1974 軍艦島

こどもの頃から訪ねてみたいと思っていた端島に初めて向かったのは、1974年1月10日、22歳のことだった。念願が叶う嬉しさと、既に閉山が決まっているという島の現実に心は動揺していた。「島をひと目だけでも見たい」その気持ちは島に渡ってから大きく変化した。島が想像を絶していたからだ。島に圧倒され、気がつけば、写真を撮らねば…という気持ちしかなかった。

写真を本格的にやりたいと前年から思い、動き始めたばかりだった。写真の未熟さは隠しようがない。いま見ると恥ずかしさばかりが先に立つ。しかし写真については何も解らなかったけれど、写真を撮りたという気持ちは今よりも強かったと素直に思う。
島を離れるという苦悩を抱えた人たちをつぶさに見、自分自身も写真することの難しさに悩んでいた。生きることの意味を問いかけながら、写真に没入した。写真がその頃のすべてだった。
とうとう島が無人になる日までを淡々と見届けた。

25歳のとき、当時憧れの写真ギャラリーだった東京のニコンサロンで、一年に2度の個展を開く幸運に恵まれた。その時のひとつがこの端島の作品だ。それらの作品で第3回木村伊兵衛賞にノミネートされた。そうそうたる候補者の顔ぶれの中に、まだ写真家と言うには恥ずかしい自分の名があった。受賞は出来なかったが、自信は満ちた。(受賞者は藤原新也さん)

この作品以後、ぼくの写真は大きく変わった。今、こういうドキュメント性の強い写真に心は向かわない。ほとんど関心はない。しかしこれがぼくの撮った写真であることは確かである。


 

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