// リラの僧院 −どうしても越えられないもの− //


もう早めに、ここブルガリアを出ようかと思い始めた頃、やっぱりリラの僧院にだけは、何がなんでも行かねばならぬということで、旅行社主催のリラの僧院ツアーに参加することにした。
料金はだいぶ高めだったが、日数もないし、暗くなってソフィアに戻ってくるのもいやだというのもあり、この際仕方ない。
「あたしゃ、その為に日本で毎日毎日働いてるんだ!!」とばかり、65US$ 片手に旅行社に行き、意気揚々、威勢良く「大人ひとりっ!!」とお風呂屋さんにはいる時のようにツアーの申し込みをする。
後で考えてみると、そんなに力をいれて乗り込むことでもなかったのだが。
結局この季節、旅行者も少ないとかで、私一人のプライベートツアーとなる。

翌朝、ホテルのロビーに、ドライバーさんとソフィア大学の日本語学科に通っているというガイドのかわいい女の子ドリーが迎えに来てくれた。
今日は、日本語でガイドしてくれるのかなと期待したのだが、すべて英語だった。
まだ一年生で、うまく話せないらしい。
車の中で、ソフィアって今、治安状況悪いの?なんてドリーに聞いてみると、「とーんでもない。全然悪くないわよ。」なんて、目をまるくしてびっくりしている。
しかしいつも、夜 ホテルの外から聞こえてくるのは、パトカーのウーウーというサイレンの音だ。
ドリー曰く、それは、大統領を乗せた車が、国会と自宅の間を送迎する時に鳴らすサイレンよ。
なんて言うが、そうそう夜中に何回も、自宅と仕事場を行ったり来たりすることもないだろうと、私は頭をかしげながら、なんか変と思ってしまう。

僧院へ行くまでの車から見る風景は、最高だった。
馬が荷物を運んでいて、のどかで、平和な風景に、久しぶりにはしゃいでしまった。
ドリーは、何ということもない風景に、キャッキャッ騒いでいる私が不思議で仕方なかったらしい。
観光客の人、少ないねという私に、ブルガリアももっと観光に力をいれなきゃね、とドリー。
まずは道路事情をよくして、電話とかの通信事情もよくして、道にたむろしてる犬もなんとかしなきゃねと、言うドリーに、デコボコ道をガタガタと走る車の中、高いテレホンカードを買っても電話は通じず、いつも道には避けて通れない犬に泣かされていた私は、うんうん、そのとおりと深く頷いた。

僧院の中は、文句なく素晴らしい。
壁に描かれたフレスコ画は、想像していた以上に素晴らしく、感動してしまう。
まるで何百年も時をさかのぼって、タイムスリップしたようだ。

このツアーは、昼食付きということで、僧院近くのレストランで昼食をとることになった。
ドライバーさんはブルガリア語しか話せず、私はドリーの英語の半分くらいしか理解できず、その3人でとる昼食は、言葉と言葉の橋渡しで大変だった。
来る途中の車の中で話してたことを、ドリーがドライバーさんにブルガリア語で話してくれる。
ドライバーさんは、「ふぅん」なんて頷きながら、私のほうを見て、恥ずかしそうに笑っている。
それまではなごやかな雰囲気だった。一応ぎこちないながらも会話は、成立していた。
「彼女は、東ヨーロッパがすごく好きなんだって。チェコやハンガリーにも行ったらしいわよ」なんて、ドリーが話したとき、ドライバーさんの目つきがかわった。
どうして東ヨーロッパが好きなんだというふうな、きつい目でにらまれてしまった。
ドライバーさんは、機関銃のように一気に、ドリーに何かを話す。
それをドリーは、私には通訳してくれなかった。
たぶん、これまで東ヨーロッパで起こってきたことを考えると、おまえに何がわかるんだと言いたかったんじゃないだろうか。。。
私は、ただ旅行者として、政治的なことを抜きに、その土地の風景や雰囲気が好きと言ったつもりだったのだが。
でも、理屈抜きに好きなのだから仕方ない。
ドライバーさんは、私と同じくらいの年齢だったので、政変が起こるまでのブルガリアでの生活のことや、その後のことなんかを、いろいろ聞いてみたいと思っていたのだが、聞かないことにした。
自分との間に、長い距離を感じる。
親しい友人でもない限り、そういうことは聞いちゃいけないことなんだろう。
私にはどうしても超えられない、超えちゃいけない大きな壁が目の前にあるようだった。





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