おっと たまげた ニューヨーク便

10便の想い出

台風15号の影響で前日夜8時に呼び出しがあり、この日は成田のホテルで朝を迎えました。予定通り台風は関東を直撃、千葉の松戸に向かっている情報のなか、最大離陸重量に近いつまり性能ギリギリの状態で離陸。向かい風だが風の息、つまり突風が大きく一瞬にして時速50kmくらい増減するほどというじょうほうがありました。実際はさらに厳しくその上下流もある中、多分はじめての経験かなと思いながら上昇を続けました。

しばらくして揺れもおさまりホッと落ち着いて自動操縦に。雲の上に出たときにはもう何があってもあの雲の下にはもどりたくないと思いました。
途中きれいに見えるシアトルの夜景を見ながら、昔ここで受けた訓練時代の想い出話などをしながらのフライトでした。

さて12時間30分のフライトタイムのこの便、ニューヨーク進入開始30分ほど前に機上のデータ通信から
 one or two jet plunged/crashed into world trading center, black smoke is rising then airport close
これは大変、何が起こっているのかわからないので代替もしくは別な計画を検討しているうちに待機飛行の指示がありました。次にテロのためいくつかの空港が閉鎖の情報があり代替空港のワシントンダレス空港も着陸できないといわれ、旅客のことを考えシカゴへ向かいたいとリクエストするとこれもだめなようで米国航空局の緊急措置でデトロイトへ着陸の指示が出されました。もちろん初めての空港なので進入しながらその方式や空港の情報を整理し、見るもはじめての空港へ着陸した。その後地上でテロの状況が少しづつわかり、とんでもないことになっていることに気付きました。全米4000機の航空機が1時間わずかですべて地上に着陸したことになる。

ターミナルにランプインしてからその後の情勢を確認し、ホテルや代替手段などを衛星通信を使用して調整するに3時間程を要した。提携先の係員の協力を得て、自分達がホテルの部屋に入ったのは当日の朝起きてから実に24時間後でした。
ホテルで見た映像は生々しくワールドトレーディングセンターにジェット機が突っ込んで炎上する映像やペンタゴンへの墜落後の焼け跡の映像が何度も何度も放映されていました。神経が興奮し緊張していることや時差もあるのだろう2時間もしないで目がさめてしまう。テレビでもいっていたようにアメリカは戦争に突入したということから精神的にも騒然とした状態が続き、クルーの今後の予定や、空港に置き去りにした飛行機など心配ばかりでした。クルーは数時間おきに定時連絡やミーティングをもつようにして連携を保ちながらホテルに滞在しました。当局の全面飛行停止のなか、いつ航空の再開があるのかわからないままの状態は大変長く感じました。

やがて滞在2日目に復帰のフライトが許可されるということや、次にはそれぞれの空港毎の対応で徐々に飛行可能な状態になっていくだろうという情報から、いつでも対応できるよう現地13日午後1時に空港に向かうことにしました。しかし、搭載燃料の関係で目的地をJFKか成田かでの選定に6時間をかけてOCCと調整をしながら検討を重ね、結果的に当初の予定を変更して目的地を成田としました。さらに成田の運用時間を踏まえて出発までの準備にあわただしく2時間が過ぎました。初めての空港のなれない環境での準備と運航でしたが、地上滑走に50分を要した後やっとのことで夜の8時に離陸することができました。

13時間のフライトはすべて夜間飛行で満天の星の中を飛行しました。途中、懸念していた成田の運用時間の延長が認められたことでホッとしましたが、着陸に際してはとどめのように最悪の天気でカテゴリー2あるいは3運航というほどの低視程での着陸となりました。最後の最後まで気の抜けないフライトとなりました。
クルー全員が最後まで力を合わせて乗り越えたそれぞれの困難でしたが、あの台風での出発から何日も経過したような気がしました。
 
あ〜 くたびれた
時の記録
米国東部時間 日本時間 イベント F010
11日午前08:45 11日午後09:45 世界貿易センタービル北棟に激突
午前09:03 南棟に激突
午前09:40 航空当局が国内の航空離陸禁止
午前09:45 国防総省に激突
午前10:05 ツインタワーが南棟が倒壊
午前10:10 ピッツバーグに墜落
午前10:28 ツインタワー北棟が倒壊
午前10:43 デトロイト空港に着陸
午前10:45 ワシントンの全ての連邦政府ビルに避難命令
午後01:00 12日午前02:00 ワシントンに非常事態宣言
午後02:30 FAA12日正午までの民間機離発着禁止