サイレンススズカ 
生涯成績 16戦9勝(海外1戦0勝)
詳細情報

「異次元の逃亡者」。彼をこう呼ぶ人は多い。5歳になってからの彼は、4歳の時からは考えられないような 走りをし続けた。

神からターフを自在に駆け巡るための羽根を与えられただろうか。彼に追いつく馬はいなく なった。

まさしく違う次元を一人で飛び続けていた。小倉大賞典、金鯱賞と驚異的なHペースな逃げを打ちな がらも、

レコードタイムでゴール板を何事もなく走り抜けていった。無論、後に続く馬など居ようはずもない。

連勝街道を突き進んだ彼は、自身3度目のGTに出走する。ファン投票6位ながら単勝1番人気を獲得する。

女傑−エアグルーヴ、天皇賞馬−メジロブライトなどの強豪を押しのけて。鞍上には、「天才」武豊ではなく 「剛腕」南井克巳。

武はあるコメントを残している。「強い馬を倒してGTを制するのも僕の目標の一つです」 「天才」はこの馬を倒すことを目指したのだ。

彼は、それほどまでに強い馬になってしまったのだろうか。 1000Mの通過タイムは58.6秒。

GTでも彼はいつも通りのレースを展開した。もちろん、追走できるよ うな馬はここにもいなかった。

彼のそのスピードを生かし切り、5歳になってからは一度も前を走られること なく、夏のグランプリを制したのである。

神から与えられた翼が一際大きく広がった瞬間だった。


ついに最高の勲章を手に入れた彼にはするべき事があった。昨年、出来なかった事をやり遂げなければならな かったのである。

久々のレースであった毎日王冠で彼は再びターフへと飛び立った、最強馬の名を背負って。

「怪物」グラスワンダー、エルコンドルパサーを迎え撃った彼は、またしてもその脚を人々にまざまざと見せ つけた。

彼にとってはこのレースも他馬は自分を引き立てさせるためのエキストラに過ぎなかったのである。

良馬場の中を彼は疾走した、いつもと同じ大逃げをうって。彼に追いつく者などいるはずもなかった。

あれほ どの逃げをしながら、メンバー中、最高の上がりを使ったのである。羽根はさらに進化をとげたようだった。

天皇賞・秋。ついに去年の屈辱を晴らす舞台に彼は舞い戻ってきた。昨年とは重みの違う単勝人気を持って。

11月1日、1枠1番での1番人気。彼が勝つことはもはや暗黙の了解の様に思えた。彼は、いつもの様にス タートを切った。

いつもと同じペースで馬群との距離と取っていく。1000Mの通過タイムは57.4、後 続とは10馬身近く離れていた。

カメラは彼だけを追っていた。彼しか追えなかったのかもしれない。 大ケヤキで姿が一瞬、消えた直後だった。

彼の脚は急に止まった。鞍上の武が普通ではないリアクションをし ている。後続馬が急激に差を詰めてきた。

彼は明らかに故障を起こしていた。 このレースが終われば、ジャパンカップから世界へと飛び経つはずだった滑走路を見ずに。


彼には耐えられないぐらい背中の羽根が大きく成り過ぎていたのだろうか。

それとも天皇賞の一番人気は勝て ないと言う悪霊が取り付いてしまっていたのだろうか。

彼は神から与えられたはずの輝かしい羽根を使い、私 たちが期待するところとは正反対の方向に向かって飛び去って行ってしまったのである。


余談

  1. 彼の骨折は「左前脚手根骨粉砕骨折」であった。

    普通の馬ならもんどりうって崩れるほどの骨折をしなが ら、武豊騎手を最後まで背中に乗せて我慢したのである。


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