ケーブルの自己振動とエネルギー損  オーディオの科学へ戻る

ゴムやプラスチックで絶縁された平行ケーブルの断面を右図のように簡単化する。すなわち、断面積 S の銅線が幅 、厚さ (長さは単位長さ=1m とする)の弾性体の両端に固着している。このケーブル1m当りの幅方向の振動は下図のような、両端に の重りのついたバネの運動とみなせる。

このとき、弾性体のヤング率を E とすると、バネ定数

    ・・・・・(1)  で与えられる。

まず、このバネの固有振動数 f を求める。両端に重りのついたバネの振動はバネ定数 2 の一端が固定されたバネの運動と等価なので、・・・・・・(2) で与えられる。
ここで、ρm は銅の密度(=8960kg/m3)である。

絶縁体の材料として、比較的やわらかいブチルゴム、および、ナイロンとする。各々のヤング率を
ナイロン E =2.0 GPa(=2×109N/m2)、 ゴム E = 0.3 GPa とする。

ケーブルのサイズを =5 mm、 =3 mm、 S = 8×10-7 m2 (1φ、20 mΩ/m の線材に相当)として、これらの値を(1)、(2) 式に代入すると、バネ定数 、共振周波数  は、
ナイロン = 1.2×109 N/m、  = 93 kHz、 ゴム  = 1.8×108 N/m、  =36 kHz となり、ともに共振周波数は可聴周波数より高いが、最近の高性能スピーカーの再生域に入る可能性があるので要注意である。 

次に、2線間に働く力を計算し、これがケーブルにどれだけの運動エネルギーをもたらすかを計算する。 電磁気学の定理により電流 I1, I2 が流れる平行した単位長さの2線間に働く力は、

・・・・・(3) で与えられる。

I1I2 = 5 A 、 = 5 mm として計算すると (ただし、この値はスピーカーの抵抗を 6 Ω とすると、出力 150 W に相当し、実際にはありえない大きな値である。) F = 0.01N という値が得られる。 この値はほぼ 1 g の重りを置いた力に相当する。これは無視できない値であるが、1 m 当りの値であり、 1 cm 当り にすると、 1/100 g = 10 mg となる。 つまり、1 cm ごとに小さな虫が 1匹 づつ乗っかった程度の値である。 それでも、無視できないと思われるかもしれないが、この力が先ほど求めたバネ定数 のバネにかかったとしたときの 伸び  は、より柔らかいゴムの場合ですら、 = 5×10-11 m となり、これは、なんと、原子間距離 (〜 1 Å = 10-10 m)にも満たない値であり、要するにケーブルは『びくともしない』ということになる。 あえて、この振幅で振動するバネの力学エネルギーを算出すると、 10 kHz の交流に対して、3×10-9 W となり、これがすべてエネルギー損失となっても、ケープルの直流抵抗によるジュール損失に対して 5×10-9 の割合、つまり 1億分の1 ということになる。要するに、2 線間を流れる電流によって引き起こされる振動およびそれによるエネルギー損失はきわめて微小で、考えなくてもよいという結論になる。なお、この計算では、共鳴効果(交流の周波数がケーブルの固有振動数に一致する場合、振動が増強される効果)を考慮しなかったが、かりに、共鳴があったとしても、エネルギー損失が せいぜい 10 倍程度増える程度で問題にならない。 ただし、未知の外力により、ケーブルが固有振動を起こし、これが、導線を流れる電流が作る磁場と結合すると、固有振動数に等しい周波数の誘導起電力が発生することが『定性的』には考えられ、固有振動数が可聴周波数帯にあるのは気持ちのいいことではない。これを、避けるには、固有振動数を可聴周波数帯より出来るだけ高くする。そのために、ケーブルの絶縁材料に出来るだけ硬い(弾性率の大きい)材料をつかい、平行線の場合中心部の厚さ()を大きくし、線間の距離 (w) はむしろ短くしたほうがいいということになる。しかし、上の計算から、ケーブルの幅方向の振動はよほど大きな力がかからないと有意な変位を起こさないので、この効果も無視してよい。