新日本人の組織観 ■

法令遵守


社会的なルール、規範は名誉にかけて守る


 カルト信者のように、自分が信じるものの正当性を疑わなければ、毫も良心の呵責を感じることなく、むしろ義務感を持って法を破ることができる。ウソをつくのも平気だ。そして、自分の組織をいたずらに盲信している旧日本人にも、その傾向がなきにしもあらずである。


 反対に、自立して生きている新日本人にとっては、ウソや妥協は自分自身を裏切ることになる。それはプライドが許さないだろう。また「社会全体の中で生きている自分」を意識しているので、「自分が属している組織は、社会全体の構成員のひとつに過ぎないのだ」という関係性が自然に理解できる。だから、所属組織を絶対視することなく相対的に捉え、社会的なルールから組織が逸脱した時に、それを疑問視し声をあげることができる。 そうすると、雪印にならずにすむ。


 ルールは公正な競争を可能にするだけでなく、効率的に競争を行うために不可欠なものである。だから新日本人は、社会を機能させるために守るべきルールを、率先して守ろうとする。不正を、妬みからではなく、「社会悪」という観点から憎む。ごまかしをしない。


 タレントの野村沙知代は実の息子であるケニー野村氏に動かぬ証拠を突きつけられて、脱税容疑で収監された。旧日本人はケニー野村氏の行為について、「ありうべからざる不義不忠の行い」と思うだろうし、新日本人は「しかるべきこと」と考えるだろう。日本社会は「総サッチー化」しつつはないだろうか。果たしてそれでよいのだろうか?

 

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