| ネット時代の資本主義と共産主義 | ||||
| リナックス関連
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![]() 写真のタイトル これまでの冷戦の時代には、世界は資本主義と共産主義という二つの経済体制に二分されていました。資本主義は私有財産制度を根幹とする経済で、もう一つの共産主義は私的財産の所有を否定した共有財産あるいは国家所有の経済的制度でした。この二つの経済圏のせめぎ合いの中で日本の戦後といわれる時代は過ぎて行きましたが、九十年には実質的に冷戦の終焉の時期を迎え、最大の人口を抱える中国が唯一共産主義国としての大国であるだけになりました。 日本では九十五年から本格化し始めたインターネットにも、資本主義的な勢力と共産主義的な勢力とのせめぎ合いが生まれ出ようとしています。情報化社会の中でパソコンを作動させる上で重要な役割を果たすオペレーションソフト(OS)であるウインドウズに対して リナックスが登場したからです。 インターネットの元々の開発は、六十九年からアメリカの国防省で数台のコンピューターを接続して通信をし合うことから始められたと言われます。冷戦時代にソ連の核攻撃によって通信手段が破壊された場合に、どこかのルートから通信を維持することが可能にできないかと言うことからワールド・ワイド・ウエブ(世界の網)という発想が生まれたわけです。網のどこかが破れても網を形成する他のルートをたどることによって網の他の位置にたどり着けるという考え方のものでした。そのため利点もあるのですが、ハッカーなどもどこからでも入り込めるという弱点もあるというわけです。 このように開発された通信手段は、最初はアメリカの大学の学者達の間で知識や情報のやりとりをする手段として利用されていました。大学の学者達は知的な創造をすることがその使命であり、自分の創造した知識を他の学者に伝えても、他の学者はそれをヒントにしてさらによい知識を創造して自分に返してきてくれる場合もあります。すなわち学者達の間には知的創造を行って人類の知識の量を増やすという共同の目的 と暗黙の了解があるわけです。ですからこの時点では学者達は自分の著作権をそれほど主張することがありませんでした。知識の共有化あるいは情報の共有化がお互いの利害なしに成立していたわけです。すなわち知識や情報に関しては共産主義的な状況だったわけです。 その後世界情勢の変化に伴って、軍事戦略的に非常に重要な意味合いで開発されたインターネットも商業利用に開放されるようになりました。インターネットのホームページが著作権の問題として立ち現れてきたのはまさにこの時期でもありました。またオペレーションソフトのウインドウズをインストールするときにも著作権の規約に同意するかしないかを求められるのはみなさんご存じの通りです。 ウインドウズ3.0(ウインドウズ95の前のバージョン)以前に、日本では東京大学の坂村健さんがTronというOSを開発し、そのプログラムを無償で全世界に公開しました。Tron計画も立てられ日本の学校に導入される予定だったのですが、折しも日本の自動車の輸出攻勢による日米経済摩擦が激しくなっていた時期で、アメリカからのクレームで立ち消えになりました。千九百八十年代のことでした。ある意味ではこのTronも共産主義的な発想といえるでしょう。そして経済的な利害によって日米貿易摩擦の生け贄にされたといえます。 すなわち日本が自動車の輸出攻勢を行うならアメリカは知的財産の保護を行うことで情報通信の分野では日本には譲歩しないという政策が採られた結果でした。 もしその時点で日本が自動車輸出による大幅な貿易黒字を生み出していなかったなら、今頃はWindowsではなくTronが世界のパソコンの標準的OSになっていたかも知れません。
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人の作り出したアイデアや知識を安い費用で手に入れてそれを元にして製品を作りアイデアや知識を創りだしていた人の元へかなりの値段で売りつけようとすれば、知識やアイデアを作った人としては間尺に合わない気にさせられます。それをやっていたのが日本でした。日本はアメリカが生み出した知識やアイデアを元にして製品を作りアメリカに売り込んで多額の貿易黒字を作り出してしまったので、アメリカのレーガン政権は特許や著作権などの知的所有権の権利を強く主張するようになりました。ウインドウズはまさにこの流れに乗って大成功した商品ともいえます。これは資本主義的に大成功したソフトであるといえます。
この点だけで言えばTronもいくつものウインドウで操作するOSだったので、ウインドウズの方がそのアイデアをただ取りして多額の利益をマイクロソフトがせしめたといえます。自動車による貿易摩擦のためにTronは生け贄にされる運命をたどらされました。 ウインドウズの台頭に対し北欧の一学生すなわちフィンランドのヘルシンキ大学の学生だったリーナス・トーバルズが自分の作ったオペレーションソフトのプログラムを半分趣味でインターネットに発表し、誰でもそれを改作して無料で使ってもよいということを始めました。 千九百九十一年のことです。これがリナックスの始まりだといわれますが、プログラミングなど余り詳しくない私などよりもリナックスやTronあるいはウインドウズに関して遙かに詳しい方は大勢おられると思うので、そのことはここまでにします。 ここで問題にするのはウインドウズのようにプログラムが外部の人間には見えないようにされていて、それを購入して著作権に同意しないと使えないものと、プログラムが一般に公開されていて、誰もがそれを無料で使えまた改作でき、そのようにして改善したプログラムを再びリナックスの元へと還元して行くという、いわゆるオープンソースといわれるものです。ウインドウズの世界が資本主義的な世界だとすればToronやリナックスの世界は共産主義的な世界だといえます。 「資本主義の世界の私有財産制の下にある財産は分ければ分けるほど減るが、情報や知識は分ければ分けるほど増える。情報化社会は私有財産制で成り立っている我々の資本主義社会の考え方を変える可能性がある」とは川勝平太氏の指摘しているところです。 日本のIT戦略として「知識創発社会」という言葉が生み出されました。日本が高度情報化社会に突入する上での目標とされるものでしょうが、知識にはコンピュータープログラムばかりではなく数学や物理学、化学、工学、 生物学、医学、法学、社会科学、文学、心理学、歴史学、天文学など様々な分野がこれまでにも存在してきました。これまで書き記してきたものはコンピューター分野における資本主義的な要素と共産主義的な要素ですが、それはすべての科学分野にも当てはまるのではないのでしょうか。誰かが考え出した数学のある重要な公式を利用するのにも莫大な使用料を支払わなければ使えないものだったとしたら、現代科学はこれほど急速に発展することはできなかったはずです。 自分にとって必要な知識や情報が安く手にはいることに越したことはありません。そして受け手であった人が情報や知識の発信者に変わって行くならそれに越したことはありません。しかし他の人が創った知識や情報を利用して自分だけで金儲けをされたのでは、 開発した成果を無料で提供した人にとってはたまったものではありません。 リナックスはアメリカのNASAも利用していますし多くのサーバー管理者たちも利用しています。Tronは携帯電話や自動車の燃料噴射制御にも利用されているようです。このような情勢を受けてウインドウズの販売元のマイクロソフト社も自社のソフトの一部をオープンソースにせざるを得なくなりました。果たして我々の社会は 、優れたアイデアを無償で提供したような人を無償で提供しているがゆえに食べても行かれない立場に追いやったりすることが社会的な利益になるのかどうか、あるいは人のアイデアをただで使って自分だけの金儲けで喜んでいて良いのかどうかなのです。 皆さんは、インターネット時代のこんな問題をどのように考えられるでしょうか? すなわち、どのような人がどのような待遇を受けることが人間の社会においては妥当なのかと言うことをです。 |
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