1992年旅日記
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=Budapest=
2度目に訪れるブダペスト。
=Eger=雰囲気が大分変わったような気がする。 闇両替や客引きのおじさんがグッと少なくなった。 淋しいような、拍子抜けしてしまうような...。 今回の旅行でハンガリーに入る唯一の目的はドナウ川沿いの夜景を見ること。 前回来たときの心残りをはたすべくトコトコやって来た。 きれいだった。 感動屋さんの私がとことんはまってしまった夜の景色。 ケバケバしくなく、落ち着いていて、なにかどっしりしていて... それでいて浮かび上がるようなやさしさがあって...。 この夜景を見れただけでハンガリーに来たかいがある。 宮本輝さんの本にも書かれているとおり、 1992.10.31.Sat ハンガリー近郊の町センテンドレにやって来た。店の軒先にはパプリカがたくさん吊るしてあって、 見てるだけで楽しい。 おみやげ買うならここセンテンドレだ。 な−んて、もう今度来る時のことを考えている私。 ![]() 建築様式が全く日本とは違うヨーロッパ。 どこに行っても、何を見ても新鮮で、 息をのむくらいに感動してしまう。 1992.11.1.Sun
ハンガリーから日帰りでエゲルに行ってみた。 町は言うまでもなく落ち着いたかわいい町なのだが、ここに来るのにブダペストから 往復4時間かかる。 実際エゲルにいたのはたった2時間くらい。 朝早起きしない私が悪いのか、日帰りでも行こうと思った私が悪いのか...トホホ。 ブダペストに戻る列車がこれまたギュウギュウ詰めの満員。 おまけに途中、停電なのか電気が急に消えてしまって、まっ−暗な中で何時間も立ち往生。 外も暗く、中も暗い。トイレに行こうにも前が見えないから動けない。 しかしこんな中、誰も文句も言わず皆じっーと電気がついて列車が動くのを待ってる。 何時間もだ。車内のアナウンスもないのに誰も事情を聞きにいこうともしない。 みんな仕方ない、気長に待とうかというふうだ。 ここの人たちは、こういう事に関してはすごく辛抱強いのか、それとも慣れっこなのか、 それとも便利で融通のきく日本で育った私が特別なのか。 おかげで到着が大幅に遅れて、今日楽しみにしていたオペラに行きそびれてしまった。 まっそれもいいかと思わせてくれるから、やっぱり旅行はやめられない。 夜レストランでグラスワインにスープに豚カツにコーヒーで440Ft(約700円)。 440FTちょうどしか置かなかった。 お店のおじさんすごく感じがよくていい人だったのに、ちょっとくらいチップ置いてけば よかったと後悔する。 物価が安ければ安いほど、自分がどんどんせこくなっていくのがいやだ。 1992.11.2.Mon ![]() 夜レストランで。 おじさんがバイオリンを弾いてる。 う−ん心にしみるなぁ。 1992.11.3.Tue ![]() 自由橋近くの中央市場に行った。
(写真中央の建物が市場の棟)
やはりどこの国を訪れるにしても市場を見るのが 一番楽しい。 2階にある食堂でお昼ご飯を食べる。 プライベートルームのおばさんにもらった、これはいかにも日本でいうウェハースだぁと いうお菓子が売っていたが、お特用サイズでバッグにはいりそうにもないので、 買うのをあきらめる。 夕食をすませ、地下鉄で帰ろうと思ったら、突然ストライキにはいって電車が動かず シャットアウト。 うっ−。地下鉄とまって足止めくらったら、タクシーも走ってないし帰れないよぉと半分泣きべそかいてたら、よくよく考えてみると私、バスでも帰れるんだと気づいた。 バスで部屋まで帰ってみると、これが案外地下鉄使って帰るよりバスのほうが早かった。 ・・・・というのを私は最終日に知った。 ハンガリーも今日でお別れだ。 10日ほど前にひいた風邪がなかなか治らない。 熱もあるみたいで、フラフラする日が続く。 でも使命感のごとく、部屋で一日寝ることもなく、朝から晩まで歩きどおしの毎日。 私ってこんなに体力あったっけと驚いてしまう。 一人旅をしていて何が一番いいかとなると、優越感でもなく、開放感でもなく、 私の場合は、自分自身がすごくよくみえること。 自分はこんな人間だったんだ、あぁこういうところも自分にはあったんだと 気づかされることがいろいろな状況の中で、多々ある。 自分というものを知るために一人旅を続けているのかもしれないと思う。 |
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