息子。陽気で、やんちゃで、おどけもので、ちょっぴり照れ屋で、正義感の強い元気いっぱいの一年生。
入学式から2ヶ月半がたった。

先週のことだったかな。
ランニングシャツからのぞく日焼けした小さな胸に一本棒の多い川の字に傷をつけて帰ってきた。
基地づくりや探検で、背中やらお腹やら生傷の絶えない息子のこと、またどこかでひっかけたんだろうと
「こんどはどこでひっかけた?」と楽しんで聞くと「ちがう。ひっかかれた。なんでだかわからないけど、ひっかかれた。なんにもしてないのに、急にひっかいてきた」と口とがらせて言った。
私は、息子が気付かずに何かやってしまったのかなと思って、そっかー。みごとな傷だねー、などと言っていた。

今週の月曜日かな、息子の筆入れがなくなった。
授業が終わり、ちょっと後ろを振り向いていて、次に前を向くと、机の上にあったはずの筆入れがなくなっていたという。下に落ちたかな、と探してもない。
息子は、机のまわりをひとりで探して、そのまま誰にも言わず、昨日の木曜日、ないことに気付いた私に問いただされるまで黙っていた。えんぴつは、一番やさしそうな近くの席の女の子に、4日間借り続けていたそうです。消しゴムも? と聞くと、「ううん。間違えなかったもん」
息子は、消しゴムがないからと、間違えないように気をつかって4日間も過ごしていたんだ。

どうしてだろう。どうして、友達にも、先生にも、言わなかったんだろう。
あの筆入れは、入学式の夜、息子の目の前で楽しくおしゃべりしながら私がつくった。
中のえんぴつは、大好きだった保育園で、名前を入れてもらった大切なもの。
えんぴつのキャップは、大騒ぎをしながらお姉ちゃんといっしょに名前シールを貼った。
初めて持った自分の消しゴム。どれもこれも、ピカピカの息子の気持ちと、私たち家族の気持ちがたっぷりこめられたものだった。
私に、なくしたことを言えなかった。私が悲しむと思った? 私に責められると思った?
私は、言ってくれなかったことがショックだった。

「○○くんがとったんだと思う。でも、言ってもきっと返してくれない。今日も算数のタイル一個盗んだ。一生懸命返してって言っても返してくれない。とりかえそうとしても変なところにかくしちゃう。自分のタイルとまぜちゃって、とろうとしても隠しちゃう。
○○くんは言ってもダメだもん。何言ってもあやまってくれないし、何も聞いてくれない。だから、言っても返してくれない。」

ふと見るとランニングシャツの背中に血がべっとりとついていた。
びっくりして、どうしたの? ケガした? と聞くと
○○くんがいやだって言ってるのに鼻ほじって拭くの。鼻血出してね、ちゃんとティッシュで拭きなって何度も言ってるのにぜんぜんきかないでほじるの。
ポツリ、ポツリ、と答える息子。
「いやだったねぇ」の私の一言で
ぐしゃっと表情が崩れてしまった息子の涙を耐える様子に、手を広げて迎えると、いつもは前向きに大喜びで飛びついてくる息子が、うつむき、ゆっくりと歩いてきて、後ろ向きに背中をみせたままじっと抱かれていた。
口をへの字にむすび、目をぎゅっと閉じたり開いたり、腕で目をぬぐい、涙を耐えていた。
しばらく抱いていて、落ち着いてからシャツを脱がせ、洗ってあげた。

ものがなくなったら、その場ですぐにみんなに言うこと、一緒に探してもらうこと、諦めたらいけないこと、話した。みつかるといいね、と話した。先生やお友達に、今からでも遅くないからいっしょに筆入れを探してもらうようにと話した。

私も先生に連絡帳で、筆入れがなくなってしまったことを知らせた。

今日、帰宅した息子は、かぶって行ったはずの黄色い帽子をかぶっていなかった。
なくなった。
と言う。
お帰りの会の時、ランドセルの上にのせていて、プリントが配られる時にはあったのに配り終わっ時にはなくなっていた。そう言う。

昨日私に諭されたばかりだったからね、息子はその場ですぐにみんなに言ったという。
先生は、時間をかけて探してくれたらしい。紛失物入れにまで探しに行ってくれたよ、と息子は言った。

でもなかった。

先生から、連絡帳に返事があった。
筆入れは、家に忘れてきていると思っていたとのこと。
(私が今までに注射の問診票にハンコ押すのを忘れて持たせたり、ハンコ押したプールカード持たせるのを忘れたりしているもんだから、それは当然! 私の日頃の行いがたたりましたー!)

算数のタイルについては何も返事がなかった。
たかがタイル一枚、でもそれは息子のものであって、○○くんのものではない。
○○くんに、それを伝えてあげたい。

先日の個人面談の時、先生は、息子さんはかなりやんちゃな子にも負けていませんよ。がんばって応対しています。と言っていた。
そうだと思う。やられて黙っていられるタイプの子じゃないと思う。
そんな息子が、諦めてしまっている。
○○くんはダメ。何言ってもダメ。…と。

友達がたくさんいて、真っ黒に日焼けし、元気いっぱいの息子はたぶん心配ない。
筆入れがなくなっても、帽子がなくなっても、鼻血をつけられても、今のところ心配ないと思う。

○○くんは、どうだろう。○○くんは、なんで荒れてしまっているんだろう。
どうしたらいいんだろう。私にできることはなんだろう。

胸が、のどが、締め付けられて、苦しい。
私は弱虫。どうしたらいいのか、わからない。

どうか、やわらかな暖かいこども達、すべてのこども達が、大きな幸せで満たされますように…。

今、夜10:36。外で不思議な鳥の鳴き声がする。
山鳥の声? こんな住宅街で、こんな夜中に…? 
キュッキュッキューリキュ、キュッキュッキューリキュ、
なんだろう。鳥じゃない?
(2000.6.23)

○○くんが家に遊びに来た。息子は大喜びで迎えた。

「○○くん、悪そうに見えないでしょう? あのね、大丈夫なときは一緒に遊ぶんだよ。でもね、ときどきダメになるの。」

○○くんいるから、学校行くのやだな…。昨晩そうつぶやいていた息子。とても素直に、先入観を持たずに、楽しいときは一緒に楽しめる息子。悪事を恨んで人を恨まず…。私にできるかしら。私は○○くんを、ごく自然に受け入れることができたのかしら。

気が重い相手と会わなくてはいけないとき、いつも「初めて会う人のつもりで会おう」意志をもたないとそうはできない私。6歳の息子のように、ごく自然にそうできるようになりたい。
(2000.6.24)

出てきたよ。筆入れも、帽子も。先生は、きちんと対応してくれたよ。いろんなこども達がいて、その子達とどうやってつきあっていったらよいのか、こども達は学んでいる。そして、その関係がよいものになるよう、手助けしていきたい。そう先生は書いてくれたよ。今日も息子は○○くんと一緒に遊んでいる。大丈夫。どんなことが起きても、最後には何もかもうまくいく。意志さえあればね。
(2000.7.1)