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モーツアルトの『歌劇』:トップページ 『魔笛』の解説・批評について 『魔笛』CD視聴データ




 2001年7月18日作成,2002年5月19日・2002年12月25日・2009年10月7日更新

         『魔笛』の公演映像視聴データ    解説・感想   池田博明


                   実演の舞台を鑑賞
●2001年6月16日のチェコのブルノ国立歌劇場公演のデータを記しておこう。
Bruno歌劇場公演 (ダブル・キャスト、トリプル・キャストなので)。
*演出ヤン・カチェル、舞台美術ルボシ・フルーザ、衣裳デザインはヤン・スカリツキー
*指揮者ヤロスラフ・キズリンク、ブルノ国立歌劇場管弦楽団、合唱指揮ヨゼフ・パンチーク、
*ザラストロ役リハルド・ノヴァーク、夜の女王ルビツァ・ヴァルギツォヴァー、パミーナ役イヴェッタ・タンネンベルゲロヴァー、タミーノ役ゾルターン・コルダ、パパゲーノ役ヤクブ・トラシ、パパゲーナ役モニカ・プリフトヴァー、弁者アレッシュ・シュチャーヴァ、モノスタトス役ミラン・ルドレツキー、第一の侍女ダニエラ・ストラコヴァー=シェドゥルロヴァー、第二の侍女ヤナ・ナーベルコヴァー、第三の侍女イトゥカ・ゼルハウオヴァー。
▼本格的な歌劇公演を見たのは初めてである。渋谷のBunkamuraオーチャードホールには、日本語字幕も付いていて、理解しやすかった。
 パミーナのイヴェッタの歌に拍手喝采だった。『魔笛』は奇妙な物語だが、音楽に酔い痴れることができた。
夜の女王●2002年12月21日、ポーランド国立ワルシャワ室内歌劇場オペラ公演のデータ。東京文化会館にて。家族全員で鑑賞しました。
*芸術監督ステファン・ストコフスキ、演出リシャルト・ペリット、舞台美術アンジェイ・サドフスキ、
*指揮ルベン・シルヴァー、ワルシャワ室内歌劇場オペラ管弦楽団・合唱団
タミーノとパパゲーノ■ザラストロ役スワボミール・ユルチャック、夜の女王タートィアーナ・ヘンペル、パミーナ役オルガ・パシェチニック、タミーノ役トマシ・クシシツァ、パパゲーノ役アンジェイ・クリムチャック、パパゲーナ役エバ・フラックシュタイン、弁者ダリウシュ・グールスキ、モノスタトス役クシシトフ・クール、第一の侍女アグニシェカ・クロフスカ、第二の侍女アグニシェカ・リプスカ、第三の侍女ドロタ・ラホビッチ、三人の童子(ユスチーナ・ステンピェン、アンナ・ニェジョーウカ、マウゴジャータ・ダウシカ)、二人の武士(ボグダン・シリーバ、クシシトフ・マホスキ)
 トリプル・キャストが多かった。12月21日の公演ではパミーナのオルガがよく通る声で表情が豊かだった。また第一の侍女のアグニシェカ・クロフスカは今回の来日公演の『フィガロの結婚』では伯爵夫人を歌っている。

背景門 ▼ゆっくりとした演奏で、ケレン味のない淡々とした演出であった。ワルシャワ室内歌劇場では一年間でモーツアルトの歌劇全作品を上演した記録もあり、小さな舞台で工夫された空間設計をしているという。『魔笛』の演出は演劇的な動作の少ない、静的な印象だった。もの足りない程である。夜の女王は2回とも台座に乗って登場し、その場から一歩も動かない。
 また、例えば舞台背景には終始、緑・赤・青紫の光に照らされた三つの門があり、主要な人物はすべてそこから出入りする。大蛇も一匹ではなく、三つの門から三人の怪物として登場した。
 衣裳の色が象徴的だった。ザラストロの衣裳が「金色」で、教団の人々も金色の冠をかぶっているのに対して、夜の女王は「銀色」で対比される。これはシャイエの指摘するフリーメースンの象徴体系にもある対比である。侍女たちはそれぞれ「緑・赤・紫」である。パミーナは“無垢”の象徴である「白色」。パミーナタミーノは黒と白。「三原色の世界」は「金色の世界」と対照的な世界であり、パパゲーノとパパゲーナもむしろこちらの「三原色の世界」の方に属する。
侍女たち(背後に悪魔) 最初は三原色の怪物たちは侍女たちによって退治されるが、タミーノの試練の途中で侍女たちが声をかける場面では侍女の背後では三原色の怪物たちがあやしく踊っている(パンフから引用した舞台写真参照)。これは侍女たちの背後には化け物が付いていることを表す演出だった。つまり、第2幕では侍女たちの真の姿が明らかになり、実は悪者だという暗示なのである。
 火の試練や水の試練でも、三人の怪物たちが登場して、王子と王女の周囲を回る。
 足を打たれたモノスタトスが松葉杖をついて登場する演出は面白かった。

推薦の映像

●エヴァーディング演出の『魔笛』データエファーディングの魔笛
演出アウグスト・エヴァーディング、
装置と衣装ユルゲン・ローゼ
指揮者ヴォルフガング・サヴァリッシュ、バイエルン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
合唱指揮ギュンター・シュミット・ポーレンダー
■ザラストロ(クルト・モル)、夜の女王(エディタ・グルベローヴァ)、パミーナ(ルチア・ポップ)、タミーノ(フランシスコ・アライサ)、パパゲーノ(ヴァルフガング・ブレンデル)、パパゲーナ(グドルン・ジーベル)、弁者(ヤン・ヘンドリック・ローテリング)、モノスタトス(ノルベルト・オルト)、第一の侍女(パメラ・コバーン)、第二の侍女(ダフネ・エヴァンゲラートス)、第三の侍女(コルネリア・ヴルコップ)、三人の童子(テルツ少年合唱隊のソリスト)
映像監督ペーター・ヴィントガッセン
1983年、ミュンヘン、バイエルン国立歌劇場で収録、ユニテルDVD。

▼グルベローヴァの夜の女王が圧巻。ポップのパミーナ、アライサのタミーノ、モルのザラストロ、ブレンデルのパパゲーノ、オルトのモノスタトス、ローテリングの弁者なども各歌手の絶頂期であり、『魔笛』の名演として有名である。映像を1枚選ぶならこれ。
 ローゼの奥行きの深い舞台装置、エヴァーディングの合理的な演出は見ものである。“僧侶たちの世界を思い切りリアルに扱って、対照的にメルヒェン風のタッチでまとめられた夜の女王の世界からくっきりと浮かび上がらせた。これによって、ドラマの第1幕から第2幕にかけての発展の意味、「闇=神話」の世界から「光=現実」の世界への次元の転換が、いっそう明瞭になっている(磯山雅のライナーノーツより)。”
 第一幕、大蛇を倒すとき、三人の侍女は鎧を着ているが、次に現れるときはドレス。最終のモノスタトスに引率された場では再び鎧になっている。鎧は戦いの衣装である。また、通常の演出では、第三の侍女は端にいることが多いが、音楽的な配慮か、第一幕では中央にいる。
 夜の女王は冒頭、月の中に影の形で存在し、侍女たちに指示をしている(ディスクの写真参照)。いざ女王が登場する場面では、始めに少しよろけて第二の侍女に支えられる。これは女王のアリアの前半部のパミーナを失った落胆の内容につながる演出である。グルベローヴァはこの前半部を非常に重視して歌っている。
 パミーナはモノスタトスに手首・足首をしばられて登場。この縄をほどきながら、パパゲーノはパミーナと愛についての二重唱を歌う。笛や鈴のハーモニーが人々を幸福にするというメッセージは、それらがタミーノたちに渡されたときにも、侍女やパパゲーノを交えて歌われていた。
 エヴァーディングの演出では、第二幕の冒頭に第19曲のタミーノ、パミーナ、ザラストロの三重唱を移動させている。この三重唱は置かれた位置が奇妙なことから省略されることも多かった。ザラストロが試練に向かわせる前に二人を呼び出すのはきわめて自然であり、合理的な位置替えであった。
 モノスタトスのアリアの中に「お月様。隠れていて下さい」というくだりがある。すると、空の月が暗くなる。その暗黒が、夜の女王を舞台に引き出すことになるという演出である。
 タミーノとパパゲーノは僧たちに連れられて、墓場のような廃墟に来る。通常の演出では大広間である。この廃墟では、石像と見間違える老婆が突然動いて、水をこぼしたり、パパゲーノと話をしたり・・・この老婆がパパゲーナになる。
 壮大な背景幕がす早く場面を転換させる。地下室から廃墟、庭園から山中、火の試練から滝の試練などなど。
 パパゲーノとパパゲーナの二重唱では二人の後ろに子供たちが12人も登場して、パパゲーノも一時卒倒するのが滑稽で効果的。この子供たちを荷車に押し込み、それでも入りきらない子供たちを背負って、さらに片手で抱え上げて運ぶのが爆笑もの。
 サヴァリッシュの指揮の評価は、“拍子を厳格にきざみ、高く掲げた理念に向かって「正しく」肉薄しようとする、文字通りドイツ的なタクトは、ベーム亡き後、サヴァリッシュをおいては求められぬものであろう。(磯山雅より)”

▼ポップのパミーナが絶品だが、一番勢いがあるのが、・・・グルベローヴァ。後半のアリア「地獄の復讐が」でも圧倒的な歌唱を聞かせるが、ここでちょっとしたハプニングが起こる。身につけたネックレスが外れて、歌っているうちにずり落ちて来るのだ。初めて見ると、いつ落ちるかとハラハラしてしまう。
 さすがにグルベローヴァは落ち着いたもので、歌いながら落ちるネックレスをちゃんと受け止めているが、映画と違ってそこだけ撮り直すというわけにもいかず、このDVDは見る人をハラハラさせ続けるだろう(赤川次郎『三毛猫ホームズとオペラに行こう』p.40)
 ポップは愛らしい容姿と達者演技力、そしてソプラノではあるが、中声域に独特のかげりを帯びた声を持っていて、「魔笛」
でのパミーナのアリアにこもる哀愁の表現などは、他のソプラノの真似できないものだった。(同書p.61)

▼演出・歌唱で、お薦めはこのサヴァリッシュ盤。次点はガーディナー盤の1995年の公演。
 ただし、大きなディスプレーではDVDの画像の粗さが目立つ。画像の精細さでは、2003年収録のデーヴィス盤のDVDが優れている。
 
●2007年2月 チューリッヒ歌劇場公演
演出マルティン・クシェイ、舞台デザイン;ロルフ・グリッテンベルク、衣裳デザイン;ハィディ・ハックル、照明デザイン;ユルゲン・ホフマン
指揮者ニコラウス・アーノンクール、チューリッヒ歌劇場管弦楽団・合唱団、合唱指揮エルンスト・ラッフェルシュベルガー
■ザラストロ(マッティ・サルミネン)、夜の女王(エレーナ・モシュク)、パミーナ(ユリア・クライター)、タミーノ(クリストフ・シュトレール)、パパゲーノ(ルーベン・ドローレ)、パパゲーナ(エヴァ・リーバウ)、弁者(ガブリエル・ベルメデス)、モノスタトス(ルドルフ・シャーシング)、第一の侍女(サンドラ・トラットニッグ)、第二の侍女(マルティナ・ヴェルシェンバッハ)、第三の侍女(カタリーナ・ペーツ)、三人の童子(ダニエル・クレーマー、エリック・プライス、フレデリック・ヨスト、テルツ少年合唱団員)、、第一の僧・武装した第一の男(アンドレアス・ヴィンクラー)、第二の僧(トマス・スラヴィンスキ)、第二牧師(モルガン・ムーディ)
ユニヴァーサルのDVD
[日本語字幕は無い]

▼序曲では舞台上に現代の結婚衣装のタミーノとパミーナ。やがて、床からの高さを表す標線が写され、その紙を破って幕が開くと、毒蛇に巻かれているたくさんの人々、その中のひとりにタミーノもいる。救出に来る三人の侍女は黒いサングラスをかけており、盲人なので、手探りで歩く。パパゲーノ自身が檻に入って登場し、その檻からなかなか外に出て来ない。クシェイによって現代化された演出は意表を衝く場面が展開する。エレーナ・モシュクの夜の女王は、やや白塗りの、女王というよりは、新興宗教の教祖のようである。
 どの幕も背景は大きな施設の壁面である。第一幕十一場、ザラストロの居城で、モノスタトスの手下たちは、なんと女性で、かつ病院の患者である。パミーナも病院の患者の一員のような登場の仕方をする。タミーノを導く少年少女たちはカラスを持っている。弁者はフェンシングのトレーナーである。タミーノの魔笛が響くと集まってくる人々は男たちは黒子で、女たちは血に汚れた白衣を着ている。パパゲーノは箱の中にたくさんの小さな丸い銀の鈴を持っていて、モノスタトスの部下たちはその鈴をひとつづつ取り、耳にあてて聞きほれて、闘争意欲を失う。
 第二幕第一場ではモノスタトスの黒い部下が何人も倒れている。隣りの部屋では白いフェンシングのトレーナーたちがザラストロと話している。暗い部屋に下着姿で閉じ込められたタミーノとパパゲーノは、僧の説明を聞くが、この僧たちは懐中電灯をマイクに見立ててロックバンドを模している。ポルノ写真が貼り付けられたドアから侍女たちが出て来て、二人を誘惑する。
 冷蔵庫の隣りに座しているパミーナをモノスタトスが誘惑する。冷蔵庫の中に短剣が準備されている。
 童子たちは鳥の羽をむしっている。童子の白衣には血が飛びちっていて、まるで彼らは屠殺工場の従業員のようだ。また、途中で登場するパパゲーノは、服装からは消防士のようだ。
 火の試練は石油倉庫の中をマッチ1本を点火して爆発を怖れながら通過するというもので、試練の前に遠景で倉庫の中で石油を撒いている男たちが表現されているのだが、パミーナがもつたった1本のマッチでは、あまりにもあっけなくて、どうしてもはぐらかされたような気がしてしまう。また、水の試練は壁に映し出されるのだが、自動車に閉じこめられたまま海底に沈められて、そこから脱出するというもの。水の試練から帰還した二人はぐったりして倒れてしまう。最後の場面で気絶した二人はストレッチャーに乗せて運ばれてくる。ようやく気付いた二人を全員が祝福する。最後に白い壁が降りてきて、序曲のときと同じように二人だけになり、キスしようとして幕。
 クシェイの演出は意図不明の点が多く、ひとりよがりに思えた。

▼上月光氏のオペラ日記より(2008年2月27日)引用すると、
 “音楽的には本当に素晴らしい公演でした。アーノンクールの指先が紡ぎ出す大胆かつ繊細なアンサンブルは、オケのメンバーも細心の注意を払い完璧に合わせています。歌手たちもチューリヒ歌劇場のレギュラー歌手たちでガッチリと固められ、ヴェテラン、中堅、若手が見事に噛み合い、文字通り劇場が1つになっていました。
 まずザラストロはチューリヒを本拠地とするフィンランドの名バス、マッティ・サルミネン。深く渋い声と表現力で舞台を引き締めていました。
 夜の女王はルーマニア生まれのコロラトゥーラ・ソプラノ、エレーナ・モシュク。1991年以来チューリヒ歌劇場で歌い続けていますが、無尽蔵なアクートは驚異的です。当夜も見事に2つのアリアを歌いきりましたが、彼女は単にアクートが強くてアジリタが得意で良く転がる、という歌手でなく、中低音もムリが無く、表現力もあります。
 パミーナは超新星のドイツ人ソプラノ、ユリア・クライター。2004年にパリ・オペラ座の「魔笛」で同役でデビューを飾ったばかりですが、当夜、1番の収穫は彼女だったかも知れません。天性の美声の持ち主で、発声にムリがなく、高音から低音まで滑らかで、ppからffまで自由自在にあやつります。容姿もまずまずなので、ぜひ他の役も見てみたいものです。
 パパゲーノはスイス生まれのスロヴェニア人の若きバス・バリトン、ルーベン・ドローレ。彼もデビューしたばかりの新星ですが、声が良いだけでなく、演技力もあり、かなり有望です。現在はモーツァルトの諸役を中心に活躍していますが、今後はレパートリーも拡げていくことでしょう。
 ちょっと不満だったのは、タミーノ役のドイツ人テノール、クリストフ・シュトレール。モーツァルト・テノールとしては知られた存在ですが、喉の奥がちょっと詰まった感じになったり、やや安定性が欠ける傾向にありました。
 さて問題はやはり演出ということになりますが、ザルツブルク音楽祭でも毎度お騒がせ演出家として有名なマルティン・クシェイ。このプロダクションは1999年にプレミエ公演されたもので、クシェイにしてはおとなしいといえないこともありません。しかし、いきなり登場の夜の女王の3人の侍女たちは、全員盲目でサングラスをかけ、手探りで進みます(夜の女王のことを盲目的に信じていて、世間が見えていない、という演出なのでしょうか?)。
 タミーノはパンツ一丁の姿にさせられるし、ボディコンの夜の女王とタミーノは熱烈に抱き合い床をゴロゴロと転がり、といった具合。ただ、彼が十八番としている扉の使い方はいつもながらに上手く、なるほどと思わせるシーンもありました。
●ケネス・ブラナー監督の映画『魔笛』(2006年)ブラナー 魔笛
監督・脚本ケネス・ブラナー、英語脚色スティーヴン・フライ、
音楽監督・指揮ジェイムズ・コンロン、ヨーロッパ室内管弦楽団

■ザラストロ(ルネ・パーペ)、夜の女王(リューボフ・ペドロヴァ)、パミーナ(エイミー・カーソン)、タミーノ(ジョセフ・カイザー)、パパゲーノ(ベンジャミン・J・ディヴィス)、パパゲーナ(シルヴィア・モイ)
魔笛 パミーナ  舞台を第一次世界大戦前夜のヨーロッパに置き換えて描かれる物語の主人公は、兵士のタミーノ。2007年7月14日に日比谷シャンテ・シネ及び新宿テアトル・タイムズスクエアでロードショー。

▼シェイクスピアの映画化で本領を発揮している才人ブラナーが、モーツアルト・イヤーに完成させた『魔笛』の英語版・完全映画化。どんな作品に仕上がっているのか、期待が持てる。映画でなければ描けない描写がたくさんあるのではないか、楽しみ。日本語版DVDは2008年1月に発売された。
 青空で始まり、序曲が響く。美しい花畑で小さな青い花を摘む兵士タミーノ。しかし、美しい野原には果てしの無い塹壕が掘られていた。塹壕の中には青軍の兵士たちがひしめきあう。青空に浮かんだ雲の中からたくさんの飛行機が姿を現す。飛行機からの爆撃が始まり、青い軍服の兵士たちは前線を進みながら、銃弾や砲弾に倒れていく。魔笛 タミーノとパミーナブラナーの映画『ヘンリー五世』のアジンコートの戦いのように。
 手榴弾が爆発し、それに弾かれて気を失ったタミーノ。3人の従軍看護婦に救出される。パパゲーノは鳥を使う青軍の通信兵だ。
 夜の女王は戦車に乗って登場する。青軍の指揮官のようである。
 一方のザラストロの方は赤い軍服だ。この映画では、タミーノと最初に会う弁者をザラストロにしている。また、合唱と共にザラストロ登場の場面では彼は民衆と同じフロアに登場して来る。民衆の上に君臨する指導者ではなく、同じ高みにいる指導者という解釈である。ザラストロの民主的な立場が強調され、彼は平和を願う指揮官であることが強調されている。例えば、第2幕の最初の場面も神殿ではなく、若き兵士がたくさん埋葬された共同墓地である。そこで、ザラストロは「戦いが終わり、平和が訪れるように」祈っている。後ほどパミーナに諭す場面でも、彼は野戦病院で傷ついた人々の治療を手伝っている。タミーノとパミーナが二人して火の試練に向う場面、火の試練とは爆弾が炸裂する戦場である。魔笛を掲げて前進する二人の姿に、赤軍の兵士は武器を棄て、青軍の兵士も戦意を喪失する。魔笛の効力である。水の試練はモノスタトスが開いた水門からの洪水である。大量の水に押し流されながらも、踏みとどまる二人は試練を克服したことになる。
 夜の女王は、アリア「地獄の怒りに燃えるこの胸」のサブリミナル映像でザラストロとかつて夫婦であったこと、パミーナが彼らの娘であることが示される。最後の場面で女王たちは城の外側を登ってくる。窓から室内を見る女王、ザラストロは落下しそうになる彼女の手を取り、引き上げようとする。しかし、女王はそれを拒否し、奈落に落下していく。
 ピース(平和)とハーモニー(協調)が世の中をよくする、男と女の愛(ラヴ)にそれは始まるという愚直な理想がまともに語られた時代があった。ほぼ40年前になる。カート・ヴォネガットの小説『タイタンの妖女』にはハーモニウムという美しい音楽を食べる生物が登場していた。ジョン・レノンの「LOVE」や「IMAGINE」、「ACROSS THE UNIVERSE」の直接的なメッセージ。そんな理想を象徴するものが魔笛であった。戦争という現実に対して理想を掲げて前進するんだという主張を才人ブラナーは『魔笛』に読み取ったようであった。
●カナダのロイヤル・ウィニペグ・バレエ団公演
演出バーバラ・ウィリス・スィート、振付マーク・ゴッデン
■ダンサーはタミーノ(ジョニー・ライト)、パミーナ(シンディ・マリー)、夜の女王(タラ・バートウィッフェル)、パパゲーノ(ヘスス・コラレス)、パパゲーナ(サラ・マーフィ・ダイソン)、モノスタトス(ドミートリ・ドフゴゼルツ)、ザラストロ
2007年4月27日(金) NHK教育 芸術劇場にて、22:30〜23:30

▼『魔笛』をバレエにする試みはベジャールにもあった。
 今回の放映に気付いたのは遅れてしまい、見たのは最後の30分だけであったが、筋書きにこだわらない大変意欲的な演出で、踊りもパワフルだった。夜の女王も美しく気品のある踊りで、最後の大団円にも参加していた。
 パ・パ・パの二重唱では三人のパパゲーナや、多くの人々が登場したりして、にぎわいのある場面を創造していた。
●メトロポリタン歌劇場のデジタル配信
ジェームズ・レヴァイン指揮、メトロポリタン歌劇場管弦楽団および合唱団、バレエ団
演出ジュリー・テイモア、
■タミーノ(マシュー・ポレンギーニ)、パミーナ(イン・ファン)、ザラストロ(ルネ・パーペ)、夜の女王(エリカ・ミクロージャ)、パパゲーノ(ネーサン・ガン)、パパゲーナ(ジェニファー・アイルマー)、モノスタトス(グレッグ・フェデリー)、
2006年12月30日公演、 TaminoNHK BShi 2007年6月16日(土)と11月4日(日)に放映。

▼メトロポリタン歌劇場の世界同時配信の試み。総支配人ピーター・ゲルブが最初に挨拶を行う。歌唱は英語版である。ジュリー・テイモアはミュージカル『ライオン・キング』の演出や映画『タイタス』の監督で華やかで賑わしい彩り豊かな演出を見せていた。北さんに見せていただきました。魔笛 メトロ
 『魔笛』を2時間版に短縮していた。例えば三人の侍女がパパゲーノに与える罰は錠前だけで、石のパンやワイン代わりの水などはカットされている。なにより、パパゲーノとパミーナの二重唱「愛を感じる男の人たちには」がカットされていたのには驚いた。第19曲の三重唱がカットされ、その次の三人の童子の歌もカットされていた。
 タミーノは歌舞伎調の衣裳と隈取りで力士のような髷姿、モノスタトスは蝙蝠の扮装であった。
 三人の侍女の顔は頭の上に付けた仮面で、手に持って歌ったりもする。侍女の顔は黒く塗られていた。侍女は黒人か? いや、いわゆる黒子である。パパゲーノの周囲で鳥が飛び交うのを操る人々も黒子であった。夜の女王の背中で羽ばたく大きな羽根も黒子が動かしていた。観客席から見たとき、主な登場人物より頭ひとつ大きくなって動く侍女や鳥たちが非現実的な効果をもたらす。照明も工夫されていたし、ライオンのような動物の体を巨大な布で作って動かすのが、豊かな演出効果をあげていた。これら布の柔らかな動きが、ちょうど変幻自在な怪物の体を思わせる動きになるのであった。
 子供のためのオペラ公演だったそうである。
●ザルツブルグ2006年公演ムーティ指揮の放映データ
演出ピエール・オーディ、装置設計カレル・アッペル、衣装設計ヨルゲ・ヤラ、ザルツブルグ2006年 魔笛
振付は田中民、
ビデオ演出ブライアン・ラージ
指揮リッカルド・ムーティ、ウィーンフィルハーモニー、ウィーン国立歌劇場合唱団
■ザラストロ(ルネ・パーペ)、夜の女王(ディアナ・ダムラウ)、パミーナ(ゲニア・キューマイヤー)、タミーノ(ポール・グローヴズ)、パパゲーノ(クリスティアン・ゲアハーハー)、パパゲーナ(イレーナ・ベスパロヴァイテ)、弁者(フランツ・グルンドヘバー)、モノスタトス(ブルクハルト・ウルリッヒ)、第一の侍女(インガ・カルナ)、第二の侍女(カリン・デシャイズ)、第三の侍女(エカテリーナ・グバノーヴァ)、三人の少年(ウィーン少年合唱団員)
2006年
DVDで発売された。BS-hiでも放映された。

▼冒頭の大蛇は巨大。まだ三人の侍女がいる間にタミーノは目覚めるものの、侍女たちの方を見ず、岩山に登り、「ここはどこだ?」といぶかしむ。
 第1幕では重唱がズレたり、歌とオケがややズレているところがある。
 オランダのアッペルのデザインはアフリカの部族とおもちゃ屋の混合の舞台である。パパゲーノはサーカスの道化師でおもちゃの自動車に乗って登場する。空を飛ぶアクロバットや一面の密林の花など、子供用の飛び出すしかけ絵本のイメ−ジ。

 ウィーン在住の野村三郎氏の評価は次のとおり。
 “昨年のグラハム・ヴィック演出の《魔笛》はザラストロがホスピスを舞台とするセクトの長という薄気味悪いものであった。大ブーイングのうちにこの演出は引っ込められ、今年はピエール・アウディ演出に替わった。大蛇や3人の童子がおもちゃの飛行機に乗って来る、パパゲーノは5羽の鳥とこれもおもちゃのような自動車に乗って現れる。これは一見マンガ調だが、そうだろうか。
 第2幕第1場でザラストロ(ルネ・パーペ)が僧たちにタミーノに試練を受けさせたいと計り、アリア「イシス、オシリスの神よ」を歌う時、背後にマチス調の色で黄、緑、橙、緑の4つの段が現れる。下から小さくなる最上階で場面の進行に合わせ、頭には蛇のついた冠を被った全裸に近い男女が様々な形に身をくねらせるが、これはエジプトのレリーフを模している。この4つの段はピラミッドの象徴に他ならない。ごつごつした岩山、大きく素朴な花などマンガ調より原始美術によほど近い。このカラフルな舞台は古代幻想であり、イシス、オシリスなどのエジプト原始宗教を踏まえているのだ。未開の原住民といった扱いのモノスタトス(ブルクハルト・ウルリッヒ)とその手下や獅子舞のような踊り手たちも同じ発想から来ているものであろう。
 歌手たちはポール・グローヴズ(タミーノ)、ゲニア・キューマイアー(パミーナ)、ディアーナ・ダムロウ(夜の女王)、フランツ・グルントヘーバー(弁者)、クリスティアン・ゲアハーハー(パパゲーノ)、イレーナ・ベスパロヴァイテ(パパゲーナ)と揃っており、ムーティ指揮のウィーン・フィルも昨年よりよほど気合いが入っていた。
 だが何か足りないのだ。その原因の1つはパパゲーノのゲアハーハーが役に合っていないことと、パパゲーノの場面がどこも面白みと明るさに欠けていたからではないだろうか。ケアハーハーは素晴らしいリート歌いであり、起用するなら弁者ではなかろうか。8月13日からこの役はマルクス・ウエルバに代わったが、よほど楽しく拍手が出た。
 今回の最高の注目株はダムロウ。夜の女王の2つのアリアは絶品であり、第2幕のアリアの細部に亘る繊細な表現や劇的迫力は近来まれに見るものであった。

 三人の侍女がタミーノとパパゲーノを誘惑に来る場面では夜の女王も箱の最下段から見守っていた。また最後の場面では明るい光に打たれた夜の女王のもとにパミーナが近づき、手を貸そうとするが、女王はそれを断って自分で立ち、反対側へ歩いていく。途中でザラストロとすれ違うが、言葉は交さない。タミーノとパパゲーナ、そして人々を中央にして右にザラストロ、左に女王を配置して幕。
●二期会公演のデータ
下野竜也指揮、東京フィルハーモニー管弦楽団
二期会合唱団、河原哲也合唱指揮
実相時昭雄演出、唐見望装置、牛見礼ニ郎衣装
■ザラストロ(黒木純)、タミーノ(望月哲也)、パミーナ(井上ゆり子)、夜の女王(飯田みち代)、パパゲーノ(萩原潤)、パパゲーナ(若槻量子)、三人の侍女(悦田比呂子、渡邊史、橋本恵子)、弁者(多田羅迪夫)、モノスタトス(青柳素朗)、二人の僧(福山出、羽山晃生)
2005年3月5日 新国立劇場オペラ劇場にて録画。
BS2にて放映(2005年6月18日深夜0:30〜3:40)

▼日本人の歌唱力はパミーナ以外は、他の海外勢のDVDの歌手に比べて劣ります。特に低音に深みが無いザラストロや、高声に軽やかさが無く、難のある夜の女王はかなり苦しい出来で、気の毒な感じがしてしまいます。
 円谷プロダクションの協力で『スター・ウォーズ』ばりの怪獣たちが登場するものの、たいして効果をあげているとは思えませんし、実相時監督らしい演出の特徴も特にありません。
 歌はドイツ語で、セリフは日本語ですが、パパゲーノのセリフや二人の僧のセリフなど、現代におもねったギャグがあって、どうにも無理な感じが残ります。現代風にセリフを味つけした結果、そのセリフだけが浮き上がってしまうのですね。一生懸命な感じが前面に出てしまい、この歌劇の楽しさやキッチュ感が感じられない舞台になってしまいました。
●コリン・デーヴィス指揮のDVDのデータ
魔笛コヴェント・ガーデンコリン・デーヴィス指揮、コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団・合唱団
ジョン・マクファーレン装置、ポール・コンスターブル照明、
テリー・エドワーズ合唱指揮、リア・ハウスマン衣裳、
デーヴィッド・マクヴィカー演出魔笛コベント・ガーデン
■ザラストロ(フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒ)、夜の女王(ディアナ・ダムラウ)、パミーナ(ドロテア・レシュマン)、タミーノ(ヴィル・ハルトマン)、パパゲーノ(サイモン・キーンリーサイド)、モノスタトス(エイドリアン・トンプソン)、第一の侍女(ジリアン・ウェブスター)、第二の侍女(クリスティーン・ライス)、第三の侍女(イヴォンヌ・ハワード)、弁者(トーマス・アレン)、第一の司祭(マシュー・ビール)、第二の司祭(リチャード・ヴァン・アラン)、第一の武装した男(アラン・オーク)、第二の武装した男(グレーム・ブロードベンド)、第一の童子(ジーコ・シェーカー)、第二の童子(トム・チャップマン)、第三の童子(ジョン・ホーランド・エィヴリー)
2003年1月27日ライヴ収録、BBC制作、TV監督スー・ジャッド。
2003年10月発売。日本語字幕なし、英語字幕あり。音はドルビーで大変良い。
日本語字幕付きDVDは2008年4月に発売。
BS2では、2006年1月28日 0:30〜3:20放送、日本語字幕付き。BS2で2007年4月30日 0:55〜 再放送。

▼主役五人の歌唱は素晴らしい。ハルトマンは張りのあるテノール、レシュマンは感情豊かな歌いぶり、ゼーリヒの低音はよく響き、キーンリーサイドのバリトンは明快、若いダムラウは動きながら立派にハイCを歌いあげる。キーンリーサイドが英国で他はドイツ生まれの歌手。レシュマンは2001年のパリ・オペラ座の舞台(イヴァン・フィッシャー指揮)でもパミーナ役だが、それとはまた違った声量のあるところを示した。
 TV演出のカメラワークは見事で、画面作りは素晴らしい。演出は奇をてらったところはないが、シンプルな装置や衣裳で、よく考えられた落ち着いたもの。ただし、パパゲーナが登場の最初から現代風な衣裳で、蓮っ葉な娘なのは全体の調子と合っていない。「月」の世界に属する人々=夜の女王や侍女、モノスタトスは隈取りしており、最初から悪相である。対して、「太陽」(月と同じ黄色だが、三日月に対して満月なので円い)の世界の人々=ザラストロやパミーナ、タミーノは善相である。
 コリン・デーヴィスの指揮は全体に遅めのテンポである。ベームと同じくらいに遅いかもしれない。歌手の歌をじゅうぶんに響かせる、堂々とした演奏である。
●マイケル・レスキー指揮のDVDのデータ
マイケル・レスキー指揮、ユンゲ・ブンデスレンダー・フィルハーモニック
イタリアオペラ劇場合唱団、ブダペスト・アンサンブル
ロバ−ト・ヘルツェル演出、舞台装飾マンフレッド・ワバ
■ザラストロ(マキシム・ミハイロフ)、タミーノ(マイケル・クルツ)、パミーナ(ビルギット・ビア)、夜の女王(エリカ・ミクロ−サ)、パパゲーノ(セバスティアン・ホレチェック)、パパゲーナ(エリザベス・オッフェンバック)、
2004年発売 シルヴァーライン・クラシックス

▼野外劇場での公演で、装置は大変大きいものである。ところどころアリアがカットされていた。歌唱はじゃっかん大味ですが、ザラストロとパミーナは光っていた。夜の女王も2曲めの「復讐の炎は燃え」は大変よかった。
●サーカス魔笛のデータサーカス魔笛
アンドレアス・ストール指揮、コロン管弦楽団・合唱団
演出ベルナール・ブロカ
考案クロードサンテッリ、アレクシス・グリュース
■ザラストロ(ジョゼフ・ミゲル=リボー)、夜の女王(ジョーン・ユーバンク)、パミーナ(アリア・レイ=ジョリー)、タミーノ(ドミニク・モラレス)、パパゲーノ(エフゲニー・アレクシェフ)、パパゲーナ(ラレンカ・オア)
2001年ライヴ収録、シアターテレビ放送。

▼『魔笛』にはたとえば20世紀バレエ団のモーリス・ベジャール振付によるバレエ版などという作品もあるのだが。このサーカス版も異例中の異例と言えよう。北さんのご厚意で見せていただきました。
 歌はドイツ語だが、語りの部分はフランス語。サーカスの円形を用いながらの演出で、観客も親子連れで楽しんでいる様子。
●ヴェルザー=メスト指揮のDVDのデータ
 フランツ・ヴェルザー=メスト指揮、チューリッヒ歌劇場管弦楽団・合唱団
合唱指揮ユルク・ヘンメルリ、演出ジョナサン・ミラーmagic flute;Scharinger
舞台設計フィリップ・プラウゼ、照明設計ユルゲン・ホフマン
■ザラストロ(マッティ・サルミネン)、夜の女王(エレーナ・モシュク)、パミーナ(マリン・ハルテリウス)、タミーノ(ピョートル・ペッチャーラ)、パパゲーノ(アントン・シャリンガー)、パパゲーナ(ユリア・ノイマン)、モノスタトス(フォルカー・フォーゲル)、弁者と僧侶1(ジェイコブ・ウィル)、第一の侍女(マルティーナ・ヤンコーヴァ)、第二の侍女(イレーヌ・フリードリ)、第三の侍女(ウルズラ・フェリ)、僧侶2(ペーター・ケラー)、甲冑の男1(ケネス・ロバーソン)、甲冑の男2(ギド・ゲッツェン)、三人の童子(チュ−リッヒ少年合唱団員)
 2000年7月7日収録、151分。

▼チューリッヒ歌劇場首席指揮者ヴェルザー=メストの指揮である。
 ライナー・ノーツより、城所孝吉の評 
 “ミラーの演出は、《魔笛》の物語を忠実に再現しながら、作品の精神的背景を照らし出す興味深いものとなっている。ここで《魔笛》は、女帝マリア・テレジアのアンシャン・レジーム(旧体制)と、新興市民文化の対立として、成立当時のコンテクストから捉えられるのである。具体的には、夜の女王はバロック風の衣裳で、マリア・テレジア本人として描かれる。彼女は、旧弊な貴族制と教会(カトリック)を象徴し、最初のアリアでは、司祭たちを従えて登場する。その際、冒頭でタミーノを襲う蛇は彼を味方につけるために仕掛けられた「罠」となっている。夜の女王は、裸の美女(=蛇。ドイツ語では女性名詞)で王子を誘惑し、自分の圏内へ取り込もうとするのである。
 一方、ザラストロの太陽帝国は、モーツアルトが密かに関係を持っていたフリーメーソンの組織として描かれる。城の入り口には、教団のモットーである「自然」「理性」「英知」の言葉が掲げられ、舞台全体は、知性と学識を体現する書庫の形となっている。・・・彼らは、フランス革命期の知的市民層であり、演出家は、フリーメーソンを「理想主義的な革命理論家層」として位置づけている。つまり、タミーノは、絶対主義と宗教的蒙昧から離れた「新しい」為政者として、教育し直されるのである。”
 “この両勢力に対置されるのが、パパゲーノが代表する一般大衆の階層である。・・・堅実な市民の服装で登場する。彼らは上流・教養階級の標準語ではなく、下層のウィーン訛りでしゃべり、ワインや女性を語る調子も、宮廷人・知識人の洗練された口調(タミーノのアリア)とは異質である。それは粗野で現実的な感覚を反映しているが、同時に為政者たちのレベルとは異なる、一般民衆の具体像を示唆している。”
 “オペラを見慣れているものには、この役(パパゲーノ)は型にはまりがちでやや退屈なのだが、シャリンガーの歌唱は多彩を極め、最後までまったく聴き飽きない。興味深いのは、彼の声や歌(さらに容姿)が、ヘルマン・プライを強く連想させることだろう。

 アーノンクール盤(1987年)でもパパゲーノ役であったシャリンガーは、アリア「恋人か女房が」では、1本の酒を飲みながら歌い、次第に酔いが回ってきて、1本を空けると呂律があやしくなってくるという芸を見せてくれた。セリフに工夫があって僧侶との会話の「間」も可笑しい。
 三人の侍女たちは当初から張り合っているが、それ以降も何かと張り合っているといった演出は初めてであった。夜の女王のモシュクは最近はグルベローヴァの役を任されているということである。力強い歌唱であった。とはいえ、無理のない歌唱に聞こえるグルベローヴァの歌はやはり特筆ものであるが。
 第19曲のザラストロ、タミーノ、パミーナの3重唱は後の位置に入れている。ここでパミーナは目隠しをされて連れて来られる。ザラストロとパミーナは会話をするが、タミーノはパミーナとは直接会話をしないという演出で、アリアがこの位置にある場合の不自然さを無くす演出が見られた。
 大団円で、夜の女王は頭を垂れて引き下がっていき、教団の人々は三色旗のタスキをかけて登場する。最後にも全員が見守る背景に三色旗が掲げられた塔が出現する。
 You-Tubeにはモシュクの夜の女王のアリアやグルベローヴァのそれが投稿されています。
パミーナ●パリ・オペラ座の放映データ
演出ベンノ・ベッソン、衣装ジャン・マルク・ステーレ、照明アンドレ・ドワ、指揮イヴァン・フィッシャー、パリ・オペラ座管弦楽団・合唱団、合唱指揮ダヴィッド・レヴィ

■ザラストロ(マッティ・サルミネン)、夜の女王(ナタリー・デッセイ)、パミーナ(ドロテア・レシュマン)、タミーノ(ピョートル・ベチャーラ)、パパゲーノ(デトレフ・ロート)、パパゲーナ(ガエル・ル・ロワ)、弁者(ウォルフガング・シェーネ)、モノスタトス(ウーヴェ・ペパー)、第一の侍女(セシル・ベラン)、第二の侍女(ヘレーネ・シュナイダーマン)、第三の侍女(エレーヌ・ペラギン)、三人の少年(テルツ少年合唱団員)、第1の祭司・第2の鎧を着た男(ビャーニ・トール・クリスティンソン)、第2の祭司(ヴィルフリート・ガームリッヒ)、第1の鎧を着た男(ロベルト・キュンツリ)、第1の奴隷(ヴァディム・アルタモノフ)、第2の奴隷(オリヴィエ・ベルク)、第3の奴隷(パオロ・ボンディ)
2000年12月〜2001年1月パリ・オペラ座ガルニエ宮、
BS2にて2003年4月19日(土)0:15〜2:49放映

 世界文化社の『珠玉の名作オペラ vol.1 魔笛』(2009年)のDVDとして収録。2001年1月の公演は、輸入盤と同じ映像で、夜の女王役は24歳のデジレ・ランカトーレ。ナタリー・デッセイの夜の女王の歌唱は、デッセイのベスト歌唱アンソロジーのDVDで見ることができる。
 You-Tubeにも「復讐の炎は地獄に燃え」が投稿されています。

魔笛 パリ2001年 夜の女王▼フィッシャーの演奏は比較的ゆったりとしたもの。
 幕や装置のセリ上がりやセリ出しなどで場面転換が早く、しかも背景は大仕掛けで見せ場が多かった。
 夜の女王は中央上空に登場する(最後の場面も同様)。舞台や衣裳は伝統的なデザインだが、ザラストロ教団の白いガウンの金エリに照明が縫い取りされているなど、細かい仕掛けがしてあった。ザラストロの国の民衆は黒い礼服姿。
 ドロテア・レシュマンのパミーナが、積極的で意志の強い役作り。運命に翻弄されるお嬢さまではない、しっかりした娘であった。
 デッセイの夜の女王もかなり強い意志力を表現していた。復讐のアリアの前に女王は、娘に「夫が亡くなる前に、太陽の世界がザラストロに奪われた。夫は、残された宝はお前と娘だけだ。女として反逆は止めて、ザラストロの意志に従いなさいという遺言を残した」と、レシタティーヴォで語る。このレシタティーヴォは省略されることが多いが、ラストの演出とあいまって、これを残したことは重要と思われた。
 この演出では、最後の大団円の合唱には夜の女王も侍女たちもモノスタトスも加わっているのが、新鮮だった。“敵は浄化された”という台詞があり、滅びたのではなく、清められて大団円に加わったという解釈である。この演出上の試みは、これまでの多くの演出では夜の女王が滅びたのに、娘であるパミーナが喜びの大団円を迎えるのは、感情的にもなんだか納得のいかないところが残っていたので、ハッピーエンドとして重要であると思われた。
●サン=セレ歌劇祭 のデータ
指揮ドミニク・トロタン、フランス歌劇青年管弦楽団、演出オリヴィエ・デボルド、映像監督フランソワ・ルシヨン
■パミーナ(イザベル・プルナール)、タミーノ(アンヘル・パソス)、パパゲーノ(アルノー・マルゾラーティ)、夜の女王(アリーヌ・クタン)、ザラストロ(マルコス・プジョル)、第一の侍女(マリー・サン=パレ)、第二の侍女(エレーヌ・キュキエ)、第三の侍女(ソフィー・サラ)、モノスタトス(ロイック・フェリックス)、パパゲーナ(ファディラ・シェパブ)、弁者(アラン・エリオ)、第一の僧侶(カール・ガザロシアン)、第二の僧侶(ジャン=クロード・サラゴス)
2000年、サン=セレ歌劇祭公演、149分

▼1990年代に演出家のデボルドが始めた歌劇、声楽作品を特集するフランスの個性的な音楽祭、サン=セレ歌劇祭の初DVD化。序曲のときには歌手たちの舞台前の化粧の様子などを見せている。音楽祭は地元に密着しているようで観客に子供たちの姿も見える。古城の中庭の特設会場を舞台に簡単な仕掛けで見せる。プルナール、マルゾラーティ、プジョル、サン=パレ、フェリックス、サラゴスといったバロック・オペラなどで活躍する面々に、夜の女王役は注目のコロラトゥーラ、アリーヌ・クタン。三人の童子はアルトで歌われる。歌手の歌がオーケストラとややずれる場面が結構多い。
 最終場面で合唱はザラストロだけでなく夜の女王や侍女も交えて歌われます。
●エリオット・ガーディナー指揮のLDのデータ
魔笛(ガーディナー)エリオット・ガーディナー指揮・舞台演出、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団、
衣装デザイン・ロメオ・ギグリ、TV演出ピム・マークス 
(キャスト)
■ザラストロ(ハーリー・ピータース)、夜の女王(シンディア・ジーデン)、パミーナ(クリスティアーネ・エールツェ)、タミーノ(マイケル・シャーデ)、パパゲーノ(ジェラルド・フィンレィ)、パパゲーナ(コンスタンツェ・バッケス)、モノスタトス(ウーヴェ・ペパー)、三人の侍女(スーザン・ロバーツ、カロラ・グーバー、マリア・ジョナス)、弁者(デートレフ・ロート)、第二の司祭(ロバート・ジョンストン)、武装した男(ポール・ティンドール、リチャード・サヴェージ)、童子(アンドレアス・ディートリッヒ、ヤン・アンドレアス・メンデル、フローリアン・ヴェラー)、ライヴ収録、オランダ制作、アムステルダム、コンセルトヘボウ、1995年6月
アルヒーヴ発売、日本語字幕あり。音は大変に良い。

▼北さんに見せていただきました。
魔笛ガーディナー(ザラストロとパミーナ) 舞台の上にオーケストラが乗っていて、歌手たちが動く場所はオケの前の廻廊とオケの後ろの立体的な舞台である。通常の劇場ではなく、コンサートホール(コンセルトヘボウ)での上演であった。オーケストラも登場人物のひとつとなり、演技と一体となって進行する。
 磯山雅氏はライナーノーツにこう書いている。
 “明るい空間に観客もまた敷居なしに連なっている。ここでは、すべての人がモーツルトの音楽を開かれた形で共有している。これは古楽器を用いればこそ可能になったことである。ワーグナーが大オーケストラを地下に潜らせたことを考えてみればよい。こうした空間は、モーツアルトにこそ、そして、人間の尊厳と価値を謳う《魔笛》にこそ、もっともふさわしい。このように解放された空間では、声と楽器の有機的な交流が生み出され、思わぬ見どころが作りだされる。
 魔笛 シンディア・・・・このステージには、劇場の伝統を踏襲したところはほとんどなく、すべての場面が、新しい解釈によって視覚化されている。おなじみのギャグも新しい設定、新しい演技との結合で提示されるため、とても新鮮な感じがして笑える。小道具(例えば額縁)の手の込んだ活用も、ホールだからこそ追求されたアイデアであろう”。
 注目すべき演奏と演出で意欲的である。

 衣装は単純なものだが、三人の童子がパジャマ姿で、パミーナがネグリジェ風な衣装なのには抵抗がある。もう少しなんとかならなかったのだろうか。
 小道具(侍女たちがパパゲーノに渡す水や石、口かせなど。地底で出て来る酒など)は実際の物を使わず、しぐさやパントマイムで表現される。パパゲーノのグロッケンシュピールは小型ピアノで演奏される。
魔笛 夜の女王 歌手たちとオーケストラの音楽がよくマッチしているし、歌唱は素晴らしい。シンディアの夜の女王も力強くて、歌い終わった後で客席が感嘆でシーンとしてしまうのが分るほど。次いでパパゲーノの演技と歌が大喝采。ザラストロの低い声も立派。
 ピロボルス・ダンス・シアターのダンサー6名が、最初の大蛇を象徴するダンスから、魔笛を聴く野獣たち、山門の様子、首吊りの木、火の世界、水の世界などを様々に構成して見せてくれる。魔笛 パミーナとパパゲーノ

 磯山雅氏の評価は“同時代楽器を用いた、広義における古楽風の解釈・・・その顕著な特色は、急速なテンポと、エネルギッシュな推進力である。ガーディナーのテンポは、速度そのものが速いだけではなく、間合いなしで、たたみかけるように進む。したがって歌手たちは、ベルカントのたっぷりした呼吸で歌っていたのでは、乗り遅れてしまう。そこで彼らは拍子にしっかりと合わせ、もたれず軽快にきびきびと歌う。その肌合いは、従来の「オペラティックな」歌唱と相当に異なっているが、無駄のない運びから生み出される歌とオーケストラのみごとなアンサンブル、鋭い統一感は傾聴に値する。・・・どの歌手も引き締まった正確な歌を歌い、役柄をおそらく楽しみながら、持ち場を、じつにみごとにこなしている。台頭する若い世代のこうした輝きが、この《魔笛》の印象を、どれほど斬新ならしめていることだろう”。
 『魔笛』の公演・演奏として傑作。
●ムーティ指揮、ミラノスカラ座のデータ
魔笛 ムーティリッカルド・ムーティ指揮、ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団
装置マウロ・カロージ、衣装オデッサ・ニコレッティ
振付ミーシャ・ヴァン・ヘッケ、照明ジャンニ・マントヴァニーニ
合唱指揮ロベルト・ガッビアーニ
演出ロベルト・デ・シモーネ
■ザラストロ(マティアス・ヘレ)、夜の女王(ヴィクトリア・ルキアネッツ)、パミーナ(アンドレア・ロスト)、タミーノ(ポール・グローヴス)、パパゲーノ(サイモン・キーンリサイド)、パパゲーナ(リサ・ラルソン)、弁者と第一の僧(アントニー・マイケルズ=ムーア)、モノスタトス(セルジオ・ベルトッキ)、第一の侍女(アディーナ・ニテスク)、第二の侍女(ペトラ・ラング)、第三の侍女(リオバ・ブラウン)、第一の兵士(カルロ・マッレアーノ)、第二の兵士(マレク・ガステツキ)、第一の奴隷と第三の僧(マイケル・トーマス)、第二の奴隷(ジョルジュ・カーン)、第三の奴隷(ロマン・コルマー)、三人の童子(テルツ少年合唱隊)
1995年12月公演、78分+100分、CS初放送2006年3月4日21:00〜

▼名演と言われた公演の日本初放送。北さんに見せていただきました。
 ムーティの指揮ぶりは活気あるもの。歌手も安定感のある歌唱で、演出にも奇矯なところが無い。演出のシモーネはムーティと組んで『ドン・ジョヴァンニ』も演出していて、その2000年の公演は既にDVDになっている。舞台中央のセットが回り舞台になっていて場面によって洞窟だったり、屋敷だったりと変化する。
 少し変わった演出としては、第二幕の夜の女王のアリアを聞くパミーナが寝台に横たわったままなこと。つまり、パミーナは夢うつつの状態で母親の復讐のアリアを聞くという演出になっている。アリアが終わって夜の女王が消えると、パミーナは目覚めて、手ににぎらされた短剣に驚き、取り落とす。大きなミラノ・スカラ座では、歌手の声にかかる負担も大きいのではないかと心配になったりする。
●ルードウィッヒスブルク音楽祭のDVDデータ
舞台監督アクセル・マンタイ、装置と衣装アレクサンダー・リントル&アクセル・マンタイMANTHEY:MAGIC FLUTE
音楽監督ヴォルフガング・ゲンネンヴァイン、ルードウィッヒスブルク音楽祭管弦楽団・合唱団
合唱指揮
■ザラストロ(コルネリウス・ハウプトマン)、夜の女王(アンドレア・フライ)、パミーナ(ウルリケ・ソンタグ)、タミーノ(デオン・ヴァン・デル・ヴァルト)、パパゲーノ(トーマス・モーア)、パパゲーナ(パトリシア・ロザリオ)、弁者()、モノスタトス()、第一の侍女(エリザベス・ホワイトハウス)、第二の侍女(ヘレン・シュナイダーマン)、第三の侍女(ルネ・モロック)
映像監督ルース・ケルヒ、総合制作ユルゲン・ヴェンスク、制作者ディートリッヒ・マック
1992年公演のライヴ
アートハウス DVD

▼抽象的で大胆な省略をした舞台美術だった。しかし、パパゲーノの帽子が嘴の長く赤い鶏頭の形で、衣装は白い鶏型なのは見た目にも奇妙だったし、動作もしづらかったようだ。変わった装置・美術・演出であるが、軽く見えてしまい、あまり成功していない。
 丁寧でアンサンブル重視の歌唱。三人の侍女の「どうしたの?」はかなり早いテンポで軽妙。主役級のアリアはわりに淡々と歌われる。
●サヴァリッシュ指揮、NHK交響楽団の公演のデータ
*芸術監督・指揮ウォルフガング・サヴァリッシュ、NHK交響楽団、二期会合唱団、
演出・江守徹、衣装・コシノジュンコ、美術・石井みつる、照明・吉井澄雄、合唱指揮・増井信貴、
■ザラストロ(クルト・モル)、夜の女王(エリザベス・カーター)、パミーナ(ドンナ・ブラウン)、タミーノ(ヘルベルト・リッパード)、パパゲーノ(マンフレート・ヘム)、パパゲーナ(フランシス・ルーシー)、弁者(多田羅みち夫)、モノスタトス(ウィルフリート・ガームリヒ)、第一の侍女(渡辺美佐子)、第二の侍女(永井和子)、第三の侍女(永田直美)、第二の僧(カール・ホルメス)
モーツアルト・イヤー 1991 スペシャル  司会・島田祐子と海老沢敏
1991年公演の東京文化会館でのライヴ

▼北さんに見せていただきました。
 舞台右手に地球がある。様々な国の彫像も見える。時代は特定できない。「近未来」だろうか。地球の一部に1999の文字盤がある。
 江守徹は『魔笛』が時代や場所の制約を受けない歌劇だから演出を引き受けたという。地球の再生の思いを込めて演出した由。衣装のコシノジュンコも制約にとらわれずに発想できる、色彩も大胆に使えたと証言していた。
 歌手はサヴァリッシュが選んだという。オーディションで若手も起用した。パミーナを歌うドンナ・ブラウンが役に合った素晴らしい歌唱を聞かせる。ザラストロのクルト・モルも圧巻。カーターの夜の女王は力強い歌唱、ヘムのパパゲーノもレシタティーヴォ部分の入念な演出と相まって好演している。ヘムは同年1991年のレヴァインのメトロポリタン歌劇場の『魔笛』でも好演していた。日本勢の歌手も健闘していて遜色がない。三人の童子(東京放送児童合唱団)が弱いが。
 ザラストロは歩いて登場。王子たちは魔笛と鈴をいったん弁者に預ける。二幕の後半に三人の童子に返却してもらう。1983年のバイエルンとは違い、第19曲の位置はそのままであった。
 日本でこれほど重厚で素晴らしい『魔笛』の公演が見られたことは特筆してよいだろう。
                                   




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●メトロポリタン歌劇場公演のDVDデータ
*全体監督ジョセフ・ヴォルペ、芸術監督ジェイムズ・レヴァイン
美術デイヴィッド・ホックニー、照明監督ジル・ウェクスラー
演出グース・モスタート、
ジェイムズ・レヴァイン指揮、メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
合唱指揮ジョン・キーナン、
メトロポリタン 魔笛■ザラストロ(クルト・モル)、夜の女王(ルチアーナ・セッラ)、パミーナ(キャスリーン・バトル)、タミーノ(フランシスコ・アライサ)、パパゲーノ(マンフレッド・ヘム)、パパゲーナ(バーバラ・キルダッフ)、弁者(アンドレアス・シュミット)、モノスタトス(ハインツ・ツェドニック)、第一の侍女(ジュリアーナ・ゴンデック)、第二の侍女(ミニ・ラーナー)、第三の侍女(ジュディス・クリスチン)
映像監督ブライアン・ラージ、映像制作ピーター・ゲルブ、
音響制作ジェイ・デイヴィッド・サックス
制作・オリジナル演出ジョン・コックス、ユニヴァーサル音楽社DVD
1991年2月公演のライブ

▼下記のグラインドボーン音楽祭で成功を収めたホックニーの美術で、演出者コックスの制作。
 モーツアルト没後200年記念公演。レヴァインはメリハリのきいた早めの演奏である。序曲が終わった後、すぐに舞台を始めずに、レヴァインはオーケストラを立たせて挨拶させている。
 元気いっぱいのヘムのパパゲーノが見もの。侍女がパパゲーノに渡すワインが水に変化するときに、化学マジックが取り入れられている趣向が、楽しい。
 セッラの夜の女王の声には芯があって力強い。
 キャスリーン・バトルの艶のある暗めの声はパミーナの役によく合っている。
 日本版に付属する渡辺護氏の『魔笛』の音楽についての解説が充実している。
●エストマン指揮のドロットニングホルム歌劇場LDのデータ
アーノルド・エストマン指揮、ドロットニングホルム宮廷劇場管弦楽団・合唱団、
イェーラン・イェルベフェルト演出、トーマス・オロフソン映像監督
■ザラストロ(ラースロ・ポルガール)、タミーノ(ステファン・ダールベリ)、パミーナ(アン・クリスティーネ・ビール)、夜の女王(ビルギッド・ルイーゼ・フランドセン)、パパゲーノ(ミカエル・サムエルソン)、パパゲーナ(ビルギッタ・ラーション)、第一の侍女(アニタ・ソルド)、第二の侍女(リネア・サライ)、第三の侍女(インゲル・ブロム)、弁者(ペッテリー・サロマー)、モノスタトス(マグヌス・キーレ)、三人の童子(エリザベート・ベリ、アン・クリスティーネ・ラーション、アンナ・トムソン)、僧侶(トールビョルン・リッツエクヴィスト)、鎧を着た二人の男(トーマス・アンモ、オッレ・シェルド)
1989年、スウェーデン、ドロットニングホルム宮廷劇場、ライブ収録

▼北さんに見せていただきました。18世紀様式の劇場であるスウェーデンのドロットニングホルム宮廷劇場では、重ねて設置している描き割りを動かすことで速い場面展開が可能。楽団員は古楽器で、なおかつ18世紀の衣装で演奏する。映像は丁寧につくりこまれており、小規模の舞台で親しみやすい設定になっている。歌手たちも冒頭の三人の侍女から、無理なく美しいアンサンブルで歌っており好感が持てる。パパゲーノの笛は自然に近い荒い響き。タミーノの肖像のアリアも丁寧に歌われる。夜の女王は魔性の者として登場するのではなく、ひとりの母親として登場し、タミーノに同じ地平で訴える。通常の演出ではアリアが終わると女王は舞台から姿を消すが、本演出では女王はタミーノに笛を渡すときもずっと後ろで見守っている。
 パミーナ役のビールはやや声量が少ない。ザラストロ役のポルガールの低音は豊か。
●オーストラリア、シドニー・オペラ公演(英語版)のライヴのビデオ・データ
魔笛(オーストラリア) リチャード・ボニング指揮、エリザベス・シドニー管弦楽団、160分。
 オーストラリア歌劇合唱団、合唱指揮ゴードン・レムバー、
 英訳エイドリアン・ミッチェル、演出ゲラン・ヤルヴェフェルト、舞台装置と衣裳カール・フリードリッヒ・オベール、照明ナイジェル・レヴィングス、Rehearsedスチュアート・モーンダー。
■ザラストロ(ドナルド・シャンクス)、夜の女王(クリスタ・リーアマン)、パミーナ役(イヴォンヌ・ケニー)、タミーノ(グラン・ウィルソン)、パパゲーノ(ジョン・フルフォード)、パパゲーナ(ペータ・ブライス)、弁者(ジョン・プリングル)、モノスタトス(グレアム・エヴァー)、第一の侍女(ニコラ・フリナー・ウェイン)、第二の侍女(パトリシア・プライス)、第三の侍女(ローズマリー・ガン)。
オーストラリア放送協会:制作統括ピーター・バトラー、監督ピーター・プロコップ
TVとラジオ チェリル・フォレスト・スミス、録音ジュディス・アーヴィン。1986年公演のライヴ、ビデオ。1987年発売。

▼英語版であるがさほど違和感はなかった。舞台は奥行きを深く設定していた。
 怪物はトカゲのようなデザインで小形だった。
 パミーナ役のケニーが声量豊か。夜の女王は第二幕以降はメイクを隈取りに変更して悪相で登場する。ザラストロ教団の衣裳は黒であった。民衆が周辺を取り巻く。パパゲーナも農夫の娘の衣裳である。「パ・パ・パ」の二重唱では、二人が上着を脱ぐ演出であるが行き過ぎ。
●レヴァイン指揮、ウィーンフィルの放映データ
ジェイムズ・レヴァイン指揮、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団、ポネルの魔笛
ウィーン国立歌劇場合唱団、合唱指揮ワルター・ハーゲン=グロル
演出・装置・衣装ジャン・ピエール・ポネル、装置イレム・ヴィンチェ、衣装マグダ・グストライン
■ザラストロ(マルッティ・タルヴェラ)、夜の女王(エディタ・グルベローヴァ)、パミーナ(イレアナ・コトルバス)、タミーノ(ペーター・シュライアー)、パパゲーノ(クリスティアン・ベッシュ)、パパゲーナ(グートルーン・ジーバー)、弁者(ワルター・ベリー)、モノスタトス(ホルスト・ヒースターマン)、第一の侍女(エッダ・モーザー)、第二の侍女(アン・マレー)、第三の侍女(イングリッド・マイル)、僧(ペーター・ウェーバー、ホルスト・ニッチェ)、第一の鎧を着た番兵(ウィリアム・レヴィス)、第二の鎧を着た番兵(クルト・リドゥル)、奴隷()クリスティアン・シュパッツェク)、三人の童子(テルツ少年合唱隊)
 1982年8月28日のザルツブルグ公演のライヴ
 1978年以来ザルツブルク音楽祭で8年の長きにわたり人気を集めた、ポネル演出によるフェルゼンライトシューレ(野外劇場)における伝説の「魔笛」上演。2005年12月にDVDでも発売されました(DVDには8月21日のライヴとある)。フェルゼンライトシューレは、もとはザルツブルグ大司教が所有する夏の乗馬学校。岩山を穿って作られた野外空間で毎年、演劇や演奏会、オペラが上演される。

▼北さんに見せていただきました。ザルツブルグに招かれてのレヴァインの指揮は、よくオーケストラを鳴らしての迫力のある演奏。
 ポネル演出の『魔笛』が見られて嬉しい。ポネルの演出はわりに正統的で奇をてらったところはないが、セリフをきちんと言わせている。舞台奥の背景の岩山は、三階建ての王宮の様で、ときには壁になったり、城の廊下になったり、太陽世界になったりし、その前の舞台で歌劇が進行する。地下の王子たちを誘惑する侍女たちやパミーナに復讐を勧める女王は中段中央から、歌う。特に女王とパミーナの距離感を視覚的に表現したところは見事で、女王の短剣は舞台のパミーナの傍に突然現われる。
 冒頭は、淡青の衣装の王子が、大きな仮面の大蛇に追いかけられる。三人の侍女は青い衣装・銀髪・青い髪飾りで登場し、夜の女王は黒い衣装を着ている。最初のアリアの前半で夜の女王は人間的な母親としての悲嘆の感情を表し、タミーノに抱きかかえられるところもある。絶頂期のグルベローヴァの歌唱は比類なきもので、大喝采を得ている。サヴァリッシュ指揮のバイエルン国立歌劇場の公演はこの翌年なのでグルベローヴァの表現はほとんど同じであった。夜の世界と対立するザラストロの家来たちは白い衣装である。ちなみに、パミーナは淡黄色の衣装。三人の童子は黒のスーツ。
 パパゲーノは普段着に近いが茶色の羽付きチョッキとズボンを付けている。パパゲーノのアリアでは舞台に必ず緑豊かな風景の書き割りがせり上がってくる。
 鈴の効用が示される場面で、踊りながら舞台から去るのはモノスタトスただ一人で、あとの奴隷たちはパミーナとパパゲーノの二重唱の後ろに並ぶ。もともと奴隷たちはパミーナの境遇に理解を示しているという設定だから、この演出は納得のいくものだった。
ポネルの魔笛 王子とはぐれたパパゲーノは客席からオーケストラ・ピットを経て、舞台へ登場し、指揮者のレヴァインもパパゲーノに「下がれ!」と命じたり、グロッケンシュピールの音をミニピアノで演奏したりと、劇に参加している。「恋人か女房があれば」では舞台下からせり上がってくるワインの盃が歌が進んでパパゲーノが飲み干すにつれて次第に大きくなっていくのが可笑しい。
 王子と王女は炎の世界は背景の1階部分を通り、水の世界は2階部分を、最後には3階中央へ登りつめる。
 パパゲーノは首吊り用の樹を舞台端から中央へロープで引き動かす。その樹には童子たちが隠れていて、後で彼に声をかける。
 最後に夜の女王たちは倒れ、ザラストロが出現すると奈落へ下がっていく。王子と王女が中央で祝福されるのを見届けると、ザラストロは白い僧衣を脱ぎ、黒服になり、カツラをむしり取って舞台を去っていく。ザラストロにこのような行動を取らせたポネルの意図はいったい何だろうjか。役目を終えたザラストロは一体どこへ行くのだろうか。台詞からするとパミーナの父が魔笛を作ったのだから、女王とザラストロがもと夫婦ということは有り得ないし。
 カーテン・コールで指揮者レヴァインとともに演出家ポネルも登場。
 映像演出ブライアン・ラージ、技術指導ハインリッヒ・アイグナー
 2009年9月ディアゴスティーニ「オペラ・コレクション」第3回の配本作品。
●ベジャール20世紀バレエ団の『魔笛』日本公演

 モーリス・ベジャールがモーツァルトの『魔笛』をバレエ化したのは1981年。翌年、来日したベジャールと20世紀バレエ団は『魔笛』と『エロスとタナトス』を日本公演のプログラムに盛り込んだ。
 1982年10月17日東京文化会館での公演を、NHK教育テレビで、1983年1月2日に放送。この記録はNHKアーカイブスにも所蔵されている。私は小田原城内高校の卒業生の柏木さんにダビングしたテープをいただいた。
 ベジャールは2004年に来日した際にもびわ湖ホールで、『魔笛』を演じた。両方を見比べた人は1982年の公演とは一部演出が違っていたという。
 音源は1964年のカール・ベーム指揮、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団。タミーノ(フリッツ・ヴンダーリッヒ)、夜の女王(ロバータ・ピータース)、ザラストロ(フランツ・クラス)、パパゲーノ(フィッシャー=ディースカウ)、パミーナ(イヴリン・リアー)、パパゲーナ(リーザ・オットー)。2004年も同じ。

 1982年の『魔笛』の演出はまったくベジャール風だったが、素晴らしいのはオペラだとほとんど動きのない場面の歌につけられた振り付けだった。例えばパパゲーノとパミーナの二重唱である。この二重唱はオペラでは二人が坐って歌うものでほとんど動きがない。詩と音楽が素晴らしいのでそれで十分であるのだが、バレエ版では歌の意味を顕在化したバレエが見られる。この表現が素晴らしい。
 ベジャールの『魔笛』をオペラ舞台と比較して失敗作と評価する人が多いが、そういった評価をするのはオペラ好きに多いようだ。バレエ好きな人はだいいちオペラ舞台と比べるという見方をしていないから、ベジャールの作品として楽しんでいる。

 ベジャールはシェイクスピアとモリエール以後のヨーロッパの演劇は頽廃でしかないと断言する。音楽は別として、バレエも同じだ、真の舞踊は原初的なものに見出せるとして、バレエを革新した。
 『魔笛』は多義的なオペラである。ベジャールが魅力を感じたのもその多義性であり、象徴性であろう。そこを見ない評価はクズ同然である。
●ホックニー美術のグラインドボーン音楽祭のビデオ&DVDデータ
Goeke(タミーノ)*美術デイヴィッド・ホックニー
ベルナルド・ハイティンク指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
グラインドボーン音楽祭合唱団、合唱指揮ニコラス・クレオベリー 、
演出 ジョン・コックス
■ザラストロ(トーマス・トマシュケ)、夜の女王(マイ・サンド)、パミーナ(フェリシティ・ロット)、タミーノ(レオ・ゲーク)、Lott(パミーナ)パパゲーノ(ベンジャミン・ラクソン)、パパゲーナ(エリザベス・コンケ)、弁者(ウィラード・ホワイト)、モノスタトス(ジョン・フリアット)、第一の侍女(テレサ・カヒル)、第二の侍女(パトリシア・パーカー)、第三の侍女(フィオナ・キム)、第一の童子(ケイト・フラワーズ)、第二の童子(リンゼイ・ジョーン)、第三の童子(エリザベス・ストークス)、第一の僧(リチャード・バークレイ=スティール)、第二の僧と第二の戦士(ジョン・ラース)、第一の戦士(ネイル・マッキノン)
1978年公演のライヴ、ビデオ、DVDは2002年6月発売。

▼CDの宣伝パンフより、“モーツァルトのメルヘンを台本に忠実に描いた演出が、昨今の現代化演出に比べ非常に新鮮に感じる貴重な記録である。ジョン・コックスは、時と場所の設定が宇宙規模に広がるメルヘンチックで作曲当時の原点に戻ったともいえる演出。最高の出来のタミーノとパミーナ役を中心とした歌手陣。律儀ながらコクのある音楽で包み込むハイティンク。”
●ヨアヒム・ヘルツ演出、ルードルフ・ハインリヒ装置のライプツィヒ市立歌劇場のデータ
ライプツィヒ歌劇場装置・衣装ルードルフ・ハインリヒ、演出ヨアヒム・ヘルツ
ゲルト・バーナー指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団・ライプツィヒ歌劇場オペラ合唱団
合唱指揮アンドレーアス・ピースケ
■ザラストロ(ヘルマン・クリスティアン・ポルスター)、夜の女王(インゲ・ウィーベル)、パミーナ(マグダレーナ・ファレビッチ)、タミーノ(ホルスト・ゲプハルト)、パパゲーノ(ディーター・ショルツ)、パパゲーナ(ハイドルーン・ハルクス)、弁者(ライナー・リューデケ、ハンス・ペーター・シュバルツバハ)、モノスタトス(グントフリート・シュペック)、第一の侍女(ジットカ・コヴァリコヴァ)、第二の侍女(アンネ=クリスティン・パウル)、第三の侍女(ゲルトルート・オェルテル)、三人の天使(ゲーアヒルト・ミューラー、レナーテ・シュネーヴァイス、ハイケ・ズィーレ)、甲冑の男(ロルフ・アプレック、ヘルムート・アイレ)、奴隷(ペーター・エンゲルマン)
撮影監督ミールケ
1976年収録、DVDは1998年ドリームライフから発売。

▼このDVDは値段が高いので購入を躊躇していた。しかし、USAの「子供のための文化コレクション」の「魔笛」ダイジェスト版(42分)として収録されており、それを見て幻想的な装置や衣装、映像的な処理に興味を持った。歌手の容姿も申し分ない。そこで全曲盤を入手した。子供のための魔笛
 ダイジェスト版から予想できた通りの傑作であった。歌手の歌も演奏も、そして演出も一見に値するお薦め盤である。ハインリヒの装置や衣装の見事さはいうまでもない。タミーノとパミーナの火と水の試練も映像的な工夫がされており、説得力をもって描かれていた。
 斎藤祐二氏の解説から引用する。
 “1974年11月30日ウィーン国立歌劇場でヘルツは「魔笛」に再度取り組み、これが伝説のフェルゼンシュタイン演出と並んで、「魔笛」演出史上、近来最も注目された舞台上演であったと多くの人に評価されたものである。これはヘルツ=ハインリヒ版とよぶべきかもしれない。ハインリヒのアイデアは演出上の重要な枠組みとなっているからである。「魔笛」が初演された地元ウィーンではこの演出が大変好評で、このプロダクションは長く続いた。私が知る限り、グルベローヴァやポップといった国際スターが出演していない日でも、満席の盛況が80年代初頭まで続いている。これと全く同じ演出で、1975年4月5日ライプツィヒ歌劇場でプレミエが行われ、1976年にこの上演をテレビ放映用に再録画したものが本ビデオである。序曲とカーテンコールのみライヴ収録で、それ以外は、旧東独の国営テレビ局制作によりTV演出家ミールケらが一週間かけて録画し、編集したものになっている。・・・フリーメイスン解釈からの脱皮、パパゲーノの純粋さなどが際立つ演出である。・・・ヘルツとハインリヒはフェルゼンシュタインが夜の女王を冷たい原理で表現しようとしたのに対し、夜の女王にも言い分を認めようとしているのである。
●イングマル・ベルイマン監督のオペラ映画『魔笛』
エリック・エリクソン指揮、スウェーデン放送交響楽団および合唱団。撮影スヴェン・ニークヴィスト。編集シヴ・ルンドグレン。美術ヘンリー・ノアマーク,衣裳カリン・エルスキーネ&ヘンリー・ノアマーク。
■タミーノ(ドイツのテノール、ヨーゼフ・ケストリンガー)、パミーナ(イルマ・ウリッラ)、パパゲーノ(ホーカン・ハーゲゴード)、パパゲーナ(エリザベット・エリクソン)、夜の女王(ビルギット・ノールディン)、ザラストロ(ウールリグ・コール)、三人の侍女(ブリット=マリー・アルーン、キルステン・ファウベル、ビルギッタ・スミディン)、モノスタトス(ライナー・ウルフン)、弁士(エリック・セーデン)。
 1975年元旦放映のためTV用に演出された作品。 
 1973年製作のカラー映画。134分、歌詞はスウェーデン語、英語字幕付きビデオ。輸入品。
 2003年6月に日本でもDVDが発売された。お蔭でスタッフと配役が判明した。
▼演奏のテンポは遅め。女性はみな美人で、特に三人の侍女のチャーミングなこと(左の写真は最初の場面)。Bergmanビデオには配役のクレジットがない。ザラストロ役だけ箱に記してあった(ウールリック・コールド)。箱に書かれた他の名前にはヨゼフ・ケスリンガー、ビルギット・ノーディーン、イルマ・ウリッラがある。魔笛(ベルイマン)
 弁者は書物に囲まれた学者だった。パパゲーナは最初、老婆ではなく醜女。
 沈黙の行をしているタミーノとパパゲーノの二人のところに侍女達が来る場面、侍女たちは二人を誘惑する。
 雪の降る場面が美しい。パミーナの絶望の場面と、それに続いてパパゲーノの嘆きの場面である。魔法のベルが鳴って、パパパの二重唱が始まると、雪解けで花が開き始める。パパゲーノとパパゲーナはぶ厚い毛皮のコートを脱ぎ始める。(二人が上着を脱ぐ演出の原点はベルイマンか?)
 ベルイマンは、タミーノとパミーナの試練の場を、この二重唱の後に移動していた。試練の火の世界では、半裸体の群像がうごめく。水の世界も同様な演出であった。
 夜の女王の軍隊は四十人規模で、黒い鎧を着ていた。

 序曲の演奏の際に観客席にいる人々の顔が映し出される。いろんな国の人の顔がある。なかでも10歳くらいの少女(ヘレーネ・フリベルィ)にベルイマンは魅せられる。この少女のオペラに対する反応が挿入される。ただし、挿入はかなり唐突なので、舞台を中断してしまう。この観客の表情の挿入はあまり成功していない。例えばタミーノとパミーナが試練を乗り越えると、ホッとしたうれしそうな観客である少女の表情が写る。舞台と音楽でじゅうぶん感情は理解できるのに、さらにダメ押しをされたような違和感が残ってしまうのだ。
 天野祐吉氏は「(すぐれたオペラ映画のなかで)、ぼくにとってのベストワンは、ベルイマンの『魔笛』です。あれはもう、序曲の映像化から仰天し、最後までベルイマンの魔法にかかりっぱなしでした」と証言。天野氏はゼッフィレッリの『トラヴィアータ』やジョゼフ・ロージーの『ドン・ジョヴァンニ』、ケネス・ブラナーの『魔笛』も面白かったと評価しています。(NHK教育テレビ『知るを楽しむ』2008年4月/カラヤン)。
 主要なアリアでは台板に書いた字幕(スウェーデン語)が出る。        (池田,2008年4月記)

 吉田秀和氏の“ベルイマン『魔笛』”評価があった(『僕のオペラ』海竜社、2010年)。
 “特に少女の顔が何度も出るのは、もしかしたら、この映画は、その少女の視点に映じた『魔笛』なのだという意味をもつのかな、という気もしたが、目ざわりで、音楽をきく気持ちをなくさせ、とまらないことをする人だと思った。
 その後も、個々の気のきいた映像はあっても思いのほか平凡で、このくらいなら、普通のオペラのステージに向き合ってる方がずっと良いと思ったけれども、相手は名だたるベルイマンだ。今に何か出て来るのではないかと、尻の痛いのもがまんして、結局、最後まで座り通したのが、良かった。・・・・ベルイマンはここで娘に対する母のコンプレックスという問題を提起しているのだ。母である妻であった女性(=夜の女王)は、ある日、夫(=ザラストロ)が自分より、より若く、より美しい存在に成長した娘を愛しているのに気づく。夫を娘にとられた妻なる女の怒りと悲しみ。成人した娘のために「女」の座を譲りわたさざるを得なくなる母の絶望と報復欲。それが、ゆきずりの外国人(=タミーノ)であろうと、札つきの下劣漢(=モノスタトス)であろうと、とにかく娘を誘惑するよう頼みこむところまで、彼女をおいこむ。言葉をかえれな、娘の処女剥奪をいちばん熱心に望むのは母親なのだし、ベルイマンの映画では、モノスタトスはほとんどその望みを達成したのだと見てよいようにさえ見える。
 しかし周知のように、彼女の報復は成就せず、王子と王女は、父親と彼の教団の人々の導きと監視の下に、試練を無事切り抜け、めでたく結ばれる。その試練は火と水の中を潜りぬける形で示されるのだが、ここでベルイマンの思想のもう一つ奥のものが出てくる。というのは、火の燃えさかる洞窟の中では、ヴァーグナーの『タンホイザー』に出てくるヴィーナスの洞窟さながら、裸形の男女のむれがひしめき、からみあっている。水の洞窟も大同小異。その赤裸の肉欲の姿を尻目に、二人は無事地上に戻ってくる。そうして、一同はここで「夜をおしのけ、永遠の王冠でかざられた美と叡智」をほめたたえながら、勝利を祝い、二人の結びつきを祝福する。
 原作にない、いや、かつてどんなオペラの演出家も考えなかった、この試練の場面を見ると、ベルイマンが性的なもの、肉欲的なものを罪悪と感じ、そのけがれにまどわされぬものこそ慎の勝利者だと考えていることが「よくわかる。これを見ると、この二十世紀後半を代表する映画監督の一人は、何をどう表現しているにせよ、根底において牢固たるキリスト教的な思想を彼の芸術創造の根拠においているといわないわけにはいかない”(1977年1月20日「朝日新聞」より)
●リーバーマン・プロダクションのDVDのデータmagic flute;Sotin and Mathis
 芸術監督ロルフ・リーバ−マン、製作ルドルフ・ザンダー
 ホルスト・シュタイン指揮、ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団・合唱団、合唱指揮ギュンター・シュミット=ボーレンダー、美術ジャン・デニス=マルクレス、メイク エリヒ=ロター・シュメッケル、収録ペーター・ユースト、音響マーティン・バルクハーン、撮影ゲルト・エアハルト、監督ヨアヒム・ヘス、演出ピーター・ユスティノフ。写真は第一の侍女、第二の侍女、タミーノ(魔笛を受け取る場面)。右はザラストロとパミーナ(第15曲「この清き殿堂に」)。
小学館のDVD付きブックス「魅惑のオペラ・魔笛」に選出された作品。
■ザラストロ(ハンス・ゾーティン)、夜の女王(クリスティーナ・ドイテコム)、パミーナ(エディット・マティス)、タミーノ(ニコライ・ゲッダ)、パパゲーノ(ウィリアム・ワークマン)、パパゲーナ(キャロル・マローン)、モノスタトス(フランツ・グルントヘーバー)、弁者(ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ)、第一の侍女(レオノーレ・キルシュタイン)、第二の侍女(パオラ・パーゲ)、第三の侍女(スヴェトカ・アーリーン)、僧侶1(クルト・マルシュナー)、僧侶2(ヘルベルト・フリター)、甲冑の男1(ヘルムート・メルヒャルト)、甲冑の男2(クルト・モル)、三人の天使(女声:ベルント・リューター、クラウス・ライメルス、アクセル・ペッツ)。
魔笛  1971年収録。154分。

▼ユスティノフの舞台上演を元にして、スタジオ撮影されたオペラ映画。カラー作品。
 序曲の背景は光輝く魔笛であった。
 タミーノ役はクレンペラー盤と同じニコライ・ゲッダ、1925年生まれ。
 夜の女王はショルティ盤でも定評のあるドイテコム、1963年に生地アムステルダムで夜の女王でデビューして以来のはまり役で、堂々としている。
 パミーナ役は可憐なエディット・マティス、リーバーマン・プロでは『フィガロの結婚』1967年のスザンナ役に次ぐ起用、1974年ザルツブルグ音楽祭のカラヤン盤にもパミーナ役で出ている。
 ザラストロ役はこれが当り役のハンス・ゾーティン。
 芸達者のワークマンと、可愛いマローン(アメリカ的に可愛い)。
 カメラ・ワークがときに手持ちで大胆に動くので、映像が大変に面白くできている。最初の侍女達の3重唱から迫力がある。バスト・ショットよりアップになる箇所も多い。装置や衣裳、演出はオーソドックスで手堅い。
 映画として製作されているため、舞台では難しい、地下で酒やご馳走が突然出現する箇所も不自然なく表現されていた。火と水の試練は特殊映像で処理されている。映像として選ぶときに、遜色の無い1枚であった。
●天野喜孝イラスト満載のDVDのデータ天野喜孝の魔笛:箱
オトマール・スウィトナー指揮、
ドレスデン・シュターツカペレ、
ドレスデン・クロイツ合唱団、ライプツィヒ放送合唱団
■ザラストロ(テーオ・アダム)、夜の女王(シルヴィア・ゲスティ)、パミーナ(ヘレン・ドナート)、タミーノ(ペーター・シュライアー)、パパゲーノ(ギュンター・ライプ)、モノスタトス(ハラルト・ノイキルヒ)、パパゲーナ(レテーナ・ホフ)、弁者(ジークフリート・フォーゲル)、第一の侍女(ハンネ=ローレ・クーゼ)、第二の侍女(ギーゼラ・シュレーター)、第三の侍女(アンネリース・ブルマイスター)、
2003年12月発売、コロムビア・ミュージック・エンターテインメント
天野喜孝の魔笛:DVD1
▼イラストレーターの天野喜孝が『魔笛』にインスパイアされて描いた100枚近くの画を並べた3枚組みのDVD。デジタル画集。
 画は物語を絵解きしているわけではないので、これで初めて『魔笛』を見る人には何がなんだか分らないと思う。それに、字幕も出ないため、なおのこと理解困難だろう。ブックレットの、あらきりつこの解説によると最初の画が描かれたのは1986年だとか。天野喜孝の魔笛:DVD2
 しかし、デッサン風の天野の画は大胆なイメージに満ちていて、単なる絵解きよりも面白い。タミーノとパミーナと魔笛が中心で、ときどき夜の女王と、女王が変容した鬼の画が出現する。他の登場人物は出て来ない。
 演奏はこのために新たに録音されたものではないが、急がず丁寧で、見事な出来。
 レシタティーヴォのドイツ語の発音も美しく、音質もよい。ゲスティの夜の女王もゆっくりと丁寧に歌っている。
 モノスタトスのノイキルヒは非力だと思うが。




『魔笛』CD視聴データは別ページ
参考文献  
         (右の写真は映画『アマデウス』より、モーツアルトとコンスタンツェ)
シャイエ『魔笛 秘教オペラ』、1976年、白水社Amadeus
アッティラ・チャンバイ(編)『名作オペラブックス 魔笛』音楽之友社
アッティラ・チャンバイ(編)『名作オペラブックス 後宮からの誘拐』音楽之友社
ヘレナ・マテオプーロス『ブラヴォー/ディーヴァ』(アルファベータ,2000.原著1986&1991)
ヘレナ・マテオプーロス『プラシド・ドミンゴ オペラ62役を語る(アルファベータ,2001.原著2001)
Helena Matheopoulos,“DIVA Great sopranos and Mezzos Discuss Their Art”.1991Victor Gollantcz
ニール・リショイ『うぐいすとバラ エディタ・グルベローヴァ半生のドラマとその芸術』(音楽之友社,1999)
宇野功芳『宇野功芳の白熱CD談義 ウィーンフィルハーモニー』(ブックマン社,2002年)
井上太郎『モーツアルト、いき・エロス・秘儀』、1997年、平凡社ライブラリー
塩山千仞『魔笛 文明史の劇場』1999年、春秋社
吉村正和『フリーメイソン』、1989年、講談社現代新書
岡田暁生『オペラの運命』、2001年、中公新書

                


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