2006年11月2日 小田急高架訴訟・最高裁第一小法廷判決について


■小田急高架訴訟・最高裁第一小法廷判決について・・・世田谷区議会議員 木 下 泰 之

 2006年11月2日、最高裁第一小法廷は、小田急高架事業認可取消し訴訟について、東京高裁の逆転判決への住民側の上告を棄却し、住民の敗訴を確定させました。

 当日、住民側弁護団は、この不当判決について以下のようにコメントしました。
 「本日言い渡された判決は、大法廷判決によって崩壊したはずの原審東京高裁判決を徒に弥縫しようとする姑息なものと言わざるを得ない。このような姿勢からは、新しい法の支配、環境の21世紀は到底実現できない。国民は裏切られ、我々も言い知れぬ怒りを禁じ得ない。」
ステートメント2006年11月2日

 この訴訟では、2001年10月3日、東京地裁藤山裁判長による判決で、高架事業認可取消しの歴史的判決を得ています。覆されたとはいえ、この「藤山判決」こそ、歴史の検証に耐えられる判決として、今後も輝きを増していくことになるでしょう。

 東京地裁「藤山判決」は、住宅街での鉄道整備に関し、地下方式に環境面はもちろんのこと、土地の合理的利用や事業費面でも優位性を認め、事業認可及び都市計画に当たっての高架・地下の比較検討の不備や、実際の事業地と認可事業地の不適合、さらには事業期間の不適合を違法と認定しました。その根底には、政府自らが定めた「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する協定」(建運協定)を法規範と認め、側道を連続立体事業と一体のものと認定し、また建運協定にある諸規定への違反を違法と認定したからでもありました。東京地裁判決では原告適格を狭く取った、最高裁のいわゆる「平成11年判決」の呪縛の下にあったものの、側道の地権者に鉄道事業の原告適格を認めることで、事業認可違法を判断したのです。

 一方、2003年12月3日の東京高裁判決は原告適格を狭く取り、また「建運協定」を法規範として認めないという論理で裁判自体を門前払い扱いしました。

 これに対し原告住民は最高裁に上告。原告弁護団は異例の265名の全国的な弁護団を組織し奮闘しました。
 2005年4月の行政事件手続法の改正を受け、2005年12月7日には原告適格問題についての大法廷判決で、都市計画法を環境法として位置づけさせ、原告適格枠の大胆な拡張を勝ち取リました。

 この成果は全国の同種の訴訟を抱えて闘っている市民に大きな勇気を与えたのみならず、都市計画のあり方を大きく変える法的根拠を市民が勝ち取ったことになります。

 最高再第一小法廷判決は、都市計画法を環境法と捉え、「公私二元論」を超えて市民に広く訴える権利を認めた大法廷判決の理想とは、著しく乖離するものです。
 「まもれ!シモキタ訴訟」を含め、日々起こる種々の問題を通じて、この乖離を埋める闘いを木下は継続して闘っていく決意です。

(2006年11月2日)


木下泰之 TEL 5355−1283 Email kinoshita@a.email.ne.jp