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CRACK EYE
Kei Kitamura

<1>

 桜の雪が舞い、しんしんと船にもその花びらを積もらせていた。
 宴は深夜にまで及び、潰れたルフィ、ウソップ、チョッパーが甲板に寝ころんでいた。ナミとビビは早々に部屋に引き上げ、残されたのはゾロとサンジの二人。
 サンジはキッチンで片づけをしつつ明日の朝食の下ごしらえをしていた。
 ゾロは潰れたメンバーを部屋に放り投げ、また酒に口を付けていた。まだ微かに降るピンクの雪を見つつ、雪見酒を楽しんでいるようだ。
 ふと、つまみが切れたことに気づき、キッチンにいるコックに声をかける。
「おい!つまみ切れたぞ」
 暫く返事はなく、いきなりキッチンのドアが蹴り開けられたと思ったら、奴の罵声が飛んできた。
「まだ飲んでんのか、テメェはっ!いい加減にしとけよ!」
 そういって投げつけられたものは、ビーフジャーキーの様なモノ。
「それでも囓ってろ、飲んだくれ野郎」
「…ああ」
 また大きな音を立ててキッチンのドアが閉じられる。
 何だかんだと言いながらもしっかりつまみをくれる奴を想い、ゾロは口の端にうっすら笑みを浮かべた。
 仲間も増えた。医者という、今一番この船に必要だった仲間が。ルフィに言わせると『7段階変形面白トナカイ』でサンジに言わせると『非常食』。そんな風には言っているが、一度仲間と決めた奴には絶対の信頼を寄せて大切に(?)扱うのは分かり切っていた。

−−雪見酒ってのは、悪くねェな。うん、悪くねェ。


 ゾロのピッチは変わることなく、ドラム王国で積み込んだ酒の3分の1を飲み尽くす勢いだ。サンジは苦虫を噛み潰したような顔をして、皿洗いを続けていた。カチャカチャと音を立て、洗い流した皿をトレイに乗せていく。

−−ああ…でも、気持ちいい酒だった。

 ナミの病気も治ったし、医者も仲間に加わった。
 サンジは自分の背中の傷を思い出す。そんなに大きな傷にはならなかったが、骨自体は酷いことになっていたらしい。今もみんなには分からないように薄いコルセットを嵌めている。今は寒く、着込んでいるから傍目にはきっと分からない。

−−…ナミさんが無事で良かった…。
−−あの人に何かあったら…オレは、立っていられなかっただろう。

 心強く、美しいナミが、サンジは好きだ。国を思い、身体を張って守ろうとする健気なビビにも心を揺さぶられる。可愛くない女性が居るのか?といつも思う程に、サンジは女性が好きだ。愛おしい、自分に無いものを持つ彼女達が愛おしくてならない。だから、女性には優しくしなければと思う。
 窓の外を見ると、ピンクの雪がハラハラと舞う姿が暗い闇にぼんやりと浮かんでは沈み、幻想的な風景に目を奪われる。
 洗い物を終え、下ごしらえ中だった朝食用の生地を冷蔵庫に仕舞うと、新たに作ったつまみを持ってキッチンの外へ出る。向かいの甲板でまだ酒を飲んでいるゾロを目にすると、煙草を取り出し火を点ける。
 吐く息も、寒さの為の白い息か煙草の煙か分からない。


「ほらよ、つまみ追加だ」
 サンジはつまみをゾロに渡し、近くのアッシュトレイに煙草を押しつけた。ゾロは隣に座り込んだサンジの仕草にちょっと違和感を感じたが、飲み過ぎたせいだと考えてそれ以上気にしなかった。
「何だよ。飲み過ぎ注意じゃねェのか?」
「ま、いいさ。今日はいいことがいっぱいあったんだしな。ナミさんの病気は治ったし…ってまだか?まぁ医者が仲間になったから大丈夫だろうな。これで一直線にアラバスタに向かえる」
「そうだな」
 ゾロは口を付けていた瓶をサンジに差し出す。
「付き合えよ」
「おう。あぁ…良い日だ」
 ゾロから受け取った酒瓶に口を付け、一口飲むとそう呟いた。
 金の髪にはピンクの雪が落ちては消えていく様子を、ゾロは窺うように見た。白い肌。赤みの差した頬。綺麗だと、感じた。

「…ルフィが言ってた」
「何を?」
 サンジは新しい煙草に火を点け、ゾロに顔を向ける。
「『サンジ、勝手なことするんだ』」
「……」
「何のことだ?」
「…何でもねェよ…。それより寒中水泳してたんだって?オマエ変だよ」
 はぐらかすように別の話題を振って笑うサンジの腕を掴み、自分の方を向かせる。
「何のことだ?」
「…しつけェな。何でもねェだろ。つーかルフィに聞けよ」
 掴まれた腕を振りほどき、不機嫌にそう言い放つサンジに、ムッとしてしまう。
「それよりオマエ、足はどうなんだよ、足はよ?怪我も治りきってないのに寒中水泳かよ、無茶しすぎだ」
「もう治った」
「そうかい」
「……」
 静かに静かに雪が降る。二人で夜の海に消えては溶ける雪を見ていた。
 サンジは目を閉じて紫煙を胸の奥深くに吸い込んで、ゆっくりと吐く。
 そんなサンジを見て、ゾロは暫く触っていなかった頬に手を伸ばすと、髪を掻き上げながら、『見えねェんだよ』と言っていた左目の瞼にキスを落とす。
 サンジは黙ってそれを受けていた。
 唇をそのまま移動させ、サンジの頬に唇にそっと触れて離れる。
「…会いたかったかよ?」
「テメェはどうだったんだよ?留守番は寂しかったんじゃねェか?」
 見つめ合ったまま、お互いに笑う。
「…会いたかったよ…ゾロ」
「……」
 呟かれたサンジの言葉に息をのむ。
「なんだよ、オレは言ったぞ。オマエも言え」
 サンジは盛大に顔を真っ赤にさせ、ゾロの両頬を摘む。
「ああ…会いたかったさ」
 互いに引き寄せられるように、口付けを交わす。
 緩やかに、啄むように触れる口付けに、ゆっくりと欲望が這い上がってくる。

「あぁ…やっぱりいい…日だ……」
 キスの合間にサンジが呟いた。