1歳半で阪神大震災で天国へ旅立った息子と生きていてくれた娘のために
〜私たちを支ええてきてくださったすべての方に感謝をこめて〜

1995年1月17日 午前5時46分に起こった阪神淡路大震災で 私たちの息子は、1年6か月の人生を終えました。 息子を失った悲しみ、守ってあげれなかった後悔、そして自分が生き残ってしまった罪悪感は、一生消えることはないでしょう。わずか、1歳6か月で旅立った息子が、この世に存在していたこと、そして、その命がこれからも生き続けてほしくて、そして、あの時、生き埋めになりながらも、生きていてくれた娘の命に感謝を忘れないためにこのホームページを立ち上げました。これまで、私たち家族に寄り添い支えてくださったすべての方に感謝いたします。

阪神淡路大震災 西宮市 犠牲者追悼之碑 (西宮震災記念碑公園  満池谷)
20040405震災記念公園

今年(2014年)の1月13日、二人の成人式を記念して
絵本「優しいあかりにつつまれて」を出版しました。

ゆうちゃんに成人式の着物を用意するように
しょうくんの成人式の記念になるようなプレゼントをしたいと思っていました。

ママからしょうくんへのプレゼント、それは
「19年経っても変わらない想いであなたのことを想っているよ。
みんな、しょうくんのこと大好きだよ」という気持ち。

その気持ちを形にしたいと思って 絵本を作ることにしました。

作っていく中で、あの日からのいろんなことを思い出しました。
悲しくて悲しくて 苦しくて苦しくて。。。。。 本当につらかった。

19年間を振り返った時、生活の中にいつもしょうくんがいたよ。
姿は、見えないけれど いつもいつも しょうくんのことを思って生きていたよ。

いつも、そばにしょうくんがいると思っていたから
ママは、悲しくてもつらくても 頑張れた気がするよ。

そしてね、悲しんでいるママのそばには、いつも ゆうちゃんがいてくれたの。
泣いているときも 笑っているときも いつもそばにいてくれた。

ゆうちゃんは、泣いてるママより、笑っているママが好きだったの。
同じ年のしょうくんも ゆうちゃんが心配するように心配してるかな?って思ったら
笑って生きなきゃって思うようになったよ。

天国に旅立った時は、1歳6か月で ママの姿が見えないと泣いていたけど
20歳になったしょうくんは、もう、ママがいなくても
色んなことを一人でできるんだろうなって思うようになった。

ゆうちゃんを見ていると そんな気がしたの。

ママ、僕、もう20歳だよ。一人で大丈夫だよ。
だから、ママは、ママの人生を楽しんで生きてよ 僕、そのほうが嬉しいよ。

なんって 思ったりしてるのかなって。

しょうくんのことを忘れたわけじゃないし
立ち直ったり乗り越えたわけじゃない。。。

悲しむだけが、あなたを想う方法じゃないんだよね。

ママは、笑顔で生きることにしたよ。
それが、ママがあなたを想い続ける中でやっとやっと見つけた、生き方。


そしてね、 今、ゆうちゃんの中にしっかりと
しょうくんが、存在しているって感じるよ。

よかったね。

しょうくんが大好きだったゆうちゃんは
今でも あなたの事が大好きでいてくれているよ

パパやママ、ゆうちゃんのこの笑顔が、
しょうくんにも届いて しょうくん笑顔になってくれていると信じてる…。

2014年10月5日

■ 二人のために作っていただいた、歌「笑顔の向こうに」がCDになります。
20年間、私を支えてくれたすべての方に感謝を込めて贈ります。

ジャケットには、二人への想いを綴ったミニ絵本や
作者の臼井真さんや歌ってくださった森祐理さんの想いもが収録されています。

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想い

阪神大震災から

学校の授業で使ってくださったみなさんから
感想をいただきました。



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