■+-+猫にごはん。+-+■

 じゃがいもは粗めに擦りおろし、ベーコンを細切りにして、5ミリ角に刻んだチーズをざっくり混ぜて、フライパンにバターを引く。表面 がカリカリになるくらいまでじっくり焼いて、焼き上がるまでにサラダを作る。

「何か、楽しそうだな。朱華」
 浅葱はベットの中で、眠たそうな眼をこすりながら、丸くなっていた。
「新婚さんみたいでいいでしょ」
「・・・お前、なんでそう恥ずかしい事を平気で言えるの?」
「好きだから、」
 投げかけた問いへの答えに、何故だか浅葱の方が顔を赤く染めて、鼻歌さえ唄い出しそうな朱華の背中をじっと見つめた。何が好き?料理が好き?それとも俺?

 トマトを切る。熟れて赤いその身の中から、とろりとした液体が流れ出る。指に掬って、口に含むと青くて未熟な味がした。好きだから、好き、だから。

  好きだけど、少し怖くて。
 触れられただけで、こんなに幸せなのに。
 その先にあるものを。

「どうした?」
「うん、今、出来た」
 振り返る朱華の瞳が名残りの泪に微かに濡れて。
 はじめて抱いた朱華の躯は、決してそう言う行為に慣れている訳ではなくて、どうしていいかわからずに震えていた。流されて、止まらない泪に惑って、触れてしまった躯から伝わる熱さを、ただ優しく口吻けるだけの愛撫に変えた。
 大丈夫だから。そう云った朱華の瞳の中に、大丈夫じゃない朱華がいて、今はまだ時期ではないと。好きだから、好き、だから。

 二人で幸せになれる方法を。
 焦らずに、ゆっくりと。
 時間は流れはじめたばかり。

  浅葱の胸の中で、子猫のように眠る朱華の鼓動が、いつまでも早鐘のように打たれていた。腰を抱く手が、すがるような仕種で動き、押し付けられた額の下で、ふくりとした花弁のような唇が小さな呼吸を繰り返す。眠っているの?そんな風に無防備に?

「俺って、バカ・・・」

 食卓の上に並んだ料理から、ゆらりとあがる湯気が誘う。食欲と所有欲。それからもう一つ別 の欲望。香ばしい薫りの中に堕ちてゆく。
「食べよう、浅葱。」
「ああ。冷めないうちに・・・」
 朱華は嬉しそうに頷いて、かけていたエプロンの紐を解く。浅葱は頬杖をついたままベットの中からぼんやりとそれを見つめる。
「それ、してろよ。俺・・・その方がなんか安心する」
「なんで、安心?」
 悪戯な眼が、幸せそうに笑み崩れながら浅葱を捕らえる。猫のような硝子質の眼に捕らえられて、浅葱は先刻まで抱きしめていた朱華の温もりに焦がれる。この腕の中に、溢れる程の幸福を。

 確かに、ここにある幸福。

「ねぇ。」
「ん?」
「ごめんね、さっき」
 酷く、済まなそうな顔をして朱華が聞いた。
「俺も、ごめん。嫌がることした。朱華のこと泣かせたし」
「違う、あれは・・・嫌だったんじゃなくて。ほんとに、どうしていいのかわからなくて」
 傾げた顔に昇る羞恥に、浅葱は朱華の言葉の意味を理解する。たぶん、そう云う事。同性だとか異性だとか、そんな事じゃなくて。
 はじめてだったの?
「ゆっくりでいいよ。ちゃんと、朱華のこと好きだから、俺」
 微笑んで、腕を伸ばして、首筋に廻された細くて華奢な白磁のそれが、浅葱の顔をかき抱いて。

「もしかして・・・俺って凄く大切にされてる?」
「あたりまえじゃん」

「よかった。俺も、ちゃんと好きだよ。浅葱のこと」
 じゃれあう猫のように鼻を合わせて。そのままゆっくりと角度を変えて、大人の口吻をして。

 それは、甘くて、幸福の味。

 

【2001.08.31>>>hatohane tukuto】

初出:19XX.04.30「ムギワラボウシノウタ」
(『偏執狂(モノマニア)』発行 鳩羽ツクト個人)
コピー配付誌に収録されたものを大幅改稿、
加筆、除筆と云うか別もの?になって・・・

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