ハードウエアとソフトウエア
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戦後の日本経済はまずモノ作りに力を入れることはから始まりました。戦後すぐの食糧難の時代にはまず食糧の増産が急務でありそれと平行して工業製品の生産を行うための産業の振興に国民挙げて力を注いできました。政府は国策銀行を作り日本の産業振興を後押しし、その結果日本は千九百八十五年には世界最大の工業製品生産国になりました。そしてそれら工業製品を輸出する事から得た外貨によって日本は世界最大の債権国へと飛躍してゆき世界最大の外貨保有国にもなりました。しかし問題はそこからでした。日本人がため込んだ資金はバブル経済時点で土地と株に投下され挙げ句の果てにそれは破綻して行きました。人々が働きため込んだ資金の運用に失敗したのです。

コンピューター分野にたとえるなら日本のハードウエア分野すなわちコンピューター本体の製造技術は世界と遜色がないとも言えるでしょう。モノ作りの技術は世界の中でも日本はトップクラスだったといえるからです。そして製品に競争力があるからこそ日本の製品は売れ外貨が稼げている部分が非常に大きいと思います。「安かろう、悪かろう」と言われた「Made in Japan」の時代は戦後の一時期だけでそれ以後は日本の製品の評価は海外で非常に高まっていたと思います。そしてバブル経済の時点においては日本の官僚の中に「もはや諸外国から学ぶべきものは何もない」と言い放つ人も出てきていました。それが阪神大震災を経験すると「アメリカのFEMA(連邦緊急事態省)に学べ」とかバブルが崩壊して金融ビックバンとなり今度は確定拠出型年金(日本版401k)だとか、諸外国の制度をそそくさと取り入れ始めています。

これをコンピューターで言うならソフトウエアの輸入であると言えます。コンピューターのOS(運用ソフト)はウインドウズやマッキントッシュなどアメリカ生まれのものが圧倒的なシェアを誇っています。ホームページ閲覧ソフトであるブラウザーもインターネットエクスプローラーやネットスケープなどアメリカ生まれのものが他を寄せ付けない状態です。日本が得意とするソフトウエアは主にゲームソフトであり、ハードは世界一流の水準にあるといえるのに管理運用は「お遊び」といえると思うのです。そのことは日本の社会にも当てはまることで、日本の大手銀行のビルはどれも非常に立派なものです。すなわちハードウエアは世界の中でも見劣りはしないのですが、管理運営がお遊びなのです。高層ビルの東京都庁は行政の建物としては世界の中でもそれほど恥ずかしいものだとは思えませんが、では東京都の財政の運営や都民に対する行政サービスは世界有数の水準にあるといえるのでしょうか?日本はモノ作りに成功しハードは非常に立派なものになりはしましたが、社会制度や法制度あるいは経済運営などが世界一流の水準にあるとは到底言えないように感じられます。すなわち法制度などを含むソフトウエアの出来は見劣りししかもその使い方までもがでたらめという状態だと思うのです。それは日本の社会科学その中でも経済学の水準が世界の水準に比べて、ことにアメリカなどに比べて低いと言うことも関係しているかも知れません。それは経済学部出身の私にとってもまじめに考えなければならない問題ですし、経済学者に対する日本人全般の評価にも関係してくるものだろうとも思います。なぜなら日本人のノーベル賞受賞者が出ていないのは経済学部門だけであると言うことでもあるからです。日本は「経済学無き経済大国」という状況が長く続いてきたと思うのです。

そして二千年になって日本の宇宙開発事業団や文部省の打ち上げたロケットはいずれも失敗に終わったのに対し、中国の有人宇宙飛行のための実験用ロケットの打ち上げは大成功という結果になりました。その前の年には茨城県東海村の原子力施設の事故など、日本の科学技術に対する信頼度も低下してきました。日本が唯一世界に誇れていた経済的な利益の源泉であるはずのモノ作りの部分もがなにがしか揺らいできています。なぜならモノ作りの背景には科学技術の裏打ちがなければ成り立たないことですし、諸科学の背景は数学が支配している世界でもあるからです。ガルブレイスの『新産業国家』にあるように、現代の企業にはテクノクラートと呼ばれる大量の技術者が存在しています。これは主に理工学系の人々すなわち自然科学や理学部あるいは工学部出身の人々たちの集団を指していますが、企業の経営管理などにも数理的な科学的管理が一般になり山勘だけの経営や資金の運用と言う時代は終わろうとしています。すなわち経営工学と呼ばれるたぐいの企業マネッジメントや金融工学と呼ばれる所得から消費を除いた後に残る貯蓄から生まれた資金の運用である投資理論などの部分です。また外交や政党同士の交渉あるいは経済的な交渉という非常に人間同士の駆け引きに依存している意志決定の仕方の部分に対してはゲームの理論が生み出されています。そしてお互いがお互いに影響しあいながら連鎖して変化して行く動きは複雑系と呼ばれる理論で解明しようと試みられています。しかし日本においては社会のソフトウエアが見劣りしていただけでなくここに来てハードウエアの方にも懸念材料が出てきているように思われます。日本の宇宙開発事業団ならびに文部省のロケット打ち上げの相次ぐ失敗、茨城県東海村の原子力施設の事故など日本の巨大科学技術にも何かしら揺らぎが起きています。方や中国の有人宇宙飛行用の実験用ロケットの打ち上げは大成功裏に終わりました。二千年の二月には日本の官庁のホームページに中国からと思えるハッカーが侵入し南京虐殺の抗議文を掲載しましたが、これとても中国の右翼とされる人々のコンピューター操作技術の一例であり、果たして同じ右翼と呼ばれる人たちの日中比較を行った場合コンピューター操作技術においては中国の方が優っていると言えるのではないでしょうか。当然その自己ピーアールの仕方も中国の方が強烈であったわけです。経済的な成功の中で慢心していた日本人もそろそろ考えを改めて出直すべき時期のように私には思えてなりません。

 

NASDA(宇宙開発事業団)

カネと宇宙開発

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