寺子屋
寺子屋は近代建築を多角的に検討する会です



第83回報告

《近代建築を多角的に検討;アメリカ建築の20世紀−19 》



新建・寺子屋(モダニズムの研究) 83
アメリカ建築の20世紀−19 2003.7.16 話:三沢浩


50.「国連ビル」ル・コルビュジエの参加

1)1945年の決定事項で決定
2)ハリソンが委員長、世界から10人選出
3)その全体構成について

51.協同設計の方法

1)「国連ビル」の協同的設計の失敗
2)「ロックフェラーセンター」の前例
3)「リンカーンセンター」の貧しい結果
4)SOMの協同設計の方法

52.「リンカーンセンター」へ

1)1957年から1962年まで
2)6人による6つの建物
3)どう評価すべきかという問題
4)パーク西地区に与えた影響

53.M・ヤマサキの出現

1)組織力とデザイン力
2)コンクリートの新しい使い方
3)繊細なプレキャストヘの讃辞
4)『TIME』の表紙になった意味
5)近代建築の終演を2度

54.E・サーリネンによる新しいデザイン

1)サーリネン親子の設計
2)アメリカに定着した「近代建築」
3)建築の6つの柱
4)多くのパートナーたちを育てる
5)構造表現と造型力




●寺子屋83は2003年7月16日(水)、参加者は5名でした。


●米国では戦前のロックフェラーセンター(31〜34年)を端緒に、戦後は様々な「協同」設計の事例をみることができます。SOMが各々の専門性を生かしてのコラボレーションだったのに対して、それ以外では、「国連ビル」「リンカーンセンター」といった大規模プロジェクトに複数の建築家を呼び集めてのものです。

●それらはどれも成功したとは言えません。委員会方式であれ、建物毎の分担方式であれ、そこでは全体を見通したビジョンに乏しく、個々の建築家が取り組むべき新しい課題も見つけられなかったようです。それは、ロックフェラーという資本主義財閥とそれに(閨閥としても)つながる建築家ハリソン、という図式の存在のせいなのか、それとも、数ブロックを一度に変えてしまう再開発レベルでの事業的プロジェクトでは資本の論理以上のものは見い出せなかったのか。現在の東京の姿を浮かべれば、未だに同じ問題から脱却できていないのではないかという思いにとらわれます。

●そうした中、「協同」のもう一つの形が見えてきました。優れた指導力とデザインに対する高い包容力をもった建築家と、そのもとに集まってきた、あるいは集められてきた優秀な建築家群です。その中でも、ミノル・ヤマサキとエーロ・サーリネンは対照的な様相を見せます。膨大な仕事と大きな組織をつくり上げたヤマサキは、繰り返しのデザインなどのシステマティックな手法を駆使して、施主の希望と欲望を見事に演出していきます。サーリネンの方は早くに逝去したこともあって佳作ですが、そのどれをみても、同じものは全くないと思えるほどに独自性のある建築です。一つ一つが実験的であり、そこから、後の建築界を指導する多くの人が出ています。アソシエーションとコラボレーションの微妙な振れ幅が、建築を決定づけるという新たな時代が生まれてきたようです。それを可能にしたのはどのような時代、どのような社会だったのか…。


●次回<寺子屋84>は,

《近代建築を多角的に検討;アメリカ建築の20世紀−20番外編》
-真夏の夜のスライド幻灯会−アメリカ建築の50、60年代=ヤマサキ、サーリネン、ローチ他-


話:三沢浩

日時:2003年 8月20日(水)(第3水曜定例) PM 7:15〜

場所:東京都渋谷区代々木2-26-1第1桑野ビル5F-C 03-5351-2166(tel,fax)会費:400円


問合:大崎元 建築工房匠屋 03ー3716ー1743(tel)3716ー8459(fax)nifty-serve:VED03705



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