<<<back

「それはそれは厄介な出来事」

 時々思う事がある。

 酷く悔しそうな顔をするサンジを目の当たりにする度、この男は一体何に対してそんなに憤っているのだろうかと。
 まるでその事が自分のせいであるかのように、自分自身を責めているように見える。
 それを決して口には出さないが、キッチンに籠もる時間が長くなり、部屋に戻って来ない事を思うと、睡眠時間が極端に少なくなっているに違いない。
 誰にも悟られないように、いつもを装う。
「なぁにジロジロ人の事見てんだよ、クソ剣士。ケンカ売ってんのか?生憎だが、オレァそんなに暇じゃねぇんだ。他当たれ」
 気が付くとキッチンを休む事無く動いている姿を目で追っていたようで、視線に敏感なサンジが苛立ったようにそんな言葉を吐き捨てた。
 椅子に腰掛け、酒を飲みながら珍しくキッチンに長居をするゾロに居心地の悪さを感じたのかもしれない。この時間帯はキッチン兼ダイニングはサンジの一人になれる時間だった。それを邪魔されたと思っているからだろうか。
「別にケンカ売ってる訳じゃねぇよ」
「んじゃサクッと出て行けよ。その酒は持ってっていいから」
 珍しくゾロが酒を飲んでいる事に苦情を述べるでもなく、逆に早くこの場所から追い出したいと思っているのか、そんな事を言って手をヒラヒラ振った。
「何をそんなに苛立ってる?」
「…は?」
 一瞬何の事か分からなかったのか、素の表情になった後、サンジは凶悪この上ない視線をゾロに向けてくる。
「別に苛立ってなんかいねぇ。単にオマエがココに居るのが邪魔なんだよ、オレが。大体普段この時間には寝てるか甲板で酒飲んでるか鉄の串団子振り回してんじゃねぇか。何だって今日はここに居るんだよ?」
 そんなサンジの言葉は苛立っていた。吸い差しのタバコを何度もアッシュトレイでもみ消し、イライラと何度も火を点ける。俯き長い前髪で顔を覆い、表情を伺わせる事をしないそのやり方は、サンジが時々する仕草だった。そんな時は決まって表情を巧く作れなかった時。
 黙ってそんな様子を見ながら、空になった瓶をテーブルに置いた。コトンという音が響き、その音に反応してサンジが顔を上げる。一瞬だけ視線が絡んだ。ゾロが無言のまま立ち上がると、サンジはあからさまにホッとした表情になる。

 それが少しだけ気に入らなかった。

 どうしてこの男は何もかもを隠してしまおうとするのか。
 身体を繋ぐ行為を幾度と無く繰り返しても、サンジの感情はゾロの掌から零れ落ちるあの金の髪と同じように、スルリと抜け落ちてしまう。
 こんな風に悪態を付くのはただ一人、ゾロだけだと言うことを本人は自覚しているのだろうか。ルフィやウソップに対しては、乱暴ではあるが苛立ちをぶつけるような物言いはしない。
 ズカズカとサンジの眼前まで足を進め、驚きを隠せないその瞳を見据えたまま、触れあうギリギリの所で立ち止まった。
「最近あんまり寝てねぇし、あんまり食ってねぇだろ」
 サンジが何かを喋るのを遮るように、言葉を被せる。
「そ…」
「馬鹿かテメェ、俺が気が付かねぇとでも思ったのかよ?いつも通りにしようとすればする程、不自然なんだよ」
「……」
「何にそんなに苛立ってるのか知らねぇが、言いてぇ事があんなら、言え。俺にはお前の心の中を読み取れる程勘が良くねぇ」
 苦虫を噛み潰したような表情になったサンジの口から、銜えたままのタバコを引き抜いた。
「吐き出しちまえばスッキリする事だってあんだろ?」
「…っ。…機嫌が悪かろうが、イライラしていようが、誰にも迷惑かけちゃいねぇだろ。大体、オマエには関係ねぇ事だ。放っとけ」
 拒絶される言葉もいつもほど威力が無いように感じるのは、気のせいだろうか。
「俺が嫌なんだ。構うなって言われても、それは俺が嫌だ」
 聞くなりサンジは目を瞠った。言葉を反芻しているのか、呆然とゾロを見つめる。暫くそうしていたかと思ったら泣きそうに歪む顔をゾロの肩口に押しつけ、ポツリと呟く。
「…オマエむかつく」
 サンジから密着してきたのだからと、躊躇うことなく背に手を回した。それがゾロだけに与えられた特権だと言うように。





「…あ?」
「だから、最近ずっと偏頭痛が酷くて、オマケに耳の後ろ辺りが何かピリピリ痛かったんだ。頭痛とかって…なんか、すげぇ恥ずかしいじゃねぇか、んな事で…」
 頭痛とか神経痛とかゾロには全く経験が無い事で、それがどんな痛みなのか想像も付かなかった。怪我や見た目で分かるような物ではないので分かり難いし、元々サンジは痛い時に痛いと言わない。
「…呆れてるだろ…。だから放っておけって言ったんだよ、クソッ!大体偏頭痛なんて女の子にはよくあるけど、男のオレがそんな事って、恥ずかしいだろ。でも集中力は切れるし、何も手に付かねぇし」
 考え込んでしまい黙り込んだゾロに呆れられたとでも誤解をしたのか、サンジはペラペラと言い訳を並べ立てた。

―― ああ、そうじゃなくてだな…

「お前、チョッパーに診てもらったのか?」
「…え?」
「別に恥ずかしいとは思わねぇけど、病気ならチョッパーに診てもらえ。俺は自慢じゃねぇが、頭痛とやらになった事がねぇから、お前の痛みとか分からねぇ。けど、それは怪我とかと同じで、痛いって事には変わりないんだろ?」
 サンジは、マジマジとゾロを見た後、こくっと小さく頷いた。
「別に馬鹿にしたりしねぇから、痛かったら痛いって言え。んで、ちゃんとチョッパーに診てもらえよ」
 コクコクと頷き、ぎゅっとゾロに抱きつく。

「やっぱ、オマエむかつく…」

 そんな事を言いながらも、しがみついてくる腕の強さが変わらなかったので、ゾロはサンジの後頭部をゆっくりと撫でた。


 コイツの痛みが少しは引けばいいなぁと思いながら。

2004/2/15UP

んーと、オンリーの無料配布コピー本用に書いた小説です。
多分当日まで時間があるので、行間に手を入れたり追加で書いたりするかもしれませんが。
コレはこれとして、何となく自分的なラブラブってこんな感じかなと。
バレンタインで挫折してしまったので…(汗)

***Kei***