TOUCH

 惜しみない笑顔はナミの為に。
 子供の様な顔はウソップと一緒にいる時に。
 困ったような子供をあやすような顔はルフィに向けて。
 とろけたような顔を見せるのはロビンに。


 コロコロと表情を変えて忙しなくキッチンと甲板を行き来するサンジを、ミカンの木にもたれゾロはぼんやりと眺めていた。
 昼間サンジがゾロに向ける表情は殆ど不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。銜え煙草のままで、低く怒気を孕ませた声で。名を呼ぶことは無く、次から次へと出てくる妙な呼び名は、ゾロの眉を顰めさせる。
「クソ剣豪」
 返事をするのも腹立たしく、閉じていた目をうっすらと開けて目の前に立つ影を見上げたが、また目を閉じた。
「ぐうたら万年寝太郎。起きてんなら手伝えよ」
「……」
 今度は目を開ける事もせずに、無視を決め込んだ。
「ぅぐっ!!」
 腹を思い切り踏みつけられ、慌てて起き上がる。立ち上がった先には口の端に煙草を銜え、歪んだ笑みを貼り付かせたサンジ。
「てめぇっ!!何しやがるっっ!!」
「オレを無視するからだよ。つか、剣豪っつっても大したことねぇな。踏みつけられる前に避けるくらいの芸当をしてみやがれってんだ」
 付いて来いと、くるりと踵を返したサンジの背に、暗い夜を思い出す。
 蹴られたのは、殺気を感じる事がなかったから。
 声を掛けられて起きなかったのは、今の表情を見たくなかったから。
夜中、サンジが見せるあの顔を思い出していたから等と、言える事ではないが。
「ってぇ……」
 腹をさすりながら小さく呟いたゾロの言葉にサンジが笑みを零した。
振り向いてふんわりと笑うその顔はすぐさま消え、サンジの口からは、早く来い、とのろのろとしか動かないゾロに対しての苦情が漏れる。
サンジが一瞬見せた表情を、ゾロはそっと目蓋の裏に隠した。


 誰にも見せない、サンジの表情が見たい。

 誰にも見られたくないと、籠の中に閉じこめておきたいという衝動がゾロの裡を駆けめぐる。
 嵐のような感情を胸の奥に押し込め、大きな溜め息を付いてサンジの後を追った。


 いつまで持つだろうか…?




誰も知らない見せたことない顔を俺だけに見せて

そばにおいでそばにおいで強く抱き締めてあげる

愛しくて 愛しくて 愛しくて

この想いが悪夢になる とても素敵な悪夢に

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2002/11/3