ブライアンがそこで見かけたもの、それは一台の白いシビックだった。

「ブライアン、只今参上!」

「おお、ブライアン。朝早くすまないな」

「給料アップか弁当特上よろしく」

「いや、これを見たらそんなこと頭から消え去るぞ」

「このシビックか?」

「ああ、昔伝説だった走り屋が乗っていた車のエンジンを移植したら

しくてな、これがまた凄い訳なんだ。ボンネット開けてみろ」

ブライアンはボンネットを開けた。すると、突然トリハダがたった。

「なんだこいつは…、シェルビーの427キュービックインチじゃねえか、

こんな代物そう手に入らないぞ、しかもこれをシビックに載せるだなん

て、相当な技術の野朗でも無理だ」

「そうだ、最大馬力は700PS級、いやもっと上らしいぞ。最高速度は

370kmを記録したそうだ」

「でもこんな代物をわざわざこんなシビックに移植する必要あるのか?」

「それがミソなんだ」

「それがミソ?どういうことだ?」

「まあ話すと長くなるから、後にする。とりあえず、この車を今日は宣伝

に使うことにしたんだ」

「どういうことだよ?こんなの宣伝になるのか?」

「ああ、これで4倍は儲かるらしいぞ」

「変な迷信に惑わされたってことか」

とりあえず、なんだかくだらないことで呼ばれたと思ったブライアンは、少

々気が立っていた。だが、これも工場長の気遣いだと思ったブライアンは

その苛立ちをなるべく拭い去るようにした。そういえば、昨日見た夢(正確

には今日)で「シビック」とか「コブラ」とかどうたらこうたら言っていたな、ブ

ライアンは夢の中の会話を必死で思い出した。ふと、このシビックと昨日の

会話を重ねてみた。そういえば、「そしてエンジンをシビックのドナーとして

使う」とか言ってたっけ、しかもエンジンがシェルビー・コブラ…。ん?となる

と、こいつはまさか…?そんなはずがないと思ったブライアンは、その事を

また忘れてしまった。そして、いつものように仕事に取り掛かっていた。

今日もまた英国車のアストンマーチンDB5を修理していた。だが、これが

ブライアンにとって大きな楽しみの一つ。英国在住時代もよく修理していた

らしく、修理の早さも腕もお手の物だ。その上アストンマーチンは昔から乗

りたかった車でもあったので、いじれるとなるとますます楽しみが大きくなる

というのだ。今日の修理はいつもより1時間早く終わった。

そして、もうすぐ閉まるときが来た。暇だったので、ブライアンは工場長に聞

くことにした。だが、そこには偶然にも工場長はいなかった。どうやら留守を

していたようだ。それに、同僚のリョウも今修理をしている。複雑な構造の車

に手間取っているようだ。

(これはチャンスだぞ!ちょっとエンジンルームをもう一度覗かせてもらうか)

ブライアンはこっそりとボンネットを上げた。と、そこには427エンジンが鎮圧

していた。ん?いやこれは違う…。大体、シビックのエンジンルームに427エ

ンジンが埋まる訳がない。これはダミーだ。だとするとエンジンは…、ブライア

ンは後ろのハッチを上げた。するとそこには、正真正銘のあのエンジンが鎮圧

していた。

「こいつは凄げえ、まさか本物はこっちだとはな。いや、こいつまさか2エンジン

じゃないのか?でも工場長がダミーのエンジンを見破れない訳がない。だったら

やっぱり知識不足で、それで427エンジンと勘違いした…。じゃああのエンジンは

なんなんだ?シェルビーのエンジンのフードをつけた、別のエンジンってことか?

だったら、このシェルビーのエンジンの意味がない。それにツインエンジンなら、同

じエンジン積まないととんでもないことになる。ならあの427が飾りなのか?」

ブライアンがエンジンを見ていると、そこに偶然にも工場長のゲンタが現れた。

「何やってる?そのエンジンは何だ?」

「これか、こいつが本物の正真正銘シェルビー427キュービックインチだ」

「なんだって?じゃあエンジンルームのはなんなんだ?」

「多分シェルビーのエンジンフードをつけた別のエンジンだろう」

「別のエンジンだと?」

「ああ、こいつは一種の目くらましだ。一応こいつも使ってるみたいだが、明らかに

こっちの使用率の方が高いような気がする」

「そうか、実際どんなエンジンかは分からないんだ。ただ、噂だとカン高いエンジン

音で、相当のパフォーマンスを誇るとか言っていたな」

「カン高い?」

「ああ、シェルビーのエンジンは普通低い音を出すのが特徴なんだが、どうも高い

音が目立っているらしいんだ」

「それに、どう考えたってこの長いエンジンをこのテンロクもギリギリなエンジンルー

ムの中に収められる訳がないぜ」

「乗って見たい気もするが、借り物だからな」

「っていうか、こんなのどこで借りたんだ?」

「ここに借りたんだ」

「どれどれ…」

ブライアンはその借用先だった会社の名刺を見た。そこには、こんなことが書いてあ

った。

「GENECAL‘S 株式会社」

この会社は一体?ブライアンはゲンタに聞いてみた。

「この会社なんだよ?」

「ああ、会社というか、一種の研究所みたいなもんだ」

「研究所?」

「ああ、この車の前の主の弟さんが経営しているみたいでよお、詳細は知らんがな」

「怪しさぷんぷんだな」

「何をやっているか分からんからな」

「でも何でこんな会社からこのシビックを借りたんだ?」

「宣伝目的も兼ねて借りたんだ」

「タダでか?」

「もちろんそうだ。それで、ちょっとシェルビーのエンジンを診て欲しいって言っていて

な。それでなんだ」

「ほう、で、キーは?」

「一応あるが、勝手に乗り回すとなあ」

「それもそうだな。ん?なんか車がきたぞ!」

「おお、連中だ」

「ラグのベンツか、マフィアの手先じゃねえのか?」

その連中は乗ってきたベンツを脇に止め、ゲンタに話し掛けた。そこには、代表の代

理みたいなやつと、一人レーシングスーツを着ていた男がいた。

「エンジンは異常なかったですか?」

「いえいえ、順調です」

「そうですか、それはどうも」

「ところで、あのボンネットの中にあるエンジンはシェルビーのですか?」

「ええ、そうですよ」

と、ブライアンが、

「いやあのエンジンはシェルビーのエンジンじゃない。本物の427は後ろにつんであっ

たぞ」

「いえいえ、あれは」

「ウソはいけないぞ、代表代理さん」

「……」

今度はレーシングスーツを着た男が、

「もう教えれば?」

「冗談じゃない、あれは」

「どう考えたって、あんな小細工誰にでも分かる。あれはまさにF」

「それ以上言うな!大体、おしゃべりを慎め」

二人が話しているとき、ブライアンが、

「おいおい、もめごとか?Fってなんだよ?F1のエンジンか?それともFポンの無限エ

ンジンでも載せてるってのか?」

「ああ、関係ないことだよ、さあアーノルド、シビックをとってくるんだ」

アーノルドと言う男は、レーシングスーツを着ている男だ。彼はシビックを取りに行った。

そして、ゲンタに一言声を掛けた。

「今日は申し訳ありませんでした。お世話になりました」

「いいえ、また何かあったら」

「ええ、では」

と、その代理の男とアーノルドは帰ってしまった。と、一枚の紙が落ちていた。てっきりブ

ライアンはゴミかと思い捨てようかと思ったが、そこには何か書いてあったので、捨てな

いで中を見てみることにした。夜8時、ブライアンは車にのり帰っていった。今日はチーム

の集まりもなにもない。家でその紙の中に書いてあることを見ることにした。

夜9:00、ブライアンは急いで紙を取り出して、その中身を読んだ。↓がその内容だ。

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「シビックプロジェクト」資料(機密事項あり)

93年EG6型ホンダシビックSIR−U

エンジン ホンダRAE002改(最大馬力890PS、最大トルク60.4s/m
補助エンジン シェルビー427キュービックインチ
足回り サスペンション…テイン車高調、ブレーキ…ブレンボ製、ダンパー…ビルシュタイ
ン製(特注品)、その他略
燃料 プレミアムガソリン(高オクタン価)
補助燃料 液化亜酸化窒素(モーテック燃料制御システムによる制御)
以下その他の事項は略

第一回テスト報告

イギリスの伝統的なコース、シルバーストーンで行われた。びっくりするほどテストは順調
に進んでいった。だが、一つ問題が発生した。エンジンの故障だ。シェルビーの補助エンジ
ンがブロー起こしたのだ。補助エンジンの故障は特に問題ないが、以前この車の所有者の
故ブライアン氏に対する配慮として、修理が徹夜で行われた。協力してくれたテストドライバ
ーはアメリカの資産家の息子として有名なレーサー、ジョニー氏。トヨタのワークスドライバー
の経験がある彼が今回協力を快く引き受けてくれた。おかげで、テストが予定より順調に進
んだのだ。彼には感謝している。

第二回テスト報告

第二回テストはアメリカのデスバレーで行われた。今回のテストはスピード計測と直進安定性
を調べるためのだ。今回もまたジョニー氏がテストをここをよく引き受けてくれた。足回りは独自
で開発を依頼した物ばかりだ。テインの車高調、ブレンボのブレーキキット一式、ビルシュタイン
のショックガスダンパー、どれもが素晴らしい完成度だ。そして、エンジンの素晴らしさに私は思
わず歓喜した。ホンダのRAE002のパフォーマンスの高さには驚かされた。シルバーストーン
の時はそれほど分からなかったが、ここデスバレーでのテストで知らされた。シェルビー427エ
ンジンも補助エンジンとして素晴らしく活躍してくれた。故ブライアン氏の要望で搭載したエンジン
だが、以前からこのシビックにはF1用のエンジンが載せられていたので、補助エンジンとして使
わせていただくことにした。今回も快くテストを引き受けてくれたジョニー氏には感謝している。
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と、この下を見てみたら、もう紙が破れていた後があった。多分あの代理の男が落としたのだろ

う、とブライアンは思っていた。だが、機密事項ありと書いてあるのに管理が粗末過ぎる、ブライ

アンは彼の無神経な管理にちょっと呆れていた。

それより、ブライアンが一つ気になることがあった。テストドライバーの「ジョニー氏」のことだ。資

産家の息子で、しかもトヨタのワークスドライバーを務めたことのある…となったら、やつしかいな

い!とりあえずブライアンは明日チームの集まりの時にジョニーを呼び、その事について聞いてみ

ることにした。とりあえずブライアンは今日ビデオに取っておいた「ザ・シンプソンズ」を見る事にし

た。シンプソンズは彼のお気に入りのアニメだ。いつもスカパーのFOXチャンネルでやっているの

だが、その時間は丁度勤務中なのでいつもビデオに撮っておいているのだ。昨日の分を見れな

かったのでまずはそちらを見ることにした。だが、ビデオは違う映像をながした。それはイギリスで

行われているツーリングカーレースの映像だった。こんなのいつ撮ったんだ?と思いながら、ちょ

っと懐かしかったので見てみることにした。そこには4ドアの車が大量に写っていた。イギリスで行

われている小さなツーリングカップのようだ。マシンはホンダ・アコードにオペル・ベクトラ、ルノー・

ラグナ、プジョー406などツーリングカーの定番中の定番車種が揃っていた。そこに一台、違う車

種が紛れ込んでいた。どうやらトヨタのエンブレムをつけているようだ。マシンは…ん?見たことの

ある顔、これはもしや…?だがブライアンは(そんなことあるわけないか)と思い、その事を忘れて

しまった。だが、その顔がアップされた瞬間、ブライアンの疑いは現実のものになった。そこに映っ

ていたのはまさしくジョニー本人だったのだ!