エルサレムからのHOT NEWS
−イスラエル・パレスチナの紛争の解決を願って−


中東の平和のための宗教


2003年1月18日  ローマ
ローマン・カトリック エルサレム司教区
ミシェル・サバー大主教

宗教の権利と政治の権利
1. 中東紛争は、本質的には政治紛争である。しかし中東ではすべてが宗教的感情と記憶によって色付けされ激しいものになる。従って、中東紛争は自ずとユダヤ教、イスラム教、そしてキリスト教という宗教色を帯びることとなる。

 この分野でわれわれが最初に抱く疑問は、その土地における宗教的記憶またはルーツは、信者に政治的な権利を与えるのか?ということである。宗教的記憶またはルーツは、自由にその土地に出入りをし、そこで自由に礼拝する権利を信者に与える。事実三つの一神教が、この土地にそのルーツと記憶を持っている。従って、この三宗教の信者はみな、この土地に自由に来て、そこで礼拝する等しく同じ権利を有していなければならない。人々の政治的権利については、それは国際法に従って決められるものである。

 二つ目の疑問は、信者が宗教を守るために、または聖地と考えられている土地を守るために、宗教は暴力を行使することを許したり要求したりするのか?ということである。宗教の歴史を振り返ってみると、同じ宗教同士であろうが異宗教間であろうが、宗教が原因で多くの戦いが国と国、また人々の間で行われてきた。過去の歴史に見られる、そして現代史にも未だに見られる、この宗教と戦争、または宗教と暴力との間の密接なつながりは、宗教の本質とその根本的な役割とは矛盾するものである。宗教とは、人をその創造主と結びつけるものであり、従って同じ信仰を持っていようが、違う信仰を持っていようが、同じ神の創造物であるすべての兄弟姉妹と結びつけるものである。だからこそ、宗教は和解の要素、そして戦争と反目の妨げであるべきであり、その逆であるべきではない。

宗教戦争
2. 信者は「宗教戦争」の名において、神の正義を守るべく武力や暴力を使うのだと主張する。信者は神の名によって行動していると主張し、神の名において破壊や殺人を犯す。国家的、文化的な理由など、戦争をするための別の動機を擁護する手段として、宗教がしばしば使われることもまた事実である。このような現象は、旧約聖書の中に暴力が登場することに共通点がある。これはどんな宗教の歴史を見ても頻繁に見られることであり、現代人の心理の中にも依然として存在している。神の名の下に暴力を行使することは、何も聖書の時代に限ったことではない。同じメンタリティーはわれわれの時代にも続いているのである。

 「聖戦」は、それ自体が明らかな矛盾である。湾岸戦争の後、ヨハネ・パウロ2世は東方教会の主教たちやカトリックの司教たちに謁見して、こう述べられた。「聖戦などというものはあり得ない。」宗教は神と神の子供たち、また人類全体を愛するよう人を導かねばならない。「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者は、偽り者である。現に見ている兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することはできない。(Iヨハネ4-20

 それゆえに、聖戦を宣言することは宗教それ自体の本質に逆らうことであり、その人の宗教への理解不足を露呈するものである。それは嫉妬やいさかい、罪深い憎悪という人間的なレベルにまで神を引き下げることである。

 なぜ宗教と暴力の間のこの奇妙な同盟が、人間の歴史の中で過去に存在し、そして未だに存在するのかについては様々な理由が考えられる。まずは、宗教の本質が間違って理解されているからだ。信者は宗教を自分の所有物と財産に変えてしまう。唯一真実の神を信仰しているという口実のもと、自らを神とし、自分の利害のために戦いはじめる。そこで宗教的感情は、和解の要因や相互理解と赦しの原則ではなく、信者の心の中の単なる武器と成り代わってしまう。

 第三に、一部の政治指導者たちは、知ってか知らずか、敵と戦うために使う武器の一つとして、宗教や個人の中に深く根を下ろした宗教感情を利用する。

 結論としては、宗教はそれそのものが暴力と戦争の源ではないということである。宗教が理解されていない、あるいは間違って使われたときにのみ、人間は宗教を暴力の源に変えてしまうのだ。

聖書の中の暴力と戦争
3. 聖書の中では、戦いは神の名において行われた。勝利と敗北は神の存在の如何に帰せられ、神は信仰を持たない者に対して信じる者を助けられると考えられていた。

 しかし同時に、聖書の中で神はたくさんの血を流したという理由でダビデ王を非難し、拒絶されている。神はダビデ王が神殿を建てるのをお許しにならない。(I列王22:8)箴言は「背信のパンを食べ、不法の酒を飲む」(箴言4:17)邪悪な者を避けることを命じている。暴力行使をとがめている。「神に逆らう者は自分の暴力に引きずられて行く。正義を行うことを拒んだからだ。」(箴言21:7)詩編62には「暴力に依存するな。搾取を空しく誇るな。」(詩編62:11)とある。

 予言者たちはイスラエル人が犯した暴力行為を強烈に非難している。「この国には、誠実さも慈しみも神を知ることもないからだ。呪い、欺き、人殺し、盗み、姦淫がはびこり流血に流血が続いている。」(ホセア4:1-2)予言者らはまた、寄留者と貧しいものの権利が大事にされなければならないという申命記の言葉を繰り返す。「寄留者、孤児、寡婦の権利をゆがめる者は呪われる。…寄留者や孤児の権利をゆがめてはならない。…」(申命記27:19;24:17;エゼキエル22:7;エレミア22:3

 出エジプト記は住民と寄留者に対し、同一の律法を適用することを要求している。「この規定は、この土地に生まれた者にも、あなたたちの間に寄留している寄留者にも、同じように適用される。」(出エジプト12:49)人々の権利についてエレミアは言う。「この地の捕われ人をだれかれなく足の下に踏みにじったり、いと高き神の御前をもはばからずに他人の権利を奪ったり、申し立てを曲解して裁いたりすれば、主は決してそれを見過ごしにはされない。」(哀歌 3:35
 
 武力は役に立たない、とサムエル記上は言い、またイザヤは力の源は別のところにあると語る。「人は力によって勝つのではない。」(
サムエル記上2:9)しかし「安らかに信頼していることにこそ力がある。」(イザヤ30:15)と。

 イザヤ書の中の「苦しむ僕」は、新約への導入であり、人類の救いのために苦しんだキリストの出現を予言するものである。彼こそ「不法を働かない」「この人」であり、「われらの罪を背負って」「自らを償いの捧げ物とした。」(イザヤ53

暴力、神の神聖と正義
4. 聖書の作者たちの時代の考え方からすると、暴力の行使は、まず何よりも神の神聖性という概念に関わりがあり、第二に正義の概念と正義を人類の中に保持する手段に関係する。

 神の神聖性と神の掟を犯すものには誰でも、体罰、場合によっては死刑が課せられた。これによって上述の例が説明できる。イスラエルに征服された町々の禁止令は、偶像崇拝を根こそぎにし、神の神聖性と唯一絶対性を確認する社会的な掟を定めるものであった。

 暴力と正義の関係はどうかと言えば、個人間や民族間の正義を確立するための最初の段階では、復讐という手段が使われている。復讐とは、悪に対しより大きな悪で応えることである。創世記はカインについて語る。「それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」(創世記4:15)そして24節には、「カインのための復讐が七倍なら、レメクのためには七十七倍。」と書かれている。

 第二の段階では、その残酷さにかかわらず、「復讐法」は最初の段階と比較して進歩が見られている。過度な復讐が、一対一相当のものに制限され、もはや七倍や七十倍ではなくなる。「命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足」(申命記19:21

 トビト記を読むと、人が互いに折り合いをつける上で、更に進歩を遂げたことがわかる。「自分の嫌なことは、ほかのだれにもしてはならない。」(トビト記4:15

 新約聖書のヨハネの黙示録を完全に実現することができれば、実体のある革命的な前進を遂げることができるだろう。人間関係の黄金律は、悪い行いを避けよと要求するだけでなく、あなたが人にしてほしいことを人にせよと命じる。「だから人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」(マタイ7:12

 愛の掟は「復讐法」(目には目を、歯には歯を)に取って代わり、敵でさえ愛せよという革命的な考えをもたらす。「あなたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。・・・あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、私は言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ5:38、43〜44

今日の暴力
5. 神の神聖性と人類の正義を守るために、旧約の物語の中で神が命ずる手段の残酷さは、今日のわれわれの目には奇異に映る。今日私たちは、著作、解説、説教など、取り得る最善の方法を用い、より適切な方法でこれらの真理を表現することができる。神の神聖性、神の唯一性、神の掟を守ることの必要性を、自分たちや他の者に納得させるために、憎悪を露わにしたり、神を信じない者に対して皆殺しの戦争を布告する必要はどこにもない。

 しかし正直に言うならば、20世紀の今もなお、私たち自身が非難している旧約聖書のメンタリティーを、私たちの多くが持っていると言わざるをえない。今日でもなお、神の掟を宗教的、霊的に侵した者に体罰を課すことを要求するようなメンタリティーの例は数多く見られる。ある者は未だに宗教戦争を信じている。またある者は、宗教や別の分野で、他者を打ち負かしたり納得させたりするために、暴力に頼ったり、さらに陰湿な手段を講じたりする。

 中東紛争においては、神もまた紛争の一端である。何故なら、この地のあらゆる場所が聖なるものであるからだ。どの関係者にとっても、神はあらゆる意味で物事の一部を成している。契約、選民、約束の地という聖書的考え方は、すべての人ではないにせよ、一部のグループによって、神学的意味合いでだけでなく、文字通り政治的意味合いで使われている。そしてそれは他者、つまりパレスチナ人に対する政治的、軍事的行動の裏付けとなっている。シオニストキリスト者と呼ばれるキリスト原理主義者もまた、宗教的概念や考え方を利用して、政治的、軍事的イスラエルの現実を擁護している。それに対しパレスチナ人イスラム教徒は、パレスチナ全土がイスラム教徒の聖地だと主張している。この地を護る必然性の故に、また殉教の考え方の故に、神の土地のために死ぬことは神の為に死ぬこととなり、それが過激化して殺戮を生んでいる。

 しかし聖地において今、イスラエル人とパレスチナ人同士の紛争の枠内において、宗教の否定的な面ばかりが顕在化しているわけではない。事実、多くの建設的な努力もされている。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒との間では数々の対話グループが持たれている。ここで言及しておきたい一つのグループは、アレキサンドリアグループと呼ばれるグループである。英国、エジプト、シャロン首相、アラファト議長など政治指導者たちの合意の下に、カンタベリー教会のジョージ・カレー大司教の呼びかけによって始められ、第1回が2002年1月にアレキサンドリアで開催された。パレスチナとイスラエルの三つの一神教の宗教指導者の代表者三名が会し、宗教的観点から継続する紛争と暴力について議論し合った。その第1回目の集まりで、宗教の名において暴力を非難する声明が調印された。この文書は3月の一般謁見でヨハネ・パウロ2世教皇に提出され、また中東の平和を懸念する世界の著名人や組織にも送られた。その後このグループはエルサレムで何度も集会を持ち、最近では2002年10月にロンドンのランベス宮殿で集会が行われた。その時には、その3つの代表団の代表者に平和と和解のコベントリー賞が授与された。これは、三宗教の教会指導者と、この土地からのすべてのパレスチナ人、イスラエル人が共に会した最初の出来事であった。この集まりは今もその道を模索中であるが、集会が持たれているという事実そのものが、現在と未来を現す象徴であり良い兆であると言える。

 宗教と宗教指導者の役割は重要である。中には政治権力と密接な結びつきを持つ指導者もおり、権力の奴隷でさえある。それゆえ彼らは、宗教的使命や発言権を自由に駆使して、国の利害や危惧とは異なる方向性を示すことができない。政治的権力に与することなく、下位レベルで人々に仕える三宗教の他の者たちは逆に、公式見解とは異なる発言をすることができる。公式見解に反対意見を唱えるのは難しいことであるし、正しい方法で反対意見を表明するのは難しいことである。しかし異なるビジョンを持つことが宗教指導者の使命である。宗教指導者は、絶望感と投げやりな感情が蔓延する今日のような難局にあっても、人々に希望をもたらさなければならず、またどんなに和解が遥か彼方の夢のように思える状況にあっても、両者が和解に向けて歩み寄れるよう手助けをしなければならないからだ。

 全員ではないにしても、われわれの多くの宗教指導者が使命を負うことができるよう心から願う。中東の中心にはエルサレムがある。エルサレムは聖なるものとされた地、罪の贖いの地、人間同士そして神と人間との間の和解の地とされた場所である。長期的な紛争が続くその中東にいる両当事者に、希望と和解をもたらすことができるよう、神の恵みが与えられることを心から願う。



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