朝9:00、ツインリングに練習走行しに行ったブライアン達は、またコースに
向かい車を走らせていった。今日はいよいよ「Boxing」との対決の日、セッ
ティング等の総仕上げだ。
そんな中、走り屋の間では昨日のバイパーのことで話題になっていた。ロッド
とBoxingのメンバーの一人、キョウが何か喋っている。
「ロッドさん、昨日のヤバかったんじゃないですか?」
「それを言うな!あのバトルのせいで、気分が悪いんだ」
「でもあのFC、型遅れな車なのにロッドさんのハイテクレガシイに勝ってしまう
なんて」
「いや、車のパフォーマンスで負けたような気がしないんだ。むしろ、テクで負
けたような気がするんだよな」
「そんなことないですよ、あれは絶対車の性能の差ですよ」
「それを言うな!俺の車が遅いみてえじゃないかよ」
「すいません、けどテクの差の方が屈辱じゃないですか?」
「ああ、俺も昨日は屈辱だった。女に負けたっていうことじゃない、元々女を馬
鹿にするようなタイプじゃないからな、俺は」
「じゃあ何故なんですか?」
「純粋にバカをした俺自信に対して自分自身を侮辱しているから屈辱なんだ」
「ん?」
「分かるか?NOS噴射のタイミングをバカして、間違えたんだ。そのお陰で、
俺はロータリーにボロ負けだ、コーナースピードでは負けるって分かっていた
が、直線で、しかも俺の得意とする短い直線区間でだ、焦ってヘマしちまった
自分を知って、屈辱な気分だってことだ」
「確かにですよね、ロッドさんはNOSの使い手って言われてましたからね」
「あそこで、何も気づかないうちに、つまり無意識に押しちまったんだ。それが
原因だったんだろうな」
「そういえば、昨日噂になっていたバイパーのことしってますか?」
「ん?俺のために話題を変えてくれたのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど、気になったもので」
「そうか、あのバイパーか、いよいよ現れたか、アメ車集団」
「アメ車集団?」
「ああ、最近現れたチームでな、名前は知らないが湾岸をもう鎮圧しちまった
っていう位凄いチームだって事は聞いた」
「湾岸を鎮圧!?」
「ああ、あそこらはマニアックなショップの専属チームみたいなのがゴロゴロあ
って、絶対鎮圧なんて夢のまた夢なんだが、それを僅か5日間で終らせちまう
んだから、相当だろうな」
「5日間で?」
「そうだ、とてつもなく速い、バイパーによって」
「バイパー?」
「そうだ、昨日のバイパーとまるっきり一緒のバイパーだ」
「なんてこった」
「だが、そいつがNO.1じゃないらしいんだ」
「じゃあ一体誰が?」
「さあな、噂だとシェルビーGT500らしいが、真相はよく知らん」
「シェルビーGT500?」
「おう、まだ一度も正体を見たやつはいないらしいがな」
「でもそいつらが環状に攻めてくるってことないですよね」
「バーカ、そいつらが環状エリアに侵入するから騒いでるんだろ!」
「ええ、ウソ〜!?」
「だから、俺も焦ってるんだよ。例のシビックの奴らをやっつけて、それからまた
次なる相手だからな、セッティングも容易じゃないだろ?」
「けど、その前に今日の相手がシビックだから楽じゃないですか?」
「それもそうなんだよな、テンロクとボクサーだなんて、悲しくなるような組み合
わせだからな」
「シビックとの勝負だなんて、先が見えているような感じでしょうね」
「その通り、今日は楽な勝負になりそうだな」
二人とも今日のバトルの事を話しているようだ。ロッドはブライアンを馬鹿にして
いるようだった、恐らく「シビック」だからだろう。
午後4時、5台はツインリングを後にした。いよいよ戦いの場に行くのだ。そして
その3時間後、彼らはいつもの辰巳PAにやってきていた。そこには、まだ誰も
いない様子で、いつもの盛り上がりがない。相手チームも来ていないようだった
ので、ブライアンは今日の成果を試す事にした。
まだ明るい7時だったが、今日は何故か一般車の量が少なく、警察もいなかっ
た。オービス対策もばっちりで、早速全開走行に持ち込んだ。多少ギアのセッテ
ィングを変更したためか、加速が良くなっていた。と、そんな中に一台の車が近
づいてきたのだ。
(ん?やけに速い車だなあ、全く直線で飛ばすだなんて、誰でも出来るっての、
俺が本当の環状線の攻め方を教えてやる)
ブライアンは次のコーナーで恐ろしいほどの突っ込みをかました。だが、後ろの
車はブライアン以上のスピードでコーナーに侵入し、さらに立ち上がりでもブライ
アンを凌いでいた。
(なんだと?突っ込みで負けただと?俺が?ふざけるなよ、もいちどやってみろ!)
ブライアンは再び次のコーナーでまた激しい突っ込みをした。だが、後ろの車はさら
に調子づいて、いつのまにかブライアンのシビックにピッタリと張り付いていたのだ。
(どうなってやがる?車種はなんだ?知り合いか?)
結局、ブライアンは前を譲ることにして、車を確かめる事にした。が、車を見た瞬間
彼は開いた口がふさがらなくなった。
(マスタングだと?しかも、シェルビー500、冗談じゃないぞ、「エレノア」って言われ
ていたあの車か?しかも、凄く速い。いや、コーナーも速い、むしろ、コーナーが速い
といったほうがいいだろうな、なんだよあれ?これからバトルだっていうのに、
嫌な気分にさせやがって…)
ブライアンは完全にやる気をなくしたようだった…。だが、そんなことをしている暇は
ない、すぐこの後、バトルがあるのだから…。
彼は、今あった事を誰にも言わない事にした。とにかく、バトルに集中するためだ。
そして、ようやく本命の「Boxing」のメンバーがやってきた。もちろん、ロッドやジャッ
クも一緒だ。
「あんたがブライアンか?俺はロッドだ」
「そうだ、あんたどこの国の出身だ?」
「ドイツだ」
「へえ、じゃあとっとと始めようぜ、バトル」
「ようし、今日のルートはこんな感じだ、いつもの通り、SPバトル方式だ」
「OK、そうだ、さっきここにくる時、白に青いストライプの古いマスタングを見なかった
か?」
「いや、見てないが、それがどうかしたのか?」
「そうか、何でもない、こっちの話だ、さあバトル始めようぜ」
「おう、そうするか」
というと、二台ともPAを出て行き、目的地まで走っていった。
そして、その目的地まで着くと、いよいよあのカウントが始まった。
「3,2,1、GO!」
バトルが開始された!
最初に飛び出したのはロッドで、その後ろ少し離れたところにブライアンがついた。
最初のコーナー、大きな減速を必要とするここのコーナーで、ロッドの力が発揮され
た。ジムカーナ出身のロッドは、ヘアピンのような鋭いコーナーをもっとも得意として
いる。一方のブライアンは、高速コーナーを得意としており、ここでは少し遅れ気味の
ようだった。立ち上がりでも4駆で安定しているロッドのレガシイに比べ、FFでしかも
ドッカンターボのブライアンのシビックRは大分車が暴れているようで、相当苦労して
いるようだった。だが、これはあくまで一種の試に過ぎないことで、本当のブライアン
の怖さはここから発揮される事になる…。
次のコーナーは高速コーナー、ロッドはアンダーを出さないよう微妙にアクセルを調
節していた。ロッドのアクセルコントロールは定評があり、自分でも相当自信を持っ
ている。だが、ブライアンのアクセルコントロールはもっとシビアで、ロッドを超えるモ
ノであるのだ。そう、4駆では絶対身に付かない、FF独自のアクセルコントロールを
ブライアンは完全に身に付けていて、そのテクこそが今までのブライアンの勝利の要
因でもあったのかも知れないと言われている。基本的に前輪が駆動していることは
共通している4駆とFFだが、一つ違いがある。それはリアの違いだ。4駆は全部の
タイヤにパワーを伝えていくが、FFは前のみ。ここでロッドとブライアンの違いがある
と言う事が分かるのだ。つまり、FFだとリアがフリーになるため、ガンガンリアを使う
ことが出来る、このリアを使うためのアクセルコントロールというのが、FF乗りにとって
重要になってくるというわけだ。
(つくづく速い奴だ。シビックって聞いたから、楽な勝負だと思っていたが、そうじゃなさ
そうだ。こいつはR以上に速い、俺が相手をした中でもトップクラスだろうな)
ロッドの戦法は一定している。いつもは自分よりハイパワーな車を相手するので、それ
に合わせ、カウンター勝負を仕掛けたり、直線でNOSの駆け引きをしたりと、常にほと
んど一定なのだ。だから、相手に見抜かれる率が非常に高い。だが、それだから故に
今まで勝利してきたと言うのも事実だ。だが、今回は自分よりパワーが小さい車を相手
にしている、となると戦法も変えてくるのでは?と思うかもしれない。だが、ロッドは決し
て戦法を変えるようなことはしない。その戦法がロッドのポリシーでもあるからだ。敢え
てそれを変えるようなことをしなかったロッドに、今日ばかりは…。
(ったく、4駆乗りってのはこれだから嫌なんだよな。目一杯幅使ってドリフトしやがるか
ら、自分がドリフトする幅を確保するのが精一杯だぜ)
バトルは長くなりそうな勢いだった。一向に展開がないからだ。そして、NOSを使うに
ピッタリの直線区間がやってきた。ここですかさずロッドがNOSを噴射!一般車両も
なく、絶好のNOS噴射タイミングだったので、即座に噴射してしまったのだ。
(もう噴射しちまったのか。アホじゃねえの?エンジンが弱まった時に使うのが常識だ
ろ?ゼロヨンじゃないんだぜ)
そう、ロッドのNOS使用目的は、相手との間隔を広げるためなのだ。だが、ブライアンの
使い方は全く異なる。つまり、エンジンを回復させる、元気を取り戻させると言う意味で
使うのがブライアン流、だからこそ、エンジンが元気な時はNOSを使わないのだ。かえ
ってNOSを使いすぎると、逆に負担になるからだ。そう、無論リサとのバトルでそれが
証明されているのだ。あの時、とっさにNOSを噴射したロッドは、結局負けてしまった。
NOSの噴射は早くてもいけない、遅くてもいけない、タイミングが重要なのだ。ロッド
の使い方は正等だが、ブライアンの使い方だって邪道とはいえない。使い方は色々と
あるからだ。
(何?NOSを使ってこないだと?作戦変更だな、こりゃ)
ようやく戦法を変更する事にしたロッド、だが時既に遅し、ブライアンの鬼の追い上げが
間もなく始まろうとしているのだ……