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夜泳ぐ




 夏の海域はムシムシと湿度ばかりが高く、夜になってもじっとりと熱を含んだ湿気が肌を撫でる。あまりの暑さに男部屋に籠もっていると、まるでサウナのようでじっと寝てもいられない。
 そんな訳で甲板には死屍累々と少しでも涼しい場所を求めて転がる野郎連中。メリーの近くでルフィが大の字になって寝ころんでいる。暑いと騒いでパンツ一丁になっているので、朝になったら服を着せなければ、ナミさんに見苦しい物を見せてしまいそうだ。
 チョッパーは土や木の傍が涼しいだろうと、ナミのみかん畑に転がっている。毛皮を着ている分誰よりも暑いのだろう。
 見張り台でぐったり伸びているウソップは、上の方に熱気が来ると譫言のように呟いている。
 後方甲板で暑さを感じているのか居ないのか、全身汗まみれになりながらも寝入っているゾロ。こんなクソ暑い中で何故腹巻きを取らないのだろう。極端に腹が弱いか、脱ぐのが面倒なズボラか。
 どいつもコイツもだらしない、と思うものの、そんなサンジもさすがにスーツをキッチリ着込んでいる事が出来なかった。
上着を脱ぎネクタイを外す。それくらいでこの暑さが引くとは思わないが、それでも着込んでいる事が馬鹿馬鹿しくなるくらい、暑い。日差しが無い分、日焼けの心配は無いのだからと、シャツを脱ぎ、寝ているゾロの顔に被せた。
 暫し待ってみる。
「………」
 まだ起きない。この男、死んでいるんじゃなかろうか。
「………ぶぁっ…」
「お、起きたか」
「…はあっ…はあっ…な、なん…」
「オマエ夜にそんな息荒くしてたら、やらしい事して興奮している変質者だと思われるぞ」
「……ってか、お前のシャツじゃねぇか!!」
 顔に被っていたシャツを握りしめ、覗き込むサンジを睨み付け、ギョッとした顔をする。
「…何でテメェ服脱いでんだよ…?」
「あぁ?暑ィからだよ。オマエはそんな汗ダラダラなのに、暑くねぇの?よくこのクソ暑い中、ぐうぐう呑気に寝てられるな?そういや雪が積もってても寝てたよなぁ。寒暖を感じる器官がぶっ壊れてんじゃねぇか?」
 暑いに決まってんだろと、不機嫌極まりない顔が更に歪む。眉間の縦皺がもの凄い。
「あー…こう暑いと寝てもらんねぇな…」
「奴らは寝てんだろ」
 まるで他人事のように言う。自分が率先して寝ていたクセに。
 横になって寝込んでいたゾロは、身体を起こし座り直すと壁に身体を凭せかけた。大きな溜め息は、この熱気を孕んでいるようだ。
「オレはデリケートに出来てるんでね」
「そうかよ」
 もう面倒だと言わんばかりに適当な返事を寄越し、目を閉じて再び寝る体勢に入ろうとしている。この暑さで本当によく眠れる。
 この気温。目の前は海。
「…丁度いい。オマエ見張ってろ」
「は?何を?」
 片目を開けるゾロに、手に持っていたジャケットを放り、靴を脱ぎ捨てる。
「泳ぐ」
「なっ…!」
 ゾロが止める間もなく、手摺りを軽く飛び越え、夜の海に飛び込んだ。
 冷たい。
 深く深く潜る。潜る度、身体が熱を持っていた事が分かる。
 真っ暗で何も見えないかと思ったが、月明かりで薄明るい。目が慣れれば、海で育ったサンジにとっては、夜の海も昼の海も大差はなかった。
 薄暗闇の中、上に漂い見えるメリー号を目指し、ゆっくりと浮上する。
「バカか、テメェは」
 海面から顔を出すと、ゾロが手摺りから身体を乗り出していた。焦っていたのか、今にも飛び降りそうだ。もう少し浮上するのが遅かったら、飛び込んでいたかもしれない。
 いや、それはないか。
「暑ぃだろ…身体冷えるかと思ってよ。それに疲れたら眠れっかもしんねぇだろ」
「…他に疲れる事くらい上で出来んだろうが」
 プカプカと凪の海に漂う。
 ああ、とても心地よい。
「テメェとのセックスは、熱くなるばっかりでちっとも冷めやしねぇ。波とのランデブーは身体が冷えて良い」
「だからって夜の海に飛び込むなんざ、正気の沙汰とは思えねぇ」
「あーん?オレを誰だと思ってる訳?海のコックさんを舐めんなよ」
 コポリと音を立て、沈む。
 ああ、ココがオールブルーだったら、どんなに良いだろう。
 でも、誰がココがオールブルーじゃないと言い切れるだろう。オールブルーだと言い切れるだけの確証もないが。





「信じらんねぇな…」
「いやー冷えたぜ。気持ちいい」
 暫く波間に漂っていたが、いい加減に上がれとゾロに梯子を落とされ、そろそろ潮時かと、船に上がった。律儀にちゃんと起きて見張っていてくれたらしい。
「ああ、冷えてんな」
「……」
 海水で濡れた身体を抱き締められた。
 暑い…。
「暑ィんだよ。何のために海に飛び込んだと思ってんだ。離せ、オレはシャワーを浴びて寝る。あ、ついでだ、水汲みもしてくれ。どうせ起きてんだろ?」
 身体を捩りゾロの腕から逃れる。熱い体。というか、この空気がたまならく熱気を孕んでいるのだ。
 逃れたはずの腕を取られ、浴室に引きずられる。
「…何だよ。水汲みしてくれんの?」
 冗談だったのに、本気でやってくれるらしい。冗談も言ってみるもんだな、と思うが、掴まれた腕は熱い。
「つーかよー、暑いから離せよ」
「どうせ濡れたんだから、汗で濡れても構わねぇだろ」
 浴室の扉を開けると、籠もった熱気が外気と混じり合おうとするかのように、吹き出してくる。
 湿度と熱気。
 頭がオカシクなりそうだ。
 ドアに身体を押しつけられ、そのまま唇を塞がれた。
「あつ…い…。水浴び…てぇ」
「さっき充分浴びたろ?」
 海水でべと付いていた髪が、ごわごわと乾いていく。
 せめてシャワーを浴びながらと訴えると、浴槽に引っ張り込まれた。
 どうなってんだ。この野生児は。いや、ルフィが野生児なのだから、ゾロは獣だろう。


 降り注ぐ水のシャワーを浴びながら、獣の行為に耽る。


 明日の朝、ナミに怒られないといいが――。





脱稿:2005/08/19
2005/8/31UP

コペ本の再録です。2005/08インテにて。
*Kei*