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Snow

Kei Kitamura

「サンジ、サンジ!」
 甲板でルフィやウソップと遊んでいたチョッパーが、勢いよくキッチンの扉を開けてサンジを呼んだ。
 昼食に出した料理を全て平らげたクルー達に、機嫌よく溜めた水で鍋を洗っていたサンジが、騒がしい闖入者を咎めようと振り返った先には、この上なく嬉しそうな顔をしたチョッパーが居た。
 叱るのをやめ、サンジは優しく問いかける。
「どうした?」
「サンジっ!雪だ!雪が降ってきた!」
 パタパタとサンジの元に駆けてきて、まだ濡れたままの手を掴み、外へと連れ出そうと引っ張った。
「雪?」
「そうだ。雪が降ってるんだ」
 嬉しくてたまらないのだろうチョッパーの弾んだ声に引かれるように、キッチンの外に出ると、暗い空から白い雪がハラハラと舞っていた。降り始めたばかりの雪はまだ積もるまでには至ってない。
 あのドラムで見た桜のように舞う雪を思い出させるように、ゆっくりと落ちてくる雪。
「ああ…道理で水がいやに冷たいと思ったぜ」
「…サンジ、雪嫌いか?」
 思わず漏れたサンジの言葉に、チョッパーが顔を曇らせる。
「え、いやっ!好きだぜ」
 不安げに見上げてくるチョッパーに慌てて否定して、ちいさな身体を抱え上げた。
「綺麗だよな」
 顔を突き合わせ、笑顔でサンジがそう言うと、チョッパーの顔が綻ぶ。
「うんっ!キレイだろ?サンジに早く見せたくて…」
「それで慌てて呼びに来たのか?」
「そうだよ。なぁ、サンジ、キレイだよね?あの時みたいだよね?」
 楽しい思い出もつらい思い出も全てが詰まっているドラムの雪と同じようにキレイだと、チョッパーは空から舞い落ちる雪を見つめた。

 哀しい思い出もある。

 それでも、チョッパーは雪が好きだった。



 あの国が、名前をくれたあの人が、とてもとても好きだった。


 そして、この船に乗っている全員が、とても好きなのだ。



 積もるかなぁと言いながら甲板をはしゃぎ回るルフィとウソップ。
 騒いでいる二人を楽しそうに見つめるロビン。
 寒かろうが周りが騒ごうがお構いなしにマストに凭れて眠っているゾロ。
 甲板での騒ぎに部屋から出てきて、空を見上げているナミ。

 キッチンで黙々と片づけをしているサンジだけが、まだ見ていなかったこの雪を、早く見せてあげたくてチョッパーは急いでキッチンに飛び込んだのだ。
 大好きなサンジに白く舞うキレイな雪を、早く見せたくて。

「ああ…ドラムで見た雪は本当に桜みたいで綺麗だったな」
「サンジ、桜見たことある?」
「ん?ああ、昔な。まだ陸に居た頃だから、すげぇガキの頃に一度だけ見たことがある」
「一度だけ?」
 少し意外な気がして、チョッパーは首を傾げた。
「オレは北の生まれだからな。ドラム程じゃねぇが、オレが生まれた所も雪の日の方が多かったぜ。それに、10になる前に海に出たから、よ」
「桜、どこで見たの?」
「そうだな…」
 そう言ったっきり、空を見上げたままのサンジは、何かを思い出しているように見えた。
 もしかしたら、サンジにも思い出すのがつらいような過去があるのかもしれない。忘れたいような思いがあるのかもしれない。
 チョッパーが、雪が舞うのを見てドラムを思い出すのと同じように、サンジにも(『桜』か『雪』なの分からないが)、何かがあるのかもしれない。


 黙ったままのサンジに、チョッパーは声をかける事無くその腕から飛び降りた。温もりを失ったサンジが、ふと我に返る。
「あ…チョッパー?」
「おれ、ルフィたちと遊んでくる」
「あ、ああ…」
「サンジも雪、好きで良かった」
 サンジにニッコリと笑いかけ、ルフィたちの元へ駆け出した。

 サンジはゆっくりと浮いたままの手を見つめる。
 手に残る暖かさとそこに落ちては消える雪の結晶。



 暗い雲が空を覆い尽くす。


 しばらくは雪が続くのだろう。



 まるで桜の花びらが舞うように降り続く雪と、楽しそうな笑い声がゴーイングメリー号を包み込む。




 そんな雪の日。

2003/1/1UP

私は生まれも育ちも南国九州(や、冬は寒いんですけどね、それなりに)なもので、何となく『雪』には憧れみたいなものがあったりします。
子供の頃は降ってたんですよ、雪。積もってもいたし。大変だってこともわかります。
でも、…って長くなりそうなので、この辺で(笑)
*Kei*