ポートフォリオ理論と遷都論

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 経済理論の中に「ポートフォリオ理論」というものがあります。資産運用の理論で、'60年代にこの理論を作ったハロー・マーコビッツという人は'90年にノーベル経済学賞を受賞し その後では東京大学でも一年間学生を教えたりしています。それは「卵を全て一つの皿には盛るな」と言うヨーロッパのことわざを数理的に経済学の分野で表したものとも言えます。卵を全て一つの皿に盛ってしまった場合、その皿を落としでもしたら卵は全部だめになってしまいます。そのためいくつかの皿に卵を分散させておいておく方が安全だということです。バブル経済崩壊後の金融危機の中で銀行が統合されたりつぶれたりする時代を日本は迎えましたが、そのような状況の中では「自分の退職金を全て一つの銀行に預け入れたりはしないように。いくつかの銀行に分散させて預け入れておいた方が安全だから。」と言うアドバイスを受けたら、多くの人々にはもっともなことだと納得してもらえることでしょう。 ペイオフが解禁されて個人預金の保護の上限が一銀行の預金量一千万円までにされる中では、例えば三千万円の退職金を金利が高いからといって一つの銀行だけに預けたりしてその銀行が倒産すれば二千万円は失わざるを得なくなりますが、 金利は安いが三つの銀行に一千万円づつ預け入れておけばどの銀行がつぶれても三千万円はそっくり保護されて手元に残るからです。 金利の高い銀行に二千万円預けて金利の安い銀行に一千万円預けるという方法もあるでしょう。その場合には金利の高い銀行がつぶれても二千万円は手元に残ることになります。 金利の高い銀行へ一千万円預けて、他の二千万円は一千万円ずつ金利の安い二つの銀行へ預けるのが安全性と利益から考えれば最も賢い預け方といえるかも知れません。個人資産の運用方法にしても「五割はすぐに引き出せるような普通預金、三割は金利の高い預貯金、そして一割くらいはハイリスク・ハイリターンの株式などに振り分けておくといい」などとの言われ方をします。安全性と利益の兼ね合いをどのように配分するかを示した考えです。このようにポートフォリオをどのように組むのかは、個人資産の場合にはその人の年齢や所得、保有資産全体の大きさ、家族構成などさまざまな要素によって組み方も変わってくるので、全ての人が同じポートフォリオの構成になるわけでもないようです。

 この経済理論が示す利益と安全性(リスク回避言い換えればリスクの分散)の兼ね合いをどのようにするのかというテーマは、日本の国土計画にも考慮されていいのではないかと思います。試しに日本の東京の皇居周辺の地図を開いてみてください。そこには国会議事堂、官庁の建物、大使館、最高裁判所、 新聞、テレビ、ラジオ、各雑誌社などの多くのマスコミの建物、大手銀行の本店、日本の主要企業の本社 (日本の上場企業の四割が東京に本社を置いているとされています:2006年11月20日NHK放送大学『人文地理学[都市システム]』より)、大手出版社、警察庁、国会図書館、兜町、研究教育を受け持つ有名大学 また大手広告代理店など日本の主要な機関が密集しています。それ以外にも国立のスポーツ施設や文化施設そして国の資金で作られた営団地下鉄なども東京に集中されています。 日本放送の買収で注目を集めたライブドアやプロ野球球団買収で話題を作った楽天など勝ち組と言われるITビジネスの企業も東京の港区の六本木ヒルズのビルに入っています。 またIT業界最大手のソフトバンクも本社は東京都港区です。 情報通信事業は距離的な隔たりを解消して地理的な距離の壁をなくしてくれる画期的な発明によるビジネスだと思えますが、その産業までもが東京を拠点にするというのはどういう事なのかです。 世界最大のIT企業といえるアメリカのマイクロソフト社本社はワシントン州シアトルすなわち西海岸なのです。 ライブドアの堀江元社長は東京大学中退、楽天の三木谷社長は東京にある一橋大学からハーバード大学、ソフトバンクの孫正義社長は久留米大学中退からカリフォルニア大学ですが、それらは皆東京に本社があるのに対し、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長はアメリカ東海岸のハーバード大学 ロースクール中退であるにもかかわらず本社は自分の生まれ故郷である西海岸のシアトルと、日本のIT企業の社長の出生地や経歴と地理的関係で比べると対照的です。 ビル・ゲイツは自分の古里に自分の会社の本社を作っているわけです。 地方出身の優秀な人材が再び地方に還元されるなら日本の構造も大きく変わる可能性があります。 なぜなら地方出身者は地方に住む親が学費や生活費を工面して自分の子供を東京の大学へ通わせてもいたからです。ですが日本のIT業界の社長は出身大学が東京である場合には自分自身は東京が自分の古里というわけでないにもかかわらず東京以外の地に本社を置こうとしないのです。距離的な問題がないならどこでビジネスをしてもいいはずなのですが日本の場合は東京ばかりにIT産業も集まっているのが実情です。比較的新しい産業分野であるIT企業の創業者たちは一般大企業の経営者よりも比較的に若い世代です。しかし結局は東京を本拠地にして活動する行動様式は旧来からの踏襲でしかなくそこに新鮮さはありません。 東京へ出ないと新しいことにチャレンジできないという発想それ自体は案外古いようにも私には思えてしまうのです。 年配の企業経営者も若い世代の企業経営者も東京でばかり活動したがります。 これまでの日本では「失敗した田舎に帰れ」といったいわゆる都落ちの感覚でしたが、これからの日本に必要なのは「成功した田舎に帰れ」と言うことのようです。東京が事業を行う上で最良の場所とされるようになったのは大正以後だとしても、二千五年時点では大正元年からすれば九十四年間も変わることなく継続している古いシステムだからです。 大正十年代には東京の人口は六百万に達し世界三大都市の一つになっていたとも言われます。また何でも東京へ集めるのは参勤交代で全国の武士を江戸詰めにした徳川の幕藩体制から続くことです。すなわち四百年も続いている恐ろしく古いシステムの中で今なを動いているということなのです。したがってこれほど多くの機能が集まってしまっているので、当然東京都内には日本の優秀で有能な人材達も集中されてるわけです。「ポートフォリオの専門家達は全て東京に集められている」と言うのだったらそれはポートフォリオの基本的な考え方と矛盾してしまう訳ですが、日本という国に打撃を加えようとする集団や国が存在した場合には皇居に照準を合わせればよいわけです。ミサイルなどの照準を皇居に合わせて発射して見事に命中すれば日本全国がたちまち機能麻痺に陥ることは明らかです。すなわち日本は瞬時にして半身不随くらいの状態に陥ることでしょう。当然優秀な頭脳の日本の人材たちも一瞬にして大量に失われる可能性が高いわけです。 アメリカの9/11テロの折にはチェイニー副大統領はブッシュ大統領とは地理的に離れた場所に待機していて、その場所を田中真紀子外務大臣がうかつにもマスコミの前で公表したことが問題とされました。副大統領の居場所は極秘事項だったからですが、大統領と副大統領が同じ場所にいてテロに巻き込まれればアメリカの指揮命令形といに空白が生まれてしまいます。それを避けるために大統領と副大統領とは別の場所にいたわけです。危機に対処する上では当然と言える行動です。しかし日本の状況はいつもみんな仲良く同じ場所にいたがるのです。また日本がかつてほどの勢いがなくなりかけているとは言っても依然世界第二位の経済大国であることを考えれば、その影響は世界経済を震撼させることとてあるでしょう。そればかりでなく、東京には他の道府県よりも人口に占める高額所得者の割合が集中してます。その割合が最も低い鳥取県や島根県とは段違いです。人口比率で見た場合の三千万円以上の高額所得者は二位の神奈川県と比べても大きく上回り、一千万円以上の高額所得者の人口に占める割合も高いのです。ちなみに読売新聞に載った二千二年度の高額所得者番付けの上位五十人中二十三人は東京都在住者が占めています。しかもこれを上位百人で見ると実に五十六人が東京都在住です。日本の総人口の約四割は首都圏に住むと言われますが、東京以外の首都圏すなわち群馬、埼玉、栃木、茨城、千葉、神奈川の各県に住む高額所得者はトップ五十人の中に五人いるだけで、五十一位から百位までの中はゼロです。すなわち百位以内に位置する人は五人だけと言うことです。 このことは二千三年度の高額納税者番付けにおいても余り変わりません。二千三年度では、上位五十人中二十六人が東京都在住、上位百人では五十四人が東京都在住者と、東京が五十%以上を占めています。東京都を除く関東六県は上位五十人中では四人でしかなく、上位百人では三人増えて七人でしかありません。 二千四年度では高額納税者上位五十人のうち東京都在住者は二十七人、上位百人では五十四人となっています。二千四年度高額納税者のトップは三十七億円の所得税を払った投資顧問会社の運用部長のサラリーマンで、所得は百億円を超えるだろうと言うことですが、サラリーマンが高額納税者となったのは初めてと話題になりました。 個人情報保護法が施行されたために二千五年度分からはこのような長者番付は発表されなくなりましたが、実態が大きく変わると言うことはないと言えるでしょう。 『日本国勢図会』によれば東京を100とした場合の一人あたり県民所得も、他の道府県で九十年度で100に達する道府県は一つもなく東京都民の所得が最高です。 最低の沖縄県は44.3にしか過ぎません。一人あたり県民所得は東京都が九十三年時点で四百三十七万八千円、二位の大阪は三百三十一万二千円、最下位の沖縄は百九十万二千円 で全国平均が二百八十六万四千円です。二千年時点では 一位東京が四百三十六万五千円、二位大阪が三百三十万三千円、最下位の沖縄は二百十二万五千円、県民一人あたりの平均個人所得は一位東京が三百七十六万七千円、二位神奈川が三百二十四万四千円、三位埼玉が三百十八万二千円、四位愛知、五位静岡と続き、最下位の沖縄は百九十三万三千円、その上が青森で二百十二万七千円で、全国平均が二百八十四万七千円です。 内閣府が発表した二千二年度一人当たり県民所得の一覧表が二千五年三月八日に朝日新聞朝刊に掲載されましたが一番高いのは東京都で四百八万円、二位が愛知で三百四十二万一千円、そして静岡、滋賀、千葉、神奈川と続き、所得が最低なのは沖縄の二百三万一千円、次が青森の二百二十一万三千円、そして鹿児島、長崎、高知と続きます。 この一人あたり県民所得の二千五年度の数字は、第一位の東京が四百七十七万八千円、二位の愛知が三百五十二万四千円、三位の静岡が三百五十二万四千円、四位の滋賀が三百二十七万五千円、五位の神奈川が三百二十万四千円などと順次最下位の沖縄の二百二万一千円にまで続きます。二千七年時点での東京都の全産業の平均年収は七百万円ほどといわれます。これは二千八年二月八日の朝日新聞朝刊に載っている数字ですが、九十三年と比べても二千二年度と比べても東京都の一人あたり県民所得は増えていますが、最下位の沖縄は減少してしまっています。従ってこの間は格差は拡大傾向にあるといってもいいようです。記事にも四年連続で格差は拡大しバブル期並であると記載されています。輸出産業のある地域が伸び公共事業に頼る地域が不振とのことです。全国のサラリーマンの平均年収は四百万円でしかない中においてです。 全国平均の中には年収が高い東京都の勤労者も含んでいるわけですから、東京都を除く他の道府県のサラリーマンの平均年収は四百万円よりもさらに低いものであることは確かです。しかも東京都の面積は一都六県の中で最も小さな面積でしかないにもかかわらず世帯あたり家族数は最多ではないにしても世帯数では東京は首都圏の中で最も多いのです。東京都の人口は日本の総人口のほぼ一割で全都道府県の中で最多だとは言っても、高額所得者は上位百人の内の五十%以上を占めるという事実は、日本の経済構造がいかに偏ったものになってしまっているのかを裏付けていると思います。 経済的に成功するにも才覚は必要でしょうが、その才覚を発揮できる場があまりにも東京偏重だと言うことです。しかも東京と言っても面積的には東京都の半分以下の東京23区ばかりに集中し多摩地区などを含む他の地域は東京であっても経済的には低い状態になっています。多くの人が東京と言う言葉を聞いてイメージするのは主に東京23区のことでもあるでしょう。このような東京に経済が一極集中している姿は二十年継続しているという数字が二千十二年一月十二日の朝日新聞朝刊の記事にあります。厚生労働省の賃金構造基本統計調査の速報値によれば二千十一年の都道府県別の所定内給与の平均額は東京が前年より八千百円多い月額で三十七万二千九百円で二十年連続でトップ。最下位の青森は四千三百円少ない月額で二十二万二千二百円とトップと最下位の差は十五万七百円で、前年(の最下位は沖縄)と比べてもその差は九千八百円へと拡大したとあります。地域間格差は是正はされていない姿です。

 日本のこのような東京一極偏重の状態に比べアメリカの場合は経済規模が最も大きい州はカリフォルニアで、カリフォルニア州を一つの国として考えると世界第六位の経済規模になるそうですが、 スタンフォード大学を中心とした産学協同の半導体などハイテクの集積地シリコンバレーそして映画のメッカ・ハリウッドなどはカリフォルニア州 、連邦銀行やニューヨーク株式市場そして国連本部ビルはニューヨーク、穀物市場などはイリノイ州シカゴ、 ホワイトハウスやアメリカ議会そして連邦図書館や最高裁またNASAがある政治の首都のワシントンの行政区はメリーランド州 、第二次大戦の戦没者などが埋葬されているアーリントン国立墓地はワシントンに隣接しているとはいえバージニア州、アメリカでそして世界で最高峰の大学であるハーバード大学そして多くのノーベル賞受賞者を排出しているマサチューセッツ工科大学(MIT)はマサチューセッツ州ボストン、 アインシュタインや日本人初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹博士などが在籍していたプリンストン高等研究所はニューヨークの隣のニュージャージー州、原子力実験場はネヴァダ州、 プリンストン高等研究所の所長だったオッペンハイマー博士が作り原爆の研究開発を行ったロスアラモス研究所があるのはニューメキシコ州、そして多くの金持ちが住んでいたりケネデイ宇宙センターやマイアミビーチがあるのはフロリダ州 、世界にネットワークを張っているテレビメデイアのCNN本社があるのはジョージア州アトランタ、ギャンブルが好きな人が集まるカジノがあるラスベガス(ラスベガスは千九百三十五年に大恐慌復興政策という不況対策による公共工事で作られたフーヴァーダムで有名なフーヴァー大統領の政策の一環であるギャンブル公認によって生まれたと言われます。 フーヴァー大統領の在任期間は千九百二十九年から三十三年で、彼の拡大路線は二十九年の大恐慌によって大きく狂ったためフーヴァーモラトリアムと言われますが、フーヴァー大統領の政策は大恐慌の余波に対する千九百三十三年のフランクリン・ルーズベルト大統領による不況対策であるニューデイール政策 へと引き継がれていったものだったといって良いでしょう。)はネヴァダ州と各機能や人の分布が分散しています。 すなわちアメリカの場合には西海岸と東海岸が経済的に大きな役割を果たしながら北アメリカの中央部は穀倉地帯や石油生産地域という配置になっています。

  ニューヨークとワシントンの地理的距離は東京都心と私が住んでいる神奈川県の平塚市の距離(東京日本橋から60〜70km程)よりももっと離れています。しかし日本の場合は都道府県の中で経済規模が最も大きいのは東京都、証券市場で最大なのも東京証券取引所、 日銀本店も東京日本橋、パソコンの集積基地も東京の秋葉原、国の行政機構や国会議事堂そして首相官邸がある首都も東京都 、日本の最高峰の東京大学もその名の通り東京、国会図書館や最高裁そして国連大学また二千三年に編成が変わり宇宙航空研究開発機構(JAXA)の前の呼び名である宇宙開発事業団(NASDA)も東京、戦没者がまつられている千鳥ヶ淵や靖国神社も東京、 経団連会館も東京都千代田区、また多くの金持ちが住んでいるところも東京都とすべての機能と人が東京という一つの場所すなわち行政区域に集中してしまっています。 アメリカの首都ワシントンにあるのは慰霊の場所としてはベトナム戦争戦没者の五万人以上の名前を刻んだ礎だけです。おまけに東京にカジノを作ろうとかニューヨークで映画のロケーションをするように東京でも映画ロケが出来るようにしようと石原都知事は言い出しています。 しかしアメリカと日本とではいかに条件が違っているかがおわかりになると思います。 石原都知事がいくらアメリカのまねをしようとしても、「何でも東京・みんな東京」という発想はこれまで通りのことで、そのまね方はこれまでの趨勢の追認でありいかにも日本的と言えます。 カジノ一つをとってもアメリカの場合は不毛で何もない砂漠の真ん中に人口都市のラスベガスを作ったと言うことで、 北海道で育った石原氏が所得水準も低いまた失業率も高い北海道の知事になって北海道にカジノ特区を作って北海道経済を浮揚させようと言うのならまだ話として納得も出来ますが、石原都知事はすでに巨大都市になっている東京都内にカジノを作ろうというわけです 。またアメリカでは、インデイアンの居留区にカジノも出来ていますが、それとても大都市の中にインデイアンの居留区が存在しているという訳のものでもないと思います。 石原都知事の発言が注目を集めるのも石原氏が東京都知事だからと言うことだからであって、北海道には石原さんが好む多くの自衛隊員がいるとしても、もし石原氏が北海道知事だったらこれほどには注目もされないのではないのでしょうか。しかもそれ以前にはパリの放射状の道路という街の作りを模して田園調布が作られていましたが、多くの有名人が住む渋沢財閥の発案による田園調布も東京都です。 二千年代に到達した日本にはすでにこれまでアメリカを旅行したりまたビジネスで訪れたりしている多くの日本人が存在すると思うのですが、なぜ日本に帰ってくると日本のこのような状態をそれらの人たちが当たり前であるかのように受け入れてしまうのか私には不思議にも思われるのです。 なぜならアメリカまで行って、あるいは世界の多くの国々を巡り歩いて何を知って帰国したのだろうと言う疑問が生まれるからです。ですがアメリカへ行くような日本人に限ってあるいは世界を駆けめぐる国際はビジネスマンなどほど、日本に帰国すると「東京、東京」になってしまい東京在住者かその近辺に住んでいる人が多いという逆説もあるのかも知れません。 ソフトバンクの孫社長はカリフォルニア大学バークレー校に留学し、楽天の三木谷社長はハーバード大学の留学組ですが、どちらも本拠地は東京だと言うことはその一例です。 世界を意識し、あるいは世界を視野に入れて行動している企業の若い世代経営者なのに考えは意外と日本的で古風に思えます。あるいは何かをするなら東京だと言う発想は老いも若きも同じなのかも知れません。 古式ゆかしい東京主義みたいです。

 東京都内では高層ビル群の建設が盛んで二千三年問題と言われるオフィスの過剰が話題となっていますが、この高層ビル群の林立する部分は日本の国土面積で言えば全体の三千分の一にすぎないものだそうです。東京都内という狭い範囲の中だけでカネが移動してみても日本全体の経済がどうなるというものでもありません。石原東京都知事は政府の地方分権のやり方に抗議して他の道府県と話し合うと述べていますが、二千三年時点でイラク戦争を行ったアメリカがややもすると世界の中での一国主義という国際社会から浮いた存在になりかねないのと同様に、東京都も日本の中での一極主義に陥っていて他の道府県が東京都の言い分ばかり聞き入れるかどうかは疑問です。なぜなら東京都と他の地方自治体である道府県との間には大きな格差が出来てしまっているからです。 二千三年十月三十一日の朝日新聞朝刊には[都道府県別一人あたりの一般財源(収入)の内訳]がグラフになって載っています。それによれば地方交付税交付金に依存せずにやってゆけるのは東京都だけで、他の道府県は自主財源(地方税)だけではやってゆけない状態が示されています。 自主財源が最も大きな割合を占めるのは順に東京都・愛知県・神奈川県・大阪府ですが、逆に自主財源が最も少ないのは高知県・島根県・鳥取県・秋田県の順となっています。東京の場合は地方税が十八・九万円ありますが、最下位の高知県の場合には七・三万円でしかありません。地方交付税は東京都は受け取っていないようですが、最下位の高知県においては二十五・八万円の規模にまでなっています。これらの状態を見たとき東京都の石原都知事が地方分権を唱えてもオーケストラの指揮者だけが高給取りの大金持ちで他のオーケストラの団員すなわち演奏者はたいした給料をもらっていないというのなら、指揮者がいくら指揮棒を振っても演奏者はそれで演奏する気にはなれないという状態も起こります。そして地方の時代も中央の東京からというのも奇異な感じがします。 地方交付税交付金などをもらう必要がない東京都とすれば、交付金を打ち切っての地方の時代が到来しても何も痛手は被らないので地方の時代を叫ぶことも出来ますが、日本の本当に地方と呼んでも良い地域にとっては委譲される税財源と削減される交付金とでどちらが大きな金額になるのか、すなわち地方分権化の時代は自分の自治体にとって有利なことか不利なことなのかと言うことで考えなければならず、必ずしも地方分権化に百パーセント賛成することも出来 ないので、本来地方と呼ばれてもいい首都圏以外の地域からは「地方から国を変える」とか「地方の時代」を唱える地域が生まれては来ないという現実があります。 所得税の一部を地方の税源に当てるにしても、高額所得者が東京に集中していることを見れば、所得税を地方に移転しても東京都だけが格段に有利です。江戸時代末期には群馬などで百姓一揆などが起きましたが、本当に経済的に疲弊していた私が住んでいる平塚などでは一揆は起きませんでした。参勤交代の度毎に農民がかり出されて (参勤交代の折に馬や人手を提供することを助郷と呼ぶそうですが)疲れ切ってしまっていて一揆を起こす余力さえなかったからだと言われます。それと同じように、この時点で「国をこづき回してでも」と言えるのは東京都や首都圏の余力のある自治体でしかないのではないのでしょうか。 国に反旗を掲げるほどの経済的な力がある自治体は日本国内でも少数だと言えるからです。それは何も地方に高速道路を造るべきだと私は述べたいわけではありませんが、この格差は是正されてしかるべきだと思うのです。また二千二年度の一千万円以上の高額所得者は不況の影響で数が減り七万五千四百人だそうです。同じ能力の持ち主でも、首都である巨大都市にいる人間と地方都市にいる人間では所得の面で大きな開きが生まれているという条件的な違いは明らかに日本国内に存在していると言って良いでしょう。 高額所得者の分布の仕方や人口比率が標準偏差から大きく隔たってしまっているからです。従ってそこから言えることは東京都に居住している人だけが格段の能力の持ち主だというわけではなく 、東京という地の利がそうさせている部分が大きいといえると思うのです。 個人消費で見ても日本国内の家電販売額の二割は東京でのことだとされます。東京の人口が日本の総人口の一割であるので人口比の二倍の売上高比といえます。神奈川県民の所得水準にしても、川崎・横浜までの東京に近い地域の方がそれよりも西に位置する県民よりも一段階平均所得の水準が高い形に分布しています。そして所得の格差ほどに全国に分布している日本人の間で本当にそれほどの能力差があるのかどうかは疑問だというのが私の考えです。 同じ能力の持ち主でもその能力を発揮する機会がある地域と能力を発揮するチャンスがない地域があれば、当然の事ながらそこには所得格差が生まれてきてしまうことでしょう。 その為自分の能力を発揮できない地域に居住している人は自分の能力を発揮できる機会が多く存在している地域へと移動せざるを得なくなるというわけです。 私は結果が平等であるべきだと言っているのではなく機会を平等にすべきだという考えです。しかし実際には機会も結果も東京に集中していると言うことです。機会に最も恵まれている東京が結果においても最も恵まれていると言うことなのです。チャンスの 多さ少なさと結果の善し悪しとの間には密接な相関関係があるといえます。機会がない地域では結果の出しようもないのが実状といえるでしょう。

  二千三年時点では東京都の高卒求人倍率は全国で最高で青森県の高卒求人倍率は全国で最低で両者の間には大きな落差があるという事実などはその一例です。 二千四年でのその数字は、全国の高卒求人倍率が幾分改善し1.11倍になりましたが、東京都が2.97、愛知県が1.45、大阪府が1.23であるのに対して、青森県0.09、沖縄県0.16、高知県0.17と大きな開きが存在しています。 また一都六県の首都圏だけでも、有効求人倍率が1を上回っているのは東京都だけです。 二千八年九月時点での高卒有効求人倍率では関東各県すなわち千葉、茨城、埼玉、群馬、栃木、神奈川が1ポイント台であるのに対し東京は4.79です。最下位は沖縄の0.20とされかれこれ二十三倍の開きがあります。私は能力で差が付くことは致し方ないこととして認めますがチャンスは公平に与えられるべきだと考えるものです。しかし現実的には、わずか十七〜十八年の人生の間で生まれる出る能力の格差などはまだまだ小さなものでしかなく、それよりも自分の能力を生かすチャンスがあるか否かの地域間格差の方が大きいといって良いでしょう。自分の能力を生かすチャンスも東京に集中しているとも言えます。 東京都の高校生の就職のチャンスは二千三年時点では青森県の高校生の三十三倍もの恵まれた環境にあるからです。逆に言えば、青森県の高校生にとっては東京都の高校生の三十三分の一のチャンスしかないと言うことです。 文部科学省は二千七年度から四十年ぶりに小・中学生の全国学力調査を行う方針を発表しましたが、これを高校生にまで広げて行ってみれば、地域間の高校生の学力の格差と有効求人倍率の格差の状態とを比較してみることが可能になるといえるでしょう。小六・中三の学力テストとはいえ二千八年度の調査結果では青森の学生は全国平均以上の学力だったと言われています。自分の就職などやる気と頑張りそして自助努力を求められても地方の学生には何ともしがたいところがあるのは事実です。チャンスは東京が独り占めしているからです。 能力を発揮するチャンスがなければ能力があってもその能力は眠ったままにならざるを得ません。文部科学省が学生達に職場体験させて若いうちから働く意識に目覚めてもらう計画を立てても、実際に就職のチャンスがない地域の学生にとってはそれもむなしく感じられるのではないのでしょうか? タウンページを開いて自分が望む職業分野の職場体験をしようとしても、自分の地元にはタウンページに載っているような企業は何もないということもあり得るかもしれないのです。現に二千五年度の高校野球の 夏の甲子園では東東京代表の国士舘を青森県代表の青森山田高校が3−0で破っています。チャンスさえあれば青森県の高校生でも東京都の高校生に勝てる場合もあるわけです。すなわち東京都の高校生が全ての面で能力的に青森県の高校生より勝っているという保証はないはずです。 また山口県の宇部商業は西東京代表の日大三校を準々決勝で5-3で破りました。山口県も東京ほど高校生にとっての経済条件が恵まれているとはいえないでしょう。 しかも北海道代表の駒大苫小牧が五十七年ぶりに夏の甲子園で二年連続の優勝を飾りました。道経済も苦境にある地域に属しています。 また二千六年の夏の甲子園では駒大苫小牧と西東京の早稲田実業が延長十五回1−1の三十五年ぶりの引き分け再試合となり、再試合で早稲田実業が初優勝しましたが、東京が全国制覇したその試合は4−3の結果で力の差は僅差といえます。 早実の斉藤投手と駒大苫小牧の田中投手の力量の差もチーム力の差もそれほど大きなものには思えません。両投手の投げ合いなどマスコミの言うように歴史に残るいい試合だったと私も思います し大いに私は楽しませてもらいましたが、しかし北海道と東京都との間には高校野球での 各選手やチームの能力の差よりも遙かに大きな経済力の差があります。どの分野でも能力のある高校生は日本全国に存在し東京にだけいるわけではないはずです。しかし経済的な場面ではたとえて言えば「徒競走をします」と言ってもスタートラインの位置が同じでなかったり、全員が競技に参加できるはずなのにスタートラインが用意されている人とスタートラインなどは全く用意されていずにレースに参加することすらできない人がいるわけです。甲子園で準々決勝にまで勝ち残るような優秀な成績を残した高校でも地元に必ずプロ野球の球団があるとは限らないのと同じです。またこの問題は文部科学省を批判してさえいれば済む問題でもないでしょう し教育基本法を改正すれば解決する問題でもないでしょう。 二千四年十一月三日の朝日新聞朝刊には全国学力調査を文部科学省が実施しようとしているとあります。この学力調査が実際に行われて結果が出たとき、その結果は有効求人倍率が最低の地域は学生の学力も最低となるのかどうか、また有効求人倍率の最も高い東京都の学生の学力は全国で最高という結果が出るのかどうかです。能力に格差があるからチャンスの格差が生まれるのだというのであれば、少なくとも青森県の学生の学力の三十三倍もの高得点を東京の学生は上げることができるのかどうかと言うことでもあります。すなわち百点満点のテストで青森県の学生が平均で三点取ったとき東京の学生の点数は平均で九十九点もの高得点になるかどうかです。もし青森県の学生が五点取ってしまえば東京都の学生が百点を取ったとしても、三十三倍にまで広がっている有効求人倍率の格差は必ずしも学生達の学力格差によるものではないことが証明されたことになります。と言うのも五点の得点を三十三倍すれば百点を優に超えてしまうからです。学力や能力とは関係ない不公平な条件が日本の国内には明らかに存在していることがはっきりするわけです。これほど単純な算数で計算できる数字の意味が東京都の人や東京都の高校生には理解ができないものなのでしょうか? この高校求人倍率は景気がだいぶ持ち直した二千六年七月の時点では全国平均で1.14倍と1を超えたと二千六年九月十四日に報道されました。求人倍率が高いのは東京都の4.41倍、愛知県の2.54倍、大阪府の2.25倍がトップスリーで、青森県が0.17倍、沖縄県0.21倍、高知県が0.24倍と低位三地域です。トップの東京都の求人倍率と最下位の青森県の求人倍率の 比較は先の三十三倍から二十五・九四倍へとその開きが縮まってはいますが、上位自治体と下位自治体が大きく入れ替わったような様相は見えず、それらは固定されてしまっています。有効求人倍率の上昇は派遣や請負などが増えた結果だという懸念材料がある中においてもです。 選挙における一票の格差は五倍程度でも違憲すれすれと判断されるにもかかわらず、有効求人倍率の格差はそれ以上に遙かに大きくなっていても法的には問題にされることがありません。そしてこのような問題で批判的になる人を「でもあなたも日本人でしょ」と十把一絡げにして同じもののように言ってすませるのでしょうか? 同じ日本人であるといいながら、数字に表れている地域間の境遇の違いは大きいといわざるを得ないのが事実です。これほどにチャンスに恵まれている東京都の高校生がそれでもダメというのであれば、地方の高校生からすれば、そいつはよっぽどだめな奴とされても仕方なくなります。 あるいは、東京の高校生は漫画読み読みでも就職できるが、地方の高校生は教科書や参考書で一生懸命勉強しても就職できるかどうかわからないとも言えるかも知れません。この有効求人倍率の地域格差は学校教育の問題すなわち学校の教員の責任でも学生の勉強態度や学習意欲に問題があるからということでもないのは明らかだろうと思います。 全国のどこの高校でも日の丸を掲揚し君が代を斉唱させて卒業式を行ったとしてもこの格差が埋まるわけでもないことは当然のことです。 日の丸を高らかに掲揚し一生懸命君が代を斉唱させて卒業式を行っても卒業後の就職先がないというなら、それでも日本は素晴らしい国だと言わなければならないのでしょうか? もしそうならむなしい限りです。日の丸を掲げ君が代を斉唱して卒業式を行うことで報われるのは東京にいる人間と東京へと出て行く人間だけで、地元に残る人間にはたいした報いはないというのが多くの 日本の地方と呼ばれる地域の現状といえるでしょう。それとも君が代で歌われる君である天皇は日本国民統合の象徴ではなく東京都民にとってだけ恩恵をもたらす象徴なのでしょうか? だからこそ東京都教育委員会は学校の卒業式で天皇を東京都だけのものにしておくために君が代の斉唱と日の丸の掲揚を徹底させようとするのかも知れません。そして天皇の恩恵にあずかりたかったら地方の人間は東京まで出て行かなければならないのでしょうか? 天皇を担ぐ日本の右翼団体が日本の地方経済を活性化できるというのならやって見せてもらいたくもありますが、むしろ自分の活動費を得るために街宣車で押しかけカネをせびったりすることだけで終わるのではないでしょうか。また東京の人の給与が高いのは本当に能力が高いことに起因しているとしたなら、優秀な人が東京ばかりにこれほどまでに集中してしまうことを問題にしなくてよいのかと言うことなのです。企業マンの人たちはよく「地位が人を作る」とか言いますが、しかし中央から距離的に離れた地域にはそれほどのステータスが存在しないならば、地方にいるだけでは長い人生の中で大きな人物に育ってゆく条件が地方にはなく 、大物などと呼ばれる人材が地方には存在しなくなるのもうなずけると言えます。 ある程度の能力があってもそれ以上の地位が得られる地域へ移動してゆかない限り自分の向上が図れず、又影響力のある人物にもなりえないからです。 それは次のようにも言い換えることが出来ます。すなわち地方出身者でも東京で立派にやっていけている人たちあるいは大活躍している人たちは大勢います(ライブドアの堀江社長も、またITビジネス業界最大手のソフトバンク社長の孫正義氏もともに九州福岡の出身であり 楽天の三木谷社長は神戸出身で、それ以外にも地方出身者で大手企業のトップに着いている人は東京に大勢いることでしょう)。ではそれだけの能力がありながらそれらの人たちは何故東京を離れて地方に行くと東京にいたときほどには立派にやってゆけなくなるのでしょうか? また、 東京に出て来ている地方出の人で野心家は大勢います。野心があるから東京に出るのかも知れませんが、ですがなぜそれらの人達は自分の生まれた地域では東京ほどに野心を持つことが出来ないのでしょうか? またその野心をなぜ地方にいたのでは実現できないのでしょうか?すなわちそれらの人たちはなぜ地方にいたままでは大活躍できないのでしょうか?と言うことです。 東京にいたときには人並み以上に有能だった人間が地方に行くと無能同然にならざるを得ないような日本の社会の作りではだめなのではないかというのが私の意見です。能力がありさえすれば日本のどこにいても十分活躍できるという条件が日本にあるなら、何もこうまで東京ばかりに集まっている必要もないはずです。しかし舞台が東京だからこそ出来ている部分があるなら、その部分はその人の能力というわけではなく東京という街がその人に与えてくれている力だからです。 能力のある人も東京へ出てその能力を発揮して見せなければ全国バージョンにはならないあるいは全国にあるいは世界にもネットを張っている東京に本拠地を持つ組織のメンバーにならないと全国各地や世界に活躍の場をもてないシステムが日本にはできあがってしまっています。 そしてそれらの組織の本部や本店あるいは本社は東京にあるというわけです。結局は人々の能力を発揮させる機会が豊富にあるかないかの地域間格差が結果的に所得の地域間格差を生み出している部分が大きいと言えると思います。 たとえジャパン・ドリームのようなものがあったとしてもそれはジャパン・ドリームというより東京ドリームと呼んだ方がいいようなものです。 東京へ出なければ夢も叶わないという現実があるからです。東京(中央)から地方への大量の人口移動が起きたのは空襲が激しさを増した敗戦間近の千九百四十四年頃の集団疎開の時期 とバブル経済全盛時に東京の地価が急激に上昇し税負担に耐えかねてそれ以前から東京で生活していた人たちが東京を後にせざるを得なくなった時期だけで、後はそれ以前もそれ以後も地方から東京 (中央)へと人が移動する流れが続いたと言えます。 多くの人々が東京という街に甘えていると言ってもいいでしょう。高い収入が得られる確率が最も高い東京でいささか高い報酬を得ていると言ってもあまり驚きではありません。高い収入を得る確率が最も低い地域で高い報酬を得ている人の方が遙かに驚きに値します。 情報工学の考え方ではニュース報道の回数はそのような出来事が起こる確率の逆数に比例する、すなわち起こる確率が非常に低い出来事が起きたとき、それはニュースとして報道される回数が増えると言うことだそうです。ですから東京で他の地域の人よりもいささか高い収入を得ていたとしてもそのニュースバリューは低いのです。 確かに高い収入を得られる確率が高いから東京へ出るという選択は利口な選択とも言えますが、そこには意外性が無く人が驚きを感じる選択だとは言えないとも思います。 単に流れに素直にしたがって自分の欲求を満たす上での行動を採っていると言うことです。東京は何故高額の収入にありつける機会が多い都市であるのかは考察の対象になり得ても、東京で高額の所得を得ていると言うことそれ自体は別に驚きでもありません。

  経済の分野ことに投資理論の分野などでは表向きハイリスク・ハイリターンと教えますが、現実の社会はというとテロや自然災害などのリスクを除いて経済的な場面だけの条件で考えるなら、東京で暮らすとか東京で働くということ自体はハイリスク・ハイリターンではなく、最小のリスクで最大のリターンを得るローリスク・ハイリターンの行動が東京で働くと言うことになるので虫のいい行動様式とも言えるわけです。 また逆に言えば、失業率の高い地域で暮らしていることはそれだけでハイリスクでしかもローリターンだとも言えます。すなわち失業する危険性は非常に高くたとえ幸運に恵まれ就職できたとしても高収入にありつける確率は非常に低いからです。それらのこととも絡み合って東京という街は膨張を続けると言うことでもあるのでしょう。 年金生活に入ったというわけでもなく、また転勤を命ぜられたというわけでもない現役の勤労者はローリスク・ハイリターンの地域からハイリスク・ローリターンの地域へと職場を変えて転職し たり移り住んだりしようなどとは思わないことでしょう。しかし戦後の日本経済はアメリカの占領政策によって集中排除法の下で財閥の解体が行われてスタートしました。 農地解放も行われ、大地主は自己の資産を大きく失いもしました。大地主が失った資産はそれまでの小作人に与えられました。 日本の農村部の貧困が背景にあって軍部が台頭したというアメリカ側の日本社会に対する分析があったからです。それらの方策によってそれまでの日本社会の中に存在していた 富の格差を大きく是正してから戦後の日本経済は始まったのです。そのような地ならしをされてスタートした日本の戦後経済は大成功を収めました。ではこのような東京都と他の道府県との間に出来てしまっている格差は東京都の力だけで変更できることなのでしょうか?二千三年時点での日本の状況は東京都が自己否定して東京にこれ以上の機能を集中させず地方に多くの機能を分散させる施策を実施する用意があるか、あるいはそれが出来ないのなら東京都に対して政府が集中排除法を適用すべきほどのあまりに過度で異常な集中の状況と言ってよいでしょう。従って東京に大異変が起これば日本の国の中枢神経が麻痺するばかりでなく、主要な地位にある人が失われる可能性も高いというわけです。それが悪意によって引き起こされた場合ではなく地震や洪水などの自然災害によるダメージでも日本全土が機能麻痺に陥る可能性は高いと言えます。 二千五年二月二十五日には東京湾北部でマグニチュード7.3の直下型地震が起きた場合、その被害総額は百十二兆円になると言う試算が発表されました。直接的な破壊による被害が六十六兆六千億円、インフラが崩壊することによって物流や人の流れが止まることなどの長期化による間接的な被害額が四十五兆二千億円とのことです。首都東京という都市の構成は「天皇を中心に国民が寄り集い」と言う発想でできているので、主要機関が皇居を囲む形で集中してしまっているのです。しかしこのような都市や国土の作りは、先のポートフォリオの考え方からすれば安全という観点からは大きな問題を抱えた作りであることがお分かりいただけると思います。一つの皿に全ての卵を盛り過ぎてしまっているからです。 東京ばかりがてんこ盛りになっているのです。生物の進化の歴史では脳や心臓や肺や胃などの各器官が独立して分離しそれら各器官が有機的に連動して機能するものになってゆく課程が高等動物へ進化 したことの証だと言われるのですが、日本の国土の作りは都市機能の分化が不十分な段階だとも言えます。そして災害時のリスク管理が各企業に求められるような時代になっていながら、国土の造りはと言うとリスク回避やリスク管理ができているとは言い難い配置になっていると言ってよいでしょう。 東京都庁や都内に本社を置いている企業が危機的な状況に備えてそのバックアップシステムを準備しておくにしても、バックアップシステムまでもを都内に置くとしたらまさにナンセンスです。 東京を舞台として各企業は利益を得るために熾烈な競争をしているとは言っても、安全は二の次になっているのが実際なのではないのでしょうか? 今すぐ東京の機能を分散させることができないというのなら、少なくともこれ以上は東京に新たな機能を付け加えないようにしておくべきだといえます。

  したがって私は単なるゼネコン救済のための対策や景気刺激のためというのではなく日本の安全のために首都機能を分散させると言う意味での遷都論には賛成です。少なくとも、立法、行政、司法の機能の部分と経済機能の部分とを分離させた国内の都市の配置構成にすべきであろうと思っています。すなわち政治都市と経済都市を分けて形成するのです。政治都市が日本の首都になることは当然のことです。確かに現在のように東京の狭い範囲に各機関が密集していれば打ち合わせのための会合を開くときなどには便利でしょうが、便利さだけを優先させ過ぎれば安全性の面では危険度が大きくなってしまっていると言うことを考えるべきだと思います。距離が幾分遠くなったからと言っても日本の国土面積はアメリカ 合衆国の二十五分の一なのですから、日本人の感覚で考えた「ちょっと遠い」と言う程度の距離なら安全性を優先させてもそれほど大きな障害が起こるとは思いません。面積が二十五分の一だということは、距離でいえば√25=5、すなわちアメリカ人が感ずるちょっと遠いという距離感の五分の一が日本人にとってのちょっと遠いという距離だからです。 国土面積が日本の二十五倍もあるアメリカが、行き来に障害があるから機能を集中させるというのであればまだ理解も出来ますが、国土面積がカリフォルニア州ほどでしかない日本は何も東京にだけすべてを集中させておく必要もないはずです。二千年の九月三日には石原東京都知事の意向で七千百人の自衛隊員と対戦車へりまでを動員した大規模な首都防災の訓練が行われましたが、なぜそれほどまでに大規模な防災訓練を東京だけで行わなければならないのかと言えば、東京にあまりに多くの中枢機能が集中しすぎていることの証明でもあるわけです。石原都知事は東京の首都移転には反対の立場をとっていますが、私は国の財政状態がきわめて深刻な二千年時点でそれを行うべきだと言うつもりはないにしても、財政などの経済的な条件さえ整えば将来的には首都は移転すべきであると考えています。 「東京の地下を掘れば温泉が出てくるような場所だから、東京の防災は強化すべきだ」と石原都知事は述べてもいますが、ならばそのようなところに首都を置いておかなくてもいいと思います。扇千景国土庁長官も財政面と国際都市としての東京を考えた上で首都移転には反対のようです。「東京から首都を移転すると日本の国際都市といえるものが消滅してしまうから」というのがその理由のようです。日本という国の国際性というものは首都を東京から移転しただけで急低下してしまうほど基盤が脆弱なものなのでしょうか。それよりも日本の国籍の取得や長期滞在ビザなどの取得を簡素化して日本を国際化されやすい方向へ法制面から対応して行くことの方が重要なのであって、首都を移転することで国際性が損なわれてしまうというほどに非国際的な国の形にしておく必要もないと思うのです。

 東京に住んでいる人や東京で働いている人は地方にいる人のことをすぐに「田舎者扱い」したがりますが、なにもかにもを首都に集中させてしまって 「東京には何でもある」といいたがること自体が東京に比べれば何もない地方出の人が東京暮らしをし始めて地方の人に対して言うことで、それこそ田舎者的な発想でしかないともいえます。多摩の百姓の出であった新撰組の近藤勇が「武士よりも武士らしくなろう」としたように、東京生まれでない人が東京に出てくると東京生まれで東京育ちの人よりも遙かに都会的になろうとする場合もあります。 東京が都市としてのインフラが整備され利便性のある地域であるために地方から大量の人口流入があり、そのために外観としては一見近代的に見える東京では日本のかつての農村部に典型的に見られた労働集約的な作業形態が可能になるという皮肉な現象も生まれます。 東京都は治安の悪化のために都庁職員を千人規模で警視庁に出向させる意向を示したりしましたが、その人員を生み出すために都庁にパソコンを導入し業務を効率化させるとのことです。パソコンの導入という資本集約化で千人単位で余剰人員を生み出せると言うことは、それまでの業務形態が如何に労働集約的なものであったかと言うことでもあります。そしてこれほど大規模な防災訓練を行わなければならないほどに膨張してしまった東京が持つ機能を分散させた方が日本全体の安全性という観点から望ましいと思うからです。 例えばテロリストが都市を攻撃しようと思った場合、アメリカならばワシントンにしようかニューヨークにしようか、はたまたロス・アンジェルスかシカゴにするかと攻撃する都市を決定するのにも迷いが生まれますが、日本の都市を攻撃するのなら東京のどこを攻撃するかは迷うにしても攻撃すべき都市は迷うことなく東京に決まっていると言えます。 それはテロリストだけでなく日本に敵対する国家が考えても同じ結論に至ることでしょう。そして東京で二千年の防災訓練が行われた十四日後には中部地方の集中豪雨で名古屋では河川が決壊し広い範囲の都市部が水没してしまいました。このような百年に一度あるかないかといわれるような、あるいは観測史上最高の雨量などが東京で記録されて荒川などが決壊したら、どれだけの被害が発生するかは想像に難くないはずです。大量の自衛隊員を投入してもそう簡単には都市機能が復旧できない災害とて起こりうると考えておいた方がよいと思えるわけです。東京都の防災訓練は主に地震の被害を想定して行われたと思います。地震そのものの発生は地下核実験をのぞいては人為によって引き起こすことはできないものです。人為的な被害は地震に伴う副次的なものであるといってよいでしょう。しかし洪水のようなものには、気象異変が人間の経済活動に伴う地球温暖化などが原因になって起きている部分があるとするなら人為的なものが介入し得るわけです。東京都の防災訓練は地震を想定しているため自衛隊の機銃装車、対戦車ヘリ、浮動橋などが登場したわけですが、東京で名古屋の規模に匹敵するかそれ以上の洪水が起こったときには、これらのものは無用の長物と化してしまいます。せいぜい橋が流されてしまったときに、洪水が収まった後で臨時の橋として浮動橋が活躍するくらいです。洪水のさなかに必要とされるのは大量の救命ボートなどのはずですし、平常の天候の時には洪水時を想定して救命ボートで人命救助を行う防災訓練など都心でできようはずもないわけです。そして豪雨が収まった後には都心の水位を下げるために多くの排水用ポンプが必要となるわけです。以上のように一見華々しい防災訓練を行ってみても、それは石原知事が想定している災害に対するパーフォーマンスとして見せ場を作るという意味では有効かもしれませんが、想定外の自然災害については全く無力です。石原都知事の「第三国人が暴動をきっと起こす」という想定がこの防災訓練には含まれていたわけですが、名古屋の洪水のように水浸しの状態の中でどうやって暴動を起こせるのでしょうか。暴動という言葉の具体的な内容としては商店などの破壊や略奪あるいは放火などが考えられますが、第三国人とされる人々よりも人数が当然多い日本人が暴動を起こそうと思ったとしても、また暴動を起こせと命令されても腰まで水に浸かっていては暴動を起こしようがないのは明らかなことです。商店の中にある商品も水浸しでしょうし略奪したものを運ぶにしても腰まで水に浸かっている状態では思うようにはいかないと思います。民家や商店に放火するにもびしょぬれの中でどうやって放火できるのでしょうか。私はヘビースモーカーなので風混じりの雨が降っているときなどには傘を差しながらライターでたばこに火をつけ るだけでも一苦労するので、豪雨のさなかのときに放火するにはふつうの時の放火よりも困難が伴うだろうとは想像できます。そして火が放てたとしても消防車の出動の必要な どないまま降りしきる豪雨で火は自然消火されることでしょうし延焼の心配もほとんどないわけです。また実際には、東京のコンビニやファーストフード、あるいは民族料理店などには大勢のアジア系の人々が働いています。それなのになぜ彼らが自己破壊にも至る暴動を起こすという根拠があるのでしょうか。自分が働く場所である商店を破壊しても彼らには何の利益もないはずです。それよりもこれ以上東京と言う都市に何もかにもを詰め込むことの方が危険きわまりないことだと考えます。確かに戦争などのような状況では主要都市を二つに分離してもその双方が攻撃対象になることでしょう。でも少なくとも地震や洪水などの自然災害による首都の破壊や被害という事態においては、東京から首都を移転させておいた方が安全だと考えます。日本のような国においてはどこに首都を移転してもこれで安全といえる場所はないともいえます。地震が絶対起こらない場所あるいは洪水や土砂崩れの心配が全くない場所などは日本国内には存在しないといえるからです。ただそのような条件の下においても、首都機能は分散させた方が安全性は高まるだろうということだけです。 そして石原都知事が想定していたような震度五強を足立区で記録する地震が二千五年七月二十三日に起きましたが、そのときの震度の状況を国の機関に送るためのパソコンは旧式だったために東京都からの情報伝達は三十分の遅れ、しかも緊急時に都庁へすぐに登庁できるようにと都庁の近くの災害対策用社宅に安い家賃で住んでいた都庁職員はその多くがポケベルに応答せずに登庁しなかったと二千五年七月二十九日に報道されました。防災訓練でいくら見せ場を作って見せても、実際に地震が起きたときの対応はかくのごときであったと言うことを自覚しておかなければならないことです。訓練はあくまで実際の地震などが起きたときにいかに迅速に対応するか を準備しておくためのものであり、単なる見せ場を作るためにやるわけではないからです。

 しかし遷都に賛成だからと言って、私は森首相の「神の国」発言のように「天皇を中心とする神の国」などという発想で首都を移転する事には反対です。なぜなら、その発想で遷都すれば結局は現在の東京と同じ造りの首都がまたできるだけで、安全性のために首都機能を分散させるという事にならず単に税金が無駄に使われるだけのことになってしまうからです。 これまでの東京は「国民が天皇を中心に寄り集い」という発想で形成されてきていたので、千九百年代の東京都のビル群の多くは皇居から見てある角度以上の高さのビルは建てられてきていませんでした。天皇を見下ろすことなどは不敬であるのでビルに高さ制限が施されてきていたのです。ですがこれらの発想全てを変えなければこれからの日本の経済性と安全性の兼ね合いは図ることが出来ないと思います。 天皇という中心から距離的に離れれば離れるほど天皇の恩恵もそれだけ薄いものになると言う日本の国の造りではだめなのではないのでしょうか? 政治家たちがいくら天皇を持ち上げてみても、国内の造りがこのような状況では国民にはすっきりしない部分が残ってしまうと思います。 地方選出の政治家が地元選挙区に利益誘導すると言うことではなく、どの選挙区の政治家であってもこの格差の問題は考えてしかるべきだと思います。石原都知事は全国知事会の意向とは別行動を採ると二千三年十二月に述べたりしていますが、経済構造面での東京一極主義という構造が東京の単独主義という政治的な行動を生み出したとも言えるようです。 冷戦後の世界で唯一のスーパーパワーになったアメリカが9.11同時テロ以前から一国主義に傾き、その後国連の多数が支持した訳ではない、すなわち国連の総意にはなっていたわけではないイラク戦争を始めたという単独主義の動きにも似て見えてきます。 冷戦時代は世界が米ソに二分された世界で、日本の国内の政治状況も五十五年体制という世界の冷戦構造をそのままコピーしたような姿でしたが、冷戦後にはアメリカ一国主義と単独主義という世界の政治構造をそのまま日本国内にコピーしたような東京一極主義と単独主義に変わりました。 自国の力が強い国は自国の行動を他国に縛られる事を嫌います。それと同じように、経済的に独り立ちしていける地方行政は他の行政の会合の意向に行動を縛られたくないとも思うのではないのでしょうか。カール・マルクスの「上部構造・下部構造論」のようにも見えてきます。すなわち経済という下部構造は政治や法あるいは文化などの上部構造に影響を与えると言うことです。二千三年は江戸幕府開府四百年の年です。皇居と呼ばれる地は江戸城でした。明治維新によって権力が徳川幕府から天皇を中心とした明治政権に変わったことをはっきりとさせるために、天皇の住まいが江戸城の中とされて現在に至っています。 明治維新のきっかけともなったペリーの黒船は京都の舞鶴港ではなく東京湾を望む神奈川県三浦半島の浦賀にやってきました。交渉相手は政治の実権を握る江戸幕府と認識していたわけで天皇が交渉相手だとは思っていなかったからです。江戸時代以来東京は日本の政治首都であり続けてきました。 江戸は近世の世界最大である百万の人口を抱える巨大都市でした。しかし鎖国政策の時代のことなので江戸に外国人がいたと言うわけではな く、海外の人との交流がそこで頻繁にあったわけではないので巨大都市であっても国際都市とはいえないものでした。大正時代には東京の人口は二百万人ほどだったと言われます。そのような四百年の長い歴史の中で膨張してきた東京を国全体の構成という観点から、また四百年の歴史の中で生み出されてきた首都と地方との格差というものを一度見直し新しい国土のあり方を考えるべき時なのではないのでしょうか。 江戸時代の実質的な首都であった東京が事業を興したり事業を展開したりする上でも重要な地域と考えられるようになったのは大正時代以降のことだともいわれます。 また現在サラリーマンと呼ばれる、通勤しながら給与生活をするという社会階層が登場したのも大正時代からと言われます。それまでは事業をするなら大阪でということが一般的で、大阪が事業を行うには最適な場所と考えられていたようです。しかし現在では新規事業の立ち上げも大きな事業を行うにも東京が中心になっています。 東京という名称そのものが元々都があった京都から見て東に位置する都であるが故のものともいえます。すなわち千年の間の日本の都であった京都を中心にした考えだったことの名残ともいえます。それは日本が位置する地域を  Far East (極東)と呼ぶのがヨーロッパを中心にして見た場合の呼称であるのと同じ理由ともいえます。そして現在地方から東京の大学や短大或いは専門学校などへ通うために上京している学生達にとって、将来の自分にふさわしい職場は日本のどの地域にあると思えるかと言うことも重要なことでしょう。 またその地は何故自分にふさわしいと思えるのでしょうか?高等教育を受けた人たちが自分を生かした働き方が出来る職場は東京にしかないと言った状況は是正されてしかるべきものだとも思います。 「強い東京」ばかりを作っても日本全体の人に恩恵が与えられるわけではありません。 少なくともこれまでは、道路を造るなら東京からとインフラ整備を最も国が重点的に行ってきた街が東京であったいう条件も存在していたことを考えれば、これからはもっと日本全体が平準化された作りへと変わるべきなように私には思えてきます。 この時点で中央と地方とで「勝ち組・負け組」がはっきりしてしまっているといっても、東京が勝ち組になれるようにこれまで国家が力添えをしてきていたことは明らかだからです。 国が最も肩入れして作り出された街が東京であるなら、東京を拠点にして活動することがビジネスをやる上でももっとも有利といえるでしょうが、その趨勢を幾分変えるべき時期のように思えます。 東京にいる人間だけが活躍し地方にいる人間は遊んでいなければならないようでは、日本全体ではすべての力を出し切れていない状態だといってもいいでしょう。 日本のどの地域にいてもその場所である程度の仕事もでき活躍もできる条件にする必要があると思います。またそうしないと国内に不満が多くなって社会を不安定化させる原因にもなります。 二千十六年の夏のオリンピック誘致においても東京と福岡の候補地が上がりましたが東京有利という状態で二千六年八月三十日の投票で東京都決まりました。千九百六十四年の東京オリンピック以来二度目のオリンピック誘致においても、オリンピックを開ける都市は日本には東京しかないとすれば 寂しい話ですし日本は新鮮味もなく面白味のない国という評価がなされても仕方ないのではないでしょうか。日本のすべてを東京に集めて海外から来た人に「どうです、日本はすごいでしょう」とやって見せてもたいして意味のないことです。 また東京という街にすがりついて「俺は・・」「私は・・」とばかりいっていないで東京にいる人にもこのような問題を少しは考えてもらいたくもあります。 「そんな事を言ったも東京を離れて地方に行ったら生活していけるいい職場がない」というかもしれませんが、ならばなぜ日本はそうなのか、それを変えなくてよいのかと言う問題なのです。

 

  付記:以上のような問題は、経済学の分野では「空間経済学」と呼ばれる領域に属するものかと思います。空間経済学の本であるポール・R・クルーグマン著『経済発展と産業立地の理論』の一節には次のようにあります。

 「[新しい都市経済学]について触れておくことにしよう。これは都市の内的空間構造の問題を取り扱った研究である。標準的なモデルは単一の中心地を持つ都市モデルであり、そこでは少なくとも人口の一部が外生的に与えられた中心地の商業地域へと通勤しなければならない。そこでの問題は、中心地の商業地区周辺の土地利用と地代のパターンが同時的に決定されねばならないのであり、この問題は一般的には中心地からの距離の関数として均衡入札地代曲線の決定問題とされる(バブル経済全盛の時には、東京を中心とした地価の値上がり が同心円的に広がっていったためにサラリーマンが買える住宅も東京の中心地からの距離が遠くならざるを得なかったのも一例であり、東京都心の地価がバブル崩壊によって値下がりした後になって欧米のブランド商品メーカーの出店が銀座を中心に行われたり 、その後の都心回帰が起きたりしたのもその一例といえる でしょう。 ー筆者註)・・・・残念ながら、この新しいモデルにはTuhunenモデルが持つ基本的な欠点もまた併せ持っている。・・・現実の世界が、妥当な類似性を示す単一の中心地を持つ都市がなくなることで、モデル設計者の目を意地悪くも 暗ますようになったので、このモデルはますます妥当性を欠くようになったのである。米国の大都市圏の周辺をドライブしたことのある人なら誰でもがここで議論していることを知っている。千九百五十年には米国の典型的な都市はシカゴであり、そこでは鉄道が建設され、鉄道輸送が発達することで集中化の事例となった。千九百五十年のシカゴは主要商業地区、摩天楼の本家本元である有名な過密なオフィス街を中心としていた。都市地理学者によると、いまなお、シカゴは米国に存在する都市の内で単一の中心を持つ都市の典型ということになる。しかしシカゴはもはや第二の都市ではない。ロサンゼルスが第二の都市となり、このロサンゼルスをGetrude Steinは「なんの特徴もない都市」として描いている。」

 以上がその本の一部ですが、日本の東京という都市は皇居を単一の中心とした、ここで述べられている都市の形をしていることは明らかなように思えます。ある意味では、東京という都市は欧米の都市、殊にアメリカの都市などと比べてみたとき、一世代古いタイプの典型的な都市の姿を保持していると言うことなのかも知れません。 しかもこの構成は東京都内にとどまらず、神奈川都民、埼玉都民、群馬都民、千葉都民、茨城都民などと呼ばれる、居住地は東京ではなくても職場は東京にある人々を生み出しています。東京という都市の構成が膨張してドーナツ化していると言うことです。 それらの地域と東京とを結ぶ各鉄道が連結するのがJR山手線ですが、環状山手線の中央にあるのが皇居です。 また、東京通いのサラリーマンの方がその人たちの居住地がある地域の地場産業の従業員よりも給与水準が平均して高いともいえるでしょう。二十一世紀初めの時点で建設中の圏央道は、東京のJR環状山手線 (全長三十四・五km)の形態を道路版で広げたもののように思えます。JR山手線などの鉄道網は日本国有鉄道(国鉄)が民営化されてJRになる前の国鉄時代にその配置が形成されていたものですし、圏央道は東京が膨張して出来た東京圏の周辺各県を環状道路で結ぶもののようにも思えます。JR山手線と圏央道の違いは、それまでの首都圏の東海道線、 横須賀線、根岸線、東横線、小田急線、京王線、西武新宿線、西武池袋線、常磐線、成田線、京葉線、埼京線、京浜東北線そして二千五年に開業した筑波エクスプレスなどの鉄道網が山手線にリンクされて東と西そして北部へと繋がっていたのに対し、周辺各県を東京をキーターミナルにすることなく直接に結びつけることだろうと思います。それまでの鉄道網は山手線がストップすればそこで他との連結が止まってしま うか接続にかなりの混乱が起きてしまいますが、圏央道の場合にはそうではありません。 圏央道の建設には東京へ不必要に流入する車の数を減らして東京の大気汚染を緩和する目的もあるかも知れませんが、東京にリンクされずに直接的に周辺の地域が結ばれると言うことが圏央道の利点と言えば利点でしょう。 しかしそれは何もかにもが東京へ集中しすぎていることの裏返しのことのように私には思えます。 車が集中してしまうことが困るというのなら産業分野をこれ以上東京に集中させず、これまでのものも周辺地域や他の地域に分散させる方向へ梶を切ればいいわけです。 山手線が半日近くストップしたときには三十万人の足が混乱しました。東京駅地価の配電盤の火災事故で京葉線が八時間ストップしたら十七万人が混乱に巻き込まれたりします。それらは皆東京へのリンクされた路線の出来事です。

 先に引用させて頂いた本の著者であるポール・クルーグマン氏は引用した数年以上後の二千八年にノーベル経済学賞を受賞しました。私は「おめでとう御座いました」と伝えたいくらいです。しかし二千八年のノーベル賞受賞の発表時期は世界恐慌の恐れも生まれている経済情勢が大変な時期でした。それまでノーベル経済学賞は金融工学に代表される投資分野の理論の人達が数多く受賞者に名を連ねる趨勢でしたが、そのような中でクルーグマン教授は異端児のような見方をされる経済学者でした。ことにアメリカの経済学の中ではそれまでの流れとは異なる主張をしてきていたからのようです。しかし異端の言葉を正面から考えてみなければならなくなったのがアメリカの金融危機であったとも言えるでしょう。

 ここまで書いてきた後の二千十一年三月三十一日に日本では東日本大震災が起こりました。このような大規模な変動が起きた中で日本企業の間には本社機能の一部を地方に移したりコンテナにサーバを乗せた移動基地を山口県において移動式のインターネットのサービスを開始するIIJのような企業も出始めました。福島原子力発電所の事故に伴って起きた東京電力管内で停電や電力不足が起きたことに対して東京のサーバのバックアップとしての需要が増加し、地方に移動式のサーバをおいて電力が不足した地域から電力に余力のある地域へサーバを車で移動させてインターネットの事業活動が中断しないような方策が必要となったからです。日本のデータセンターの七割は首都圏に集中しているとも言われるので、それらを分散させておく必要性は十分にあるといえます。震災直後に行われた地方統一選挙で東京都知事に再選された石原都知事は「それが日本のためになると言うなら、東京は貧乏になってもいいよ」との表明をしましたが、これほどの大災害が起きて初めて日本の多くの企業や日本人はリスクを分散させておくことの重要性に気づいたといえそうです。また逆に言えば、これほどの大災害に見舞われなければリスクを分散させるだけの決断は下せなかったと言うことでもあるのでしょう。理論的に(理屈の上で)考えてみればいくらそれが妥当なものであったとしても多くの人たちにはそのような事を理解し納得した上で行動するまでのインパクトにはなっていなかったわけです。大規模な災害で強烈な体験をすることの方が人の行動を変えさせる大きな力になったというわけです。多くの企業が本社機能を東京から大阪や名古屋に移転させたことに伴って大阪や名古屋への流入人口は増加しました。これらの動きを国際情勢と比較するなら、アメリカが世界で唯一のスーパーパワーとされていたアメリカ一国主義の時代がリーマンショックで打撃を受け、その間にBRIC'sおよびインドネシアなどが世界経済の中での比重を高めてきました。日本の震災による各企業の動きを見るとき、東京一極主義が崩れ大阪、愛知、福岡などが徐々に台頭し始める動きと重なってきます。東京都知事の石原氏は反対の意向を示したとしても大阪の橋下府知事の提唱する大阪都構想などはその典型ともいえるのではないでしょうか??