生産至上主義と消費者主権
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12チャンネルのテレビ東京の日高義樹さんのレポート番組では、現在のアメリカ経済に占める個人消費の割合は八十五%であると報告されていました。これほど個人消費の割合が高くなっている所では、消費者のご機嫌を損ねたり反感を買ったりしてしまうことは、企業にとっても政策担当者にとってもすぐに命取りになってしまうことは明らかだろうと思います。日本の場合には日本経済全体に占める個人消費の割合はアメリカよりも低く六十%と言われていますが、それでも企業の設備投資二十五%、公的部門の支出十五%を合わせたよりも大きい最大部門を形成していることは確かなようです。経済社会の中においては所得がなければ消費にお金を回す事ができないので、どこかで人々は自分の所得を確保しなければならず、従ってどこかの部門で生産者として働いて所得を得ているのですが、その生産の場面における設備投資額よりも個人消費の割合の方が日本経済においては遙かに大きいわけです。

二千年の六月二十五日には日本では衆議院選挙が行われます。そして日本では支持政党無しと言われるいわゆる無党派層の人々の割合が五十%以上にも上っています。日本経済全体に占める個人消費の割合とこの無党派層の割合が酷似しているのは果たして偶然のことなのでしょうか?働いている人間は職場にいる時間は仕事に縛られていますが、そこで得たお金を使って消費者になるときには自由に振る舞うことができます。選挙の場合においてもどこかの政党の支持者だったり党員だったりあるいは政党の支持母体の会員だったりする場合には、そのときの自分の支持政党の言い分に幾分か疑問を感じていてもやはり支持政党に縛られた投票行動になるといえると思います。すなわちそれが組織票と言われる部分なのでしょうが、無党派層の人々はその時々の選挙で各政党が打ち出す政策や言い分によってその時々の判断を下すという投票行動の自由さがあります。

経済社会の場面では消費者は気まぐれですが、投票行動においても無党派層は気まぐれだろうと思います。なぜなら彼らは自由で何者にも縛られない行動ができるからです。日本経済が将来アメリカ経済のように個人消費の部門が全体の八十五%にもなったときには、日本の無党派層の割合がもっと高くなっているだろうかと言うことは非常に興味のある問題ですが、少なくとも経済においても政治においても、この流動的な部分に対して最大限の配慮をしないとうまく行かない条件が整いつつあるように感じられます。経済の場面では生産至上主義から消費者主権や消費者重視への政策転換を考えなければならない時代がやってきていると言うことです。それが産業界重視の経済運営を政策として掲げる政党に対しては、個人消費の割合と近似している無党派層の人々がある意味ではノーと言う部分にもなるのではないでしょうか。

 


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