遮音と吸音  室内音響の基礎と実際  オーディオの科学へ戻る  2005.7.2

 本文で書いたようにオーディオシステムの善し悪しはほとんどスピーカーとリスニングルームで決まる。本当に音に拘りたいのなら、まず良いリスニングルームを確保することが肝要である。

このページでは、遮音、吸音の定義とメカニズム遮音材吸音材の性能、リスニングルーム定在波の影響などを取り上げている。また、取り上げたデータは全て、永田 穂 著『建築の音響設計』(オーム社 1991)から引用したものです。

さて、良いリスニングルームとは何か? その答えは以下の3点に集約される。

  1. 出来るだけ完璧な遮音 その目的は (1) 大きな音で聴いても他人に迷惑をかけない、(2) 外部の騒音に煩わせられない。
  2. 適度にコントロールされた反射 これは低音と中高音とではかなり目的が異なる。低音域では定在波を無くすため出来るだけ反射が少ない方がよい。 一方、中高音域では、適度な反射がある方が、生き生きした音になるといわれている。(こちらはあくまで経験的な見解でありどれほど根拠があるのか不明である。多くのソフトが、適度な部屋の反射を前提に作られていることが原因か?)
  3. 部屋の中に振動しやすい家具や飾りを置くのを避ける もっとも、これでは味気ないという人もいるだろう。オーディオに何を求めるか、いわば人生観の問題である。また、がらんどうの部屋は定在波が立ちやすく適当な家具が置いてある方が良い。

実は、最初の2つの条件は2律背反的な要素があり、特に低音域では、両立させるのは意外と難しい。ここでは、遮音、反射、吸音についての物理を論じる。

左図は、音が壁に当たったときの様子を示す。I  は入射波のエネルギー、R は反射波、T は透過波のエネルギー、r は壁に吸収される(結局は熱エネルギーに変換される)エネルギーを表す。

エネルギー保存則より。

I R + T + r   (1)

の関係が成り立つ。

以下、反射率を R/I  透過率を T/I  吸収率(後出の吸音率とは異なることに注意)r/I  で定義する。

さてここで注意してほしいのは、遮音が完全であることは T = 0 ということであるが、もし、吸収率 r が小さい(エネルギー損失が少ない)材料(例えば 厚い鉄板やコンクリート)を使うと、(1) 式から必然的にRI となり 反射率が1に近くなる。つまり、遮音材にコンクリートなどを使うと、完璧な遮音をするとほとんどの音波は反射波となり部屋にこもり、盛大な定在波やエコーが生じることになる。従って、壁材には適度の吸収率を持つ材料を選ぶか、後に述べるように二重構造にする必要がある。

反射・透過のメカニズム

もし壁ががっちりした剛体だとすると、音波の振動エネルギーは壁に伝わらず完全に反射する。コンクリート壁にボールを当てるとほとんど減速せず跳ね返ってくるのと同じ理屈である。逆に、壁板が振動するなら、そのエネルギーは壁内を伝わり、反対側に透過波として放射される。このとき、壁厚が音波の波長より十分薄ければ、壁全体が進行方向(上図では左右)に振動しほとんど透過してしまう。例えば日本間における障子のように。ただし、一般には、音波が壁を通過する過程で何らかの形でその振動エネルギーの一部が熱エネルギーに変換され音の吸収が生じる。そのメカニズムは、壁材の種類、音の周波数によっても異なり複雑である。

吸収のメカニズム

吸音とは音、すなわち空気の振動が壁材にぶつかりエネルギーを失う(熱エネルギーに変換される)ことであるが、ここでは具体的によく吸音材として使われるグラスウールを例にとって考える。

音がグラスウールに進入するとその部分にあった空気層が激しく運動し(圧縮・膨張を繰り返す)
(1) 粘性により熱が発生し、
(2) グラスウールの表面との間で摩擦熱を発生し、
(3) グラスウールに伝わった振動により繊維間の摩擦が起こり熱が発生する。
といったことが考えられる。このときの吸収率(熱エネルギーへの変換効率)は空隙の大きさ、繊維の太さなどにより異なり、又周波数に大きく依存する。一般に、中高音での吸音率は大きいが、層が薄くなるほど低音の吸音率は低下し、200Hz 以下の低音になると、後でデータで示すが、あまり吸音効果は望めない。

遮音材

遮音材料の性能は、透過率 T/I  が小さいほど良いわけであるが、普通、透過損失 TL =10*log(I/T)  で評価される。単位は dB(デシベル)で透過エネルギーが1/100 になった場合、TL=20dB となる。もちろん、TLが大きいほど透過しにくくなり、遮音性能が増す。

音が透過するのは、壁材が運動(振動)することによって生じるので、ニュートン方程式により、その質量が大きいほど壁材の加速度が小さくなり、振動しにくくなるので、TLは大きくなる。近似式として、壁の単位面積当たりの質量を m [kg/m2] 、周波数を f  とすると、

TL=20*log(f・m)−42.5 で与えられる。下表に具体的な例を示す。

材   料 厚さ
[mm]
各周波数(Hz) での透過損失
125 250 500 1000 2000 4000
合板 3.5 9   15   23  
12 19   25   20  
ガラス板 3 15   22   32  
6 15   28   26  
鉄板 1 17 19 24 28 33 38
4.5 22 27 34 39 41 38
石膏ボード 9 10 14 21 27 35 38
12 15 15 22 29 35 34
パーティクルボード 40 19 24 29 34 35 -
コンクリート 150 36 51 61
コンクリート(180)両面プラスター塗(13) 180 45 43 53 58 66 69
コンクリートブロック(150)両面モルタル(10) 10 21 35 44 52 56 59

一般に、透過損失が60dB くらいあれば十分な遮音と見なせるようだが、これを見ると、180mm厚のコンクリート壁を使えば中音域以上ではOKだが低音域では不十分で、マンションなどで重低音を出そうするとそれなりの対策が必要となる。また、上で述べたように、こらはあくまで遮音であり、例えばコンクリート壁などでは、ほとんど100%反射するので表面吸音処理が必要になる。

吸音材

音響学では吸音率として、α=1-R/I  を使うことがあるが、α はエネルギーの吸収効率を表す量でなく、音が内部に籠もらない率なので、例えば障子張りで「すかすか」の日本間でも吸音率は高いということになり、リスニングルーム設計の指標としては適当な量でない。

吸音材の性能を表すにはエネルギー吸収率を測定することが必要だがこれが意外と難しく、表面のなめらかなぶ厚いコンクリート壁の部屋など、強い残響がある部屋の壁(または床)に吸音材料を貼り付け残響時間の減少からのエネルギー吸収率を求める。これを残響室法吸音率といい、JIS規格で測定法が定められている。具体的な測定法は ここに、測定値は下表に示す。

材    料 厚さ
[mm]
各周波数(Hz) での残響室法吸音率
125 250 500 1000 2000 4000
グラスウール(密度 20kg/m3 25 0.12 0.30 0.65 0.80 0.80 0.85
50 0.20 0.65 0.90 0.85 0.80 0.85
石膏ボード 12 0.20 0.20 0.40 0.70 0.80 0.80
9 0.10 0.20 0.35 0.60 0.70 0.70
ガラス   0.18 0.06 0.04 0.03 0.02 0.02
コンクリート(打放し)    0.01 0.01 0.02 0.02 0.02 0.03
コンクリート(布張り)    0.03 0.03 0.04 0.04 0.06 0.08
板張り床    0.15 0.12 0.10 0.08 0.08 0.08
パイルカーペット 10 0.1 0.10 0.10 0.25 0.30 0.35
吸音カーテン(0.25kg/m2、ひだ付き)
            空気層 100mm
   0.10 0.25 0.55 0.65 0.70 0.70
劇場椅子(1個当たりの吸音力[m2])    0.13 0.22 0.28 0.30 0.30 0.30
人物(劇場椅子に着席 1人当たり吸音力[m2])   0.25 0.34 0.41 0.43 0.42 0.41

これを見ると、遮音率(透過損失)が大きいコンクリート壁はほとんど吸音効果がなく音が強く反射することが分かる。一方、いわゆる吸音材とされるグラスウールや石膏ボードは1000Hz以上の中高音域での吸音率は良好だが、低音域(125Hz)では吸音効果が失われる。従ってこのままだと、定在波の発生は抑えられない。低音の吸音効果を増すには、吸音ボードの背面、壁との間に空気層を導入するのが有効で、下図に、50mm厚のグラスウール材の背面に100mm、300mmの空気層を導入した場合の吸音率を示す。

グラスウール材の背面、壁面との間に100mm、300mm の空気層をおいた場合の残響室法吸音率の周波数依存性を示す。300mmの空気層を入れると低音においても良好な吸音率を示す。

原因は、グラスウール材が低周波で共振し、背面の空気層でエネルギーが吸収されるためと思われる。

さらに詳しいデータはこちらを参考にして下さい。

http://kazima.pro.tok2.com/music/av/absorb


理想のリスニングルーム

以上のデータを基に、理想的なリスニングルームを構築することを考えると、遮音を確実にするため、厚めのコンクリート壁を使い、内面に空気層付きのグラスウール材を貼り付ける。なお、側面の壁はこのような工事がしやすいが、床面・天井となると難しい。出来れば、天井を高くし発生する定在波を低めに押さえることも良いかもしれない。もちろん、壁面・天井面を斜め構造にするのも定在波発生を抑えるには効果的である。さらに、中高音で適度な反射を確保するため、表面に薄い合板を張るといったことも考えた方がいいかもしれない。また、反射しやすい壁を音源側にするか背面にするかでも音が変わり、一般に音源側をデッド(吸収傾向)に背面をライブ(反射傾向)にする方がいいとされている。いずれにせよ、中音域の室内音響が、いわゆる音質や定位感を支配するので、音に拘るならこの部分に最も手間をかけるべきであろう。

現実のリスニングルーム

とはいっても、このような理想に近いリスニングルームを作るには新築時に設計・施工しないと難しい。多くの人は、リビングルームなどをリスニングルームに当てているものと思う。この場合、それこそ千差万別で一概にはいえないが、壁構造そのものを変える工事をしない限り、残念ながら遮音率を画期的に向上させるのは難しい。後から出来ることとしては、窓があるなら出来るだけ厚いガラス板にする。重い吸音カーテンを付けること(この場合低音の遮音にはあまり効果がなく、中高音の反射のみが抑えられるので音のバランスが悪くなることもある)壁面に本棚などの家具を置くことなどが考えられる。ぎっしり詰まった書物は意外と低音にも吸音・遮音効果が期待できるようである。もっとも、これも極端に走ると中高音の吸収が強すぎ『あじけない』音になる可能性もある。一方、定在波の発生を抑えるためにも適当な家具を適当な場所に置くことは効果があるかもしれない。上の表から、ソファーなどのどっしりした家具は低音の吸音効果もそこそこ有り、定在波の原因となる平行な壁面積を小さくするという効果もある。実際我が家では、壁面間の反射による定在波は発生していないようである。しかし、天井と床間の反射による定在波が発生しておりこれを抑えることには成功していない。考えてみると、通常天井は完全な広い平面をであり、床についても少なくともスピーカーと聴取位置を囲む広い面積は天井と平行な平面なので定在波が立ちやすい条件になっているものと思われる。この定在波を抑えることが我が家の課題となっている。

いずれにせよ、一旦発生した定在波を抑えるのはかなり難しく、部屋の美観を損じたり、中高音の音質を損ねたりする弊害も生じる可能性も高いので、スピーカーと聴取位置を選んで定在波の影響を受けにくいポイントを探るのが実際的な対策といえる。

なお、定在波の発生と聴取位置での影響を測定で確かめるのは、マイクとコンピュータがあれば簡単にできるので、『科学的オーディオ』を目指される方は、例えばこのページ最後に挙げてあるリンク先の方法などを参考にして実測されることをお薦めする。

定在波

最後に定在波について一言。室内音響で常に問題になるのは定在波の発生である。これについては、あちこちで議論されており、ここでは詳しく述べず適当なサイトを紹介しておく。

理論面では『HOTEI'S WebSite』  
http://homepage2.nifty.com/hotei/ の、
http://homepage2.nifty.com/hotei/room/chpt02/chpt02.htm
(ここでは基準振動モードという言葉が使われている)
にくわしい。

とりあえず、定在波の生じる周波数は次式で与えられる。
 ここで、c:音速、n:整数、W:部屋幅、D:部屋奥行き、H:天井高 である。
この式は、壁で反射するときに位相は変化しないと仮定しているが、吸収率が有限の時は反射波の位相は少し遅れ、必ずしも正確に測定値と合致するとは限らない。また、定在波が立つためには、その音の波長に近いサイズを持ち、かつ中間に位相を乱す介在物のない平行平面が必要なので中間に家具などがあれば定在波の発生を抑える効果を持つ。

なお、定在波で音圧が最大になる位置(振動の腹)は壁面であり 1次の定在波では音圧が0になる位置(振動の節)は部屋の中央であることに注意しよう。測定器で定在波の存在を確かめるには腹の位置でのピークをとらえるより、節の位置でのディップをとらえる方が明瞭にわかる。

実際の測定例としては、
http://seppotl.web.fc2.com/zht02/teizai.html
http://seppotl.web.fc2.com/te0.html
に測定位置による違いなど詳しく調べられている。

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