// カッパドキア // |
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イスタンブール市内のオトガルへ、カッパドキアまでのバスのチケットを買いに行く。 が、夜ホテルのおじさんに、1泊2日で行ってくるから、荷物預かっててという私に、おじさんは、バスのチケットを見せろと言う。 素直に 「これだよ、今朝買ってきたんだ」という私に、何故か これは直行バスじゃないからとか、夜中にどこか知らない所で降ろされるよとか、この時間に発車するバスはないよ とかなんとか、難癖をつけ、何故かバス会社に電話して、私の持ってるバスのチケットの出発時刻を変更してしまった。 まあ、どっちでもいいかという私に「よかっただろ、これで」なんてよくわからないが、したり顔の満面の笑みだ。 結局、カッパドキアへ行くバスはホテルの前まで迎えに来てくれた。 このホテル前から乗ると、いくらかマージンがはいるんだろうか。 そのバスは、結局イスタンブール市内のオトガルまで行き、そこでカッパドキアのギョレメまで直行のバスに乗り換えた。 しかし、そのオトガルへ行くまでの車中は、命がけだった。 そう、ドライバーのおじさんが とにかく負けず嫌いのようで、何車線かの道路で、隣の車に追い抜かされたら悔しいらしく、必ずやその車を追い越しにかかる。 1台、また1台と追い抜くと、「どうだ、俺の腕はすごいだろ」とばかりに10秒くらい後ろを振り返って、ニヤニヤ笑っている。 渋滞に巻き込まれると、よく街中で見る恒例の 前に進めなくても進めといわんばかりのクラクションの連続。 通行人が車の前をさえぎったり邪魔だと、止まってクラクションを鳴らすんじゃなく、すごい勢いで突っ込んでいって、通行人によけさせる。 私は、席が一番前だったこともあり、いつぶつかるか、いつ喧嘩が始まるか、いつ人をひくか、とにかく冷や汗がたらたら。 隣の席の人も、口を一文字に閉め、手はずっとグーの状態で前についている鉄の棒をしっかりと握り、石のように固まっていた。 朝、カッパドキアのギョレメに到着。 すぐにホテルを捜し、一日ツアーに参加する。 どこの旅行会社のツアーもルートは同じらくし、どこに行っても他のツアーの人と会う。 巨大なきのこ岩に洞窟地下都市、ウフララ渓谷のハードなハイキングは少しきつかったが、それでも昼食もついていて、十分に楽しめることができた。 実際、目の前にして見てみると、どれもこれも圧倒される光景だ。 地下都市で生活してた人間もすごいが、なによりも自然が作り出すものというのは人間の想像を絶するというかなんというか、とにかく感動しっぱなしだった。 あの光景は、言葉では言い表せないんじゃないだろうか。 それとも、自分の持つ語彙が不足しているだけなのか。 一日ツアーが終わり、夕方ホテルへ戻る途中、ここギョレメまでのバスでいっしょだった人達に会う。 フランスから来たというカップル、インドネシアから来たというお兄さん。 そのインドネシアから来たお兄さんは、昨日CNNニュースを見て、自分の国に暴動が起きているのを知り、大変に心配しているようだ。 インドネシアの一部の人達が中国系の華僑の人のお店やなんかを焼き討ちし、荒らされて大変な騒ぎになっているという。自分も中国系のインドネシア人だから、すごく心配だと話す。 トルコもいろいろな問題を抱えているが、私が今いる、この のんびりしたカッパドキアとは対照的な、全く別の世界の出来事のように思えてしまう。 彼らは、明日レンタカーを借りてローズバレーの方に行くんだと言う。 フランス人の彼が免許証を忘れてきたよという言葉に、大丈夫 大丈夫 車借りて行こうというインドネシア人の彼。じゃあ、あなた免許証持ってきてるの?という問いに、いや僕も忘れてきた とニヤリ照れ笑い。 じゃあ誰が運転するんだという笑いの中、私達4人はなんかほっとしたものを感じた。 翌日、トルコに留学しているという日本の女の子とミニバスというのだろうか、ドルムシュに乗ってウチヒサールに行ってみる。 私は、最初このドルムシュに乗れなかった。 なにしろ、人の横に人が座るのではなく、人の上に人が座るのだ。 こんなギュウギュウ詰めの車に乗れないよという私に、「これがトルコよ」という彼女。 私も単純なもので、そうか、これがトルコか、と気をよくして乗った。 乗ってみると、これがまた結構、楽しい。 ホテルには電話もなく、公衆電話も1台しかない田舎だけれど、ここカッパドキアはホッとできる場所だ。 イスタンブール市内は、なぜか肩の力をいれて歩いてなきゃならないような感じだが、ここは肩の力を抜いて、ホッと一息いれられるような、のんびりと時が流れている。 再び訪れたい土地が、またひとつ増えてしまった。 |