うつびとの詠める


1999年9月から12月(うつ病になって3〜6ヶ月)にかけて詠んだ歌です。

感情が決定的に壊れてしまった時に、そのすきまからこぼれ落ちる
気持ちのかけらをつかまえようと、震える手で手帳にかきとめておいたものです。

当時はこんな形でしか自分の心を確認することができませんでした。



歯医者にて順番待ちし間にも心を離れぬ会いたい思い(9/27)


あなたからもらった指輪にぎりしめ親不知抜く麻酔が効いてゆく(9/27)


二匹(ふたひき)の黄色い蝶が草に舞う触れては離れ離れては触れ(9/28)


デパートのからくり時計聴きながらまだ見ぬ我が子いとおしく待つ(9/28)


咲きほこり黄色敷きつめし花々よ秋ぞ来たりてこうべ垂れぬる(9/29)


久しぶり二人で乗った電車にてあなたのシャツの裾をなおしぬ(10/02)


さくらんぼ絵に描くときはいつもペア彼と私もさくらんぼかな(10/02)


キンモクセイ香りほのかに漂うと我が家の前が思い出される(10/03)


あなたからもらった手紙バスの中一人で読んで涙こぼれる(10/07)


星の数超えるほどあるコンビニに強盗はいる殺伐とした時代(とき)(10/07)


ほんとうに大切なものはシャッターを押さずに心に留めつけておく(10/07)


うつという一時期(ひととき)夢中で過ごせればたいていのことは恐くなくなる(10/07)


彼という素晴らしい伴侶に会えたこと見えない姉と神に感謝す(10/07)


私には私のことはよくわかる私以外は全くわからぬ(10/07)


自分一人生きることだけつきつけられ刃(やいば)の上を渡りゆく日々(10/07)


大切な他人(ひと)の優しさあたたかさ私一人で生きてはゆけない(10/07)


かみしめたい小さな生命(いのち)をいつくしみはぐくみ育てゆく喜びを(10/07)


爪切りで切りし形の一日月(いっかづき)オレンジと青の間に浮かぶ(10/11)


くもの子を散らすがごとく待ちかねた人々渡る横断歩道(10/14)…八重洲にて


次々と首都高脇のビルを越ゆそれぞれの窓にそれぞれの時間(とき)(10/14)


様々で一つ一つみな美しい西の雲海秋の夕暮れ(10/21)…信じられないほど美しい夕焼け


小さな小さな心づくしの贈り物素直に喜ぶ私がいた(10/22)…小さなおみまい、心にしみる


以前まであんなに望んだ細い身体病気で得たってただ嫌なだけ(10/22)


いま私自分のことで精一杯子どもを見てもため息ひとつ(10/24)


死にたいと本気で願った辛い日々思いおこせば何でもできる(10/25)


不規則な夜空の星をいくつかずつ取ってきたよなサティの曲(10/28)


ふとん二つ並べて敷いて横に寝るひざの下にはあなたの感触(11/01)


ほんの少しだけ違う大きさの二つの輪はめ込んでみたらぴったり合った(11/02)…同じ大きさにしようと思わなければいい


壁時計「治る治る」と言いながら一秒一秒時間を刻む(11/08)


落とし物青いマフラーバス停に巻かれて一人とまどっている(11/09)


恋人との約束のような錯覚に10分遅れのバスを待つたび(11/08)


我と同じ傷を持ちたる左手で代数幾何の参考書を読む(11/29)


松の葉は人知れず枯れ落ちている人間も同じ常緑樹かな(12/06)


これだけの摂生をして生きているそんな命を自ら絶てるか(12/06)


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