エルサレムからのHOT NEWS
−イスラエル・パレスチナの紛争の解決を願って−

この記事はイスラエルより発信されている「NONVIOLENCE (非暴力)」のホームページより、製作者 ラエド・アブサリア神父様の許可を得て「聖地のこどもを支える会」で翻訳したものです。


オリーブ・ブランチ NO.197

ベツレヘムだより(51)    2003年3月28日
トワーヌ・ファン・テーフェレン


クリスティーヌ

 いい先生であるスージーの目は2つきりではありません。スージーは見慣れたブルーとチェックの制服を着た生徒たちを教室や校庭でさっと見渡します。今週の火曜までは、娘のクリスティーヌを校門に迎えに来る父親のジョージ・サーデの姿を目に留めていました。親子の会話が聞こえてくることもあり、いつもジョージがクリスティーヌに冗談を言っているのをほほえましく感じていました。学校へ子供を迎えに行くことは、家庭生活を活気付ける小さな出会いの1つです。授業が終わったことを喜び、みんな家に帰っていきます。スージーがこの話をしてくれたとき、そんな出会いの場である大学の門で、帰っていく学生たちのざわめきの中マリーを初めて見かけたときのことを考えずにはいられませんでした。スージーはクリスティーヌが幼稚園の頃から知っていて、優秀で明るい生徒に育っていく様子を見守っていました。アラブ教育研究所ではジョージのことをよく知っています。昨年までジョージは、オランダやフラマン(ベルギー)の学校との交流に参加している生徒に、コンピューターの授業を教えていました。それは火曜日のことでした。その日は、みんながイラクでの戦争について話しているのを除けば、いつもと変わらない日でした。

 火曜の夕方ジョージは、妻とクリスティーヌ、そしてクリスティーヌの姉のマリアンヌを乗せて車で市街を走っていました。 突然、銃の連射音が2度響きわたりました。それは、私服のイスラエル軍部隊からのもので、兵士たちは武装派パレスチナ人めがけて撃っているつもりでした。かれらは2人の武装派を射殺しただけでなく、もう1台のジョージ・サーデの家族の乗った車も銃撃していたのです。ベツレヘムの人々によれば、ジョージが運転していた車は武装派の人たちが乗っていたのと同じような車種だったために、地元のイスラエルへの協力者が誤った情報をイスラエル軍に伝えたそうです。イスラエルのメディアによると、武装派が初めにイスラエル兵に向かって発砲し、イスラエル兵が反撃して、ジョージの車が銃弾を浴びたとのことです。撃たれた2人の少女が苦しみの叫びを上げるのを通行人が聞きました。サーデの一家は病院に運ばれました。クリスティーナは頭に銃弾を受け、搬送中に亡くなりました。ジョージとマリアンヌも重傷を負いました。夕方の早い時間のベツレヘムの繁華街での出来事でした。悪天候のため普段ほど人通りは多くありませんでした。100メートル離れたところにいた通行人の1人は、オランダ人のフランシスコ会士ルイ・ボーテでした。ボーテは現在聖誕教会にある施設に居住しています。もう少し事件の現場に近くにいたら、流れ弾が当たっていたかもしれないとボーテは後になって初めて気付きました。その晩スージーに電話をしたとき、スージーは声を詰まらせていました。次の日イスラエルのテレビ局は、射殺された武装派の仕業とされている爆破された旅客バスの映像を流していました。

 この出来事は、人権団体が「超法規的処刑」と呼んでいるものです。国連事務総長コフィー・アナンそして、もちろん多くのパレスチナ人、イスラエル人さらに国際人権団体もこのような行動を強く非難しています。なぜなら、いかなる手続きにもよらずに人々が殺害され、しばしばサーデの家族(そして射殺された武装派の車に同乗していた、政治とはまったく無関係なもう1人)のようにほかの人々も傷つけられたり殺されたりするからです。インティファーダが2000年9月に始まって以来、少なくとも96人の武装派が殺害され、42人の偶然そばにい合わせた通行人も殺害されました。この事件が起きた夜すぐにベツレヘムのど真ん中の住宅街でどうしてそのような処刑が行われるのだろうと人々はみな不思議に思いました。そしてイスラエルの協力者たちの行動も理解できませんでした。協力者たちは食べる物にも事欠いているから、こんなひどいことをするのでしょうか。それとも麻薬中毒のためにイスラエルの工作員の言いなりになっているのでしょうか。

 クリスティーヌの葬儀を木曜の午後に執り行うと知らせがありました。近親者―ジョージとマリアンヌはいまだに入院しています−に続いて、聖ヨゼフの女子生徒全員と教師が長い制服の列をなし、ドラムを携えたスカウトに両脇をはさまれて聖誕教会の小さな門へ向かって進みました。ちょうど到着したときイスラム教の祈りがモスクの拡声器から流れてきました。そしてしばらくして教会の鐘がそれに取って代わりました。政治スローガンを叫んでいた若者たちの声は次第に消えていきました。ドラムの音だけが響き、静寂が支配しました。クリスティーヌの大きなカラー写真の脇に少女たちが一面の花を手向けました。少女たちはアラビア語や英語で「クリスティーヌ、あなたは私たちの天国にいる使者です」、「クリスティーヌ、あなたはいつでも私たちの心の中にいます」などと書かれた横断幕を持っていました。葬列の終わりに、何メートルもの長さのパレスチナ国旗を掲げている人たちがいました。私の見たところでは、およそ2000人くらいの人々がいました。ほとんどの人たちは、教会の中は十分な場所が無いので、私と同じように教会の外にいました。祈りのあと、1団の男たちが棺を頭上に高く掲げました。これはこの地でイスラム教徒同様、キリスト教徒の間でも習慣となっています。数週間の悪天候の後に不意に雲の合間から差してきた太陽に、私は涙を溜めた目をまばたきさせました。悲しみに打ちひしがれて、「神はどこにおられたのだろう。彼女の守護の天使はどこにいたのだろうか」と気さくな神父が言いました。

 クリスティーヌが亡くなってから3日間、習慣に従ってサーデの家族の知り合いすべてと、そのほかの弔問客が家族の家を訪ねました。男女は別々の部屋に集まりました。最近この行事を頻繁に見かけます。たぶん厳しい環境のために、インティファーダ以前に比べて多くの人が亡くなっているのでしょう。精神的な圧力は特に高齢の人たちに重くのしかかっています。また、収入が不足しているため、人々は自分の身を自分で守ることができません。最近、義理の家族の隣人が亡くなりました。習慣により、私の義理の家族が1日間弔問客への食べものと飲み物の提供を引き受けなくてはなりませんでした。この行事の間キドレ―羊の肉入りハーブライス―と小さなカップに注いだ苦いトルココーヒーがふるまわれます。実際、これはうつに対抗するための適切な方法です。1日目は、クリスティーヌの場合のように死が非常なショックの場合は、すべての弔問客は静かに座って家族を支えます。2日目から次第に会話が始まります。この集いは癒しを与え、コミュニティーは生き返らせます。2、3日前にベツレヘムの近くの村にある国連学校の校長サナーが、イスラム教徒は、服喪期間に特別な種類のさくさくしたパンを焼いて、それを割って家族や友人の間で分け合うということを教えてくれました。

* * *

 スージーは今度の日曜の、オランダのフラーディンゲンとのライブ・ビデオによる交流の司会者の役目を降りました。また、聖ヨゼフの聖歌隊はそこでの「正義と平和」の歌の合唱に参加することができなくなりました。それはまだ到底無理だからです。しかし、スージーと聖ヨゼフの生徒たちの何人かは交流の終わったすぐ後に予定されている沈黙の祈り(ビジル)に参加するように招かれています。この催しは、戦争と占領に対する世界規模の抗議や正義と平和への支持に、ベツレヘムも加わることを希望するパレスチナ人と外国人のグループの発案によるものです。この催しはとりわけ、何年も前からブエノス・アイレスの五月広場を歩くことで、行方不明になった家族をしのび、当局を告発してきた婦人たちに触発されています。そしてまた、たぶんこの10年間毎週西エルサレムのパリ広場でパレスチナの占領を告発し続け、海外にも支援グループがある、イスラエルの勇気ある「Women in Black」にも触発されています。私たちは沈黙のうちに聖誕教会と近くのオマール.モスクの周りを歩きます。クリスティーヌの思い出は、この行動を続けるための確信を強めてくれるでしょう。

ベツレヘムの聖ヨゼフ校11年生モナ・ヒラルが、クリスティーヌ・サーデの亡くなった直文章をつづり感情を表しました。

<日記より>
親愛なる日記さん、
怖くて、暗く悲しい夜です。幽霊が出てきて悩まされそうです。今この瞬間に雷が鳴っています。空は真っ暗です。それは空が悲しんでいるからだと思います。空に目をやると、その絹のような頬をつたって涙がこぼれ落ちてくるのが見えます。空の星はもう輝くのをやめました。空も怒っているのがわかります。今日、今から2、3時間前に1人の天使が死に、イエス様のみもとで憩うために地上を離れました。けれども彼女は、私たちのもとを去って行ったとき、とても非人間的で、残虐で胸が張り裂けそうな目に遭ったのです。そのために全宇宙が、今夜は陰気で真っ暗なむごたらしい夜だと宣言しているかのようです。12歳の天使はイスラエル兵に撃たれ、今夜死にました。雷がまた鳴っています。空は怒っています。不正義が再び支配しています。1千もの目が涙を浮かべているのが見えます。泣いているのは空だけではありません。母親たちや父親たち、娘たち、生徒、教師も泣いています。地獄でもこんなことは許されません。彼女はほんの少し前まで生きていました。そして次の瞬間彼女は死体になっていました。輝いているろうそくをどうしてそんなに簡単に吹き消すことができるのでしょう。きらめく星はどうしてそんなに簡単に落ちてしまうのでしょう。クリスティーヌはどうしてそんなにたやすく死んでしまったのでしょう。雨がひどくなってきました。心は傷つけら、血を流しています。一瞬のうちに自分の妹を殺され、父親は重傷を負い、母親は意識を失い倒れてしまうことなどだれにも想像できません。ああ、神様。

私の心は恐怖で叫びを上げています。家族を失うことを考えただけでたまらない気持ちになります。ああ、神様。大切な人を失った人々に忍耐と信仰、力、愛を与えて下さい。沈黙だけが続きます。まったく音は聞こえません。怒っていた空は今は沈黙しています。私の心は悲しみに締め付けられ、血を流しています。私は静寂が嫌いです。それは死を思い出させます。ああ、イエス様。この困難な危機のときに、あなたを必要とする人たちと共にいてください。あなたの限りない愛で人々を抱擁してください。彼らを放さないでください。彼らにはあなたが必要です。彼らの大切な人たちを守り、彼らを癒し、そして彼らが無事に我が家に帰ることができるようにしてください。あなたの天使を遣わして彼らをイスラエル兵という怪物から守ってください。たった今天使を遣わして彼らを見守り、彼らの体と心の傷を癒してください。沈黙で耳が聞こえなくなりそうです。まったく音がないところから悲鳴が聞こえてきます。とても暗く、悲しい夜です。けれどもまた声が聞こえてきました。美しい声、天使のような声がだれかを呼んでいます。名前を繰り返し呼んでいます。その名前は聞き取れません、けれどその声は、清らかで美しいクリスティーヌを呼んでいるのだと思います。


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