磁 力

            土屋正道

 

 クリップは紙をまとめるのにとても便利です。ただ針金を曲げただけなのに役に立ちます。使わない時は小さな箱にバラバラに入っています。

 一つ取上げても、他のクリップはくっついてきません。一つ一つが別々に働きます。ところが磁石を箱の中に入れるとどうでしょう。一斉にくっつきます。磁石を持上げると不思議なことにクリップが他のクリップをひっつけ、その下にまた別のクリップがくっついてきます。輪ゴムの箱に磁石を入れてもこんなことは起こりません。クリップの中に磁石の力に従い、自らも磁石になる性質、種が宿っているのです。人間もいつもはバラバラですが“種”が宿っています。

 悪い磁力に反応してしまうこともあります。人間の悪魔性は計画的な皆殺し(ジェノサイド)を幾度となく繰り返しています。ナチのユダヤ人虐殺、ポル・ポト派のクメール人虐殺、ルワンダ内戦のツチ族・フツ族の殺しあい、ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦など、残念ながら悪の磁力の虜になる危険はいっこうに減りません。だからこそ善い磁力を求めるのかも知れません。

 平成九年の夏二人の世界的に有名な女性が相次いでこの世を去りました。一人はイギリスのダイアナ元皇太子妃です。ダイアナさんは現代のシンデレラとして人気を誇りました。しかし不倫、離婚、新しい恋と世界中の注目を集め、執ようなカメラマンから逃走中突然の事故死。駆けつけた救急隊員に告げたと言われる最期の言葉は、

「私を独りにして…。」

何と悲しい言葉ではありませんか。

 もう一人の女性はインドのマザーテレサです。ヨーロッパで生まれた修道女で、インドのカルカッタで貧しい人たちのために奉仕した一生です。路上で死んでゆく、病気や怪我で助からない人たち、直る見込のない人たちの最期を看取ること、それが彼女の仕事でした。経済的には全く無駄な行為でしたが、一九七九年ノーベル平和賞を受賞しました。失意の中で死なねばならない人に、

「あなたも神に愛された人です。」

「あなたの一生も尊い意味がありま した。」人が人として尊ばれることを伝える。彼女の“善き磁力”に世界の人々が感動しました。マザーの葬儀はインド国葬となり、各国の大統領や首相から貧しい路上生活の人まで、百万人が参列したそうです。

 生前のダイアナさんは、マザーテレサを大変尊敬していてインドに会いに行ったこともあります。人間同士の争いにつかれた彼女自身、チャリティー活動や地雷撲滅運動にも積極的に参加しました。「神への奉仕」

に生きるマザーへの憧れがあったのでしょうか。強力なマザーの善い磁力に引き寄せられ、自らも磁力を発しました。

「念仏もうすものはいかなるものも 救ってくださいます。」念仏の絶対性を説かれた法然上人、親鸞上人も強力な“磁石”だったに違いありません。何千何万、いや何千万という人々が磁石化しました。

 ひるがえって、自分自身はどうでしょう。ニセ磁石ではないか?疑ってみなければなりません。人々の信仰心の無さをなげいたり、時代のせいにしていないか?生活に追われると言い訳して信仰をないがしろにしていないか?念仏もうして如来様の“大磁力”に磁化されたならば、人々を引きつけずにはおかないはずです。真剣に念仏して参りましょう。