メトロポリタンオペラ便り

薔薇の騎士 2

 

手塚 代表取締役名誉相談役

 指揮のジリ・コウトはライプツィッヒオペラの監督を93年から99年まで務めたドイツオペラの正統派指揮者で、現在はベルリン・ドイツオペラの監督を務める。
 さすがにベテランらしく要所をきちっときめ、「薔薇の騎士」特有の優美なウィンナワルツも、アメリカのオケとは思えないくらい泣きとこぶしを聞かせて粋な歌を歌わせていた。特に第二幕最後のオックスの歌うワルツは味のある小粋なもので、堪能させられた。
 ただ、気になったのは客席が、この典雅極まりないワルツが静かに緩やかに始まる最も美しいキメの瞬間に、観客の咳払いや鼻をかむ雑音でじゃまされ、集中力が失われたことである。一般に米国のコンサート会場では、日本では考えられないくらい雑音がする。咳払いや荷物をガザゴソといじる音など、気になる事甚だしい。個人主義の徹底した米国ではコンサートでの他人の迷惑などあまり気を使わないのだろうか。
 よく世界の音楽家たちが日本の聴衆は最高だといって絶賛するのは、一旦演奏がはじまるとコトリとも音のしない静寂の中で演奏を続けることができるからといわれる。日本人の場合、回りの迷惑を気にして、とにかく雑音を立てないことが暗黙の相互プレッシャーとなっており、コンサートで咳をかみ殺すのに苦労した向きも沢山おられると思う。これが演奏者に強烈な緊張感を与え、実力以上の名演奏を生むとしたら、これは日本の持つ有利性ということができるだろう。

 さて、こうして非常に満足のいける「薔薇の騎士」ではあったが、唯一の残念は席があまり良くなかったことか。昼の「トゥーランドット」は3階のドレスサークル席のほぼ中央、前から5番目であったが、ここではオーケストラの音が手に取るように聞き分けられ、大音響のブラスの咆哮もかなりの迫力で迫ってきた(その分、歌手の声がかきけされるという問題もあったが)。それにひきかえ、「薔薇の騎士」を聴いた一階オーケストラ席後方XX番では、歌手の声はかなりはっきり聞き取れるものの、オーケストラの音が高い天井に拡散してしまい、直接音として響いてこなかった。
 「薔薇の騎士」でもクライマックスの第三幕後半の女声3人による豊穣に満ちた3重唱のバックを支えるホルン群の豪華極まりないな響きなどはぜひとも聞きたかったのだが、残念ながらコートの上から背中を掻いているようなもどかしさが残った。この「薔薇の騎士」の席の方が「トゥーランドット」よりも高かったこともあり、メトでオペラを見るには気を付けるべきポイントだろう。具体的には1階オーケストラ席のYから後ろは、二階席の天井がかかり、オケの音が聞き取りにくくなるので要注意である。

 色々と書いてはきたが、1日で世界最高水準の大作オペラ2作をのべ7時間にわたって堪能できたのは実に素晴らしい経験だった。このような音楽体験が毎週、毎日くる広げられているニューヨークは、やはり大人のアミューズメントパークということが出来るだろう。東京がこのような世界水準の芸術体験をオファーする魅力的な国際都市となる日がはたして来るのだろうか、という懸念をもちながら、充実した食事と絢爛豪華なオペラにいささか食傷感を持ったまま、真夜中の気持ち良い寒さに身を縮めつつホテルへと足を急ぎつつ感謝祭の土曜日は過ぎていった。

 





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