「平成9年度予算編成に対する区議会各会派の意見・要望」

(世田谷区議会月報 臨時号 平成91月 No.444)に掲載

 

会派「無党派市民」(木下泰之区議)

平成9年度予算編成に対する意見・要望

 

 

 

 世田谷区は今大きな岐路にたたされている。良好な住宅地域として生き残れるか否かという大きな岐路である。この岐路に立って、区政の抜本的転換が行われない限り、世田谷区は住宅地域としての自らのアイデンティティを喪失することになるであろう。予算編成に当たってあれこれ注文をつけるよりも、基本政策の抜本的な転換をする必要があると考えるので以下に示しておく。

 

 

小田急線問題の本質と世田谷の

大規模再開発見直しの必要性について

 

 

1、小田急線の連続立体事業は30年にもわたる高架反対・地下化推進の区民運動にもかかわらず、高架で強行され現在工事が進められている。世田谷を碁盤の目の様に計画されてはいたが、休眠状態であった都市計画道路の着手計画が一気に進められようとしているのを見るにつけ、小田急線連続立体事業が単に踏切の解消を目的とするものでなく、世田谷の大規模再開発に狙いを定めたものであったことが、いよいよはっきりして来た。

 日本の都市計画は道路を中心に進められるシステムとなっており、建築基準や用途地域指定も道路貫通とともに土地の高度利用に向けて運用されるような仕組みになっている。

 

2、世田谷は東京にあって、戦前から良好な住宅地域として発展してきた。昭和初期の世田谷に対する都市計画は世田谷を良好な住宅地域とするための確固たる方針があった。現在でも世田谷区内の17%を覆っている風致地区の指定は当時のものであるが、戦前は「帝都東京」の風格を保つという目的であったにせよ、自然と調和した郊外地域の形成を目指すに相応しかった。

 戦後初期、いわゆるマッカーサー道路といわれる機械的な碁盤の目状の都市計画道路が区民にはあずかり知らぬところで引かれたが、主要幹線道路は別として、多くは実行されるにいたらず、現在に至っていた。

 戦後の高度成長は東京への一局集中を結果として生み、世田谷に残っていた多くの農地は宅地化されていった。1980年代になって起こるバブル経済の前までは日照権問題やワンルームマンション等の問題はあったにせよ世田谷にオフィスビルを建て業務地域を拡大するような動きはなかった。美濃部都政は東京の大規模再開発の歯止めになっていた。

 

3、鈴木都政に変わり、中曽根首相が登場すると、土地の値上がりを前提とする、すなわち都市再開発を前提とするバブル経済が始まった。世田谷に農地があるのが罪悪視されるようにさえなる時代の風潮の中、小田急線の高架を前提とする連続立体事業計画が第3セクターの導入とともに始まった。たった64キロの事業計画区間の内新設都市計画遠路が8本、その他の拡幅を予定している道路が17本、計25本もの道路新設・拡幅が実行される。しかも経堂駅周辺に高層ビルを建て各駅毎に周辺を高度利用して行くこの計画は、小田急線が世田谷の背骨のように東西を貫くという事実を見れば世田谷全体の正に大規模再開発というに相応しい。三軒茶屋の高層ビルを中心とした再開発計画、二子玉川の高層ビルを中心とした再開発計画と併せて考えれば、事実上の立案者である建設省が世田谷の将来をどのように思い描いていたのかがよく分かる。

 

 

4、不幸なことには、当然のことながらバブル経済が崩壊し、当時建設省が描いた業務商業地域の住宅地城への拡大方針が破綻したにもかかわらず、方針を大転換できず当時の計画をそのまま続けようとする各級担当官僚の浅はかさである。

 世田谷のような都心に近接した良好な住宅地域は大都市東京にとってはまさにオアシスとしてなくてはならぬ存在であり、まだ「良好」であるうちにこれを残しておくようにしなければ、東京はスラム化に向かうであろう。世田谷の緑被率は大場区政誕生の1975年から30年を経て、おおむね30%から20%へと10%も減少させてしまった。公園は増えているのだからその原因は庭の緑を中心とする民有地の緑の消失である。

 

 

5、住環境が「良好」な内にこれを残しておく、と一言でいったが、これを実現するのは政策的な手腕もさることながら、都市政策の将来ビジョンにむけた抜本的な戦略が必要であることはいうまでもない。議会答弁で散見されることではあるが、世田谷の土地が細分化されていくこと、高度利用化の傾向にあることを所与の条件として、仕方がないという姿勢に基づいて世田谷の将来ビジョンを建てるのは間違いであるということをここで明言しておかなければならない。

 「良好な」住環境を残すという観点から政府に土地税制の抜本的な改正を迫るべきであるし、現在政府が進めようとしている建築基準法の緩和にむけた改正作業に対しても世田谷の観点から洗い直しを迫るべきである。

 幸いなことに世田谷区からは小選挙区・比例区併せて3名の衆議院議員が選出されている。また強力な市民運動も存在し、さらに大きく市民運動が発展する素地もある。区長が本気になり政府に積極的に働きかけるつもりになれば実現は可能である。そういったベーシックな作業と並行して、世田谷の大規模開発(不動産開発を含む)に歯止めをかけなければならない。

 

 

6、小田急線の高架事業に関しては今からでも地下化に転換できる。地下化が内定している下北沢地区はこれからなのだから、この工区と併せて喜多見から東北沢までを全線地下化にしたほうが、総事業費はかえって安くなるし、環境にやさしく、工期も早い。地下化への転換はいうまでもなく大規模再開発を狙った連続立体事業を世田谷にとって無害なものにしていくという方向への戦略の転換への好機でもある。当然のことながら、碁盤の目状に覆われた都市計画道路計画の抜本的な見直しが併せておこなわれなければならない。

 三軒茶屋の再開発もキャロットタワーの失敗を機に、区内の高層ビルによる再開発は全て止めるべきである。当然のことながら経堂駅周辺および二子玉川の高層化による大規模再開発も中止することから世田谷の都市計画の見直しはおこなわれる必要がある。