アンプ・ケーブル・スピーカーの相性  オーディオの科学へ戻る

スピーカーケーブルを変えることにより音質が変化するという主張に対する理由付けとして、ケーブルとアンプやスピーカーとの相性が重要だという説がある。本文で示したように、ケーブルの伝送特性の変化は極めてわずかなので、これこそ本命の理由であるという主張である。 もう少し具体的にいうと、ケーブルを変えることによりアンプの特性が変化するというものである。(以下これを相関効果と呼ぶ) 確かに可能性としてはあり得ることであり、一考に価するが、なにぶんこれはアンプの安定性の問題であり、アンプの設計や製作に携わっている専門家でないとわかりにくいので、容易には結論が出ない。ある意味で相関効果は『音質激変派』の最後の砦である。なかなか難攻不落ではあるがとりあえず素人なりに考えてみる。

オーディオ用アンプは歪を減らし、周波数特性を広げるため必ず負帰還(Negative FeedBack NFB)回路を採用している。負帰還回路とは出力電圧の一部を逆位相にして入力回路へ還流する回路で、最近では、より安定に作動するため,出力電圧を電流に変換し入力段に帰還する電流帰還アンプもある。このとき、帰還率が大きいほど効果は大きいが、あまり大きくすると、高周波帯域で出力電圧の位相がずれ同位相になると正帰還回路となり発振する。市販のアンプはもちろん発振しないように色々な対策がとられている。相関効果派が主張する所は、この発振防止策が不十分で抵抗負荷の場合には発振しないけれども発振寸前にあり、L(インダクタンス)C(キャパシタンス)成分を含むスピーカーやケーブルをつなぐと可聴周波数よりはるかに高周波数の発振を誘発し、これが可聴周波数内でのアンプの特性を変え結果的にケーブルを交換することにより音質変化が生じるというものである。 あるいは、定常発振とまでは行かないまでも、入力が入った時に瞬間的に寄生発振を起こすといった主張である。本当にこういうことが起こるのだろうか?

始めに、LC負荷によるアンプへの影響を考える。確かに、負荷がLC成分を持てばその大きさにより、出力段での位相が微妙に変化し発振が誘発されることは可能性としてはあり得る。ただし、L,Cの大きさを決めているのはほとんどスピーカーであり、例えばボイスコイルのインダクタンス(100μH程度か)はスピーカーケーブルのそれ(μH のオーダー)より2桁ほど大きい。マルチウエースピーカーのネットワークはLCの塊であり、さらに大きいLC回路を内蔵している。従って、アンプとスピーカーの相性があっても、スピーカーケーブルを変えることにより状態が変化するのはよほどの偶然が重ならなければ起らない。

次に、ケーブルのみの特性が反映する効果として考えられるのは λ/4 (4分の1波長)定在波の発生である。λ/4定在波とは、ケーブルを分布定数回路(同軸ケーブルやフィダー線の理屈)として考えた時、スピーカーのインピーダンスは高周波ではL成分のため極めて高くなり、ケーブルのスピーカー端は開放端と見做せ電磁波の反射を起こす。そのため、スピーカー端を腹、アンプ端を節とする定在波が発生するというものである。当然、対応する進行波の波長はケーブルの長さの4倍になる。従って、その周波数は fv/4l = c/4l sqrt(ε) で与えられる。(ここで、 は信号伝播速度、c は光速、l はケーブル長、εは絶縁体の比誘電率) いま、絶縁体を合成樹脂系とし ε=3 として計算すると、=2m のとき は約20MHz、l = 4m では 約10MHz となる。この λ/4 定在波の影響で発振が誘発される(その可能性があるのかどうか定かでない)とすればケーブルの材料(ただし線材でなく絶縁体)により音質が変化するということが説明できるというわけである。

最後にアンプの側から考えて見る。高域特性のみを問題にすると、一般にアンプの利得(増幅率)はトランジスターの特性(主にスルーレート)や回路のL,C成分により周波数が高くなるほど低下する。同様の理由で出力段での位相角も周波数が高くなるほど大きくずれる(普通は遅れる方向)。アンプの利得が1になる周波数を1、位相回転角が-180度になる周波数を 2 とすると、 1 > 2 であれば発振し、その逆であれば発振しない。もちろん、正常なアンプは1 < 2 となるよう設計してあるが、この条件をぎりぎり満たしている場合に上に述べたような負荷の違いにより異常発振を起こす可能性が高くなるわけである。実際のアンプでどれほどの安全係数を見込んでいるのかよくわからないが、注意する必要があるのは、安全係数を高くするほどアンプの高域カットオフ周波数が低くなることである。カタログデータには発振に対する安全係数までは載せていないので高域レンジを上げるため安全係数をギリギリ低く抑えている場合もありうる。ここらへんが、設計者の腕の見せ所なのだろうが、価格の割りに高域限界が高い(スルーレートが高い)アンプは要注意である。なお、しっかりした技術者のいる定評あるメーカーのアンプでは色々なスピーカー負荷に対応出来るようテストを含め対策はとっているようである。

以上は全て可能性を挙げたに過ぎないが、実際にこのようなことが起こっているかどうか実証可能だろうか?通常の使用条件ではなかなか測定にかかるような変化は出ないかもしれない。しかし、かなり極端な条件でアンプの過渡特性を調べれば検出可能ではなかろうか?具体的にはアンプの再生帯域上限付近の周波数の矩形波を入力し広帯域高感度のオシロスコープで出力波形を調べ、MHz域の寄生発振などが観測されないかを調べるといった方法が考えられる。もっとも、これを実行するには測定器のみでなく測定の腕も重要でかつスピーカーの一つや二つ壊す覚悟でないと出来ないのでアマチュアが簡単に出来る実験ではない。

もう一つの方法は回路シミュレーションソフトで解析する方法である。ただし、シミュレーションを微妙な問題に適応すると結局その人が主張したいような結果を出してしまう傾向があるので私自身はあまり信用しない。

ところで、この相関効果については海の彼方でも問題になっているようで例えば、
http://www.verber.com/mark/cables.html というサイト(リンクをたどればさらに続編が見られる)で、あるアメリカのオーディオメーカーの経営者が論じており、正常なアンプを使ってた場合はスピーカーケーブルを取替え(ある場合は取り替えたといって実際は取り替えないで)ブラインドテストを行っても、ケーブルの差異については全く有意差がある結果は得られなかったが、たまたま差が感じられる場合はやはり不安定なアンプ(異常にスルーレートの高いアンプなど)を使っている場合で、この場合は測定器でも異常が観測されるそうである。残念ながら具体的にどのような測定を行ったかまでは記していないが、要するに問題はアンプにありケーブルのせいではないというのが結論のようである。

ということで、この問題はその可能性を否定することは難しいが、私が知る限り立証するようなデータがあるわけでなく、自作アンプの発振対策に苦労しているアマチュアの想像の産物で、単なるお話と見做してよさそうである。定評あるアンプを使用している限りこのような問題は生じないだろうというのが、現時点での私の見解である。

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