安心ほこりたたき(安心法興利多々記)

白隠禅師 明和元年 80歳の作

 

 当時流行の阿保陀羅経の文句に擬して 禅宗の立場を挙揚した戯作文。背景をなすものは高尚であり 消化に時間を要する骨のある内容。

 

 富文館白隠法語集 明治44年刊 から転記。改行、段落は当方で挿入した。

誤りは逐次訂正 乞御教示 洗心書房店主

 

 帰命頂礼御釈迦如来。やれやれ皆さん聞いてもくんない。おらが親仁を何国の御人も。悉多太子かしらぬが仏か。若い時から商い好にて。親の讓りの家も位も。すぽんと打ちすて。十九の年から山へはいりて。迦蘭羅阿羅羅の二人の仙人。師匠と頼みて。菜摘水汲薪を樵りてな。奉公勤めて元手を拵え。三十年目に初めて店出し。

 

華厳と名づけて結構な代呂物。売ってみたれば。文珠と普賢の二人は買ったが。あまり高くて其の余の御客は。盲か聾か見向きもせぬから。是れではいかぬと分別仕替えて。阿含と名づけし安もの売りかけ。口上ひねれば。店さきせわしく。御客がくるやら得意がつくやら。そこで追追代呂物仕入れて。商い手広に方等般若に。法華涅槃と御客の機を見て。夫々あてがう商い上手に。 須達と名をいうどえらい金持。減法にほれ込み。祇園精舎と申す屋敷をお釈迦にあてがい。店出しさしたら。早速其名が諸方へひろまり。とてつもないほど諸方へひろまり。とてつもないほど商い繁盛。天上天下に一人の親仁だ誉めても呉んない。

 

 其の時妙法秘密の精薬。法華の一法盛んに流行て。御若い嬢さん龍女と申すが。これを買請けとっくり呑み込み成仏したとは。我等が嬶とはどえらい違いだ。

 

 又其の時。阿闍世と申した無敵の王様。提婆達多と心を合わして。御釈迦の店をば仕舞てのけよと。己が母者人韋提希夫人を。牢屋へおしこみ。御釈迦の代呂物買わさぬ了見。そこで夫人は。不楽閻浮と此世を厭うて。智慧も元手もござらぬけれども。五障三従かさなる大病。なおる薬があるなら下され。お頼み申すと。遥かに向かうてお願いなされば。

 

 お釈迦は承知で五三の桐だよ。此の様なお客が大方あろうと。四十余年の長の月日を。お蔵へ納めて仕舞うて置いたが。さらば是から売りかけましょうと。阿難目連二人の手代を。左右に召連れ出現なされて。韋提希夫人に弥陀の本願他力の称名。五劫兆載思惟の薬味を。ひとつに合わした六字の丸薬。一向専念産前産後にさし合いござらぬ。智慧も元手もさっぱりいらない。口に任せて唱うるばかりだ。心想贏劣未得天眼。智慧が虚弱で元手にならない。御脈も見抜いた五障の重病。まして難治の極重悪病。これらの症には。これより他には用ゆる薬は。さっぱり無いぞと御勧めなされた。夫人は元より五百の侍女まで。無始より以来さとりし罪業。煩悩疑惑の癪気の持病に。三世の諸医師もお匙を投げたり。その場で現益阿耨多羅多羅。汗が流れて即日平癒。なんと皆さん六字の丸薬用いてみなさい。元手のいらぬが肝心かなめだ。

 

 あんまり無造作で。店代呂物かとちっくり疑い。何ぞ利口な物は無いかと知識に問うたら。直指人心見性成仏。御釈迦が即ち莞爾と笑えば。迦葉が莞爾と笑うた請売り。是が本法一嗣相伝。真の眼を開いて看るなら。御釈迦も我等も是は何物。本来面目無一物とは。これはどえらい掘出し物だと。座禅をはじめてやりかけましたが。膝がぶりぶりぶりつきますやら。眠りが来るやら。背中をどやされ大きな御目玉。ここがなんでも辛抱所と。きばって見たれば。三年むかしに隣へ貸した。黒豆三合糠一升。思い出して妄念山々。これも我等が性にあわぬへ。

 

商売かようと真言秘密を。どの様な物だと尋ねて見たれば。阿字本不生で。自分の胸にも阿字が具わり。羅存は元より差別とわかれて。五智も五大も金胎両部も。此の胸一つで。父母の腹から生まれた所が。直ちに仏の位でごんすと。聞くと其の儘。オンアボキャなどとやりかけたけれども。元手も持たずに自力の商売。阿字なものにてサッパリしれぬへ。

 

 そこて円頓妙法蓮華即身成仏。さても無常の妙剤なれども。我等が根機に及びもないゆえ。題目ばかりの効能看板。読んでみたれど。元手が無いから代呂物買われず。四十余年の未顕真実。何の事だと求めて見たれば。六字の名号は法華経の略にて。薬王品には。妙典八軸呑み込む時には。西方極楽阿弥陀の浄土へ。生まれてゆくぞと説いてはあれども。何も勘定だ。     

 

廻り廻りて遠道しょうより。路銀のいらない南無阿弥陀仏を願うが近道。なんと皆さんそうでは無いかえ。鼠衣で二食でくらして戒行保つは。始末勘定利口な算用。しかし我等は。蚤も虱もとらずに置かねへ。手をば出だして盗みはせねども。心に欲しくて妾は持ちたし。嬶もなければ子種がなくなる。嘘もすこしは吐かねばならぬし。酒も飲まねば婚礼振れまい。万事の付合い世間が渡れぬ。何とこれでは五戒が保てぬ。他の商売しょうかと思えば。根機と元手が無くては出来ぬへ。如何でも親父の教えに帰りて。元手のいらぬへ六字の商売。我等が根機にしっくり合います。

 

 併し元手が沢山あるなら。自力の商いなされて御覧じ。細い元手じゃ一向いけない。棒でも折ったら。にっちもさっちも茶の木畑で御迷いなさるぞ。むかし噺を聞いてもみなさい。諸宗の祖師達。智慧も元手も沢山あれども。六字の薬を捨てはなさらぬ。まして我等は。知恵も元手も根機もないから。自力の躄。他力の御船に乗るより他には分別ござらぬ。

 

凡夫が其の儘仏になるとは。石や瓦が不思議に変じて黄金になるのだ。夫れが嘘なら御寺の坊様に尋ねて御覧じ。何と皆さん嬉しいこんだぞ。儒道や神道や心学なんどの。他商売から商売敵で。いろいろさまざま悪口いえども。我等が親父の老舗のあきない。格段違うてどえらいもんだよ。根本本家は天竺横町。夫から唐土日本へ店出し。八宗九宗と弘めた代呂物。いやだというたらそこに居られぬ。恐れ多いが上上様でも。御用ゐなさるる六字の丸薬。朝夕忘れず用ゐて御覧じ。四海静かに現当繁栄子孫長久。今世の祈祷も来世の利益も。是に過ぎたる薬はないぞへ。嘘はつかぬへ是皆お釈迦の味噌では御座らぬ。本法の事だよ。 ホホイ、ホウホウ

                      明和元申年十月

沙羅樹下 闡提翁述