| 額面価値と社会的価値 | |||
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カール・マルクスは著書の『資本論』の冒頭の第一巻第一章の「商品について」のところで商品に含まれるものとして使用価値と交換価値を上げています。商品に内在するこの二つの価値の対立から説き起こして、資本家階級と労働者階級の階級対立にまで発展させ弁証法で社会を描き資本主義社会の崩壊の必然性を述べました。 私は資本主義社会が彼が言うように崩壊が必然であるとは思いません。マルクスがモデルとした当時の資本主義社会は初期資本主義と言われるものであり、その後資本主義社会は独占禁止法や福祉の概念あるいは累進課税の方法などを組み入れて、初期の資本主義社会が持っていた重要な問題点あるいは欠陥を是正した修正資本主義に変化してきました。それは世界の中に社会主義国家が誕生してくる中でそれらへの対抗上も取り入れざるを得なかった制度でした。「失業者が存在しない社会」と言う社会主義の理念は現実的には完全には達成できていなかったにしても、景気変動を繰り返す中で多くの失業者を生み出してしまう資本主義社会にとっては社会主義の理念に対して対応措置を執らざるを得ない課題でもあったからです。そしてソ連邦の崩壊によって資本主義は社会主義制度に対して勝利を収めたかに見えます。 ただ、現在の資本主義の中で暮らす人々の意識において問題点はあると思います。バブル経済を経験した日本人にとってカネが全ての価値を表現するものだという考え方が強く浸透しているとすれば、それは問題であろうと思います。それを私は「額面価値」と「社会的価値」と言う言葉で表現したいと思います。2・2・6事件で暗殺された高橋是清は若く身分の軽い地位にあった時、日本の特許法の作成を行ったと言うことです。彼がその仕事をする事で得た金銭的な利益はそれほど大きくはなかったことでしょうが、その法律ができたが為に特許法を作るために高橋是清が働いて得た収入よりももっと大きな利益を得た人はいたことでしょう。経済学者のミルトン・フリードマンは証券市場の会頭から依頼されて通貨の取引市場を開設するための論文を書くようにと依頼されました。彼が受け取った原稿料は五千ドルでしかなかったと言うことです。日本円にすれば五十万円ほどのものでしかありません。が、この論文のためにニクソン大統領は金=ドルの結合である金本位制を廃止して本格的な変動相場制へと移行ししました。所謂ニクソンショックというものです。それは世界的に大きな影響を及ぼし現在でも我々はその制度の中で暮らしているわけです。現在為替市場では莫大な資金が日々動いています。そしてその中で人々は大きな損失を作ってしまうこともあるでしょうが莫大な利益を上げることもできます。コンピューターのプログラムの基本的なルールを発案した人にチューリングと言う人がいますが、その人がもし特許を申請していたとしたらマイクロソフトのビル・ゲイツを遙かにしのぐ大富豪になっていてだろうと言うことです。性的不能治療薬のバイアグラの開発に貢献した医学的な発見を行ったとして三人の医学者がノーベル医学生理学賞を受賞したことを記憶されている方も多いことでしょう。ノーベル賞の賞金は日本円でかれこれ一億円程度のものですが三人の共同受賞だとそれを三等分するので一人あたりでは三千万円ちょっとにしかなりません。日本では私立大学の歯学部に子供を一人入学させる為だけでも一千万円の費用が必要です。私立の医学部ともなれば子供一人に三千万円必要な大学はざらにあるといえるでしょう。では自分の子供一人を私立の医学部に入学させるための費用を捻出するために親が払った苦労や労力と学者がノーベル賞を受賞するような研究に払った苦労や労力は等しいと考える事にしましょう。なぜなら額面で計ればどちらも三千万円で同じだからです。しかしこの場合、自分の子供を私立の医学部へ入れた親とノーベル賞をもらった学者たちとの社会的な影響力は同じなのでしょうか。それ全く異なることは多くの人たちに認めてもらえると思います。すなわち金額の面で計った「額面価値」とその社会的な影響の大きさである「社会的価値」は同一ではないと言うことです。そしてバイアグラを製造したファイザー社の利益はどれほどのものであったかは想像もできません。日本の個人輸入でバイアグラを売りさばいた会社の収入だけでも三千万円どころではなかったのではないのでしょうか。 またマイクロソフトのビル・ゲイツ氏も著作権という法的な裏付けがなかったらあれほどの富豪にはなれなかったことでしょう。しかし著作権という概念を最初に考え出した人がそれを考えたことで大きな金銭的な利益を得て富豪になったわけでもありません。非常に重要な社会的な価値を形成した人とその社会的な価値を根拠として利益を上げた人とでは額面価値で計れば雲泥の差があるのですが、では社会的価値を形成した人には額面で計った価値しかないのかというと、額面では計りきれない大きな価値があると言うわけです。人権や自由などと言う概念はそれを考え出した人自身は大きな金銭的見返りが得られたというわけではなくても世界中の人々に恩恵を与えていると言うことも事実でしょう。それらの人々から我々が受けている恩恵は貨幣計算したらいくらになるのでしょうか。あるいは貨幣では計算しきれないものかも知れません。すなわち額面価値だけでは計りきれない社会的価値というものが我々の社会には存在していると言うことなのです。カール・マルクスなどは極貧の生活の中で『資本論』を書きましたが、彼のこの著書は世界を自由主義圏と社会主義圏という二つの異なる経済体制に分断してしまうほどの影響を与えてしまいました。カール・マルクスが世界に与えた影響力を彼が稼ぎ出したカネの量で量ろうとすることは不可能なことです。したがってバブル経済を経験した日本人が、全ての価値は額面価値で計りきれるものだと思ったとしたらそれは間違いだろうと思うのです。額面価値では計りきれない大きな社会的な価値が存在していることは事実だからです。私はマルクスのように額面価値と社会的価値が対立して資本主義が崩壊するのは必然だというつもりはありませんが、社会的価値を無視することは間違いでもあるし危険だとも思うのです。大きな額面価値を手に入れた人がそれに見合う社会的価値を生み出しているというわけでもなく、大きな社会的価値を形成してもそれに見合う額面価値をその人が得ているわけでもないのが現実だからです。多くの人々に恩恵を与える社会的価値を利用してその社会的価値を形成した人が手にできた額面価値よりも遙かに大きな額面価値を得た人は賢いかも知れませんが大きな社会的価値を生み出した人は大きな額面価値を手に入れた人よりも偉い人だと思うのです。これは常日頃私がよく耳にしたりする「経済学者が金を持っているわけではないから.....」と言った巷でささやかれる話に対する私の違和感というか疑問に対する私なりの答えなのです。社会への影響力からすれば六十年代にハワイ島で大気中の二酸化炭素濃度が上昇していることを最初に発見し世界に警鐘を鳴らした自然科学者たちはどれだけの額面価値を手にしたといえるのでしょうか。しかしそれは温室効果という地球温暖化の問題として全地球規模で人々の関心事になってきています。自然科学にしろ社会科学にしろあるいは人文科学や法律や芸術分野にしろ、社会的価値の所産である大きな影響力はその社会的価値を形成した人たちが手にした額面価値だけでは推し量ることができないことは明らかだろうと思います。
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