title1眠れる深海のゴメラ



−1999年7月− 茨城県東海村某所

 暗いアパートの一室で二人の男がパソコンに向かっていた。
「どうだ、入れたか?」
 神妙な顔つきで一人の男が尋ねた。
「原発って言ってたからどのくらい楽しませてくれるのかと思ったら、たいしたことないね。プログラムの2000年対策も終わってないよ。このままじゃ、2000年になった途端、原子炉止まっちゃう。このままでいいのかね。」
 若い青年は、無邪気に笑いながら答えた。青年は茨城県東海村にある原子力発電所のシステムに侵入していたのだ。クラッカー。悪意を持ってコンピュータシステムに侵入する人々をそう呼ぶ。この青年はクラッカー仲間では名の知れた青年だった。
「おい、もう入れたのか?」
 びっくりしたように男が言った。この男は昔、反核団体の幹部だった。核の恐ろしさを認知しない行政や住民に呆れ、その後、地下に潜りテロリストとして活動を続けていた。
「それじゃ、このウイルスを送信してくれないか。」
 男は1枚のフロッピーディスクを青年に渡した。
「ふーん、こんなんで原子炉を暴走させることが出来るの?」
「そうさ、このウイルスが発病すれば原子炉が原爆へと変貌するのさ。」
 男はタバコをくわえ、ライターを点けた。その火に照らされた男の顔には、不気味な笑顔が浮かんでいた。

−1999年9月30日早朝− 茨城県東海村原子力発電所

ウゥー、ウゥー、ウゥー。
 放射線漏れを警告するサイレンが鳴った。従業員は訓練か誤報かと疑いながらも避難し始めた。
 中央制御室はサイレンの音と赤い警告灯の光に包まれていた。
「おい、どうした。原因はなんだ。」
 室長は怒鳴りながらオペレーターに近づいていった。
「はい、コンピューターが制御不能です。原因は分かりませんが、命令をまったく受け付けません。」
 オペレーターは青い顔をしながらキーボードを叩いた。しかしコンピュータからの反応はなかった。それを見た室長は、手動停止装置に手を伸ばした。まず原子炉を止めなくては。そう思い、手動停止装置の赤いボタンを押したが、それでもコンピュータは反応せず暴走を続けた。
 そのとき所長が入ってきた。
「一体何事だ。放射線は漏れているのか?」
「測定装置も制御不能で測定できません。」
「それなら、誰かポータブル測定機を持って計ってこい。」
 数名のオペレーターが駆け出していった。入れ違いに一人の従業員が入ってきた。
「原子炉付近で作業をしていた人が付けていた被爆測定バッチは正常値です。被爆してません。」
 所長と室長は肩をなでおろした。
「よし、警報を止めろ。」
「それが、システム全体が暴走していて警報も止めることが出来ません。」
 そうオペレーターが答えたとき、警報が止まった。静寂が戻ってきた。今まで真っ黒だったモニタ画面が一瞬乱れ、その後、大きく爆弾のマークが表示された。

【東海村の原発で臨界事故発生!】

 テレビ、ラジオに臨時ニュースが流れた。電力会社と行政は必死に隠そうとした。しかし、マスコミのスクープで事故が発覚してしまったのだ。
 今回の事故は原子炉内で核反応を調整する制御棒の操作ができなくなったもの。調査の結果、テロリストが仕掛けたウイルスプログラムの仕業だとわかった。そう、事故ではなく事件だったのだ。だが、その事実を知るものは発電所関係者以外、誰もいなかった。
 制御がきかなくなった原子炉は刻一刻と原子爆弾へと変貌しつつあった。核分裂の熱で原子炉が溶け出すのは時間の問題。原子炉が溶け出せば茨城県内はもとより、関東全域と東北地方南部が放射能に汚染されることになる。タイムリミットは1999分、、、。
 パニックになり逃げ惑う住民。各地で起こる暴動。行政は成す術もなく平静を呼びかけるだけだった。警察も自衛隊も今や機能しないでいた。

−1999年9月30日夜− 茨城県ひたちなか市

 そのころ関口は考えていた。アイツに放射能を食べてもらえれば、、、。もう成長しているはずだ。20年も経ったんだ、、、。

 20年前、関口少年は1匹のトカゲを東海村の沖合いに沈めていた。原発から流れ出す廃液に含まれる放射線によって、伝説の大怪獣「ゴメラ」に成長することを願って。
 ゴメラ、それは茨城県に古くから伝わる民話に出てくる怪獣のことだった。自然に対する冒涜を戒めるために、海から出現し、人間を一掃してしまう恐ろしい怪獣。それがゴメラだった。

 今こそアイツを目覚めさせるときが来たのだ。しかし、どうやって目覚めさせるべきか。その前にアイツの居場所を探さなければ。成長したアイツは日本海溝の奥底に眠っているはずだが。

−1999年10月1日未明− 神奈川県横須賀基地

 海上自衛隊横須賀基地では日本海溝未確認物体調査が延期になり、調査隊は苛立っていた。調査隊の隊長は、未確認物体に異常なほどの関心を持っていた。さらに、今回の原発事故との関係も疑っており、原発事故対策のためにも、早急な調査が必要と感じていた。
 隊長の脳裏に、ふと一人の青年の名前が浮かんだ。”関口”、、、。彼は確か東海村の近くに住んでいたはずだ。もしかしたら彼が何か知っているかもしれない。そう感じた隊長は1通のメールを関口に送った。
《我々は日本海溝において未確認物体の調査をしています。大きさは100m。微量ながらも放射線を確認。貴方のホームページを拝見しました。この物体について、何かご存知ではないでしょうか?》

 インターネットで事故情報を収集していた関口は、事故の重大さが分かるにつれ不安が大きくなっていった。このままでは日本全体が死の世界になってしまう。そんな関口のもとに1通のメールが届いた。差出者は海上自衛隊。どうしてこんなところから、、、。疑いながらメールを開いた関口は慌てて返事を出した。
《それは「ゴメラ」です。間違いありません。わたしが沈めたトカゲが成長して、、、。あー、これで日本は救える。早くそいつを目覚めさせてください。》

−1999年10月1日午前− 東京湾

 2時間後、関口は東京湾の潜水艦の中にいた。
「間違いないのか?」
 隊長に念を押された関口は答えた。
「はい、間違いなく伝説の大怪獣ゴメラです。体長、体温、X線写真、放射線量、どの資料を見てもゴメラの存在を裏付けています。何より、この心臓の鼓動が生物である証拠です。」
 艦内がざわついた。水深8000mの深海に生物がいる。それも体長100mの怪獣。関口の話しを信じるものは誰一人としていなかった。隊長をのぞいて。
「こいつを東海村におびき出せばいいんだな?」
  隊長の問いに関口が答える。
「はい、そうです。でも、どうやって目覚めさせるんですか?」
「原爆一発で足りるだろう。」
「・・・」
 艦内にいた全員が耳を疑った。原爆、、、原子爆弾。唯一の被爆国、日本が原爆を所有していたとは、、、。
「この潜水艦にも核弾頭搭載のミサイルが搭載されている。これをアイツにぶち込めば嫌でも目が覚めるだろう。」
「た、隊長!何を言ってるんですか?」
 青ざめた顔で隊員が言った。
「そんなことが許されるわけがないじゃないですか。原爆があったなんて。それも、この潜水艦に搭載されていたなんて。これは国民に対する裏切りです!」
「まあ、落ち着け。」
 隊長は冷静な口調で隊員をなだめた。
「原発があるんだ。原爆があってもおかしくないだろう。北朝鮮は挑発するし、アメリカやロシアだっていざとなればミサイルを発射するぞ。そのとき日本はどうする。原爆の1つや2つ持ってなくては対抗できないぞ。」
「それは違います。核兵器は作ってはいけないのです!対抗するのではありません。説得するのです!話し合いで解決するのです!」
「あのぉ、、、」
 関口が話しに割り込んだ。
「核兵器の議論はあとにして、ゴメラ対策を先にしてもらえませんか?」

−1999年10月1日正午− 茨城県

 茨城県知事は悩んでいた。県庁舎の屋上には避難用のヘリコプターがスタンバイしている。しかし、県民を置き去りにして逃げてもいいのだろうか。ここで逃げたら次期知事の椅子はなくなるだろう。だが、ここに残っていては命の保証がない。命は惜しいが知事の座は譲れない。さて、どうしたものか、、、。
「知事、東海村沖に怪獣が出現しました!」
 秘書が叫びながら知事室に入ってきた。
「何?」
「怪獣です。巨大な怪獣が現れたのです。はやく逃げてください。」

 東海村沖に出現したゴメラはゆっくりとした足取りで原発に近づいた。すでに原子炉は溶けだし、放射能が漏れ出していた。放射能を嗅ぎつけたゴメラは涎を垂らしながら原発に首を突っ込み、原子炉に噛み付いた。

「知事、放射能は漏れていません。各研究施設およびモニタリングポストの測定値は通常レベルよりも低い値を示しています。」
 秘書は資料を片手に茨城県知事に報告していた。
「どういうことだ?」
「どうやら怪獣が放射能を食べたようです。」
「おぉ、そうか!放射能汚染はないわけだな。県民の避難を確認するまで逃げなかった知事として宣伝しよう。これで知事の席も安泰だな。わははははは。」

−1999年10月1日正午− 潜水艦

「やったー!」
 潜水艦の中に歓声があがった。
「これも関口君のおかげだ。ありがとう。」
 隊長が手を差し伸べた。関口はその手を握り返しながら答えた。
「いえ、わたしはゴメラの姿を見たかっただけです。お礼を言うのはこちらです。」
「ゴメラはこれからどうするのかな。」
 隊員の一人が何気なくつぶやいた。
「放射能を食べて元気になったんだろう?暴れたりしないよな。」
 関口の顔がこわばった。伝説によれば、ゴメラは人間を一掃してしまう・・・。

−1999年10月1日午後−

 放射能を吸収したゴメラはさらに大きく成長していた。周りを見渡し位置を確認したゴメラは、大きく口を開けた。喉の奥が赤く光ったかと思うと、口から大きな火球を発射した。その火球は猛スピードで東京方面へ飛んでいった。

 首相官邸では総理がニュースを見ていた。
「今回の騒動で支持率が下がるんだろうなぁ。総裁選が近いっていうのに、こんな次期に怪獣が出現することもあるまいし、、、。」
ドッカーーーン!!!
 ゴメラが発射した火球はピンポイントで国会議事堂に着弾し、首相官邸も木端微塵に吹き飛ばされた。

 ゴメラは口を開き、さらに火球を発射した。

「知事、大変です!国会議事堂がなくなりました!」
 秘書が叫びながら知事室に入ってきた。
「何?」
「怪獣が火の玉を吐いて、それが国会議事堂に命中したのです」
「ということは総理がいなくなったということだな。総理の座も遠くないかもしれないな。わははははは。」
ドッカーーーン!!!
 2発目の火球は茨城県庁舎に命中し、建てたばかりの庁舎は跡形もなく吹き飛んでしまった。

 ゴメラは満足そうな笑みを浮かべて、海へとひき返していった。

−1999年10月1日午後−

「そうか、ゴメラは海に戻ったか。」
 報告を聞いた隊長は胸をなでおろした。
「ゴメラはよほど行政に不満があったようですね。」
 関口はニコニコしながら話していた。
 そのとき隊員が叫んだ。
「隊長、ゴメラがこちらに向かっています。」
「ほう、お礼でも言いに来たのかな。」
 悠然と答える隊長の脇で関口はあっと思った。”まさか、まだ腹を空かせているのか?この潜水艦には原爆が残っているはず。”

 ゴメラは潜水艦の前に立ちはだかると、大きな口を開けて潜水艦にかぶりついた・・・


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