| 未来志向と復古主義 | |||
![]() 写真のタイトル 日本はこれまで首相や外相などがアジア諸国を訪問したりあるいはアジア諸国の要人が日本に訪問したときなどに、第二次大戦時の日本の行動によるアジア諸国が受けた痛みについて言及されると、日本側は「過去にだけとらわれず未来志向を...」と言う方針がたびたび述べられてきていました。未来志向を取ること自体には私は反対しませんが、アジア諸国が言うように過去の時点で日本が引き起こしたことは日本側は忘れてはならないことだと思いますし、また、「過去においてそのようなことはなかったのだ」と言わんばかりの未来志向はアジア諸国から疑いの目で見られても仕方がないと思います。未来を語ることは過去を隠蔽し葬ることではないからですし、もしそのような目的で日本が未来を語ろうとするのであれば戦争で日本から被害を受けたアジア諸国は過去の問題を持ち出すのは明らかだろうと思います。過去に日本が行った行為自体は事実として十二分に日本側が認めた上で、将来に向けた日本の方針をアジア諸国に示せばよいはずです。 . |
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![]() 写真のタイトル しかし、アジア諸国が過去の問題を日本に対して持ち出すときには日本は「未来志向」を口に出しているにもかかわらず、日本国内の教育基本法の見直し論議においては、森首相は「教育勅語」が持っていた普遍性とやらに言及したりしてます。たとえかつて「教育勅語」に幾分か現在でも聞くべきものがあったとしても、教育理念そのものをただあがめた奉らせているだけでは教育の目的は果たし得ないと思います。日の丸・君が代の法制化以来、戦前・戦中・戦後の理念をさらに越えるだけの日本の理念を打ち出して、そしてその理念は世界の平和を乱さないものとなる未来を模索するのではなく、むしろ復古主義的な動きも日本国内に生まれ出ていることは明らかなようです。アジア諸国に対しては未来志向を口にしながら、その実日本自身は復古主義の道を求めようとする、この動きは何なのでしょうか?日本自身がこれから日本が進んで行こうとする理念と道筋を対外的に示し、その理念と道筋はこれまで日本がたどったことのない道であることをはっきりと世界に、殊にアジア諸国に示すことができたら、アジア諸国も日本が本当に未来志向を取り始めたと認めてくれることでしょう。しかし日本が口にしている未来志向は疑わしいと私には思えてなりません。「少なくとも過去には逆戻りはしない」と言うことだけでも明言すべきなのです。 |
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![]() 『君が代』も考えようによっては普遍性のある意味の歌です。「人の長寿と幸せを願う」と言う意味であるならどこの国の人々に対しても日本人からのメッセージとして歌うことができますし、また世界の国々の人々の長寿と幸せを我々日本人は願っているという意味合いで歌うならまさにグローバル・ヒューマニテイのある歌で、そのような国歌を我々日本人が持っていることを誇りにもできるでしょう し、日本人が相手国の人に対して歌ったとしても決して失礼に当たるものでもありません。しかし日の丸・君が代の法制化においては『 「君が代」の「君」は天皇を意味し、「代」は時代や時には国家を表す』と言う定義付けがなされました。このように意味を限定してしまうと君が代の歌詞の意味合いが持つ普遍性はそれだけ狭められてしまい、日本人の仲間内での話になってしまうからです。なぜなら天皇を自分たちの象徴だと思っているのは日本人だけでしかないからです。このように普遍性を持ちうる歌の歌詞の意味を特定な人物に帰一させることで狭める必要があるのでしょうか? 「君」を天皇「代」を国として「君が代」を「天皇家の国」と言う意味にするとしたら、それはサウジアラビアのようになります。サウジアラビアとは「サウジ家のアラビア」という意味だそうだからです。 二千五年八月にはサウジアラビアのファハド国王が死去し弟のアブドラ皇太子が新国王になりますが、国の富を王族が独占していることへの国内の不満とアメリカが求める民主化の間でアブドラ皇太子も難しい局面にあると言っていいでしょう。そして日本の君が代においては「君」は誰であっても良いものだと思います。当然それが天皇であってはいけないと言うつもりはありませんが天皇以外の人であっても良いはずだというのが私の考えです。 しかし「君が代」の問題を持ち出してくる方向の人たちは「君が代」の君は天皇でなければならないという狭い考えに固執しているわけです。ですから私の考えからすれば、卒業式の時に「君が代」を歌う場合には、男女の生徒がペアになって向き合ってお互いを指さしあいながら「君が代」を歌うというのもアイデアとしては考えられることなのです。何も演壇で日の丸を背にした校長先生に向かって君が代を歌う必要もないと思いますし、その背後にある教育委員会や文部科学省あるいは国家などだけに意識を向ける必要もないはずです。自分の身の回りにいる人々の長寿や幸福を願う心を持つことの方が、国家を狂信する余り多くの人々を犠牲にしてしまう行動を採る人が生まれ出てしまうよりもまだましなわけです。 また、卒業式や入学式で「君が代」を歌うときには、「君が代」の君は卒業する学生や新入生をさすものとして卒業する学生や新入生に日の丸を背にして演壇に立ってもらい、在校生や教職員そして父母達が演壇に向かって「君が代」を歌うという方法もあり得ます。なぜなら卒業式や入学式の主役は卒業生してゆく学生や新入生であるはずで天皇ではないからです。 しかしそれでも「君が代」の君が天皇であってくれないと困るのは日本の社会の中のどんな立場の人なのでしょうか?そして自分たちの身の回りに具体的に存在する人々が愛せなくなってしまうことの方が不幸です。学校で日の丸・君が代が卒業式で現在のような形で正式に導入されたからと言って少年の凶悪犯罪がそれでなくなるものだとも私は思っていません。むしろ事態をさらに悪くさせてしまうかも知れません。 また「日の丸」「君が代」を教育現場で無理強いすることが果たして望ましいことなのかどうかも問題です。テレビで見る以外に実際には会ったことも言葉を交わしたこともない天皇のことを思うが余り身近にいる人間をナイフで刺すという事件すら出てしまっています。すなわち右翼団体の構成員の若者が「君が代」を広めるために自分が卒業した学校の校長をナイフで刺す事件が起こっていたのです。野中広務官房長官が広島県で起こった、日の丸・君が代を巡って教職員組合と教育委員会との板ばさまりになって自殺した校長の事を問題視して急遽法制化の措置が執られて行きましたが、それは近代以降の日本において慣例となっていったものをそのまま踏襲 し明文化するというものだったわけです。というのも『君が代』の「君」が天皇だけをあらわすかのように思われはじめたのは日本の近代化の歴史以降のこと、すなわち 富国強兵の近代化を推し進めるために中央集権体制を強めなければならない必要があった明治時代以後の時間的な範囲においてだけのことだからです。すなわち急速に近代化を推し進め近代国家を形成することが至上命題であった明治政府の統治下に作られた大日本帝国憲法の天皇主権の時代に形成された考え方だとも言えます。 近代化を達成するためには国民の意識を一つに集中させる必要があったからです。それ以前の日本の歴史の中では「君」は自分が思いを寄せいている人なら誰でも良かったのです。すなわち言葉の普遍性という基準から考えた場合には、近代化以前の日本の方が「君が代」の歌はもっと一般的な意味合いを持ち普遍性を持っていたのです。 静御前は義経を思って鎌倉で君が代を歌い舞ったとも言われます。また戦後の日本人も、『君が代』の君は天皇を表すらしいとうすうすは感じていたとしても、それが天皇でなければならないわけではありませんでした。したがって君を一般的な「あなた」という意味にすれば日本人がナショナリズムで強引に他国の人に押しつけようとしなくても、「君が代」は歌詞としてだけ見れば空間的な広がりも持ち得る歌であるわけです。 しかし君を天皇としてしまえば日本の縦社会と言う構成の中に閉じてしまって横への広がりはなくなります。日本の民謡に「あなたお発ちか」と言うものがあります。自分の娘を嫁に出すときの親の気持ちを歌った祝い歌です。よく結婚式などで歌われるのですが、その歌の「あなた」は「宮中に嫁入りすることが決まった女性だけを指す」などと意味を限定してしまったとしたら、普通の日本人が自分の娘を嫁に出すときの結婚式などでは到底歌うこともあるいは歌ってもらうこともできなくなってしまいます。歌一つとってもその歌の歌詞の普遍性はうまく生かすべきなのです。かつての教育勅語の制定においてさえ、「その教えが普遍性を持ち世界の人々が取り入れようとするなら取り入れてもよいはずのものではないか」という考えが考慮の中に入れられています。 そこには世界というものを強烈に意識の中に入れて教育勅語が形成されているという背景があります。 すなわち日本だけでなくもっと広い空間をも意識の中で想定していたのです。しかし教育勅語が制定された時代よりも遙かに後の国際化が進んでいる時点での日本の日の丸・君が代の法制化問題においては、ことに 「君が代」において、それがどれだけの普遍性を世界に対して持っているものなのか、そしてどのようにすることで君が代が世界に対して普遍性を持ちうる歌になるのかに対する配慮はほとんどなされていないと感じます。 また国民主権の時代に於いて「君が代」はどのように扱うべきかも余り深くは考えられていないように思えます。すなわち世界というものに対する意識のレベルは教育勅語制定の時点よりも低いともいえます し、天皇主権から国民主権の時代へ変遷してきていることに対する認識を生かさないままで「君が代」の問題が生まれていると言えます。 「万世一系男系の男子これを相続す」というこれまでの皇位継承権の形態も虚構に過ぎなくなりそうな状況でもあります。 男女産み分けの倫理的問題に対する議論があると言うのであれば、皇室には男子が生まれてもらわなければ困るという考えもおかしなものです。 むしろ封建制時代の儒教の教えのような男子優先の考えが変わるべきと言えるでしょう。 儒教の教えの中には今の時代にも十分必要なものがあることは認めますが、男子優先の考えは変わってもいいものと思います。またそのような中で保守的な指導者達が自分の意向を押し通そうとすれば歪みも生まれてしまいます。 それら保守的な考えによって「君が代」の意味合いを狭めてしまうのは日本の政治的な理由か或いは政治家の了見の狭さや指導的立場の人の考えが時代の実情に合わないが原因です。EUの国歌はベートーベンの第九になると言われますが、日本では年末になると各地で第九の演奏会が開かれています。 別に歌うことを日本人が強要されているわけではないのに第九を歌っています。たとえそれがEUの国歌になっても日本人はベートーベンの第九の「歓喜の歌」を歌うことでしょう。何も国歌はその国の人しか歌わない歌でなくても良いからです。国歌がそのようなものになるにはその国歌に国を超えた普遍性がなければなりません。 第九の歌もドイツ語でそのまま歌われると私などにはその意味がわからないのですが、日本語に翻訳された歌詞を教えられたときには、そこには人間に共通する普遍性があると言うことがわかります。EUの国歌だからと言っても日本人が歌ってもおかしくはないのです。したがって「君が代」を日本国民以外の人が歌っても少しもおかしくないという意味合いの歌にするには「君」を天皇だけに限定してしまわないことです。私は時間や空間を越えて生き延びて長く人間の社会に影響してくる理念や価値観というものは存在すると思っています。特定の時代やある限定された地域においてだけでなく、それが世界の多くの人々に受け入れられて行く考え方というものは存在すると思うからです。 もっと言ってしまえば、長い歴史的変遷の中で手あかに汚れた『君が代」を捨て、新しい国歌を制定することも考えることは出来ることでしょう。 日本の国民にとっても心の中でわだかまりを感じる必要のない国歌にするのも一つの方法だと思えるからです。そしてそれが普遍性を持つ 意味内容の歌であるなら長い命を持つことも可能な事でしょう。仏教はインドで釈迦が唱えてからかれこれ二千五百年も経ってますが、未だにその命は生きています。キリスト教は二千年の命を持ちながらえています。イスラム教を生み出したモハメッドが生誕してからでもかれこれ千四百五十年です。イスラム教も世界の多くの人々の心を動かしています。如何にそれが遙かな昔に形成されたものであったにしても、今もって多くの人々に訴えかける部分がその考えには含まれているからだろうと思います。さまざまにニュアンスを変えながら仏教もいろいろな宗派に分かれたりキリスト教も分派したりしてきてはいますが、起源は全て同じ源からのもので現在はその奔流から多くの支流が生まれ出ているだけだと思うのです。仏教からは日本の国内にも多数の宗派が生まれ新興宗教なども仏教を元にしているものが多数あり社会的な問題を引き起こしたりしていることも事実です。これほど長い年月に渡って多くの人々に影響を与え続ける考え方というものは、まさにその考えの中に人間にとっての普遍性が存在しているからだと思います。天皇家も長い歴史を持っていますが、天皇家の理念や価値観あるいは家訓が長い歴史の中で生き延びてきたというのではなく、家系として途絶えることなく続いてきたまれな家系であると言うことであろうと思います。これほど歴史的な資料が大量に残されている家系は日本では天皇家だけだろうとも思います。そして普遍性を獲得しうる考えや価値というものは、人権や自由(その中には言論や思想・信条 或いは職業選択の自由なども含まれますが)のように、それが特定の人だけに付与されると言うのではなく全ての人間に与えられた権利であるとされたときに本当の普遍性を勝ち得るのだと思います。なぜならそのことによって全ての人々がその恩恵に浴することのできる条件が与えられるからです。個々人の自由を全ての人に認めれば誰もが自分だけの自由を求め始めて利害が生まれ衝突することもあります。お互いの自由がぶつかり合ってしまいどこでお互いが折れ合ったらいいかが問題になる局面が生まれることもあるわけです。その利害の衝突を平和裏に調整するのが民主主義の多数決原理だろうと思います。従って民主主義は日本人の好む「なあ、なあ主義」とは異なるニュアンスを含むものでもあると思います。お互いの言い分を全て出し合った後で決着を計るのが多数決原理の基本であり、「まあ、そう言わずに」と言いながら言い分そのものを控えさせてしまう「なあ、なあ主義」とは本質が違うからです。また普遍性とナショナリズムの観点からもう一つ述べると、アメリカやオーストラリアあるいはフランスやドイツなど世界には多くの多民族国家が存在しているにもかかわらずそれらの国々はそれらの人を国民として受け入れた上で国歌や国旗を持っています。すなわちそれら 多民族・多国籍・多人種で言語も宗教もバラバラの人々を含んだ形にした上で国としての統合のシンボルとして国旗や国歌が存在するわけです。しかし日本の国歌・国旗論争の中には 日本人の純血主義による他民族や異分子を排除しようとする排他的なナショナリズムの臭いを感じざるを得ません。それは排他的で排外主義的な色彩が濃いナショナリズムだと思うのです。 日本は先進国の中でも移民や海外労働者或いは難民の受入数が最低水準の国です。また海外から日本に移住して来て日本の国籍を取得した人でも、自分の生まれ故郷への思いはあるでしょう。それらの人たちは新たに国民となった日本と自分の生まれ故郷の国との間の中で自分自身のアイデンテイテイを調節することに悩みを抱える場合もあるかも知れません。そうであるにもかかわらず日本のナショナリズムがそれらの人たちをも排除するような雰囲気のものであるなら、日本という国に対する彼らの落胆はいかばかりなものになってしまうのでしょうか。 |
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![]() 写真のタイトル では国を越える考えもあり得ると思われる時代に、たとえ国として地域を区分することを認めたとしても、なぜ天皇のためであったり国のためであったりする「君が代」はあるのに国民のためのあるいは国民を言祝(ことほ)ぐ歌はないのでしょうか?「国民(くにたみ)は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」と国民を祝福してくれる歌を歌ってくれる人が、なぜ国の指導者の中には全くいないのかと言うことなのです。この歌詞に対して友人が「民(たみ)が代」という題を付けてくれましたが、「君が代」の返歌として「民が代」が歌われてもいいと思います。国民に歌わせるばかりでなく国民に歌を返してくれる指導者がいてくれても良いはずなのですが、残念ながら日本の国民はよい指導者に恵まれていないのが実状のようです。「君が代」は九百五年に後醍醐天皇の命により編纂された『古今和歌集』に掲載された「読み人知らず」の歌だと言うことであり、七百九十四年から始まっていた平安時代には十一世紀初頭に完成した有名な『源氏物語』からもわかるように、和歌の歴史はその後日本の文化的な土壌の中では贈られてきた和歌に対して返歌で答える伝統へと発展していったので、「君が代」への返歌としての「民が代」が付け加えられたとしても日本の文化的な伝統を損なうわけではありません。『古今和歌集』が九百五年に編纂されたとすれば千百年ほどの歴史の中を生き延びていますが、日本の近代以降の歴史は百数十年間でしかありません。『君が代』の「君」が天皇しか意味しなくなった歴史の方が日本の歴史の中では短いのです。そして「民が代」は国民主権の時代の歌としても成り立ちうるものですし象徴天皇を頂く国民主権の国としての意味合いは十分成立しうるものだと思います。でないと国民ばかりの片思いになってしまうからです。恋愛の場合には片思いが行き過ぎればストーカー行為にもなりますが、国家や天皇への片思いも行き過ぎれば犯罪を生み出しもします。 |
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| 単に復古主義の道だけを考えるのではなくこれまで日本がたどってきた歴史や世界との過去のいきさつや関係なども考慮に入れますます国際化して行く時代に対応できる考え方をどんどん生み出して行くべきだと思います。二十世紀最後の年の時点においてさえ人・モノ・金は国家の枠を越えて大量に移動し 、その場面での国境は無くなろうとしてます。二十一世紀にはさらに情報の国際化が進みこれまではマスメデイアが拾い集めてきた世界の情報にくわえて個人レベルで自宅にいながら世界の人々と情報交換や意志疎通を図ることが可能になります。情報にも国境が無くなり個人間を隔てる距離の壁が無くなって行くわけです。そのような社会の到来が間近に迫り現在進行中である中で、日本人は何も日本人だけの中で閉じこもっている必要もないはずですし、ましてや日本人を日本だけの考えの枠の中に閉じこめておくこともできようはずもないと思います。そのためにも国家主義の時代の色彩を帯びたものではなく、より世界の人々に理解され受け入れてもらうことのできる価値観を持った方がよいと私は思います。それが日本のグローバリゼーションの道だろうと思うからです。そのような状況の中にある二千年時点の日本国内に国家主義への復古主義の動きがちらつくのは、時代がそのように動いて行きつつある事への危機意識から生まれる一つの反応のようにも考えられますが、その反応の仕方は方向性が間違っているだろうと私は思います。 国政を司っている人間にとっては国家が相対化されて行きそうな事態に危機感を感じるのかも知れません。しかし現在の時点で海外へ日本人が行くことはすでに庶民レベルの行動にさえなっています。九十九年時点では不況の影響でかつてより幾分低下していると言っても日本人の海外渡航者は年間で千六百万人以上です。海外留学する学生も男女の別なくこれまでよりも多いものになっています。諸外国についての見聞も、かつては知識人や裕福な人間だけしか知り得ることができなかったにもかかわらず、現在はそれが国民レベルのものになってしまっています。そんな時代に日本だけがすばらしいと思いこませておこうとしてもそれは到底無理なことです。日本にもいい面はあるでしょうが欠点もあると思います。当然の事ながら諸外国においてもそうでしょう。そのようにした海外の諸国と自国とを見比べる事のできる目を持った人たちに対して日本だけを取り立ててすばらしいもののように思いこませる必要もないはずです。海外の諸国の良い点あるいは見習うべき点はどんどん日本にも持ってきてくれて良いはずだからです。 | |||
| 人間はどうしても自分に身びいきになってしまいがちです。自分に都合の良い情報ばかりを集め自分に都合の悪い情報は無視したがるものだとも思います。しかしそうしたからと言って相手がいなくなってしまうわけではありません。自分に都合の悪い情報を持っていたり知っていたりする人間は消えてはなくならないのです。日本という国家だけに都合の良いものに世界をしようと思っても、世界の国々にもその国なりの事情と都合がありまたその国なりの言い分があると思います。日本人が日本人同士の間でいくら仲間誉めをしあっていたとしても、世界の人がそれを認めてくれるとは限りません。そのためにも世界には多くの人が存在していることを十分に認めなければならないのです。日本人が日本という国と天皇という人とに目しいになっていた時代への復古主義の道は選ぶべきではないと言うのが私の考えです。日本人にとって確かに天皇は象徴です。しかしその象徴に対して世界の人々が日本人と同様の認識の仕方をしているのかどうかはよく考える必要があると思います。
世界の他の国々の中にも国王などが存在している国はあり、それらの国々と日本との間を日本人は行き来もするからです。また天皇に対する思い入れは日本人の中でさえその受け止め方は幾分か濃淡の違いもあることでしょう。日の丸・君が代を法制化して日本国内をいくら引き締めてみても世界の中で天皇がどのような受け止められ方をするかにまでは日本政府も手が出せないはずです。そのような人の自意識に関わってくる部分を幾分かでもぎすぎすしたものにさせないために人間共通の価値として受け入れてもらえるような普遍性を日本として打ち出す必要があると思うのです。戦後と言われる時代ももう五十年以上が過ぎました。その間に新たなる思想や理念を形成する労力は全く払わずひたすら経済的な部分を拡大させることだけに意識を集中し、その経済がぐらりと来たときには政権担当者がその間の社会の変化に意を払うことなく過去の思想や理念にすぐに舞い戻る以外に術を知らないとするなら、政党人は思考の場面においてなんと怠慢であったのかと言うことになると思います。五十年以上にも渡って理念的な部分での思考や思索の営為を何ら払って来なかったと言うことになるからです。二千年時点の日本は経済面で強気になれる状況ではとうていないのでせめて意識の面だけでも強気な態度をとりたいと願う余り日本の国として大失敗であったと言わざるを得ないにしても日本が威勢良く強がれた戦時中のイデオロギーへの回顧をしようとしているのかも知れません。しかしそのような対処方法では経済自体は強気になれる条件に転換して行きはしないと思います。銀行の不良債権を完全になくし財政赤字を均衡させ失業率を下げる方策を施し日本経済を健全体にまでに戻すには長い年月に渡って日本自体が工夫と努力を重ねる必要があると思うからです。経済がぐらりと揺らぎさまざまな変動とともに多くの事件が生まれ出る背景が存在していることは確かです。社会のこれまで価値観も大きく揺らごうとしています。かつては貧困なるが故に犯罪を犯さざるを得ない人々が多かった時代もありました。それらの人々には同情すべき部分も十分にあったと思いますが、いまはもっとも楽な方法で人並み以上の豪勢で贅沢な生活がしたいが故に凶悪な犯罪や組織的な詐欺を犯す人達も増えています。それは凶悪な犯罪を犯す少年達が増えてきていると言う事実をテレビや新聞を通して大人達が見聞きして「このままでよいのか?」と大人達が考え始めるのと同じように、少年とされる年齢にある人たちも大人達が引き起こしている不正や犯罪のニュースに日々触れて何らかの心理的な影響は受けていると考えることの方が実体に近いと思います。「大人達だってやってるんだから俺達がやっちゃあいけねーんかよ」と言うわけです。現在の日本はラジオしかなかった時代とは全く違ってしまっています。ラジオばかりでなくテレビジョンの普及やパソコンによるインターネットの普及、携帯電話の一般化や種々の雑誌類の出版など、情報を得る方法は多種多様化しています。そのような中で凶悪な少年犯罪が多発してきたからと言って過去の理念に舞い戻るだけでそれが解消されると言うことでもないでしょう。大人達の生活や価値観も過去とは異なるものになっているわけだからです。少年犯罪は単に事件を起こした少年だけに問題があるとも私は思っていません。社会全体に対するうっすらとした不満が無差別の傷害事件につながったりもしているからです。大人達はかつての大人たちの生活形態や考え方とは違った生活形態や考えの持ち主の大人達が増え若者達もかつての若者達とは違った若者達になってきています。そのような社会全体の変化の中での若者達の気風の変化をふまえながら考えて行かない限り犯罪に対する対処方法も間違うのではないかと思います。戦後五十年の間、戦後のどさくさから高度経済成長期をへて世界第二位の経済大国へとのし上がり、幾たびかの景気変動はあったものの経済の拡大はバブルを生み出すまでに成長した(なぜなら余剰資金が存在しないところにはバブルは発生せず、日本の資金が余っていたが故に日本のバブルは引き起こされたと考えられるからです)日本経済でしたが、戦後五十年と言う間日本はあるいは日本人の多くは私の言葉で言うと「額面価値」の増大オンリーで「社会的価値」の創造をあまりにもおろそかにし「社会的価値」には無頓着であった、あるいは優れた社会的理念やその理念を実現するための社会制度などを含めた「社会的価値」を創造する人々を軽視してきたことの問題点が二千年時点では非常にあらわになってしまったと言えるのではないのでしょうか。諸外国の人々が自らの判断で日本の制度や理念を取り入れたいと思うような魅力ある「社会的価値」を日本人自身で作り出せるようになるのはいつの日のことなのでしょうか。そのような「社会的価値」は日本の帝国主義による植民地支配の時代のように「日本が諸外国に押しつけた」とは言われないはずのものだと思います。日本とてもかつて日本が近代化の道を歩もうとした明治期においては、日本自身が自ら進んで法律はフランスから医学はドイツから、農業知識はアメリカから積極的に取り入れてきた経緯もあるのですから、日本自身が優れた普遍性のある理念や諸制度あるいは知識や技術を生み出せば、日本自身は何も言わなくとも、世界の国々の方がそれに習うことすらあり得るはずだからです。そして一番危険なことは、過去の先人達が築いた諸制度の上に乗っていることだけに安住してしまうことだと思います。そして理念や諸制度の創造は手先の器用さを十二分に発揮してモノ作りに成功したと言われる日本人にとっても手先の器用さだけで作り出せるかどうかは別物だと思います。手先の器用さだけでは作ることができなかった重要なものもあったと思うのです。
日本はアジア諸国から過去の問題を指摘されるとき未来志向という言葉でかわそうとしてきて来ましたが、バブル崩壊を経験した後の日本はアジア諸国にとっても未来の姿を提示できていないのが事実です。アジア諸国の中で最初に近代化を達成し戦後は経済大国になって見せた日本はアジア諸国にとっても未来のように見えていたかもしれませんが、そのような日本の姿も影が薄くなり始めているように思えます。
過去の栄光にすがっているだけでは、日本は現在と将来を生き延びてゆくことが出来ないのではないのでしょうか?
日本を過去の姿に復元しても、それは過去においてそのような姿を形成したときほどの形成力は持ち得ないでしょう。その時代の是非の評価は別にしても、時代が本当に初発的な試みに挑戦するときにおいてのみ最も人々は新鮮な感じを抱き夢中にな
り一つのエネルギーを発揮するからです。本当に新しい理念や思想でない限り、かつては新刊本で今は古びてしまった本を、もう一度書棚から取り出して読み返すようなものになるでしょう。
そこには真新しい新刊本の時に読んで感じたような興奮は既に消えていることであろうとも言えます。それがまったく新しい理念や思想が作られたと言うことと、過去の時代の復元がなされたと言うこととの違いのようにも思えます。
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