メトロポリタンオペラ便り

「ワルキューレ」 1

 

手塚 代表取締役名誉相談役

リンカーンセンター

  翌4月23日土曜日、昨晩からわずか13時間後の12時すぎに再びメトロポリタンのドアをくぐった筆者は、昨晩と打って変わって正面入り口から階段を下り、1階オーケストラ席の前方右側、前から4番目にあたるD列20番の席についた。これから4時間半にわたって、ワーグナーの最高傑作ともいえる楽劇「ワルキューレ」が上演されるのだ。

 目の前のオーケストラピットを覗くと、筆者の丁度正面がなんと金管楽器群とティンパニである。「ニーベルングの指環」4部作のオーケストレーションでは金管群は分厚く、ホルン8本(うち4本がこの作品特製のワーグナーチューバと持ち代え)、トランペット4本、トロンボーン4本、コントラバスチューバ1本と、総計17本が動員されている。これを猛烈なパワーで時には暴力的なまでに豪快に棒を振るロシア人のヴァレリー・ゲルギエフが指揮するのである。歌手の声が聞こえるだろうかと正直心配になってきた。
 実は筆者は4年程前にも同じメトロポリタン・オペラで「ワルキューレ」を鑑賞しているが、そのときはジェームズ・レヴァインの指揮であった。同じ1階オーケストラ席で聴いたのだが(もう少し後方のやはり右側)、経験豊かなレヴァインはオーケストラが歌手の声を掻き消すことのないように配慮して、大変透明な響きを作り出していた。
 しかし今宵はロシア、キーロフ歌劇場の総帥でいまや飛ぶ鳥を落とす勢いのゲルギエフである。どんなことになるのだろうか。ちなみにゲルギエフは来年、日本で「ニーベルングの指輪」4部作の上演を指揮することになっており、本公演はその前哨戦という意味でも大変聞きものということができよう。

 さてそれでは今回のキャストである。演出はメトロポリタンの「指輪」のビデオでなじみ深いオットー・シェンク。歌手陣はます既述のとおりジークムントにプラシド・ドミンゴ、ジークリンデがカラリーナ・ダレイマン、フンディングがステファン・ミリング、主神ウォータンにミカイル・キット、ブリュンヒルデにオルガ・セルギーヴァ、フリッカにラリーサ・ディアドコバという布陣で、キット、ディアドコヴァ、セルギーヴァといった歌手はキーロフ歌劇場で活躍するゲルギエフ・チームのようである。

 まずは第一幕前奏曲。激しい嵐を描写した劇的な前奏曲だが、意外とおとなしい演奏だ。ゲルギエフの指揮なのでもっと激しくブンプカやるのかと思ったが、比較的抑制された響きでまとめている。
 そして幕があき、ドミンゴの登場である。彼が第一声を発したところでワーグナーの楽劇の上演では珍しく、満場の拍手が沸き起こる。ニューヨークにもドミンゴを崇拝する観客が多いのだろう。それにしてもこの席、前から4列目ということで、ドミンゴが舞台の前面に出てくるとわずか10mの至近距離で生ドミンゴの肉声を聞くことができる。巨大なアリーナで2−300m離れた3大テナーをマイクを通して聴いて10万円払うことを考えると何という幸運か。それにしてもドミンゴは上手い。衰えを感じさせない声には張りがあり、堂々の体格と立派な演技で悲劇の英雄を演じていく。器用な彼の場合ドイツ物も決して不自然ではない。


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