挙げて喜べる状態とも言い切れません。また日中・日韓との外交関係は安倍首相の靖国参拝などもあってほとんど外交が機能していない状態です。中国が日本をドイツと比較して日本の旧軍国主義者達への追求が甘かったことや韓国が従軍慰安婦の問題やあるいは靖国神社のあり方には日本人である私でも問題があると思うので韓国や中国などが歴史認識を持ち出す話の内容には私ももっともと思う部分がありますし、日本が口にする未来志向と言う言葉の裏には過去にはなるたけ目をつむってほしいという日本側の思惑もあるように私は感じます。また中国が日本に対して戦後賠償を求めなかったことなどは日本が恩に着るべきことが大であるとも私は思います。しかし中国や韓国が歴史認識を持ち出すときには、戦争終結後のかれこれ七十年にも及ぶ時間の流れが全く捨象されてしまった物言いになる部分には私は疑問を持ちます。あたかも現在の日本が七十年以上前の日本と同じものであるかのような物言いになり、その七十年ほどの期間は歴史の空白域で歴史ですらないかのように扱われかき消されてしまうのです。少なくとも千九百六十五年の日韓国交正常化以後の日本は韓国をかつてのような扱いはしてきてはいなかったはずです。それは千九百七十二年の日中国交正常化以後の日中間の関係にも言えることだろうと思います。日本の保守派の人達の中にも戦前の日本を懐かしむあまり戦後という時代をあたかも無意味で不毛な時代だったかのような物言いをし戦後を無視して戦前への回帰を望んでいるように私からは見える人もいます。韓国にとっても中国にとってもあるいは日本の保守派の人達にとっても、戦後という時代はそれほど気に入らないあるいは認めることが都合の悪い時代だったのでしょうか。日本が経済復興し国民主権の平和国家として歩み国民の経済的な生活レベルがかつてよりも遙かに向上できたこと、貧困だったはずのアジア諸国の経済がテイクオフして成長軌道に入り現在のめざましい発展の道に進み始めていること、またそのようなことに日本のODAや日本からの技術支援や技術移転が幾分かは寄与してきたであろうことなどは全く意味のないことなのでしょうか。またそのような経済面や民生面を改善する支援はこれからも出来うる限り日本は続けるべきだとも思います。戦時中に対する反省もあって日本は戦後七十年にわたって一度たりと対外的に武力行使もしませんでしたし武力で他国を威嚇することもなくまた武力を背景に他国を恫喝することもせず平和を保とうとしてきていました。それは日本が世界第二位の経済大国と呼ばれるようになって以降の四十年間に及ぶ期間においても変わらぬ事実でもありました。それは二千十一年に世界第二位の経済大国になってからの中国の行動様式と比較してもらえばよくわかることでもあるでしょう。そのことだけは戦後生まれの日本人の一人として韓国の人にも中国の人にも是非とも認めてもらいたいと思います。それは日本に対する安心感を他国に与える行為でもありました。いつ武力攻撃してくるかわからない国にはご機嫌を損ねようものなら大変なことになるので警戒感を持つのですが日本はそのようなことを気にかけずにいられる相手という存在だったのです。その国が安心してつきあえる国かどうかと言うことはその国とつきあうことは自国に利益をもたらすかどうかと同じくらい重要なことでもあるでしょう。これは戦後の日本が長年の努力で世界の国々から勝ち取ってきた自国への信用と評価でした。日本へのそのような信頼は日本自身にとっても大切なものだといえるでしょう。これは心理学を専攻した人から聞いた話ですが、動物は「俺に手を出すと攻撃するぞ」と相手を威嚇して自分を守ろうとしますが「俺はおまえに危害を加えたりしない」といった「・・・しない」という意思表示が出来るのは高度な言語と知能を持つ人間だけに出来る行為だそうです。すなわち人間以外の動物は「やるぞ、やるぞ」と言う意思表示は出来ても最初から「やらない」と言う意志は人間にしか表現できないのです。日本の戦後憲法の九条「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という、戦争放棄の条文は「我々日本人は戦争はしない」と言うことの宣言でもありました。たとえそれがアメリカから押しつけられたものだとの意見が日本人の中にあったとしても(自分で買った偽物のルイビトンのバックよりも他人から押しつけられた本物のルイビトンのバックの方が本当は価値が高いと言うこともあります)、それは十分に日本にとって意味を持っていたはずです。武力行使をしないと宣言することは一見弱さのようにもまた他国から見くびられるのではないかと受け取られるかもしれませんが、知能を持った人間がいろいろの情報を受け取りながら形成している国際社会の中にあっては強味にもなり得ます。武力行使などはしないと宣言している相手を武力で攻撃することは許されないという国際世論を形成できるからです。第二次安倍政権になって浮上した集団的自衛権の憲法解釈の変更も、もしそれを実行するときにはこれまで戦後世界で築いてきた日本の定評を自らの手で壊すことにもなり得ることは覚悟しておくべきこととなるでしょう。安全保障や軍事力による抑止論の問題の本質は紀元前十八世紀の人類最古の成文法であるハムラビ法典の「目には目を刃には刃を」で言い尽くされてしまっているようにも思うのです。四千年近くにわたって人間のやっていることは変わっていないように思われるからです。冷戦時代のアメリカのマクナマラ国防長官の「鏡の理論」は米ソの軍拡競争の様子を表すものでしたが、それすらもやはり「目には目を刃には刃を」であったといえます。その軍拡競争の最終的な結果として米ソ両大国の保有する核兵器の量は人類を何度も全滅させることが出来るところまで行き着きました。「恐怖の均衡」にって全面核戦争は実際には起こりませんでしたが、抑止効果とは言っても結局「目には目を刃には刃を」で推し進めてゆけば人類は地球上から人為によって消滅し絶滅しかねないという結論が導かれてしまったわけです。ではそのようなことを目にした後の人類にはどのような選択が可能なのかと言うことにもなります。抑止論が行き着いた一つの究極の姿を一度見てしまったことは人類の記憶や記録に刻まれているはずです。冷戦構造の中で経済成長を求め平和国家を目指し国民一人一人の経済状態が改善し教育レベル中でも女性の教育レベルがかつてなく向上してきた日本の戦後が、すなわち日本が戦争をしなかった時代は全く意味のない時代だったと日本人がいうのなら日本は戦争直後の焼け跡あるいは焼け野原のままにしておけばよかったわけですし、水道も水洗トイレも使わずに暮らしていればよかったはずです。戦争の結果を忘れないためにです。車もタクシーもそれほど使わずパンもパスタもピザもたらふくは食べずもっぱら米飯と野菜の汁物だけを食べて過ごしていればよかったのです。白米すら贅沢で粟や稗などの雑穀や麦飯での食事の方が多くの人達の主食だったはずです。ましてやインターネットの利用などは言わずもがなのものです。そのように平和の中で暮らしてこれた日本人を「平和呆け」とする声も一部にはありまた「一国平和主義は幻想だ」との声もありますが、では日本は冷戦時代に米ソが行ったような際限のない軍拡競争による抑止論にはまり込みたいのでしょうか。日本の憲法改正や自主憲法制定を求める保守の政治家達の目指す最大の主眼は憲法九条による縛りを外したいと言うことのように思えますが、それが日本の核保有や軍拡競争の道を開くことにもつながりかねないことは覚悟すべきといえるでしょう。国際環境が厳しさを増してきているあるいは二十一世紀の国際秩序が形成される産みの苦しみの時期にあるともいえる二千十四年時点だとはいえ、日本は平和を維持できるように外交面や内政での努力を最大限払うべきだと思うのです。中国や韓国が歴史問題として七十年ほど前の問題を持ち出しそこで時間が止まってしまうのと同じように、日本側にとっても靖国神社参拝を日本人は自分でどうにも出来ず国際政治の舞台ではそこで時間が止まってしまってお互いに少しも話が前には進まないばかりでなく話の糸口すらなくなるのです。 戦後かれこれ七十年の動きをみただけでも日本の社会は大きく変わってきていました。人口減少に入った日本がその人口が三分の一にまで減ると予測されるこれから百年後にはどんな社会になっているのかまでは私には想像がつかないところがあります。東日本大震災では童謡の”ふるさと”が盛んに歌われましたが、この歌は大正三年に文部省唱歌として発表されたものだそうです。二千十四年はそれからちょうど百年ほどたった時代です。「ウサギ追いしかの山 小鮒釣りしかの川」は、果たしてどれだけ現実として残っているでしょうか?山には今でも野ウサギがいるでしょうか??小鮒が釣れる川は今もあるでしょうか?風景も百年前とは大きく変わっているといえるのではないでしょうか?それに匹敵するかそれ以上の変化がこれから百年後の日本には起きているのかもしれません。しかしそれは想像の限りではありません。私が住む平塚市でも私が小学生時代にドジョウやフナやザリガニを捕りに行った小川は生活排水を通す溝になってしまっていてドジョウを捕ることなどは望むべくもなくなっていました。私の小学校時代から三十年も経たないうちにそのくらいの変化が起きてしまっていたのを痛感します。当時の風景は私の記憶の中にしかなく私の見ていた原風景は消えてしまっています。そして私の経験は人口が増加してきていた六十余年ですが、ましてやそれが逆方向に転じて人口が減少してゆくこれからの百年の変化ともなればそれは私の想像力を超えます。そのような長期にわたる日本の人口の減少を私は移民の受け入れで埋めてゆくべきだとの立場なのですが、日本は他の先進諸国と比べるとまだまだ人の受け入れは出来ていないといえそうです。二千十四年四月十三日の読売新聞朝刊に載って記事のグラフでは、主要国の総人口に占める外国人の割合が示されていますが、スイスは27%程、カナダは20%、ドイツ、米国は13%程、英国はフランスよりも幾分多いとはいえどちらも12%程、イタリアが7%強であるのに対し日本はわずか1.6%と言った状態です。ドイツやフランスあるいはイタリアなどではいわゆるネオナチなど極右勢力による移民排斥の動きなども一部に見られる時があるとはいっても、それでも日本と比べれば遙かに対外的に開かれていると言うことが数字では示されています。日本の十五才以上〜六十五才未満の生産年齢人口は千九百九十六年の八千七百二十六万人をピークに二千三十年には六千七百七十三万二へと減少するとされています。第二次安倍政権は経済財政運営の基本方針(骨太の方針)で国の予算を育児分野に重点的に配分し第三子以降の子供を産みやすくするようにし五十年後にも人口を一億人の水準に維持するとのことが二千十四年六月十日の読売新聞朝刊などで報じられましたが、非正規社員の増加によって低所得にある子供を作り産めることが可能な年齢層が第三子どころか第一子さえ持てない状況にあることは考えておくべきことでしょう。第三子以上の子供をもてる家庭を優遇しても経済的な理由で第一子すらもてない階層の数が急増してしまえば結果的に日本の子供の人口は増えることにつながらなくなるからです。事実、大阪の橋下市長(二千十四年時点で四十四才)は七人の子持ちですし幸福の科学総裁の大川髢@氏(二千十四年時点で五十七才)は五人の子持ちだったりしますが、ではその間に日本の子供の数の増減はどうだったのかと言うことなのです。一部の恵まれた人だけが大勢の子持ちになっても経済的な理由から子供をもてない階層が増えてしまえば子供の人口は減ってしまうことは明らかです。たとえば五世帯で形成されている社会モデルで一世帯の子供の数が六人で他の四世帯は一人っ子である場合はその社会の平均出生率は2となりその社会の人口はどうにか維持されますが、一つの世帯の子供が五人で他の四世帯は経済的理由で子供がもてずにゼロということになると平均出生率は0.5で人口は一世代経つ間に半減してしまうことにもなります。子供の数が減ったり子供への十分な教育が行き届かなくなるとイノベーションが生まれ出る可能性もそれだけ小さくなり結果的に経済成長にもマイナスに影響してくることになります。二千十四年六月二十七日の読売新聞朝刊には厚生労働省の発表として五月の日本の有効求人倍率が1.09とバブル経済後の最高を記録したとの記事が載りましたが、NHKのニュースでは正社員の有効求人倍率は0.7以下だとされ、経済環境が改善の方向へ向かっているとはいえ非正規の求人は多くまだまだ雇用面では厳しい状況といえます。それは子供の出生率にも影響して来るであろう一つの数字ともなり得る部分があります。若年層の貧困を減らし経済的な理由から結婚できないあるいは子供をもてない人達を減らして行かないと人口減少と高齢化の日本は経済的に立ちゆかなくなります。二千十四年六月二十六日の読売新聞朝刊には日本の地方自治体の八割が人口減との見出しが出ています。その記事では東京・名古屋・関西の三大都市圏の全人口に占める割合は50.93%で過去最高を記録したとあります。人口の自然減は二十三万七千人、三大都市圏の人口増は四万四千二百七十六人で東京圏だけで全体の27.73%の三千五百五万七千七百四十七人とされています。そこに示されている人口減少率の高い市町村では、一位の宮城県の女川町が6.54%、十位の北海道夕張市でも4.02%です。二位以下には奈良県、高知県、山梨県、北海道、群馬県、沖縄県、青森県などの町村が並びます。千九百五十年代の戦後復興と高度経済成長の時代とは違って、この時点ではどこの地方自治体にも余剰人口などはない状態の中で大都市圏の人口だけが増えていると言うことは地方では人口減少が急速に起きてくると言うことにもなります。この人口減少については二千十四年五月八日に「日本創生会議」がまとめた二千四十年に日本の自治体の約半数に上る八百九十六自治体で子供を産む中心世代である女性の数が半減し、その年代の女性達の多くが東京などの大都市圏に流出するという予測を出したことが翌日のマスコミで報じられました。ことに青森・秋田・岩手・山形・島根などは八十%以上の減少が見込まれ北海道や新潟・群馬・山梨・和歌山・四国全県・九州の大半なども五十%以上〜八十%未満と厳しい数字になっています。千九百八十一年の第二次臨時行政調査会の会長になった土光敏夫氏は「都市が人材を搾取した」と述べてもいましたが、その趨勢はその後もまた今後も是正されずに過ぎてゆきそうな気配といえます。日本創生会議の場でも「高い教育を受けた人ほど地方には戻ってこない」との声が地方自治体の長から出されています。都市部の大学で教育を受けた地方出身者の中で志の高い人は起業する場合もありますが、その場合でも本社機能を自分の生まれ故郷に置こうなどとする人はほとんどいないと言ってよいでしょう。自分が行った大学のある街にその人の会社の本社は置かれるのです。すなわち「都市は膨らみ地方は萎む」と言うことになるのです。しかし人間には働く場・暮らす場・育てる場が必要となりますが、大都市には働く場はあっても暮らす場の価格は高く子供を持って育てることはそれだけ難しい場でもあるといえます。地方には暮らす場と育てる場はあったとしても働く場が少ないという事情があります。これらをどう調整し是正してゆくべきかは考えなければならないことです。でないと日本の社会が持続してゆくことができなくなるからです。このような地方自治体の消滅も予想されて危機感が出始めている地方では人口減対策として就職・婚活・育児などに県全体で部局を越えた支援体制を取り始めているとの記事が二千十四年七月十五日の読売新聞朝刊に載りました。そのような自治体は全国で十七道県までに上り、若者の流出を止めるために企業誘致や起業支援などをする自治体もあるとのことです。地方にとってはそれまでの地場産業だけでなくどうやって新規産業を生み出し雇用の場を作り出せるかも重要になってきます。東京に集中する企業の本社機能を地方に呼び込むことが出来ればそれは工場誘致よりも遙かに地方自治体にとってはメリットのあることといえます。日本の企業の六割が東京とその周辺に本社機能を置いていて上場企業の四割が東京都内に本社を置いているという現状を幾分かでも分散できれば、それは地方にとっても大きなメリットになります。企業としては自社ビルを建てるにも地価の高い東京よりも地方へ本社を移転した方が経営的に負担が小さくなる部分もあることでしょう。あるいは本社機能のオフィスを借りるにしてもテナント料は東京よりも地方の方が安いはずです。東京で高いテナント料を払って本社のオフィスを構えるくらいなら地価の安い地方に自社ビルでも建てた方がましという考えもあり得るはずです。アパートの家賃を払い続けることを考えるならちょっと生活を工夫して一戸建てを購入しようという選択肢もあるのと同じです。そのような意志決定はもっぱら社長を含めた経営陣に委ねられている事柄です。また幸いなことに日本の場合は各県におおむね旧国立大学が存在しているので、人材を求めることも地方でもある程度は可能であるともいえるでしょう。東京だけがごっそりと若年層の優秀な人材を地方から呼び寄せて持って行ってしまうような動きは是正されるべきともいえます。 日本の総人口が減少局面に入ったことで顕著になってきたのが空き家率です。人口の減少と高齢化の進行で空き家は一戸建てやマンションの一室などを含めた総数は全国で八百二十万戸、空き家率は最高の13.5%になっているとの総務省の二千十三年度の統計結果が二千十四年七月三十日の読売新聞朝刊に載りました。空き家率が最も高い都道府県などは山梨県の17.2%、愛媛県16.9%、高知県16.8%となっていますが、マンションなどの共同住宅が空き家率に占める割合は42.4%で東京都が最も多く空き家の70%が共同住宅とのことです。東京の空き家の割合は九戸に一戸ですが地方の空き家の割合は七戸に一戸の状態とも言われます。日本の人口が更に減少し高齢化が進めば空き家率はもっと上昇すると考えられますが、人口流入が続く東京でさえもがマンションなどの空き家率が高いと言うことであるなら、過疎化が進行する地方はどうなるのかと言うことは容易に想像の出来ることです。各自治体間における若年層の奪い合いも置きかねない状況です。若年労働力が不足してゆく中では労働力人口の減少を抑えるために高齢者も継続して働き続けることが必要になってくるのかも知れません。十五歳以上の就業人口に占める六十五歳以上の高齢者と言われる人の割合は十%を超えていると二千十四年九月十四日には敬老の日を紹介するニュースで報じられています。その割合はこれから更に高齢化率が上がればそれに連れて割合も増加して行くことも考えられます。そして労働力不足を補うために女性を活用する方針もこの時点では強く打ち出されてきています。二千十四年版経済財政白書では子育て対策を進展させることで女性の労働力人口を百万人増やす方針のようですが、二千十四年九月十日の読売新聞夕刊には二千十二年における大・短大卒以上の高学歴女性の就業率が日本はOECDの三十四カ国中三十一位と低迷していることが報じられています。三十四カ国における高学歴女性の就業率の平均は八十%であり、上位五カ国ではアイスランド九十%、スウェーデン九十%、ノルウェー八十九%、オランダ八十六%、スロベニア八十%であり、下位五カ国は韓国六十二%、トルコ六十五%、ギリシャ六十九%、日本六十九%、メキシコ七十二%となっています。英国は平均と同じ八十%、アメリカは平均よりも低いとはいえ七十七%だそうです。二十五歳から三十四歳の女性で大学・短大の高等教育を受けた割合はOECDの平均が四十五%であるのに対し日本は六十一%と高く、しかも日本の男性の高等教育を受けた人の割合が五十六%だとされているので女性の方が男性の学歴を超えていると言うことになっています。そのような女性達が日本の社会の戦力になってもらえていないとするならそれは日本の社会的損失と言ってよいでしょう。ただ、二十五歳〜四十四歳の働く子育て世代の女性のうち、働いている人と求職中の人の合計が全体に占める割合である労働力率は二千十四年七月時点では74.2%と比較可能な統計のある千九百六十八年以降で最高となり、就業率も71%になっていると二千十四年九月十五日の読売新聞朝刊にあります。高等教育を受けた女性にとっては正社員でフルタイムで働きたいと思う人が多く、それに対して現実には女性はパートタイムなどの非正規労働が大きな割合を占めていることから先のOECDの調査結果のような高学歴女性の就業率の低さを日本が示しているのかも知れません。また上の記事のグラフでは千九百七十五年以降、子育て世代の女性達の労働力率は四十七%程の水準から一貫して上昇傾向をたどってきていた様子が示されています。働いている女性や働きたいと思っている女性の割合が上昇してきていたために共働き世帯が半数を超えると言われるようになったのもうなずけるというものです。四十年もの間日本の女性達は社会へ進出する用意を着実に進めてきていたと言っていいようですし、バブル経済崩壊以後男性の給与が伸び悩む中で家計を預かる主婦が家計収入を幾分か増やす必要に迫られて社会進出するようになってきていたことも事実といえるでしょう。しかし多くの女性を含めて人々がこれまで思い描いてきていた働き方である一般事務職や経理などのオフィス労働の部分にはパソコンが導入されOA(オフィスオートメ)化されることで大幅な省力化が図られてきました。それまで高卒の上や大卒の下のランクの人達の仕事(雇用の場)とされてきていた一般事務や経理などの職種の求人は二千十四年近辺では有効求人倍率が0.22%でしかないのです。パソコンの操作はどの職種や職業分野に身を置いても誰でもがある程度出来なければならない基本的な能力として企業から求められはしても、パソコンに向き合うだけで仕事をしたことになる職種は非常に少人数で済むようになっているわけです。すなわちそれまで中間層の人達にとっての職種とされていた部分の人員が大幅に削減され合理化されたと言うことです。業務を効率化し人件費を削減できるから企業はパソコンを導入するわけで、さもなければパソコン購入という新たな費用負担をあえてするはずもないといえます。ただそこで、従来なら一般事務職や経理部門などに就職できていたはずだった人達はどうなるのかという問題が生まれてきます。アメリカではパソコンが職場に導入されることによって余った人材の多くは専門職に移ることで雇用が守られしかも人手不足にもならなかったので賃金は上昇せず賃金・物価の上昇変動は起きずにインフレ無き景気拡大の時期をクリントン政権の時代に経験しました。日本では千九百九十二年に地価が最高値をつけた後バブル経済は崩壊し経済は長い低迷期に入り、しかも千九百九十四年末にウインドウズ95が発売されて日本にも本格的なパソコン導入の時期がやってきたために経営難に苦しむ企業の多くが人件費抑制を目的としてパソコンを導入する方向に方針を切り替え、その結果失業者が生み出されるという状況にもなりました。すなわち就職氷河期と言われる時期に突入したのです。それに加え上で述べたようにパソコンの導入は中間層の部分を合理化する上で大きな力を発揮するツールでもあったがために、バブル経済のさなかには一億層中流と言われた日本の社会でも中間層が抜け落ち高所得層と低所得層へと社会が二極化する動きに力を貸すことにもなりました。社会内部での経済格差の拡大にもつながったのです。一つの大きな革新的技術の登場は人々に多くの便益をもたらすと言うことだけではなく経済社会の構造を大きく変更するだけの影響力も持つことの証明でもありました。またこの時点で東大入試に合格することを目指して開発中の人工知能(別名"東ロボ君”)は、東大合格にはまだかなりの改善が必要とは言われていますが、それでも相当数の大学には合格できる実力が備わってきているとされます。このような人工知能が実用化されるようなことになってくれば大卒の最上位の人を脅かすことはなくても中間層以下の部分の人々にとっては脅威になってくることでしょう。学生たちの成績が正規分布の状態であるというのであれば中間の成績の人達が最も多いことになります。人工知能はその部分にとってもっとも脅威になってくる技術的産物にもなり得るのです。東大へ合格する人の家族年収も高額所得者の割合が大きくなっていることを考えるなら最上層の頭脳は安泰であったとしてもそれ以下の人達にとってはたとえ大学を出ているとは言っても何が起こるか分からないことにもなります。技術革新が社会の二極化に影響を与えるというのであれば技術革新それ自体は止めることなくそれらが作り出す結果に対する対応も考えなければならなくなります。二千十五年に開かれたダボス会議でNHKの国谷裕子さんが司会を務めたフォーラムでは将来人工知能が普及することによって五十年後には人間の仕事が人工知能に取って代わられることで現在ある職業の七十五%が消失するという予測が出されていました。人工知能という言葉を定義したものにチューリングテストがあります。2015年に日本でも上映された映画”イミテーション・ゲーム”のモデルとなった”人工知能の父”と呼ばれるアラン・チューリングが考えたものです。この定義に見られるような人工知能を備えたロボットも日本では実用化段階に入ってきています。そして将来的にはデスクワークなどもそのほとんどは人工知能に置き換えられホワイトカラーと言われる部分も大量に合理化される可能性が出てきます。フォーラムに参加していた日本の日立製作所の経営陣の人は「かつては工場で働く従業員が八割だったが現在はそれが二割になり、八割の人はデスクワークをしている」とのことでした。工場内は機械化が進み労働者の数が減った一方でオフィス労働の割合が増えたと言うことなのでしょうが、人工知能はそのオフィス労働の部分でも人間に代わる可能性があると言うことです。その様な社会がもし到来したとするなら社会の中は失業者であふれかえってしまうことにもなりかねません。ではそのように収入の道が途絶えた失業者ばかりの社会になったとき誰が果たして財やサービスの消費者になれるというのでしょうか?富裕層は財やサービスの恩恵を十分に受けているので収入が増えたからと言ってそれほど支出を増やすこともありませんし失業者にはオカネがないので財やサービスの購入者にはなれません。すなわち個人消費は激減するというわけです。そうなれば結果的にではあっても企業経営者にとっても資本を提供している資産家の投資家にとってもその社会は行き止まりになると言うわけです。なぜならオカネを必要として経済活動をしているのは人間であって人工知能ではないからです。技術革新の成果を取り入れて生産側が人件費を削減し企業利益を上げるのは企業経営としては一見合理的と思われますが、果たしてどの企業もが皆このような経営をし大量の失業者を内部に抱え込んだ社会になったときその社会は生産だけで需要のない社会になってしまい経済社会として合理的と言えるのかと言うことです。企業は他社と競争しなければならないので人工知能を導入することで企業業績を上げた企業に対抗するために自社も人工知能を導入するという選択をせざるを得ないからです。すなわち企業がカネを儲けるために合理的な経営を突き進めてゆけばゆくほど一時的には利益が出たとしても長期的にはカネの儲からない社会になって行くこともあり得ます。そのフォーラムでの話の中で「農業の機械化によって農家の数や農民の数が減ったかというとそれほど大きくは減少しなかったが多数の農耕馬が処分された」との指摘がありました。人工知能が普及した社会では人間の脳に加えて人工知能も考えることをしているのでその社会全体の思考量(こんな言葉があるとすればですが・・)は増加するとも言えるのですが、しかし下手をすると農耕馬の立場に立たされるのはいったい誰になるのかという問題も生まれてくるのです。この時点ではリハビリの補助や介護者の身体的負担を軽減することも出来る小型軽量のロボットスーツも開発されてきていますし人手不足のサービス業分野にも人工知能のロボットが投入され始めようとしていますが、人手不足を補えると言うことは人手が余るときには人間から削られてしまうと言うことの危険性もはらんでいることになってもきます。人間の手助けだけであるならまだしも人間に取って代わるまでに人工知能が進歩するとそれはそれで大きな社会問題にもなることでしょう。この時点ではまずはのところ中所得階層だった人が低所得層に追いやられる可能性も大きくなるわけです。民主党は分厚い中間層の復活を唱えてはいますが技術進歩がそれを遮る方向に向かいかねない状況の中でどのような対策が可能になるかを考え出さなければなりません。ひょっとしたら人工知能の技術が進歩した将来に於いてはそのような問題の解決策も人工知能が考える世の中がやってくるかも知れません。そうなったときには誰が失業することになるのでしょうか?人工知能が人間と違うのは人間と同じ作業や判断ができても人間なら自分がやっていることは何なのかを「自覚」しますが人工知能は自分がやっていることを多分「自覚」しないことでしょう。すなわち自分がどのような社会的影響を与えているのかとか自分のやっていることで人々がどのような状態にされているのかを自分で考え自分自身の存在を自分に問うたりはしないだろうと言うことです。少なくとも人工知能の研究者は自分の研究成果がどのような社会的影響を与えているかを「自覚」できるはずです。もしそうでないとすれば研究者自身が自分が開発している人工知能と同じレベルにあると言うことになってしまいます。そしてそのことで下手をすると社会はとんでもない格差を抱え込む結果にもなることでしょう。その場合には研究者は自責の念を持つかも知れませんが人工知能は自責の念に駆られて自殺したりはしないことでしょう。自民党の菅官房長官は「民主党は分厚い中間層と言うがどうすればそれを実現できるのかの方策を示せていない」と批判していますが、では政権与党のどちらかというと産業界寄りのスタンスをとる自民党は社会がそのように中間層が抜け落ち富裕層と大量の低所得層あるいは失業者に二極化あるいは三極化してゆくことをよしとしていられるのかどうかと言うことでもあります。日本の社会では非正規雇用が四割近くになっていることでも問題とせざるを得ないのですから、それが七割に増えた場合を想定してみただけでもある程度の推測は付くはずです。ましてや一時的には利益が出ても長期的には企業収益が減りかねない人工知能の技術の導入された社会になることをどう考えるのかと言うことになります。技術進歩は阻害することなくしかも社会の格差が小さくなる方策を考え出すことは民主党のみならず自民党にとっても非常に難しい課題になっても来るはずです。二千十四年時点近辺では日本で年収が一千万円以上の人は日本では全体の3.8%と言われます。そしてその階層が日本の総所得のかなりな部分を手にしているわけです。第二次安倍政権の経済政策によって日本の勤労者の賃金は上昇し始めました。二千十三年度の役員を除く民間企業の給与は正社員では平均で四百七十三万円と三年ぶりに前年を五万円上回ったとされます。内訳は男性が五百二十七万円、女性が三百五十六万円だそうです。しかし非正規の場合は平均給与が百六十八万円で二千円のマイナスだそうです。内訳は男性が二百二十五万円、女性が百四十三万円でした。年収が一千万円以上の人は十四万人増えて百八十六万人と全体の四%であるのに対し二百万円以下の人は三十万人増えて千百二十万人と全体の二十四%とされています。一千万円以上の所得階層の中には一人で十億円や百億円近くを得ている人も含まれている訳なので所得分布のもっとも人数の多い階層すなわち最頻値の所得は平均所得よりもかなり下と考えられるでしょう。民間企業の給与がピークだった千九百九十七年では年間五百六十万円以上だった平均給与はその後ほぼ一貫して減少傾向をたどってきていたと二千十四年九月二十六日のNHKのニュースなどで報じられています。失われた十年とか二十年とか呼ばれる期間と言ってよいでしょう。その遠因はバブル経済とその崩壊に起因するといえると思います。その期間には日本国内での格差の問題も表面化してきました。また二千十三年の民間給与に関するものでは年間を通じて企業に勤務した人の数は前年より九十万人増えて四千六百四十五万人、そのうち男性が二千七百五十四万人、女性は千八百九十二万人で過去最多となり、正規社員は三千五十六万人で非正規社員は一千四十万人だったと二千十四年九月二十七日の読売新聞にあります。この時点での有効求人倍率の改善は北海道から沖縄まで日本の全ての地域に及んでもいます。ただ給与が額面では増えていると言っても一年以上にわたって実質所得はマイナスで推移しています。第二次安倍政権が誕生してからかれこれ一年九ヶ月の時点でその間の十三ヶ月は連続で実質賃金がマイナスで推移しているのです。政府のデフレ脱却政策による日銀の異次元金融緩和政策と言われるもので国内物価が上がりしかも円安によるエネルギーや原材料費などの輸入物価の上昇も加わることによってインフレになった分を給与の上昇で吸収しきれていないのです。また円安による原材料価格の上昇はその価格高騰分を製品の納入先に価格転嫁できなかったりすると中小企業の経営を圧迫して従業員の給与の伸びを抑える方向に作用もします。優位な立場にある大企業は値上がり分を価格に転嫁できても納入先の大企業との力関係が存在する中小企業は資材価格の上昇分を価格転嫁できない場合が多いからです。二千十四年十月一日のNHKの午後七時のニュースによれば(みずほ銀行による調査結果のようですが)円相場が十円ほど円安に振れることで輸出型の大企業が多くを占める上場企業の利益は全体で一兆九千二百九十五億円のプラスとなる一方、中小企業などが多くを占める非上場企業では資材価格の値上がりなどで全体で一兆二千七百十四億円のマイナスになるとのことです。すなわち中小企業の従業員は実質賃金どころか名目賃金すら増えなくなると言うわけです。全体で考えても六千五百億円ほどのプラスにしかなりませんし格差は広がることが懸念されます。それは円安で外需の利益が増えた大企業の従業員の給与が増えてそれが内需に回ったとしても、円安局面と大企業と中小企業の関係の構図に変更がなければ需要が外にあるか内にあるかの違いで中小企業の従業員の賃金が上がることにはなってこないわけです。デフレ経済からは脱却しつつあるとはいえ実際の生活はデフレの頃のほうがまだ楽だったと感じる人も当然のことですがかなり存在することでしょう。二千十四年九月十九日時点では円安が進行して一ドル百九円の水準になり株価は急伸して一万六千円の水準を超えています。第二次安倍政権発足時からすれば株価は六割以上上昇したことになりますが、一般勤労者の実質賃金は目減りしているとしたら日本国内での経済格差は広がっていると言うことになるかも知れません。物価が六割も上昇しているというわけではなくとも賃金も六割も上昇はしていないからです。すなわち株式を大量に保有することの出来る高額所得者あるいは富裕層と言うべき人の株式資産は六割も増えている一方でただただ働いた収入で暮らしているだけの人の生活は苦しくなっていると言うことです。高額所得者などの富裕層にとってはいいご時世ではあったとしても一般庶民と言われる人々にとっては何の得にもならない時代の姿が見えてきてしまいます。確かに有効求人倍率が改善し最低賃金も十五円超引き上げられ大卒の二千十四年度の就職率も69.8%と四年連続で伸びて非正規の割合も少しではあったも減少してきている二千十四年七〜九月期の状態ではあっても、一人一人の実質的な生活水準が株価の上昇ほどに大幅に上向いたとはいえない状況の中にあるのが現実といえそうです。それまでは三割だった非正規雇用の人の割合はこの時点では四割までに増えしかもその非正規の中に占める女性の割合は六割近くに上り、有効求人倍率の増加のほとんどは女性を中心とした非正規雇用に過ぎないともいえるのです。二千十四年十一月時点では非正規社員の数が二千十二万人と千九百八十四年の統計開始以来初めて二千万人を超えたとされます。高齢による退職者の再雇用と子育てを終えた女性の就業が伸びたためとされます。「誰のための何のためのデフレ脱却なのか」という側面が垣間見えているのです。なぜなら大多数の人達に恩恵が及んでいる経済になっていないからですし、大多数といえる人々は年収が一千万以上の四%以外の人であるからです。確かに株高によって企業年金や公的年金の運用額は増えたにしてもそれによって年金の支給額が増加して消費に回り個人消費は活気づいたのかと言えばそうなっては来ていません。そのため資産インフレの恩恵にあずかる事の出来た階層の人達の消費支出が増えたとしてもそれ以外の大多数の人達の消費支出は消費税引き上げの駆け込み需要で一時的に増えたとは言ってもその後の落ち込みとをならしてみたときにはそれほど個人消費は盛り上がってきてはいません。二千十四年末の大手企業の冬のボーナスはバブル経済時に匹敵する上昇率が見られたとは言えこの時点での日本国内の状況はバブル経済の時のように日本社会全体が熱狂し浮かれた雰囲気になっているようには見えません。二千十四年十月二日には日銀の九月の短観が朝日新聞朝刊に紹介されていますが、大企業・製造業ではDIがプラス13であるのに対し大企業・非製造業では6ポイントのマイナスのプラス13で、中小・製造業では2ポイント悪化のマイナス1、中小・非製造業では2ポイント悪化のゼロだとされます。二千十四年時点ではそれまでの十年で日本の製造業の生産性は二倍になっているものの非製造業の生産性はほぼ横ばいで推移しているとされます。しかし生産性の上昇が見られている製造業はその多くが為替リスクを回避するために海外へ拠点を移す動きを見せかつての日本のように日本は物作り大国ではなくなりつつあります。そのため円安になったからと言ってかつての日本のように多くの企業が外需で潤うような経済構造ではなくなってしまっています。日本の製造業が海外生産に踏み出した一番初めはと言えば千九百七十三年の第一次オイルショックで日本がアメリカへの自動車輸出を急増させアメリカから貿易不均衡を問題とされ現地生産に切り替えざるを得なくなった時点からでしたが、その後何度にかにわたる円高局面にさらされて日本の輸出企業は海外に拠点を置きその下請けの部品工場も海外へと進出して行っていました。製造業に代わってサービス業などの比重が日本国内では大きくはなりましたがそれら非製造業の部分の生産性が上がらなければ日本国内での賃金の伸びも期待できなくなってきます。そして地価も全国的に見ればまだら模様とはいえ三大都市圏では上昇に転じ中には住宅地も久々に上昇し始めているところもあるとされます。都市部でも資産インフレは起きているといえそうですが、私の興味を引く一つの情報がありました。ビックデータの活用を報じたNHKの”クローズアップ現代”でのもので、アメリカのある住宅地に関してですがその住宅地の不動産の価値がそこに住んでいる住人の最終学歴(大卒の割合や大学院卒の人の割合など)に影響されているというものです。日本では不動産の価値は駅から何分とか車の便がよい道路が整備されている地域かなどの都市機能の利便性で決まる場合が多いのに比べ、そこに住む住民の教育レベルが高いか低いかなどによって不動産価値に影響が出るような事はあまり一般的ではありません。確かに東京でも山の手や下町、あるいは私の住む平塚でも海辺沿いと街場などの幾分かのイメージ的違い(俗な言い方をすれば「住んでいる人の人種の違い」)はあるにしてもその地域に住む住民の最終学歴の情報が不動産購入時の重要な情報として不動産業者から不動産の購入を考えている顧客に知らされることはほとんど無いと言ってよいでしょう。しかしアメリカの場合には高学歴の人が多く住んでいる地域は住宅地としての評価が高くなりそれに連れて不動産物件の価値も上がると言うことのようです。このようなことが日本でも起きたらどうなるのだろうと私などは考えてしまいますが、学歴の高い人が多数居住していると言うこと自体がその地域の魅力の一つとされて来るわけです。だとすると不動産業者自身の学歴もそれなりに高いものでないとその周辺地域の不動産価値の足を引っ張ることにもなりかねません。また近くに暴力団の本部や組事務所があるなどと言うことはその地域のイメージダウンに繋がることですし当然のことながら不動産業者が暴力団と手を組むことなどは不動産業者が自ら自分の首を絞める結果にもつながるというわけですが、これは経済学で言えば空間経済学の領域に属するテーマといえるものでしょう。また教育学は私とは分野違いなので詳しいことは私には分かりませんが教育学の分野で言うなら教育社会学の領域に属するテーマなのかも知れません。日本での調査結果で考えられている空間経済学は居住地域の都心部からの距離の違いとそこの住民の年収の分布の仕方の様子などのもので最終学歴との関係まで考慮した空間経済学を私はまだ目にしたことがありません。ただ、このくらいの物件を買える人はこのくらいの年収の人でそのような年収が得られるのはこのくらいの企業に勤めていてそのような企業に就職できるのはこのくらいの学歴がなければだめだろうというような関連はあるでしょう。すなわち最終学歴と年収とには一部の例外はあったとしても相関関係が存在するであろう事は容易に想像できるので年収を一つの目安にすれば大まかな最終学歴の分布も透けて見えてくるのかも知れません。しかしその場合はあくまで不動産の価格が住民の学歴水準を決める要素になっていると言うことではあっても住民の学歴水準が不動産の価値に影響していると言うことではありません。もし高学歴の人達が多い地域の不動産の価値が高くなると言うのであれば筑波研究学園都市の不動産などは高値であってもよいはずです。すなわち町村合併でつくば市の一部となった旧桜村などの地価は研究者など学歴水準の高い人達の居住区とされて評価が上がるはずです。筑波大学には世界から研究者達や学生達が集まっているのでその周辺地域の居住者は学歴水準が高いだけでなく国際化度も高いといえます。そのため筑波学園都市の周辺には海外からの研究者などに向けたおいしいパンを焼いて売るパン屋さんもいくつもできていると言われます。ですが日本の場合には教育研究に携わる人とビジネス分野で仕事をする人とではかなり所得の間に隔たりがあり教育研究分野の人の給与はビジネス分野の人に比べて低いので、学歴が高いからと言ってその人達が住む地域の不動産価格を引き上げ業者だけがいい目を見られたのでは教育研究に携わる人の生活は苦しくなって益々割が合わないものになってしまいかねません。海外から来ている研究者たちが全て日本に永住するというのであれば不動産を購入してそれが値上がりすれば売却したときに利益が得られるということになっても、ある一定期間だけ日本に滞在するので借地や借家で過ごそうとした場合にはそのような恩恵にはあずかることが出来ません。学歴が高い人に対してはそれなりの給与面での評価もある程度なされなければならないだろうと思います。高学歴の人達が住んでいると言うことがその人達が住む地域の不動産に付加価値を与えているというのであればその付加価値の中の幾ばくかはそれらの人達に還元され利益が与えられて良いはずのものだからです。 筑波学園都市は茨城県にありますが、では茨城県の有効求人倍率は高いかというとそうでもありません。都道府県別の有効求人倍率で見ても関東だけの場合でも東京がダントツの状態です。これでは東京に人が流れ込んでくることを止めることはできないと言って良いでしょう。安倍内閣は地方創生を掲げて東京一極集中を是正する方策を打ち出していますが、竹下登首相の時にも「ふるさと創生」として各自治体に一億円ずつの資金を配布したりしても来ました。しかし結局は東京一極集中の趨勢は変わることがなかったといえるでしょう。それは東京に大企業の本社が集中することによってそれれの企業が保有する地方の工場などが生産性を高めて利益が出たとしてもその増加した利益の大半は本社に入ってしまうという構図でもありました。オカネは東京に吸い上げられそのオカネが東京の中に流されていって東京だけに人・モノ・カネが集まってしまい形になってしまったのです。東京にはビジネスチャンスがある。だからそのビジネスチャンスを求めて東京へ進出する。そのことによって多くの人が集まりそれだけ更に東京にはビジネスチャンスが生まれると言った循環ができあがっています。地方創生はアベノミクスの第三の矢とされる成長戦略にも絡んでくることで非常に難しい課題だともいえるでしょう。安倍内閣の地方創生の内容は今後5年間で若者三十万人分の雇用の受け皿を地方に作りその後も十万人ずつの雇用者増を計ると言ったものです。そして海外企業の地方への直接投資を十八兆円から三十五兆円に増やし、農業の六次産業化の規模を二兆円から十兆円にし、訪日外国人旅行者の消費を1.4兆円から三兆円にし、これは子育てによる女性の離職などとも関係してくるものかとも思われますが在宅勤務導入企業を11.5%から三倍にするなどの方針が地方の雇用創出の方針とされています。また人口の移動については東京圏から地方への転出を四万人増やし地方から東京圏への転入を六万人減らすようにし、企業の地方拠点の強化件数を五年で七千五百件増やす旨の意向とされます。これらはいずれも二千十四年十二月二十六日に朝日新聞朝刊に掲載されている数字ですが、自由主義市場経済を標榜している日本としては本社機能を地方に移転することがもっとも効果が大きいと思われるにしても政府が民間企業の意志決定に強制的に介入することは出来ないので本社機能の移転は各企業の自主性に任せておく以外になさそうです。二千十四年末の十二月三十日には税制大綱が発表されましたが、その中では法人税減税と並んで東京二十三区内にある本社機能を中部・近畿以外の地域へ移転した場合は建物の購入費の七%を法人税から差し引いて免除するとされました。各企業がこれをどう考えるかです。補助されたほうが利益と映るのかやはり東京に本社を置いておいたほうが企業の利益が大きいと判断するのかにかかってきます。もし政府の思惑通りに行かなかった場合には中央省庁の一部機能を地方に移動できるものは可能な限り地方に移転することなら出来るでしょう。そして何よりも各地方の人々が今ある資源をどう活用すればこれまで以上の成果を生み出せるのかに知恵を絞る必要があるともいえるでしょう。全てを政府任せにはしていられないほどの状況を迎えつつあるのが現在の地方が置かれた現状だといえるだろうからです。そして政府は二千十四年十二月二十七日に地方の振興に重点を置いた経済対策を閣議決定しました。総額は三兆五千億円ほどで、その内訳は生活緊急支援のための交付金として四千二百億円、その中身は商品券や灯油購入の補助あるいは子育て支援など各自治体の判断で選択できる消費喚起・生活支援型の交付金として二千五百億円、人口減対策の具体策を策定した自治体に対しての地方創生型交付金として千七百億円、燃料費の補助などによる中小事業者への支援等々ですが、理想を言えば政府によってこれらの支援をしてもらわなくとも地方がこの支援額に匹敵するような金額を自らの手で稼ぎ出せるようになることが求められると言ってもいいでしょう。人口流出をどうすれば止められるか、地域の中から新たに起こせる産業はないか、都市部から人を呼び込むにはどういう方法があるのか、また地域の人口を他地域から人を呼び込むのではなく子供を産みやすい環境を作ることで地域内から増やしてゆくにはどうしたらよいか、など地方が独自で模索しなければならない課題は多いといえます。他地域から人を呼び込んで膨れあがってきたのがこれまでの都市であるとするなら、そのまねを地方がしたとしても日本全体の人口が増えることにはつながりません。人を奪い合うばかりでなく子供を産みやすい環境を地域内部から作ることで地域人口を増やしてゆく必要があります。すなわち日本の各地方のどこもここもがリトル東京になることを目指す必要もないですしまたそれは不可能なことでもあるので、地方ならでわの独自の資源を生かす方策を自分たちで考え出してゆかなければならなくなります。そしてアベノミクスといわれる三本の矢のうちの「財政出動」による公共投資や日銀による「金融緩和」は政府機関の一存だけで実行できる部分もありますが、第三の矢である「成長戦略」やそれ以後に打ち出された「地方創生」あるいは「女性が輝く社会の実現」は政府が意思決定するだけで右から左へと事が運び結果が出るというものではなく、各地域や企業あるいは国民一人一人の動きなどより広い様々な意思決定の集積によるところが大きいのでおいそれと動くともいえないところがあります。すなわちそれらが一番重要な課題であり、また解決するのが一番難しい課題でもあるといえるように思います。地方経済などは日本のGDPの六割を占めると言われるのでその部分が活性化されてこなければ日本経済が浮揚したとは到底いえないことにもなります。GDPの六割と言えばそれは日本の個人消費と同じ割合でもあります。すなわち個人消費が盛り上がらなければ日本経済が活性化してこないと言えるのと似た話とも言えるでしょう。同じく日本の全勤労者の七割が中小企業の従業員であることと引き比べれば、いずれもその六〜七割の部分が経済的に活力を持つようにならなければ日本経済が本回復したとは言い難いのです。経済に関連する政策としては財政政策や金融政策以外に財政とも密接に絡むもう一つの柱として税制がありますが、所得税の最高税率を引き上げたり資産課税や相続税を強化することによって得られた税収の増加分を少子化対策や教育分野に集中的に振り向けることも可能です。先のトマ・ピケティ氏は「相続税を強化して世襲資本主義を是正すべき」とも主張しています。不動産などの資産の評価額が最も高いものとして評価されるのは東京で、その地の人にとっては土地などの不動産の相続税も大きなものとなり不都合なことと映るかも知れません。それらの政策が現実のものになれば子育ての環境などは都市部よりも地方の方が恵まれている部分もおおいので、地方がうまく制度設計をしさえすれば若い世代が流入することもあるでしょうし地域人口を増やすことにもつながることでしょう。二千十四年の人口動態の数字では流入人口が最も多かった東京が七万三千二百八十人のプラス、埼玉県が一万四千九百九人のプラス、神奈川県が一万二千八百五十五人のプラス、愛知県が六千百九十人のプラスでそれ以外の府県は大阪府を含めて全てマイナスであることが二千十五年二月六日の朝日新聞朝刊に一覧表として載りました。一番人口流出が大きかったのが北海道で八千九百四十二人となっています。この数字を見れば東京圏以外の地域ことに北海道や東北あるいは山陰地方などの疲弊が大きくなることが予想されます。人口密度で見れば関東は1313.79人/平方kmで東京都だけを見ると6120人/平方kmと超過密であるのに対し東北地方は134.9人/平方kmそして山陰地方は124.4人/平方kmで北海道に至っては65.2人/平方kmでしかないのです。また徳島県は流出人口は千四百九十五人ですが二千十五年度の県予算は六千三百億円台で六兆円を上回る東京都予算の十分の一に過ぎません。ただ徳島県の人口は七十八万人ほどで横浜市の三百六十八万九千人の五分の一ほどで、徳島県の県庁所在地である徳島市の人口は二十六万四千五百人ほどであり予算規模は二千十六年度で九百五十億円ほど横浜市の二千十四年度の予算は一兆四千億円ほどですので、人口が一千万人を超える東京都と比べても横浜市と比べても一人当たりに対する財政支出の額は徳島県の方が多いと言えるのです。住民への行政サービスは東京や横浜よりも徳島県の方が上回っているのかも知れません。すなわち実質的な生活は徳島県の方が東京よりも恵まれている部分もありそうに思えてくる数字です。しかし徳島県の二千十四年十二月時点での有効求人倍率は1.09で別に悪いというわけではありませんが全国でトップの東京の1.68と比べれば低いと言わざるを得ないでしょう。そしてこれら東京一極集中の趨勢を転換させることは安倍政権のみならずどの政党の内閣が政権の座についたとしても日本にとっては最も重要な課題の一つでもあるといえます。二千十五年一月一日の朝日新聞朝刊の記事のグラフでは、千九百七十五年時点をピークに以後出生数は大きく減り続け千九百七十三年の二百十万人から二千十四年には前年より二万九千人ほど少ない百万一千人へとほぼ半減しています。これに対し死亡数は千九百七十年の七十万人程から二千十四年には前年より一千人多い百二十六万九千人と戦後最多になり、人口の減少は二十六万八千人と過去最多だと報じられています。テレビニュースでは二千十四年十月現在での全国の空き家の数は八百二十万戸とのことです。人口が減少すればそれに伴って空き家も増え不動産の価格も低下するとも考えられます。人口もまばらで財政力のない農村部の過疎地の空き家ならば廃屋のまま放置して朽ち果てるのを待つことも出来ますが、家屋が密集している都市部では治安上の問題などもあるので行政が強制的な取り壊しを行うことになるのかも知れません。 都市と地方との間での格差が開き地方経済が疲弊してきてしまったがために日本政府も地方創生を言い出さなければならなくなったわけですが、世界に目を転じれば世界では二千十六年には1%の人が世界の富の50%以上を所有することになるだろうとの予測が二千十五年のダボス会議が開かれる直前にオックスファムのアメリカのサイトで公表されました。その内容の訳文をリンクしましたが、それによれば「1%に当たる富裕層の平均資産は1人当たり270万ドル(約3億1600万円)。一方で人口の80%に当たる層の平均資産は1人当たり3851ドル(約45万円)」とのことです。果たしてこのような富の集中は自由主義市場経済の支持者から見て合理的な富の配分と映るのでしょうか??「市場メカニズムによって資本や財そして労働力などの合理的な配分がなされる」と言うことが自由主義市場経済の支持者たちの主張の根幹にあるわけですが、果たしてこれほどの富の集中はそのような主張によって正当化できる範囲に収まっていると言える水準なのかと言うことです。あまりに多くの富が限られた人間だけの手に握られている社会では、そのような社会のあり方に不満を抱く人間も多数生まれてきてしまいこの時点で衆目を集めている過激は組織イスラム国がそのような不満の受け皿にもなることが考えられてきます。自国にいたのでは「役立たず」のような扱いを受けている人でもイスラム国に参加すれば活躍の場が与えてもらえると思う人も出かねないわけです。その社会が人々にどの程度の役割と満足度を与えることができているのかは非常に重要なことでもあるでしょう。イスラム国に於いてさえ戦闘員に対してはその地域の人としては高額な報酬が与えられているとは言われていてもそこの地域の土着の住民にとっては十分な食料の支給も行われてはいないようです。しかしイスラム国への不平や不満を口にすれば処刑されてしまう条件下にあると言うことなのでしょう。欧米などに於いては個人間の所得格差が重視されるのでしょうが、日本の場合には個人間の所得格差だけでなく地域間の所得格差も重視しなければならない状態にあると言えるでしょう。少し前の個人情報保護法が施行される以前に於いて日本の高額所得者トップ百人の居住地域などが新聞紙面に載せられていた頃では、日本の高額所得者トップ百人のうち五十人以上が東京在住であったことなどに示されてもいるわけです。安倍首相は「分配を重視し成長を軽視することは出来ない」と述べていますが、「格差を拡大させればその経済は成長する」と言うことはどのようにすれば論証可能になるといえるのでしょうか?日本は高額所得者への所得税の最高税率を数度にわたり引き下げては来ていたもののそれによって高額所得者たちが消費を増やし消費税収入がプラスになり、日本のGDPの六割を占める個人消費が活性化することで日本経済が成長していたと言えるのかと言えばそうなっては来ていませんでした。すなわちトリクルダウンは起きずに「再分配を弱めれば成長が加速されてうまく経済を活性化できる」と言うことにはなっていなかったのです。成長戦略を立てながら分配の方も考えなければならないと言うことです。考えるべきは「成長か分配か」ではなく「成長と分配」なのです。「分配を重視すると成長は阻まれる」ということになるわけではありません。分配は必ずしも成長の阻害要因ではないのです。なぜなら分配の仕方次第で成長に貢献すると思われる場合とマイナスになると思われる場合は存在してると考えられるからです。格差を拡大させる方がむしろ成長の阻害要因になる場合もあり得ます。そして社会の内部で格差が拡大すればそれだけ分配が注目を集めるテーマになってもきます。 アベノミクスの第三の矢である成長戦略ですが、自民党総裁に安倍首相が再任された二千十五年九月二十四日の記者会見の場で、安倍首相は「アベノミクスは第二ステージに入る」として、強い経済、子育て支援、社会保障を「新三本の矢」として打ち出しましたが、強い経済の目標としてGDPを二千二十年までに名目で六百兆円にまで増やすとの方針が提示されました。二千十四年度における日本のGDPは約四百九十一兆円なので約百十兆円、その時点からは率にしておよそ22.2%の増加となります。またこれは日本経済にとって過去にはなかった大きさの経済規模になることを意味しています。二千十五年七月二十日の読売新聞朝刊には千九百四十六年度から二千十四年度にかけての日本の名目GDPの推移がグラフで示されていますが、それによればカウントすべきGDPがほとんどゼロに近い状態であった戦後すぐの千九百四十六年からスタートした日本経済は、世界第二位の経済大国になった千九百七十年時点でもGDPは百兆円には届いてはいない状態でした。しかしその後も日本経済は成長を続け千九百九十六年のピーク時には五百兆円を超え二千七年でも五百兆円以上の水準にありましたが、それ以後成長は落ちてゆき二千八年には五百兆円を割り込むなど失われた十年あるいは二十年と言われる時代を経験しました。少子高齢化と人口減少が見込まれる日本にとってはGDPを六百兆円まで増やすというのはかなり高いハードルの目標と言えます。介護離職ゼロも第二ステージのアベノミクスの中の目標に掲げられてはいますが、介護の必要がない高齢者すなわち元気なお年寄りたちにはなるたけ仕事ができる間は仕事をしてもらいながら自立した生活を送ってもらうことにもなるのでしょう。ましてや生活保護を受ける世帯の半数が六十五歳以上の高齢者、中でも一人暮らしの高齢者の割合が急増しているというのであれば、その社会的費用を減少させるためにもできる限り高齢者の自立を手助けする方策は考えるべきともいえるからです。第二ステージに入るとされたアベノミクスは「一億総活躍社会」と命名されたとはいえ、人口の四分の一が高齢者という状態の社会では社会の方も高齢者の活用を考えなければならないだろうといえます。また高齢者たちも自分なりの居場所を確保してゆかなければならなくなります。高齢者たち自身が自分たちができることは何かを自分自身で考え見つけ出してゆく努力もしなければならないことのようです。頭や体が働くうちは現役の若い人たちにはやっている暇がないような部分などを時間に空きのある高齢者が請け負ったり引き受けたりして穴埋めすることくらいはできるだろうと思います。年金だけでは生活してゆくのが不安と感じる元気な高齢者は(私もそのうちの一人ですが)嫌でも社会の中で働かなければならないくらいです。事実、二千十五年時点では六十五歳以上で就労している高齢者の数は三百二十万人以上と十年前の二倍になっているとも言われます。またこの時点で「働きたいが働けない」という状態の女性の数は三百万人に達しているとされています。アベノミクスで日本経済は最悪期からは脱し徐々にながら経済指標の好転もみられるようになってきていたとはいえ、そこでこれまでに増えた雇用者の数は百万人であるとされます。それに比べれば女性だけでも仕事への待機組の数ははるかに多いといえるでしょう。三十代の女性の場合は子育ての真っ最中で託児所が見当たらないあるいは短時間勤務の職場が少ないこと、また子育てがひと段落した年齢である五十歳前後の女性にとっては、育児に費やした年月の間に職場がIT化されパソコンの技術などのスキル面での不安があることなどによって再就職が難しい状態のようです。これらの女性の能力を生かしやすい条件を社会のほうも作り出してゆかなければならないといえるでしょう。また家族の介護のために家庭の中にとどまっていなければならない立場にある人もこの時点では女性だけでなく男性にもかなりの数が存在しているのではないのでしょうか?それらの人たちは「活躍しているわけではない」という扱いのままでよいのかどうかは社会としても考えるべきことのように思います。すなわち経済面でそれらの人の労力をどう評価するのかということです。女性の社会進出などは「戦後強くなったのは女性と靴下」と言われた戦後間もないころから女性の権利が強くなり千九百六十八年には「女性上位」という言葉も生まれ女性の社会的存在もそれまで以上に高い評価を受けるようになり千九百七十二年には「男女雇用機会均等法」が作られて男女による仕事上の能力差はないものという考えに変更されてきていましたしアメリカではこのころ激しいウーマン・リブも起きていましたが、第一次アベノミクスでは「女性の輝く社会」と社会の中での女性管理職の割合をもっと増やすために企業などの女性管理職の割合の数値目標なども出されて第二次アベノミクス時点では女性活躍担当大臣も置かれました。そのような方針が出されなくても日本で共働き世帯の割合が最も高いのは福井県であったり働く人に占める女性の割合が最も高いのは高知県であったり、地方では女性は活躍していました。少なくともかつての日本では漁村も農村も女性は重要な働き手であったはずです。それが日本の社会全体がサラリーマン化していった過程で女性は家庭・男性は会社という形にもなりました。そのような中で農作業の重労働を女性たちが嫌い農家に嫁ぎたがる女性が減って農家の嫁不足の問題が起きた時期もありました。それが二千十五年ころには農業の機械化などもあって日本の農業の担い手の半数が女性という状況になり農水省は農業女子プロジェクトとして女性が農業分野で活躍しやすい農機具や他の農業関連の商品開発などのネットワーク作りを立ち上げたりしています。筋力においては男性に劣る女性にとって使いやすい農機具や道具は高齢化した農村の男性にも必要とされるものでもあるでしょう。規模の大きな会社やあるいは官庁などの公務員などの女性の労力は「お茶くみ」とされるような単なる男性の補助労働のところを除いては、一次産業が大きな割合を占めていた時代の日本ではかつては女性の力なしで成り立つところは少なかったのです。したがって半分自営業のような漁村や農村においては家族労働はあたり前なものであったはずです。そして「一億総活躍社会」や「名目GDP六百兆円の達成」などの目標は、戦時中の「国家総動員令下の総生産力理論」のようにも見えてこないこともありませんが、GDPを増加させるというのであればそれが国民一人一人の生活水準をどこまで引き上げるものになるのか、あるいは特定の階層や特定の地域の人の富を増やすだけの結果に終わるのかが重要なことになってきます。別に一億総活躍社会と言わなくても完全雇用の社会を目指すでもいいことのようにも思えてくるのです。少なくとも最底辺の人達の生活の底上げはすべきです。また地方創世の問題とも絡んで活躍する場が都市ことに東京に集中してしまい、地方ではさしたる活躍の場がないといった問題も存在しています。戦時中の政策においては国民は総生産力理論の下、中学生や女子高生までもが学徒動員で軍需工場で兵器や弾薬の生産やパラシュートの縫製などに駆り立てられ国民の生活そのものは二の次になっていった経緯があります。「滅私奉公」の時代だったわけです。「国家総動員令」や「総生産力理論」などは、この時点で「一億総活躍社会」を打ち出している安倍晋三首相の祖父にあたる岸伸介元首相などが革新官僚であった戦時中の時代に作られたものでもありました。単に先祖の血が呼び覚まされただけのような結果にだけはならないことを私は希望するものです。なぜなら第一次安倍政権の時のスローガンであった「美しい国」という言葉も戦前に日本が台湾を統治していた時点で盛んに使われていた言葉でもあるようだからです。単に過去へ時間を巻き戻すことが「日本を取り戻す」ことでもないように私には思えます。あるいは「安倍首相が取り戻したいのは戦前や戦中の日本の姿なのか?」とも思うのです。なぜなら掲げられるスローガンが七十年以上前に作られた考えや言葉で安倍首相のノスタルジーのようにも感じられてくるからです。しかし戦時中や戦後すぐの時点での日本とこの時点での日本とでは様相が全く違っています。少なくとの戦後すぐの千九百四十七年時点の日本人の平均寿命は男50.06歳、女53.96歳でした。これは二千十五年時点では世界最貧国の一つと言われるコンゴ共和国の平均寿命ともいえるものです。しかし二千十三年では男80.21歳、女86.61歳と日本は世界有数の長寿社会になり高齢化率は全国平均で26%を超えてしまっていて戦前や戦時中あるいは戦後すぐの頃の人口構成とは全く違うものになっていることです。社会の内部の基本的な作りが大きく変わってしまっているところに単に過去のスローガンを掲げてみても時代にはそぐわないところができてしまうといえます。戦時中の総生産力理論の時代には勤労動員で満足な食事も与えられないまま空腹の中で働かされていた中学生なども大勢いました。一億総活躍社会でGDP六百兆円を目指すときに、果たしてこの時点で問題とされている日本国内の子供の貧困はなくなっているでしょうか?また、格安の費用で子供達が食事を取ることのできる貧困家庭の支援の場である子供食堂などは必要のないものになっているでしょうか?安保法案の審議に対しても、隔世遺伝かとも思える復古調の頭の日本の首相が中国の海洋進出や北朝鮮の核とミサイルの問題などの国際情勢の変化に便乗する形で集団的自衛権など大幅に変更された安保法制を提出することに対しては戦時中の日本に戻りはしないかという一抹の危うさを多くの人々が感じるのも当然のことと言えるように思います。安倍首相が唱える「積極的平和主義」も自衛隊を世界の紛争地に積極的に展開できるようにすることに力は注いでも、この時点で大量に生み出されているシリア難民の問題に関して、「もし難民の人たちが希望するなら日本はそれらの人々を日本に受け入れる用意がある」などとは決して口にしようとはしません。PKO活動に自衛隊を積極的に海外へ展開することに力を入れ難民支援に対してお金を出しても国内に難民が入ってくることだけは極力嫌うという姿勢です。少なくともG7のメンバー国の中でシリア難民を受け入れたり受け入れを表明したりしていないのは日本だけとも言えるような状況です。五百万人に上ると言われるシリア難民たちはシリアの周辺のイスラム諸国や地理的に近いEUに流れるのは当然でG7諸国の中では難民が発生している地域からは最も地理的に遠いところに位置する日本だとしても、次のG7伊勢・志摩サミットの議長国であるなら少しは日本も人を国内に受け入れる姿勢を示すべきであると思います。言ってみれば「日本は世界の平和維持の役割の半分は一生懸命やろうとはするが残りの半分は全く何もしようとはしない」と言われても仕方のないような状態です。あるいは「外国人旅行者が訪れてくれるのは大歓迎だが難民などに入国してもらうことなどはとんでもない」みたいなものです。それは決して日本にとって名誉なことでもないでしょう。確かにフランスのパリで起きたテロのように難民の中にテロリストが紛れ込んでいるというようなリスクは存在するにしても、欧州各国やカナダ・アメリカなどに比べて日本の難民や移民の受け入れの数は段違いに低いレベルにあります。なぜなら二千十五年十一月頃までだけでもEU諸国が受け入れた難民や移民の数は九十九万人に上り二千十五年末にはドイツだけでも百万人を超えるとされシリアの隣国トルコに至っては受け入れている難民の数が二百五十万人とされる一方で日本は五千人以上の申請に対して難民と認定された人はわずか十一人に過ぎないと言われているからです。そしてGDP六百兆円を実現するためにいたずらに財政支出を増やしこの時点ですでに一千兆円を超えてしまっている財政赤字をさらに増やしてしまうようなことは決してしないようにすべきでしょう。政府は二千二十年を目途に基礎的財政収支の黒字化を表明はしていますが、それに必要になる前提条件として名目で3%、実質で2.6%の経済成長率を掲げています。この成長率を実現するためには少なくとも二千二十年時点にはGDPが六百兆円くらいにはなっていてくれなければ困るということなのでしょう。というのも二千十五年から3%成長を六年続けるとすると日本の経済規模は二千十四年のGDP四百九十一兆円の1.194052倍である五百八十六兆二千七百九十七億円ほどになるというわけで、ざっくりと一口に言うのであれば六百兆円が呼びやすい数字となります。しかし日本経済にとってそれはかなり高い成長目標とも言えます。二千十五年四〜六月期、七〜九月期の日本のGDPは二期連続のマイナス(これはその後0.3%のプラスで年率1%二乗法修正の改定値が出されましたが)でありIMFの見通しも下方修正されて二千十五年度の日本の経済成長率は0.6%と予想されていることなどを考えれば、二千二十年度時点でGDPを六百兆円にまで持ってゆくには二千十六年度以降の五年間は3%台後半それも4%に近い値の成長率を達成しなければならないことになります。これは日本経済が二度のオイルショックを経験して千九百六十年代の高度成長期に終止符が打たれ中成長の時代を迎えた千九百七十年代の日本の経済成長率に近づく数字とも言えます。千九百七十年代は世代別では頭数が最も多い団塊の世代がまだ若手として社会のいろいろな場面で働き始めていた時代ですが、二千十五年時点には団塊の世代は全て「六十五歳以上の高齢者」と呼ばれる年齢層になり、そのほとんどはリタイアして第一線の表舞台からは姿を消しているといえます。そしてGDP六百兆円という目標達成のためにさらに財政支出を増加させ財政赤字を積み上げるというのでは意味がありません。第二次安倍政権誕生の時点では経済政策への期待感だけで株価も大きく急上昇はしましたが、その後安倍首相が自民党の党首に無投票で再選された二千十五年九月の時点では中国経済の減速やフォルクスワーゲン・スキャンダルなどによって株価は三千円以上と大きく値を下げる状態からのスタートになってしまっています。 成長率がこのように落ちてしまっている日本経済であるとするなら、以前に触れたトマ・ピケティ氏のr>g(資本収益率>経済成長率)の時に格差が拡大するという指摘からすると日本の社会の格差は拡大していると考えてもよいのかもしれません。二千十五年九月に日銀が発表したところによれば日本の家計の金融資産の総額は千七百十七兆円と過去最高額とされます。その一方で「家計の金融行動に関する世論調査」では日本の無貯蓄世帯の割合は三割を超えています。また平均貯蓄額は二千十三年時点のデータでは千百一万円ですが中央値では三百三十万円で無貯蓄世帯は31%と前年の26%から増加しています。当然のことながらこのデータにおける最頻値は貯蓄ゼロの世帯すなわち無貯蓄世帯の部分ということになります。政府は最低賃金を大幅に引き上げたりはしていますがその効果がどこまであるかはこれからのデータがどう出るかを待つ以外ありません。また「一億総活躍社会」の掛け声の下でGDPを六百兆円にまで増やすためには先に示したように日本経済としてはかなり高い成長率を達成しなければならないわけですが、もし経済成長率が上昇することになったら果たして日本国内の格差は幾分かでも是正される方向に向かうかどうかも注目すべき点と言えるでしょう。なぜなら二千十五年十一月五日の朝日新聞朝刊には二千十四年時点で日本の非正規雇用の割合が四割を超えたとあるからです。千九百八十七年時点では十六%ほどでしかなかった非正規雇用の人の割合はその後上昇し二千三年時点までに三十五%程へと急上昇しその後上昇率は下がったとはいえ四割に達したわけです。これは企業が人件費を抑制するために非正規の雇用に走っているということが最大の理由と言えるでしょう。そのため二千十五年夏のボーナスの平均は三十五万六千七百九十一万円と二年ぶりに2.8%の減少となったとの厚生労働省の発表が二千十五年十一月九日の朝日新聞夕刊に載っています。大手の上場企業では増えたものの中小企業での減少が響いているとも報じられています。そして二千十五年冬のボーナスは大手企業で平均九十一万六百九十七円と過去最高になったと言われても、ボーナスをもらえる正社員の数が以前より二十五%ほども低下してしまっているというのであれば全勤労者に支払われる賃金の総額あるいは企業が社員に支払う賃金の総額が過去最高になるかどうかは未知数です。しかも安倍政権は法人税の減税の方針を打ち出しています。二千十五年十一月七日の朝日新聞朝刊に載ったグラフでは二千十一年度では四十%ほどだった日本の法人税は二千十五年度には三十二%ほどまでに引き下げられてきていましたが二千十七年度には二十%台にまでさらに引き下げる方向で考えているようです。非正規社員が増え法人税は引き下げられるというのであれば太るのは企業で非正規社員そしてまた年金も抑制気味にされている人口の二十五%を占める高齢者を含めて国民の多くはやせ細るということにもなりかねません。二千十五年十一月二十四日には二千三十年時点での日本の就業者推計が報じられ翌日の朝日新聞朝刊によれば経済成長が低く労働力の供給が低調な場合には二千十四年度の六千三百五十一万人から七百九十一万人減少すると推計されました。成長率が2%で高齢者や女性の就業が増えれば二千三十年時点でも就業者人口は百八十二万人減るだけで就業者数は六千百六十九万人と試算されるそうです。日本経済がある程度の活況を持続してゆけるのなら二千十五年時点に観られるような多くの産業に見られる人手不足や有効求人倍率が1を超える状態の維持に繋がり高齢者や女性の労働力市場への参入の好条件も整うわけですが、そのためには国内の状態だけでなく日本経済を取り巻く国際情勢や世界経済の状態などの外部環境がどうなるかによるところも生まれてくる部分があると言えます。しかしここで述べられているもっとも理想的な就業者数の推移が実現したとしても成長率は2%であり、先に示した二千二十年にGDP六百兆円の実現に必要となるであろう成長率3%以上よりもかなり低い数字になってしまいます。基礎的財政収支を黒字化できたとしても日本の財政赤字は一千兆円以上もの額になっていてその赤字額を毎年十兆円ずつ削減していっても全ての財政赤字が解消されるには百年以上かかる計算になります。果たして百年間もの長きにわたって日本経済としてはかなり高いと思われる2〜3%の経済成長率を日本経済は維持し続けられるかどうかです。また理想出生率として掲げられた1.8の数字を実現できたとしても、国外からの人的受け入れを行わなければ日本は少なくとの二十〜三十年間は少子高齢化の問題に悩まされることにもあります。高齢者が社会参加できたとしてもその期間はそれほど長いわけでもなく、いずれは生活支援や介護支援を受けざるを得なくなる人がほとんどと言えるでしょう。 どのくらいの労働力が必要とされるかはその時々の景気に左右されるのは当然ですが、少なくとも二千十五年末時点では日本全体では労働力が不足しがちの状態と言えます。多くの地域で有効求人倍率は1を超えた水準にあるからです。しかし野村総合研究所が行った推計では、これからの日本においてロボットで代替できる職業は二百三十五種の内百種の仕事、すなわち割合にして49%の職業に上り、二千五百万人はロボットに取って代わられる可能性があるとされました。その中にはタクシードライバー、ホテルの客室係、スーパーのレジ打ち、銀行の窓口業務なども含まれるそうですが、二十年後にはロボット産業の規模は十兆円産業に成長しているだろうと予測されています。果たしてロボットが仕事を代替することで失業者が増えてしまうことはないのかなどの問題も生まれ出そうな気にもなります。むしろロボットが開発されたらいいのにと思えるのは冬場の雪国の屋根の雪下ろしをしてくれる「雪かきロボット」などです。毎年雪下ろしでの事故によって犠牲者が出ているので、大型のドローンのような空中を飛びながら作業するものであっても、雪下ろしをしてくれる様なロボットが開発されれば人が救われるのではと思ったりします。また人手不足とは言われても勤労者の賃金、ことに実質賃金はそれほど大幅に増えているわけでもありません。二千十六年一月八日の朝日新聞夕刊の記事では前年十一月の実質賃金が五ヶ月ぶりにマイナスになったと報じられています。速報値で修正が加えられそうだとは記事にありますが、二千十四年九月頃にはマイナス3.4%ほどだったものが徐々に改善して十五年四月頃にはゼロ%になり六月に大きく下落したものの七月からはプラスで推移してきていました。ただ、プラスとは言っても1%にも満たない上昇で生活が大きく楽になったという実感はほとんどの人が持てないであったろうと思われる数字です。ただそんな中でも二千十四年度では一世帯当たりの貯蓄額の平均が千七百九十八万円と比較可能な二千二年度以降では過去最高になり中央値も千五十二万円になったと二千十五年五月二十日の読売新聞朝刊は報じています。株価の上昇が大きく作用もしたとありますが日本の家計資産残高の合計は二千十五年時点では千七百四十一兆円とされますから記載されているように貯蓄性向はかなり高いと言えるのかも知れません。しかしながら個人預貯金などの総額がそうであっても、その中から日本の財政が抱える赤字分を差し引くとどうなるのかも考えなければなりません。日本の財政赤字は二千十四年時点で国だけで優に一千兆円を超え千三百四十七兆円に達する水準にまでなっています。地方の赤字分も合わせれば更に大きくなります。預貯金が千七百兆円以上あると言ってもその中から財政赤字分を差し引きして考えると残りは四百兆円以下にまで落ち込むことは明らかです。一人当たりで考えれば八百万円以上そして下手をすると一千万円以上の借金になるので、先の家計資産残高の中央値すなわちもっとも多くの人達の資産額に近い値が一千五十二万円であるなら、この数字は単身世帯を含めない数字なので差し引きでは預貯金分は残らず、もっとも少人数の二人世帯で一人当たりの負債額を八百万円としても六百万円程のマイナスということになります。このようなことを知ってしまったら個人レベルではおいそれと出費を増やそうという気にはなれないともいえます。自分の身の先行きに警戒心を持たざるを得ないからです。と言うことになれば個人消費がそれほど大幅に増えることは期待できないともいえて来るでしょう。多くの消費者が是が非でも手に入れたいと思うような目新しい画期的な製品やサービスでも生み出されてこない限り個人消費の部分は需要不足が続くと言えるのです。人工知能のロボットなどは果たして冷蔵庫や洗濯機あるいは自動車や電気釜またテレビやパソコンそしてスマホのように各家庭や個人にとって是が非でも必要と思えるような商品になるかと言うことも問題です。それらが生活するうえでなくてはならない必需品と考えられるようになれば消費者もオカネを使うのでしょうがこの時点ではそれほどにまではなっていなさそうです。世帯当たりの平均貯蓄額などは私などからすれば「誰の話?」とも思えますが、たとえそれが現実だとしても消費者は「例えカネがあっても使わない」のです。日銀が史上初めてマイナス金利を導入して市場金利は非常に低く誘導されていても住宅ローンの借り換え需要は起きても新規の住宅購入は低調に推移しています。住宅への潜在需要はあっても住宅の建設コストの上昇によって消費者は購入を見合わせ有効需要にまではなっていません。黒田日銀総裁が億ションを購入したくらいでは住宅需要が大きく上向いたりしないのです。しかも企業の方も従業員の賃上げに多くの費用を割いているかと言えば利益を内部留保する動きが止まりません。二千十六年三月末時点では三百六十六兆円の内部留保がありこれは過去最高で企業は設備投資には慎重だと二千十六年六月七日の読売新聞朝刊が伝えています。従業員の給与の大幅アップは行わないだけでなく研究開発や設備投資にもカネを使わなければ企業は新製品の開発や生産性の上昇をはかれなくなります。安倍首相の一億総括役社会の中でGDP六百兆円を目指すとされますが、日本の個人消費はGDPの六割を占めているわけですから個人消費の総額は六百兆円の六割である三百六十兆円ほどになっていなければならないことになります。これは上に述べた企業の内部留保の総額に匹敵する額です。果たして消費者はそこまで消費を伸ばしてくれるでしょうか?また企業は賃金を増やしたり設備投資や研究開発投資に積極的になるでしょうか?もし消費者も企業もカネを使わないとしたら誰がカネを使って経済を回してゆくのかが問題になってきます。カネを使う人が誰もいなくなれば経済は回らなくなり社会は止まってしまいます。それを回避するためには行政がカネを使うと言うことで経済が動くように仕向けるわけですが上に述べたように日本の財政は危機的な状態とも言えます。本来なら財政が危機的であるのなら緊縮予算にして財政を立て直したいところであっても消費者もカネを使いたがらない状態の中では行政としては予算を増額するしかないという方向になってしまいます。「この先何が起こるか分からない」と言う危機感は千九百八十八年に始まり千九百九十二年に地価が頂点に達したバブル経済とその後の崩壊以降、千九百九十五年一月十七日の阪神大震災、二千八年九月十五日のリーマンショック、二千十一年三月十一日の東日本大震災とそれに伴う津波被害と福島原発事故、二千十五年九月九日からの関東(常総)東北豪雨、そして二千十六年度予算成立後の四月十四日に起きた熊本地震、またリーマンショックを超える株価下落を招いた二千十六年六月二十三日に行われたイギリスの国民投票でのイギリスのEU離脱などを立て続けに経験し、しかも首都直下型地震や南海トラフの地震と津波などが高い確率で予想されている中では日本人にとってかなりな程度に実感できる状態とも言えるまでになってしまっているので、うかうかオカネは使えないと言う感覚になっています。リーマンショックの経験から企業は内部留保を増やす傾向に転じてきていたのでイギリスのEU離脱によってその趨勢は当分続くだろうとも考えられます。二千十六年五月三十日の読売新聞夕刊では大卒就職率が過去最高の97.3%とされ五年連続の上昇だそうです。バブル経済以来の売り手市場の様相ですし、また同五月三十一日の読売新聞夕刊では四月の有効求人倍率が1.34倍と二十四年ぶりに高い水準でしかも全都道府県で一倍を超えたと報じられました。これもバブル経済終盤の千九百九十一年以来のことですが、しかし日本国内の状況はバブル経済の時のように多くの人々が好景気に沸き立って浮かれているという感じでもありません。それは勤労者の賃金がバブル経済の時のように大きな上昇を示していないこと、ことに名目賃金が上昇しても実質賃金は変わっていないことに由来しているかも知れません。またかつてのバブル経済によって浮かれ上がった後でどんなことが起きたのかを多くの日本人が学習してしまったからなのかも知れませんが、このように日本国内での消費が今ひとつ盛り上がらないと言うことだけでなく中国を初めとする新興国の経済不振や原油安による産油国の経済の落ち込みなどによって世界経済が低迷している事に対して二千十六年五月二十六日・二十七日に開かれるG7では先進国が積極的に財政出動をして世界経済の落ち込みをカバーしようという方針の旗振り役を議長国の日本は果たしたいところですが、危機的な財政状態にある当の日本が果たして大幅な財政出動が出来るのかというとそれには疑問が生まれるとも言えます。先の日本の個人貯蓄額の総額が巨額であるために日本の国債は国内でそのほとんどが消化できているために日本の財政赤字が巨額であってもそれが個人貯蓄総額の枠内に収まっていて財政赤字を担保できている間は日本の財政赤字が国際的な大問題にはならずに済んでいたとしても、日本の財政赤字額が個人貯蓄総額を超えて日本の国債を海外の投資家に販売せざるを得なくなってきたときには日本の財政赤字の問題は国際問題として大きくクローズアップされてしまうでしょう。それはギリシャの財政危機どころではない規模の危険性をはらんでくる可能性もあるからです。二千十六年六月一日に安倍首相は2%の消費税増税を2年半先送りして二千十九年十月からに再延期する方針を表明しましたが、これが経済成長への道になるのか財政破綻へと続く道なのかは注意深く見てゆかなければならないことでしょう。消費税増税が先送りにされたことはイギリスのEU離脱の前に決定されていたことで安倍首相に先見の明があったと言うべきかも知れませんが、言い方を変えれば不吉な予感が当たってしてしまったと言うべきかも知れません。どちらにしろ余り喜べるような先見の明だったとは言えないことでもあるでしょう。「東日本大震災やリーマンショック級の出来事がない限り消費税は10%に引き上げる」と先の選挙で安倍首相は公約していたわけで、熊本地震もイギリスのEU離脱も実際に起きたと言うことになります。望ましからざる予感の的中と言ったところです。そして二千十六年七月十日に行われた参議院議員選挙の選挙戦の中で安倍首相は「アベノミクスを前に進めるのか、それとも二十年前の暗い時代に戻るのか?」と述べて優位に選挙を戦いはしましたが、私から言わせれば安倍自民党が圧勝でもしたら「国際情勢の変化を口実にしながら二十年前の日本よりももっと暗かった、人権などを含め国民の権利は大きく制限されて国家の権限の方が遙かに強かった、すなわち国民主権ではなく天皇に主権であった七十年以上前の戦前や軍国主義全盛だった戦時中の時代の日本に戻るのか?」との懸念を持つのです。戦後憲法施行七十年目の二千十七年三月五日の自民党党大会で安倍首相は「次の七十年を目指して新しい憲法を・・」と述べていますが、次の七十年を目指すことは七十年以上前の日本に戻ることではないだろうと思います。その時点で国有地が格安で売却されたことで問題とされた森友学園においては幼稚園児に教育勅語を暗唱させ、そのような教育を行っている学園には稲田防衛大臣から感謝状が与えられているなどの情報が伝えられたりすることなどが私には気になるからです。森友学園の学園長籠池氏は「排他的な教育はしていない。私は[八紘一宇]を元にした教育をしている。」と述べています。教育勅語は戦前や戦時中の日本の教育理念とされていたものであり八紘一宇は日本が戦時中に大東亜共栄圏を構築するという政策でアジアへ侵攻してゆく時に日本が掲ていた理念でした。籠池氏は日本会議の構成員とも伝えられます。いかにも保守派の人もっと言えば保守派の政治家の好むような教育方針と言えます。科学技術は言うに及ばず思想もあるいは教育理念においてもたとえ過去のものを手がかりにしながらでも新たなるものを生み出してゆくことができない社会はいずれ衰退せざるを得なくなることでしょう。単に過去に戻って行ってみただけあるいは過去の思想や理念の中に埋没しているだけでは何かを生み出せたことにはならないからです。また憲法改正に関連して自民党が憲法の効力を一時的に失効させることのできるかつてのナチスが行ったような法案を検討していると伝えられるような状況の中で、二千十六年七月二十六日にはナチスが優生思想に基づいて行った障害者の虐殺を再現するような事件が神奈川県相模原市の障害者施設で起こりました。ある意味政府の思惑を先取りしたかのようにも思えてくる事件です。経済的に疲弊していたドイツがヒトラーの登場によって経済的な苦境から脱することができ、そのことによってヒトラーは国民の熱狂的な支持を受けたがためにその後のヒトラーの暴走をドイツ国民は止めることができずに破局へと突き進むことにもなりました。まさにファシズムの行き着いた先を経験したわけで、結局は経済のアメにだまされて惨憺たる結末を味わったわけです。 しかし日本においてはアメをもらってもそれを手に持ったまま必ずしもすぐには口に入れようと消費者はしていないかに思われます。二千十六年八月三十日の読売新聞夕刊には七月の有効求人倍率、完全失業率、そして消費支出についての記事が載りましたが、有効求人倍率は1.37と高水準で横ばい、完全失業率も3.0%と千九百九十五年以来二十一年二ヶ月ぶりの低水準であるにもかかわらず二人以上の世帯の消費支出は0.5%減と五ヶ月連続の減少とされています。個人消費が減少した原因としては二十代〜三十代の子供のいる若い世代がリサイクルやネット通販などを利用して子供服や子供用品などへの出費を抑えていることが一つとしてあげられていました。一昔前の日本がまだそれほど豊かでなかった頃の各家庭に子供が大勢いた時代にはお姉ちゃんのお下がりの服を妹たちが着るなどというのは極々一般的なことでした。しかし少子化の時代になった時点では家庭内では着回ししてリサイクルができないのでリサイクルを家庭内から社会に広げてその品で済ませると言うことにもなってくるのでしょう。二千十六年九月十四日の読売新聞朝刊には二千十三年から二千十六年にかけての個人消費などのグラフが掲載されていますが、二千十四年の第一四半期には消費税の8%への引き上げに伴う駆け込み需要で三百兆円を超えましたがその後は個人消費は低迷し二百九十兆円ほどと低迷しています。そしてどこにどのような潜在需要が存在しどうすればそれを有効需要へと転じさせることができるようになるのかは、どの企業も考えなければならないことですし政府も考えるべき事のように思います。雇用情勢も改善し最低賃金も引き上げられる方向に動いているにもかかわらず消費者は財布のひもを締めたままの状態が続いていると言えるからです。個人消費が低水準の状態では消費税率の引き上げは困難であり、消費税率を引き上げられなければ社会保障の財源を確保できず、社会保障の先行きがはっきりしなければ現役の人達は自分の老後などに不安が生まれ異例とも言える日銀のマイナス金利の導入もあって銀行の預け入れ金利は史上最低とも言える低金利で銀行にお金を預けても利子などはほとんど付かない状態でもお金を使うことは控えて将来のために蓄えておこうとする行動を取り、所得の中で貯蓄に回される割合が大きくなってきてしまえば消費はその分が減り、消費が減れば消費税率の引き上げはできず・・・と言った一種のデフレスパイラルにも似た状況が生まれます。どうしたらそのサイクルを断ち切れるのかあるいはそのサイクルから抜け出すことが可能なのかを考えなければならないわけですが、財政が極端に痛んでしまっている日本の状態を考えるとなかなか妙案は浮かびません。アメリカの次期大統領にドナルド・トランプ氏が決まってトランプ・ショックと言われる株価の急落後翌日には株価が急伸するという動きの中で、トランプ氏の公共事業と減税に期待しての動きとの解説がありました。しかしそれらは短期的には経済を活性化させても財政に負担がかかることによりいずれ個人消費が低迷して行くので経済は長期的には低下の方向に向かうという証券マンの予測がテレビで流れました。一年目、二年目、三年目と順次経済状態が低下してゆくとさえるのです。財政赤字が大きくなると個人消費は低下してゆくという「ハロッドの仮説」から言えることだそうです。もしそうなら多額の財政赤字を抱える日本経済において個人消費が盛り上がらないのは当然とも言えることになります。「ハロッドの仮説」についての詳細には私には自分の考えを述べるだけの知識がないのですが、ただ日本の場合においても少なくとも消費性向や限界消費性向の高い低所得の階層の人々により多くの所得移転あるいは所得の増加がなされなければ日本の個人消費は盛り返してくることがないだろうと思われます。低所得者層の方が消費性向が高いと言うことは消費税が低所得者層にはより負担をかける税であることを指摘した千九百九十年代の朝日新聞に掲載された生協の調査データを読み替えれば分かることですが、国会議員で所得階層の違いで消費性向が異なることを指摘して質問をしたのは私の知る限りでは民主党現在の民進党の長妻議員が最初で、後に安倍首相もその意見を取り入れたような答弁を国会でしていたと記憶します。それは二千十六年になってからのことです。安倍首相が野党の質問で出した意見をなぜ取り入れたかと言えば、個人消費が低迷する中ではGDPの六割を占める個人消費が動き出してくれないことにはアベノミクスが目標とするデフレ脱却と2%の物価上昇率も立ちゆかなくなるという考えがあってのことだろうと思います。そのため低所得層により多くの所得増加を図り個人消費を活性化させなければならなくなるわけです。しかし実際には日本国内の経済格差は大きくなっている模様です。二千十六年九月十六日の読売新聞朝刊に掲載された厚労省発表の二千十四年度のジニ係数は0.5704となって過去最大の数値を示したとされます。高齢者や単身世帯が増えたことが主な要因とされていますが、再分配所得は0.3759で横ばいとされます。改善度は34.1%でこれも過去最大だとのことです。この時点での日本経済は放っておけば格差は拡大する一方の構造になっていると言って良いでしょう。日本のジニ係数が上昇し始めたのは千九百八十四年頃からとされます。それ以前の日本経済とどこがどう変わったからジニ係数の数値が大きくなり始めたのかについては研究の余地があるにしても、この時点での日本経済は格差が拡大する趨勢が強くなっていると言っても良いように思えます。高齢世帯が増えていることは二千十六年九月十九日の敬老の日の読売新聞朝刊にも記事があります。日本の高齢者人口は三千四百六十一万人で総人口に占める割合は27.3%と過去最高となり、働いている高齢者も増えて65歳〜69歳の就業率は男性が52.2%、女性が31.6%で日本の高齢者全体の就業率も21.7%とアメリカやカナダを上回り主要七カ国中唯一、二十%を超えているとされています。高齢者と呼ばれる年齢になっても健康面で許される条件があり意欲もある人達は私は働いたほうがいいのだろうと思うものです。それでなくても年金は減額されそうな方向にある中で政府は2%のインフレ目標を立てているので「下流老人」という言葉も生まれるような状況の中では高齢者は働かなければ生活水準は低下するわけで、そういう意味で私自身は経済的な面もあると言えるのですが、そればかりでなく高齢になっても社会との何かしらの関わりは持っていたいとも思うからです。ただ、年金暮らしの高齢者にとっては年金額が増えない状況の中での物価上昇は実質的な生活の低下であるわけだとは言ってもこの時点での日本の物価は五ヶ月連続の下落となっています。日銀がマイナス金利を導入しても一般物価はなかなか上昇してきません。二千十六年九月二十一日には日銀の金融政策決定会合が開かれマイナス金利は維持するもののそれまでの量的緩和から長期金利と短期金利の誘導という目標変更が行われ長期金利はゼロ金利を目指すとされました。不動産価格は資材価格と人件費の上昇によって高い物件が発売されてはいても買い手の収入の増加がそれに追いつかずに高額物件ではなく低価格の狭いマンションなどの方に需要が動いているような様相です。バブル経済の時には土地などの不動産と株式など資産インフレは極端に進んでいる中で国民全体が沸き立っていても一般物価は落ち着いていたので日銀は公定歩合を引き上げようとはしませんでした。バブル当時はアメリカのマネタリストの総帥と言われるノーベル経済学賞受賞者の故ミルトン・フリードマン教授が理想的なマネーサプライの水準としていた8%を大きく超える20%にもなっていたからです。その公定歩合の引き上げが遅れたことがバブル経済を推し進め経済評論家の言葉を借りれば「買えないものは売れない」と言えるほどの極度の資産インフレを招いて挙げ句の果てに破局にまで至らせた原因でもありましたが、アベノミクスで物価上昇率2%を目指すと言われているこの時点では一般物価を引き上げることを目標に日銀が金融緩和を行っても資産インフレは起きても一般物価の上昇までには至らない姿が見えてきます。時代の流れの向きはバブル経済の時とこの時点では逆方向にあるとはいえ、低金利状態の中での資産インフレと一般物価との動きには共通するものがあると言えるでしょう。すなわち資産のインフレほどには一般物価は上昇することがないと言うことなのです。言ってみれば金融政策で一般物価が上昇するほどにまで金融緩和を行ったときにはそれよりも速い速度で株式や不動産などの資産インフレが極端な水準になってしまうという問題が生まれて来るだろうと思われるのです。また、元アメリカ財務長官だったサマーズ氏もおおむね日銀の金融政策を評価しつつも長期金利をゼロとすることにより利払いの心配が軽減されることで政府が国債を増発し易くなって財政を拡大しかねない点を指摘したと伝えられます。政府は国債を増発するという誘惑にうち勝てるかどうかです。黒田日銀総裁自身も金融だけでことを処理することの限界は感じているようですが、政府が働き方改革で同一労働同一賃金などを実現して非正規雇用で働く人など中・低所得層の賃金を引き上げる策を実施しない限り物価上昇に導くことは難しいのではないかと思います。それらは日銀だけでは対処できないことでもあります。黒田日銀総裁の任期2期十年の間に日経平均は2倍の水準にまでなりました。十年で2倍というのは年率で7%の利回りになりますが、二千二十三年一月の消費者物価指数の伸びは前年同月期で4.2%のインフレ率です。これは歴史的高水準と言えるものですが、新型コロナによる物流の混乱、その後に起きたロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格の上昇、そして日本の低金利による輸入物価の上昇など主にコストアップインフレによるものです。すなわち歴史的な消費者物価の上昇率より金融緩和による平均株価の上昇率の方が大きいというわけです。超金融緩和によって消費者物価の伸びをしのぐ資産インフレが起きていたわけです。また同期間の地価の上昇率は東京都の商業地で36.6%、住宅地で15.6%となっています。地価などの不動産価格は人口動態によって人口減少が起きている地方と人工が横ばいか増加している地域とは異なっていると考えられますが、少なくとも首都圏は金融緩和による資産インフレが起きていると言えそうです。人口の四分の一は高齢者となり中には高齢者となった後でも現役で働いている人はいるとはいえそれらの人の年金収入は少なくとも現役時代の収入に比べて半減していると言えますし、非正規雇用の割合が全勤労者の四割をも占めてしまっているような状態では、その人達を安くて便利な労働力としてだけで企業が扱っている以上、少子化と人口減少が起き長いデフレ時代を経験した日本経済においては個人消費が増えてインフレ目標を達成できるようになることには繋がってこないだろうと言うことです。少なくとも日本は人口の六割近くの人が経済社会の底辺を形成してしている社会構造になってしまっていると言ってもいい状態だからです。 日本経済が以上のような状態の中での二千十七年一月にはアメリカでトランプ政権が正式にスタートしました。アメリカ第一主義を掲げて保護主義の色彩を強めるのではとの懸念がありますが、アメリカが保護主義を強めて海外からの輸入品に高関税を課した場合などにはアメリカの国内物価は上昇することでしょう。あるいは国内の雇用を守るとして海外生産している企業にアメリカ国内で製品を製造する方針に切り替えさせた場合においてもアメリカの人件費が他の国よりも高ければアメリカの物価は上昇せざるを得なくなります。なぜならアメリカ企業でさえアメリカよりも人件費が安いと言う理由で製造拠点を国外へ移していたからです。トランプ政権はアメリカに対して貿易黒字を作っている日本や中国を為替操作をしていると批判していますが、アメリカが保護主義を取り輸入物価が上昇した分だけ国内物価が上昇すれば連邦銀行はインフレを抑えるために金利を引き上げざるを得なくなり、そのことによって日本とアメリカの場合を例にとれば日本の日銀が現状のままで金融政策を維持していたとしてもアメリカとの金利差は広がってしまい円安・ドル高になることは明らかだろうと思います。保護主義とそれによるアメリカの国内物価の動きそして連邦銀行の金融政策がどう絡んで為替市場がどう判断するのかと言うことです。日本はデフレ脱却のための2%の物価目標を達成するためでその目的が為替を円安に誘導することではなかったにしても日銀が超金融緩和を行ったことで結果として為替が円安になったのは事実で、アメリカが保護主義を取った場合に予想される利上げなどによる為替の動きはトランプ大統領の意図するところとは違った動きすなわち日本と逆のドル高の結果になるのではと言うわけです。日米の経済関係がどのように動いてゆくのかは注視すべきかも知れませんが、日本国内の経済状態は雇用情勢などは大きく改善していると言えるでしょう。二千十七年六月三十日の読売新聞夕刊には五月の有効求人倍率が1.49倍と二ヶ月連続のバブル期超えを記録し43年3ヶ月ぶりの高水準と報じられています。失業率は半年ぶりに幾分悪化したものの消費者物価は前年同月比0.4%と五ヶ月連続の上昇とされています。ただ、消費支出は一世帯あたり二十八万三千五十六円と実質では0.1%減で十五ヶ月連続の減少となっています。雇用情勢は量の面では十分たりてきているとはいえ非正規の割合が大きいとすれば質的な面での改善が必要とも言えるでしょうし、それが消費支出の伸びを抑える大きな原因の一つになっているとも言えることでしょう。それには最低賃金のさらなる引き上げや同一労働同一賃金などが一般化する必要があると言えます。それ以外にはこの時点の景気拡大は戦後2番目の長さとは言われていても成長率がかつての景気拡大局面と言われた時期に比べて低いのと実質賃金がマイナスとなっていることなどにもよると考えられます。そのため国内は好景気に沸き立っているという雰囲気でもありません。ただ以上の数字は比較的短期の動きであってもっと長期に及ぶ日本経済の懸念材料が日本の巨額な財政赤字の問題です。二千十七年三月四日の読売新聞朝刊に載ったグラフでは、日本の戦前における終戦直前の千九百四十四年時点では債務残高の対GDP比は204%だったとされていますが、二千十四年では対GDP比で221.1%と戦前よりも更にひどい状態になってしまっています。戦前の日本とこの時点での日本とでは経済規模と物価水準などが違っているので債務残高を額で比べることには意味がないとはいえ、二千十四年時点での日本の債務残高の総額は千二百二十三兆五千億円とされています。これは国だけの債務残高であるのでこれに地方自治体の債務までをも加えれば更に借金の額は大きくなると言えます。国の借金だけでも年間十兆円ずつ返済していっても百二十年以上かかる計算になります。日本の戦後の財政赤字は第二次オイルショックの頃から増え始めその後の円高不況でそれが膨らみはしたもののまだその増え方は緩やかだったと言えますが、バブル経済崩壊以後には財務残高の増加速度が急角度で増加傾向を取るようになりました。日本の年号でいえばバブル経済崩壊で日本は経済の場面でも昭和が名実ともに終わったともいえそうですが、これから日本が債務を返済してゆくにしてもこの時点で現役で働いている人の子供や孫そしてひ孫や玄孫の代にまでかかるような百年以上にもわたる長丁場になる債務返済を果たして日本人は自暴自棄にならずに耐え続けてゆくことができるだろうかとは気になるところです。また百年以上の長期にわたって日本経済が順調に推移するとは到底考えられないわけで、その間に起きるであろう景気変動に財政面で対処する必要が生まれてくることも考えられます。例えば東南海南海地震や首都直下地震でも起きれば日本の債務返済の話も中断せねばならない事態になることでしょう。それ以外にも海外の経済変動の影響で日本経済が苦境に立つ場合なども当然考えられ、順調に債務を返済し財政の再建ができてゆくかどうかは予想の限りではないと言えます。日本の年間の国家予算は過去最大の百兆円の大台に近づくところだとはいえ、その中の一割を借金の返済に充てたとしてもそれ以外にも残る借金の利払いが必要になります。これから少子高齢化と人口減少が続く日本経済にとってそれは決して楽な道のりとは言えないことでしょう。そして二千十七年七月三日に国税庁が発表した路線価は二年連続で上昇し銀座はバブル経済時を超える値上がりになったと七月三日の読売新聞夕刊に記事になっています。訪日外国人の増加などによるホテル需要の高まりなどが大きな要因とされていますが、この時点での全国の路線価の平均の状態はやっとマイナス局面を終え八年ぶりに0.4%のプラスに転じたと言うことで銀座で起きていることは非常に局所的な出来事とも言えそうです。日本は人口減少社会に突入し始めているので土地や建物の価格が上昇するといってもそれは日本の数か所の大都市とその周辺だけに限定的されて、全国に広がるだろうと考えられる条件はないといってもいいでしょう。すなわち金融相場で地価などの資産価格が上昇したとしても実需がそれに伴ってくるかというと不安要因があるというわけです。またこの状態がいつまで続くかと言えば二千二十年の東京オリンピックまでで一息つくことになるのではと思います。地価の上昇などが地域的に限定されるだろうとはいってもそれがかつてのバブル崩壊の二の舞にならないことを願わざるを得ませんが、その時点で平成も事実上幕を下ろすことになるのかも知れません。なぜなら賃金の上昇よりも資産価格の上昇の方が大きくなってしまえば「買えないものは売れない」事態を迎えるであろうからです。言い方を変えるなら「買えるものしか売れない」のです。東京都心部の地価が高くなりすぎて買えなくなった状態では、買える地域のものしか売れなくなるというわけで東京都心から幾分離れた周辺部に購買希望が移動せざるを得なくなります。そこも値上がりして買えなくなるともっと周辺部の離れた地域に移るということもあるでしょう。しかし大都市中心とはいえ地価がこのような状況にはあっても一般物価はなかなか上昇の姿が見えてこないようです。二千十七年七月十三日の読売新聞夕刊には日銀が十七年度の物価上昇率の見通しをそれまでの1.4%から1%強へと引き下げる公算が大きくなったとされています。賃金は上昇しても消費者の節約志向が強いために企業が価格転嫁できずにいると言うことのようで、結局は景気は好調な様に見えながらも消費は余り盛り上がらないという様相になっているようです。賃金がいくらか伸び始めたとは言ってもそれまでの二千五年から二千十五年にかけての10年間での賃金の伸びはわずか2%で、その間にはマイナスで推移する期間も含まれていました。バブル経済時とこの時点で何が違うかと言えばバブル経済の時にはこの時点ほどの多額の財政赤字はなかったと言うことです。また人口は増加基調にありこの時点のような人口減少社会ではなかったことです。千九百八十年代末から九十年代初頭にかけてのバブル経済時では個人消費と設備投資が車の両輪となって景気をけん引しました。二千十八年七月五日に発表された日本の自動車販売においても、販売台数上位十車種のうち六車種は軽自動車とされています。バブル経済時には不動産を購入するつもりでお金をためていた人が、地価の急激な上昇のために不動産購入をあきらめそのお金で高級外車を購入しスーパーカーブームが起きたといわれていますが、この時点では高級外車も売れてはいないのでしょう。高級外車どころではないというのが多くの派遣で働く若い世代の実情かも知れません。そしてバブル経済最盛期に就職時期を迎えていたいわゆるバブラーと言われる人たちも二千十八年のこの時点ではすでに日本社会の中核として四十代後半から五十歳ほどになっていると思われますが(バブリーダンスの元祖である”ダンシングヒーロー”を歌った荻野目洋子さんも二千十九年には五十歳です)、それらの人たちもかつてのバブル時代の時のようにはお金をバンバン使ったりはしていないのでしょう。金利は最低水準にあってもこの時点では若い世代は消費よりも将来に備えて貯蓄に励んでいますし企業はたとえ設備投資をする場合でも内部留保の資金で行えるのであえて銀行から資金を調達する必要もありません。企業の内部留保の総額は二千十七年末の時点では四百四十六兆四千八百四十四億円までになっていると二千十八年九月三日の読売新聞夕刊の一面にあります。またこの時点で日本の金利は長期金利がゼロ金利、短期金利はマイナス金利と金利が極端に低下しているので利ザヤを得るためには貸出額を増やさなければこれまでと同じようには利益が得られない構造が生まれてしまい、銀行殊に地方銀行は苦境に立たされるという状況になっているといえるでしょう。また低金利の中で利益を確保するには融資額を増やさざるをえないとするなら、そのためには個々の融資額が大きい不動産分野すなわち土地・建物などへの融資に重点化するので資産インフレが起きる可能性がそれだけ高くなるともいえるでしょう。勤労者の賃金の伸び率が資産インフレの率よりも低ければ不動産は最終消費に結びつかず下手をするとバブルがはじける危険性も出てきます。そればかりか人口減少が起きている中では空家も増えてくるわけで、不動産への需要がこれまで通りとはゆかない部分もあります。金融部門が力ずくで不動産価格をどこまで押し上げられるのかという疑問も出てきます。また個人消費が盛り上がりに欠けているというのは何か先に触れたハロッドの仮説が現実味を帯びているようにも思われてきます。少なくとも白川前日銀総裁を任期途中で退任させ安倍首相肝いりで日銀総裁に就任しバズーカとかマイナス金利とかのマスコミにも大きく取り上げられた黒田総裁の金融政策ですが任期中には2%の物価目標は達成が困難な見通しになったと言えそうです。二千十七年九月二十五日には安倍首相が衆議院の解散の方針を表明しましたが、その中で二千二十年に消費税を10%に増税することに関して、引き上げ分の2%の五分の四の四兆円を国の債務返済に充てる方針だったものを二兆円は子育てなどの社会保障費に振り向けると方針を変更する旨を表明しました。そのため二千二十年度に国の基礎的財政収支(PB:プライマリーバランス)の黒字化という国際公約も変更されざるを得ない状態になりました。年に十兆円ずつ返済しても百年以上かかる日本の借金の返済は更に長引くことにもなります。二千十七年十一月二十八日の読売オンラインの記事に載った日本の民間企業の勤労者の二千十六年時点での年収別分布のグラフでは二百万円以下が千百万人強で最多、二百万円から三百万円が八百万人ほど、三百万円から四百万円までが九百万人弱、四百万円から五百万円までが七百万人強、五百万円から六百万円までが六百万人弱、六百万円から七百万円以下が三百万人強、七百万円から八百万円までが三百万人弱、八百万円から九百万円までが二百万人弱、九百万円から一千万円までが百万人ほど、一千万円以上が三百万人弱と読み取れます。一千万円以上の階層には年収百億円以上の人も含まれていることでしょう。最多の所得階層である二百万円以下の部分は非正規雇用の人達が多いのかと推測されます。これらの所得階層の構造を見たとき、どのように税制や社会保障の制度を組むかはきわめて重要だと言えるでしょう。上のデータは国税庁のもので自分が含まれている所得階層はどのような状態かは誰にとっても関心事なのかも知れませんが、それ以外に政策立案の関係するわけではない一般人でもどのような制度や社会になるべきなのかを考える予備知識として知っておいてもいいことのようにも思えます。 このような日本の消費構造ですが、二千十八年六月末から七月初めにかけて起きた九州・西日本豪雨被害は、多県にまたがる広域が被害を受け回復しかけていた日本の個人消費にも水を差す結果にもなりかねない大規模災害となりました。個々人の所得も上昇し殊に派遣で働く非正規の人たちにとって重要な最低賃金は二千十八年七月二十五日の読売新聞夕刊の記事によると二千十八年度は全国平均で時給26円と最大の引き上げとされ、個人消費も幾分回復しかけてきたとはいってもこのような自然災害を目の当たりにしたとき誰しもが自分の地域でも何かが起きかねないという警戒心が生まれ、安全のためにも消費よりもいざというときに備えて貯蓄をしておくという行動になるのはうなずけることです。復興需要は生まれたとしても日本全体で見た時には警戒心を持った個々人の行動の穴埋めにもならないかもしれません。個人消費が落ち込むようなことがあると、それまでにすでに二年半延期されて二千十九年十月に予定されている消費税率10%への引き上げにも影響してくることも考えられます。豪雨被害後の日本の気象は西日本のみならず東日本までもが記録的な猛暑になっているのでエアコンなどの販売台数は伸びたりすることがあったとしても、一年三〜四か月後の消費税引き上げ時期にまで消費が堅調に推移するかどうかは定かではありません。二千十八年は冬も記録的な寒さの冬だったので暖房器具などの販売は伸びていたはずですが個人消費は目標の水準には到達していませんでした。すなわち2%の物価目標は実現できていなかったのです。黒田日銀総裁は総裁就任当初は物価目標2%を2年で実現することを予定していましたが、それは5年経った二千十八年でも実現できておらずさらに先に延ばされることになっています。そればかりか日本の自然災害は九月四日の台風21号によって高潮被害が生まれ関西国際空港の離着陸場が浸水しただけでなく連絡橋にタンカーが接触し空港が閉鎖となったり、その台風が北海道まで北上して熱帯低気圧に変わった次の日には北海道胆振で起きた地震で厚真町で震度7を記録し道全域が停電(ブラックアウト)となって新千歳空港なども運航停止になっただけでなく全道の鉄道が運休になるなど大災害が立て続けに起きています。北海道の地震はのちに「北海道胆振東部地震」と命名されましたが、激甚災害が適用されるような自然災害が日本では連続しています。それは二千十九年度においても変わらず、台風15号、19号と首都圏近郊に大きな被害を与えたりする自然災害が出ています。そして二千十九年十月には消費税率が8%から10%に引き上げられました。消費税の引き上げに関して安倍首相は「リーマンショックのような大きな動きがない限り消費税は引き上げる」と述べていましたが、二千二十年に入って中国の武漢を発生源とする新型コロナウイルスの問題が出て二千二十年三月十二日にはWHOがパンデミックと正式に発表するなど大きな動きになりました。日本の株価はバブル経済崩壊の時のように大きな下落を記録しています。リーマンショック級の経済変動が消費税を引き上げてからわずか半年にも満たない時点で起きたわけです。この二つの出来事の順序が逆だったら二つのうちの一つである消費税率アップはなかったことでしょう。そしてこのコロナウイルスの影響はアジアのみならずヨーロッパ・アメリカと地球規模の感染拡大となり、アメリカのニューヨークダウは三月二十日までの一週間で四千ドルの下げを記録し各国も大きな株価の下落を経験する事態となりました。株価下落の背景にはコロナウイルスの伝播を警戒して各国が人の移動を制限せざるを得なくなったことがあります。すなわち渡航や入国の制限です。あたかもアルベール・カミュが描いた『ペスト』の都市封鎖のような状況が生み出されてしまいました。「不条理」です。カミュの小説は14-15世紀に起きた世界的流行時には三人に一人が死亡するという当時の世界人口四億五千万人が三億五千万人へと減少するほどの猛威をふるったとされる疫病をヒントにしたものです。この本の解説には「対ナチス闘争での体験を寓意的に描きこみ圧倒的共感を呼んだ」とあります。時代背景は異なりますが二千二十年に起きた新型コロナウイルスの特徴は、それ以前に起きていたサーズ、マーズなどの感染症に比べ感染力が非常に強く爆発的に感染者数が増えることです。そのため震源地となった中国の武漢は都市を丸ごと隔離する事態となりましたし、日本では感染者が出たクルーズ船ダイアモンド・プリンセスを丸々隔離となってしまいました。このような事態が起きて中国・日本・ヨーロッパのイタリアも部分的に地域を限って封鎖するということにもなりました。フランス・ドイツ・イギリスに遅れることになっていたアメリカでは三月二十一日の読売新聞夕刊では[トランプ相場帳消し]との文字が紙面に記されています。トランプ大統領が就任して以来アメリカは経済的に登り調子と言える経済状態でしたが一週間で四千ドルの株価下落でその流れが急変したといえるのです。それは日本のアベノミクスにも影響して、二万三千円前後だった日経平均は一万六千円ほどになってしまったりしています。アベノミクス相場も帳消しになりかねない事態です。ちょっと前まで話題になったバブリーな風潮も急転直下の冷え込みになったといえるでしょう。日本を観光立国にするために年間四千万人の海外旅行者を受け入れるとの目標も、海外から来る人に入国を控えてもらわざるを得ないようなことになっています。海外からの観光客の呼び込みの大きな目玉であった2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会も二千二十年三月二十五日には一年ほど延期して二千二十一年の七月二十三日に開催することが決定し政府の目算は大きく外れる結果になりました。しかし、たとえ一年延期しても日本を含む世界のウイルス感染状況が好転しているかどうかはこの時点では見通せないといってよいでしょう。 経済学の分野では資本主義社会の景気変動が引き起こされる原因としてマルクスは二部門分割による不均衡発展を考え、その後シュンペーターは技術革新に答えを求めましたが、景気変動を引き起こす要因はそれだけでなくコロナウイルスのパンデミックなども十分にその原因になりうることを示しているといえるのかもしれません。またそれは資本主義にだけ特徴があるわけでもなく共産党一党独裁である中国が発症の震源地になって起こったことを見れば資本主義あるいは共産主義であっても同じく経済変動を引き起こすといってもいいでしょう。日本の戦後最も長い景気拡大局面も二千二十年四月一日には「景況感七年ぶりにマイナス」との表題で読売新聞夕刊に記載されています。エイズやインフルエンザあるいはエボラ出血熱などもその中に含まれているいわゆる感染症などによっても経済は大きく変動することは認められるといえるでしょう。先に触れた十四世紀から十五世紀にかけてヨーロッパを中心に猛威を振るったペストは、世界の総人口の三分の一が死に至ったとされるので、人口の急激な減少が原因の大きな経済変動を経験したといえるのでしょうが、当時は現在ほど充実した経済的な記録が残されていないだけなのかもしれません。二千二十年の新型コロナウイルスの影響も日本のみならず世界の経済にも大きな影響を与え経済変動を引き起こすことは確かです。国連のグテーレス事務総長は「第二次大戦以後における最大の危機」と述べていますが、第二次大戦においても日本を含めて世界経済は大きく変動もしていました。日本の場合は日本が戦争に敗れた千九百四十五年の日本の経済データが途切れてしまっています。データを収集することなど到底不可能と言える社会状況であったと考えられます。ペストや世界大戦に比べればこの時点での新型コロナウイルスによる社会の動きはまだ余地がある状態と言えるのかもしれません。当時からすれば科学は進歩し情報は新聞・ラジオ・テレビ・電話だけでなくインターネットを介するいわゆホームページやSNSも普及しているからですし、日本では国民の教育水準もかつてないほどの高学歴の社会になっています。ですがこの時点でのコロナウイルスの問題は決して小さな出来事ではないのは事実です。政府は経済対策として百八兆円を打ち出しています。これほど大きな経済対策は過去になく、ペストなどを経験したことにない日本にとっては初めての感染症を起源とする経済変動に対する対策だといえます。ただ、国難という言葉が聞かれるような大きな苦難を経験せざるを得ない中でも、それに対抗するような技術革新や新しいアイデアが生まれてくるかもしれません。医療用の機材その中には医療向けのAI機器や新しい医薬品をはじめ、感染力の強い菌を体内に持った人の搬送用の車、家屋の消毒などの家庭用資材など思わぬところから新たなアイデアが生み出されてくる可能性はあります。それはモノの面だけではなく社会制度や自分たちの暮らし方や行動様式などの面からも新しい生き方が求められてくる部分もあるかと思います。「働き方改革」や「ワーク・ライフバランス」などが唱えられる中で起きたコロナウイルスの問題で、好むと好まざるとにかかわらず嫌でも改革を取り入れなければならない条件のもとに追い込まれた格好です。それは当然企業の仕事の仕方、例えばパソコンでのテレワーク(英語圏ではリモートワークが一般的な呼び名でしたがテレワークという言葉も英語圏でも見られるようになりました)や在宅ワークまたテレビ会議やWeb会議など、既にこれまで存在はしていたが日本ではあまり利用されずにいたいくつかのパソコンの機能の活用などがこのコロナウイルスの蔓延を機に広く普及する場合も考えらるでしょう。確かに会社の業務はパソコンでできるものばかりではないのでしょうが、パソコンだけで済むものならばその部分の仕事は在宅でもできるといえるでしょう。ある意味でそれらはそれまで小規模自営業者が行っていたSOHO(Small Office & Home Office)のような働き方ともいえます。ただ、テレワークなどを導入する割合が高いのは大企業で中小企業の割合は低いといわれています。もしそれが事実であれば中小企業の経営者に頭を切り変えてもらう必要も出てくるでしょう。テレワークが最初に行われたのは歴史的に見れば千九百六十年代末のアメリカのカルフォルニア州においてだといえます。当時は車の排気ガスなどによる大気汚染が深刻な社会問題となっていて、企業は車で会社にやってくる必要をなくすため自動車通勤の社員の自宅近くのオフィスで仕事ができるよう体制を整えたりしました。サテライトオフィスというものでしょう。五十年ほど前のアメリカでの動きのようなものが二千二十年の日本で起きているともいえそうです。それ以外には現在ではシェアオフィスもあります。大気汚染は当時の日本でもひどく、東京や神奈川県の川崎市などの大気は汚れていてビルなどがかすんで見えるような状態でした。そのため小児の病気とされる川崎富作医師が発見したので「川崎病」と呼ばれている病気を大気汚染が深刻だった神奈川県の川崎市におけるぜんそくなどの公害病と勘違いする人も私を含めてかなりいました。そして当時の通信手段などは電話とファックスあるいは無線で今のようにインターネットは一般には普及していない時代でした。千九百六十八年十月十一日のアポロ宇宙船の月面着陸時点ではNASAの指令室には多くのパソコンが投入されていましたが通信手段は無線のようでした。当時はオフィス・コンピューター(オフコン)は日本の企業にもあったとはいえインターネットのようなものはありませんでした。しかし現在の日本においては駅の周辺にレンタルオフィスなどが存在しているところもあるので、日本の場合にはかつてのカリフォルニア州と同じようにそれらを使うことも可能でしょう。ついでに付け足せば、大気汚染がひどかったカリフォルニア州は全米一厳しい車の排ガス規制を実施しましたが、その規制を世界で最初にクリアーしたのは日本の自動車メーカーのホンダだったことは多くの日本人の知るところでもありました。そのようにこの時点でのコロナウイルスによって苦境に陥ったなかで、苦し紛れにでも苦境を脱する新たなアイデアなどが生み出されてくることを願うのみです。 このようなコロナウイルスの蔓延を避けるために、政府や東京都は「県境を越えての人の移動を避けるように」との意向を表明していますが、首都圏と呼ばれる六県から東京への移動人口は一日当たり神奈川県が106.9万人、埼玉県が93.6万人、千葉県が71.7万人、茨城県は6.7万人、栃木県は1.7万人、群馬県が1.4万人ほどとなっています。これは二千二十年三月二十六日の読売新聞夕刊に載っている記事ですがそれらを合計すると282万人となります。他県から東京へ入ってくる一日当たりの人数は通勤や通学によるものが多いのでしょうが、これらの移動人口の割合は東京都の人口千三百九十三万人の二十%強ほどということになります。このような日本は東京一極集中の姿に見えますが、アメリカの場合は最も大きな経済規模の地方行政府はカリフォルニア州、それ以外にはニューヨーク州、シカゴがあるイリノイ州などいくつかの経済的に重要な行政府が存在しています。しかしそのアメリカも二千二十年五月にはコロナウイルスによる死者数がベトナム戦争の死者数を超え、二千二十年四月の失業率は14.7%と第二次大戦後最悪となり非農業部門の失業者数は二千五十万人と報道されました。このような経済状況はリーマンショックを超え千九百二十九年のブラックチューズデーを発端にした大恐慌以来の状態と言えるかもしれません。というのも二十世紀最悪の感染症とされるスペイン風邪は千九百十八年前後のことで大恐慌以前のことだったからです。また大恐慌によって世界経済は大きく落ち込み、日本では娘を身売りさせなければ家計が持たないといった条件まであったようです。大恐慌を遠因として日本はその後第二次大戦にまで突き進むことになってしまった面もあります。この時点でのコロナウイルスによる世界経済の落ち込みによって、後々世界が武力に訴えるような事態に繋がらないことを祈らざるを得ません。一方日本では二千二十年の地価公示価格で銀座鳩居堂前の地価はバブル経済時を超える高値とされていましたが、コロナの問題でその数字も幾分修正されそうです。日銀の超金融緩和の影響で2%の物価目標は達成できていない状況の中で地価だけが大きく上昇するという、いわゆるミニバブルもコロナの影響でバブル崩壊が起きてもおかしくない状態です。ちなみに銀座鳩居堂前は東京都中央区銀座5-7-4で二千十七年に一平方メートル当たり4432万円で二千十九年度の地価は4560万円で十七年の1.0288倍となっています。またこれはその近くの銀座2-3-18の地価は単位面積が異なるのかもしれませんが2016年:3,890,000円、2017年:4,660,000円、2018年:5,250,000円、2019年:5,720,000円、2020年:6,080,000円とされています。五年間で地価は1.56倍ほどまでに上昇し年率では8%強の上昇率で推移してきていたわけです。それに対し個人消費の方は総務省の発表では二千二十年五月の家計調査で消費支出は前年比16.25減として落ち込み幅は二千一年以来最大とされました。しかも消費支出の二けたの減少は二か月連続とされます。一般の消費がこのような状態の中で銀座の地価だけが上昇するとしたら、これは日銀の超金融緩和の金融相場によって作り出されたバブルと言ってもいいものでしょう。また株価の方も七千円台にまで落ち込んでいた日経平均株価も二千二十一年ころには二万七千円台にまで回復しています。そして"withコロナ"の時代のコロナ後の世界経済の再始動による経済活動の回復やエネルギー価格の高騰、二十二年二月二十四日からのロシアのウクライナ侵攻による食料品の高騰、それに日銀の金融緩和政策も相まって二千二十二年八月には日本の物価上昇率は千九百九十二年以来の2.6%となりました。日銀が目標とするインフレ率は2%ですので、その目標はクリアーしていると言えます。しかし九十二年と言えば、日本はバブル経済の渦中にあり土地が最高値を記録していた年でした。そのため賃金も上昇していたのでインフレもそれほど問題はありませんでしたが、二千二十二年の物価上昇は日本の経済が活況にある中でのものではなく、主に外部要因すなわち世界情勢の中で起きてきている物価上昇なので、日銀は金融緩和を行うことがその金利差から円安を生みそれが物価上昇の一因にもなっているとは言っても、金融引き締めには舵を切れない状態にあります。すなわちバブル経済当時は経済が活況で物価の上昇分を賃金の上昇で補えていましたが、この時点での日本経済の状態は低迷していて賃金が伸びず物価上昇が直接生活に響いてしまう訳でバブルの時とではあまりに違いが大きいのです。脱デフレの目的で緩和してきた金融分野だったことが、経済が活性化する以前の段階で外部的要因からインフレを迎えてしまい、日銀としてはどちらにかじを切っても問題が出る立場に置かれてしまったといった状態です。一つ間違えば日本の経済状態は「景気後退・失業・インフレ」という三重苦のスタグフレーションに陥ることも考えられます。
このような状況に対し何が問題になるのかというと、経済の落ち込みに対する対策として一般に考えられるのは金融政策と財政政策です。上に述べた金融緩和は景気の下支えをすることは確かではあっても、その副産物として土地や建物などの不動産や株価の上昇などの資産インフレを生み出します。資産インフレは持てる者と持たざる者との経済格差の拡大を引き起こすと言っていいでしょう。もう一つの財政出動は、いわゆるケインズの不況の処方箋である公共投資ですが、この時点の日本の財政状態は極度に悪化しているのでその政策を採ることができません。財政に負担をかけず金融緩和によって生み出される経済格差の拡大を是正し、しかも経済的に活力を生み出す方法は何かということになってきます。私は高額所得者への所得税増税分を消費性向の高い低所得層へ所得移転させ、個人消費を活性化させることで経済格差拡大の是正と財政悪化の回避、そして景気の活性化を実現したらどうかと思います。しかし安倍内閣当時の麻生財務大臣は「ユダヤ人の金持ちに日本に来てもらうために所得税の最高税率の引き下げをしてはどうか?」との趣旨のことを述べていました。このようなことを各国が行おうとすれば、所得税の最高税率の引き下げ競争が国際的に起きてきます。これに近いことは法人税の分野で実際に起きていました。各国が自国への企業進出を促すために法人税を低く抑える企業の誘致合戦すなわち法人税の引き下げ競争が起きてもいました。これに是正の方策を行ったのがアメリカのバイデン政権が提案したそれ以上は法人税を引き下げないという最低税率の国際的な導入です。それと同じように、所得税の最低税率の国際的基準のようなものを作る必要もあるかもしてません。高額所得者すなわち富裕層は高い所得税率を嫌って所得税率の低い国へ移住することも考えられるからです。しかし所得税の最低税率を国際間で取り決めておけば、どこの国に移住しても最低限これだけの所得税は払わざるを得ませんよということになります。またバイデン大統領はコロナ禍を超えた2021年度の予算で大幅な財政出動を行う方向を示しましたが、それは大企業と富裕層の負担で行うという方針のようです。しかし日本の菅政権以後の自民党総裁選で行われる議論では財政出動の話も出てはいてもその財源は国債の発行によるという話ばかりです。高額所得者などへの課税強化で行おうなどと言う話は全く出てきません。二千十八年から世界を覆った新型コロナのパンデミックの時期に、それが数年続いた間だけでもマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏やアマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏など世界の富豪トップ10の資産は二倍になったと言われています。ビル・ゲイツ氏は「高額所得者への課税を強化すべきだ」と言っています。ビル・ゲイツ氏以外にも何人かの金持ちがもっと我々から税金を取れというほどにアメリカの金持ちは金持ちだということのようです。 |
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