寺子屋
寺子屋は近代建築を多角的に検討する会です



第66回報告

《近代建築を多角的に検討;アメリカ建築の20世紀−6(本論) 》



20020116 話:三沢浩



0.アメリカ建築の20世紀とは

1)モダニズムがどのように流れていたか
2)歴史的な追跡として考え直す
3)1930年までのモダニズムの退潮
4)戦後のモダニズム隆盛期


1.シカゴ派の台頭とその意義

1)シカゴ大火(1871)による原因
2)シカゴのダウンタウンの高層ピル
3)モナドノックビルからリライアンスビル
4)ルイス・サリヴァンの出現と意義


2.シカゴ博に始まる商業古典主義

1)コロンビアン万国博(1893)の意味
2)ボーザール中心のアメリカ建築
3)「ホワイトシティ」とその建物群
4)ギーディオンのいう商業古典主義
5)サリヴァンのその後


3.20世紀の先見性を19世紀に

1)ボガーダスの鋳鉄ビル(1848)
2)クリーブランド・アーケードの先見(1890)
3)ブラッドバリービルの吹抜け
4)カリフォルニアのカーペンターゴシック


4.リチヤードソンからシングルスタイルヘ

1)ボーザールに学んだH・H・リチャードソン
2)アンリ・ラプルーストの許で働く
3)シングルスタイルの平面立面の自由度
4)ライト自邸のシングルスタイル




●2002年最初の寺子屋66は1月16日(水)、参加者7名で開催。今回から本論が始まりました。


●19世紀から20世紀への移行期、ヨーロッパでは建築デザイン運動が盛んでした。しかし、アメリカではそうした理念、思想的な導きではなく、資本の蓄積にともなう大衆消費社会とそれを可能にした技術がモダンデザインの建築≒近代建築を必要としました。導き手のない形態の輸入は、その後の半世紀にわたってヨーロッパ・コンプレックスの痕跡を残しています。F.L.ライトなどの存在にもかかわらず、アメリカが独自の近代建築を確立し、自信を取り戻すのは1950年代になってからと言われています。

●19世紀末にすでに鉄とガラスの高層ビルが林立したシカゴでコロンビアン博を契機にしたボーザール回帰(古典主義様式化)と、「インターナショナルスタイル」展による再度の様式否定(モダニズム化)。そのどちらもが(前)アメリカの否定とヨーロッパ・スタンダードの受容だったのかもしれません。

●しかし、そのなかからも、リチャードソンからライトへとつながるシングルスタイル(2*4工法シングル葺の壁)のような、K.フランプトンの言う「地域主義」建築へのさまざまな取り組みが見られます。急激に肥大化する商業資本主義に裏打ちされた近代建築と地域主義を内包する建築が、多くの建築家の中でどのように混在し、絡み合ってくるのか。これからじっくり見ていきたいと思います。



●次回<寺子屋67>は,

《近代建築を多角的に検討;アメリカ建築の20世紀−7 》


話:三沢浩

日時:2002年 2月20日(水)(第3水曜定例) PM 7:15〜

場所:東京都渋谷区代々木2-26-1第1桑野ビル5F-C 03-5351-2166(tel,fax)会費:400円


問合:大崎元 建築工房匠屋 03ー3716ー1743(tel)3716ー8459(fax)nifty-serve:VED03705



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