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『小松左京フライバイガイド』 2006年3月号


−−−−−−−−−−−−−−−− 刊行 −−−−−−−−−−−−−−−−−−


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−−−−−−−−−−−−−− 臥猪庵 hic −−−−−−−−−−−−−−−−−

平成18年弥生(3月)3日(金)

 午前中に、和田(誠)ちゃんの事務所に『小松左京マガジン』第22巻の表紙絵が
 できているというので、秘書が取りに行く。和田ちゃんブルーの背景で、優しい顔
 を描いてくれた。さっそくお礼状を書いて送る。
 SF大賞の授賞式。その前に、いつものようにSF作家クラブの総会があった。新
 入会員の承認があって、ちょうど200名になったという。驚いた。我々が40年
 前に数人ではじめたときとは、隔世の感だ。
 夜、「日本沈没第2部」の打ち合わせがあるので、パーティはそこそこにして事務
 所に帰る。

平成18年やよい(3月)10日(金)−11日(土)

 朝9時半に新大阪駅に集合して、マイクロバスで尾道へ向かう。フロンティア30
 00研究会のメンバーとコマ研とで12名。戦艦大和の見学ツァーだ。
 近畿タクシーの社長がバスを手配してくれ、お弁当も、神戸の淡路屋から各種の弁
 当を買ってきてくれた。まず、尾道の「おとこ達の大和」ロケセットの見学。尾道
 観光課の人が迎えてくれ、地元ボランティアの海軍体験者が説明してくれた。朝の
 内は雨だったせいか比較的すいているので、よかった。土日の混雑はたいへんなも
 のなのだそうだ。
 1時間ほど見学して、呉の阪急ホテルに向かう。尾道から呉まで、近いようだが2
 時間半はかかるとのこと。山陽自動車道西条インターから1時間以上かかるそうだ。
 ホテルは呉駅の目の前で、明るい感じのよいホテルだった。「音戸」で和会席。
 11日朝は、9時にホテル出発。呉海事歴史科学館(大和ミュージアム)へ。展示
 を担当したトータルメディア関西の川嶋君のアテンドで、神垣主査が10分の一ス
 ケールの「大和」を前に説明してくれ、呉の歴史については相原氏が説明してくれ
 た。
 昼食をクレイトンベイホテルの「ソーニョ」で摂り、フェリーで江田島へ渡り旧海
 軍兵学校を見学。瀬戸内海の底抜けの太陽のせいばかりではないのだろうが、やけ
 に建物がキレイに輝いて100年以上たっているとは思えないほど。私はそうそう
 にバスに戻って、みんなが帰ってくるのを待っていた。現在は海上自衛隊の第1術
 科学校、幹部候補生学校として実際に使われている。学校を出てまず、私は酒屋で
 酒を仕入れさせた。あとは大阪に帰るだけだ。バスでよいところは、遠慮なく宴会
 ができること。バスの運転手さんと近畿タクシーの社長にお礼を言って、あとは大
 宴会となった。詳細は、「小松左京マガジン」第22巻をご覧下さい。

平成18年弥生(3月)15日−18日(土)

 東京に来て、今回はいつもの3金会の他には、これからの出版計画の打ち合わせや
 インタビューを受けた。また、「和の輪」が私の作品を役者さんに朗読してもらっ
 てCDを作るというので、作品についての思い出や曰わくなどについて語って録音
 をとった。最近はコミュニティFMというのが各地にできていて全国で180くら
 いあるそうだ。瀬戸のコミュニティFMが開局したということでお祝いのコメント
 も録音した。私は小学生の時からJOBKで放送劇に出たり子供放送局のキャスターを
 やったことがあるので、ラジオは大好きだ。ラジオでもっと面白いことができると、
 嬉しい。

平成18年やよい(3月)20日(月)

 S女史からの手紙で米山(俊直)さんの死去を知る。調べてもらったところ、3月
 9日に胃ガンでなくなっており19日親族のみで密葬したとのこと。一昨年の夏に
 胃ガンとして診断され手術も受けていたそうだ。涼風海月として「人間博物館」に
 登場してもらった文化人類学者だが、専門は農村社会学だった。日本だけでなくア
 フリカのフィールド調査にも行っていたので、面白い話をたくさん聞かせてもらっ
 たものだった。合掌。

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