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Umbrella

<3>

「なぁ、オマエんトコの船長何とかしてくんねぇか?」
 静かに酒を飲んでいた二人だったが、静寂を破ったのはサンジだった。
 居心地の悪い沈黙ではないと、ゾロは思っていた。雨の音と揺れる氷の音が、響く静かなキッチンも悪くない、と。
 問われた事の意味が分からず、ゾロが何のことだ、と問い返した。
「もぉ…雑用はいいからよ、早ぇとこココから出てってくんねぇかな」
「…それはルフィが決める事だ」
「雑用ってのは、クソジジィが言った事だし、奴が居ると皿が何枚あったって足りやしねぇ」
「……」
「それに、先、急いでんだろ?こんなトコで道草喰ってる暇はねぇんじゃねぇのか?」
 サンジは、深く煙草を吸い込むと、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
 ユラユラ揺れる煙が、ゾロの視界を霞ませる。
「雑用がよ、オレを誘うんだ…」
「?」
 何の事だ、とゾロは首を傾げる。
「コックが欲しいってよ。一緒に行こうって誘うんだよ」
「ああ、コックか、アンタ」
「は?バカじゃねぇ?何見てたんだよ、どっからどう見てもオレはコックだろうがよ」
 いや、分からねぇし…と、ゾロは心の中でツッコミを入れた。昼間の給仕姿を見ても、今の格好を見ても、コックには見えない。ただ、作ってもらったツマミは確かに旨い。手際よく作る姿を思いだし、コックという事に、ちょっと納得した。
「一緒に来りゃいいじゃねぇか」
「はっ!簡単に言ってくれるぜ。はいそうですかって、ホイホイ付いて行ける訳ねぇだろ、アホか」
 バカとかアホとか、口が悪いサンジに、ゾロの機嫌は降下していく。ぐいっとグラスに残っていた酒を飲み干すと、新たに継ぎ足しまたそれを呷る。
「…そんな簡単に、ココから出てける訳ねぇだろ…」
 短くなった煙草をアッシュトレイに押しつけると、グラスに口を付けた。コトリとテーブルにグラスを置き、新たに煙草を取り出し火を点ける。
 変な奴だと、ゾロは名前もまだ知らないコックを眺めながら、つまみを口に放り込む。俯いたその表情は伺えない。
「剣士…か。剣士が何で海賊船に乗ってんだよ」
 ゆるりと上げたサンジの表情は、薄笑みを貼り付けていた。気に入らない顔だと、ゾロはまたグラスを傾ける。
「別に、成り行きだ」
「成り行きで海賊船に乗ってんのかよ?」
「行く先はどうせ一緒だしよ」
 ぽいっとサンジが作った料理を、次々と口に放るゾロが、淡々と語る。皿に残った一つに伸ばしたゾロの手よりも先に、サンジがそれを掴み、自分の口に入れた。
「ああ、やっぱオレって料理の天才」
 咀嚼し飲み込むと、サンジがニッとゾロに笑いかけた。挑むような、そんな笑みで。
 ゾロは一つ舌打ちをすると、グラスに手を伸ばす。
「……笑わねぇよ…」
 小さく呟かれたサンジの言葉に、ゾロは顔を向けた。外を向いたサンジの表情は、髪に隠されまた見る事は適わない。
「あ?」
「…馬鹿げた夢は、オレも同じだ……」


 ユラユラ……


 静かに降る雨に打たれ、船は緩やかに揺れる。


 グレーの煙がキッチンに漂う。




 雨の音は止まない。

2002/9/23UP

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何だろう、この話……(-_-;;
*kei*