父の手の温もりは
忘れた筈なのに
いま
私の手の中で
温もりを
失いつつある
父の手は
節くれだち
シミが浮き
かつての力強さの
かけらもない
この老いた手が
私を守ったのだ
人混みの中で
私を導いたのだ
父と私とを結ぶ
記憶なのだ
いつか
一人立ちして
この手の温もりは
忘れた筈なのに
どれだけ
力をこめて
握りしめても
命の火は
父の手から
遠去かっていく
呼びかけても
祈っても
冷たい手だけを
残して
父はどこかへ
去ろうとしている
いつの間にか
私は眠っていた
落ち着かない
眠りの中で
再び小さな子供へ
戻った私は
陽光に陰となった
父の顔を振り仰ぎ
私の手を包みこむ
大きな父の手を
最後に
もう一度だけ
握りしめた
父の手は
冷たく
力なく
ここにあり
もう私を
導くことはない
もう父の心を
伝えてはくれない
ただ心の中でだけ
今も父の手は
大きく
温かく
私の手を
握っている