国内混乱


キティホーク(先月撮影)

 ニューヨークでのテロ事件の対応に関して、小泉政権はその弱体ぶりをあらわにしています。
 小泉首相は、橋本派の利権を構造改革の名の下に剥ぎ取ることについては、がむしゃらにまい進していたのに、テロリズムという予期せぬ外夷の襲来については、まったくなすすべを知らぬかのようです。
 小泉首相が郵政改革断行を主張するときと同じくらいの勢いで、「今回のテロ行為では日本人の同胞20人が死んだ。これはわれわれに対する宣戦布告である」といつものような説得力のある演説をしたならば、彼の政権は国内外に対する影響力を少なくとも保持することはできたでしょう(リーダーは基本的に、危機に際しては強がらないといけないんですね)。
 しかし現実的には、日本政府の対応は、1拍2拍遅れたのんびりしたものになり、小泉首相の国民に対する呼びかけは無機質で概念的な、感情を伴わない、全く説得性を欠いたものになってしまいました。

 その結果、国内的には左派と右派のコントロールがまったくきかない状態になっています。
 左翼系の平和主義者たちは、「寄付を募ってアメリカの新聞に反戦を主張する広告を載せよう」という、恐ろしいほどの愚行を行おうとしています。彼らは単純に、アメリカに対する反感と不信の念を増幅し、「今回のテロリズムはアメリカの自業自得であり、それに日本を巻き込もうとするのはアメリカのエゴ以外の何物でもない」と言う妄想をたくましくしています。
 このようなアメリカ国民の感情を逆撫でにするような新聞広告を発表することは、まったく国益に反することだと思います。彼らこそテロリストです。

 日本人の大半は、今回のテロを自分自身の問題とは考えず、対岸の火事にしておきたいと考えているようです。
 しかし、アメリカ人の多くは株式相場が下がることによって、自分の持っている年金資産が毀損するという現実的な被害を被っています。つまり彼らは、たとえニューヨークやワシントンに住んでいない人たちでも、自分の身に痛みを感じて、テロリストに対する憎悪をかき立てているのです。
 これに対して日本人は、株式を保有する人口は少なく、企業金融の主流を占める銀行融資はすでに壊滅的な状況にあるため、テロリズムの影響を直接的に被ったと意識している人は少ないのだと思います。この意識の差はたいへんな問題でしょう。

 なぜなら、私は今回の世界同時株安の原因は、現代のビジネス社会が享受してきた、「自由に通商を行う基盤」自体が、テロリズムによって根本的な脅威にさらされていることに対する市場参加者の評価を反映したものだと思うからです。
 普通に投資活動を行っていても、それがテロリズムという暴力的な手段で、全く無駄になってしまうようなことが現実にあるのでは、誰も安心して投資することはできなくなります。みずほグループはWTCに合同トレーディングルームを作ったばかりなのに、それが吹っ飛ばされてしまったわけですから。それがどの企業にも起こりうると言うことです。
 単に航空会社や生命保険会社の経営が悪くなるだけではなく、テロリズムの脅威から無縁でいることができる企業はないという現実認識が必要ではないでしょうか。「遠くの戦争は買い」、なのに今回相場が弱いのは、戦争が足下で起こっているから。
 したがって、徹底した無力化で、テロリストたちが沈黙を余儀なくされるという状況が来なければ、相場の回復はないのではないかというのが私の観測です。

 テロリズムを対岸の火事としてしか認知できない人たちというのは、非常に現状認識能力を欠いている人たちなのではないかと私は思います。われわれは全員が、すでに危機の中に投げ込まれていると考える必要があるのではないでしょうか。

 一方で、中曽根さんたちのような旧軍の伝統復活を悲願としている人も、にわかに元気になってきました。自衛隊は後方支援を行うという名目のもとに、今回初めて護衛艦や攻撃能力を持つ航空機を、海外に派遣することになるでしょう。
 ここで大きな問題は、自衛隊はアメリカ軍との共同訓練においては、アメリカ軍の指揮下に入り、空母機動部隊の一部として行動するような訓練しか受けていないということです。そうすると戦闘海域においては、自動的に集団自衛権が発動されてしまうという可能性があります。
 私が最大の問題だと考えているのは、ルビコン川を渡る決定が、日本において下されるのではなく、アメリカ軍の指揮官によって下されてしまうという問題です。これはシビリアンコントロールの問題を超えて、日本の国家主権にかかわる重大な問題です。既に憲法9条問題すら超えた問題だと言えるでしょう。

 制服組の幹部たちは、たとえこのような危険があったとしても、自分たちの権限が広がることを良しとして、アメリカの権威を傘に着て暴走を始めようとするでしょう。「後方支援」を名目に、イージス艦やAWACSを送り込もうとするのは、事実上集団的自衛権を容認し、指揮権も米軍に委譲したと受け取られても仕方がないことだと思います。
 そうした事態を防ぎ、作戦行動における独自行動のイニシアチブをとるためにも、小泉首相はわが国としての意思をいち早く旗幟鮮明にする必要があったと思います。その点、フランスやイギリスの首脳たちの手際の鮮やかさはさすがだと思います。常任理事国であるという強みもあるのでしょうが、それだけではなく、彼らはアメリカ側につきながらも、自国の独自的立場をいち早く確保することに成功しているように思います。

 小泉首相の初動の失敗によって、国内の右派左派は自由に暴走を始めていて、収拾をとるのが難しい状態になっています。しかし私は、今回の自衛隊の海外軍事協力は、今後20年程度の間に激動が予想される東アジア情勢において、日本が取るべき進路を決定する大きなエポックになると考えています。ここでボタンを掛け違うことは、将来に対して大変大きな禍根を残すことになるでしょう。

 アメリカが、テロリストたちに対して最初の報復攻撃を行った時点で、テロリストたちの攻撃対象はアメリカと陣営を同じくするあらゆる国に広がることになります。それに対する報復テロが世界のどこかであったときに、人々は現実感を持ってこの事態を捉え始めるかもしれませんね。

 

 



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