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僕に出来る全ての事を誰かに分かってほしくて

 本当に、馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで大馬鹿だとは。

 分かっていた事だが、それにしても腹立たしい。



 その姿は思わず息を飲む程にボロボロで、何故立って歩いて喋っているんだこの馬鹿は、と思わずにはいられなかった。何を平然と喋ってやがる、と怒鳴りつけたかったが、自分の姿を振り返れば似たり寄ったりの状態で、深く溜め息を付く。
 そもそも頑丈なこの男が、これくらいの事でくたばる訳は無かった。我慢強いというよりは、痛みや苦しみを隠し、軽口や悪態で誤魔化してしまう。
 痛いなら痛いと、苦しいなら苦しいと言えばいい。
 それが出来ないのが、サンジという男だった。
 オブラートに包み込み、誤魔化し、すり替え、全てを煙に巻く。巧みに。ゾロが言葉で勝てる相手でも無かった。
 見たところ大きな怪我は負っていないようなので、何を言ってもどうせ聞きやしないだろう。大体が聞くようなタマではない。



 取りあえず今は、酒が飲みたいと思った。
 浴びるほど飲んで、心地よく眠りたいと思った。
「ココで寝るなよ、コゲマリモ」
「…寝てねぇよ。つか、何だよそのコゲマリモってのは。テメェの方がコゲてんじゃねぇか。コックが焼かれてどうすんだ」
「へっ。そんだけ減らず口が叩けんなら、大丈夫だな。なあ、最近オマエ脱ぎ癖が付いてんじゃねぇか?露出狂?ムキムキマンの裸なんか誰も見たかねぇよ」
「…どうでもいいから、チョッパー呼んで来い」
 相変わらず口の端に煙草を銜えたまま、小さく肩を竦める。
「チョッパーも焦げてるよ。も少し待ってろ」
 足下が少し覚束無い様子で、隣に座り込み、小さく息を吐いた。銜え煙草のまま器用に煙を吐き出す。
 随分と久し振りに顔を見たような気がしたが、実際はほんの僅かの間の事で、改めて伺う横顔は煤で汚れて、金の髪はすっかりくすんだ色になっていたが、澄ました顔の時より余程晴れ晴れしい顔に見える。
「相変わらず無鉄砲なクソ船長だよなぁ、オイ。とんでもねぇヤツに付いて来ちまったもんだぜ。もう慣れちまったけどよ」
 口で言う程には悪い気分でもないのだろう、苦笑いを漏らしながらそう呟いたサンジの髪に手を伸ばして触れた。そのまま鷲掴みするようにガシガシ撫で回すと、うぜぇと手を払われた。
 態度程に嫌がっていない様子のサンジに、今度は首根っこに腕を回し引き寄せるとすんなり身体を預けてきた。服も何もかもが煤だらけだ。お互い様ではあるが。
「…機嫌良さそうだな」
「ん?ああ、良いな。ちょっとばかしイイ気分だ」
 サンジにしては珍しく素っ気なく返された言葉に、本当に機嫌が良いのだなと思う。
「怒らねぇんだな、今日は」
「は?何で怒るんだ?」
「怪我すんなって怒鳴るだろ、いつも。つか、泣きそうになるな」
「だっ…!誰が泣きそうだって?!アホかっ!!」
 ガバッと寄りかかっていた身体を起こす。温もりが離れた事に憮然として、再び引き寄せ、今度は放せないようにぎゅうぎゅうと抱き締めた。
「ちょっ…苦し…」
「馬鹿、離れんな」
「…はぁ?」
 サンジの怪訝そうな声は無視して、目の前にある髪に鼻先を突っ込む。

−−あー…コイツの匂いだ…

 暫くジタバタしていたが、諦めたのか漸く大人しくなった身体を、抱えやすいように体勢を整えて改めて胸に押しつけた。
 トクトク脈打つ心臓の音が小さな振動となって伝わってくるのが心地よい。胸にまで巻かれた包帯に熱を遮られるのがムカツクが。
「…なんだよ、オマエ…」
「逢瀬、だろ。じっとしてろよ」
「甘えてぇのかよ…ったく、おーよちよち、離ればなれでさみちかったでちゅねー」
「…アホか」
「んじゃオマエは馬鹿だ」
 耳元に囁かれる声は笑いを含んでいた。
 よくよく見てみると、服までも焦げている。またハデに焦げてるなぁとは思ったが、実は結構な火傷を負っているのではないかと、押しつけていた身体を離すと、そのままふ、とサンジが身体を離し、頭をグリグリ一撫ですると立ち上がった。
 何だよ、じっとしてろと文句を言おうとした所にウソップの声がした。
「お、生きてたか、ゾロ。やー何だか久し振りに会う気がするな?」
「…おぅ。お前も散々な格好だな」
 みんな同じようにボロボロに焦げている。揃いも揃って頑丈な奴らばかりだ、と思わず苦笑いが漏れた。
「ナミさん、とついでにウチのクソ船長は?」
「んーもうすぐ降りてくんだろ〜。はぁ…疲れた…」
「なぁにへばってんだよ、いつもの事じゃねぇかこんな事ぁよ。それよりオレはナミさんが心配だーっ!オイ、あの後ナミさん怪我とかしてねぇよな?!」
「あ、下に降りた時は元気だったぜ、今はルフィと一緒だからしてねぇだろ」
「あのクソゴム、ナミさんが怪我でもしてたら、蹴って蹴って蹴って、晩飯抜きだな」
 そんな事は思っていないだろう口調でサンジがニヤリと笑った。
 不思議とルフィに対しては絶対的な信頼を持っている。それはサンジに限らず、自分も同じだと思う。恐らくはあの船に乗っている面々は何となくではあるが、奴なら大丈夫だと思っているだろう。改めて確認した事はないが、きっと。
「つか、お前こそ大丈夫かよ、サンジ」
「んー平気じゃねぇの?煙草の火も貰えたし?」
 ニヤニヤ笑う顔がムカツク。
「…なんだよ、煙草の火って」
「ったくよぉ、ゾロもサンジも無茶し過ぎなんだよ」
「人の事言えた義理かよ、オマエ。オマエだって、オレ助けに戻って来たんだろ?つか、あの状況じゃアレが一番最善策だっただろうがよ。その時オレに出来る事をしただけだ。大体よぉ、オレぁコックだっつーの!」
「女好き乱闘好きの闘うコックさんだろ?」
「るっせぇよ!レディ優先なのは当然だろ。オレはオマエの骨を拾ってやる覚悟だったぜ、ウソップ」
 笑いながら言い合う二人をぼんやり眺めていた。
 たった一言サンジが放った言葉を考える。

−−その時自分に出来る事をした

 恐らくは、サンジが動く原動力と言えるモノ。

−−ああ、そうか…

 最初はとんでもない自己犠牲で、それは欺瞞に過ぎないと思っていた。
 いや、今でもそれはあまり変わらない。サンジに関してはいつだってそう思っている。自分を投げ出してでも他人を救おうとする姿勢は、そう思わざるを得ない。
 自分とは違う。
 何かが違っている。

−−そうじゃなくて…

 頭の中がぐるぐる混乱してきた。
 少しだけ何かが閃いた気がしたのだが、掴もうとするとそれは拡散して霧のように掴み所が無くなってしまう。
 取りあえず今は…



「…え…?」
 取りあえず立ち上がり、サンジの身体を抱き締めた。
「な…うわーっっ!!何、何なのコイツ?!ギャーっ!!ウソ、ウソップ〜っっ!!」
「あー…ええと、良く分かんねぇけど、ごゆっくり…」
 顔を引きつらせて手を振りながら後ずさりするウソップは無視して、一回り細い身体をしっかり抱き竦め、逃げられないように拘束する。
「わーっ!逃げるな、ウソップ!!ちょっ!オイコラ、離せっ!!」
 ジタバタ暴れる身体は、立ち姿勢のせいかあまり効果はなく、脛に入る蹴りも差程威力はない。
「…分かった、気がする」
「…はぁ?!何言ってんの、オマエ?あーもぉ訳分からねぇなっ!!本格的に甘えモードかよ?勘弁しろよぉ…ウソップが居たんだぜ」
 大きく溜め息を付いたサンジの身体を離す気にはなれなかった。
 手の中に収めていたかった。
「…猛獣使いになった気分?あんま嬉しくねぇな、魔獣に懐かれても…」
 呆れた声が聞こえてくる。
「腹減ったな」
「…はい?」
「お前食って、お前のメシ食って、酒飲んで、寝たい」
「…あー…オマエの優先順位ってそんな感じ…?」
 苦笑いをしているのが伝わって来たが、まぁ間違ってはいないので取りあえず抱く腕の力を強めてみた。
「んじゃオレを食うのは最後の最後で、差しあたり今出来る事っつったらメシ作る事かな、酒もきっと飲めるぜ」
 最初の意見には反対したいが、メシを作る、酒を飲むという点に付いては頷くしか無かった。



 きっと、今出来る事は、それくらいの事。


2004/2/5UP


えーと、んーと、何が言いたかったのか途中から混乱してきました。
ええ、丁度ゾロが混乱した辺りで…(爆)
***Kei***