// 初めて味わう孤独感 −本当のブルガリアって一体どんなふうなの?− //


今まで一人で旅をしていて、淋しいとか不安だとか感じたことは、一度もなかった。
それよりも自分が一人だと感じたことすらない。
が、今回ソフィアで過ごした何日かの間、何か表現しきれないようなものが、ずっとあった。
殆どソフィア市内にいたせいだろうか、味気なく、重苦しい雰囲気だった。
観光地を訪ねるのも、素晴らしい風景を目にするのも確かに旅の目的ではあるけれども、私はその土地の人とのふれあいが何より楽しい。
それが極端に少なかったせいだろうか。
大勢の人の中で、誰も私の存在すら気付いていないような、まるで透明人間になったかのようだった。
プライベートルームには泊まらず、ホテルに宿をとったのを後悔した。
自分の立っている所だけ時間が止まっていて、まわりの車や人がどんどん足早に通り過ぎていってるように感じる。
道を歩いていても、いかがわしい言葉をかけられ、ベンチに座っていても変な誘いを受け、時々逃げ出したくなるような思いに駆られた。

何度か旅をしていて、ブルガリアで初めて味わう孤独だった。

私がソフィアにいた間、毎日ツァール・オスボボディテル通りは、軍隊のパレードで賑わっていた。
その日は、たまたま偉い人の演説があったらしく、解放者祈念像の前は、すごい人だかりだった。
まるで、新年の天皇陛下 皇居からのご挨拶という感じか。
そこで、日本から旅行にきている、自称クールでメローな旅人という人に会う。
まわりのブルガリアの人の例にもれず、彼もしっかり右手にブルガリアの旗を持っていた。
「いやぁ、ブルガリアって、ほんといいとこですねぇ。」と、満面の笑みで話すその旅人を見ていると、ほんとはいい所なんだろうなぁ、なんてそこに居ながらにして思う自分が不思議に思えてしまう。

両替をするにも、銃を持ったこわそうなお兄さんが店先に立っているのを見るにつけ、全く関係ないのだが、自分の中の孤独はどんどん膨らんでいった。
退廃していて、人を受け付けないような冷たさが町中に溢れているようだった。
「あー、ここじゃだめだ。あー、ここの両替所もこわそうなお兄さんが立ってるや。こんな所で両替なんてできないや。あー、どうしよう?!」なんて思いながら、何軒かの両替所をまわった。
どこの両替所も、同じ様な、目つきの悪い、この人は笑ったことあるんだろうかなんていうくらい、人相の悪いお兄さんが立っているのを見て、あのお兄さん達は、警備で雇われてるガードマンさんだという事に気付く。
なーんだそうだったのか、なんて思ったら顔はホクホク笑顔である。
それからというもの、とにかく一番こわそうなお兄さんが立ってる両替所を捜して、毎日 5US$ 10US$のお金の両替に、せっせとこまめに通った。
ブルガリア滞在最後のほうになると、もう自分からお兄さんに挨拶なんかしたりして、我ながら笑ってしまう。

そうこうしているうちに、安くて、おいしいセルフのレストランやカフェ、売店が集まっている小さな一角を見つける。
その中の一軒のレストラン(というより昔ながらの食堂って感じかな)で、食事をしていると、軽快なリズムの音楽が流れた。お店のおばさんが音楽にあわせて腰をフリフリ踊り出す。
誰もそれに違和感を感じることもなく、その一角は、暖かく心地いい空気が充満していた。
好きだなぁこういう雰囲気なんて思いながら、変な表現だが、その瞬間自分の中の氷が一気に溶け出し、水をとおりこしてお湯になった。
それからというもの、やっぱり旅はやめられないなぁ、なんて、私もゲンキンなものだ。
ブルガリアに居ながらにしてブルガリアの人の想像をするのもおかしな話しだが、そのおばさんが煙草をふかしながらビール片手に踊っている姿を見ていると、ブルガリアの人って本当は、こんな陽気であったかい人が多いんじゃないかと、思ってみる。

どこの国の教会もそうだが、ここソフィアの教会でも、ほのかなロウソクの明かりに灯されながら、皆一心に何かを祈っていた。私が目にしていた、忙しそうに足早に道を歩いてる人達とは別人のように。
大学生ふうの女の子が、泣きながら牧師さん(?)に何かを訴えている。
牧師さんは、赤ちゃんをなだめるかのように、優しく肩をたたきながら、二言三言 言葉を返す。
そんなふうな人達を見ながら、本当のブルガリアって、こんな穏やかな、あたたかい国なんじゃないだろうか、その姿を見ずして、私はこの国を出るんだろうかなんて思うと、何故か無性に淋しかった。





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