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メトロポリタンオペラ便り トゥーランドット 2
手塚 代表取締役名誉相談役 昼食は58丁目と7番街の交差点にあるペトロシアン。ここは5年ほど前に当時日銀NY支店勤務の木村剛氏と一度食事したことがある、キャビアバーである。アールデコの内装が豪華で、慇懃なベテランウェイターがクラシックなサービスをしてくれる。土曜の昼とあって、お得なブランチメニューが供されているので、2人でシャンパンドレッシングのサラダとクルミのスープ、それにきのこのスクランブルエッグとキャビアをソース代りにのせた贅沢なオムレツを食する。オムレツはキャビアの塩気がプレーンなオムレツに合って美味。ポマリーのグラスシャンパンがピッタリだった。オペラがあるので40分で済ませたいと頼んだが、思ったよりやや遅れて12時40分に店を出る。幸いタクシーが通りかかったのでこれをひろって12時50分にはメトに到着する。 さて、まずは「トゥーランドット」であるが、これはもう主役は歌手ではなくて間違いなくゼッフェレルリの舞台。ずいぶん以前のスカラ座の日本公演(マゼール指揮NHKホール)でもこの演出が使われたと記憶しているが、実際観てはいないので比較はできないが、おそらく舞台の規模や予算からしてこのような贅沢極まりない舞台を見られるのは世界でもメトとスカラ座くらいのものだろう。ちなみにこの演出はメトのビデオでも入手できるので手軽に楽しむ事ができるが、このビデオの制作は1987年。以来、少なくとも13年、メトではほぼ1年おきにこの作品を上演しているので、初期投資は結構回収しているのかもしれない。日本の国立オペラでこのような歴史に残るような「長期投資」が行われるのだろうか?
さて、舞台の詳細に興味ある人は、このビデオを見てもらうとして、今回の上演であるが、歌手の水準が問題だった。主役のトゥーランドットを歌うのはジェーン・エグレン。ワーグナーの「指輪」のブリュンヒルデもメトで歌ったというのだから、ドラマティック・ソプラノに違いないが、ちょっと声が荒かった。どうせ荒いのならニルソンやギネス・ジョーンズのように、オケも圧倒するくらいの強烈な声が欲しいが、残念ながらそこまでの声量でもない。おまけにゼッフェレルリの絢爛豪華な花魁ばりの衣装をまとって現われると、いささか体重過剰の体型と真ん丸顔で、まるで小錦か天童よしみに小林幸子の衣装を付けさせたような不細工さ。これじゃ、どこの王子も命をかけてまで口説こうとはしないよ、という感じである。 一方、チムールの王子、カラフの方であるが、これはデニス・オニール(前述の10月の公演で歌ったリチャード・マーギンソンと代ったようである)が歌ったが、こちらは見栄えも声もダメ。まず登場人物の中で一番のチビでかつデブ(デヴ?)。従ってお腹がじゃまになって動作が緩慢で、短い手はいつも脇を開けてパタパタ宙を舞っている感じで、とても命をかけて氷の王女を口説くという風情ではない。おまけに、美声ではあるが声量がまるでなく、盛り上がった場面ではオーケストラにかき消されてほとんど声が聞き取れない。 さて話を歌手にもどすと、実は今回の上演で脚光をあびたのは奴隷リュー役を歌った東洋系のヘイ・キュン・ホンである。彼女はもともと東洋人のはまり役であるのみならず、容姿も端麗。声もかなりの美声で、しかも声量と技術もあり、1幕、3幕の有名なアリアには絶賛の拍手が贈られていた。もっともビデオの中でリューを歌っているレオナ・ミッチェルも絶大な拍手を浴びており、実はこのリューという役は非常に得な役割なのかもしれない。たいして歌う場面や演技する場面がないにもかかわらず、アリアらしいアリアを2つも歌えるのであるから、歌手としては美味しい役だろう。一方主役のトゥーランドットは大声を張り上げなければならないわりには美しいアリアが与えられていない。 それからゼッフェレルリの演出で注目すべきは、狂言回し役の三大臣、ピン・ポン・パンを歌手3人と面をかぶったダンサー3人のダブルキャストで組んでいるところだろう。三人が掛け合い漫才風に歌うところではそれぞれ歌手が歌い、群集の前でなぞ解きが行われる場面など、歌うことのない場面では、伎楽面を付けた3人のダンサーと入れ替え、扇をもたせて絶妙のパントマイムをさせているのである。 指揮はマルコ・アルミリアート。筆者は寡聞にして知らないが、若いイタリア人の指揮者で、最近のメトで主にイタリアものを振っているらしい。東京でカルメンを振ったという記述があるが、国立オペラか藤原オペラあたりだろうか。まずまずそこそこの無難かつ正統的な指揮だった。 以上、1時のスタートから休憩を入れて3時間、まずは1作目を堪能した我々は、4時すぎに薄曇りでこの季節にしては比較的寒さの厳しくないニューヨークの街に繰り出した。
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