// 国境でのトラブル(白い紙) //


ブルガリア入国時にもらう白い紙。
出国時には、それを見せないとブルガリアを出られないよという白い紙。
私は、それを空港でもらわなかった。言い訳するなら、くれなかったんだ。
入国審査に並んだわりには、パスポートを見せてあっけないくらいの素通り状態でブルガリアに入った。まるで、電車に乗る時に駅員さんに定期券を見せるように。
何にもくれないんで、「これだけで いいの?」なんて一応 念を押してみたが、いいから いいから と無愛想にあしらわれてしまう。
じゃっ、もう必要なくなったのかな?まっ、いいか。などと軽い考えでブルガリアに入った私が甘かった。
ソフィアで会った、ギリシャから鉄道で入ったという自称クールでメローな旅人という日本の人も、もらわなかったと聞き、「なーんだ、やっぱりもういらなくなってるんだ。」なんて ここでもまだ甘い考え。
その彼曰く、「昨日も日本の人に会ったんですけど、その人が言うには、この紙がないと貴方この国出られませんよ、なんて脅かされちゃいまして、僕もどうしようかと思ってるんですよ。」と聞いても、まだ私は半信半疑で、ここに2人ももらわなかった人がいるんだから、やっぱりもういらなくなってるのかもしれないと、まだ危機感失せず。
それでも、今日ブルガリアを出るという日には、少し不安になって、もし何かあったらホテルの領収書見せればいいかなんて、チェックアウトの時に「領収書くださーい」と明るい笑顔で私。
が、印字する機械が壊れているらしい。クレジットカード認証の為の機械も壊れている。
うっ。急に不安になる。汗がたらっと一筋。
それからは必死である。
「何でもいいから、私がここに泊まったって書いて!どんな紙でも どんな書き方でもいいから。でないと私、この国から出れないかもしれないんだから!」
レセプションのおねえさんも、「わかってる。わかってるわ。」というふうに丁寧に、何月何日から何日まで、XX号室に泊まって、確かに領収しました。スタンプ ポンッ。
ホテルのネーム入りの便箋に これだけ書いてもらったら もう大丈夫だ と一安心。

ソフィア中央駅前にあるバスターミナルから、予定通りPM6:00にトルコのイスタンブールに向けてバスは出た。
途中プロブディフでも人を乗せ、バスは満員御礼状態でトルコとの国境にさしかかる。
やはり、バスで国境を越えるのも、鉄道と同じくゆっくり眠れたもんじゃない。
途中、検査で何度も何度も 乗り降りさせられる。
もう時間は夜中12時を過ぎていて、かなり寒い。
ブルガリアの国境検問所は、だだっ広い道路に、高速道路の料金所ふうの建物が2つ3つあるだけだった。
いよいよ ブルガリア出国。
私も同じバスの乗客の人達と同じ列に並び、やっと自分の番がきた。
でも、はじきとばすように、とりあってくれない。
よく見ると皆パスポートとは別に白い紙を持っている。
バスの車内お世話係のおじさんが、「白い紙は?どうして持ってないの?」と聞きにくる。
「空港でもらわなかったんだ。」と説明する私。
「どんな理由でも それ持ってなかったらだめだよ。」とおじさん。
まだ私には この時点でも 何がだめなんだろ?!ビザも持ってるし、ホテルの領収書も持ってるし、これでなんとかならないのかな...。
そこで、皆の出国審査が済んだところで、ブルガリア国境検察官の人が出てきて、
「だめだめ!!。君は、このままソフィアに戻るんだ!。このラインから外に出ちゃだめだ!」
ここで、ようやく気付く私。
だめだということは、ブルガリアを出れないということなんだ。
ここから一歩も前に出ちゃだめだと言われたラインの向こう側には、バスにも乗れず 寒い中じっと待ってくれてる同じバスの乗客の人達。その先に目をやってみると 生まれて初めて見るモスクが。
あぁ、もう目の前は トルコなんだ。
バスのお世話係のおじさんには、「君だけここに置いて バスは出発するから」などと言われ、ブルガリア国境検察官の人には、岩石のような、溶岩が溶けて固まったような屈強な顔で「戻れ、戻れ」と言われ。。。
こんな夜中に、野犬がウロウロするこんな真っ暗な所に一人おいてかれたら、私はどうなるんだ?!
もう目の前が真っ白だった。
国境検察官は英語が通じず、ブルガリア語一辺倒で 何度説明しても通じない。
「私の英語くらい理解できるように勉強しろ!勉強しなくたって私の英語くらい解るはずだ!」心の中で叫びながら、怒ってみたり、反対に泣きの一手だと半べそ顔で必死で事情を説明したりする。
しかし聞く耳持たずの状態が続いた。
この時ばかりは、自分でどうしていいのかわからず、放心状態のようになっていた。
今日は土曜で明日は日曜、大使館も休みだし。
大袈裟だが、今迄の旅の中での一大ピンチだった。
お手上げ状態で、自分には何の術もなかった。
30分か40分程たったか、それとも短い間でもそれくらい長く感じたのか。
...と、ここから前に出るなと言われたラインの向こう側から「何かあったのか?」という人の声。
同じバスに乗っていたトルコ人ふうのおじさんがこっちに向かって歩いてきた。
ラインをまたいでトルコ側からブルガリア側へ戻ってきてくれたそのおじさん。
英語でしっかり私の事情を聞いてくれた。私もこれまでになく必死で説明する。
すると、そのおじさん、私のパスポートとホテルの領収書を手に、ツカツカと国境検察官のところへ。
急にブルガリア語でまくしたてた。
でも国境検察官も負けてない。TOKYOと刻印されてるビザを見せても「こんなの偽造しようと思えばできる。ほらこのシールを剥がして、スタンプを押して...」なんて小指でビザをペロペロ剥がす仕種。
こうなったら、ブルガリア語でも何語でも、仕種で相手の言いたいことはわかるもので。。。
でも助けに来てくれたおじさんも負けてない。
「ソフィアの空港で渡せへんかったブルガリアが悪いんちゃうんか!ちゃんと3泊したホテルのレシートも持ってるやろ。このホテルはXX通りの、あの裏にある三つ星のホテルや!そんな事してるから、いつまでたってもブルガリアはあかんのや!!」
と自分でも不思議だったが、おじさんの怒鳴るブルガリア語が大阪弁になって私の耳に入ってくる。
それで検察官も しぶしぶ スタンプを押し、「行け」とばかり首を左に振る。
あー、助かった。
私は何度も何度も 怒鳴ってくれたおじさんにお礼を言う。
でも、ありがとうという言葉でしか気持ちを伝えられないのが 口惜しい。
ありがとう以外に感謝の気持ちを伝えられる言葉はないの?!と自分の中で怒りがムクムク。
ありがとう 以上の ありがとうに相当する言葉はないんだろうか。
私の心は通じただろうか。。。
とにかく、ほっとした安堵感で、ここでも私は放心状態。
結局出国審査で、最後の私が終わるまで、3時間余りを要した。
そのうちの何分の1かは私のせいだ。でも誰も文句を言う人はいなかった。
やっとラインを超えて、同じバスの人達の方へ。
「よかったね、もう大丈夫よ」「私達ブルガリア人もあなたと同じような白い紙がいるのよ」
皆口々に笑顔で迎えてくれた。ずっとバスにも乗れず寒空の中、私を待っていてくれた人達だ。

そしてトルコの入国審査。
もうその頃には、同じバスに乗りあわせてる人達 皆が家族という、何か一体感のようなものを感じた。
まだ体が震えている私は、金魚の糞のように、皆の後をついてトルコの入国審査を受ける。
私の前には、ロシアのパスポートを持った女の子。
トルコの入国審査官になにやら彼女、いいがかりのような文句を言われている。
その審査官、さんざん いやがらせを言ってじらした挙げ句、ポンッと彼女のパスポートを、まるでゴミでも捨てるかのように、放り投げてしまった。
何があったのか、私にはわからなかったが、彼女は、トルコに着くまで、バスの中で泣いていた。
目の前で見せられた私も、ショックだった。

そして荷物検査。
外はとにかく寒い。夜中はこんなに冷えるのかと思うくらい体の芯まで冷える。
そして、皆と同じ列に私も並ぶ。
でもなにやら まわりが私を見て くすくす笑っている。
どうして笑うの?と聞く私に、「あなたはブルガリア人じゃないから、私達と同じようにここで、こうやって並ばなくていいのよ。」と言われる。
まさしく 私は ^^; の顔である。
私も後にはひけず、「もういいや、このまま並んでるよ」と、そのまま皆といっしょにいた。
でも、カバンの中身を出し、寒さにブルブル震えながら、一列に並んでじっと自分の順番を待つ姿は、何か屈辱的な感じがした。

無事、誰も残すことなくバスはへトルコに入り、イスタンブールに向けて走り始めた。
出入国審査で時間が大幅にとられてしまったため、お詫びに途中のドライブインに寄って、スープをサービスしますという車内お世話係のおじさんのアナウンス。
冷えきった体に あったかいスープはしみる。
そしてバスはまだまだ暗い道路を走る。

私はMATERIK社のバスに乗ったが、同じようにブルガリアからトルコへ向かうAVAR社のバスも私達の前を走っていた。私の乗ったバスは満員なのに、前を走ってるバスはガラガラで4、5人しか乗っていない。
見た目も内装も、前を走るバスの方がいいのに、どうして皆こっちのバスに乗るんだろうなんて、出入国審査があるまでは思っていたが、そりゃ やっぱりこっちのバスの方がいいよね なんて私の解釈。

車内では、「みなさん、もうここはトルコだ。だからトルコ流でいかしてもらうよ。今からこのバスは禁煙。もうブルガリアじゃないんだから、文句言っても 受け付けないよ」というアナウンス。
皆の笑顔が重なりあうなか、「あぁ、トルコに来たんだ」という実感。
今まで旅行していて、困ったことがあると、必ず誰かが助けてくれた。
しかし、一人で旅行してる以上、自分の責任は自分でとれるようにならなきゃと、改めて思う。

バスは、イスタンブールのオトガルに到着。
皆 思い思いの場所へ散らばっていく。
最後にもう一度、今私がここにいられるのも貴方のおかげですと、お礼を言う為あのおじさんを捜したが、おじさんは、荷物を手に さっさとバスから離れていってしまった。
最後のありがとうが言えないままになってしまった。

(注:私が帰国して何日か後、この白い紙制度は廃止になったそうです。)





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