平成17年第1回臨時会(自516日 至523日)

世田谷区議会会議録

2005年 5月16日 議員提出議案第二号「北朝鮮による日本人拉致問題の早期解決を求める意見書」への反対討論


○宍戸教男 議長 これより追加日程第一を上程いたします。

   〔霜越次長朗読〕

追加日程第一 議員提出議案第二号 北朝鮮による日本人拉致問題の早期解決を求める意見書

○宍戸教男 議長 ここで、提案理由の説明及び委員会付託の省略についてお諮りいたします。

 本件は、会議規則第三十八条第二項の規定により、提案理由の説明及び委員会付託を省略いたしたいと思います。これにご異議ございませんか。

   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○宍戸教男 議長 ご異議なしと認めます。よって本件は提案理由の説明及び委員会付託を省略することに決定いたしました。

 これより意見に入ります。

 なお、意見についての発言時間は、議事の都合により十分以内といたします。

 発言通告に基づき発言を許します。

 四十八番木下泰之議員。

   〔四十八番木下泰之議員登壇〕

◆四十八番(木下泰之 議員) 提案されました「北朝鮮による日本人拉致問題の早期解決を求める意見書」案に反対する立場から討論を行います。

 北朝鮮による日本人拉致問題につきましては、憎むべき国家的犯罪であると私は考えております。北朝鮮がこの犯罪の事実を認めている以上、すべての事実解明に誠実に対応することが何よりも求められておりますし、居直りは国際的に言っても許されるものではありません。あらゆる外交的努力を尽くすべきであります。早期解決を望むことは私も人後に落ちません。

 しかしながら、今回の意見書が、横田めぐみさんのものとして北朝鮮が提示した遺骨について、遺骨はDNA鑑定の結果、全く別人のものと判明したと、この政府見解の断定的な認識が本意見書の基調をなすものである以上、私はこれに同意することはできません。

 提案された意見書は、「遺骨はDNA鑑定の結果、全く別人のものと判明した」と言った後、「政府間の公式協議で虚偽の資料を提出するという北朝鮮の行為は、拉致被害者家族の願いを踏みにじるばかりでなく、日本政府及び日本国民を愚弄するものである」と続きます。

 問題は、DNA鑑定で断定することが科学的に言って正しいかどうかということについて、我が世田谷区議会が責任を持てるのかということであります。この帝京大のDNA鑑定による政府の断定につきましては、科学の世界では世界的権威である英国の科学雑誌「ネイチャー」が、二月三日にその科学的信憑性に疑問を呈する記事を書き、また、これに日本政府が科学的論拠を示すことなく反論したことに対し、三月七日付「ネイチャー」の論説「政治対真実」で、「ネイチャー」はこれを取り上げて痛烈な批判をしているわけであります。

 この論説は冒頭、日本の政治家たちは、それがどれだけ不愉快であろうとも、科学的不確定性を直視しなければならない。彼らは北朝鮮との論争において外交的手段を用いるべきであり、科学的整合性を犠牲にすべきではないとの警告に始まり、次の言葉で結ばれております。日本の政治的、外交的失敗のツケの一部が科学者に回されようとしている。実験から結論を導き、実験に関する合理的な疑問を呈することを仕事とする科学者に。しかし、北朝鮮と日本の間の紛糾はDNA鑑定では解決されないであろう。同様に、DNA鑑定結果の解釈は、両国どちらの政府によっても決着がつかないであろう。北朝鮮と交渉することは確かにおもしろくない。しかし、そのことは科学と政治の分離のルールを破ることを正当化するものではない。

 このことの経緯を見ていきますと、日本政府は昨年十一月に北朝鮮側から渡された遺骨のDNA鑑定を科学警察研究所と帝京大の吉井富夫講師に依頼しました。科警研は、遺骨が高温で焼かれていたため、DNAを検出できなかったとの結論を出しました。ところが、政府は、帝京大の吉井富夫講師の横田めぐみさん以外の人のDNAを複数発見したとの報告をもって、遺骨は偽物と断定したわけです。

 この鑑定結果と偽物断定に疑問を抱いた東京在住のデービッド・シラノスキー記者が吉井富夫講師を取材したところ、吉井講師が火葬された標本を鑑定した経験は全くないことを認めた上で、遺骨は何でも吸い取るかたいスポンジのようなものだ。もし遺骨にそれを扱っただれかの汗や脂がしみ込んでいたら、どんなにうまく処理しても、それを取り出すことは不可能だろう。自分が行った鑑定は断定的なものではない。サンプルが汚染された可能性もあると答えたというのです。この取材が「ネイチャー」の最初の記事になりました。

 その後、渦中の吉井富夫氏が、科学捜査研究所、科捜研の法医科長に異例の栄転をし、取材さえさせ得ないという状況が呈されているということを考えると、これは根が深い問題と言わざるを得ません。「ネイチャー」もこの栄転について、新たに四月七日号で「転職は日本の拉致証明を妨害」というタイトルを載せ、サブタイトルで「遺伝学者の新しいポストはDNA鑑定に関する証言を止めさせるかもしれない」と、日本政府の口どめ工作の可能性を示唆しております。

 「ネイチャー」がDNA鑑定問題を最初に取り上げたのが二月です。三月には国会でも民主党の首藤信彦代議士と喜納昌吉参議院議員がそれぞれの院の外務委員会で取り上げてもおります。この問題、本来なら、日本で大問題になってしかるべき問題です。「週刊現代」が取り上げたり、共同通信が栄転問題を配信したりもしました。ところが、韓国メディアや米国の「タイム」も取り上げているのに、日本の大手マスコミはこれまでこの問題に触れてきませんでした。極めて不思議なことであり、自律的か他律的かはわかりませんが、報道に規制力が働いていたという印象をぬぐえません。

 そして五月十日、朝日新聞が取り上げ、先週末にテレビ朝日が特集を組みました。やっと社会的認知を受け、これからその問題検証はなされなければならない状況になってきております。そういった時期に、この意見書案の基調をなすDNA鑑定での断定に向けられた疑義への検証を一切することもなく、意見書案をそのまま通すという行為が信じられません。

 ちなみに、本意見書案を審議した世田谷区議会の企画総務委員会は、朝日が報道した翌日の五月十一日に開催されております。私はこの委員会から意見を求められていたので、DNA鑑定についての断定的言辞を修正すべきであると、会派無党派市民としての意見を申し上げました。また、「ネイチャー」誌の論説を委員会として資料として使うよう主張し、事務局にインターネットからダウンロードした翻訳のコピーを手渡しました。私の意見は委員会で披露されたものの、残念ながら「ネイチャー」論説の資料は配付されず、委員会はこの国際的な批判を受け流しました。

 私はこの委員会を傍聴しましたが、意見書案を正当化した委員会の論理はただ一つ、政府見解に従うというものでありました。この態度は政府への盲信にほかなりません。自民党から共産党まで、委員会に参加しているすべての会派がこのような態度であることに、私は耳を疑いました。本当にこれでよいのでしょうか。

 冒頭述べましたように、確かに北朝鮮の国家機関が関与した拉致は犯罪であり、その行為は指弾されなければなりません。また、拉致については、北朝鮮が認めた以上、誠実に対応することが求められております。日本は今こそ外交努力を尽くすべきです。しかしながら、DNA鑑定をめぐる今回の日本政府の醜態が世界の笑い物になることを恐れますし、何よりも、まともな政治や、科学的研究や、合理的精神が心情によって流されていくことを恐れます。これを追認、追従するような世田谷区議会の議決は断じてなすべきではありません。

 今日の日本は、戦前の植民地政策や、天皇や帝国、あるいは軍国主義への盲信から、基本的には決別したところにある民主主義国家だというふうに私は信じております。そうであるならば、戦前の日本をほうふつと連想させる北朝鮮の国家指導者への盲信や核武装を含む軍国主義と対決するためには、みずからが何よりも民主的であり、かつ合理的、理性的でなければなりません。

 私は、最近の日本に、のみならず世界的にも非合理主義と排外主義が頭をもたげていることを危惧いたします。そういった日本や世界の風潮を憂える一人として本議案に反対を表明し、反対討論といたします。

○宍戸教男 議長 以上で木下泰之議員の意見は終わりました。

 これで意見を終わります。

 これより採決に入ります。採決は起立によって行います。

 お諮りいたします。

 本件を原案どおり可決することに賛成の方の起立を求めます。

   〔賛成者起立〕

○宍戸教男 議長 起立多数と認めます。よって議員提出議案第二号は原案どおり可決いたしました。

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